研究ノート
重松理論に基づく実践記録分析の試み
―個を生かす教師のはたらき―
創価大学教職大学院 教職研究科教職専攻 水 谷 明 美
要 約
個とは一人の人,他の誰とも置き換えることのできない存在であり,個とは孤立し て存在するものではなく周りと関係性を持って存在する(重松)。この捉え方は筆者 の個と集団の捉え方を問い直す契機となった。すなわち,一人を生かすことで集団が 生きていき,個は集団や仲間の中でこそ自己を輝かせていくと考える。
本研究ではまず,個についての視点を整理し,次に実践記録から一人の児童の変容 を分析し,個を生かす教師のはたらきについて考察する。自己否定の言葉を発する児 童(小学6学年男子)は,授業をきっかけとし,自分を肯定的にとらえるように変容 した。授業を通して自分の居場所を集団の中に見出しながら,自己の本音(自分自身 さえ気が付かなかった本来の自分の発見)に迫り,自分の望む世界を明確にし,その 世界を作っていく過程が捉えられた。
教師は教育の一端を担い,個が生きるためにはたらきかける役割を持つと考える。
は じ め に
本教職大学院に入学し,第一回目となる授業で,個は集団に埋没するかしないか,
という問いを受けた。当時の筆者は個ということを意識したことがなく,この問いに 対しての答えは「埋没する」と思っていた。しかし,大学院の授業で子どもたちの事 実に基づいた研究・分析を行う内に,この問いに対する答えが変わった。それは,個 を生かすことにより集団が生きるのであり,個を追究することで集団が見えてくると いうものであった。これらは,すべて子どもの事実から学んだことである。しかし,
実際に筆者自身が実践の場でどのようにして個を見るのかという課題が生まれた。そ の課題を解決する鍵は実習研究にあると考えた。個を生かすことで集団が生きるとい
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う仮説をたて,実習において抽出児童を決めて観察をした。その実践記録を重松鷹泰 の理論を用いて分析し,個を生かす教師のはたらきについて考えていきたい。
Ⅰ 個とは何か
1 個の性質
個とは何かを捉えるために,個の性質について論じる。個という言葉を辞書で引く と,個人に具わり,その個人を他の個人と異ならせる性格1と定義されている。本研 究においては,個を,一人の人,何物にも代えることのできない存在2と捉えていく こととする。個の性質3について重松は以下の4つを示している(表1)。
特に着目したいのは個の性質の第二に示されているように,個と集団の関係性であ る。つまり個は 孤 ではなく,個は集団の中で成長すると捉えることができる。
2 個と集団の関係
個の性質において,個の成長には集団が必要であることを述べた。重松(1976)は
「個(個性的思考)は集団と別個のものとして存在するのではなく,個は集団を前提 とし,集団の一つの表れとして存立しているといえるし,集団は個の中で生成し発展 しているといえるのである。」4と述べている。このことより,個と集団は密接な関係 があり,集団生活を送る学校教育が,個の成長の一端を担うのは明らかである。ま た,個が集団の一つの表れであるならば,一人の個を生かすことで,集団が生きるこ とにつながるといえる。教師は,集団活動である学校教育で,一人ひとりの子どもの 個を育成することが望まれると考える。
3 子どもを把握する
個を育成するに当たり,その子どもがどういうものかを把握する必要があると考え る。教師が子どもを把握するといっても,学校教育だけが子どもたちの成長の場では ない。家庭環境,地域,習い事など,その子を取り巻く環境すべてが子どもの成長に 関わっているのである。そうした子どもの背景を,教師はくみ取ることが大切であ
表1 個の性質
第一 一人一人の「人」ということである。それは「一つ」である。百あるうちの一つで はなく,かけがえのないユニークなもの,しかも統一されたもの,基本のもの。
第二 個といいながらも,独立してポツンとあるのではなく,まわりのものとつながって いて,しかもまわりのものをもって代えることができないもの。
第三 そのつながっているものに責任を感じ,責任を取ろうとするもの。
第四 自分はこれでいいのか,というふうに謙虚なもの。
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る。
