漱石 とキリ スト 教
l ﹃ 文学論 ﹄第 二編﹁ 幻惑 ﹂と﹁ 超自 然 F ﹂との 関連 につい て
佐 藤 裕 子
序
漱石と﹁ キリスト教 ﹂の関わり については ︑
一
九〇〇年十 月四日︑
英国留学に 赴くその船 上で︑熊本 の宣教師グ レース・キ ャサリン・
ニール ・ノット嬢 の母親︑ノ ット夫人に 再会し︑彼 女から一冊 の聖
書を贈られ たという伝 記的事実が あり︑日記 にはその前 後の﹁キリ
スト教 ﹂への赤裸 々な関心を 吐露し︑加 えてノット 家との関わ りに
ついて の詳細な記 述があるこ とは周知の ところであ る︒そこで 披瀝
される﹁ キリスト教 ﹂への容赦 ない批判や ︑率直な信 条が語られ る
その一方 で︑漱石は ﹁キリスト 教﹂を英文 学研究の対 象として客 観
的に捉え︑ ﹃文学論﹄ の中で文学 の要素﹁超 自然 F ﹂の 項日の一つ
として挙げ ていること には十分注 意が必要で あろう︒
英国留学 中に企図さ れた﹃文学 論﹄におい て︑漱石は まず (F +
f) とい
う﹁文学﹂ を規程する 公式を定め た上で︑第 一編第一章 ・
第二章に おいて﹁文 学﹂の要素 となる﹁ F ﹂について の分類を行 っ
ている ︒そこでの 作業は︑視 覚・聴覚・ 味覚・触覚 ・臭覚等の 人間
の五感 によって捉 えることの できる経験 に始まり︑
人間
の内部心理
作用に移 り︑さらに 抽象的観念 へと︑具体 的・直接的 ・主観的な も
のから ︑抽象的・ 間接的・客 観的なもの へと﹁ F ﹂ の範囲を広 げつ
つ︑
広範
多岐に亘る 英文学作品 中からそれ ぞれの事例 を引用して い
る︒そ して第一編 第三章にお いてようや く︑﹁ F ﹂ を
( 一 ) 感覚
F ︑
( 二 ) 人事
F ︑
( 三 ) 超自然
F ︑
( 四 ) 知識
F の四種類 に分類し︑ そ
れぞれの 特質と相互 の関係を説 明し︑どの 要素﹁ F ﹂ が最も多く の
情緒を喚 起しうるか を検討して いる︒そし て﹁文学の 内容は具体 的
であれ ばある程情 緒を喚起し ゃすい﹂と いう仮説の もとに︑材 料と
しては﹁ 抽象﹂より ﹁具体﹂︑ また表現と しては﹁間 接﹂﹁純客 観﹂
より﹁直 接﹂﹁内顧 的主観﹂
明 らかとして いる︒
ところ が唯一例外 として の方がよ り強い情緒 を導き出す ことを 側の心理作 用﹂ に分 けて 分析し ︑ さらに ﹁キリスト教の 神 ﹂ ︑ ある
いは ﹁宗教﹂というものが︑ 後の 漱石作品に おいてどの ように表現
﹁超自然 F ﹂︑ とりわけ﹁キリスト教﹂ されたの か︑ 併せ て考察した い︒
と﹁キリスト教の神﹂や﹁信仰﹂ に関わ る材料が引 き起こす﹁ 情緒
f ﹂
は非 常に強大な ものである ことを︑ 激 石は﹁キリ スト教﹂を どのように 理解してい たか 第一編第 三章と︑ 続く 第二
編 の中心的課 題である文 学的効果と しての
﹁幻惑﹂の箇 所において 漱石は 第一編第三 章﹁文学的 内容の分類 及び其価値 的等級﹂ にお
詳 細に解説し ているのだ ︒﹃文学論 ﹄第二編に おいては︑
< 現実と虚
構 の関係
> ︑
< 疑
似体験とし ての読書行 為
> が果す役
割と︑また 所調 いて︑
﹁文学﹂の 素材となる 要素﹁ F ﹂ が︑ ﹁抽象的﹂かつ
﹁客観的﹂
であれば ある程︑
﹁情緒f ﹂
が喚起され る度合いが 少なくなる と指
﹁本当らしさ﹂
(verisimnitude)という ものが︑
﹁作者の側﹂と﹁読者 の側﹂
の双方か
らの働きか けによって 引き起こさ れるもので ある
ことが 明らかにさ れており︑ そ こから生ず る効果こそ が
﹁幻惑﹂な摘するので あるが︑だ とすると四 つに分類さ れた﹁感覚 F ﹂﹁人事
F ﹂﹁ 超自然 F ﹂ ﹁知的 F ﹂ のうち︑﹁ 超自然 F ﹂ と﹁知的 F ﹂に関
