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民法改正と保険法

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(1)

民法改正と保険法

民法(債権法)改正は保険実務に影響を与えるか?

山 下 純 司

■アブストラクト

現在,民法(債権法)の改正についての議論が法制審議会で行われている が,保険実務,あるいは保険法学に対して,この民法改正はいかなる意味を 持ちうるのだろうか。実定法レベルでは,一般法としての民法と,特別法と しての保険法の競合関係について,場合を分けて考える必要があるが,その 影響は限定的である。しかし,原理レベルでは,近時の契約理論の動向をふ まえた民法への改正は,かつての民法が説明しきれなかった保険契約という 契約類型を,契約一般の理論の中に原理レベルで再統合し説明していくきっ かけとなる。そこでは,保険実務の中で発展してきた保険契約法のルールを もう一度見つめ直し,合理性の認められる部分については,新たな民法のル ールに立法論あるいは解釈論のレベルで反映させる努力が必要である。

■キーワード

民法改正,契約,一般法と特別法

1.はじめに

現在,民法(債権法)の改正についての議論が法制審議会で行われている。

未だ最終的な法案の形は見えてこないものの ,どのような立法がなされる

年1月26日原稿受領。

*平成25年10月26日の日本保険学会(愛知学院大学)報告による。

/平成26

議会は 民法(債権関係

1) 平成25年2月,法制審 の改正に関する中間試案

(2)

にせよ,わが国の民法学にとっては,大きな意味を持ってくることは疑いな い。では,保険実務,あるいは保険法学に対して,この民法改正はいかなる 意味を持ちうるのだろうか。これが本稿の問題意識である。より具体的には,

次の二つの点を問題とする

第一は,実定法として見た場合の民法と,保険法ないし保険業法の関係に 関わる。保険の領域は,特別法によって規律される部分の多い領域である。

特別法は一般法に優先する という原則をふまえ,一般法である民法の改 正の影響はどれほどのものなのかを,考えてみる必要がある。

第二は,私法の原理としての民法と,保険法学ないし保険実務との関係に 関わる。民法は,私法領域における統合原理としての役割を果たしてきた。

実定法としての民法は,財産法分野に限って言えば,百年以上も大きな変化 なく使い続けられてきたわけであるが,解釈によって形成されたルールや,

その背後にある原理は,大きく変わってきた部分もある。その中で,特に契 約の締結過程の規律や契約解釈の問題に関して,保険に関する判例等の果た してきた役割は大きい。つまり,保険実務が民法に与えてきた影響が存在す る。民法改正を前にして,民法と保険の関係を今一度見つめなおしてみよう というのが,本稿の第二の問題意識である。

以下では,一般法と特別法という実定法レベルでの影響と,私法の個別領 域の統合という原理レベルでの影響の二つの視点から議論を進めることにす る。

2.実定法レベルの影響

実定法のレベルで,従来の(広義の)保険法が,どのような意味で民法に 依存し,あるいは民法から独立していたのかという点から考えてみることに しよう。ここでは,保険に関わる領域で,民法と保険法の条文があるかどう かで【図】のような分類をする。

(以下, 中間試案 で引用する)を決定したが,本稿を執筆している平成2 年 1月の段階で,なお審議会の議論は継続中である。

(3)

Aは,現在すでに一般法としての民法にルールを委ねている領域であり,

Bは,民法のルールを特別法としての保険法で修正している領域である。

ABでは既存の民法規定の変更の影響が問題となる。

これに対してCDは,現在は民法の条文がない領域である。Cは保険法の 条文もない場合で,ここは判例や学説が解釈によって導いた不文のルールに よって補充がなされているものと考えられる。Dは保険法の条文だけがある 場合で,特別法である保険法の適用がある。もともと民法の条文のないCD では,新たに民法の規定を設けることの影響が問題となる。民法の規定を新 設する場合にも,従来補充的に適用されていた不文のルールを民法内に明文 化する場合と,既存の不文のルールを実質的に変更する場合があると考えら れるが ,その点については後で考える 。

以下では,A〜Dのそれぞれの場合について,具体例を挙げながら,問題 となる点を考えてみることにする。

2) 今回の改正の目的に関しては様々なところで言及されているが,とりあえず,

内田貴・民法改正―契約のルールが百年ぶりに変わる―(筑摩書房,2011年)