重松(1971)は「初等教育の主体は子どもたちである。子どもたちがどのように成 長していくかをとらえないで,初等教育のあり方を論ずることはこっけいである。」5 と述べ,「子どもたちを把握することが困難だというのは,実は当然のことである。
子どもを生きている人間として把握しなければならないからである。」6と示唆してい る。
子どもを把握するとは難しいようであるが,教育を行う上でその子どもが,どのよ うに生きてきたのか,いま生きているのかという,連続性の中での成長過程を慎重に 追究していかなければならないと考える。
重松は子どもを把握するために教師が考えておくべきこと7として3つ示している
(表2)。
これらの視点により,子どもの把握をする前提として,教師は子どもの立場に立 ち,先生の経験を組織し,協力して一人ひとりの子どもを把握していこうとすること が重要だとわかる。また,把握したことを授業の中で個に返していくことで,個の追 究が深まっていくと考える。
個の追究について,重松(1994)は「人とはなんだと考える事が個の追究である。
一人ひとりの人のことを,どういう人かということを考える事でもある。」8と述べて いる。また,「個の追究というのは実践的に言えば,一人ひとりの自分,周りの人皆,
個を確立するように努力していくこと,また一人ひとりの生きざまがわかればいいと も考えられます。しかし,ただわかるのではなく,その生きざまを問題にして個を確 立しなければならない。確立することがなくては個の追究の意味がない。」9と述べて いる。
つまり,個の確立を促すのが教師であり,子どもを把握することから個の追究は始 まり,個の追究とは個の確立のためにあるといえる。
表2 子どもの把握において考えておくべきこと
第一 常に子どもの立場になって考えるということである。できるだけ子どもに有利にな るように推測していくことが大切なのである。
第二
日々に子どもと接している現場の教師の豊富な経験や生き生きした知識を組織して いくということである。教師たちが互いの経験を持ち寄って検討し,その知識を総 合していけば,子どもについての追究は長足の進歩をするに違いないのである。自 分たちの知識を組織し,それを吟味し,それと学者たちの所論と対立させ,自分た ちのもの,学者たちのものを共に発展させて行くようでなければならない。
第三
授業の研究を通して子どもの姿を明らかにすることである。授業の中で子どもをと らえるのにも,さまざまな着眼があるが,一つの是非おとしてはならないものとし て子どもたちの表情に生き生きとした喜悦があらわれた瞬間を詳しく追究するとい うことがある。この瞬間は新しい理解がまさに成立しようとする瞬間である。
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4 個の追究の視点
これまで個とは何かについて整理する上で,個の性質,個と集団の関係,教師が子 どもを把握するために考えておくべきことを述べてきた。これらから,学校教育にお いて子どもの個を確立するためには,教師のはたらきかけが必要であると考えられる。
重松(1994)は個の確立をはかる手段は「さがし求めること」10であると主張する。
それは難しいものではなく,「なんでもないようなときに,子どもとの心が触れ合い ます。この時,実はその子は自分の居場所を広げ,作り,周りのものとのつながりを 新たにし,自分の責任,生き方,生きがいというものをとらえて行っているわけで す。と同時に教師側も,子どもの心が少しわかるようになってくる。心のふれ合った 時を大事にして,子どもをそして自分を考えていく。(中略)簡単なことの中にある」11 と述べる。また,個を育て,個を確立するために優先したいこととして,「個を確立 しつつある動きを感知し理解すること」12と論じている。その具体として,「その子 が,現在いかなる問題に直面しているのか,その生活がいかなる事態にあるのか,彼 は何に励まされ,何になぐさめられ,何をめざして苦闘しているのかを感じ取ってや ることが大切です。」13と述べている。
重松の言うさがし求めることとは,追究し続けることであり,追究する中で子ども の輝く瞬間がみえ,それが,個が生きる瞬間であると考える。個を生かすとは,集団 の中での関連性を見ることに加え,その個を確立するために,個の追究をはかるとい うことであると考える。重松は個の追究において,個性追究の視点14(表3)を示し ている。