しては︑ 人間の精神 が生み出し た概念や知 識なのであ るから︑そ れ
のであ るが︑ 作者がど のような表 出の方法を 用いて︑ ﹁超自然 F ﹂
らの
要素から喚 起される
﹁情緒f ﹂
は少な くなるはず であるのに
という最 もありえそ うもないこ とを
﹁本当らし
く﹂
描出するの
か︒
また︑﹃ 文学論﹄の 中で﹁超自 然 F ﹂とし て分類され る﹁キリス ト ﹁超自然 F ﹂のみがその規則にあてはまらないこと︑また﹁超自然
F ﹂に分類される﹁幽一霊﹂︑﹁変化・妖怪﹂︑﹁不可思議分子・神秘的 135
教の神﹂︑ ある いは ﹁宗教﹂という抽象的なものが︑ 人 間にとって 分子﹂︑ ﹁人間の観応﹂︑ ﹁宗教的・信仰的材料﹂ の中で︑ とりわけ
何故それ ほどの強い 情緒を引き 起こすのか ︒ ﹁宗教的 ・信仰的材 料﹂即ち ﹁キリスト教の神﹂
や﹁信仰﹂に 関わ
まず は漱 石が ﹁キリスト教﹂ ﹁キリスト教の神﹂というものを︑
どのよう に理解して いたのかを ﹃文学論﹄ の記述の中 から確認す る︒
次にそれ らが﹁文学 ﹂の要素と して表現さ れた時に︑ どのような る材料 が引き起こ す﹁情緒
f ﹂
摘してい る︒ は非常に 強大なもの であること を指
﹁効果
( 幻惑 ) ﹂をもたらすのか
﹁作者の側の仕掛け﹂と ﹁読者の 今翻て宗教 的 F なるも のを検する に︑
と 称するもの は一種の最 高概念にし て︑ 現代の 西洋 人が所 謂神
これを 名け て無限 と云
ひ︑或は 絶対と云ふ ︒されば此 F に伴ふ
f は決し
て強大なる べ
き理なき にもか︑は らず︑宗教 的 F は最も 強大を極む るもの・
の一な ること一見 甚だ奇異の 感なきにあ らず︒只其 理由を宗教
的 F の性 質及び発達 のうちに求 めて初めて 首肯し得べ し︒
今の
所謂神と称 するところ のものは一 面に於て知 的渇望より 出立し
て凡百 の現象の原 因をこ︑に 集合せしめ たるもの︑ の如し
( 吾
人は知識 的に其合理 なるや︑否 やを問ふも のにあらず
) ︒さ
れ
ど更に他 の一面に於 ては神は人 間に固有の なる情緒の うちより
湧き出で しものなる ことも亦疑 の余地なき に似たり︒
( 中略 ) 神とは英
雄を無限に 拡大したる ものにして ︑英雄は神
の縮図 に過ぎず︒ 又百姓の神 は穀物を司 りて農民の 理想に叶ひ ︑
軍神は弓 矢八幡にし て︑武士の 理想を顕揚 するものと す︒かく
の如く 神の性格は 当代英雄の それに相応 し︑英雄の 性格は更に
当時社会 の好める主 義にかたど るものなり とす︒要す るに如此
神とは吾 人がなさん と欲して︑ なす能はざ る理想の集 合体たる
に過ぎ ず︒
( 中略 ) 兎も角も以
上の理によ り吾人が神 に対する
情緒は直 接に吾人の 第一目的た る人生其物 に密接の関 係を有す
るが故 に︑知力分 子增加して 神の属性が 違く発展し て遂に漠然
と意義な きに至れる 今日にあり ても︑其強 烈の幾分を 保存し得
たるな り︒ 漱 石は︑キリ スト教文化 圏の人々︑ 特に西洋人 にとって﹁ 神﹂と
は﹁ 最高概念﹂ であり︑ま た﹁無限﹂ ﹁絶対﹂を 表わし︑人 間の
﹁ 長怖﹂と﹁ 崇拝﹂の対 象であると し︑また﹁ 神﹂とは﹁ 知的渇望
よ り出立して 凡百の現象 の原因をこ こに集合せ しめたるも の﹂であ
る と同時に︑ ﹁人 間に固有な る情緒のう ちより湧き 出でしもの ﹂で
あ ると指摘し ている︒こ こで︑人間 がいかなる 経緯のもと に﹁神﹂
とい う概念を作 り出したか を考えると ︑﹁人類の 行為の終局 目的﹂
が ﹁人生その もの﹂に存 在する以上 ︑人間に何 らかの貢献 を与える
もの を好み︑人 間に害を与 えるものを 憎むのは当 然のことで ある︒
