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The"Acheiropoietos"ChrisHmage ートスのキリスト像

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ア ケ イ ロ ポ イ エ

ー トスのキ リス ト像

The" Ac he i r opoi e t os "Chr i s Hma ge

YUKIO MOCHIDA

問題の所在

近代 プロテスタン トの自由主義神学 は,聖書を古代 の一個 の歴史学的文献 とみな して他 の同時代 の 諸文献 と同等 に取 り扱 い,聖書か ら 「神言性」を剥奪 して, これに 「人言性」を与えた。 しか し, こ うして聖書 の正典性 を否定 して正典的規範倫理 の成立根拠 を無化 してお きなが ら, なお, イエスを最 高の道徳的規範 とす る方向を棄て ることはなか った。従 って, 自由主義神学 はそれ以来, なぜ ソクラ テスや旧約 の預言者 よ りもイェスの方が偉大であるのか とい う問題,すなわち,異文化の宗教や思想 に対 してキ リス ト教 の絶対性 ・独 自性を主張す るという解決 の不能な問題 に苦 しみ続 けなければな ら なか った。 それは, ひとえに,本来統一的な信仰告 白であ ったはずの 「イエス ・キ リス ト」を 「歴史 のイェス」(史的イェス)と 「信仰のキ リス ト」とに分離 して, もっぱ ら人間イエスを歴史主義的に追 求 して きたことによる。

この歴史的批評的研究か ら出発 した様式史的研究 も,「キ リス ト」と 「イエス」を分離す る。そ して, 終末時 に先立 って我 々の実存 に自己理解 を呼 びか けるケ リュグマのキ リス トを史的 イエスか ら峻別

し, キ リス トとの実存的な対話 を個人 の決断 の問題 とみなすのである。確かに,客観的規範 に従 う倫 理的行為 の方向決定 には個人の選択的な決断が必要であろ う。 しか し, キ リス ト教信仰が問題 にす る のは,倫理的行為で はな く,信仰 による随従である (マタ8:22)。無論, この随従 はキ リス ト・イエ スの選出による。個人の選定ではない (マ タ4:19)。召命が倫理的行為 の出来事ではな く宗教的信仰 の出来事であるのはこの理 由による。 キ リス ト教信仰の中心 をケ リュグマのキ リス トか らの呼 びかけ に対す る個人 の決断 にみ る様式史研究の実存論的神学 は, この点 の理解 を欠 いていたと言 ってよいだ ろう。様式史研究 によると,歴史学的資料 の不足 のために,史的イエスの生涯を再構成す るのは不可 能 に近 いとい う。そ こか ら,彼 らの思 い描 くイエス像 は, もはやキ リス トではな く人生 の教師です ら

もない。乏 しい資料 か ら僅かに帰納 され るイエス像,すなわち,弟子達か らキ リス トとみなされたイ エス,宣教 され る者」 とみなされた 「宣教す る者」であるに過 ぎない。ついにイエスは 「正真正銘 の 人間「ただの人」 にな った。

無論, このような結論が多 くの神学者達 を満足 させ ることはで きなか った。従 って, その後 も 「 的イエス」の新探求 は続 け られ,研究者それぞれの思想や信仰 に応 じた様 々なイエス像が措かれて き た。今,研究者の数だけイエス像 もあると言 ってよいだろう (D。

最近 の文学社会学的研究 もまた 「イエス ・キ リス ト」か ら 「キ リス ト」 を追放す る。 そ して, もっ ぱ ら千数百年前 に地上 に生存 して活躍 したあのイエスとその弟子団 とは誰であったか とい う問題 にそ の関心 を集中す る。 その研究の一例 によると, イエスはシ リア ・パ レステ ィナのユダヤ教内部 に革新 運動を引 き起 こした人物であ り, ガ リラヤ地方 の村 々を巡回 した霊能者集団がそのイエス運動の担 い 手であったとい う (2)

‑ 9‑

(2)

そ して,今, イエスは, ある者 には 「治癒神」の衣装 を着せ られた 「病気 の治療者」であ り (3), ある者 には 「歴史の先駆者」 にな った 「逆説的反抗者」であ り (4), またある者 には 「脱呪術化」 し た 「ことばの霊能者」であ り(5),その他である。「キ リス ト・イエス」か ら再 び 「キ リス ト」が消え て,キ リス トのいないキ リス ト教研究が盛んなのである。事実,これ らの研究書の中には 「キ リス ト」

とい う用語す らほとん ど現れていない。

近代 のプロテスタン ト神学 は,聖書 を古代 の(唯一 の」ではな く,数多 くの中の)一 つの書物 とみ なす ことによって聖書 にまとい付 いていた神聖性を奪 い去 った。それは聖書か ら正典性 (倫理的行為 の規範性)が消失 して しまった ことを意味す る。現在,正典的規範倫理 はその成立根拠 を失 ったまま である。 イエスもまた倫理的行為 の規範 (意思 の規定根拠)です らな く治療者,反逆者,霊能者,そ の他 になった。 このようなイエス像 に我 々の倫理的行為を誘発す る力 はもはや存在 しない。 イエスの 生 の諸結果です ら,すでに模倣 の対象で はな くな っている。 ア ッシシの聖 フランシスはイエスの全生 涯を完壁 に模倣すべ く, 自らその四肢 に 「聖痕」 に等 しい傷痕 を付 けたとい う。 あの フランシスのイ

エス像 はどこへい って しまったのだろうか (6)

聖書 の正典的規範倫理 は,かつての宗教的意味を失 い,勤労 ・営利 を事 とす る経済的禁欲倫理を生 み出 してか らはす っか り死滅 して しまい,今で はもう 「亡霊」 になった。 プロテスタン ト神学 の展開 は 「聖書主義」(Solabiblia)とい う自らの存立根拠 を裏切 ったのである。聖書 の 「キ リス ト・イエス

は長 い歴史の中で不断 に人 々の心を動か して きた。 しか し,聖書 の学問研究が描 き出すイエス像が人 間を生 まれ変 わ らせた ことはない。多分 これか らもないだろう

プロテスタン ト神学 の今 日的な展開 は,かえ って, 自 らの うちに存在 した最 も大切 な もの,すなわ ち,使徒的宣教 の中心的使信であった 「イエス ・キ リス ト」を見失 って きた。 それ は, この学問の歴 史学 的思惟が もっぱ ら福音書 の記述批判 に頼 りなが ら,宣教す る者 (史的イエス)が宣教 され る者 ( 仰のキ リス ト) にされた とい う前提 に基づいて史的イエス像を描 こうとして きた ことによる (7)。そ こには 「イエスか らキ リス トへ」 とい う思考 の方向性がすべての研究 に共通 して全 く無反省 に前提 さ れていたと言 ってよいだろう。