を参照。

3) 保険の領域を規制するルールを考察するという観点からは,このほかに,保 険約款によりルール形成がされる場合を検討する必要がある。この点について は,もっぱら約款規制の導入と関係で考察する。

【図】

保険法の条文なし 保険法の条文あり

民法の条文あり

(改正による変更)

民法の条文なし

(改正による新設)

A)民法の適用

C)解釈による補充

B)保険法の優先適用

D)保険法の補充適用

(4)

⑴ 民法にルールを委ねてきた領域で,既存ルールが変更される場合(A) 保険法が特にルールを設けず,民法によるルールの設定に問題の解決を委 ねてきた領域において,民法の既存ルールが変更される部分があるとすると,

それは保険法の領域における実質的なルール変更となることが容易に予測さ れる。

その場合において,保険法の側の対応としては,そのままルール変更を受 け入れるというものと,新たな特別法を作ってルールを修正することの,二 通りが考えられる。いずれが妥当かは,その領域を民法に委ねてきた趣旨か ら考える必要がある。

たとえば,詐害行為取消権に関する民法423条などは,保険の解約や保険 金受取人の変更などとの関係で重要な意味を有するが,その行使のための要 件である保全の必要性や代位される債権の一身専属性などは,民法のルール を踏まえて判断される 。債務者の責任財産を保全するという債権者代位権 の目的を考えれば,保険契約についてのみ他の契約とは別個に,代位行使の 要件を考えることの正当化根拠は見出しにくい。

このように,ある領域のルールを民法に委ねている趣旨が,保険固有の問 題が小さく,保険という領域の外で解決すべき問題が大きいためである場合 には,民法の改正で変わるルールを受け入れざるを得ない面がある 。

4) 岡山忠広 保険契約の保険金受取人変更権と詐害行為取消権・否認権の行 使 判タ1267号30頁(2008),山下友信=米山高生・保険法解説310頁〔山野嘉 郎〕(有斐閣,2010)など。

5) この点,実務的に影響が大きいと考えられるものの一つが,賠償責任保険と の関係における損害賠償額の決定基準に関するルールである。特に,中間利息 控除において変動利率を導入するとなると,利率の変動という新たなリスクを 保険会社が抱えることになることは,本誌掲載の金岡論文が指摘するとおりで ある。この問題について,金岡論文は保険約款による問題の解決の可能性を示 唆する。これは,民法の損害賠償額決定ルールと損害保険金の決定ルールとを 切り離すことを意味し,賠償責任保険の性格そのものの見直すことによる問題 の解決と評価できる。(金岡京子 保険法の観点からみた債権法改正の意義 保険学雑誌624号45頁)。

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もっとも,民法の条文にルール設定を委ねているように見える領域であっ ても,実際には民法のルールが機能していない場合も多い。たとえば,債務 不履行の際の強制履行に関する414条や,損害賠償に関する415条のような条 文は,保険料債権についても適用可能とされルールは民法に委ねられている。

しかし実際には,保険料の不払いは契約の効力不発生あるいは解約の問題と して約款上処理されるため,民法の改正が与える影響を問題とする実質的な 意義に乏しい 。

⑵ 民法のルールが保険法によりすでに修正されている領域で,民法のルー ルが変更される場合(B)

民法と保険法の規定が競合する場合, 特別法は一般法に優先する とい う原則によって,保険法の規定が優先する。

ただし,民法の改正があったことにより, 後法は前法に優先する とい う原則との関係も考慮しなければならない。一般論としては,特別の規定が なければ,特別法の前法は一般法の後法に優先するものとされている 。し たがって保険法・保険業法に特別ルールが定められている場合,その後に民 法の改正があっても既存のルールが変更を受けることはないはずである。

民法の規定が明確に排除されている場合として,たとえば,第三者のため にする保険契約について保険金受取人が当然に利益を享受する旨を定めた保 険法42条・71条や,短期消滅時効期間を定める同95条などが挙げられるが,

民法の改正が直接に影響するわけではない 。

6) 保険料債権について,払込期月末日までに支払いがなされなければ履行遅滞 が生じ,強制履行や損害賠償の請求権が法的には生じる。しかし,それを行使 することは現実的ではなく,それらの方法を用いないことを前提に約款の仕組 みが構築されている(山下=米山・前掲注4)366頁〔沖野眞已〕)。