こ の﹁憎しみ ﹂が﹁恐怖 ﹂となり︑ この﹁恐怖 ﹂が人間の 力の及ば
な いものに対 する﹁畏敬 ﹂﹁崇拝﹂ となって﹁ 宗教的感情 ﹂が形成
さ れ︑この﹁ 猛烈なる情 緒﹂が人類 の原初的段 階から順に ﹁自然物﹂ ︑
﹁ 人間
( 英雄 ) ﹂︑﹁偶像
﹂︑﹁無形 の小神﹂︑ そして最終 的に﹁全知 全
能 の神﹂に付 与される
( 創り出
す ) と
いうのであ る︒
さらに漱石 は﹁神﹂の 属性につい て︑結局は 人間の属性 を投影し
た ものに過ぎ ず︑﹁無限 ﹂という概 念も︑人間 があらゆる 面におい
て﹁有限﹂ であること から導き出 された究極 の欲望であ るというの
だ ︒次に続く ﹁神とは英 雄を無限に 拡大した る ものにして ︑英雄は
神 の縮図に過 ぎず﹂とい う言葉や︑ ﹁英 雄の性 格は更に当 時社会の
好 める主義に かたどるも の﹂という 言葉や︑ま た﹁要する に此神と
は吾 人がなさん と欲して︑ なす能はざ る理想の集 合体たるに 過ぎず﹂
等の言 葉は︑漱石 が﹁神﹂と いう概念が ︑人間がそ れぞれの時 代の
文化的 ・社会的コ ンテクスト に応じて生 み出したく 究極の理想 の姿 >
であ ることを︑ 知的・合理 的に理解し ていること を示してい る︒
ま た﹁神﹂の みならず︑ ﹁極楽﹂と いう概念も 同様であり ︑﹁神の
観念は 知識と共に 推移﹂する もので︑﹁ 知的分子増 加して神の 属性
が違 く発展して 遂に漢然と 意義なきに 至れる今日 ﹂
に
おいても︑
﹁文 学﹂におい て﹁神﹂﹁ 宗教的分子 ﹂が今なお ﹁強烈の幾 分を保存
し得 ﹂ているこ とを指摘す る︒
漱 石は自らを ﹁神を知ら ざる﹂者と 位置づけて 語っている が︑
﹁神 ﹂
が
西洋におい てどの時代 にあっても 人々の拠り 所であると 同
時に︑ ﹁無限﹂﹁ 絶対﹂を示 す究極の記 号
( 名
前はあるが 実体を確認
でき ないもの
) である
こと︑キリ ストは﹁取 も直さず有 限の世より
無限の 界に進む架 け橋﹂であ るという激 石のキリス ト教理解に つい
て︑ ﹃かのやう に﹄の中で 展開される 森鴎外のド イツ新神学 に強く
影響を 受けた合目 的的合理性 を備えたキ リスト教理 解と比べる と︑
非常に 正確で︑
< 人
間の現実
> に
即したもの であるとい える︒それ
はっ まり多神教 を戴くイン ド・ヨーロ ッパ語族を ルーツにも つギリ
シャ ・ローマ文 明が︑セム 語族の砂漠 から生まれ た一神教
( ユダヤ
教
) と融合す
ることによ って︑二千 年の歴史を かけて育ん できたキ リ スト教の歴 史を︑
それぞれ
の時代が抱 えた問題点 と共に正し く把
握 してぃると ぃうことで ある︒ある いはまた漱 石が︑西洋 において
キ リスト教が 単に一宗教 であること を超えて︑ 宗教法と世 俗法・財
産 法とが殆ど の場合一致 するという 歴史的・社 会的コンテ クスト
( 文脈 ) を︑
正しく捉え ているとい うことであ る︒更に言 うならば︑
同 時に激石は キリスト教 の凋落も見 ていた︒漱 石とニーチ ェは同時
代 人である︒ 漱石は二十 世紀初頭の ロンドンに おいて︑ま さにニー
チ ェのいう﹁ 神は死んだ ﹂状態︑つ まり﹁神﹂ がすでに十 全に機能
し なくなって いる終末的 ・ポストキ リスト教的 な現代的状 況︑漱石
の言葉を借 りれば﹁知 的分子增加 して神の属 性が遠く発 展して遂に
漠 然と意義な きに至れる 今日﹂の状 況を︑肌で 感じ取って いたから
である︒
一方鵬外は 一連の﹁秀 麿もの﹂の 中で﹁キリ スト教﹂に しばしば
言 及している ︒例えば﹃ かのやうに ﹄において は︑父であ る五条子
爵 にあてた手 紙の中で秀 麿に︑﹁神 学﹂は﹁学 間をしたも の﹂にこ
そ ﹁有用﹂な のであり︑ ﹁教育のあ るものは﹂ ﹁新教神学 のやうな﹂