しか し,人間のイエスがキ リス トとみなされた とい うこの臆断的前提を正当化で きる何の証拠 も存 在 していない。反対 に,我 々が所有 しているのは,宣教 され るべ き者 を宣教す るために宣教者 として 描 いている資料 だけである。従 って,宣教す る者」というのは,原始教団の人 々が宣教す るために措 いた 「宣教 され る者」についての一個の像 (animage)であるに過 ぎない。当時,ユ ダヤ教内部 に待 望 されていたのは,終末時のメシアであって人間のイエスで はなか った。待望 のキ リス トが地上 にイ エスとして現れ救 いのわざを成就 して くれたというのが,原初 の宣教 の中心的使信だ ったのである。

この両者 の先後関係 を見誤 ると,我 々の思考 はあの 「歴史の地獄」 に落 ち込 む ことになるだろ う。

キ リス ト教的に言 えば,探 し求め られるべ き者 は 「福音書 に描かれたイエス」ではな くて 「福音書 を描かせたキ リス ト」なのである (マコ1:37)。原初の宣教 の原動力 とな ったキ リス ト・イエス,西 欧二千年間のキ リス ト教信仰 を不断に生起せ しめて きたキ リス ト・イエス (8),‑ ただ このキ リス ト・イェスだけがキ リス ト教倫理の成立根拠でなければな らない。「キ リス ト」と 「イエス」とを二分 して取 り扱 う思惟 は, キ リス ト教倫理 を決 して正 しい方向に導 くことはないだろう。

最初期のイエス像

とまれ,「キ リス ト・イエス」信仰告 白の中か ら史的イエスを取 り出 してその人物像 を再構成 しよう とい う試みは, ことごとく失敗 した。 それは,福音書 を始 め とす る 「キ リス ト・イェス」 に関す る資 料がすべてそのような歴史学的な (あるいは文献学的な)取 り扱 いを求 めて書かれた書物ではなか っ た ことによる。信仰 とい うフィル ターをかけ られているイエス像の資料か ら, その フィル ターを取 り

10‑

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除 けば, そ こには真実 のイエス像 が現 出す るはずであ るとい う単純 な思 い込 みか ら, キ リス ト ・イェ スは,裸 に剥 かれて,次第 に痩 せ細 り,最後 には骨 と皮 ばか りにな って,遂 に幽霊 の如 く消えて しま っ たのであ る

それ故,次 には, イエスの 「人物像」で はな くて,その 「人 とな り」(Pers6nlichkeit)や, その社 会的な 「振 る舞 い」 な どを明 らかに しよ うとい う研究 が盛ん にな った。 そ して確 かに, それ らはそれ らな りに着実 な成果 を収 めて きた。 しか し, そ こに描 かれ るイエスの 「人 とな り」や 「振 る舞 い」 も また,新 しくキ リス トへの信仰 を誘発す るよ うな力 を感 じさせて は くれない。 そ して,何 よ りも,古 い生 を棄 てて新 しい生 に生 きよ うとす る決断 を促す よ うな倫理的意志 の規定根拠 にはな り得 ていない よ うであ る (9)

史的イェスを再構成 しよ うとい う今 日までのすべての研究が無視 して きた (あ るいは,忘れて きた) 一つの試 みが あ る。 イエスの身体 的特徴 か らイェス像 を再構成 しよ うとい う試 みである。 イエスは背 が高か ったのだ ろ うか,低 か ったのだろ うか。太 っていたのだろ うか,痩せていたのだ ろ うか。 ある いは, どのよ うな顔 を していたのだろ うか, どのよ うな手 を持 って いたのだろ うか。 ・‑ そ うした イエスの身体 的特徴 につ いて はほとん ど何 も考慮 されて こなか った と言 ってよい。

生前 のイエスを知 り, イェスの理 由 も何 も語 らないただ一言 の呼 び掛 けに対 し,一切 の持て るもの を投 げ棄 てて イェスに従 った人 々 (マ タ4:18‑22,etc.), このよ うな使徒達 に とって イエスの身体的 な特徴 の与 え る第一 印象 もイェスに従 う決 断 を彼等 に促 す大 きな要素 の一 つ にな って いた はずであ る。 また, その後 の ローマ帝国世界 を吹 き荒れた迫害 と殉教 の嵐の中で, イェスと 「楽 しく」対話 し なが ら迫害 に耐 えていた殉教者 や聖証者達, このよ うな人 々の 目に もイェスの異体的な人物像が見 え ていたはずで あ る(10)。事実,キ リス ト教 が公認宗教 とな ってか らは,多 くの身体 的な特徴 を共通 に 兼ね備 えた様 々なイェス像 が創造 されている。更 に,後 の東方正教会 で は周知 のよ うに, そのイェス 像が イコ ン (聖画像) と して崇敬 (proskin6sis)の対象 にす らな っているo従 って, どのよ うなイエ ス像が具体 的 に描 かれて きたのか, また, それ らはどのよ うな理 由による ものなのか, そのよ うに問 うことは, キ リス ト教倫理 の研究 に とって,決 して無意 味 な ことで はな く, む しろ,極 めて重要 な こ とで はないだ ろ うか。 どのよ うな信仰 を持 った人間が どのよ うな行動 を示 し, それによ って どのよ う な文化 を形成 して きたか, それ は,宗教倫理学 の最 も基本 的な問いの一 つであるはずだか らであ る。

そ して更 に, このよ うに問 うことは,「イェス ・キ リス ト」か ら 「キ リス ト」を分離 して人間 イエスば か りを史的 に問 い続 けて きた従来 の研究 に対 して一つの反省 を うながす と同時 に, もう一度,統一 的 な 「イエス ・キ リス ト」信仰 の本来 の真実 は何 であ ったかを原初 に遡 って考 え直す好機 ともな るはず だか らであ る。 とまれ,イエスはどのよ うな身体的特徴 を持 っていたのだ ろ うか。人 々 はイエスのそ れを どのよ うに考 えて きたのだろ うか。

新的文書 中 にイエスの身体 的特徴 を記述 す る章句 はない。 イエスが エ リコの町 を通 って いた 時,徴税人頭 のザアカイ とい う金持 ちが イエスはどんな人か見 よ うと したが,背 が低 か ったので,群 衆 に遮 られて見 ることが出来 なか った とい う。 そ こで, ザアカイは先回 りして, いち じく桑 の木 に上 り, そ こを通 り過 ぎよ うとしていたイェスを見 よ うと試 みた。 こうしてイエスに認 め られ, やがて救 いを受 けることになる (ルカ19:ト10)0

