日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題
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石 崎泰 雄
はじめに
日本においては︑診療情報提供に関し︑法制化の前に﹁指針︵ガイドライン︶﹂なるものが策定され︑それに基づ
き︑各医療⁝機関では既に実務的運用がなされている︒たとえば︑日本医師会において︑一九九九年二月に示された ︵1︶ ﹁指針﹂が二〇〇〇年一月よりその所属の各会員・医療機関によって実施され︑また︑一九九九年二月に国立大学附 ︵2︶ Φ 属病院長会議により示された﹁指針︵ガイドライン︶﹂に従い︑各国立大学附属病院では︑診療録開示規定が制定・ ︵3︶ 実施されてきた︒一方︑当時の厚生省によっても︑二〇〇〇年七月に﹁指針﹂が公表され︑関連の各国立病院等で実
施を見てきた︒さらに多くの各自治体においても︑同様に指針が策定・実施されてきた︒こうした医療機関による診
療情報の提供は︑日本の病院における初めての試みであったが︑医療の現場において一定の浸透が見られた︒
ところで︑診療情報の提供の目的はというと︑たとえば日本医師会の﹁指針﹂によると︑﹁医師が診療情報を積極
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︵都法四十七−二︶ 一
二
的に提供することにより︑患者が疾病と診療の内容を十分に理解し︑医療の担い手である医師と医療を受ける患者と ︐ ︵4︶ が相互に信頼関係を保ちながら︑共同して疾病を克服すること﹂にあるとされた︒ここには︑患者の心身の治療に関し︑
患者の意思にかかわることなしに︑かってに治療行為がなされるということはないということが示されており︑医療
の受け手である患者の意思を尊重しようという姿勢は見られる︒しかし︑残念ながらここでは患者は医療の受け手と
して捉えられているにすぎない︒
こうした姿勢を脱却し︑患者が医療のもう一方の主体であるということへと意識変革ができれば︑真の患者のため
の医療の実現も可能となるのではないかと思われる︒そのためには︑医療において︑患者の権利というものをその背
景としての基盤に据え︑患者の生命・身体・健康に至尊の価値をおくことが肝要であろう︒また︑患者の身体をいか
に扱うかを決定できるのは最終的にはその身体の所有者である患者であるとの認識を持つことも重要となろう︒この
ような理解のもとでの診療情報の提供は︑患者が自己の身体をいかに治療するのが最善であるかということの意思決
定を可能とすることに資するものでなければならない︒このように患者の生命︑身体︑健康を維持・増進させ︑その
意思決定を十全ならしめるための診療情報の提供の一環として︑診療情報の﹁開示﹂ということの有する意義も大き
い︒これは︑患者が自己の診療情報を︑診療録等の客観的な記録・データ等を得ることにより︑自己の健康管理に役
立てることを可能とし︑また︑もし間違った記載がなされていれば︑それを訂正させることにより︑自己の診療情報
を正確に保存することを可能とする面をも有する︒
一方︑現代社会においては︑高度情報化社会の進展により︑個人情報の蓄積がより容易となり︑その財産的価値の
高まりとともに︑その保護の必要性が増大したつそこで一般的に個人情報を保護するための法整備が進められ︑二〇 ら 〇五年四月より個人情報の保護に関する法律︵以下︑個人情報保護法と略記する︶を中心とした一連の個人情報を保
︵6︶ 護・する法律が個人情報保護法制として施行された︒これらの法律では︑情報の保護という視点がその核心に据えられ︑
ており︑情報の利用が一定の限度で制限され︑またその一環として本人等による開示請求権も認められている︒この ︵7︶ よ・つな個人情報の中にあって︑とりわけ個人の診療情報は︑きわめて重要度の高い情報であるが︑個人情報保護とい
う一般目的のもとで開示請求等が認められたものであり︑そうした制度ゆえの制約も存する︒というのは︑患者の権
利というものが背後にあって︑そこから導出される診療情報の提供の一つの側面としての開示請求ではなく︑ここで
は︑ 一般的に個人情報保護という大枠の中で認められる診療情報の開示にすぎないものだからである︒このような事
情もあり︑個人情報保護法制によっては︑充分にカバーできない診療情報の保護という趣旨を実現させるべく︑﹁医 療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイドライン﹂︵以下︑医療・看護ガイドラインと ︵9︶ 略記する︶が公表され︑さらにはQ&A︵事例集︶も示されている︒