﹁専門家が 綺麗に洗ひ 上げた︑津 のこびり付 いてゐない 教義﹂を学
ぶことで︑ ﹁信仰はし ないまでも ︑宗教の必 要性丈は認 める﹂﹁穏 健
な 思想家﹂を 作り出すと 語らせてい る︒さらに この手紙を 読んだ子
爵 に︑﹁自分 は神話と歴 史とをはっ きり別にし て考へてゐ ながら︑
それ をわざと構 き交ぜて子 供に教へて ︑ 怪 しまずにゐ るのではあ る 行 して ゆく︒
まい か﹂と自間 させてもい るのだ︒
これは
っまり旧約 聖書の
﹁創世﹁ 超自然 F ﹂ をどのよう に描くか
/ ど
のように読 むか
記﹂
の記 述と︑ ダーウ ィン の ﹁進化論﹂とを︑ そ の矛盾をさ して疑
いもせず に︑
ろが鴎外 は︑ 受け 入れていた 明治の状況 を指す言葉 でもある︒ とこ ﹃文学論﹄第二編における中心的な課題﹁幻惑﹂を説明するのに︑
五 条秀唐と父 に
< キ
リスト教を どのように 理解するの 漱 石はまず人 間の
﹁情緒f ﹂
が︑﹁直接経験﹂ によ って引き起 こさ
か>
という 間題の核心 近くまで踏 み込ませて おきながら ︑ 結局秀麿 れるものか ︑ ﹁間接経験﹂ によ って引き起 こされるも のか︑
の手紙に 対する子爵 の返信は ﹁宗教間 題なんぞに 立ち入らず に︑ ﹁記憶想像 の F に伴う て生ずる
f ﹂ ( 現実経験から生まれる
f) 即ち なの
只 委細 承知し た どうぞなる べく穏健な 思想を養っ て 国家の用に
か
﹁記 述叙景の詩 文に対して 起す
f ﹂ ( 表
現されたも のから生ま れ
立 つ人物にな って帰って くれ﹂とい うものであ った︒
この﹁ 宗教間題﹂ に対する漱 石と鵬外の 反応を比べ てみると︑ 双
方 とも﹁宗教 ﹂の歴史的 背景や教義 等の知識を 十分に理解 しつつ︑
鵬 外が深みに 入ることは せずにあえ て避けて通 るという方 法を取っ
た のに対し︑ 漱石は﹁宗 教﹂が古代 から現代に 至るまで人 間の人生
において ︑苦しみを 救済する手 段として存 在し続けた ことを︑
< そ
れ以上で もそれ以下 でもないも の
> として真
面目に受容 していたこ
とを示し ている︒
本来なら ば ﹁超自然 F ﹂という︑ 現 実
( 知的・合理的思考
) にお
いては ︑在り得な いはずの事 柄が一日一 ﹁文学作品 ﹂として描 かれた
時に︑何 故人間に強 大な﹁情緒
f ﹂を
呼び覚ます ことが可能 となる
のか︒ 漱石の思考 は︑文学的 効果として の﹁幻惑﹂ という課題 に移 る
f) なのか
を区別する ところから 始めている ︒つまり︑ 現実世界
において は耐え難い 苦痛や︑困 難や︑恐怖 や︑にわか には信じが た
い出来 事も︑文学 作品の中で
( すな
わち間接経 験として
) 描かれ
た
場合︑﹁吾 人は此れを 豪も怪しま ざるのみな らず︑時と してはこれ
を歓迎する ﹂ものに変 化するとい うのである ︒ここでは ︑
< 疑似体
験としての 読書行為
> ︑
< 現実と虚構
との関係
> が
果す役割が 語られ
ているの みならず︑ いわゆる﹁ 本当らしさ ﹂ (v er is im nit ud
e) とい
うものが﹁ 作者の側﹂ と﹁読者の 側﹂の双方 からの働き かけによっ
て︑引き 起こされる ものである ことが明ら かにされて いる︒その 双
方からの働 きかけによ って生まれ る効果が﹁ 幻惑﹂なの であ・るが ︑
﹁作者の 側の仕掛け ﹂を︑漱石 は﹁表出の 方法﹂即ち ﹁作家の文 学
的内容に対 する態度﹂ と規程する のであるが ︑この﹁作 家の文学的
内容に対 する態度﹂ とは︑第一 編で四つに 分類した﹁ 感覚 F ﹂︑ ﹁人
事 F ﹂︑ ﹁超自然 F ﹂︑﹁知的 F ﹂に分類 される﹁文 学的内容 F ﹂を︑
< どのよ
うな立場・ どのような 見地・視点 から語るか
