弘
法
大
師
の
上
表
文
に
お
け
る
文
章
構
造
の
特色(b)
静
慈
圓
一 ﹃ 遍 照 発 揮 性 霊 集 ﹄ 十 巻 ( 以 下 性 霊 集 ﹄ と 略 す ) に 収 め ら れ る 弘 法 大 師 の 御 文 章 を、 文 体 の 上 か ら 分 類 す る と、 ﹁ 表 ﹂ ﹁啓 ﹂ ﹁ 詩 ﹂ ﹁ 状 ﹂ ﹁ 碑 ﹂ ﹁ 願 文 ﹂ ﹁ 表 白 ﹂ ﹁ 達 襯 ﹂ 等 に 大 別 す る こ と が で き る。 本 論 文 は、 こ の 中 ﹁ 表 ﹂ 形 式 の 文 章 を 検 討 し、 そ の 特 色 を 見 い 出 そ う と し た も の で あ る。 ﹁ 表 ﹂ の 文 体 と は、 ﹃ 文 選 注 ﹄ 等 に よ っ て 明 ら か な 如 く、 事 (1 ) の 筋 道 を 明 白 に し て 天 子 に 告 げ る 文 の こ と で あ る。 六 国 お よ び 秦 漢 時 代 は、 君 に 献 上 す る 文 を ﹁ 上 書 ﹂ と い っ た。 漢 ・ 魏 に な る と、 す べ て 天 子 に 献 上 す る 文 を ﹁ 表 ﹂ と い い、 皇 太 子 以 下 に は、 ﹁ 啓 ﹂ を 使 用 す る こ と と な る。 大 師 の 御 文 章 で ﹁ 表 ﹂ 形 式 と し て 取 り 扱 わ れ る も の も こ れ と 同 じ で あ る。 天 子 つ ま り 嵯 峨 ・ 淳 和 両 帝 に 奉 献 す る 上 表 文 を さ し て い る。 ﹃ 性 霊 集 ﹄ 所 収 の ﹁ 表 ﹂ 形 式 の 御 文 章 は 一 九 で あ る。 各 文 の ﹁ 題 名 ﹂ は、 便 宜 上 後 世 の 人 が 附 加 し た も の で あ ろ う が、 弘 法 大 師 全 集 第 三 輯 掲 載 の ﹁ 題 名 ﹂ を 用 い て、 こ れ を 年 代 順 (2 ) に 列 記 す る と 次 の 如 く で あ る。 ( 表1)勅 賜 世 説 屏 風 書 畢 献 表 ( 表2)奉 二 為 国 家 一請 二 修 法 一表 ( 表3)書 二 劉 希 夷 集 一献 納 表 ( 表4)書 二 劉 廷 芝 集 一奉 献 表 ( 表5)献 二 柑 子 一表 ( 表6)奉 二 献 筆 一表 ( 表7)献 二 篠 文 一表 ( 表8)永忠 和 尚 辞 二 少 僧 都 一 表 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色密 教 文 化 ( 表9)為 二 大 徳 如 宝 一奉 三 謝 恩 二 賜 招 提 封 戸 一表 ( 表10)献 二 梵 字 丼 雑 文 一表 ( 表11)請 レ 赦 三 兀 興 寺 僧 中 環 罪 一 表 (表12)於 二 紀 伊 国 伊 都 郡 高 野 峯 一被 レ 請 二 乞 入 定 処 一表 ( 表13)勅 賜 屏 風 書 了 即 献 表 井 詩 ( 表14)祈 二 誓 弘 仁 天 皇 御 厄 一表 ( 表15)奉 レ 賀 二 天 長 皇 帝 即 位 一表 ( 表16)辞 二 小 僧 都 一表 ( 表17)進 二 李 昌 真 蹟 屏 風 一表 ( 表18)奉 レ 造 二 東 寺 塔 一 材 木 曳 運 勧 進 表 ( 表19)大 僧 都 空 海 嬰 レ 疾 上 表 辞 レ 職 奏 状 右 に 例 記 し た も の の 内、 嵯 峨 帝 と 関 係 の あ る 御 文 章 を み る と、 ( 表1)( 表 3)( 表 4)( 表 6)( 表 13)( 表 17 ) の 六 つ は、 書 に 関 す る 書 状 で あ る。 ( 表 7)( 表 10 ) の 二 つ は、 勅 を 拝 し て 雑 文 を 献 ず る も の で あ る。 ( 表 5 ) は、 恒 例 に よ っ て 柑 子 を 宮 中 に 献 上 す る こ と を 記 し て い る。 こ れ ら は、 公 文 書 と い う よ り は、 大 師 と 嵯 峨 帝 の 交 情 を 表 わ す 書 状 と し て の 性 格 が 強 い。 ( 表 8)( 表 9 ) は、 大 師 が 両 僧 都 の 代 筆 を し た も の で あ る。 嵯 峨 帝 に 奉 進 し た も の は、 他 に (表 2)( 表 11)( 表 12 ) (表 14 ) の 四 つ が み ら れ る。 淳 和 帝 と 関 係 し て い る 御 文 章 は、 ( 表 15)( 表 16)( 表 18 ) ( 表 19 ) の 四 つ で あ る。 こ れ ら の 御 文 章 は、 大 師 が 嵯 峨 帝 に 献 上 さ れ た よ う な 交 情 的 な 内 容 の も の は 含 ま れ て い な い。 さ て、 大 師 の ﹁ 表 ﹂ 形 式 の 御 文 章 は、 文 章 構 造 の 上 か ら 見 て ま た そ の 文 章 内 容 か ら お し て、 ど の よ う な 特 色 が み ら れ る で あ ろ う か。 結 論 的 に い え ば、 大 師 の 御 文 章 の 内 容 構 成 は、 必 ず し も 一 定 し た も の で な い が、 大 約 次 の よ う な 順 序 で 考 え る の が 妥 当 で あ ろ う。 一、 書 出 し は、 今 の 文 章 を 献 上 す る の は、 勅 命 を 拝 し た か ら で あ る と し、 そ の 動 機 に つ い て 触 れ る。 二、 次 に、 文 章 の 始 め の 部 分 に お い て、 中 国 の 古 典 と 関 連 さ せ、 主 張 し よ う と す る 今 の 文 章 が、 不 変 的 な 妥 当 性 を 持 つ こ と を 意 義 づ け る。 三、 天 子 が 御 高 徳 で あ る の を 讃 嘆 し、 天 子 の 御 仁 政 に よ っ て 天 下 泰 平 で あ る こ と を 謳 歌 す る。 四、 大 師 は、 御 自 身 実 に 無 能 で あ り、 天 子 が 求 め ら れ る 任 に 当 ら な い 旨 を 卑 下 し 恐 儂 す る。 五、 入 唐 し て、 真 言 の 秘 法 を 伝 え こ ら れ た こ と、 筆 論 を 大