表3 生き方の全体像と4つの個性追究の視点
生き方の全体像 人(ある人)は,まわりのもの(自然,人,事物)に体当たりしながら,
自分とまわりのものとの心の通う生活を創り続けていこうとする。
居場所
自分の安全を守り,休息と新しいエネルギーの補給をしてくれる場所であ り,環境の特殊な部分である。また居場所の状況を変えていこうとし,心の 通う暮らしを自分なりに創り続ける。
自分の把握 と自分の世 界
自分の世界は即自分であり自分の心的体制が自分の世界の構造である。自分 の世界を追究し創造していくことは,自分自身を吟味し進展させていくこと である。どんな役割を持っているか,自信はあるか,弱点の乗りこえ方を会 得しているか,等々を反省しつつ,自分の望む世界を作ろうとする。
自分の世界 創造の方向 と方途
方向は「すべての人に人間性豊かな生活を!」という方向である。各人なり に具体化し特殊化,個性化したものである。それを実現する方途は,本人の 位置や能力によって差異がある。目標を絞って,自分の体当たりで行く方 途,自分の勢力にある人々に支持し,励まして事態を進展させる方途,周囲 の人々に好意と協力によって事態を進展させる方途,変動する世界の気運と 機会をとらえて事を成熟させる方途,願いの実現を阻んでいる障害を打破す る方途などがある。
伴侶の探求
自分の創っている世界を味わい呼応してくれる人の存在によって魅力が増大 する。自分を惹きつける友達,異性との共同しての生活の創造の過程は,そ の人の思考と深くかかわる。
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本研究ではこの重松の個性追究の視点から実践記録分析を行い,抽出児童における 生き方の全体像を探究する。
Ⅱ 研究の目的と方法
本研究の目的は,個を生かす教師のはたらきを明らかにすることである。前述した 重松の個の捉え方と個性追究の視点に基づいて,筆者の教育実践のうち抽出児に関す る記録を分析し考察する。実践記録および分析のプロセスの具体は以下の通りであ る。
(1) 時期 実習期間の2010年9月〜2011年11月 計28日間
(2) 対象 東京都八王子市立I小学校の第6学年。抽出児童は男子の米沢君(仮名)。
(3) 分析のプロセス
・実習日における授業中の発言,友人関係,関わりなどを詳細に記述する。
・実習後,分析するに当たり記録を事実と考察に分けて整理する。
・整理した記録を重松の個性追究の視点を手掛かりに,抽出児童の時間経過とその 変容の姿と背景を,本学の教員とともに共同で分析する。
・分析した結果から変容の経過とその要因について推察し,米沢君の生き方の全体 像について考察する。
※尚,児童の名前はすべて仮名で記す。
Ⅲ 実践としての個の追究
Ⅰにおいて個とは何かについて整理したことを踏まえたうえで本章では筆者が実習 期間において一人の抽出児童を継続観察し,記録を基に分析した結果(表4)を考察 する。
把握するうえで,表2の第一に示している「子どもの立場」に立つということを特 に意識した。また,教師の主観と事実を混合させないようにも注意を払った。
表4は時系列に並べてあり,主な出来事は変化が見られたものを記入し関連内容を 矢印で示した。また一つの観点から把握するために,抽出児童の米沢君が筆者にする 登下校時のあいさつの変化を表した。以下に米沢君追究資料を示す(表4)。
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表4 米沢君追究資料
米:米沢君 水:水元君 坂:坂田君 大:大山さん T:教師(筆者) 担:米沢君達の担任の先生
日 挨拶等 主な出来後
9/1 無視 サイン会人の波が静まると,坂 と 水 と3人でTの所に押し寄せる。
9/2 見る 算数机間巡視のとき T「どう?」米「全然まだ。見ないで」
水泳タイム計測後 米「何秒?」T「十五秒だよ」米「俺全然だめだわ」クラス2位 9/3 口ぱく 総合キッズショップのグループのみんなから社長に選ばれる。
9/6 小声 目そらす
図工色水作りT「いい色だね何混ぜたの?」米「緑,青,黄色…愛情」