これに対し︑患者の権利というものをその背景に据えることも可能な﹇診療情報の提供﹂という視点からは︑個人
情報保護法制を意識しつつ︑各﹁指針﹂の改定あるいはその後の﹁見直し﹂がなされた︒まず︑二〇〇二年一〇月に ︵10︶ 日本医師会が︑一九九九年の指針の改訂版を出した︒そして︑二〇〇三年九月に︑厚生労働省により︑前﹁指針﹂の ︵H︶ 改訂版というよりも︑むしろ日本医師会の﹁指針︵第2版︶﹂を大いに参考にしたと思われる﹁指針﹂が新たに示さ ︵12︶ れた︒さらに個人情報保護法制の施行後の二〇〇六年一月に︑国立大学附属病院長会議により﹁指針﹂の第2版が出
されたが︑これは︑厚労省の﹁指針﹂をほぼ同内容のまま踏襲したものである︒これら三つの指針は︑その内容にお
いて著しい格差もなく︑ほぼ同一の内容といえるものであり︑それぞれ︑民間病院︑国立病院等︑そして国立大学の
附属病院というように設立形態の異なった病院に適用される︒また︑各自治体においても︑これら指針︑特に厚労省
指針を参考にほぼ同内容の指針が新たに策定︑施行されつつある︒そこで︑本稿では︑三つの﹁診療情報の提供に関
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︵都法四十七ー二︶ 三
四
する指針﹂を中心として︑これに個人情報保護法をも含めてその問題点を検討してみたい︒
一 インフォームド・コンセントからインフォームド・ディシジョンへ
︵13︶ 医学研究に関する分野においても﹁臨床研究に関する倫理指針﹂ほか︑ガイドラインという形で︑指針が定められ
ている︒これら指針を見ると︑こうした領域では︑患者等は︑研究の一方の主体となるわけではなく︑もっぱら客体
として扱われる側面が強いことから︑本来患者が主体であるはずの﹁インフォームド・コンセント﹂という言葉は︑
患者等からインフォームド・コンセントを得る必要がある︑というように用いられてしまっている︒ここでは︑研究
医療という性格から︑もっぱら患者等から同意︵コンセント︶を得て︑研究を行う必要があるという視点で構成され
ており︑この姿勢が︑臨床一般に持ち込まれてしまうことへの懸念がある︒つまり︑医療の現場で患者の同意を取り
つけて治療行為を行えばよいのだという姿勢で︑診療行為がなされてしまう危惧が存するのである︒
これを回避し︑診療における一方当事者たる患者が主体でもあるとの認識を共有させるには︑インフォームド・コ ︵14︶ ンセントからインフォームド・ディシジョン︵情報提供に基づく意思決定︶という用語への止揚が望ましいものと考
える︒インフォームド・コンセントという言葉は︑医学研究に関する領域で用いられてもさほどの弊害はないが︑医
療一般においては︑治療に関する最終的決定権が患者に存することを明白にさせるためにも︑インフォームド・ディ
シジョンなる用語を用ることが望ましいと考える︒
二 診療情報の提供に関する指針の見直し
見直しがなされた︑日本医師会︑厚生労働省︑および国立大学附属病院のそれぞれの﹁診療情報の提供に関する指
針︵第2版︶﹂の中で︑最も早くその改訂版が出された日本医師会の﹁指針︵第2版︶﹂は︑その内容を比較すると︑
他の二つの﹁指針﹂の策定のモデルとされたことがうかがわれる︒ただ日本医師会の指針は︑﹁指針の実施に当たっ
て留意すべき点﹂とするその﹁解説﹂において︑第1版以来一貫して﹁裁判問題を前提とする場合は︑この指針の範 ︵15︶ 囲外であり指針は働かない﹂とされている︒これは︑たとえば﹁診療記録等の開示による情報提供﹂の請求が︑訴訟
を前提としたものである場合は︑・指針は適用にならないという趣旨かと思われる︒しかし︑診療記録等を入手して︑
その内容を検討し︑疑問を担当医等に問うても︑納得が得られず︑医療過誤があったのではないかと思われる場合に
初めて訴訟提起という事態へと想到するというのが︑一般的形態であろう︒この意味からもこの﹁解説﹂は合理性を ︵16︶ 欠くものといえよう︒この点に関し︑厚労省の﹁﹃診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会﹄報告書﹂にお
いては︑﹁訴訟を前提とした診療記録の開示の求めについては︑訴訟を前提としていることのみを理由に訴訟記録の
開示を行わないことは適当ではない﹂ことが明確に指摘されており︑日本医師会の指針の運用は︑﹁訴訟﹂とは無関