唐 で 学 ん で 来 た こ と を、 時 と し て 必 要 に 応 じ て 文 章 の 中 に 織 り 込 む。 六、 今 の 上 表 文 を 献 上 す る に あ た っ て の 希 望 ・ 願 望 を 端 的 に 言 い 表 わ す。 つ い で、 書 止 め と 目 附 を 明 す。 以 下、 右 の 順 序 に 従 っ て、 ﹁ 表 ﹂ 形 式 の 文 章 構 造 を 検 討 し、 そ こ に み ら れ る 特 色 に つ い て い さ さ か 管 見 を 述 べ ん と す る 次 第 で あ る。 二 ﹁ 表 ﹂ 形 式 の 御 文 章 は、 文 章 の 書 出 し に お い て、 今 の 文 が 勅 命 に 随 っ て 書 き 得 て 奉 進 す る も の で あ る こ と を 述 べ る の を 原 則 と す る。 以 下 に そ の 二 二 例 を 検 討 す る。 (3 ) <例1>(表1) ノ ノ 世 説 書 屏 風 雨 帖 ノ ル ニ ミ ツ カ ノ ヒ ヤ マ シ ロ ノ カ ノ 右 伏 奉 二今 月 三 目 大 舎 人 山 背 豊 継 奉 宣 ヲ ム ヲ ノ カ ノ ヲ 進 止 一。 令 三 空 海 書 二 世 説 屏 風 両 帖 一。 右 文 は、 劉 義 慶 撰 の ﹃ 世 説 ﹄ の 文 を 両 帖 の 屏 風 に 揮 毫 せ よ と の、 嵯 峨 帝 の 勅 命 を 蒙 る に よ っ た こ と を 記 し て い る。 山 背 の 豊 継 が、 陛 下 か ら 御 宣 旨 を 承 っ た も の で あ る。 典 故 と み ら (4) れ る も の に、 ﹁ 大 舎 人 ﹂ は ﹃ 職 原 ﹄ 上 巻 に ﹁ 大 舎 人 寮。 唐 名 宮 聞 局。 掌 二 宮 中 駈 使 事 一。 諸 大 夫 五 位 任 レ 之 ﹂ と あ る。 ﹁ 進 止 ﹂ は ﹃ 石 林 燕 語 ﹄ に ﹁ 進 止 猶 レ 言 二 進 退 一也 ﹂ と あ る。 (5) <例2>(表3) カ タ リ ヲ 劉 希 夷 集 四 巻 副 レ 本 メ ハ テ カ ヲ メ ス 右 伏 奉 二 小 内 記 大 伴 氏 上 宣 一書 取 奉 進。 右 文 は、 劉 希 夷 の 詩 集 四 巻 を 書 き 終 え ﹂ そ れ に 写 本 を 添 え て 献 納 す る 上 表 文 で あ る。 小 内 記 大 伴 氏 が、 勅 命 を 奉 じ て 大 師 の 所 に 来 た と 記 す。 典 故 と み ら れ る 典 籍 は、 ﹁ 劉 希 夷 ﹂ は ﹃ 唐 才 子 傳 ﹄ 第 一 に、 ﹁ 内 記 ﹂ は ﹃ 職 原 ﹄ 上 巻 に 見 え る。 (6) ハ 例 3>(蓑4) ノ ニ カ 朧 紙 上 劉 廷 芝 集 四 巻 テ ノ ニ キ テ ス テ ニ キ ニ 右 随 二 先 日 命 一書 得 奉 進。 縁 三 山 窟 無 二 好 筆 一。 ラ ヒ ム ル ニ ト ノ ク ヲ テ ス 再 三 諮 索 閲 然 無 レ応。 弱 翰 強 書。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 右 文 は、 今 奉 進 す る ﹁ 劉 廷 芝 集 四 巻 ﹂ は、 先 日 の 勅 命 に 随 っ て 書 き 得 た こ と を 記 し て い る。 典 故 と 考 え ら れ る も の に、 ﹁ 騰 紙 ﹂ は ﹃ 文 選 ﹄ 序 註、 ﹃ 説 文 ﹄ に 見 え る。 ﹁ 園 然 ﹂ は ﹃ 頭 ノ カ カ ノ 陀 寺 碑 文 ﹄、 ﹃ 周 易 ﹄ に、 ﹁ 弱 翰 ﹂ は ﹃ 盧 思 道 盧 記 室 諒 序 ﹄ (﹃ 盧 武 陽 集 ﹄ ) に 見 え る。 (7 ) <例4>(表5) タ ケ ノ 狸 毛 筆 四 管 真 書 一 行 書 一 草 書 一 写 書 一 メ ハ テ ノ ヲ ヅ ム シ ョ ウ ノ 右 伏 奉 二 昨 日 進 止 一。 且 教 二 筆 生 坂 井 名 清 ヲ メ リ テ セ 川 造 得 奉 進 一。 右 文 は、 献 納 筆 四 管 は、 進 止 を う け た ま わ っ た の で、 筆 工 で あ る 坂 井 名 清 川 に 謹 製 さ せ 奉 進 す る こ と を 記 し て い る。 典 故 と し て は、 ﹃ 法 書 苑 ﹄ が 考 え ら れ る。 (8 ) <例5>(表13) ス シ ト ノ モ ノ ス ケ 沙 門 空 海 言。 去 六 月 二 十 七 日。 主 殿 助 ト ノ モ ン ノ フ セ ノ ア マ モ テ コ ノ ク レ ノ ア ヤ ノ ノ ノ ヲ 布 勢 海。 将 二 五 彩 呉 綾 錦 縁 五 尺 屏 風 四 帖 桶 リ ニ レ リ メ ヲ ム ヲ メ カ ノ ノ 到 二 山 房 一來。 奉 二 古旦 聖 旨 一令 三 空 海 書 二 両 巻 古 今 ノ ヲ テ ヘ リ ニ ハ テ ヲ シ へ 詩 人 秀 句 一者。 忽 奉 二 天 命 一驚 棟 難 レ 喩。 右 文 は、 屏 風 に 両 巻 の 古 今 の 詩 人 の 秀 句 を 書 く こ と の 勅 命 を 蒙 っ た こ と を 記 し て い る。 主 殿 助 布 勢 海 と い う 者 が、 屏 風 四 帖 を 持 参 し て 高 雄 の 山 房 に 尋 ね て き て そ れ を つ げ た。 典 故 リ カ と し て は、 官 職 名 は ﹃ 職 原 ﹄ に よ る。 ﹁ 呉 綾 ﹂ は ﹃ 魯 直 詩 ﹄ ノ ノ ル (﹃ 山 谷 集 ﹄ 第 一 三、 借 量 苧 詩 )。 ﹁ 屏 風 ﹂ は ﹃ 釈 名 ﹄、 ﹃ 梁 簡 文 帝 答 ニ 二 藷 子 雲 一書 ﹄ (. 芸 文 ﹄ 六 九 )。 ﹁ 古 今 詩 人 ﹂ は ﹃ 唐 書 ﹄ 芸 文 志 第 五○に見 え る。 (9) <例6>(表5) ス オ ト ク ニ ニ リ ノ ノ リ 沙 門 空 海 言。 乙 訓 寺 有 二 数 株 柑 橘 樹 一。 依 ニ ヘ ヒ ロ ウ テ リ レ ワ レ 例 交 摘 取 来。 コ モ コ モ 右 文 は、 蜜 柑 を 献 上 す る 恒 例 に よ り、 乙 訓 寺 の 柑 橘 を 色 々 取 り ま ぜ 奉 献 す る こ と を 明 す。 典 故 と し て は、 ﹁ 柑 ﹂ の こ と は ﹃ 風 土 記 ﹄、 ﹃ 南 方 艸 木 状 ﹄ 下 巻 に 見 え る。 (10) <例7>(表8)
テ ス シ ノ 沙 門 永 忠 謹 言。 去 弘 仁 元 年 九 月 十 七 日 ニ テ ヲ セ リ ヘ ト リ ス チ イ テ 詔 書。 以 二 永 忠 一為 二 少 僧 都 一。 寵 命 自 レ 天 載 懐 二 テ キ ヲ 感 蜴 一誠 惇 誠 恐。 右 文 は、 入 唐 留 学 僧 で あ る 永 忠 が、 年 老 い た の を 理 由 に 少 僧 都 の 官 を 辞 職 し た い 旨 の 上 表 文 の 代 筆 を 大 師 に 依 頼 し た も メ ノ の で あ る。 典 故 と し て は、 ﹁ 寵 命 ﹂ ﹁ 自 天 ﹂ は ﹃ 任 彦 升 為 二 萢 尚 カ カ 書 一表 ﹄ ( ﹃ 文 選 ﹄ 三 八 )、 ﹃ 飽 明 遠 放 歌 行 ﹄ ( ﹃ 文 選 ﹄ 二 八 ) に 見 え る。 (11) <例8>(表9) ス メ ル コ ヲ ノ 沙 門 如 宝 言。 伏 蒙 レ 恩 二 施 招 提 寺 封 戸 伍 十 ヲ 因 。 ス 一 右 文 は、 唐 人 で あ る 如 宝 が、 招 提 寺 に 賜 わ っ た 領 地 を 恩 賜 す る に あ た っ て、 感 謝 の 奉 答 文 を 大 師 に 請 う て 書 い て い た だ い た も の で あ る。 (12) <例9>(表10) メ ハ テ ノ カ ヲ ス ノ 伏 奉 二布 勢 海 口 勅 一欣 踊 繕 装。 