図工の片づけ運動場の押し合う水道には並ばず遠い水道管のところに一人で行く 9/7 目そらし
挨拶
理科の時間Tの名前あてで 米 が全問正解する。
授業後 米「よく覚えてたでしょ」
T「すごいな!記憶力抜群やな」米「俺バカだから,賢くねーし,勉強できねーし」
T「先生はそんなこと思わないよ。先生,悲しいよ」米「俺じゃん」
T「いつか心に溜まっていっちゃうから,いい言葉かけてあげ?」米「おーん。」 休み時間空を見ているTに 米「先生元気?」「しんどくならないの?」と話しかける。
9/8 朝の活動 米「今日は昼いるの?」T「いるよ」米「一緒にドッヂやろうよ」と誘う。
9/9 普通の声 漢字練習T「きれいな字だね」米「そんなことないよ,俺まじできねーから」
T「そう?上手だよ。丁寧に書いてること知ってるよ」米 黙ってうなずく。
9/10 大声 放課後ハ イタッチ
廊下等で も米沢君 から挨拶 する
宿題漢字練習の字が丁寧にきれいに書かれている。担「きれいね」米無言でほほえむ 9/13 パネルディスカッション発表会 米 はチーム代表。発表中,チームのメンバーが息をのみな
がら真剣に聞く。発表が終わり 米 が席に着くと同時に,みんなで握手する。
9/15 陸上記録会の練習 米「あー緊張する」T「記録会のための記録会だから,練習練習,大丈 夫よ」米「わかってるんだけどさ〜」
9/16 Tの研究授業T「先生頑張るからみんな協力してや」米「へっ」T「何よそれ」米「大丈夫 だって,先生になる練習よ。れ・ん・しゅ・う」T「あ!昨日のじゃん」米 笑顔 9/24 パンフレット作り 米 は自分が考えているアイディアが,上手く表現できなかった。
9/25 パンフレット作り 米 黙々と取り組む→煮詰まる→ 大 からアドバイスをもらう。アドバイス により 米「そっか!」と言い,直ぐに作業が進む。
10/14 陸上記録会準備運動の際,米 と Tが真剣に30mダッシュを数本する。僅差ですべて 米 が 勝つ。米「俺,いけんじゃね?」「絶対優勝してくるから」結果総合優勝。
10/15 パンフレット展覧会色塗が完成せず皆から辛口コメントをもらい落ち込む。シート投げる。
授業後 坂「お前の面白いぞ!でも色もっとあったらもっといい感じになったろうな」
水「時間なかったんだろ?次は俺も頑張るな」米「みんなよく頑張ったよ」
3人でスクラムを組む 10/22
授業後か らクラス の中に入 る
言葉が変 わる
自己肯定感に関する質問紙 米「先生これ二重丸だから。わかりやすいでしょ!価値なんか ないから!」T「どれかわかんないや。言わなくていいんだよ。」
放課後 米「価値なんかねーし,人生つまんない。」
10/29 ほめほめシャワー(感想)「楽しかったし,自分ってこんな風に思われてるんだなってこと がわかってよかった。ほめられるっていいなと思った。意外なことがあった。」 授業後 米「君の笑顔最高だね」などの言葉とガッツポーズを T,坂 ,大 ,クラスと順番
にみんなにいいまわる。クラスのみんなも米に合わせてポーズをする。
放課後 米「先生,俺人生楽しいかもしれない。大切なんだよね。」
11/5 算数T「どう?」米「ちょっと頑張ってんだけどね。もうちょっとなんだよね」
T「どのへん?ここか〜(考え方を教える)」米「あ!わかるかも!俺って賢―い」
T「いい言葉だね」米「でしょ!」
言葉のプレゼント(感想)「思ってもみなかったことを言われてびっくりした。(たよりにな る,責任感のある,かしこそうな)自分が思ってたのと全部違った。」
総合グループのみんなが動かない。大「社長!しっかり動かしてよ」と頼まれる。
米「俺?ん〜。よし!頼りになる男だから,やりますよ,何しましょ?」
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1 自分を認めてくれる仲間がいることで,集団の中で自己を発揮する米沢君 米沢君と出会った当初(9/1)彼の居場所は,米沢君と同じドッヂボールクラブの 仲間の水元君やクラスの友人坂田君らの関係であった。クラス全員からサインをもら うサイン会の授業では,クラスの児童のほとんどが筆者のもとにサインをもらいに集 まるのに対し米沢君たちはなかなか来ることはなく「人の波が静まると」3人で押し かけてきた。筆者とは異性であるということや思春期であるということを考えると当 然のことのように考えられるが,9/6「押し合う水道には並ばず遠い水道管の所に一 人で行く」というような行動と合わせて考えると,集団の中で自分を出し切れない様 子が見られる。