この挿話 か ら 「イェスは背 が低 か った」 と推測 された こともあ った とい う。 しか し, これだけの報 告か ら, そ う断定す るのは明 らかに無理であろ う。事実, ここの場合 「背が低か った」 のはイエスで はな くて ザ アカイで あ る。群衆 に取 り囲 まれて見 えないか らとい って, それだ けの理 由で イエスを

背 の低 い人物」 と想定 す ることはで きないだろ う。

また, この挿話が後代 にイェスの画像やイ コ ンを描 く場合 の根拠 にされた とい う証拠 は何 もない。

イエスの身体 的特徴 を伝 え る挿話 と して は理解 されて こなか ったのであろ う。

ll‑

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従 って, この章句 をイエスの画像やイ コ ンと結 び付 けて考 え ることはで きない。

(B) 新約文書 中の章句か らイエスに関す る何かが描 かれた とすれば,それ は多分,「ブ ドウの木」と

羊飼 い」 の二 つであ った。

①.「ブ ドウの木」は,「ヨ‑ ネ福音書」第151‑2節 に見 られ る 「わた しはまことのぶ どうの木, わた しの父 は農夫 で あ る。 わた しにつ なが って いなが ら,実 を結 ばない枝 はみな,父 が取 り除かれ る。」に従 っている。しか し,これ は,あ くまで も 「ブ ドウの木」であ って,イエスの人物像で はない。

それを通 して全 く別 の何 かが想定で きるよ うな象徴的な記号 であ るに過 ぎない。人物像 や肖像画 とは 程遠 い ものである。

なお, この章句 に基づ いて 「父」 (秤)が 「農夫」 の姿で描 かれた とい うこともない。

②.「羊飼 い」 も,「ヨ‑ ネ福音書」第1011節 に見 られ る 「わた しは良 い羊飼 いである。良 い羊 飼 いは羊 のために命 を棄 て る。」に従 っている。 この場合 の画像 は明 らか に人物像であ る。三,四世紀 に, ローマのカ タコ ンベの壁画な どに措 かれて いるとい う。 しか し,措 かれ る人物 を特定で きるため の諸特徴 (肖像性)にはほとん ど注意が払 われていない。「現実 の人 間,肉体 を もった人間 には関心 が な く,人物像 は記号 と して しか措 かれていない」 のである (ll)

ただ, この両者 の場合,共 にそれ らの画像が基づ いてい るのは, キ リス ト・イエスが語 った とされ て きた言葉 (章句)であ る点 に注意 したい。画像 の製作者 が 「ブ ドウの木」や 「羊飼 い」 などの素材 を 自らの窓意 に任せて選 び出 したので はない。素材 は, あ くまで も神 の子 「キ リス ト」 によ って既 に 指定 されて いた ものであ った。「ブ ドウの木」 も 「羊飼 い」 も,いわば,キ リス トの,ひいて は,神 の,

自己限定 だ ったのであ る。「見えざるもの」が 「見え るもの」に自 らを限定 して,その姿 を現 して くれ た,それが 「ブ ドウの木」であ り,羊飼 い」の姿であるとい うのが,おそ らく,それ らの画像 を描 い て きた原初 の人 々の理解 であ ったろ う。 そ して, このよ うな画像理解 は,画像がやがてイ コ ンへ と発 達 してい った後 に も, その底流 において,決 して変 わ ることな く存続す ることにな る。

なお,新約文書 中の個 々の章句 との異体的な対応 には配慮す ることな く,新約 の信仰 を伝 えよ うと した記号 的 あ るいは象徴 的な画像 もかな り多 く存在す る。次 にそれ らの うちか らい くつかを拾 い上 げ てみよ う。

) 天使 の支 え るⅩP(キー ・ロー)。 これ はⅩPI∑TO∑(キ リス トのギ リシア語)の最初 の二 文字 だけを取 って, キ リス トを表現 し, 円の中 に この二つの文字 を組 み合 わせて記号化 した ものであ る。この円 は両脇 か ら天使 によ って支 え られている。400年頃 の 「サルギ ュゼルの石棺」の上 な どに見 られ るとい う。

03) IX㊥T∑ (ギ リシア語 で 「魚」 を意 味 す る と ころか ら魚 の画像)。 これ は,IH∑OT∑

ⅩpI∑TO∑ OEOT TIO∑ ∑E2THP(イエス ・キ リス ト,神 の子,救 い主) の頭文字 を取 って,繋 ぎ合わせたmonogramがギ リシア語 で 「魚」を意味す るところか ら,魚 の画像 と して措 かれた ものであ る。 この 「魚」は迫害期 に多 く措かれている。「隠 し絵」な どのよ うにな った もの もあ る。

天使 に支 え られ るⅩPとい うの は,多分,神 の国か らキ リス トが (そ して,その背後 に存在す る同質 の神が) この世 に下 って来 ることを意味す る。ⅩPの円形 は,見えざるもの」が 「見 え る もの」へ と その姿 を現 す一つの相 (カタチ)なのである。まさにそれ故 に こそ,天使 によって支 え られていなけれ ばな らない。従 って, この記号 は人間が窓意的 に思 い描 いた像 で はない。 それ は,人間の手 を経ず し ておのずか ら (神 ・キ リス トの人間への愛 の故 に)地上 に出現 した救 いの像 であ った。

魚」の形 もまた,多分,そ うであ った。迫害時代 のキ リス ト教徒 にとって, ここそ こに何か特定で きる魚 が問題であ ったわ けで はない。記号化 した魚一般 の形 を通 してその背後 か らこれ と向か い合 っ た者 に与 え られ る神 の子 の救 い こそが問題 だ ったので ある。従 って, この 「魚」 もまた,人間がモノ

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グラムに従 って,単純 に描 き出 した形ではな くて,すなわち,人間の手 によって地上 に出現 した画像 ではな くて,見えざる」神 もしくはキ リス トが,その人間への愛 の故 に,救 いを成就 しようとこの世 に現 した 「見え る」一つの相 (カタチ)だ ったのである。

すなわち,ⅩP円 も魚 も共 にキ リス トもしくは神の自己限定 の相 (カタチ)だ ったのである。

しか し, なぜP円や魚でなければな らなか ったのだろ うか。今や迫害 の時代である。単純 に言葉 によって 「イエス ・キ リス ト」 を告 白す るなどとい うことが許 され るはず はなか った。無論, それで も告 白す る。 そ して,その告 白にはそれ相応 の危険を覚悟 しなければな らない。従 って,先ず,(丑同 じ信徒仲間には, それが何を意味す るかが理解 し合えて, しか も,異教徒 には全 く理解 で きないよう な何か特別 な意志 の伝達手段が求 め られていた ことだろう。次 に,(参異教世界 に宣教す る場合で も, ただ相互 にだけ理解 し合え るような記号や象徴 などを使用す ることによって,かえ って仲間意識や連 帯意識 を強 くし,一層効果的に布教活動を行 な うことがで きることに気付 いていたのではないだろ う か。