古 今 文 字 讃。 カ ノ ヒ ノ テ 右 軍 蘭 亭 碑。 及 梵 字 悉 曇 等 書 都 一 十 巻。 テ テ ス 敢 以 奉 進。 大 師 の ﹁ 上 表 文 ﹂ で は、 書 出 し に 勅 命 に よ っ て 奉 進 す る こ と を 謳 う の が 普 通 で あ る が、 こ の 文 で は、 文 中 に そ れ を も っ て き て い る。 右 文 は、 そ の 箇 所 で あ る。 奉 献 せ よ と の 口 勅 を 拝 し て、 梵 字 並 び に 雑 文 を 奉 進 す る に 至 っ た こ と を 記 し て い る。 文 中 に 示 す 書 き 方 は、 こ の 一 例 だ け で あ る。 (13) <例10>(表7) カ 急 就 章 一 巻 王 昌 齢 集 一 巻 雑 詩 四 巻 カ カ 朱 書 詩 一 巻 朱 千 乗 詩 一 巻 雑 文 一 巻 カ 王 智 章 詩 一 巻 讃 一 巻、 詔 勅 一 巻 訳 経 図 記 一 巻 ノ ハ テ ノ ヲ テ リ ル ニ ッ ス ノ ル 右 伏 承 二 昨 日 進 止 一。 随 二 探 得 一 且 奉 進。 所 レ 遺 ハ オ チ テ リ ニ ニ ム ヲ ノ メ リ ラ ハ チ 表 啓 等 零 在 二 他 処 一。 今 見 令 二 人 覚 一。 取 来 則 セ セ ン 馳 奉。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 右 文 は、 陛 下 の 御 進 止 の 唱 録 に 従 っ て、 急 ぎ 探 索 し て 奉 進 す る を 記 し て い る。 (14) <例11>(表14) ス メ ハ テ ノ ヲ シ 沙 門 空 海 言。 伏 承 二 聖 体 乖 予 一 心 神 無 レ 主。 右 文 は、 嵯 峨 天 皇 が 御 不 豫 な さ れ た の を 大 師 が 憂 儂 し て、 御 平 癒 を 祈 誓 し て 奉 進 す る こ と を 明 し て い る。 典 故 と し て は、 ﹁ 乖 豫 ﹂ は ﹃ 績 目 本 紀 ﹄ 第 一 七 に、 ﹁ 聖 体 ﹂ は ﹃ 漢 書 ﹄ 外 カ ノ 戚 伝 に、 ﹁ 無 主 ﹂ は ﹃ 劉 現 勧 進 表 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 三 七 ) に 見 え る。 (15) <例12>(表16) ス シ ノ ニ リ ハ テ ヲ ス 沙 門 空 海 言。 去 月 十 七 日 面 奉 二 進 止 一。任 二 空 ヲ ニ ケ シ メ テ ヒ セ リ 海 小 僧 都 一。 殊 私 曲 被 祈 棟 交 井。 空 海 誠 歓 誠 催。 大 師 は、 神 泉 苑 に お け る 祈 雨 の 勧 賞 に よ っ て、 小 僧 都 に 補 せ ら れ た。 右 文 は、 そ の 厚 遇 に た い し て、 折 喜 に た え な い が、 任 に 当 ら な い こ と を 思 う と 儂 れ る こ と を 記 し て い る。 典 ノ ス ル メ タ マ フ ヲ ノ ヲ 故 と し て は、 ﹃ 梨 簡 文 謝 二勅 費 二 坐 褥 席 一啓 ﹄ (﹃ 芸 文 ﹄ 九 五 ) に 見 え る。 (16) <例13>(表19) ス リ セ シ ニ メ ヲ ス ル コ ニ 沙 門 空 海 言。 空 海 従 レ 沐 二 恩 沢 一。 端 レ カ 報 レ 国 歳 ニ シ ニ ラ ク ハ テ ノ ヲ セ ン ト ノ ヲ ル ニ 月 既 久。 常 願 奮 二 蚊 虻 力 嚇答 二 海 岳 徳 哺。 然 今 シ ノ テ ニ セ 去 月 書 日。 悪 瘡 起 レ 体 吉 相 不 レ 現。 ヅ コ モ リ ノ ヒ 右 文 は、 大 師 が 疾 に 嬰 っ て 大 僧 都 の 職 を 辞 す る 文 で あ る。 微 力 で あ る 私 は、 国 家 に 忠 節 を 励 ん で 年 久 し い が、 そ の 間 天 子 の 御 恩 徳 に 浴 し て き た。 常 に 恩 恵 に 報 答 し よ う と 願 っ て い る も の の、 今 悪 瘡 が 体 に 起 っ て き た こ と を 記 す。 典 故 と し て カ ノ は、 ﹃ 謝 霊 運 曇 隆 法 師 謙 ﹄ ( ﹃ 謝 康 楽 集 ﹄ 第 一、 ﹃ 広 弘 明 集 ﹄ 三 六 ) に 見 え る。 ﹁ 蓋 日 ﹂ は ﹃ 漱 石 閑 談 ﹄ に 見 え る。 以 上、 二 二 例 の ﹁ 表 ﹂ 形 式 の 文 章 の 文 頭 を 示 し た。 < 例 1 > よ り < 例 5>まで は、 嵯 峨 帝 と 大 師 が 書 道 に 関 係 し て 取 り 交 わ し た 文 章 で あ る。 こ れ ら 五 例 を み る と、 ﹁ 奉 宣 の 進 止 を 奉 る ﹂ ﹁ 聖 旨 を 奉 宣 す る ﹂ の よ う に、 各 文 章 共 に 勅 命 を 拝 し て 奉 進 す る に 致 っ た こ と が 明 記 さ れ て い る。 < 例 9><例10>は、
雑 文 を 献 ず る も の で あ る が、 書 道 関 係 の 例 と 同 じ く、 勅 命 で あ る こ と を 明 示 し て い る。 ま た く 例 5><例6><例11><例12><例13>の冒頭は ﹁ 沙 門 空 海 言 ﹂ で 始 ま る。 <例7>は永忠の、<例8>は如 宝 の 代 筆 を さ れ た も の で あ る が、 こ の 二 例 も 共 に ﹁ 沙 門 空 海 言 ﹂ で 書 出 し て い る。 書 出 の こ の 語 は、 文 脈 の 上 で、 次 に 示 す 典 故 の 問 題 と か か わ っ て い る。 故 に 書 出 し の 問 題 は 次 の 項 と 関 連 さ せ て 述 べ る こ と と す る。 こ こ で 用 い ら れ る 典 故 は、 ﹃ 文 選 ﹄ か ら の 文 例 が 最 も 多 い。 だ が 冒 頭 の 性 格 上 官 職 名 を 必 要 と す る 為 で あ ろ う か、 ﹃ 職 原 ﹄ に 限 る と こ ろ も あ る。 文 体 は、 い ず れ も 散 文 体 で あ る。 三 大 師 の 御 文 章 で は、 文 章 の 始 め の 部 分 に お い て、 中 国 の 故 事 を 巧 み に 引 用 し、 対 句 形 式 を 用 い て ま と め て い る 箇 所 が あ る。 文 章 全 体 で 主 張 す る 意 味 を、 そ こ に 凝 縮 し て 格 調 高 く 示 さ れ た 部 分 と い っ て よ い。 そ の 文 例 を 示 す と 次 の 如 く で あ る。 (17) <例14>(表10) ク ス ル ハ ヲ チ ス レ 空 海 聞。 帝 道 感 レ 天 則 秘 録 必 顕。 ス ヰ ハ ヲ チ ツ イ ニ ル 皇 風 動 レ 地 則 霊 文 章 興。 ニ ク ハ テ ヲ テ ハ シ ヲ 故 能 龍 卦 亀 文 得 二 黄 犠 一以 標 レ 用。 