だが,10/29の道徳で行ったほめほめシャワーの授業後は,クラスの仲間の中へと 自ら入っていく姿が見られた。この授業は,グループの仲間から1分間自分のいいと ころを言ってもらう活動である。この活動を通し,自分を認めてくれている仲間の存 在が安心感となり,固定した友人の間だけではなく,クラスの中に居場所を見つける 姿であると考える。
2 心の通う暮らしの中で,自分の望む世界を創ろうとする米沢君
10/14陸上記録会の準備運動で30mダッシュを何本も筆者と走った。体当たりで心 をぶつけると,「俺,いけんじゃね?」と自己肯定の言葉を発した。本番前には「絶 対優勝してくるから」と宣言し,結果,総合優勝をした。にもかかわらず,クラスメ イトの前では喜びをあらわにしなかった。しかし翌日の朝,「先生昨日見てた?」「う れしかったんだ〜」と話しに来た。
以上の様子より,優勝後クラスの中で喜びをあらわにしなかったのは,決してうれ 図1 10/29ほめほめシャワーのワークシート
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しくなかったわけではない。実は,米沢君が出た競技には水元君も坂田君も出場して おり,共に全力で挑戦したという事実がある。この事と米沢君の発言が,関係してい るのではないかと考える。自分の喜びよりも周りの人の努力を優先する米沢君の姿が 推察される。周りを気にするがゆえに,自分の感情を表現しにくいのであろうか,人 とのかかわりを表面上ではなく,心の奥底で感じたいと願っているようである。
では,なぜ筆者に喜びを翌日になっても伝えてきたのか,それは,優勝を宣言した ことや筆者は競技者ではないことが挙げられる。しかし,準備運動の時に競技上のラ イバルではなく,人間対人間の心の通う勝負をしたことにより,心が通い翌日になっ ても喜びを伝えてきたのではないかと考える。このような行動から米沢君は,自ら教 師には体当たりでぶつかりながら,心の通う暮らしを求めていることを知った。
自分の経験したことに対して「練習」という言葉を引用し9/15と9/16の流れから,
送られた励ましを自分のものとし,励ましを送る米沢君が現れている。それは伴侶の 探求の視点から考えるならば,日々のかかわりを通して,自分の創っている世界の思 考を引き出してくれる人に出会ったことが影響している。自己との葛藤を繰り返しな がら,仲間の励ましによって自分の弱さに打ち勝っていくのである。その中で自分の 望む世界を創ろうとしているように見える。
3 自分の望む世界を創ろうと自己を吟味し続け,クラスの中で成長する米沢君 10/22の質問紙における回答は,自分の把握と望む世界のギャップを目の当たりに することになり,米沢君にとっては相当心が揺さぶられた出来事であったと考えられ る。自己肯定感の質問紙で「自分は価値がある人間だと思いますか」の答えが,はい・
どちらかといえばはい・どちらかといえばいいえ・いいえの4件法の中で,米沢君は
「いいえ」に二重丸をつけたのである。事前に無記名でいいと知らせており,回収時 は誰のものかわからないように工夫したのにもかかわらず,わざわざ「先生これ二重 丸だから。わかりやすいでしょ!価値なんかないから!」と言いながら質問紙を出し たのである。更に放課後になってまで「価値なんかねーし!人生つまんない。」と顔 を紅潮させ言いに来たのである。この行動から,米沢君が本当に求めている自分の世 界とは何か,もっと自分を認めたいという願いが強いのではないかと考えさせられ た。そこで,彼のための授業を考えた。道徳の時間に自分良さを見つける活動 ほ めほめシャワー (図1)と 言葉のプレゼント (図2)を行った。
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これらの活動は,他者のはたらきによって自分の良さを見つけだす活動である。
ことある度に「全然まだ見ないで」(9/2)「俺バカだから,賢くねーし,勉強でき ねーし」(9/7)「俺まじできねーから」(9/9)などの発言が多かった。
しかし,ほめほめシャワーの授業後(10/29)「水谷先生,俺人生楽しいかもしれな い。大切なんだよね。」との発言からも,米沢君が明らかと変わっているのがわかる。