(C)この間の事情 を端的に物語 っているのは,三,四世紀頃に知恵 のあるローマの哲学者 の姿を借 りたキ リス ト像が造 られているとい う事実である。 ローマ人が理想像 として措 いて きたアポロやユ ピ テルなど, ローマの神 々の姿 まで もが借用 されていたという (12)0

無論, これ らのキ リス ト像が後代 のイコンにおいて表現 され るよ うな身体的な諸特徴を備えていた などとは考え られない。従 って,それ らは,当然,別 の意味を持 っていた。

このよ うな手法 は,おそ らく,(彰迫害者の追求 の目を晦 ま し,②異教徒 に仲間意識 を高めさせ,③ あわよ くば異教 の神 々に自分達 の真の神を取 って代 らせようとい う効果を狙 った もの と患われ る。最 初期のキ リス ト教徒 はあ くまで も平和裡 に世界をキ リス ト教化 しよ うと望んでいたのである。決 して 武力や暴力 によ って世界 を征服 しよ うとは考 えていなか った。事実, キ リス ト教が四世紀 にローマ世 界の宗教 になれた ことも自らの力によって獲得 した結果 ではなか った。 それは別 の権力か らや って き た。 キ リス ト教 は自らの力 によ って自らの地位 を獲得 したわけではない。そ こにコンスタンテ イヌス 大帝 の歴史的意義がある。 もっとも,公認宗教 にな ってか らのキ リス ト教 についてはまた別 の問題 と

して考えなければな らないだろ うが ‑

キ リス トの 「聖顔」

聖顔」 と呼 ばれ るキ リス トのイコンがある。 12世紀 にロシアのノヴゴロ ドで描かれたテ ンペ ラ画 で,現在, トレチ ャコフ美術館 に所蔵 されている画像 (77×71cm大 の もの)が最 もよ く知 られている。

大 きな光輪 の中に広 い十字架が措かれ, その円の中央 に真 っ正面 を向いた顔 だけが収 まっている。一 般 に,人物 などの顔 を大写 しに措 く場合 には,4分 の3正面 に措 くのが普通である (そ うでないと極 め て描 きに くい)。 しか し, この画像 は文字通 り真 っ正面を向いている

仏教 の禅宗絵画などに達磨や虎を描 いた ものがあ り, どち らか ら見て もこち らを脱んでいるよ うに 見え るので,八方幌み」 と呼ばれている図柄 の ものがある。「聖顔」 を このよ うな 「八方呪み」 と同 じ意図 に基づいて制作 された画像であると考え る人 もいる。 しか し, どのよ うに眺めて も,八方脱 み」 には見えない。

とまれ,聖顔」は,抽象的,一般的な人物像ではない。それが現実の人間への関心か ら措かれた特 定 の肖像画であることは明白である。実際に, そ う断定 してよい数 々の身体的特徴 を持 っている。す なわち,‑

①頭髪が中央で左右 にきちん と分 け られ, しか も,両肩 にまで掛か る長髪であること。

②髪の分かれ るところか ら数本の短 い後れ毛が垂れ,右 (または左) になびいていること (シナイ 山のイコンにこれはない)。

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③左 の眉及 び目がい くぶんつ り上 が っていて,必ず しも左右 が対称的で はない こと。

④鼻筋 が上下 に真 っす ぐ通 っていて長 く,見 よ うによ って は逆立 ち してい る 「魚」で もあ るかのよ うに見 え ること。

⑤両耳 が長 い髪 の毛 に覆われていて, ほとん ど見 えず, その形 を推測で きない こと。

⑥ 口は唇が きちん と閉 じられていて,丸 く円を措 くよ うに結 ばれていること。

(丑口髭 は大 き く八 の字 を描 き,濃 い頼髭 か ら続 く顎髭 が長 く喉元 まで覆 っていることo

このよ うな多 くの細 かい身体的特徴 を持 っている。それ らは,実 際の ところ,意図的 に」書 き伝 え られて きた もの としか考 え られないだろ う。事実,(丑最近, シナイ山のエカテ リニ修道院で発見 され ,6世紀 の もの と推定 された, 現存す る最古 のキ リス ト ・イコ ンの顔 も, 更 に, ② ギ リシアのデル フォイ近郊 にあ るホ シオス ・ルカスの教会堂 にモザ イ クで措 かれた11世紀 のキ リス ト像 の顔 な ども また, すべて この 「聖顔」 に酷似 した特徴 を持 っている (13)0

そ して,聖顔」後 に措 かれた多 くのキ リス ト像 の顔 もまた,多かれ少 なかれ,これ と同 じ特徴 を持 ち, その域 を脱 していない。

従 って,おそ らく,聖顔」は,それまでのキ リス ト像 が持つ キ リス トの顔 の諸特徴 を集約 した もの であ り,同時 に, これ よ り後 のキ リス ト・イ コンの顔 のモデル ともな った もので あると考 えて よいだ ろ う

キ リス トは, この 「聖顔」 のよ うな顔 を持 ったイェスと して, この地上 にその姿 を現 したのだろ う か。「聖顔」が このよ うに固定化 され るまで には,東方正教会 な どが 「聖伝」 と呼ぶ 「伝承」の長 い歴 史 があ る。 イエスの時代 にまで遡 るものさえ存在す る。様 々な伝承 が存在す るが, それ らの ほとん ど すべてがキ リス トの顔 はキ リス ト自身 によ って写 し出 された とす るもので ある。すなわち, それの一 つ一つ が人間 の手 によ って造 られた もので はな く,神 の働 きによ って 自然 に写 し出 された ものだ とい

うので あ る

無論, このよ うな伝承 は伝 え られて きた時代 や場所 によ って様 々に変化 した。そ して,膨大 なvar iationsを残 して いる。従 って, ここで は, ご く平均的な伝承 を取 り挙 げてみ る外 はない。また,当面

はそれのみで足 りる。 その限定 を負 いっつ,次 にい くつかの著名 な伝承 を取 り挙 げてみよう (14)

