氏 名 たしろ こうへい
田代 浩平
学 位 の 種 類
博士(医学)
報 告 番 号
甲第
1873号
学位授与の日付
令和
3年
3月
16日
学位授与の要件
学位規則第
4条第
1項該当(課程博士)
学 位 論 文 題 目
Sacubitril/Valsartan Inhibits Cardiomyocyte Hypertrophy in Angiotensin II-Induced Hypertensive Mice Independent of a Blood Pressure-Lowering Effect
(サクビトリル/バルサルタンは、アンジオテンシンⅡ誘発性高 血圧マウスの心筋細胞肥大を血圧降下作用とは独立して抑制す る)
論 文 審 査 委 員 (主 査) 福岡大学 教授
藤田 孝之
(副 査) 福岡大学 教授
鍋島 一樹
福岡大学 教授
大倉 義文
内 容 の 要 旨
【目的】
効果的な降圧薬が利用できるようになったにもかかわらず、高血圧は依然として心不 全、筋梗塞、脳卒中、腎臓病の主要な危険因子である。高血圧が持続すると心臓の後負 荷が増大し、左室壁の肥厚が生じることが知られている。左室肥大は、初期は壁ストレ スを最小化するための代償メカニズムとして発生するにもかかわらず、心血管系リスク の増加と関連している。
アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬であるサクビトリル/バルサルタンは PARADIGM-HF 試験で心不全患者の死亡リスクや入院リスクを軽減することが示されたが、
その作用機序は十分には解明されていない。しかし、幾つかの研究ではサクビトリル/バ ルサルタンが血圧の低下とは無関係に左室肥大を減少させている可能性が示唆されてい る。
そこで我々は、アンジオテンシン II 誘発性心肥大マウスモデルにおいて既存の高血圧 治療薬とサクビトリル/バルサルタンが左室リモデリングに及ぼす影響を調べた。
【対象と方法】
8 週齢の雄の C57BL/6J マウスを高血圧群(サクビトリル/バルサルタン群、バルサルタ
ン群、エナラプリル群、コントロール群)と Sham 群に振り分けした。イソフルランで吸
入麻酔を行い、高血圧群にアンジオテンシンⅡ(3.2mg/kg/日)、Sham 群に生理食塩水を封 入した浸透圧ポンプを背側の皮下へ植え込みを行った。
浸透圧ポンプ埋め込みから7日後に各種薬剤をコーン油に懸濁し、2週間の強制経口 投与を行った。薬剤投与量はそれぞれサクビトリル/バルサルタン 60mg/kg/日(サクビ トリルとバルサルタンを 1:1 で混合した)、バルサルタン 30 mg/kg/日、エナラプリル 12 mg/kg/日であった。コントロール群および Sham 群ではコーン油のみを強制経口投与 した。
一週間ごとに Tail cuff を用いて血圧の測定を行い、浸透圧ポンプ埋め込み前と植え 込み3週間後に心臓超音波検査を行った。心臓超音波検査では、乳頭筋レベルで M-モー ドを用いて左室壁厚、左室内腔、心拍数を計測し、それらから左室心筋重量係数も算出 し心機能評価を行った。
浸透圧ポンプ植え込み3週間後にマウスを屠殺し心臓を摘出した。摘出した心臓は組 織学的解析を行い、HE 染色で心筋細胞の大きさ、picro-sirius red 染色で心筋の線維化 を評価した。また、摘出した心臓の一部から mRNA を抽出し ANP、BNP、TGF-βの発現を評 価した。
統計学的解析は SAS(ver. 9.4)を用いて行った。同グループの血圧や心臓超音波所見は unpaired t-test、各グループ間の項目は ANOVA test にて検定を行い、有意水準は p<0.05 とした。
【結果】
アンジオテンシンⅡは Sham 群と比較して全群において血圧を上昇させ、サクビトリル/
バルサルタン群、バルサルタン群、エナラプリル群いずれにおいても血圧上昇抑制効果 に有意差は認められなかった。
心臓超音波検査では、Sham 群と比較してコントロール群、バルサルタン群、エナラプリ ル群では左室壁肥厚を認めたのに対してサクビトリル/バルサルタン群のみ左室壁肥厚の 抑制が有意に認められ、左室質量を減少させる傾向にあった。
組織学的解析では、サクビトリル/バルサルタンはアンジオテンシンⅡによる心筋細胞 の肥大を有意に抑制し、サクビトリル/バルサルタン群の心筋細胞はバルサルタン群、エ ナラプリル群に比べて小さくなった。細胞間質および血管周囲の線維化は Sham 群と比較 して全群において緩徐に増加したが、各薬剤間での有意な差は認められなかった。
ANP や BNP といった転写因子の活性化は心臓に対する圧負荷増大を反映しており、アン
ジオテンシンⅡはコントロール群と比較してサクビトリル/バルサルタン群、バルサルタ
ン群、エナラプリル群全てで ANP の遺伝子発現レベルを有意に上昇させた。BNP の遺伝子
発現レベルは、コントロール群と比較しバルサルタン群とエナラプリル群では有意に上
昇したがサクビトリル/バルサルタン群では有意に上昇しなかった。TGF-βは線維化に関
わるレギュレーターとして知られているが、TGF-βの mRNA レベルは Sham 群と比較して
全群で上昇し、各薬剤間での有意な差は認められなかった。これは組織学的な解析とも
矛盾しない結果であった。
以上の結果より、サクビトリル/バルサルタンがアンジオテンシンⅡ誘発性高血圧マウ スの心肥大を抑制することを示した。血圧が同程度であっても、サクビトリル/バルサル タン投与により従来の治療薬(エナラプリル、バルサルタン)と比較して左室壁肥厚と 心筋細胞の肥大が有意に抑制された。さらにサクビトリル/バルサルタンの抗肥大作用は 心筋の線維化とは無関係であった。
【結論】
サクビトリル/バルサルタン、バルサルタン、エナラプリルはマウスのアンジオテンシ ン II による心筋細胞の肥大を抑制した。その中でも、サクビトリル/バルサルタンは血 圧低下作用と心筋線維化の進行とは無関係に最も強い心筋肥大抑制作用を示した。我々 の知る限りでは、本研究はサクビトリル/バルサルタンが高血圧性心疾患の初期段階で有 益な効果を有することを示した最初の研究である。
審査の結果の要旨