ハ マ チ テ ヲ のア ハ ス ヲ 鳳 書 虎 字 候 二 白 姫 一以 呈 レ 体。 <通釈>私 は 次 の よ う に 聞 い て い る。 帝 王 が 仁 政 を 施 し、 そ の 徳 が 天 に 通 る と き は 秘 録 顕 わ れ、 そ の 徳 が 地 に 通 る と き は 霊 文 興 る と い う。 こ の 故 に、 か の 伏 義 の 仁 徳 よ り 龍 馬 顕 わ れ て 入 卦 と な り、 黄 帝 の 徳 よ り 霊 亀 浮 ん で 亀 書 が 世 に 現 わ れ た。 ま た 白 氏 少 昊 の 徳 よ り 鳳 鳥 現 わ れ て 鷺 鳳 の 書 と な り、 周 の 文 王 の 徳 よ り 驕 虞 現 わ れ て 虎 字 と な っ た。 右 文 は、 嵯 峨 帝 に 梵 字 並 び に 雑 文 を 奉 進 す る 文 章 の 書 出 し で あ る。 文 字 の 起 り は 聖 帝 に し て 始 め て 成 る 旨 を 説 い て い る。 こ の 文 の 典 故 と み ら れ る 典 籍 を 示 す と 次 の 如 く で あ る。 ﹁ 龍 卦 ﹂ は、 ﹃ 書 史 会 要 ﹄ 第 一 に、 ﹁ 亀 文 ﹂ は、 ﹃ 書 史 会 要 ﹄ 第 一、 ﹃ 尚 書 ﹄ 中 候 に 見 え る。 ﹁ 鳳 書 ﹂ ﹁ 虎 字 ﹂ ば 共 に ﹃ 書 史 会 要 ﹄ 第 一 に あ る。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 (18) <例15>(表15) ク ヒ メ メ ク リ ニ 空 海 聞。 四 序 代 謝 日 月 斡 二 於 宥 隆 一。 ヒ メ ル ニ 五 才 更 生 万 物 成 二 干 盤 薄 一。 ニ ク メ ニ テ ニ 故 能 青 昊 黄 軒 乗 レ 時 出 レ 震。 メ ユ ツ ル 双 瞳 八 彩 輯 譲 相 推。 オ キ ヲ ツ ヲ 万 方 宅 レ 心 四 海 撃 レ 腹。 ク ヲ 蕩 蕩 之 称 千 古 仰 レ之。 <通釈>私は次のよ う に 聞 い て い る。 春 夏 秋 冬 の 四 季 は か わ る が わ る 巡 り、 目 月 は 常 に 廻 り 来 る。 木 火 土 金 水 の 五 行 は 循 環 し、 万 物 は 大 地 に 生 成 す る。 ゆ え に 伏 犠 氏 と 黄 帝 と の 二 帝 は、 時 世 に よ く 乗 じ て 位 に つ き、 舜 と 尭 は 互 い に 天 下 を 譲 り あ っ て 位 に つ い た。 こ の よ う に 徳 政 を 施 し 天 下 安 穏 で あ れ ば、 万 民 腹 鼓 を 撃 っ て 喜 び、 広 大 な る 天 子 の 名 声 は、 千 古 に ま で 仰 ぎ た た え ら れ る の で あ る。 右 文 は、 淳 和 帝 の 即 位 を 慶 賀 し 奉 る 上 表 文 で あ る。 自 然 の 運 行 の 法 則 を 明 し、 つ い で 古 代 の 聖 天 子 の あ り さ ま を 帝 位 に 掛 け て 述 べ る な ど、 実 に 巧 妙 な 御 文 章 で あ る。 典 故 カ と し て は、 ﹁ 四 時 運 行 ﹂ は ﹃ 荘 子 ﹄ 第 七 知 北 遊 篇、 ﹃ 玩 嗣 宗 詠 ノ 懐 詩 ﹄ ( ﹃ 文 選 ﹄ 二 三 ) に み え る。 ﹁ 弩 隆 ﹂ は ﹃ 爾 雅 釈 天 ﹄、 ﹃ 楊 カ カ 雄 太 玄 経 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 二 八 )、 ﹃ 陸 士 衡 挽 歌 ﹄ に 見 え る。 ﹁ 盤 ノ 薄 ﹂ は ﹃ 郭 僕 江 賦 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 一 二 ) に 見 え る。 ﹁ 青 昊 ﹂ は ﹃ 史 記 ﹄ 第 二 二 皇 本 紀、 ﹃ 易 ﹄ 説 卦 伝、 ﹃ 楚 譜 ﹄ 第 五 遠 遊 篇 に、 ﹁ 黄 軒 ﹂ は ﹃ 史 記 ﹄ 第 一 五 帝 本 紀 に、 ﹁ 乗 時 ﹂ は ﹃ 周 易 ﹄ 乾 卦 に、 ノ カ ﹁ 出 震 ﹂ は ﹃ 易 ﹄ 説 封、 ﹃ 唐 孔 穎 達 疏 ﹄ に、 ﹁ 双 瞳 ﹂ は、 ﹃ 史 記 ﹄ 第 一 五 帝 本 紀、 ﹃ 尚 書 ﹄ に、 ﹁ 八 彩 ﹂ は、 ﹃ 潅 南 子 ﹄ 剛第 十 九 に、 ﹁ 揖 譲 ﹂ は ﹃ 孔 叢 子 ﹄ 上 巻 居 衛 篇 に 見 え る。 ﹁ 万 方 ﹂ は ノ ノ ﹃ 漢 高 祖 功 臣 頚 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 四 七 ) に、 ﹁ 撃 腹 ﹂ は ﹃ 荘 子 ﹄ 馬 カ 蹄 篇 に、 ﹁ 蕩 蕩 ﹂ は ﹃ 論 語 ﹄ 泰 伯 に、 ﹁ 千 古 ﹂ は ﹃ 王 元 長 策 文 ﹄ ( ﹃ 王 寧 朔 集 ﹄、 ﹃ 文 選 ﹄ 三 六 ) に 見 え る。 (19) <例16>(表17) ハ ト ル ト ナ リ ニ 沙 門 空 海 聞。 道 之 興 廃 人 之 時 非 レ時。 ハ ワ ク ト ル ト ナ リ ワ カ 物 之 貴 賎 師 之 別 不 レ 別。 ニ ク ハ テ フ ク ヲ ニ ハ レ 故 能 就 報 待 二 慮 氏 一 而 方 彰。 ハ テ ニ ス ヲ 美 玉 由 二 賢 王 一 而 照 レ 車。 り ヘ リ 自 レ 古 有 レ 之
ン ヤ ラ 今 亦 不 レ 然。 <通釈>私は 次 の よ う に 聞 い て い る。 人 が 道 を 弘 め る に は、 時 流 を 洞 察 し て そ れ に 適 応 さ せ る こ と に あ り、 物 の 貴 賎 と い う も の は、 物 そ の も の に あ る の で は な く て、 そ の 物 を 眺 め る 人 に あ る と 聞 く。 そ れ ゆ え に 易 は 慮 犠 氏 に よ っ て 創 作 さ れ、 楚 人 和 氏 が 得 た と こ ろ の 玉 は、 賢 王 に よ っ て 始 め て 宝 玉 で あ る と 認 め ら れ る こ と と な っ た。 つ ま り 一 貫 し た 真 理 は、 昔 も 今 も 洩 れ る も の で は な い。 右 文 は、 唐 の 李 畿 が 書 い た 真 蹟 の 屏 風 を 奉 献 す る 文 章 の 始 め の 部 分 で あ る。 こ の 文 章 も、 一 般 的 不 変 的 な こ と を 故 事 を 引 き な が ら 記 し、 そ の 内 容 を 踏 ま え な が ら、 大 師 御 自 身 が、 禅 観 の 余 暇 を み つ け て 書 法 に 深 く 留 意 し て き た こ と を 明 ら か に し て い る。 典 故 と 考 え ら れ る も の を 次 に 示 す。 ﹁ 人 之 時 非 時 ﹂ は ﹃ 百 喩 経 ﹄ ノ ル ヲ 下 巻、 ﹃ 魏 文 帝 嘱 二 劉 禎 一書 ﹄ (﹃ 魏 文 帝 集 ﹄ 第 一、﹃ 芸 文 ﹄ 二 五 ) に 見 え る。 ﹁ 慮 氏 ﹂ は ﹃ 史 記 ﹄ 第 一 五 帝 本 紀 に 見 え る。 ﹁ 美 玉 由 賢 王 而 照 車 ﹂ は ﹃ 韓 子 ﹄ 第 四 和 氏 篇、 ﹃ 史 記 ﹄ 田 敬 仲 完 世 家 第 一 六 に 見 え る。 (20) <例17>(表12) ク キ ド ハ チ シ ヲ 空 海 聞。 山 高 則 雲 雨 潤 レ物。 ル 片 ハ チ ス ト 水 積 則 魚 龍 産 化。 ノ ニ ノ ニ ハ マ 是 故 老 目 闊 峻 嶺 能 仁 之 迩 不 レ 休。 ノ ニ ハ ア ト ク 孤 岸 奇 峰 観 世 之 蹴 相 続。 ル ニ ノ ヲ 尋 二 其 所 由 一。 オ ナ リ 地 勢 自 爾。 <通釈>私は次 の よ う に 聞 い て い る。 山 が 高 い と 雲 集 ま り、 雨 多 く し て 草 木 を 潤 す。 水 が 深 い と 魚 龍 集 ま り 住 み、 繁 殖 も 盛 ん で あ る。 こ の よ う に 峻 嶺 た る 嗜 闊 堀 山 に は、 釈 迦 牟 尼 が 出 て そ の 教 え が 継 承 さ れ、 奇 峯 た る 補 陀 洛 山 に は、 観 世 音 菩 薩 が 追 従 さ れ て い る。 そ れ は つ ま り 高 山 峻 嶺 の 地 勢 が、 仏 道 修 行 者 に 好 適 地 で あ る た め で あ る。 右 文 は、 高 野 の 峯 に 入 定 の 場 所 を 乞 う 上 表 文 の 冒 頭 で あ る。 典 故 と 考 え ら れ る も の に、 ﹁ 孤 岸 ﹂ は ﹃ 法 花 玄 義 ﹄ 第 七、 ﹃ 西 域 記 ﹄ に、 ﹁ 観 世 ﹂ は ﹃ 西 域 記 ﹄ に 見 え る。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 (21) <例18>(表16) ク ノ ル ヲ メ セ ノ ヲ フ カ ヲ 空 海 聞。 良 工 用 ヒ 材 不 レ 屈 二 其 木 ゐ 而 構 レ 厘。 ノ ブ ヲ メ ハ ノ ヲ シ ム ヲ 聖 君 使 レ 人 不 レ 奪 二 其 性 一而 得 レ 所。 ノ ニ ツ テ ニ ク ス ル 7 是 故 曲 直 中 レ 用 無 レ 損。 テ ニ リ 賢 愚 随 レ 器 有 レ 績。 レ テ ニ レ 名 匠 之 誉 因 レ之 顕 案。 テ コ ニ ル 能 官 之 詠 於 レ焉 興 也。 <通釈>私は 次 の よ う に 聞 い て い る。 良 工 は 材 木 を 使 用 す る 時 に、 木 の 曲 直 に 従 っ て 適 材 適 所 に 用 い て 大 屋 を 建 て る。 聖 君 も 人 を 用 い る 時 に は、 各 人 の 個 性 を 重 ん じ、 個 性 に 適 応 し た 職 役 に つ か せ る も の で あ る。 だ か ら、 各 人 の 異 な っ た 個 性 特 質 に 応 じ て 使 用 す れ ば、 賢 愚 誰 も が そ の 分 に 応 じ た 功 績 を 現 わ す も の で あ る。 匠 に あ っ て は 良 工 と し て 讃 嘆 せ ら れ、 君 に あ っ て は 聖 君 と し て 徳 を 讃 嘆 せ ら れ る の は こ れ が 理 由 で あ る。 右 文 は、 少 僧 都 を 辞 す る の 表 の 始 め の 部 分 で あ る。 つ い で 文 章 は、 大 師 御 自 身 自 ら 心 を 期 す る と こ ろ は、 観 念 観 法 に あ り、 従 っ て 僧 官 を 御 辞 退 申 し 上 げ る の が 道 理 で あ る 旨 を 述 べ て い る。 典 故 と し て は、 ﹁ 適 材 適 所 に 人 を 用 う る ﹂ こ ノ と は ﹃ 班 固 演 連 珠 ﹄ (﹃ 芸 文 ﹄ 五 七、﹃ 蘭 台 集 ﹄ )、 ﹃ 奮 康 絶 交 書 ﹄ カ (﹃ 文 選 ﹄ 四 三 ) に 見 え る。 ﹁ 能 官 之 詠 ﹂ は ﹃ 李 徳 林 階 主 九 錫 冊 文 ﹄ (﹃ 李 懐 州 集 ﹄ )、 ﹃ 毛 詩 ﹄ 小 序 に 見 え る。 (22) <例19>(表18) ク ス ル ー ハ ヲ ル ニ 空 海 等 聞。 興 二 隆 三 宝 哨唯 懸 二 一 人 一。 ノ ハ ム ル レ レ ナ リ 一 人 所 レ 務 惟 孝 惟 徳。 ハ ル レ 徳 之 所 レ 聚 者 塔 瞳 是 最 也。 ヲ ハ ケ ト 塔 名 二 功 徳 聚 一。 ヲ ハ ス ト 幡 號 二 與 願 印 一。 ハ チ 功 徳 聚 則 晩 盧 遮 那 萬 徳 之 所 二 ス ル 集 成 一。 ハ チ ナ リ 與 願 印 則 宝 生 地 蔵 之 三 昧 身。 ノ ニ テ ヲ ヅ レ ハ ヲ 是 故 建 レ 塔 建 レ 瞳。 ナ リ 福 徳 無 鑑。 ク ハ リ ノ ト 近 作 二 人 天 王 一。 ク ハ ル ノ ト 遠 為 二 法 界 帝 一。
<通釈>私共 は 次 の 如 く 聞 い て い る。 三 宝 を 興 隆 す る こ と は、 ひ と え に 帝 御 一 人 の 御 力 に か か っ て い る。 そ の 天 子 の 務 む る と こ ろ は、 上 に は 孝 を 尽 く し、 下 万 民 に 対 し て は 徳 を 施 す こ と で あ る。 徳 の 聚 る と こ ろ は 塔 瞳 が 最 た る も の で あ る。 功 徳 聚 た る 塔 は、 大 日 如 来 の 万 徳 が 集 成 し て い る こ と を 表 示 し た も の で あ り、 与 願 印 た る 瞳 は、 宝 生 如 来 お よ び 地 蔵 菩 薩 の 功 徳 に よ っ て、 衆 生 を 利 益 す る 聖 境 を 表 わ し た も の で あ る。 だ か ら 塔 ・ 瞳 を 建 て る 者 に は そ の 福 徳 が 無 尽 に そ な わ る。 そ の 功 徳 は、 近 ぐ は 転 輪 王 と な り、 遠 く は 法 界 の 帝 す な わ ち 仏 と な る に 至 る と ま で 説 か れ る ほ ど で あ る。 右 文 は、 東 寺 の 塔 を 造 建 す る に つ い て、 材 木 を 運 ぶ こ と を 勧 進 す る 上 表 文 で あ る。 こ の 文 は、 前 掲 の 如 き 対 句 形 式 で は 書 か れ て い な い。 典 故 と し て は、 ﹁ 三 宝 興 隆 は 帝 に よ る ﹂ は ﹃ 仁 王 般 若 経 ﹄ 下 巻 受 持 品 に 見 え る。 ﹁ 作 人 天 王 ﹂ は ﹃ 宝 筐 印 陀 羅 尼 経 ﹄、 ﹃ 造 塔 功 徳 経 ﹄ に、 ﹁ 為 法 界 帝 ﹂ は ﹃ 造 塔 功 徳 経 ﹄ に 見 え る。 以 上 の 六 例 で 明 ら か な こ と は、 各 々 の 上 表 文 共 に、 主 張 し よ う と す る 内 容 を、 さ ら に 凝 縮 し た も の と し て 文 章 の 始 め の 部 分 に 示 し て い る。 