Ⅰ, イ コン伝承 も使徒的起源 を持つ。使徒 のルカが幼子 のキ リス トを抱 いて座 った処女 マ リアをモ デルに して,最初 のイ コンを措 いた とい うのであ る。 また, この伝承 に関連 してか,使徒 の うちで も 画 の達人であ ったルカが,神人 と して現 れたキ リス トの真 の原像 を画に描 いた とい う伝承 もある0

無論, これ らの作 品 は何一つ残 されていない。多分,ず っと後代 にな って, イ コ ンに神聖性 を付与 して権威付 けを行 な う必要 が生 じた時 に,使徒時代 にまで遡 って創 られた伝承であ ったろ う。 キ リス ト教 的 に言 えば,すべて, その神聖性 の存在 に関 して何 よ りの証拠 とな るのは,常 にそれが使徒的起 源 を持っ とい うことであ った (15)0

,14‑5世紀頃,フランスを中心 に 「ヴェロニカ伝説」が表面化 し,流布 して いる。キ リス トが十 字架 を背負 って ゴル ゴタの丘へ引かれて行 った時,Veronikaとい う名 の一人 の女性 が麻布 の タオル でキ リス トの顔 の汗 を拭 いた ところ,その麻布 の上 にキ リス トの顔 の像が写 って残 った とい う。以来, 聖 ヴェロニカはその聖顔 が刻印 されている麻布 を広 げ持 って人 々に示 している姿で描 かれて きた。 そ

して, この 「ヴェロニカ聖顔布」 は, キ リス トの似顔絵 の一つの源泉 と して, キ リス ト教美術 に重要 な位 置を 占めてい る。

もっとも,Veronikaとい う語 は,Vera(真 の)十ikona(画像)を意味す る合成語 で もあ り得 るの で, この伝承 自体 が意図的 に創 り出 された伝説 で あるに過 ぎない とも考 え られないわ けで はない。

そ してまた, この伝承 も様 々な別版 を持 って いるが, その どれを取 ってみて も, キ リス トの聖顔 の 原型 は 「人間の手 によ って造 られた もので はない」 と考 え る点 において共通 してい るので ある。

‑ 14‑

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Ⅲ,イェスの死体 を包 んだ とされ る 「聖骸布」(Shroud)にまつわ る伝承 も数が多 い。イエスは刑死 した後,亜麻布 で (ち ょうど 「か しわ餅」 のよ うに)上下 に包 まれて埋葬 され たが, この亜麻布 にイ エスの全身像, とりわ け, その顔 が はっきりと刻 印 され, それが聖遺物 と して後代 に伝 え られた とい

この聖骸布 が一躍有名 にな ったのは,最近 イタ リアの トリノで一般 に公開 され,科学 的な調査 を受 けた聖遺物 の亜麻布 が, このキ リス トの聖骸布 で はなか ったか と主張す る人 々が現れて以来 の ことで ある。無論,確固 と した証拠があ って聖骸布であ ると主張 されたわけで はな く, また, その反証 につ いて も同様 であ って,結局,謎 に包 まれたままなのであ るが, これに写 ってい る人間 の顔 が 「聖顔」

に酷似 して いるとい うことは一般 に言 われて きた ことである。本 当に似 てい るか どうか は (かな り主 観的な事柄 で もあ って)不 明で はあるが,原初 のキ リス ト像 は決 して 「人間の手 によ って造 られた も ので はない」 とい う信仰 に も似 た確信 の 目が,両者 を酷似 して いるよ うに見せか けて きたのか もしれ ない。

Ⅳ, このよ うな伝承 の中で最 もよ く知 られているの は,Mandylion(キ リス トが顔 を押 し付 けて, 自分 の顔 をそのまま刻印 した とい う麻布) のそれであ る。伝承 は次 のよ うにな っている。

EdessaAbgar王 は, ライ病患者 であ ったが,彼 の記録管理者 の‑ ンナ ン (アナニヤ) 杏, キ リ ス トにエデ ッサに来 て彼 の病気 を治 して くれ るよ うに要求 す る手紙 を持 たせてキ リス トの もと‑送 っ た。 ‑ ンナ ンは画家であ ったので, キ リス トが来 るのを拒 んだ場合 には, その 肖像画 を描 いて持 って 帰 るよ うに とも王 はハ ンナ ンに命 じていた。 ‑ ンナ ンが見出だ したキ リス トは大勢 の群衆 に取 り囲 ま れていたので,彼 は岩 の上 に登 り,そ こか らキ リス トを もっとよ く見て,肖像 画を措 こうと試 みたが,

しか し,成功 しなか った。「恩寵 を通 して変化 していたキ リス トの顔 は,記述 し難 い栄光 に包 まれてい たか らであ る。」‑ ンナ ンが肖像画を作 ろ うと望んでいるのを見て取 ったキ リス トは,水 を求 め,顔 を 洗 い,一片 の麻布 でその顔 を拭 いた。す ると, その上 に彼 の容貌が固定 されて止 め られた。 キ リス ト

はこの麻布 を‑ ンナ ンに与 えて,王の もとへ手紙 と一緒 に持 って行 くよ うに告 げた。 その手紙 の中で キ リス トは, 自分 はエデ ッサへ行 けないが,伝道 が終了 した時 には,弟子 の一人 を王 の もとに遣 わす ことを約束 している。 この肖像画 を受 け取 ったアブガル王 は, い くつかの病痕 がその顔 の上 に残 った けれ ど も,病気 の最 も厳 しい症状か らは癒 され ることがで きた。 キ リス トの約束 に従 って, ペ ンテコ ステの後, タッデ ウス (タダイ) とい う使徒 が エデ ッサにや って釆 て この王 を全快 させ,王 を改宗 さ せた。王 は この町の門の一つの上 か ら偶像 を取 り除かせて, その場所 に この神聖 な画像 を置かせ た と い う。

この麻布 (Mandylion)に写 ったキ リス トの顔 が一般 にacheiropoitos(人 間の手 によ って造 られ たので はない)と呼 ばれている 「聖顔」であ る.この語 の意味,すなわち,A (否定)+x Eip (辛) +7TO l去W (作 る)‑not made with handsか ら見れば,「ヴェロニカの聖顔布」も 「トリノの 聖骸布」 も, すべて 「アケイ ロポイエー トス」画像であ ることに変 わ りはないのだが, なぜか このマ ンデ ィ リオ ンだけが このよ うに呼ばれている。(上 に見て きた ロシア ・イ コンの 「聖顔」を このよ うに 呼ぶ場合 もあ る。)伝承 の成立史 か ら見 て,このマ ンデ ィ リオ ン伝承が最 も早 か った とい うことなのだ ろ うか。 そ して, この画像が後 の ロシア ・イ コンの 「聖顔」へ と発展 した とい うことなのだろ うか。