7) 金子宏=新堂孝司=平井宜雄・法律学小辞典〔第4版補訂版〕28頁(有斐閣,

2008)。

8) 中間試案によると,第三者のためにする契約については,受益者となるべく 指定された第三者の権利は受益の意思表示を経て発生するものとされ,その点 では既存の民法537条2項のルールが維持されるようであるが,このことが保

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もっとも,民法が短期消滅時効を廃止し,民事時効・商事時効の時効期間 の差をなくそうとしているのは,時効制度を整理統合し,社会全体としてよ りシンプルな債権管理を実現しようとする政策的意図の現れである。そうし た観点から見た場合,保険給付請求権は3年,保険料請求権は1年といった バラバラの消滅時効期間を民法改正後も維持し続けようとするなら,その合 理的根拠を説明する必要性が高まるだろう。

上記のような意味では,民法の改正の影響は,この領域においても存在す るといえる。それは,3以下で検討する原理レベルの影響ということになる。

⑶ 保険法の条 があり,従来は民法に条 が無かった領域での新ルールの 創設(D)

次に,Dの部分,すなわち保険法の条文があるが,民法の条文がなかった 領域に,民法の条文が新たに作られた場合を考えてみよう。この部分では,

民法で条文が無いのだから,保険法が補充的に適用されているはずであるが,

そこに民法が新たなルールを持ち込んだ場合はどうなるだろうか。ただし,

実際には,民法の条文がないように見えても,解釈などによりすでに一般ル ールが形成されている場合も多いと考えられる。その場合,当該一般ルール が,保険関連の特別法により修正されているかどうかが重要になる。修正さ れている場合には,Bと同じように考えることになろう。

たとえば,情報提供義務の問題を考えてみよう。保険契約の締結や保険募 集の段階における説明不足が,説明義務違反による不法行為責任という形で,

民法709条の責任を生じさせることは,判例により認められたルールとなっ ている。この点については従前から,保険業法300条1項1号が保険契約の 締結又は保険募集において, 保険契約者又は被保険者に対して,…保険契 約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為 を禁止していることとの関 係が問題とされてきた。そして現在では,保険業法300条1項1号の規定違 反を,説明義務違反による民法709条の責任と直結させないのが一般的な解

険法に影響を与えないことは当然と言ってよいだろう。

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釈と思われるため ,保険業法の規定は,説明義務違反の一般ルールを修正 していないと理解されていることになる。したがって,民法改正により情報 提供義務の規定が新設され,一般ルールが条文の形で具体化された場合にも,

保険業法300条1項1号の規定違反との関係はそのようなものとして扱われ ることになろう。

もう一つの例として,不実表示に関する規定を取り上げよう。契約の一方 当事者が虚偽の事実を告げたことによって,相手方が動機の錯誤に陥って意 思表示をしたという場合,その意思表示には,民法95条の 法律行為の要 素 の錯誤により無効となるという見解は有力に主張されていたが,民法に そのことをはっきり示す条文はなく,判例も,(事実上そのような扱いがさ れているとの指摘はあるが)必ずしもルールを明らかにしてこなかった 。 この点,民法改正中間試案では, 表意者の錯誤が,相手方事実と異なる ことを表示したために生じたものであるとき は,その錯誤事項を前提にさ れた意思表示を取り消しうるものと扱うという提案がなされている。仮にそ うした規定が立法された場合,保険法上4・37・66条の告知義務違反に関す る規定との関係が問題となる。この点,保険法に告知義務違反解除の規定を 設けた趣旨が,告知義務違反があっても所定の要件をみたさなければ,契約 の効力を否定できないことを明らかにするものであるとすれば,不実表示の 規定が新設されたとしても,告知義務違反を理由に意思表示の取消しを認め ることには慎重であるべきだと思われる 。

結局,民法に条文が無かった領域に新たな条文を新設する場合には,その 領域に従前から存在した保険法・保険業法の規定の趣旨を考え,競合の有無 や優劣を個別に検討していくことになろう。

9) 山下友信・保険法181‑182頁(有斐閣,2005)。

10) もっとも,消費者契約においては,消費者契約法4条1項により,事業者側 の不実告知に関しては従来から取消しの対象となっていた。また前述の保険業 法300条1項1号も,業法ではあるが不実表示を禁止している。

11) 渡辺雅之 民法(債権関係)改正における不実表示の一般法化の提案と保険 契約への適用について 生命保険論集173号175頁(2010)以下を参照。

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⑷ 民法の条 も,保険法の条 もない領域での新ルールの創設(C)

