企業が会計基準に従って算出、開示している財務情報等は、利害関係者の 重要な意思決定手段である。新しい会計基準が導入される場合、企業に求め られる情報内容や量等は変わるので、この変化に対応して利害関係者が行動 をどう変えるか予測しながら、企業は行動を決めなければならない。現在、
導入が議論されている
IFRS(国際会計基準)は、現行の日本の会計基準と
異なっている点が多い。そこで本稿では特に、金融商品会計の変更に注目し、多額の金融商品を保有する銀行が
IFRS
導入でどのような影響を受けるか具 体的に示し、それに基づいて行動を変えるべきかどうか株価の面から考える。第1節で先行研究を紹介し、第2節で
IFRS
の金融商品会計に関する概要、銀行の受ける具体的な影響を述べる。第3節ではこの影響に基づき、銀行株 価に関する分析を行う。第4節は結論である。
株価からみた銀行の 有価証券保有に関する考察
― IFRS 導入に向けての有価証券保有―
有 岡 律 子 *
*福岡大学経済学部
−225−
( 1 )
1.先行研究
IFRS
特集の雑誌や書籍が多数出版され、IFRSが銀行に与える影響として 概説を述べたようなものは存在するものの、データを用いた深い分析はまだ 蓄積されていない。株価と利益の関係については、前提とするモデルや分析 手法、説明変数の選択、いつの時点での株価を用いるかで様々な研究がある が、例えば、包括利益と純利益について属性、有用性を考察するものとして、大日方(2008)がある。そこでは利益の持続性や適時性、有用性について分 析されているが、銀行に限定した分析とはなっていない。
一方、会計処理の変更が株価に与える影響を分析した研究は米国を初め、
多数あるが、会計処理の変更として、例えば棚卸資産の評価方法や減価償却 の方法、工事に伴う収益計上方法の変更等を取り扱ったものが多い。銀行に 注目すると、例えば宮田・近(1999)は銀行の会計処理変更の株価に与える 影響をパネル・データにより分析している。処理変更で新たに付加された情 報の影響を分析しており、既に開示されている数値から概数計算できる項目 の影響を推測したものではない。また、白田(2005)は会計制度改革の影響 を株価ではなく財務数値の変動に注目して分析している。
本稿は、銀行に限定し、新しい会計制度の導入による影響について株価分 析をもとに考え、新制度の意義を確認するものである。
2.IFRSについて
2‐1
IFRS
による変更IFRS
は資産負債アプローチ、原則主義を基礎とし、財務諸表形式の変更 を提案している。従来の収益費用アプローチから資産負債アプローチへの変 更は、利益概念の変更をも意味する。現行では収益と費用の差額として純利−226−
( 2 )
益を計算し、貸借対照表の純資産に振り替えているが、新しい基準のもとで は貸借対照表の純資産の期首と期末の差額を利益とするのである。すなわち、
純利益から包括利益への変更である。新たな利益概念である包括利益は純資 産の期首から期末の増分であり、資産の評価差額が含まれる。具体的には、
純利益に少数株主損益、未実現の有価証券損益や為替換算調整勘定、未実現 のデリバティブ損益等を足したものであるため、有価証券や為替、デリバティ ブの時価の変動が問題となる。
IFRS
は金融商品会計の変更をも提唱している。銀行の貸借対照表項目の 大半が金融商品1であるが、資産項目において、今回の変更は、有価証券の 分類や価値の測定、評価に伴って発生する差額の扱いの変更を含んでいるた め、銀行に大きな影響を及ぼすものと考えられる。特に焦点となるのは、現 行基準で「その他の有価証券」に分類されている、いわゆる政策保有株式(持ち合い株など)と満期保有目的には分類されない債券である。詳細は後 で述べる。
一方、金融負債については、時価評価益の取り扱いが議論されていたが、
2010年10月29日付日経新聞によれば、
IFRS
をつくる国債会計基準審議会(IASB)は、10月28日に評価益計上の手法を認めないこととした。米国では 金融負債(社債など)も時価評価し2、社債などの市場価値が下落したとき、
債権者への支払い義務が減少したとみなし、その分を利益に計上する処理が
1現金預金や貸出金等の金銭債権、有価証券等の金融資産、借入や社債、買掛 金等の金融負債、先物や先渡、オプション、スワップ等のデリバティブをい う。