具体 的な歴史 の展開 につ いては,どの伝承 の場合 に も,ほとん ど不明であ るが,「アブガル王 に送 られ たイ コ ンに言及 している最 も古 い,そ して疑 問の余地 のない著者 とされているのは」,6世紀 のエ ヴァ ダ リウスであ り,彼 はその 『教会史』の中で,この肖像画を OeoT E UKT∂s EIha レ (神 に よ って作 られたイコ ン)と呼んで いるとい う(HistoriaecclesiasticaⅣ,27,PG96:2745‑2748)(16)

「アケイ ロポイエー トス」の意味

ー 15‑

(8)

「アケイロポイェ‑ トス」はどのような意味で使用 されて きたのだろうか。先ず,この語が新約文書 か ら引かれているのは明 らかな ことである。おそ らく,新約文書 との対応か ら使用 されて きた もので あろう。既 に新約文書 中に,同様 の意味を持 って,三回 はど現れている。先ずそれ らを確認 しておこ o

(1). マル コ14:58

この男 が 「わ た しは人間 の手 で造 った この神殿 を打 ち倒 し,三 日あれ ば,手 で造 らない (a‑

cheiropoi6ton)別 の神殿を建ててみせ る」 と言 うのを, わた したちは聞 きま した。 (最高法院でイ

エスに不利 な偽証 を行 な った者の証言)

.

(2).コ リン ト5:1

わた したちの地上 の住 みかである幕屋が滅 びて も,神 によって建物が備え られていることを,わ た したちは知 っています。人 の手で造 られたのではない (acheiropoiton)天 にある永遠 の住みか です。

(3). コロサイ2:ll

あなたがたはキ リス トにおいて,手 によ らない(acheiropoitai)割礼,つま り肉の体 を脱 ぎ捨て るキ リス トの割礼 を受 けたのです。

このように,新約文書中には僅かに三 ヶ所 しか見当 らないが, しか し, これ らの証言 を上 に見てき たその後 のキ リス ト像 などに関す る用法 と照 らし合わせてみ ると, この 「アケイロポイエー トス」の 語 が意味す る内容 は,次 のように明 らかである。

第一 に,物質的な世界の背後 に精神的な世界の実在が暗黙裡 に前提 されていること, 第二 に,精神的な ものは物質的な ものに自己を限定 してその姿 (倭) を現す こと,

第三 に,肉体 (物質) を持っ人間の側か らみると, この像 はその背後 に存在す る精神的な ものに出 会 うことがで きるための窓 にな っていること, これである。

それ故,人間 はキ リス トの画像を通 して,一層 よ く, キ リス トと出会 い, キ リス トか ら招かれ, 辛 リス トを愛 し, キ リス トか ら包 まれ, キ リス トに祈 り, キ リス トか ら救われ ることがで きる。すなわ ち, このよ うな意味での画像 は,絶対者 に向か って開かれた窓」 (それを通 して精神的な ものに出会 うことので きる窓) なのである。

そ して,「アケイロポイエー トス」のキ リス ト像 に見 られ るこの意味内容 は,そのまま,やがて東方 の正教会がイコンの うちに見出だす ことになるイコンの存在理 由その もので もある。 イコンは,東方 正教会 において,既 にその画像成立 の当初か ら 「アケイロポイエー トス」 とい う存在意義を守 り続 け て きた。 そ して, まさにそれが,東方正教会が伝統 を重視す る保守的な宗派であると言われ る理 由の 一つに もな っている。事実,東方正教会 は,787年 に開催 された第七回世界会議 (全地公会議)までの 教会会議 の決定 は, これを教義 として きちん と守 りなが ら, これ以降に開かれた世界会議の決定 は, これを認 めないまま今 日に至 っている。周知 のように,この第七回世界会議 (第二回ニカエア総会議) は,初 めて制限付 きなが ら, イコン崇敬 を公式 に認可 し,教義化 した会議で もあ った (17)

とまれ,「アケイロポイエー トス」のキ リス ト像 はそれまで断絶 していた精神 と物質 との間の越え難 い深淵 の上 に,両者 の交わ りを可能 にす る橋梁 を架 けてい ったのである。

旧約時代 は,神 も神 の世界 も見 ることはで きない,神 の国 と人間の世 との間には越 え得ない断絶が あると考え られていた (出エジプ ト33:20,3:6)。この断絶 の観念 は原初 のキ リス ト教思想 に も受 け 継がれ,やがて物質世界の肉体蔑視 にまで発展す る。例 えば,修道制 の父であったエジプ ト人のアン トニオス(ca.25ト356)は,食事を取 るなど,何 らかの肉体的機能を満足 させなければな らない度 に, いちいち赤面 していた という。 また,修道院の原点 とされ るエジプ トのテラペウタイ集団の人々は, 肉体的要求 は夜陰に値す ると考 え,誰一人, 日没前 に食事を した り,飲み物 を とった りしなか ったと

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(9)

い う。 ある者 は知識 を愛す る余 り, 三 日間 も食事 を断 った とも伝 え られて いる (18)。 肉体 は精神 に よって否定 され るべ き 「土 と血 の塊」であ るとみな され,精神か ら完全 に切 り離 されていたのであ る。

しか し,今や, キ リス トの画像が, アケイ ロポイェー トスな もので あるが故 に, まさにその故 に, この肉体 を, そ して,物質 の世界を肯定 してい く。 それ は,既 に受 け入れ られていた受 肉 (託身) の 秘儀 を補完 し,更 に一層深 めて い くものであ った。イェスとい う人 間がキ リス トにな ったので はない。

見えざるキ リス トが見 え るイエスとい う姿 を とって この地上 に出現 して,救 いの業 を成就 して くれた のである。 この受 肉の信仰 を貫 く論理 はまた, アケイ ロポイエー トスのキ リス ト像が受 け継 いで展開

してい った論理で もあ った。

そ もそ もの初 め,人間 は,神 にかた ど られ (image),神 に似 せて (likeness),創造 された (創世記 1:26,27)。人間 はだか ら,本来,神 の似像であ る。 しか し,人間 は自 らの罪 によ ってその似像 を喪失 した。 そ して,神 と断絶 した。 いま,人間 はこの神 の似像 を取 り戻 さなければな らない。 キ リス ト教 的に 言えば,信徒 の 日々の祈 りと信仰 の生活 は,少 しずつ, このイ以像 を取 り戻 して い く過程であ る。