係になされるべきものと考える︒日本医師会の指針のもう一つの問題点は︑﹁3−8 診療記録等の開示などを拒み
うる場合﹂において︑他の二つの指針にはない﹁診療情報の提供︑診療記録等の開示を不適当とする相当な事由が存
− するとき﹂という一般的不開示規定が設けられている点である︒他の二つの指針では︑①第三者の利益を害するおそ
れがあるとき②患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるとき︑の2項目に限定されており︑一般的不開示
規定は設けられていない︒一般的不開示規定を設けることは︑不開示事由の安易な拡大へとつながりかねず︑その
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︵都法四十七ー二︶ 五
六
﹁見直し﹂が必要だと思われる︒
ともあれ︑三つの指針は︑全体としては︑旧稿において指摘していた問題点の見直しがなされている項目も多々あ
り︑ずいぶんと改善された︑との評価はできよう︒たとえば︑診療情報の開示は︑診療記録の作成・管理についての
体制が整うまでの当分の間︑診療記録に代わる文書︵サマリー⁝要約書︶を交付することが認められ︑開示の原則に
従い開示請求を認めながら︑サマリーで済ますことができるといった論理矛盾を露呈する各国立大学診療録開示規定 ︵17︶ も見られた︒これが現在では︑診療録の作成・管理の体制の整備がなされたということか︑サマリーという文言は︑
この文脈においてはもはや見られず︑改善が進んだものと評価できよう︒また︑当時の厚生省ガイドライン︵二〇〇
〇年七月︶では︑﹁診療録等の開示の申請期間﹂として﹁原則として︑患者本人の受療期間中に︑当該受療中の疾病 ︵18︶ にかかわる診療録等の開示申請を行うもの﹂とされており︑受療期間中に限定されていたのを批判したが︑この点は
見直しがなされ︑こうした限定は現在では︑いずれの指針においても見られない︒このように見直しがなされた部分
はかなりあり︑それぞれコ第1版﹂の指針より︑格段に進歩しているといえよう︒しかし︑なお残された問題もあり︑
以下︑これらにつき検討してみたい︒
三 個人情報保護法︑診療情報の提供等に関する指針などにおける問題点
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1 個人情報保護法とその医療・︑介護領域におけるガイドライン
個人情報保護法は︑基本的には民間の個人情報取扱事業者をその対象とするものであり︑国の機関に対しては︑
﹁行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律﹂が︑独立行政法人等に対しては︑﹁独立行政法人等の保有する個
人情報の保護に関する法律﹂が︑それぞれ適用になる︒また各自治体においては︑各自治体の個人情報保護条例が適
用になる︒このようにその対象の相違により適用される法律等は異なるものの︑これら法律等においては内容上の相
違はあまり存せず︑また個人情報保護法が他の法律の総則的規定を有する部分︵第1章〜第3章︶もあり︑個人情報
保護法は︑その対象が民間の個人情報取扱事業者に限定されるにもかかわらず︑これら法制度の枢要な位置を占めて
いる︒医療領域では︑この個人情報保護法に基づき︑厚労省により︑既述した医療・介護ガイドラインが策定・公表
されている︒これは︑一般的情報の保護規定である個人情報保護法を見ただけでは︑判然としない医療・介護分野の
特性を踏まえ︑具体的ケースを想定した実務的処理の方向を示したものである︒また︑国︑地方公共団体︑独立行政
法人等が設置する機関に関するものであっても︑医療・介護分野における個人情報保護の精神は同一であることから︑ ︵19︶ このガイドラインに配慮することが望ましいとされている︒
2 診療情報の開示の例外的事由
さて︑診療情報の提供という側面においては︑個人情報保護法の中心的規定は︑開示請求権を認めた第25条︵開示︶
の規定である︒そこでは︑開示が原則とされながらも︑不開示を可能とする次の三つのケースが認められている︒
一 本人又は第三者の生命︑身体︑財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
二 当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︵都法四十七ー二︶ 七
八