22009年の1−3月期の米国大手金融機関の決算における負債評価益はシティ が27億ドル、バンク・オブ・アメリカが22億ドル、JPモルガン・チェース が4億ドルだった。もし、この評価益がなければ、シティは11億ドルの赤字、
バンク・オブ・アメリカの利益は半減していた。差の解消が今後課題となろ う。
株価からみた銀行の有価証券保有に関する考察(有岡) −227−
( 3 )
0
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 0.1
0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7
貸出 有価証券
認められてきた。しかし、投資家の受け止め方と違うとの批判から、IASB
は認めないことにしたようである。2‐2 金融商品会計と利益
銀行の資産のうち、貸出金と有価証券の占める割合の推移をみると、有価 証券での運用割合が高まっている(図表2−1)。残高も増加傾向にあるが
(図表2−2)、その内訳を見ると株式の減少、国債の増加傾向が読み取れる
(図表2−3)。2001年3月期より時価会計が導入された(全面的には2002年 3月期より)現行基準3では有価証券を保有目的で分類し、評価の基準、評 価差額の取り扱いが定められている(図表2−4)。有価証券についての損
3金融資産(有価証券)、デリバティブが時価評価の対象である。時価会計導 入前は有価証券を原則、取得原価で評価しており(低価法の適用を認める証 券もあった)、売却時に損益を認識していたが、企業の実態を正しく伝えて いないのではないかとのことから、時価評価が導入された。
図表2−1 貸出金および有価証券の総資産比率 全国銀行
全国銀行協会 全国銀行総合財務諸表(単体)より作成 3月期末時点
−228−
( 4 )
−0 50 100 150 200 250
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
その他 株式 社債 地方債 国債
−
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 0.100
0.200 0.300 0.400 0.500 0.600
国債 地方債 社債 株式 その他
図表2−4 有価証券の分類と評価
分 類 評価基準 差 額
売買目的 公正価値 評価差額は損益(
P
/L
)に計上 満期保有目的 償却原価 減損は損益(P/L)に計上 売却可能(その他有価証券(持合株式、国債など)) 公正価値 減損は損益(P/L)に計上
評価差額は純資産の部(B/S)に計上 図表2−2 全国銀行の有価証券保有高
全国銀行協会 全国銀行総合財務諸表(単体)より作成 3月期末時点
図表2−3 保有有価証券の内訳
全国銀行協会 全国銀行総合財務諸表(単体)より作成 3月期末時点
株価からみた銀行の有価証券保有に関する考察(有岡) −229−
( 5 )
益は、売買損益、評価差額、減損がある。まず売買損益だが、すべて当期損 益に入れる。次に、評価差額だが、有価証券が売買目的であれば損益に組み 込まれるし、売却可能な有価証券(その他有価証券)に分類されるものは純 資産の部に計上される。評価に用いられる公正価値とは、市場性のあるもの についてはその市場価値を、市場性がないものについては比準価格や理論価 格算定値などをいう。減損は、時価等が著しく(50%程度)下落したときに 計上される評価損で、売買目的有価証券以外の有価証券について、時価があ る場合は、回復する見込があると認められる場合を除いて時価で評価し、評 価差額を当期の損失として計上する。時価がない場合は、株式については、
当該株式の実質価額(一株当たりの純資産額)が著しく低下したときは相当 の減額をなして、当期の損失とし、債券については、信用リスクに応じた償 還不能見積額を算定して処理する4。
一方、
IFRS