最後に,民法の条文も,保険法の条文もない領域,つまり,解釈によって 導き出されたルールのみで補充が行なわれてきた領域に,民法が新しい規定 を設けた場合はどうなるだろうか。条文がないところに条文ができるのであ るから,民法が適用されることになりそうである。中間試案にある,契約の 解釈に関する規定や,約款規制のための諸規定を新設する提案は,このよう に位置づけられる。

もっとも,こうした領域には,条文こそないものの不文の一般ルールがす でに存在していたとも考えられる。そうすると,そうした既存のルールを単 に明文化するのか,新たなルールを新設するのかで,与える影響はまったく 異なる。単なる明文化であれば,影響はないと考えられるが,新たなルール の創設であれば,Dと同じように個別の判断が必要となる。改正の全貌が明 らかにならない現段階で,この領域について,民法改正の保険実務への影響 の大きさを測ることは困難である。

以上のように,実定法レベルにおける民法改正の影響は,そこに保険法に よる特別ルールの設定が行われているか,民法による一般ルールに変更が生 じるかによって変わってくることになる。総じていえば,実定法レベルにお いて保険のルールが影響を受ける場合というのは,保険特有の問題がそれほ ど大きくないため特別ルールが設けられていない領域であり,その意味では 民法改正の影響は大きいとは言えないだろう。

しかし,この領域における民法改正と保険実務との関係については,そも そも民法改正の余波を保険実務がいかに被るといった問題設定自体が,一面 的に過ぎるのではないかと思われる。このことを論じるため,以下では,民 法と保険法の関係について,少しさかのぼって考察をしてみたい。

3.原理レベルでの影響

民法には,私法の一般法としての役割のほかに,私法の個別領域のルール を統合し,一貫性のある国内法体系を提供するという原理レベルでの役割が

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存在する。そこで,民法の改正が,原理レベルで保険契約法の領域にどのよ うな影響をもたらすかを考えてみる必要がある。

⑴ 統合から分離へ

かつて,保険法学の分野では,保険契約を民法一般の契約ルールから,い かにして切り離すかという点に腐心していた 。

古くは,田中耕太郎教授 ,野津務教授 などの議論において,保険の 団体性が強調され,一般の契約との差異が強調されていたことはよく知られ ている。つまり,保険契約は,民法が念頭に置くような一対一で締結される 契約とは,異なるルールによって規律されなければならないと主張されたわ けである。

その後,議論は,保険契約の法的構造論へと移る。大森忠夫教授による議 論は,保険契約を有償契約性・双務契約性・射倖契約性・善意契約性といっ た観点から分析し,保険契約を契約法理の中で説明しようとする 。しかし そこでの議論は,保険契約は双務契約でありながら,その特殊性ゆえ,民法 の双務契約に関する規定(同時履行の抗弁・危険負担・解除)の適用がない ことを主張するものである。つまり,保険契約について民法のルールが適用 されないことを正当化する議論なのである。

⑵ 分離から統合へ

このように,伝統的な保険法学においては,保険契約が他の契約一般とは いかに異なるかを強調する傾向があった。そしてその後,保険法学では,保

12) 鳥瞰的な保険法学史の研究として,坂口光男・保険法学説史の研究(文眞堂,

2008)。

13) 田 中 耕 太 郎 保 険 の 社 会 性 と 団 体 性(二・完) 法 協50巻10号104頁 以 下

(1932)。

14) 野津務・保険契約法論(有斐閣,1942),また同・保険法における 信義誠 実の原則 (有斐閣,1934)も参照。

15) 大森忠夫・保険契約の法的構造(有斐閣,1952)。

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険契約を抽象度の高い契約理論で分析することから徐々に遠ざかっていく 。 しかし他方で,その頃から,民法の契約原理の中への保険契約の再統合の議 論が始まる。

まず,保険法学の分野では,保険契約も二当事者間の合意に拘束力の基礎 をおく点で,純然たる契約であることを前提とした議論が有力となる 。現 在の保険法の教科書では,保険契約の法的な性質と,保険制度の意義やその 経済的な機能の説明を分けて解説することで,保険契約は契約でありながら 特別な社会的役割を担っていることを上手く説明しているように思われる 。