> というく語
り
> の間題
に収一一一 一一一され るというこ とである︒ つまり︑本 論において
特に問題 とする﹁超 自然 F ﹂の ように︑語 り方次第で くありそう も
ないこ とを︑ある かのように 語る語り方
> を︑﹁文学
﹂の表現方 法 得 べし︒耶蘇 は耶蘇なり ︒耶蘇は一 にして二あ るにあらず ︒去
れ ども此耶蘇 を見るの立 場の異なる より︑此耶 蘇を解釈す るの
見 識の一に限 らざるより 吾人は絶対 的反対なる 道徳的批判 を彼
に与ふるを 得べし 余は事実 を曲げ虚妄 を列ねて叙 述を左右し
の一 つとして 自覚的に捉 えていたと いうことで ある︒
漱石にお
ける
< ナラティブに関する間題 >
は
従来﹃文学論﹄第四編﹁間隔論﹂
の箇 所で議論さ れてきたの であるが︑ 実はそれよ りも早い段 階の第
二編 において出 て来ている とぃうこと である︒
文学 作品におけ る﹁作者﹂ の 担う役割に ついて漱石 は︑ ﹁篇中の
人物﹂ に対して彼 等を優れた 希有の人物 と描く事も ︑どうしよ うも
ない人 物と描くこ とも可能な ﹁生殺与奪 の大権﹂を 握っている と語 得 るが故にし かりと云ふ にあらず︒ 事実其物を 列挙するの みに
て然ある べしと云ふ なり︒
イエ ス・キリス トの成した 業を否定す るのではな いが︑彼の 成し
た業を そのまま伝 えた時に︑ もう一つの 無力なイエ ス・キリス トの
姿も︑ また浮んで くるという のである︒ 当然のこと ながら︑全 く逆
の場 合も成立す る︒
また コリオレー ナスは次の ようである ︒
吾人今 C or io la nu
s の
如く気宇広 闊にして他 人に身を屈 するこ
とを知らざ る英雄の伝 記を綴ると せよ︒吾人 は又其事実 を曲ぐ
る ︒ その例とし て︑ 漱石はまず﹁邪蘇
( イエス
キリスト
) ﹂と い
ることな く事実其物 を直写して 然も容易 に彼をして 名誉ある う 人物 について 次の ように語っ ている︒
吾人今 かりに耶蘇 を描くとせ んに︑ 人 己の右頬を 撃てば左頬
を出し左頬 を撃てば右 頬を出す底 の修養を具 へ虚懐謙譲 にして
毫も抵抗す る事なき無 上有徳の人 物と作り上 ぐるも容易 なり︒
又は気魄な く︑熱情な く︑卑屈優 柔にして死 に至る迄愚 痴を並
べて婦女 子の如く神 の救を求め たる軟骨漢 とも書き上 ぐる事を 英雄の地位 を失はしむ ることを得 べし︒吾人 は云ひ得べ し︑彼
は剛慢な り︑尊大な り︑不遜な り︑強情な り︑没理性 の喧嘩好
きなり︑
一日一
怒を発すれ ば其怒を抑 へて其身を 全うするこ とを
知らざる 愚人なり︑ 人に頭を下 ぐることを 解せざる頑 固一筋の
武骨者な り︑変通も 知らねば遺 り繰りも心 得ず︑腹を 立つれば
妻と母と を棄てて敵 国に味方す る如き軽佻 の輩なりと ︒
また︑さらに続けて漱石は﹁アーサー王とギニヴィア﹂について︑
テニソンの﹃ギニヴィア﹄ (G u=f nev er e) を引用しながら︑次のよ
うに語る︒
TennysonのArthu
r が 其妻Guinevereに対する所作を見よ︒
彼は始めより夫として毫も間然とするところなき所調紳士の手
本なりき︒
犯せる罪を︑恥じて
G ui nev er e の A lm es bur
y の尼寺に
逃れ入りしとき彼はこれを追踪して︑
浮世を隔つる僧扉を叩い
て︑罪ある妻を見たり︒此時王の語調は毫も乱る︑ことなきの
みならず無量の親切と叮嚀とを含めるが如し︒彼は其不貞の妻
の一髪だもを傷くるに忍びざるが故に終生護衛の兵を与へんと
約し︑且日く︑
I cannot touch thynPs-they are not mine-
Bu
t ﹂
ancelot-s:nay-they never Were the Kin9-s.