そ の 文 は、 中 国 の 故 事 を 取 り 入 れ な が ら、 主 と し て 対 句 形 式 で 表 現 さ れ て い る。 句 格 の 形 式 は、 ﹁ 空 海 聞 ﹂ ( 又 は 沙 門 空 海 聞 ) と 始 ま り、 一 般 的 か つ 不 変 的 事 実 を 述 べ な が ら、 主 張 し よ う と す る 主 題 と 関 連 づ け て 文 章 を 興 し て い く。 そ の 時 の 句 端 (句 絶 ) に 用 い ら れ る 語 辞 は、 <例14><例15><例16>では、﹁故能﹂とあり、<例17> <例18><例19>で は、 ﹁ 是 故 ﹂ と あ る。 つ ま り 大 師 は、 句 を 交 錯 さ せ て ゆ く と き、 そ れ ら の 句 を 滑 ら か に 連 続 さ せ て ゆ く た め に ﹁ 故 能 ﹂ ﹁ 是 故 ﹂ を 使 用 し て い る。 又 こ の 両 語 辞 は、 嵯 峨 帝 へ の 文 に は、 ﹁ 故 能 ﹂ (表 10 ) ( 表 17 )、 ﹁ 是 故 ﹂ ( 表 12 ) と あ り、 淳 和 帝 へ の 文 に は、 ﹁ 故 能 ﹂ ( 表 15 )、 ﹁ 是 故 ﹂ ( 表 16 ) ( 表 18 ) と あ り 二 帝 に 対 し う ま く 振 り 分 け て い る。 さ ら に、 典 故 と み ら れ る 典 籍 に お い て は、 実 に 周 到 な 注 意 を は ら い、 同 本 の 同 箇 所 を 重 ね て 使 用 し て い る と こ ろ は み ら れ な い。 お そ ら く 大 師 は、 自 ら の 文 章 の 草 案 を 手 元 に 残 し、 上 表 文 を 書 く に あ た っ て 参 考 に し て い た も の で あ ろ う。 以 上 の ほ か、 句 端 に 用 い ら れ る 語 辞 に 禄、 次 の 例 く 例 20 V の ﹁ 是 以 ﹂ が 見 え る。 ま た、 <例21>の ﹁ 若 当 ﹂ の 如 く 句 中 に 含 ま れ て 用 い ら れ て い る も の も あ る。 以 下 こ の 二 例 を 示 す。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 (23) <例20>(表11) ク ウ ス ル ヲ レ テ リ ニ 空 海 聞。 緩 レ 刑 之 文 顕 在 二 前 書 一。 ム ル ヲ コ ト エ タ リ ニ 宥 レ 責 之 言 聞 二 干 嚢 策 一。 ヲ テ カ イ ヒ ツ ケ ヲ ノ ニ 是 以 草 縷 文 鐸 揚 二 美 於 垂 操 年 一。 ス レ ヲ ノ ニ 緒 衣 書 冠 流 二 誉 於 無 為 日 一。 <通釈>私 は 次 の よ う に 聞 い て い る。 ﹃ 漢 書 ﹄ に は、 刑 を 緩 く す れ ば 民 は 喜 ぶ と い う 文 が 見 え、 ﹃ 周 易 ﹄ に は、 罪 責 を 許 す こ と は、 聖 天 子 の 仁 の 行 い で あ る と 記 さ れ て い る。 す な わ ち 尭 舜 の 世 の 罪 人 は、 青 色 の 布 で 作 っ た 膝 掛 を 着 る だ け、 ま た は 赤 色 の 服 を 着、 衣 冠 に 罪 の 種 類 を 書 く だ け の 簡 単 な 制 裁 方 法 で あ っ た。 だ の に 罪 を 犯 し た 者 も 民 も、 敢 え て 罪 を 重 ね て い く よ う な こ と は な か っ た。 だ か ら 尭 舜 の 時 代 が 天 下 太 平 と な り、 そ の 徳 治 が 後 世 に 伝 え 讃 え ら れ る の で あ る。 そ れ は ひ と え に 帝 の 徳 治 か ら き て い る の で あ る。 右 文 は、 奈 良 元 興 寺 の 僧 中 環 が、 宮 女 に 艶 詞 を 通 じ た 罪 に よ っ て 器 せ ら れ た。 そ の 罪 の 赦 さ れ る こ と を 請 う 上 表 文 で あ る。 典 故 と 考 え ら れ る も の に 次 の 典 籍 が あ る。 ﹁ 刑 を 緩 く し、 罪 責 を 許 す ﹂ は ﹃ 漢 書 ﹄ 質 山 例 伝 二 一、 ﹃ 春 秋 ﹄ 第 五、 ﹃ 周 易 ﹄ ノ ア ッ ム ル ヲ 解 卦、 ﹃ 階 蝪 帝 緯 レ 民 詔 ﹄ (﹃ 蝪 帝 集 ﹄ ) に 見 ら れ る。 ﹁ 草 縷 丈 鯉 ﹂ フ リ ン ヲ ヲ は ﹃ 任 肪 請 レ 刊 二 改 律 令 一表 ﹄ (﹃ 芸 文 ﹄ 五 四 )、 ﹃ 荷 子 ﹄ 第 一 二、 ﹃ 禮 記 ﹄、 ﹁ 垂 洪 ﹂ は ﹃ 書 経 ﹄, 周 書 武 成 に 見 え る。 ﹁ 蒲 衣 魯 ノ 冠 ﹂ は ﹃ 筍 子 ﹄ 第 一 二、 ﹃ 尚 書 ﹄ 大 傳、 ﹃ 漢 書 武 帝 賢 良 詔 ﹄ ( ﹃ 武 帝 紀 ﹄ 第 六 ) に、 ﹁ 無 為 ﹂ は ﹃ 荘 子 ﹄ 第 四 天 地 篇 に 見 え る。 (24) <例21>(表13) ク ニ シ ヲ ツ ヲ 空 海 聞。 物 類 殊 レ 形 事 群 分 レ 体。 コ ト ニ ナ ル 舟 車 別 レ 用 文 武 異 レ 才。 シ ル 片 ハ ノ ニ チ メ シ 若 当 二 其 能 一事 則 通 快。 フ ド ハ ノ ヲ ス ト シ 用 失 二 其 宜 一錐 レ 労 無 レ 益。 <通釈>私は次 の よ う に 聞 い て い る。 万 物 は 皆 そ の 形 を 殊 に し、 そ の 状 態 を 分 っ て い る。 例 え れ ば 舟 と 車 は そ の 用 途 を 別 に し、 文 官 と 武 官 は そ の 才 能 を 異 に す る の で あ る。 だ か ら、 才 能 に 従 っ て 人 を 用 う る と、 物 事 は す べ て 手 落 ち な く 快 妙 に 運 ぶ。 こ れ と 反 対 に 才 能 に 契 わ な け れ
ば、 い く ら 努 力 し て も 益 と は な り 得 な い。 右 は、 嵯 峨 天 皇 の 勅 命 に よ り、 屏 風 に 詩 を 書 き 終 っ て 奉 進 す る 上 表 文 で あ る。 カ 典 故 と し て は、 ﹁ 物 類 ﹂ は ﹃ 禮 記 ﹄ 楽 記、 ﹃ 劉 公 幹 詩 ﹄ (﹃ 文 ノ ノ 選 ﹄ 二 三 ) に、 ﹁ 舟 車 別 用 ﹂ は ﹃ 劉 子 ﹄ 第 六 文 武 篇、 ﹃ 階 蝪 帝 詔 ﹄ (﹃ 蝪 帝 集 ﹄ ) に み え る。 ﹁ 錐 労 無 益 ﹂ は ﹃ 荘 子 ﹄ 第 五 天 運 篇 に み え る。 以 上 の 検 討 に よ っ て、 上 表 文 の 書 出 し 部 分 で は、 次 の こ と が 明 ら か で あ る。 書 出 し の 部 分 は、 今 の 文 が 勅 命 に 随 っ た も の で あ る こ と を (25 ) 示 し、 一句 格 の 形 式 は、 ﹁ 沙 門 空 海 言 ﹂ と な っ て い る も の が 多 い。 