また,民法学の側でも,昭和30年代ごろから,新しい契約法学の研究が発 展していき,保険契約を民法上の契約の一種として説明できる素地が生まれ る。昭和38年に出版された契約法大系Ⅴは, 特殊の契約 の一つとして保 険契約を取り上げている。その栞のなかで,川島武宜教授は,それまでの民 法学は契約法学への関心が薄かったことを認めた上で,約款や取引慣行を扱 う新しいアプローチによる契約法学の展開を予告している 。

実際,その後の契約法は,素朴な契約自由の強調ではなく,星野英一教授 による契約正義論 や,意思自治・私的自治の原則,さらには自己決定権と いった観点からの議論が盛んに行われるようになっていた。それは,具体的

16) 昭和50年に出版された倉沢康一郎・保険契約の法理(慶応通信株式会社,

1975)は,保険契約の射倖契約性の協調などの点で,伝統的な保険法学の潮流 に属するものであるが,約款に対する法規説的な説明(228頁以下)など,通 説的見解に対する問題提起という色彩が強い。

17) 山下友信 普通保険約款(四) 法協97巻1号64頁以下(1980)など。

18) 現在の保険法の教科書においても,保険契約の法的な性質に関する説明は行 われているが,相対的にその重要性は低下している印象を受ける。たとえば,

山下(友)前掲注9)70頁以下は,保険契約の射倖契約性や双務契約性,継続契 約性といった議論から保険契約特有の法規整を導き出すことに慎重な態度を取 っている。

19) 川島武宜 新しい契約法学の課題 松坂ほか編・契約法大系Ⅴ354頁(有斐 閣,1963)。

20) 星野英一 契約思想・契約の歴史と比較法 民法論集6・201頁(1986)。な お,大村敦志・公序良俗と契約正義(有斐閣,1995)も参照。

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には,約款論 や公序論 ,契約解釈方法論 ,情報提供義務 といった 新たな領域の研究を生み出していった。これらは全体として,私的自治の原 理が妥当する契約法の領域について,理論的再統合を意図する試みと評価で きる。

現在の民法では,契約が将来の不確実な事項も含めたリスクの配分の合意 であり,その合意の締結から履行に至るまでの過程が,信義則によって規律 されていることを疑う者は少ない。つまり,保険契約の射倖契約性や善意契 約性といった性質も,契約の一般理論の中で説明することが可能になってい るのである。

⑶ 債権法改正の位置づけ

民法債権法の改正は,そうした民法学の動向を取り込んだ形で議論が進ん でいる。そのことは,当初の議論において,消費者契約に関する特則を民法 の中に含めようと言った議論がなされていたことに象徴される 。そこには,

従来は特別法により規律されていた領域を,民法の中に再統合しようという 意図が読み取れるのである。

このような点にかんがみれば,民法債権法の改正は,かつての民法が説明 しきれないまま放逐してしまった保険契約という契約類型を,契約一般の理 論の中に原理レベルで再統合し,いわば典型契約の一つとして説明していく きっかけとして捉えるべきものである。

21) 河上正二・約款規制の法理(有斐閣,1988)。以下はそれぞれの議論の端緒 となった代表的な論文のみをあげる。

22) 大村・前掲注20);山本敬三・公序良俗論の再構成(有斐閣,2000)。

23) 沖野眞已 契約の解釈に関する一考察―フランス法を手がかりにして―

⑴〜⑶法協109巻2号245頁以下,4号495頁以下,8号1265頁以下(1992)。

24) 後藤巻則・消費者契約法の法理論(弘文堂,2002);森田宏樹 合意の蝦 疵 の構造とその拡張理論 ⑵

NBL483号61頁以下(1991)。

25) 法制審議会平成23年5月決定 民法(債権関係)の改正に関する中間的な論 点整理の補足説明 第62 民法に消費者・事業者に関する規定を設けることの 当否 を参照。

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それは,保険契約法のルールを,保険特殊な観点からではなく,より普遍 的な観点から説明していくことを意味するから,保険法学のさらなる深化と,

一般市民にとっても理解のしやすい保険実務へとつながっていくのではない だろうか。

4.保険法から民法へ

以上のように考えてみると,今回の民法債権法改正が保険実務に与える影 響(民法から保険法への影響)に過度に神経質になることなく,むしろ,保 険実務の中で発展してきた保険契約法のルールをもう一度見つめ直し,合理 性の認められる部分については,新たな民法のルールに立法論あるいは解釈 論のレベルで反映させる努力が必要である(保険法から民法への影響)。以 下では,そうした観点からいくつかの論点を取り上げておこう。