I cannot take thy hand:that too is flesh-
And in the flesh thou hast sinn-dland my own fiesh-
Herelookin9 down on thine Ponuted.cries
Iloathe thee:-(Gu::flnevere-n551,6)
君子は其罪を憎みて其人を憎まずと云へば A rthur は世界に
於る最高級の君子なるべし︒
詩人は初め
G ui nev er e と L ancel ot
との恋を理想化し︑今また此処に此寺院に於て操を破れる王妃 を 慎み深き可 憐の罪人と なせり︒そ れにて差支 ありと云ふ にあ
ら ず︒ロハ反 対の方面よ り窺ふ時は ︑此皇后は 不埒なる婦 女なり︑
容 赦すべから ざる罪人な り︑ A rt hu
r の優しき言
葉に値せざ る
人 物なり︒ A rt hu
r とても同じ
事なり︒如 斯き場合に 立ち至り
てか︑る不 貞の女性を ︑かく迄庇 護するは馬 鹿気たる感 なき能
はず︑一派 の人の見識 を以てすれ ば所謂野呂 間の頂上な り︒さ
れ ば仮に此詩 人の態度を 一変して其 反対の点よ り同事件を 写し
て A rt hu
r が
寸毫仮借も なく其妻の 不義を罰す る様を描く とす
るも彼は依 然として一 種の立派な る人格を具 へたる A rt hu
r と
認 められ得べ き理なり︒ 勿論かくす れば君子の 資格を失ひ 上品
な る能はざる べきも︑其 代わり彼は 未練なき男 ︑女に鼻毛 を読
ま れぬ人とな りて出現す べし︒元来 紳士と云ひ ︑君子と云 ふは
す べてこれ表 面的通語に して其裏面 には多少野 呂間︑馬鹿 等の
意 味を含むに 相違あるべ からず︒同 時に利口な る人と云ひ ︑俊
快 なる漢と云 ふは矢張り 表面的通語 にて其裏面 にはずるき 人︑
馬 の眼を抜く 人と云ふ義 を自ずから 蓄へたるも のなり︒
故に
A rt hu
r が
G uin ev er
e に対する
態度を課題 として吾人 は国王を馬
鹿 気たるもの となすも︑ 気の利きた るものとす るも要は作 家の
腕 にあるのみ ︒
例えば ︑﹁美しい ﹂と書けば ︑﹁美しく ない﹂とい う意味が生 まれ
るし ︑﹁好きだ ﹂と書けば ︑﹁好きで はない﹂と いう意味が 生まれる
こと は必然であ る︒ここで 漱石はあら ゆる人事・ 物事が必然 的に両
義的で あり得るこ とを踏まえ た上で︑﹁ 作者﹂は意 識的あるい は無
意識 的にそれら を一旦相対 化した後に ︑どちらか の視点に寄 り添い
物語 を書き始め ることを説 明している ︒
ここで提示 された漱石 の論理は︑
現代
のポスト構 造主義者た ちが
指摘 する﹁脱構 築 (d
e ・
co ns tr uc tio n) ﹂その ものである ことは︑重
要で ある︒少な くとも漱石 は︑時代に 先駆けて独 自の文学理 論を展
開し ていたとい うだけでは なく︑創作 を開始する 以前に︑こ とばと
いうものが ︑透明にあ る概念を伝 えられる訳 ではなく︑ そこにいく
つもの意味 が派生して しまう余地 があること ︑
< 一つの表
現は︑必
ずそ の対極に存 在する意味 を同時に暴 いてゆく > ことに 気付いてい
たと いうことで ある︒
一 方︑﹁読者 の側には如 何なる心理 現象﹂が働 いて︑﹁如 何なる幻
惑﹂ がもたらさ れるのであ ろうか︒漱 石は﹁文学 作品を玩味 する﹂
際の ﹁読者の態 度﹂に注目 し︑そこか ら﹁情緒の 再発﹂
( 情緒の復
帰
) ︑﹁除
去法﹂とい う二つの現 象を説明し ている︒こ こでは﹁除 去
法﹂ の中の﹁超 自然 F に関 する知的分 子の除去﹂ に絞って考 察を進
め たい︒
In t h e b e 9 in n in 9 G o d c re a te d t h e h e a v e n a n d t h e e a rt h .
And the earth Was Waste and voidland darkness Was uponthe face of the deep:and the spirit of God moved upon the
face of the Waters.And God said一﹂et there bell9ht:and there
Wasu9ht.And God saw theu9ht,that it Was 9ood:and God
divided thou9ht from the darkness.And God caned thou9ht
Day.and the darkness he caued Ni9ht.And there Was
evenin9 and there Was mornin9-one day.