案では、有価証券を「公正価値による測定」「償却原価による 測定」の2つに分類している。売買目的の有価証券、満期保有目的の有価証4金融危機に対応して一時的に時価会計の運用が見直された。サブプライム問 題に端を発する大規模な金融商品市場の混乱により、2008年10月28日に企業 会計基準委員会(ASBJ)は「金融資産の時価の算定に関する実務上の取り 扱い」の公表し、時価の概念を公正な評価額とし、市場価格、市場価格がな いと思われる場合やふさわしくない場合などは合理的に算定された価額(理 論価格)とした。これを受けて、三重銀行は2008年9月中間期決算で変動利 付国債の時価を合理的に算定された価額で評価したが、同じ変動利付き債で も、金融機関で算定値が異なる可能性がある、理論価格を採用した旨だけ記 せばよいので、どの債券に適用したのかはわからない等の問題点がある。
また、債券の保有目的区分について、原則、取得当初の保有目的の変更を認 めていないが、米国や欧州で区分変更が認められるようになったのを受けて、
わが国でもその変更が検討され、2008年12月5日の実務対応報告第26号「債 券の保有目的区分の変更に関する当面の取り扱い」で、制限はあるものの、
認められる変更は時価評価から取得原価評価に変更する意味合いも含んだ3 種類が認められた。ただし、2010年3月末までの適用とされた。
−230−
( 6 )
券については現行同様、各々公正時価、償却原価での評価となるが、問題は 売却可能な有価証券(その他有価証券)に分類されているものである。当初、
株式は公正価値で評価し、評価差額はすべて当期の純利益に反映させること となっていたが、日本でその金額が大きいことが考慮され、当期の利益に計 上するか、あるいはその他包括利益として資本計上するか選択できることに なった。前者を選んだ場合は、当該株式を売却するときの損益は純利益に組 み込むが、後者の選択をした場合、売却時に発生する損益は純利益への組み いれができない。いわゆるリサイクリングができないため、益出しのための 売却ができないことになる。債券については、公正価値で評価されるか償却 原価で評価されるかである。償却原価採用の2要件5を満たすものは原則、
償却原価評価に分類されるものの、一定の条件の下で、公正価値で評価する ことが許容されるようである。公正価値による場合は、評価差額は純利益に 反映される。現行基準にある売却の制限は緩和されるので、益出しには使い やすい。
問題となる「その他有価証券」であるが、株式、債券、その他に分類され る。株式は持ち合い株などのいわゆる政策目的保有株式が大半であるとみら れている6。債券は国債が多い。2010年3月期の主要行7データによれば、そ の他有価証券141兆円余り(時価)のうち、株式は11兆、債券86兆、その他
5①ビジネス・モデルが契約上のキャッシュ・フローの回収を目的とするもの であること②契約条件が一定期日における元利のキャッシュ・フローのみを 生じさせるものであることである。
62010年3月期から、有価証券報告書のコーポレート・ガバナンスの状況にお いて、純投資目的以外の保有株式のうち、大口のものについて、その保有目 的、株式数、貸借対照表計上額等を開示することになった。
7みずほフィナンシャル・グループ、三菱
UFJ
フィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャル・グループ、りそなホールディングス、住友信託銀 行、中央三井トラスト・ホールディングス、新生銀行、あおぞら銀行のこと である。
株価からみた銀行の有価証券保有に関する考察(有岡) −231−
( 7 )
30兆で、金額的には債券が最も多いものの、時価と取得原価との評価差額の 大半は株式に関するものであるため(図表2−5)、政策保有株式の保有高 をどうするかは検討課題である。評価差額は、主要行ベースで当期純利益の 1.6倍と、一般的に当期純利益に比べて規模が大きいため、今般の差額の処 理変更は銀行の利益を大幅に変えることになる。また、銀行は自己資本比率 規制に従わなければならないが、利益の扱いの変更は中核的自己資本
(Tier1)との関係でも重要である。
さて、現行のその他の有価証券に含まれている政策保有株、債券について、
新たな基準の下では評価方法や差額の扱いの選択により、組み合わせが4パ
図表2−5 主要行2010年3月期 その他有価証券時価と評価損益 単位:億円
その他有価証券時価 単位億円 その他有価証券評価損益
純資産 当期 純利益
Tier1
株式 債券 その他 全 体
株式 評価 損益
債券の 評価 損益
その他 評価 損益
全体
みずほ
FG