そ して, アケイ ロポイェー トスのキ リス ト像 を通 して, その向 こうに, 日々の祈 りの うちに, 出会 う 真実 のキ リス トの姿 こそ,人間が回復すべ き本来 の神 の似像 なので あ る。「人間の手 によ って造 られた ので はない」と信 じなが ら,キ リス ト教徒達 は,おそ らく,そのよ うな祈 りと信仰 の 日常生活 の中で, キ リス トの画像 を措 き, キ リス トの画像 と向かい合 って きたので はなか ろ うか。無論, それ は,後代 にな ると多 く枝分かれ してい くよ うな信仰 の源流 の一 つなので はあ るが。

結語 に代えて

ナザ レのイエスは本 当にイ コンの 「聖顔」 に見 られ るよ うな特徴 を持 った容貌 を していたのだ ろう か。 そ もそ も, 史的イェスはどのよ うな顔 を持 っていたのだ ろ うか。最初期 の人 々は全 く何 も書 き残

していない。 そ して, それが措 かれなか ったの は, イエスがキ リス トと理解 され, キ リス トが神 と同 質の存在 と して崇 め られていたために, 旧約以来 の偶像禁止 に抵触 す ることを避 けたためであると一 般 には語 られて きた。

しか し,描 かれなか ったのは,む しろ,措 く必要 がなか ったか らで はないか,描 かれない ことによ っ て,かえ って,「キ リス ト ・イエス」の精神性 が高 め られてい ったので はないか,そ して,そ こに最初 期のキ リス ト教徒 の神 ・キ リス トに対 す る信仰 の有 り様 の特質 を見て とることがで きるので はない か, そ う考 えて よいだ ろ う。 また, そ う考 えなければな らないだ ろ う。事実,最初期 の釈迦 の場合 も また,太陽や菩提樹 によ って象徴的 に描 かれ ることはあ った と して も,決 してその貝体的な肖像画が 措かれ ることはなか った。 そ して,仏教 に偶像禁止 の律法 はない。

もしそ うであ るな らば,本来 のその高 い精神性 を維持 しなが ら,否む しろ,一層 よ く高 めなが ら, なおかつ, キ リス トの肖像画 を描 くには, どのよ うにすればよいのだ ろ うか。 それが, キ リス トの画 像を措 こうと望む者やキ リス トの画像 を必要 とす るよ うにな った者達 の最 も中心 的な課題 であ った こ

とだ ろ う こうして,「アケイロポイエー トス」 のキ リス ト像 が誕生 す ることにな る。

しか し, ヴェロニカの聖顔布 や トリノの聖骸布 な ども含 めた 「アケイ ロポイエー トス」 のキ リス ト 像 に,最初 か ら備わ っていた身体的特徴 を集約す るよ うに しなが ら, イ コンの 「聖顔」 はその肖像性 を確立 して きたのだろ うか。 (この見方が最 も一般的で はあ るのだが)。 それ とも,先ず成立 した 「 顔」 の持っ 肖像性 (身体的特徴) を歴史上 に正 当化す るために,様 々な 「アケイ ロポイエー トス」的 な伝承 が創造 されて きたのだろ うか。もし 「聖顔」の肖像性が史的 イエスにまで本 当に遡 れ るな らば, カ トリック教 会 のキ リス ト像 もまた, これ と同様 の身体 的特徴 を示 す はず で あろ う。 しか し, カ ト リック教会史 のキ リス ト像 にそのよ うな特徴 はほとん ど現れていない。従 って,現在 の ところ,両者 の内的な関連性 や伝承史的な先後 関係 は, ほとん ど何 も分 か って いない と言 って よいだ ろう

ー 17‑

(10)

もっとも,そのよ うな ことは分 か らな くて よい。また,分 か る必要 もない。仮 に歴史的な考察 によっ て, その ことが明 らか にな った と して も, それによ って 「アケイ ロポイェー トス」 の信仰が揺 らぐこ とはないだろ う。 また, この信仰が働か な くな るとい うこともあ るまい。 いま実際 に問題 なのは歴史 的思惟 による過去 の事実 の確認で はないか らである。 「人間の手 によ って造 られたので はな く, 神 に よ って造 られた」(すなわち,おのずか ら描 き出 された)とい うことが,歴史的な事実であ ったか否か とい う問いは意味のない ものであ る。我 々は,かつてそ う信 じた人 々がいた とい う事実 を確認すれば 足 りる。 そ して, その信仰が どのよ うな行動 を可能 に したか。 また, その行動 はどのよ うな文化 の形 成 を可能 に したか, そ う問わなければな らない。 ここで は,歴史 的理性 に対 して常 に倫理的理性 が優 位 しなければな らないのであ る。信仰 の内容 (例 えば,処女降誕 や復活 な ど)が歴史的な事実 であ っ たか否か とその正誤や真偽 を歴史学 的に判定す るような努力 は虚 しい ものであ り, つ ま らない もので あろ う。我 々に とって大切 な ことは,先ず, その信仰 の真実 の有 り様 を把握 した上で, それが どのよ うな意志規定 の根拠 と して働 いて きたか, また, どのよ うな文化 を形成す る原動力 とな って きたか と い うことを,歴史的な問 い と してで はな く, どこまで も実践倫理 的な問 い として,考 えてい くことで なければな らない。 「アケイ ロポイェ‑ トス」 伝承 を残 して きた人 々は, それが まさに 「人間の手 に よ って造 られたので はな く」描かれたキ リス トの画像であ ることを少 しも疑 って はいなか った し, ま た, その信念 に基づ いて行動 し, その行動 によ って新 しいキ リス ト教文化 を生 み出 して きていたはず だか らであ る

信仰的 な伝承文化 の場合,倫理 的思惟 は常 に歴史的思惟 に優先す る。事実,例 えば,新約文書 を書 き残 した最初期 のキ リス ト教徒 は, おそ らく,誰 もが, この 自分で はな く, 自分 の うちに宿 っている 神 の霊が書 いてい ると信 じていた。実際 に書 いているの は現実 の人間であ って も,本 当に書 いてい る の は神 の霊 であ るとい うので ある。記者 自身 にとってす ら作者 は神であ って人間で はなか った (19)

同様 に, キ リス トの 「聖顔」 を模写 してい る人 々 も, オ リジナルは人間 の手 によ って造 られた もの で はな く, また,実際 に描 いてい るの も, この人間である自分 で はな く, 自分 の うちに宿 って働 いて いる神 の霊 で あ ると信 じていた ことだろ う。 そ して更 に, そのよ うに して出来上 が った画像 と向かい 合 った人 々 もまた, おそ らく, 自分 が祈 っているこの画像 は,人間の手 によ って造 られた もので はな