(.RevisedVe
.r ・
一stet:n.Ge:nes.1s.l.l-5)
( 初めに神は天と地を創造された︒地は混沌であって︑闇が深
淵の面にあり︑神の霊が水の面を動いていた︒神は言われた︒
﹁光あれ﹂︒こうして︑光があった︒神は光を見て︑良しとされ
た︒神は光と闇を分け︑光を昼と呼び︑闇を夜と呼ばれた︒夕
べがあり︑朝があった︒第一の日である︒﹃旧約聖書﹄﹁創世記﹂
第二早第一節 )
漱石はこの箇所について︑
次のように述べている︒
この一節を読む者は信徒と信徒たらざるとに論なく自ら壮大
の感に打たれてひとり襟を正すを禁じ得ざるべし︒余の如きも
不信者の一人なり︒哲学的に案出せる神さへ存在するとは肯は
ず︒況んや此不合理の神に於てをや︒た゛・吾前にあるは神力の
偉大なる叙述のみ︒而して吾感ずるは偉大なる情緒のみ︒知を
離れ識 を絶して只 此叙述を荘 厳とのみ思 ふ︒其時宇 宙混沌とし
て 水天未だ分 れず︒暗模 糊裏天自ら 動き地自か ら動いて万 有悉
く神 意の命ずる 如くに出現 し来る︒其 威力を想見 し︑其四囲 を
髣髴 とするとき 崇高の念自 然と吾血を 満身に漲ら しむ︒然れ ど
も一 たび情界を 去って知界 に入るとき 創世の弁は 頭に徹し尾 に
徹し て偽なり︒ 荒誕なり︑ 無稽なり︒ 只此偽を忘 れ︑此荒誕 と
無一 稻とを遺失 して只崇高 の一念を把 住するとき 雲山︑漫々 たり海
水蕩 々たり︒
ここ で激石は︑ 信仰の対象 としての﹁ 神﹂も︑ま た西洋哲学 が常
に追い 求めてきた ﹁超越的絶 対者﹂とし ての﹁神﹂ の存在も信 じる
ことは できないし ︑﹁不合理 ﹂だとしつ つも︑読者 が﹁知的分 子﹂
を除去し てこの件を 読んだ場合 ︑﹁自ら壮 大の気に打 たれてひと り
衿を正す を禁じ得ざ るべし﹂と 語るのであ る︒
創作の 眼目は︑読 者に︑描か れてあるこ とが虚構で あることを 忘
れさせ ︑描かれた 世界に没入 させること にある︒し かも︑描か れた
出来事が 現実には起 こり得ない ことであれ ばある程︑
創作
として優
れた表現 となる訳で ︑漱石が﹁ 作者の側の 仕掛け﹂︑ ﹁読者の側 の心
理作用 ﹂の双方を 説明する際 に︑最もあ りえない﹁ 超自然 F ﹂ を例
に取り 説明するの は必然の結 果であると いえるだろ う︒では︑ 小説
家夏目漱 石は︑﹁超 自然 F ﹂と りわけ﹁キ リスト教の 神﹂や﹁信 仰﹂ というも のをどのよ うに描いて いったのか ︒
結
漱石は﹁神 ﹂と人間と の関わりを どのように 描いたか
こ の
﹁
神﹂という 存在をめぐ る作家漱石 の知性と情 緒のせめぎ あ
い は︑﹃門﹄ から﹃行人 ﹄︑そして ﹃道草﹄へ と確実に変 化しつつ︑
人間の 苦悩を救済 する可能性 を持つもの としての﹁ 神﹂の存在 につ
い ての考察は 深められて ゆく︒この ﹁神﹂につ いて︑﹃文 学論﹄以
後︑漱 石作品にお いてはどの ように表現 されていっ たのか︑い くつ
かの作 品を取り上 げて考えて みたい︒
例え ば﹃門﹄に おいては︑ 次のように 表現されて いる︒
﹁御米 ︑御前信仰 の心が起っ た事がある かい﹂と或 時宗助が
御米に聞い た︒御米は ︑た一︑﹁ あるわ﹂と 答へた丈で ︑すぐ
﹁貴方は ﹂と聞き返 した︒宗助 は薄笑ひを したぎり︑ 何とも答
えなかった ︒其代り推 して︑御米 の信仰に就 いて︑詳し い質問
も掛けなか った︒御米 には︑それ が仕合せか も知れなか った︒
彼女はその 方面に︑
是とい
ふ程判然し た凝り整っ た何物も有 つ
てゐなか った からで ある︒二人 は兎角して 会堂の腰掛 にも倚ら
ず︑寺院の 門も潜らず に過ぎた︒ さうして只 自然の惠か ら来る
月日と云ふ 緩和剤の力 丈で︑漸く 落ち付いた ︒時々違く から不
意に現れる 訴も︑
苦しみと
か恐れとか いふ残酷の 名を付ける に