三 他の法令に違反することとなる場合
︵20︶ そして︑医療・介護ガイドラインでは︑これら開示の例外の具体的事例として︑次のような場合が挙げられている︒
・患者・利用者の状況等について︑家族や患者・利用者の関係者が医療・介護サービス従事者に情報提供を行ってい
る場合に︑これらの者の同意を得ずに患者・利用者自身に当該情報を提供することにより︑患者・利用者と家族や
患者・利用者の関係者との人間関係が悪化するなど︑これらの者の利益を害するおそれがある場合
・症状や予後︑治療経過等について患者に対して十分な説明をしたとしても︑患者本人に重大な心理的影響を与え︑
その後の治療効果等に悪影響を及ぼす場合
ここに挙げられたケースは︑個人情報保護法第25条第1項第1号の具体例を示すものと思われるが︑厚労省および
国立大学附属病院の﹁診療情報の提供等に関する指針﹂においては︑この第1号の規定を二つに分解したような規定
がおかれる︒すなわち︑
①診療情報の提供が︑第三者の利益を害するおそれがあるとき
②診療情報の提供が︑患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるとき
そして︑この①・②に該当する具体例として︑先に見た医療・介護ガイドラインに示されたと同様の具体的事例が︑
厚労省および国立大学附属病院の指針において挙げられている︒日本医師会の指針では︑これに一般的不開示規定が
加えられており︑それが問題であることは既述した︒なお︑厚労省の検討会資料では︑①のみとするか︑①および② ︵21︶ ︑ とするかは︑各医療機関において選択することが適当だと考えられている︒つまり︑②︵患者本人の心身の状況を著
しく損なうおそれがあるとき︶を理由として︑情報提供しないことには︑きわめて慎重であるべきであるとの見解が
示されている︒特定の精神疾患の患者やわずかな精神的不安で動脈瘤が破裂するおそれのある患者等に対しては︑不
開示も相当と思われるが︑医師が自分のやりたい治療を行うために︑癌患者への不開示の根拠として安易に用いられ ︵22︶ る懸念がある︒
3 患者の利益代弁者への情報提供
さらに問題なのは︑このような例外的事由から本人への情報が提供されない場合の次なるシステムが構築されてい ︵23︶ ない点である︒旧稿において指摘したように︑患者本人には開示しない方がよいというケースであっても︑それは︑ ︵24︶ 決して秘密のうちになされてはならず︑患者の代理人等の利益代弁者に情報は提供されるべきものだからである︒ ︵25︶ ︵26︶ ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言︵2.6︶や患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言︵7.e.︶
においては︑患者には自己に代わって情報を知らされる者を任意に選任する権利が認められており︑こうした規定を ・
入れるべきものと考える︒ ︑
そして︑患者に判断能力がなく︑患者本人に情報を提供したとしても︑患者の理解が困難であり︑診療の際の患者
の意思決定が得られない場合や︑診療記録を開示してもその内容を理解することができないような場合には︑あらか
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︵都法四十七⊥一︶ 九
一〇
じめ患者本人に代わり︑情報の提供を受けるべき者を決めておくべきものと考える︒ちなみに︑厚労省および国立大
学附属病院の指針では︑﹁診療中の診療情報の提供﹂として︑﹁患者が未成年者等で判断能力がない場合には︑診療中
の診療情報の提供は親権者等に対してなされなければならない﹂とされている︒この規定をより一般化した形にして︑
患者に判断能力がない場合に︑情報を提供して︑患者に代わって意思決定をしてもらう者を制度として確立させるべ
きものと考える︒この点で参考になるのが︑同じく指針の中で示されている﹁診療記録の開示を求め得る者﹂として
挙げられている︑﹁①法定代理人②診療契約に関する代理権が付与されている任意後見人③患者本人からの代理権を
与えられた親族およびこれに準ずる者﹂との規定である︒そもそも指針は︑もっぱら医療従事者等に対する行為の準
拠として示されているものなので︑﹁診療中の診療情報﹂において示された規定にしても︑患者のインフォームド・
デイシジョン︵情報提供に基づく意思決定︶という視点は欠如している︒単に医療従事者がとるべき具体的行為が示