⑴ 保険約款と不当条項規制

無催告失効約款の有効性を判示した最判平成24年3月16日 は,民法541 条の履行遅滞解除との関係で,無催告失効約款の合理性を判示した。その際 には,保険契約者が不払いをした場合に無催告で保険契約が失効することの 不利益を認めつつ,不払いをした契約者の権利保護のため一定の配慮が図ら れていることを,契約内容だけでなく,契約外の事情まで加味して判断して いる。このような判断方法は,約款の不当条項判断について一つの判断方法 を示したものとして今後重視されるであろう。

⑵ 保険における説明・助言義務と情報提供義務

説明義務が問題とされた変額保険の裁判例や,その後の金融商品販売に関 係する様々な立法の中で,一定の複雑さを有する金融商品等を販売する際に は,その契約内容中のリスクの概要を明らかにする義務が生じる場合がある ことが明らかになっている。他方,地震保険の加入を巡る助言義務の裁判例

26) 民集66巻5号2216頁。

(13)

などから,ある契約に入るか入らないかの助言を行うべき義務は原則存在し ないことも,明らかになりつつある 。

もっとも,このような契約締結過程の情報提供義務に関する議論の難しさ は,実際にことが起きてみないと,どの情報が説明の対象で,どの情報は助 言の対象か,必ずしも明らかではないということにある。

この点,保険商品販売において,商品選択について中立的な立場からの助 言が受けられるといった環境整備が進みつつあることは,他の消費者契約に とっても大いに参考にされるべきことのように思われる。こうした仕組みは 保険契約者の保護に役立つだけでなく,保険者側の情報提供義務の範囲に関 する判断リスクを軽減することにつながる。同じように,他の契約でも,契 約外の環境整備を進めることによって,情報提供義務の境界の不分明さとい う問題はクリアできる可能性がある。

⑶ 保険約款の規制法理

より広い視点から見た場合,保険契約についての考え方の変遷は,それ自 体が非常に興味深いものである。既に述べたように,保険契約においては,

保険の団体性をいかに扱うかという点が一つの大きな問題である。契約内容 を約款によって画一的に処理することは,保険契約においては特別な意味を 有する。顧客ごとに約款の契約への組み入れが決まったり,個別に条項が無 効になったり,契約内容の解釈が個別化したりする事態が頻繁に生じること は,保険という制度自体を揺るがしかねない。だからこそ,約款の法規性な どを主張する学説もかつては主張されたことになる。

しかし判例は,保険契約も契約の一種である以上,その拘束力は意思に求 めるべきであるという立場を前提にしつつ ,約款の文言に対して客観的な 解釈を行うという手法で,画一的な処理を実現してきた。また,説明義務に 関する一連の裁判例も,不当勧誘があった場合に即座に保険契約を無効とす

27) 最判平成15年12月9日民集57巻11号1887頁を参照。

28) 大判大正4年12月24日民録21輯2182頁。

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るのではなく,損害賠償により,個別に問題を解決しようとする点で,画一 的処理と個別的処理の調整を図る裁判所の知恵と見ることもできる。

こうした保険契約に対する規制の在り方は,それが妥当な解決を生んでい るのであれば,民法が改正されたとしても維持されるのが望ましい。それは,

顧客間の公平な取り扱いが本質的な重要性を有する保険契約において,契約 の内容確定ルールや顧客の契約内容理解を確保するためのルールを,どのよ うに組み合わせて用いるかという問題意識につながってくる。

具体的にどのような解釈をもたらすのかをさらに考えてみよう。ここでは,

中間試案の提案が全て実現したと仮定しての,①約款の組入要件,②不意打 ち条項規制,③不当条項規制,④情報提供義務,⑤契約解釈の方法といった 諸ルールの関係について,一つの可能性を考えてみる。具体例として,保険 約款において,分かりにくい免責条項が設けられているような場合で考えて みよう。

まず,約款の組入要件については,たとえ分かりにくい約款条項であって も,原則的に組み入れが認められると解するべきであろう。中間試案は,

契約締結時までに,相手方が合理的な行動をとれば約款の内容を知ること ができる機会が確保されている場合 を要件として挙げているが ,保険契 約では約款の使用が周知されている以上,約款を見たいという希望に対して あえて閲覧を拒絶したというような極端な場合を除いて,組入れは認められ ると解してよいように思われる。