は あまり微 かに あまり 薄く︑ あまりに肉 体と欲得を 離れ過 にあ る苦悩から 逃れる道と なるかもし れないが︑ しかし﹁死﹂も ぎる 様になった 必竟ずるに ︑ 彼 等の信仰は ︑ 神 を得なかっ た
﹁狂
気﹂も︑人 間が何かを 判断したり 思考したり することが できる
ため
論 者 仏に逢はなかった た め ︑
﹃門﹄十七 ) 互を 目標として 働いた
( 傍線
状態の ものではな い ただ ﹁宗教﹂だけが︑ 人間の何 らかの思考 や
ここでく語り手 >
は
宗助と 御米の苦悩 が﹁月日と いう緩和剤 の
力﹂で︑ 表面上は落 ち付いてい るが︑根本 的な解決に はなってい な
いこ と︑そして もし﹁神﹂ を得たなら ば
( 或
は仏と逢っ ていたなら
ば
) 違っていた
ことを︑我 々読者に告 げている︒ そしてく語 り手 >
は理性 的に宗教の 果たす役割 や︑人間に 与える効果 を語りつつ ︑同
時に宗教 ︑あるいは 信仰を持た ないがため に宗助と御 米が抱く深 い
空疎感・ 空虚感をも 描き出して いるのだ︒
﹁宗教﹂やう最も抽 象的なもの が︑ 最も強 い情緒を喚 起するのは ︑ ﹁信仰﹂とい
まさに人間 判断と 無縁ではな く︑人聞の 苦悩の解決 の方策とし て選び取ら れる
可能性 を持つとい うことにな る︒
また ﹃道草﹄で は︑次から 次へと健三 の前に押し 寄せてくる 様々
な塵労 に対して︑ 健三は﹁神 でない以上 公平は保て ない﹂﹁神 でな
い 以上辛抱だ ってし切れ ない﹂
( ﹃道草﹄
九十六
) と考えて
いる︒こ
れは 健三が﹁神 ﹂という存 在を︑どの ような場面 においても 厳正に
公平 さを保ち︑ どのような 苦難をも辛 抱するよう な︑そのよ うな存
在とし て﹁神﹂の 存在を考え ていること を同時に明 らかにして いる︒
ここでいう﹁神﹂とは︑ 精進 することで 仏になれる という仏教 的な
のこ の深い空疎 感・空虚感 を映し出す ものである からだとい えよ
︑ つ o < 超越的絶対者 > と してのもの ではなく︑
< 人間はど
れほど努力 して
143
また﹃行人﹄
で は︑ ﹁死ぬか︑ 気が違ふか 夫でなけ れば宗教に
入るか ︒僕の前途 には此三つ のものしか ない﹂
( ﹃行人﹄
三十六
) と
い う一郎の言 葉に︑人聞 の苦悩を救 済する存在 としての﹁ 宗教﹂が
登場している︒
﹁死﹂と﹁狂気﹂と
こで併記されているが︑ ﹁宗 教﹂
という三つ
の異なる次 元のものが こ
﹁死﹂と﹁狂気﹂
の 状態は︑ 確かに今 眼前 も決 して神には なれない
> と
いうく神と 人間との間 の深い断絶
> を
前提 とするキリ スト教的な く超越的絶 対者
> として
の﹁神﹂を 指し
て いる︒第一 節で指摘し たように︑ 少なくとも 漱石は﹁神 ﹂という
もの がく人間の 理想
> を担う
ものとして 存在してい ることを認 識し
ている︒何 故なら人間 はまさにく 理想とはほ ど遠い存在
> ︑即ち
く等身大
> で
しかありえ ないからこ そ︑﹁世の 中に片付く なんてもの
は 殆どありゃ しない﹂
( ﹃道草
﹄百二
) と︑健三
に語らせて いるから
である︒ 本論にお いては︑漱 石が﹁キリ スト教﹂あ るいは﹁キ リスト教の
神﹂につい てどのよう に理解して いたかを押 さえた上で ︑﹃文学論 ﹄
第二編にお ける﹁文学 的効果とし ての幻惑﹂ を生み出す ﹁作者の側
の技法 ﹂即ちくナ ラティブに 関する間題
> と︑﹁読者
の心理作用 ﹂
としての﹁ 知的分子の 除去﹂を説 明する際に ︑漱石が﹁ 超自然 F ﹂ ︑
とりわけ﹁ キリスト教 ﹂﹁キリス ト教の神﹂ を解説の例 として集中
的に引用し ていること を確認し︑
後の
漱石作品と の関連も絡 めて考
察した︒
現実に は在り得な いものを﹁ 本当らしく ﹂描き出す ことこそ︑ 創
作家の役割 であり︑フ ィクション としての﹁ 文学﹂の果 す重要な役
割である ことを︑漱 石は見抜い ている︒小 説家夏目漱 石の誕生は ︑
必然のも のであった ︒
( 本
学教授)