されたものにすぎない︒しかし︑指針の背後には︑患者の権利というものが存するはずであり︑その意味からも︑判
断能力のない患者の意思決定を最も実現できるような者に対して情報提供されるべきものと考える︒
4 制限能力者の意思決定
︵27︶ 旧稿において︑未成年者︵特に判断能力を有する者︶についての規定がないことを問題点として指摘していたが︑
三つの指針では︑見直しにより︑いずれも﹁満15歳以上の未成年者については︑疾病の内容によっては患者本人のみ
の請求を認めることができる﹂とされて︑新たに挿入されたことは評価したい︒この問題に関し︑世界医師会のリス
ボン宣言においては︑法的に無能力の患者︵制限能力者・未成年者︶にあっても︑当該患者は︑その能力の許す限り︑
︵28︶ 意思決定に参加させるべきものとされている︒法的には︑無能力︵制限能力︶であっても︑当該患者が合理的な意思 ︵29︶ 決定ができる場合には︑その自己決定を尊重しようという趣旨であり︑さらには︑この場合︑自己の法定代理人に対 ︵30︶ する情報の開示を禁ずる権利まで認められており︑日本においても﹁疾病の内容﹂に依拠させるのではなく︑未成年
者︵満15歳以上︶に限定せずに︑制限能力者一般において︑その合理的意思決定が可能であれば︑その法定代理人へ
の情報の開示を禁ずることまで認めるべきものと考える︒
5 個人データの第三者提供
個人情報保護法において︑診療情報提供に関してもう一つの重要な規定として第23条︵個人データの第三者提供︶
の規定がある︒第23条によると︑個人情報取扱事業者は︑原則として︑あらかじめ本人の同意を得ないで︑個人デー
タを第三者に提供してはならない旨規定されるが︑当然例外が認められており︑それによると︑本人に情報提供しな
いで家族へ情報提供することが︑きわめて安易に認められてしまう点が殊に問題だと思われる︒医療・介護ガイドラ
インによると︑患者への医療の提供のために通常必要な範囲の利用目的について︑院内掲示等で公表しておくことに
より︑あらかじめ包括的な同意を得ることが可能であるとされており︑患者への医療の提供に際して︑家族等への病
状の説明を行うことが利用目的として特定されて示されていれば︑患者の同意があったものとされてしまう︒もちろ
ん︑23条1項2号の﹁人の生命︑身体又は財産の保護のために必要がある場合であって︑本人の同意を得ることが困
難であるとき﹂に家族等への情報提供がなされることは認められるべきである︒医療・介護ガイドラインでこの具体 ︵31︶ 例として挙げられているのは︑次のケースである︒
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︵都法四十七−二︶ =
一二
・意識不明で身元不明の患者について︑関係⁝機関へ照会したり︑家族又は関係者等からの安否確認に対して必要な情
報提供を行う場合
・意識不明の患者の病状や重度の認知症の高齢者の状況を家族等に説明する場合
・大規模災害等で医療機関に非常に多数の傷病者が一時に搬送され︑家族等からの問い合わせに迅速に対応するため
には︑本人の同意を得るための作業を行うことが著しく不合理である場合
ここに挙げられている具体例は︑いずれも本人の同意を得ることが物理的︑現実的に不可能といえるケースである︒
しかしながら︑ガイドラインでは﹁本人の同意を得ることが困難であるとき﹂には︑﹁本人に同意を求めても同意し ︵32︶ ない場合﹂が含まれるとされており︑これでは︑本人の意思が無視されて︑家族等への情報提供が常に許容されるこ
とになってしまう点で問題がある︒掲示等により︑﹁あらかじめ家族等への病状の説明を得ること﹂との項目を入れ
ておき︑患者から異議が出されない限り︑患者の同意があるものとして扱うというやり方は︑当該患者への診療行為
の前にそのことを再度確認する機会が与えられることによってのみその正当性が担保されるものと考える︒実際︑医
療・介護ガイドラインにおいても︑本人以外の者に病状説明を行う場合は︑本人に対し︑あらかじめ病状説明を行う ︵33︶ 家族等の対象者を確認し︑同意を得ることが望ましい︑とされているのである︒さらにこの際︑説明すべき﹁家族等﹂
は︑医療機関が任意に選択できるのではなく︑患者に対し︑説明すべき﹁家族等﹂の優先順位の選択・決定権を付与
すべきものと考える︒この参考になるのが︑﹁診療情報の提供等に関する指針﹂に示された﹁診療記録の開示を求め
得る者﹂として挙げられている︑既述した﹁①法定代理人②診療契約に関する代理権が付与されている任意後見人