言葉のプレゼント(11/5)の授業以降は,「ちょっと頑張ってんだけどね。もう ちょっとなんだよね」「あ!わかるかも!俺って賢ーい」(11/5)という発言に変わっ ている。これは授業という一つの場がきっかけとなり,米沢君が肯定的になっていっ た瞬間であったのではないだろうか。米沢君自身が望む世界を創ろうと考え行動する ときに,自分自身を吟味し,自分を認めたいという思いと重なっている。授業によっ て,一人の人間,「個」が変わる瞬間だったと考える。
4 追究を通して米沢君の生き方の全体像を考察する
米沢君は自己との葛藤の中,自分が願い創造する世界へと一歩一歩前に踏み出そう としている。何度も歩みをやめそうになるが,その瞬間自分の最大限の力,本来持っ ている力を発揮したいと願う切なる思いに駆られて,立ち止まろうともするのであ る。米沢君を支える仲間は敏感に反応し,米沢君と仲間の心が通じあった対話をする
(10/15)。仲間の考えや自分への思いやりに心が温まり,また前進している。
本音で話し,体当たりでぶつかっていく時に米沢君の成長の瞬間が起きるのであ る。彼の個は集団の中で,確かになっていく。米沢君は自分の可能性を信じている
図2 11/5言葉のプレゼント
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が,弱い部分も知っている。だからその差を埋めようと葛藤しながら行動し,着実に 前に進むのである。それは,米沢君の生き方のように感じる。
Ⅳ 考察と課題
1 個性追究の視点から個を分析して
実践記録の通り,当初の米沢君は自己否定の言葉が多かった。その理由として次の 二つのことが考えられる。
一つに,もともと持っている自己肯定の思いが強いから,その自分を認めてほしく て,口に出す言葉は自己否定をしていたこと。二つに,物事に対して,できる自分も できない自分も含めて,ありのままの自分を受け入れてほしかったということ。
これらの背景には,米沢君はクラスの人気者であり,いつも推薦でリーダーや代表 に選ばれていたことや,彼は 何でもできる子 と信頼が厚い児童であったことがう かがえる。彼に寄せられる期待の目や,責任に対する重圧の裏返しが自己否定であ り,その言葉で自分を防衛していたと考えられる。
このような状況を踏まえ,筆者は,道徳の授業において,10/29のほめほめシャ ワー,11/5の言葉のプレゼントを行った。授業後には,明らかに米沢君の発言が変 わっていることがわかる。米沢君が今まで発言していた自己否定の言葉とは真反対の 自己肯定の言葉であった。
米沢君がこのように変わった大きな要因は,彼自身が捉えていた自己の姿よりも肯 定的な自己の姿,彼がこれまで切望していた姿について,仲間から言ってもらえたこ とだと推測する。このことによって,周りの人から認められているという安心感を持 てたと考えられる。
いずれの授業実践も,米沢君の思いに寄り添い,米沢君に焦点をあてた授業であっ た。一人に焦点を当てるといっても,ほかの児童を軽視するわけではない。「一人を 生かすことで集団が生きる」と考えた授業構想なのである。
授業外の休み時間や授業補助の時も,個別にかかわり心を通わせようと努力してき た。そこで米沢君の輝く姿を見ることができた。その瞬間とは,本当の米沢君の考え や思いが素直に表出された時であった。
米沢君の追究を通して,教師が個を追究しようとはたらきかけるときに,子どもは 変わるということを実感する。子どもは,教師と一人の子どもの関係性だけで変わる のではない。クラスの仲間という集団の中で個を育てていくことで,個が生かされ,
変容していくのである。
一人の居場所を知るということ,個を追究することで,小さい集団が見え,そこか らクラス全体が見えてくるのである。個が,どのような生き方をしてきたのか,一時 的な期間であるが子どもの一所懸命な生き方を,行動や言動と結びつけて考えること
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は,個を理解し育てることに大きなはたらきをすると考える。
2 教師にとって個を追究する意味