28,981 317,596 86,864 433,443 3,409 742 −1,395 2,756 58,371 2,394 51,734 三菱UF JFG
42,774 433,767 127,523 604,064 6,818 1,171 138 8,127 112,995 3,887 100,096 三井住友FG
23,904 37,189 50,373 248,718 4,110 1,237 518 5,864 70,008 2,716 60,323 りそなHD
4,746 7,460 3,337 15,543 1,301 −91 −3 1,206 22,719 1,322 20,786 中央三井トラスト・
ホール ディングス
5,480 19,071 11,842 36,393 730 −37 −223 470 8,466 468 7,424
住友信託 4,919 16,183 15,046 36,148 651 254 38 943 14,499 532 12,663 新生 157 23,320 3,136 26,613 −21 −12 120 88 6,350 −1,402 あおぞら 12 8,462 3,523 12,000 0 56 −18 39 5,387 83 5,294 合計 110,973 863,048 301,644 1,412,922 16,998 3,320 −825 19,491 298,795 10,001 各行の有価証券報告書、ディスクロージャー誌より作成
−232−
( 8 )
ターンある(図表2−6)。ここで、純利益と包括利益が問題となるが、包 括利益は、収益から費用を差し引いて計算される純利益に少数株主損益、未 実現の有価証券損益や為替換算調整勘定、未実現のデリバティブ損益等を足 したものである。既に現行基準で金額が計上されているものも多く、これら をもとに、新基準で全面的に打ち出される包括利益を計算できる。銀行の場 合、他の項目に比べて未実現の有価証券損益が大きいことから、本稿では純 利益(Net Income : NI)に未実現の有価証券損益を足したものを包括利益
(
Comprehensive Income : CI
)とした。未実現の有価証券損益として、具体 的には純資産の部に計上されている「その他有価証券評価差額」の期中変動 額(その他包括利益Other Comprehensive Income : OCI
)を用いている。な お、税額は考慮していない。包括利益が同額でも、純利益とその他包括利益の内訳が異なることを主要 行の2010年3月期のデータを使って例示する(図表2−7)。利益をもとに 意思決定をする投資家にとって、利益の計上額、期間配分、内訳等が異なる ことは重要な問題である。もし、純利益や包括利益等で例えば株価に及ぼす 影響の程度が異なるのであれば、有価証券の評価方法、差額の処理の選択は 銀行にとって重要である。
図表2−6 売却可能有価証券(その他有価証券)について
現 行 新基準
評価 差額 評価 差額
政策保有株式
公正価値 純資産
公正価値
NI OCI
債券 公正価値
NI
償却原価 −
NI:純利益 OCI:その他包括利益
株価からみた銀行の有価証券保有に関する考察(有岡) −233−
( 9 )
3.分 析
純利益、包括利益、その他包括利益の定義は前述の通りである。現行の ルールに基づいて計上される値から計算されるこれらが、投資家の意思決定 に用いられているかを株価の変化を見ることで検討し、新ルールでの利益計 上の意義を考える。
3.1 純利益と包括利益の推移
全国銀行の2006年3月期から2010年3月期のデータをもととする純利益と 包括利益の推移は図表3−1〜図表3−5で示される。包括利益のほうが変 動幅は大きい。都銀、地銀、第2地銀で分けてみると、第2地銀の純利益以 外は2006年から2009年にかけて、純利益、包括利益はすべて減少し続け、
2010年に増加に転じている。2007年夏ごろからのサブプライム問題、2008年 9月のリーマン・ショックによる金融商品の時価下落、その後の金融市場の
図表2−7 売却可能証券(その他有価証券)の取り扱いと利益の関係 単位:億円
現 行 新 基 準
評 価 差額 評 価 差 額 パターン1 パターン2 パターン3 パターン4 政策保有
株式
公正価値 純資産 公正価値
NI
(+16998) ○ ○
OCI
○ ○債券 公正価値
NI