③患者本人から代理権を与えられた親族及びこれに準ずる者④現実に患者の世話をしている親族及びこれに準ずる
者﹂との規定である︒患者には︑場合によっては利害対立関係にある家族等に自己の診療情報を提供されることによ
り︑生命︑身体および財産への侵害︑不利益が生ずる危険性が存するのであり︑こうした点に配慮し︑これを制度化
すべきものと考える︒
6 診療情報の訂正等
個人情報保護法には︑本人が︑自己の個人データが事実でないことを理由としてその内容の訂正︑追加又は削除
︵以下︑訂正等と略記する︶を求めることができる第26条の規定がおかれている︒本条に関しては︑自己情報のコン
トロールという意味からも重要な位置づけがなされているが︑患者の診療情報にあっては︑誤った診療情報が残され
たままになっていることにより︑その後の診療行為において︑患者の生命︑身体︑健康への重大な侵害が生じるおそ
れもある︒ところで︑医療・介護ガイドラインでは︑﹁訂正等の対象が事実でなく評価に関する情報である場合﹂に ︵34︶ は︑訂正等に応じる必要はないとされる︒しかし︑実際のところ事実と評価とを明確に区別するのは難しくもあり︑
所見や評価・判断に関する事柄であっても︑それが間違いであることが医療上証明できるものであれば︑訂正される
べきものと考える︒たとえば︑ある医療機関で良性腫瘍と診断されたが︑他の医療機関におけるより詳しい検査の結
果︑悪性腫瘍との診断がなされた場合︑訂正されないままでは︑患者にとっては︑さまざまな不利益が生じることが
予想され︑訂正等なされねばならないものと考える︒なお︑﹁指針﹂においても︑患者の訂正権等を前提としたと思
われる﹁診療記録の訂正は︑訂正した者︑内容︑日時等が分かるように行われなければならない﹂との規定がおかれ
ている︒
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︑ ︵都法四十七ー二︶ ニニ
一四
7 遺族からの開示請求
遺族からの開示請求を︑きわめて限定された局面︵患者本人が意思表示できなかった場合で︑主治医が必要と認め
る場合など︶においてではあったが︑初めて認めたのが︑二〇〇〇年七月の当時の厚生省の指針であった︒そもそも︑
個人情報保護法は︑情報一般をその保護の対象とするものであることもあり︑生存する個人の情報を保護の対象とす
る︒ところが診療情報は︑死者のものであってもきわめて重要性が高く︑保護に値するものであり︑生存する個人に
準じた扱いをすべきものと思われる︒実際︑医療・介護ガイドラインにおいても︑患者・利用者本人の生前の意思︑︑ ︵35︶ 名誉等を十分に尊重しつつ︑特段の配慮が求められる︑とされ︑﹁診療情報の提供等に関する指針﹂に従った対応を
すべきだとしている︒
旧稿において指摘したように︑世界的基準といえるようなものでは︑死後の患者のプライバシー保護もきわめて厳
格に貫かれている︒たとえば︑ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言︵4.1︶においては︑﹁患者の
健康状態︑医学的な状況︑−診断︑予後︑治療その他の個人的な性質にかかわる情報はすべて秘密にされるべきである︒
これは死後においても同様である﹂とされ︑また︑世界医師会のリスボン宣言︵8.a.︶では︑﹁患者の健康状態︑
症状︑診断︑予後および治療について患者を特定し得るあらゆる情報︑その他個人的な情報は︑患者の死後において
も秘密にされねばならない︒例外として︑患者の子孫には︑自らの健康上のリスクに関わる情報を得る権利を有する﹂
とされている︒
これに対し︑日本の﹁診療情報の提供等に関する指針﹂では︑﹁患者が死亡した際には遅滞なく︑遺族に対して︑
死亡に至るまでの診療経過︑死亡原因等についての診療情報を提供しなければならない﹂とされ︑患者は︑死亡すれ
ば常にその診療情報を遺族に対して提供されてしまう︒ここでは︑死亡した患者のプライバシー保護の視点など全く
欠如している︒旧稿で指摘したように︑患者の遺族といえども︑当然には患者の診療情報にアクセスすることはでき ︵36︶ ず︑患者の明示または推定される意思に反しない限りで認めるのが適当であると考える︒そこで︑患者の死因に疑問 ︵37︶ があったり︑医療事故の可能性が存するときには︑患者の推定される意思により開示請求を認めるべきであるが︑原
則として︑死亡した患者の診療情報を遺族に提供しなければならない︑とする﹁指針﹂には︑個人情報保護法の保護