次に,約款の不意打ち条項について,中間試案では, 他の契約条項の内 容,約款使用者の説明,相手方の知識及び経験その他の当該契約に関する一 切の事情に照らし,相手方が約款に含まれていることを合理的に予測できな い ような契約条項は,不意打ち条項として契約内容とならないという提案 をしている。

この提案を文言だけから解釈すると,保険約款に分かりにくい条項が含ま れていて,それが保険契約者から合理的に予測できない場合は,不意打ち条

29) 中間試案第30 約款 2 約款の組入要件の内容 。

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項として無効になる可能性がある。しかし,その範囲を広げすぎると,保険 契約者の理解度に応じて保険契約がバラバラになってしまう。保険約款の画 一的処理の要請からは,このような処理は必ずしも望ましくない。そこで例 えば,保険商品の性質や保険料との関係で経済合理性のある免責条項につい ては,不意打ち性を安易に認めないように 一切の事情 を解釈すべきでは ないかが,解釈論上問題となってこよう。

もちろん,そうした約款条項で被害を受けた保険契約者の救済は,別のか たちでなされる必要がある。当該約款条項の 分かりにくさ が,何に由来 するかによって,次のように考えるべきではないかと思われる。

第一に,商品設計上問題があると評価できるような約款条項,たとえば,

当該商品が対象とする標準的な顧客にとっても理解困難な免責条項などは,

不当条項として一律に無効と扱われるべきではないかと思われる。中間試案 がいう 当該条項が存在しない場合に比し,約款使用者の相手方の権利を制 限し,又は相手方の義務を加重するものであって,その制限又は加重の内容,

契約内容の全体,契約締結時の状況その他一切の事情を考慮して相手方に過 大な不利益を与える場合 に該当すると考えるわけである 。

第二に,文言の不明確さ,難解さなどから,標準的な顧客に標準的な説明 をしても,顧客の期待と免責範囲にずれがあると評価できるような場合には,

契約解釈により,保険契約者の合理的な期待に沿った契約内容を一律に認め るべきではないかと思われる。中間試案では, 契約の内容についての当事 者の共通の理解が明らかでないときは,契約は,当事者が用いた文言その他 の表現の通常の意味のほか,当該契約に関する一切の事情を考慮して,当該 契約の当事者が合理的に考えれば理解したと認められる意味に従って解釈し なければならない とするが ,このルールを約款規制のルールと競合して 適用するわけである。

第三に,標準的な顧客向けの説明によって,当該顧客が十分に免責条項の

30) 中間試案第30 約款 3 不意打ち条件 。 31) 中間試案第29 契約の解釈 。

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内容を理解できないような場合については,当該条項を説明するに当たって の個別の状況を考慮に入れ,情報提供義務違反による損害賠償責任を保険者 に負わせることが考えられる。顧客の理解力が一定ではないことを考慮すれ ば,標準的な顧客向けの説明をしていれば保険者は一切責任を負わないとい う解釈は妥当ではなく,個別状況に応じた責任分担がなされるべきである。

その場合には,金銭賠償による調整が簡便である。

以上のように考えることで,保険約款が個別的に無効になるという事態を 極力避けながら,分かりにくい保険約款を含む保険商品について適切な対処 ができるように思われる。もちろん,民法に不意打ち条項に関する規定が設 けられる以上,その保険約款への適用が皆無であるとは考えないが,保険技 術により対価関係が調整され,一般消費者を念頭に標準的な商品設計と情報 提供環境の整備がなされている状況下では,上記のような解釈論にも十分な 合理性が認められるように思われる。

5.おわりに

ここまで,民法が改正されることによって保険実務がどのような影響を受 けるのかという観点から,考察を進めてみた。まとめるなら,一般法と特別 法という実定法レベルでは,民法改正が保険実務に与える影響は限定的であ る。また,原理レベルでは民法改正は保険契約を一般私法の側に再統合する 役割を持ち,その結果として保険実務のあり方が,情報提供義務論や約款論 へと逆流して影響を与えることが期待されるのである。保険法学会において 保険法学と保険実務がバランスよく成長を続けることで,民法学や市場全体 に良い影響を与え続けていくことを期待したい。

(筆者は学習院大学法学部教授)

参照

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