(+3320) ○ ○
償却原価 − ○ ○
NI
10,001 30,319 26,999 13,321 10,001OCI
26,929 6,610 9,930 23,608 26,929CI
36,929 36,929 36,929 36,929 36,929各行の有価証券報告書より作成
CI:包括利益
−234−
( 10 )
−8,000,000
−6,000,000
−4,000,000
−2,000,000
0 2006 2007 2008 2009 2010
2,000,000 4,000,000 6,000,000 8,000,000
当期純利益
当期純利益+有価 証券期中変動
−5,000,000
−4,000,000
−3,000,000
−2,000,000
−1,000,000 0 1,000,000 2,000,000 3,000,000 4,000,000 5,000,000
2006 2007 2008 2009 2010
当期純利益 包括利益
−1,500,000
−1,000,000
−500,000 0 500,000 1,000,000 1,500,000 2,000,000
2006 2007 2008 2009 2010
当期純利益 包括利益 図表3−1 全国銀行
NI
とCI
全国銀行協会 全国銀行総合財務諸表(連結)より作成 3月期末時点
図表3−2 都銀
NI
とCI
全国銀行協会 全国銀行総合財務諸表(連結)より作成 3月期末時点
図表3−3 地銀
NI
とCI
全国銀行協会 全国銀行総合財務諸表(連結)より作成 3月期末時点
株価からみた銀行の有価証券保有に関する考察(有岡) −235−
( 11 )
−600,000
−500,000
−400,000
−300,000
−200,000
−100,000 0 100,000 200,000 300,000 400,000
2006 2007 2008 2009 2010 当期純利益 包括利益
−5,000
2006 2007 2008 2009 2010
0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000
全国 都銀 地銀 地銀2
回復傾向を受けていると思われる。2009年の地銀の両利益の格差は著しいが、
ここ5年において地銀は都銀や第2地銀に比べると、資産のうち有価証券で の保有割合が高かったことから、金融市場の冷え込みの影響を大きく受けた と考えられる。有価証券での運用割合が多いと、利益の分散が大きいことに 留意しなければならない。
図表3−4 第2地銀
NI
とCI
全国銀行協会 全国銀行総合財務諸表(連結)より作成 3月期末時点
図表3−5
CI/NI
全国銀行協会 全国銀行総合財務諸表(連結)より作成 3月期末時点
−236−
( 12 )
3. 2 利益の持続性
主要行の2004年3月期から2010年3月期のデータを用いて分析した。その 他有価証券評価差額の計上が全面導入されたのは2002年3月期からであるた め、初めの2年間は新制度導入の影響が入ることも考慮し、2004年からの データを利用している。
まず、経常利益、純利益、包括利益が各々次の期の値の予測に役立つのか みるために、当期の値を前期の値で回帰した。特別な活動に伴うものが含ま れる純利益よりも経常利益のほうが、有価証券の時価の変動の影響を受けや すい包括利益よりは純利益のほうが持続性は高く、次の期の値の予測に資す ることが予想される。図表3−6によれば、確かに、回帰係数は大きいもの から経常利益、純利益、包括利益の順となっている。なかでも経常利益は、
持続性について1%の水準で有意となっている。ただ、自己回帰は有意に出 やすいことから、経常利益について前期からの増分を被説明変数、前期の値 を説明変数とした単位根検定を行なったところ、前期利益の係数は0である という帰無仮説が採択された8。したがって、経常利益でさえも次期予測に 役立つとは言いにくい。
8係数の
t
値は−4.95282、サンプル数48である。図表3−6 利益の持続性
回帰係数
t
値P
値 決定係数 データ数 経常利益 0.456*** 4.154 0.00014 0.272 48 純利益 0.148 1.355 0.182 0.038 48 包括利益 0.129 0.755 0.455 0.015 40*** 1%水準で有意