い と信 じて, この 「窓」 の向 こうに存在す るキ リス トと向かい合 っていたに相違 ない。

もしそ うであ るな らば, その ことは我 々に次 の ことを教 えて くれ るだ ろ う。す なわ ち, ナザ レ人の イエスがやがてキ リス トとされたので はな く,見 えざるキ リス トが見え るイェスの姿 を取 って この世 に現れた,‑ 「アケイ ロポイエ‑ トス」 のキ リス ト像 を残 して きた人 々は, その信仰 に生 きて いた 人 々であ った とい うことで ある。 もし人間のイェスがキ リス トとされたのであ るな らば, イエスはど

う して麻布 に己れの顔 を,何 も使 わず に,刻印す ることがで きたのだ ろ うか。

従 って, ナザ レのイェスが, なぜ キ リス トとされたのか とい うプロテス タンテ ィズム的な問題提起 は, それがキ リス ト教信仰 の起源 を歴史 的 に解明 しよ うとす る意図 を持 って行 なわれ る限 り, 明 らか に間違 ってい る。 このよ うな両者 の先後関係 とい う発想 に立っ な らば,それ は,「キ リス ト」 と 「イエ ス」とを二分 して考察す ることにな り,「キ リス ト・イエス」とい う統一的 な一つ の出来事 の本質 を捉 え ることは決 してで きないだ ろ う

キ リス ト・イェスの意義 は, イエスの過去 の諸行為 を認識 す ることにあるので はない。人類 の未来 の完成 を待望す ることにある (ロマ5:ト5,8:18‑25)。史的 イエスにつ いて, どれ ほど歴史的認識 を 深 めよ うとも, それによ って イエスがキ リス トにな るわ けで は決 してない。 キ リス ト ・イエスは現在 に 「復活」 してい るもの と して,明 らかに,歴史的研究 の対象以上 の ものであ り,以外 の ものである。

聖書 の中 に我 々を招 き入 れ ることによ って世界 の完成 に生 きる存在 なのだか らである。

無論,歴史学 的 に見れば,決 して このよ うなキ リス トのイエスが過去 に実在 していたわ けで はない

ー 18‑

(11)

だ ろ う。 ただ初期 のキ リス ト者 の うちに,彼等 が そ こにお いて生 きかつ死 ぬ ことの原理 と して働 き続 けて いたに過 ぎな い。 しか し, その ことが彼等 にはまさに決定 的 な ことで あ った。 そ して,現代 のキ リス ト ・イェス理解 に とって も, 同様 に決定 的 な ことなので あ る。

「キ リス ト ・イエス」はその画像 を通 して向か い合 う者 を抱 き込 みなが ら,一 つ の統一 的 な出来事 と して生起 し,彼 を 「主 と同 じ姿 (eikan)に造 り変 え る」よ うに働 き続 けて きた (Ⅲコ リ 3:18)。そ して, いま も働 いて い る。 これか らも働 き続 け ることだ ろ う。復活 した 「キ リス ト ・イエス」 と して 未来 の世 界 (神 の国) を今 に実現 すべ く, いま もこれか らも働 き続 けて い く。我 々 は, その 「働 き」

の実 際 を 「復活」 と呼 ぼ う。「復活」 とい う神秘 的 な信仰 内容 は, この よ うに未来 の完成 に生 きる倫理 的 な働 きが現実 にいま存在 して い ることと して理解 したい。

「キ リス ト ・イエス」は既 に固定 して しま って,歴史 的理性 に無 限 の分割 を許 す よ うな過去 の出来事 で はな い。絶 えず未来 に成就 され る神 の国 を 目指 して生起 し続 け,実践倫理 的 に未来 を現在 に呼ぶ 出 来事 なので あ る

た とえ,今 日の歴 史的思惟 が どれ ほど厳格 に否認 しよ うとも,倫理 的思惟 か ら見 れば, キ リス ト者 の生 と死 との原理 と して働 いて きた 「イェス ・キ リス ト」 の ほ うこそ,現代 の歴史 的思惟 が思 い描 く 貧相 な史的 イェスよ りも, はるか に 「実在 的」 で あ る。 キ リス ト教徒 の生死 に働 く原理 とい うこの唯 一 の キ リス ト ・イエスの出来事 を正 しく理解 す るために は,何 よ りも先 ず, その新 しい 「倫理 的実在 論」 に 目を開 かな ければな らないだ ろ う。 目を遮 られて いて, この復活 の イェスを認 め る ことがで き なか った二人 の弟子 も, やがて イエスの ことば とわ ざ とによ って 「目が開 かれて, それが (復活 の) イエ スで あ る ことが分 か った」 のであ る (ル カ24:31) (20)

(H.8.1.4.)

(1)拙稿 「新約正典の倫理

(秋田大学教育学部研究紀要,第36集』所収,1986.)P.22以下参照。

(2)G.タイセン 『イエス運動の社会学』,荒井献 ・渡辺康麿訳, ヨルダン社,1981,P.17以下。 ここには 「キ リス ト」 という用語がほとんど見当らない。「メシア」の語 も僅かである。

(3)山形孝夫 『聖書の起源』,講談社,昭和51 (4)田川建二 『イエスという男』,三一書房,1980

(5)久米明 「ことばの霊能者イエス

(現代思想』,1984,γol.12‑7,社会思想社)。

(6)下村寅太郎 『アッシシの聖フランシス』,南窓社,昭和40,P,470

(7)ェーベル‑ル ト・ユンケル 『死』,蓮見和男訳,新教出版社,1972,P.174,182

(8)大島康正 『実存倫坪の歴史的境位』,創文社,昭和31,P,802

(9)拙稿,前掲書,P.21以下参照。

拙稿 「殉教者宗教 としてのキ リス ト教

(秋田大学教育学部紀要,第33集』所収,昭和58)および拙稿 「 教の 「キ リス ト論(同紀要 『35集』所収,1985.)参照。

(ll) 鐸木道剛 ・志村忠士 『イコン ビザンティン世界か らロシア, 日本へ』,毎 日新聞社,1993,P.20‑21

(12) 前掲書,P.21‑220

(13)前掲書,P.32‑33

(14) ここか らの記述は次の書物を参考にした (ここまでに既に言及 した書物は除いてある。)

① 『新版 黄金伝説 抄』,ヤコブス ・ア ・ウォラギネ著,藤代幸一訳,新泉社,1994

② 『守護聖者 人になれなかった神々,植口重雄著,中公新書,19910

③ 『最後の奇蹟 トリノの聖骸布』,イアン ・ウィルソン著,木原武一訳,文塾春秋,1985

④ 『聖書とイエスの奇蹟(別冊歴史読本),新人物往来社,1995

ー 19‑

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