の対象とはなってはいないとはいえ︑プライバシー保護の観点からはきわめて問題があるといえよう︒
おわりに
日本の病院における診療情報の提供に関しては︑基本的には法律の規定によるのではなく︑指針︵ガイドライン︶
に則り︑実務的運用がなされている︒一部︑個人情報保護法等︑法律により規定された部分があるため︑その部分だ
けは︑法律に基づくものとなっているが︑個人情報保護法制は︑基本的には情報の保護を核心に据えた立法︑しかも
医療分野に限られない一般的立法である︒したがって︑個人情報保護法制を誤りなく適用できるように︑医療・介護
分野の特性を顧慮した医療・介護ガイドラインが示され︑実際の運用の目安を示している︒
しかしながら︑これらは︑情報の保護という側面に特化した立法・ガイドラインであるがゆえに︑本来あるべき診
療情報の提供の一面しかカバーすることはできない︒保護されるべき最も重要なものは︑情報ではなく︑﹁人﹂であ
る︒やはり︑基本的には︑人︵患者︶そのものの権利を出発点に据えたものであることが不可避であるといえよう︒
この意味で︑個別立法︑しかも医療個人情報の保護という側面に特化した立法ではなく︑患者の権利を背景とした個
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︵都法四十七ー二︶ 一五
一六
別立法が望ましい︒参考となるのは︑世界的基準ともいえる︑﹁患者の権利に関する世界医師会宣言﹂やヨーロッ
パにおける患者の権利の促進に関する宣言﹂などである︒﹁診療情報の提供に関する指針﹂の実務的運用も進み︑法
制化への環境整備も整いつつある現在︑早期の法制化を期待したい︒
︵1︶ 日本医師会﹁診療情報の適切な提供を実践するための指針について﹂日医ニュース901号二〇頁以下︵一九九八年︶︒
︵2︶ 国立大学附属病院長会議﹁国立大学附属病院における診療情報の提供に関する指針︵ガイドライン︶﹂二九九九年︶︒これ
については︑医療記録の開示を進める医師の会編・医師のための医療情報開示入門︵金原出版︑一九九九年︶二四二頁以下の
﹁資料﹂を参照︒
︵3︶ 厚生省﹁国立病院等における診療情報の提供に関する指針﹂法律時報七三巻二号六九頁以下︵二〇〇一年︶︒
︵4︶ 日本医師会・前掲注︵1︶二一頁︒
︵5︶ 平成十五年法律第五七号︒個人情報保護法に関しては︑岡村久道・個人情報保護法︵商事法務︑二〇〇五年︶ほか参照︒
︵6︶ 国の行政機関を対象とする﹁行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律﹂︵平成十五年法律第五八号︶︑独立行政法
人等を対象とする﹁独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律﹂︵平成十五年法律第五九号︶︒
︵7︶ 医療の場面における個人情報の保護一般に関しては︑開原成充11樋口範雄・医療の個人情報保護とセキュリティ︵第2版︶
︵有斐閣︑二〇〇五年︶を参照︒
︵8︶ 厚生労働省﹁医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱のためのガイドライン﹂︵二〇〇四年︑なお︑二〇〇六
年に改正︶︒これに関しては︑︽ゴ§\\﹈°日ゴ冒句oS\8豆oω\9買o吋已\ωo声ω爵⊆鳶&ぼ\巨臼爵︸§︾参照︒
︵9︶ 厚生労働省﹁﹃医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱のためのガイドライン﹄に関するQ&A︵事例集︶﹂
︵二〇〇五年︑なお︑二〇〇六年改定︶︒これについては︑︽庁日O⁝\\≦§°日法ヌ晦o甘\︷o宜8\ひ⊆尊o巨\︒︒巳ω①ざ\犀o菅\芦全Φ呂
ゴ§︾参照︒
︵10︶ 日本医師会﹁第2版 診療情報の提供に関する指針﹂日本医師会雑誌一二八巻一〇号付録︵二〇〇二年︶︒なお︑会§⁚\\
≦︸ミ゜日o△bユO\巳合民曽①心oゴoN°宮邑︾も参照︒
︵H︶厚生労働省﹁診療情報の提供等に関する指針﹂︵二〇〇三年︶︒これについては︑合§⁚\\≦訓ミ゜庁o⊆°・09ゴ冒恒oS\ゴoξoざ画o︒\
房ロ6巨\嵩OO﹂やぴも9参照︒
︵12︶ 国立大学附属病院長会議﹁国立大学附属病院における診療情報の提供等に関する指針︵ガイドライン︶第2版﹂︵二〇〇六
年︶︒これについては︑︽ゴ§⁚\\妻ヒ昌千ゴoωO治ゆく磐一△ゆー⇔巴lOOlNも⑨参照︒
︵13︶厚生労働省﹁臨床研究に関する倫理指針﹂︵二〇〇四年改定︶︒ほかに︑﹁疫学研究に関する倫理指針﹂︵二〇〇四年改定︶︑