株価からみた銀行の有価証券保有に関する考察(有岡) −237−
( 13 )
3. 3 利益と株価
上述の主要行の2004年3月期から2010年3月期のデータを用いて分析した。
個別の株価は各々の決算情報開示日の終値9等を用いている。ただし、株価 は株式分割の影響を調整したもので、継続性の維持を図っている。また、あ おぞら銀行は再上場後、三菱
UFJ FG
については、合併後の株価を用いてい る。包括利益の構成要素である純利益、「その他有価証券評価差額」の期中 変動額(本稿ではその他包括利益に該当)の情報はすでに開示されてきたこ とから、それらが株価に影響していたかを見ることで、包括利益の影響の有 無を検討する。前期株価と当期株価の比較
前期の開示日株価と今期の開示日株価より算出した株価パフォーマンス
(収益率)を被説明変数、期首資産総額に対する
NI
、OCI
、CI
を説明変数と して回帰すると、すべての係数が1%水準で有意となった。それぞれの利益 は株価に正の影響を与えている。決定係数の大きさによれば、NIのみ、OCI のみ、CI
のみ、そして、NI
とOCI
の両方を考慮したときの順で説明力が高 まる。純利益率よりもその他包括利益率の係数のほうが大きいことから、1 年のタームでの株価上昇の点からは、後者が大きく出やすい有価証券の評価 方法を選択すると、評価益が出ている場合は好ましいことになる。発表日株価と翌営業日、5営業日後の株価の比較
利益情報の開示が株価に反映されるのか検討した。開示の翌営業日後、5 営業日後の株価パフォーマンスを被説明変数、期首資産総額に対する
NI
、9開示は後場終了後行われることが一般的であるため、開示直前の株価として 開示日の終値を採用した。なお、開示日は5月中旬から5月下旬にわたり、
年々早まる傾向にある。
−238−
( 14 )
OCI
、CI
を説明変数として回帰したところ、開示から日がたつと利益の説明 力は乏しくなった。翌営業日のパフォーマンスをみると、決定係数は小さい ものの、CI
、NI
の係数はともに正で、NI
の係数がより大きく、株価にポジ ティブな影響を与えている。NIとOCI
を入れた重回帰式では、NIの係数は 有意であるものの、OCIの係数は有意とはならず、しかも符号はマイナスと なっている。図表3−7 前期比株価パフォーマンスと利益率
(係数の単位 百万円)
回帰係数
t
値P
値 決定係数 データ数NI
22.122*** 3.364 0.0018 0.244 37OCI
32.98*** 3.742 0.0006 0.286 37CI
24.557*** 5.73 1.75E
‐06 0.484 37NI
20.846*** 3.843 0.00050.502 37
OCI
31.369*** 4.195 0.0002*** 1%水準で有意
図表3−8 開示翌営業日、5営業日後の株価パフォーマンスと利益率
(係数の単位 百万円)
回帰係数
t
値P
値 決定係数 データ数翌営業日
NI
1.636*** 2.706 0.01 0.146 45OCI
−0.035 −0.039 0.969 3.48E
‐05CI
0.989** 2.024 0.049 0.087NI
1.65** 2.69 0.01 0.147OCI
−0.232 −0.271 0.7885営業日後
NI
1.258 0.881 0.161 0.045 45OCI
1.574 1.274 0.21 0.036CI
1.262* 1.861 0.07 0.075NI
1.169 1.327 0.192 0.075OCI
1.435 1.167 0.249***1%水準で有意、**5%水準で有意、*10%水準で有意
株価からみた銀行の有価証券保有に関する考察(有岡) −239−
( 15 )
開示前株価と発表翌日株価の比較
利益情報について概数が事前に漏れ伝わることも多いため、開示日以前の 株価と発表翌日の株価との比較も行った。開示情報が事前に漏れ伝わってい る場合や、驚きをもって受け止められるほどの情報でない場合は株価に影響 しないことになる。開示1ヶ月前と比べた株価パフォーマンスを被説明変数、
期首資産総額に対する
NI
、OCI
、CI