だ が、 ﹁ 沙 門 空 海 言。 空 海 聞 ﹂ と つ づ い て い る 時 は、 冒 頭 で 勅 命 で あ る 語 句 を は っ き り 出 し て い な い。 ﹁ 表 ﹂ 形 式 の 文 章 構 造 は、 そ の 冒 頭 に お い て ﹁ 沙 門 空 海 言 ﹂ ←﹁空海聞﹂←﹁故能﹂ ←﹁是故﹂ ←﹁是以﹂ と な っ て い る。 こ の 形 式 は、 ( 表 10 ) に お い て 始 め て み ら れ、 そ れ 以 後 の 文 章 は、 全 く 意 識 的 に こ の 形 式 が 用 い ら れ て い る。 つ ま り、 右 形 式 が 使 用 さ れ る の は、 大 師 四 一 才 以 後 で あ る。 そ れ 以 前 の 文 章 で は、 大 師 御 自 身 定 型 と し て の 意 識 は な か っ た と い え る。 次 に、 大 師 が 典 故 と し た と 考 え ら れ る 引 用 文 よ り、 そ の 典 籍 を 探 る と、 大 部 分 は ﹃ 文 選 ﹄ の 中 に 見 い 出 せ る。 つ い で 順 次 ﹃ 史 記 ﹄ ﹃ 荘 子 ﹄ ﹃ 芸 文 ﹄ ﹃ 漢 書 ﹄ ﹃ 毛 詩 ﹄ ﹃ 周 易 ﹄ ﹃ 論 語 ﹄ ﹃ 西 域 記 ﹄ ﹃ 蝪 帝 集 ﹄ 等 と な る。 仏 典 関 係 の 経 論 釈 か ら の 引 用 は、 稀 で あ る。 四 大 師 が 書 か れ る 上 表 文 の 特 色 の 一 つ と し て、 天 子 を 讃 嘆 す る 語 句 を 掲 げ る こ と が で き る。 そ こ で は、 天 子 の 御 高 徳 を 仰 慕 し、 御 仁 政 が 行 な わ れ て い る が 故 に 天 下 太 平 で あ る こ と を 述 べ、 ま た 嵯 峨 帝 が 能 書 で あ ら れ る こ と を 謳 歌 す る な ど、 極 端 な ま で に 天 子 を 誉 め た た え て い る。 以 下 讃 嘆 の 語 句 十 例 を 検 討 す る。 (26) <例22>(表9) メ レ ハ キ ニ 伏 惟 皇 帝 陛 下 仁 過 二 両 儀 一 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 ン ナ リ ニ 道 隆 二 貫 一三 <通釈>伏 し て 惟 る に、 皇 帝 陛 下 ( 嵯 峨 天 皇 ) は、 そ の 御 仁 徳 は 天 地 よ り も 広 大 で あ ら せ ら れ、 そ の 王 道 の 御 仁 政 は ま す ま す 盛 ん で あ る。 典 故 と し て は、 ﹃ 七 命 ﹄ ( ﹃ 文 選 ﹄ 三 五 )、 ﹃ 董 子 ﹄ 第 一 一 王 道 通 三 篇 が 挙 げ ら れ る。 (27) <例23>(表10) ノ レ ハ シ ヲ 伏 惟 皇 帝 陛 下 貫 三 表 レ 号。 タ リ 減 五 称 首。 コ エ ニ 道 適 二 規 矩 一。 シ ニ 明 斉 二 烏 兎 一。 ン テ ニ ナ リ 露 沈 二 文 下 一 六 合 無 為。 テ ニ ス 風 動 二 琴 上 二 人 垂 操。 シ 玉 燭 調 和。 ス 金 鏡 照 耀。 所 レ 謂 輪 瑞 之 運。 ツ 干 レ 今 見 莫。 <通釈>伏し て 唯 れ ば、 皇 帝 陛 下 ( 嵯 峨 天 皇 ) に お か せ ら れ て は、 文 字 通 り、 貫 三 の 徳 を 表 わ さ れ、 美 徳 は 五 帝 の 中 の 第 一 位 に あ た ら れ る。 従 っ て そ の 王 道 は 常 道 を こ え、 そ の 徳 光 は 日 月 に 斉 し い ほ ど に 輝 い て い る。 文 を も っ て 天 下 を 治 め る 故 に、 文 道 盛 ん に し て 天 下 誠 に よ く 治 ま り、 徳 風 は 万 民 に よ く 行 き 渡 っ て、 何 事 も な さ ず 無 為 傍 観 の ま ま に し て 天 下 泰 平 で あ る。 今 天 下 は、 四 時 の 気 候 ま こ と に よ く 調 和 し て、 明 道 津 津 浦 浦 隈 な く 行 き と ど い て い る。 こ の よ う な 陛 下 の 徳 治 は、 あ た か も か の 転 輪 王 の 瑞 運 を 目 の 前 に 見 得 た か の 感 じ で あ る。 カ 典 故 と み ら れ る も の を 次 に 記 す。 ﹁ 皇 帝 陛 下 ﹂ は ﹃ 察 畠 独 断 ﹄ 上 巻 に 見 え る。 ﹁ 貫 三 ﹂ ﹁ 減 五 ﹂ と は、 三 の 字 の 中 を つ ら ぬ け ば 王 と な り、 五 の 右 点 を 減 す と 王 と な る、 つ ま り 王 道 に よ っ て 天 下 を 治 め て い る こ と で あ る。 ﹃ 董 子 ﹄ 第 二 王 道 通 三 篇、 ノ ノ ノ カ ﹃ 文 宣 帝 哀 策 文 ﹄ (﹃ 斉 那 特 進 集 ﹄ ) ﹃ 司 馬 長 卿 難 蜀 父 老 ﹄ カ ( ﹃ 文 選 ﹄ 四 四 ) に、 ﹁ 称 首 ﹂ は ﹃ 任 彦 昇 奏 弾 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 四 〇 ) に 見 え る。 ﹁ 烏 兎 ﹂ は ﹃ 呉 都 賦 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 五 ) に 見 え る。 ﹁ 露 沈 文 下 ﹂ は ﹃ 奉 秋 ﹄ 佐 助 期 (﹃ 初 学 記 ﹄ 第 一 ) に、 ﹁ 六 合 ﹂ は ﹃ 呂 氏 春 秋 ﹄ に、 ﹁ 風 動 琴 上 ﹂ は ﹃ 孔 子 家 語 ﹄ に、 ﹁ 一 人 垂 撲 ﹂ は
﹃ 白 虎 通 ﹄ 第 一、 ﹃ 書 経 ﹄ 周 書 武 成 に 見 え る。 ﹁ 玉 燭 ﹂ は ﹃ 爾 カ 雅 ﹄ 釈 天 に、 ﹁ 調 和 ﹂ は ﹃ 東 方 朔 非 有 先 生 論 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 五 一 ) に、 ﹁ 金 鏡 ﹂ は ﹃ 尚 書 考 霊 耀 ﹄ 初 学 記 に、 ﹁ 輪 瑞 運 ﹂ は ﹃ 倶 舎 頚 疏 ﹄ 世 間 品 第 五 に 見 え る。 (28) <例24>(表11) メ レ ハ キ ノ ニ 伏 惟 皇 帝 陛 下。 慈 過 二 春 風 一。 ミ タ リ ノ ニ 恵 瞼 二 夏 雨 一。 ア カ リ ノ ニ 至 孝 之 名 騰 二 潜 竜 夕 一。 ス ノ ニ 弘 仁 之 号 播 二 御 鳳 朝 一。 メ ハ 天 地 感 応 風 雨 不 レ 違。 ニ メ ナ リ 四 海 康 哉 百 穀 豊 稔。 <通釈>伏し て 惟 る に、 皇 帝 陛 下 ( 嵯 峨 天 皇 ) は、 あ た か も 春 の 風 が 万 物 を 養 う ご と く、 炎 夏 の 時 雨 が 万 物 を 潤 す ご と く、 い や そ れ 以 上 に 仁 慈 広 大 な 御 聖 君 で あ ら れ る。 