﹁遺伝子治療臨床研究に関する指針﹂︵二〇〇四年改定︶︑﹁ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針﹂︵二〇〇四年改定︶
も︑医学研究の分野におけるガイドラインとして示されている︒これらについては︑︽宮8⁚\\笥ξ゜日匡司゜ぬo﹂b\8巳o°り\
げ⊆尊o宮\︒︒⑦富き\丙&芦\巨らo呂庁豊参照︒
︵14︶ 石崎泰雄﹁インフォームド・ディシジョン﹂早稲田法学七二巻三号二九一頁以下︵一九九七年︶︑同﹁インフォームド・
コンセントからインフォームド・ディシジョンへ﹂年報医事法学一二号八頁以下︵一九九七年︶︑同﹁インフォームド・ディ
シジョン時代の医療﹂山梨医科大学雑誌一二巻三号八七頁以下︵一九九七年︶参照︒
︵15︶ 日本医師会・前掲注︵1︶二一頁﹁1 基本理念﹂︑同・前掲注︵10︶﹁1 基本理念﹂参照︒
︵16︶ 診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会﹁資料﹃診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会﹄報告書﹂︵二
〇〇三年︶︒これに関しては︑会§⁚\\碧゜日庁写ぬo旨\・・巨旨眩\NOOc︒\OO\ωoΦ﹂O−NP庁§︾参照︒
︵17︶ 石崎泰雄﹁日本の病院における﹃カルテ開示﹄の法的問題点﹂法律時報七三巻二号六四頁︵二〇〇一年︶参照︒
︵18︶ 石崎・前掲注︵17︶六五頁︒
︵19︶ 厚生労働省・前掲注︵8︶一頁以下︒
︵20︶ 厚生労働省・前掲注︵8︶三〇頁以下︒
︵21︶ 診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会・前掲注︵16︶六頁︒
︵22︶ 石崎泰雄﹁医療における癌患者のインフォームド・ディシジョン﹂駿河台法学一七巻二号二三頁以下︵二〇〇四年︶︑同
﹁判例研究 患者の意思決定権と医師の説明義務﹂法学会雑誌四七巻一号一六五頁以下︵二〇〇六年︶参照︒
︵23︶ 石崎・前掲注︵17︶六三︑六七頁︒
︵24︶ このような見解は︑一九九一年国際連合第75回総会決議﹁精神病者の保護及びその治療の改善のための原則 第19条第4
文﹂参照︒これについては︑舎§⁚\\≦羽ミヒpoお\全o窪目oロ房\窓\苫゜・\ま\呈O巨H⑰宮日︾参照︒
︵25︶ 司oユ全出o曇○お§臣8零眩8巴O白8甘﹁国ξ8P巨Oo巳曽呂oロ8汗o印o日呂80︷勺註o巨ω︑凌ぬ宮ω巨国巨名oし8ふ
倉§⁝\\箋げρ巨\φooo邑︒・︒\苫げ巨⇔\oF晋巳曽昌o目冶Φ軽もユOなお︑この日本語訳として︑患者の権利法をつくる会訳﹁ヨー
ロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言﹂︑︽ゴ§⁝\\≦劃ミも豊窪言蒔プ﹇ω゜自■\︒・げ身o巳゜宮日︾も参照︒
日本の病院における﹁診療情報提供﹂の法的課題 ︵都法四十七ー二︶ 一七
一八
︵26︶ 昌Φ≦oユユζΦ合△巴P°・o島註8司oユム冨o合6巴︾ωのo巳①江oロ08巨臣88汗o呂讐↓ωoS日①勺註9けo合日巴■苫己︒・a陪日o
﹂べ房古ひo§o芦o力芦註潟PNOOぷ︽ゴ§\\⁝°§巨①゜昌⑦﹇\①\bo冒○鴇\﹂︽°庁§︾°なお︑この日本語訳として︑日本医師会訳﹁患者の権
利に関するWMAリスボン宣言﹂︵二〇〇五年︑舎§⁚\\≦碧゜日①伜︒こO\≦§\雰●oPゲ§︾も参照︒
︵27︶ 石崎・前掲注︵17︶六五頁︒
︿28︶ 昌o司oユユ呂Φ合o巴Pωoo富口oPω唇日旨o甘培も担参照︒
︿29︶ §ぶ9ぴ゜参照︒
︵30︶ さミ
︵31︶ 厚生労働省・前掲注︵8︶二三頁︒
︵32︶ 厚生労働省・前掲注︵8︶二一二頁︒
︵33︶ 厚生労働省・前掲注︵8︶八頁︒
︵34︶ 厚生労働省・前掲注︵8︶三三頁︒
︵35︶ 厚生労働省・前掲注︵8︶四頁︒
︵36︶ 石崎・前掲注︵17︶六六頁︒
︵37︶ 石崎・前掲注︵17︶六六頁︒
資料
診療情報の提供等に関する指針
二〇〇三年九月︑厚生労働省
1 本指針の目的・位置付け
○ 本指針は︑インフォームド・コンセントの理念や個人情報保護の考え方を踏まえ︑医師︑歯科医師︑薬剤師︑看護師その他
の医療従事者及び医療機関の管理者︵以下﹁医療従事者等﹂という︒︶の診療情報の提供等に関する役割や責任の内容の明確
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