を説明変数として回帰したところ、係 数の符号はいずれも正で、利益が株価にポジティブであるものの、有意性、決定係数はともに低い。開示の1ヶ月半から2ヶ月程度前の3月末時点と比 べた株価パフォーマンスを被説明変数、期首資産総額に対する
NI、OCI、CI
を説明変数として回帰した場合も同様である。開示された利益情報はこの短 期間においては株価に影響を及ぼしているとは言いにくいようである。図表3−9 開示1ヶ月前、3月末時点からの株価パフォーマンスと利益率 回帰係数
t
値P
値 決定係数 データ数開示1ヶ月 前株価との 比較
NI
26.929 0.657 0.515 0.01 45OCI
75.546 1.34 0.187 0.04CI
40.168 1.269 0.211 0.036NI
22.467 0.55 0.585 0.047OCI
72.866 1.277 0.2083月末時点 との比較
NI
24.358 0.601 0.551 0.00845
OCI
69.59 1.246 0.22 0.035CI
36.728 1.172 0.248 0.03NI
20.245 0.5 0.62 0.041OCI
67.175 1.188 0.242−240−
( 16 )
日経平均との関係
主要行の直近5年分のデータを用いて
OCI
を日経平均株価の変動で回帰 したところ、係数は1%水準で有意となった(図表3−10)。日経平均が動 くと同方向にOCI
が動き、株価に影響を与えることになる。4.結 論
IFRS
導入が銀行に大きな影響を与えることが予想されるため、本稿では 主に純利益や包括利益と株価の関連についての分析を行ない、銀行の有価証 券保有について考察した。分析より、有価証券の評価差額が、新しく導入さ れるその他包括利益の大きな割合を占めていること、特にそのなかでも政策 目的で保有する株式に関する額が大きいこと、純利益よりも、この評価差額 を含む包括利益のほうが変動幅は大きいことが明らかになった(第2節、第 3節の1)。この評価差額は、日経平均と同方向に動くことから、政策保有 株式を保有していると、日経平均がプラスに動くときはOCI
が拡大する。逆のときはネガティブな影響をもたらすことになる(第3節の3)。続いて、
これらの情報が投資家の意思決定に有効なのか、株価の変動との関係を見た ところ、前期末株価との比較、開示翌日、5営業日後の株価との比較におい て利益が影響を与えていることがあった。新しい基準での利益も投資化の意 思決定に資することから、新ルール採用は意味がないとはいえない。ただ、
開示1ヶ月前、あるいは3月末時点(開示の1ヵ月半から2ヶ月程度前)で 図表3−10 日経平均と
OCI
の関係(係数の単位 百万円)
回帰係数
t
値P
値 決定係数 データ数 主要行 97.923*** 5.242 6.21E
‐06 0.42 40*** 1%水準で有意 日経平均は3月末終値
株価からみた銀行の有価証券保有に関する考察(有岡) −241−
( 17 )
の株価との比較においては利益情報の有意性は10%水準でも認められなかっ た。評価差額を純利益に組み込むか、OCIに組み入れるかは株価への影響を 考えると、前期の株価との比較では
OCI
を、開示翌営業日との比較ではNI
を厚めにするほうが好ましい。OCIが株価に影響を及ぼす以上、また、包括 利益の安定性の点からも、銀行は株式の政策保有の程度を考えなければなら ない。今回は利益と株価の点から銀行の有価証券保有の考察を行ったが、収益面 の分析も必要であろう。分析対象は主要行にしぼっているが、地銀、第2地 銀等にも広げる必要がある。また、株価については最長でも1年のパフォー マンスしか見ていないため、長期の分析が今後の課題である。新しい制度の もとでのデータの集積も待たれる。
参考文献
大日方隆「純利益と包括利益 ― 利益属性と有用性の再検討 ―」
CARF
‐J
‐053 2008年 白田佳子「会計制度改革の財務分析への影響」経営分析研究(21)1‐9 2005年 宮田慶一、近暁「銀行の上場株式・土地にかかる会計処理方法変更の株価への影響」日本銀行金融研究所
No.
99‐J
‐14 1999年日経ビジネス「IFRS利益激変 決算書の常識が変わる」日経
BP
社 2010年8月 週刊ダイヤモンド まるわかりIFRS
2009年10月30日号株式会社グローバル・パートナーズ・コンサルティング、監査法人元和『実務に 役立つ