教師にとって個を追究することの意味は多分にある。なぜならば,米沢君の追究を 通して,筆者自身が感化されているからである。重松は追究とはきびしいものである と述べ,それは教師へのきびしさであると述べていた。教師の発言や実践分析が常に 間違っているのではないかと考えながら行わなければならないからである。しかし,
教師自身を成長させるものであると重松は述べている。筆者自身も,追究を通して,
教師としての自分の変化に気が付いた。
はじめ彼は何を求め,どのような世界を創ろうとしているのかがわからず,米沢君 の心に寄り添えないはたらきかけであった。だが,何度も米沢君と心を通わせようと し,本音と体当たりでぶつかりながら人間と人間のかかわりをしていったとき,教師 としての対応が変わっていったのである。それは集団の中の個という考えではなく,
一人の個として米沢君を見つめることができてきたということである。
このような教師としての自己の変容を,その時点では意識していなかった。それは 実践記録分析を通して教師としての自己の姿が見えてきたのである。見えない自分を 見ることは,すべて子どもから学び,個から学ぶことであった。
個を生かす教師のはたらきとは,教師が個に対して,一対一の関係といった直接的 なはたらきかけをすることだけではない。教師自らが,個が求めるものは何なのかを 探し求め,集団である仲間の中で個を輝かせるように取り組むことが,個を生かす教 師のはたらきであると考える。
課題として,本研究の分析のために用いた資料は実習期間であり,個を追究するた めの期間としては短かったことがあげられる。今後の展望としては,子どもとより深 い関わりを持てるよう,筆者自身の受け持つ学級で長い時間をかけて個を追究してい きたい。
お わ り に
本研究を行う中で一番苦労したことは授業記録等の膨大な資料の作成および,その 分析であった。実践記録を科学的にしようとするプロセス・道のりは非常に長いとい うことである。
米沢君を記録した膨大な資料から何度も分析を繰り返し,追究を行ってきた。一人 の個を追うことが,これほどまでに時間と労力を費やすことは予想をはるかに超えて いた。だが,日々個を追うことで,その個の本質にわずかながらせまれたように感じ るのである。それは,米沢君が口にする言葉や表情の変化が一番大きな結果であると 考える。
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本研究を通し,今後,自身が成長するために追究即教育実践との考えで成長するこ とを決意した。一人ひとりを大切に,また共に成長できるような教育者でありたいと 考える。
謝 辞
実践記録の分析にあたって,協力してくださった寺林民子氏(創価大学教職大学院 准教授),丁寧に指導してくださった吉川成司氏(創価大学教職大学院教授)に,こ の場をかりて厚く謝意を表します。
注
1 『広辞苑』(第6版),岩波書店,2008年。
2 個の追究と授業分析という視点から個について取り上げられている。詳しくは,重松鷹 泰:『歩み続けむ』,上水教育会,1994年,199頁を参照されたい。
3 重松,木全:『個と個性―自分探しを励ます教育』,東洋館出版社,1996年,22頁に記載 されている個の性質についての文章を,表にあらわした。
4 重松鷹泰:『授業随想―授業の探求』,人間教育双書〈7〉,1976年,86頁。
5 重松鷹泰:『初等教育原理』,現代教職課程全書,1971年,90頁。
6 前掲書(5),90頁。
7 子どもを把握する視点について,前掲書(5),90―93頁に記載の文章を,表にあらわした。
8 前掲書(2),201頁。
9 前掲書(2),202頁。
10 前掲書(2),203頁。
11 前掲書(2),203頁。
12 重松鷹泰:『個性の見方・育て方』,第三文明社,1994年,3頁。
13 前掲書(12),3頁。
14 個性追究の視点について,前掲書(4),8―11頁に記載の文章を,表にあらわした。
参 考 文 献
富山県堀川小学校:『子どもの学びと自己形成―子どもの危機を救うこれからの評価観』,明 治図書出版,2006年,1―30頁。
富山県堀川小学校:『個の成長』,明治図書出版,1990年,16―18頁。
吉川成司:個に応じた指導における「個」の捉え方―個の全体性と関係論―,『創価大学教 育学論集』,第62号,15―31頁。
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