未 だ 位 に 着 か れ な い 時 よ り、 す で に 至 考 の 御 高 名 高 く き こ え、 御 即 位 の 暦 号 に は、 仁 道 を 弘 む と い う 意 味 の 弘 仁 の 名 を 附 け ら れ た。 天 地 も そ の 御 仁 徳 に 感 応 せ ら れ、 風 雨 時 に 順 い 違 わ ず、 四 海 泰 平 に し て 百 穀 豊 か に 実 る。 天 下 は ま さ に 安 穏 で あ る。 典 故 と 考 え ら れ る も の は 次 の 如 し。 ﹁ 春 風 ﹂ の た と え は ﹃ 曹 ム ル ヲ ノ 子 建 責 レ 躬 詩 表 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 二 〇)に見え る。 ﹁ 潜 竜 ﹂ は ﹃ 任 カ ス ル ノ サ ル ニ ノ ヲ ノ 彦 昇 奉 三 答 勅 示 二 七 夕 詩 一啓 ﹄ ( ﹃ 文 選 ﹄ 三 九 )、 ﹃ 運 命 論 注 ﹄ に、 ﹁ 御 鳳 ﹂ は ﹃ 易 ﹄ 乾 卦、 ﹃ 塩 鉄 論 ﹄ 第 七 国 病 篇 に 見 え る。 風 雨 時 に 従 っ て 百 穀 豊 か に し て 天 下 泰 平 で あ る こ と は ﹃ 老 子 ﹄ カ 上 巻 道 常 無 名 章、 ﹃ 尚 書 ﹄ 虞 書 益 稜、 ﹃ 毛 詩 ﹄ 幽 風 七 月、 ﹃ 平 叔 ノ 景 福 殿 賦 ﹄ に み え る。 (29) <例25>(表15) ノ レ ハ エ ニ 伏 惟 皇 帝 陛 下。 道 超 二 善 貸 一 シ ニ 徳 均 二 洪 鐘 一。 ピ ア タ リ ニ 簡 鍾 二 尭 心 一。 ト ル ヲ 位 握 二 舜 宝 一。 ク ヨ リ モ 天 兄 天 弟 前 皇 後 皇。 仁 高 二 往 帝 一 ク ヲ 義 凌 二 後 辟 一。 チ ニ 明 才 之 詩 満 レ 巷。 い シ シ ツ 何 力 之 碩 可 レ 期。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 ニ メ ヒ ヲ 幽 顕 倶 レ 歓 ル ニ 動 植 慧 レ 恵。 <通釈>伏 し て 惟 る に、 皇 帝 陛 下 ( 淳 和 天 皇 ) は、 善 政 を 布 き 禽 獣 草 木 ま で に も 御 仁 慈 は お よ び、 御 徳 は 天 地 に も 比 す べ き ほ ど 広 大 で あ ら れ る。 だ か ら こ そ 尭 帝 の 心 に 契 っ て 舜 が 位 に つ い た 如 く に、 嵯 峨 帝 の 簡 び に よ っ て 皇 位 を 継 ぐ こ と と な っ た。 前 皇 で あ ら れ る 嵯 峨 帝 も、 今 上 で あ ら れ る 淳 和 帝 も 共 に、 御 仁 徳 は 往 帝 よ り も 高 く、 義 に 富 む こ と 後 々 の 君 よ り も 勝 れ て い る こ と だ ろ う。 明 君 な り と 歌 う 所 の 詩 が 巷 に 満 ち、 尭 帝 御 世 の 民 の 如 く に 天 下 太 平 の 世 と な る だ ろ う。 そ し て 鬼 神 ・ 人 民、 有 情 ・ 非 情 倶 に 歓 び、 皆 陛 下 の 恵 に よ り て 安 穏 と な る だ ろ う。 典 故 と み ら れ る も の に 次 の 典 籍 が 挙 げ ら れ る。 ﹁ 善 貸 ﹂ は カ ヲ カ ﹃ 股 仲 文 解 二 尚 書 一 表 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ 三 八 ) に、 ﹁ 洪 鎗 ﹂ は ﹃ 荘 子 ﹄ カ 第 三 太 宗 師 篇 に 見 え る。 ﹁ 尭 心 ﹂ は ﹃ 沈 休 文 詩 ﹄ (﹃ 沈 隠 侯 集 ﹄ 第 二、 ﹃ 文 選 ﹄ 二。 ) に、 ﹁ 舜 宝 ﹂ は ﹃ 易 ﹄ 繋 辞 に 見 え る。 ﹁ 先 天 後 ル ノ モ フ ヲ ニ 天 ﹂ は ﹃ 賀 二 上 皇 還 7 京 表 ﹄ (﹃ 表 制 集 ﹄ 第 一 )、 ﹃ 広 弘 明 集 ﹄ 第 二 に 見 え る。 ﹁ 明 才 之 詩 ﹂ は ﹃ 尚 書 ﹄ 虞 書 皐 陽 護 に、 ﹁ 何 力 ﹂ ル ノ ヲ は ﹃ 論 衡 ﹄ 第 五 感 虚 篇 に 見 え る。 ﹁ 幽 顕 ﹂ は ﹃ 述 二 蒋 州 僧 一書 ﹄ カ メ ニ ノ ス ル ニ (﹃ 国 清 百 録 ﹄ 第 二 )、 ﹃ 魏 収 為 二 東 魏 一激 レ 梁 文 ﹄ (﹃ 魏 特 進 集 ﹄ ) に 見 え る。 ゆ <例26>(表16) ノ レ バ ク ヨ リ モ 伏 惟 皇 帝 陛 下。 道 高 二 常 道 一。 タ リ ニ 徳 過 二 上 徳 一。 イ タ ミ ヲ ニ 珍 二 納 陛 於 万 生 一。 玉 フ ハ ン ﹁ ヲ ヲ 憂 二 物 之 失 ワ 所。 <通釈>伏し て 惟 れ ば、 皇 帝 陛 下 ( 淳 和 天 皇 ) は、 御 道 は て 世 間 の 常 道 よ り も 高 く あ ら せ ら れ、 そ の 御 徳 は 聖 者 よ り も 以 上 に 勝 れ ら れ て い る。 多 く の 人 民 の 苦 し み を い た み あ わ れ み、 一 人 の 民 に 対 し て も 所 を 得 ず し て 苦 し ん で い る 者 は な い か と 憂 え て お ら れ る。 典 故 と 考 え ら れ る も の に、 ﹁常 道 ﹂ ﹁ 上 徳 ﹂ は ﹃ 老 子 経 ﹄ 上 ノ 巻 道 可 道 章 に 見 え る。 ﹁ 診 納 陛 ﹂ は ﹃ 東 京 賦 ﹄ (﹃ 文 選 ﹄ カ カ ノ 三 )、 ﹃ 萢 雲 表 ﹄ (﹃ 芸 文 ﹄ 第 五〇 )、 ﹃ 王 逸 楚 辞 注 ﹄ 第 四 に 見 ノ テ フ ヲ え る。 ﹁ 一 物 ﹂ は ﹃ 孔 子 家 語 ﹄、 ﹃ 梁 簡 文 帝 重 請 二 御 講 一啓 ﹄
( ﹃ 廣 弘 明 集 ﹄ 二 一 ) に 見 え る。 (31) <例27>(表17) ノ レ ハ ノ ク イ ト マ 伏 惟 太 上 天 皇。 脱 鷹 多 レ閑。 ト メ シ モ フ 超 然 坐 亡。 シ ノ ヲ 九 丹 写 二 其 一 一。 ク ス ノ ヲ 入 体 篤 二 其 風 一。 <通釈>伏し て 惟 る に、 太 上 天 皇 ( 嵯 峨 上 皇 ) は、 惜 し げ も な く 御 位 を 譲 り、 世 事 に か か わ ら ず、 寂 莫 無 心 と な さ れ て い る。 こ の よ う な 御 心 境 で、 九 丹 の 一 に 練 達 せ ら れ、 ま た 入 体 の 書 法 を 好 み 極 め ら れ て お ら れ る。 典 故 と し て は、 ﹁ 太 上 ﹂ は ﹃ 史 記 ﹄ 高 祖 本 紀 に、 ﹁ 脱 躍 ﹂ ノ ノ は ﹃ 不 思 議 法 師 供 養 法 疏 ﹄ 上 巻、 ﹃ 潅 南 子 ﹄ に、 ﹁ 多 閑 ﹂ は カ ノ ﹃ 徐 陸 い 玉 ム F 新 詠 序 ﹄ ( ﹃ 徐 僕 射 集 ﹄、 ﹃ 芸 文 ﹄ 五 五 ) に、 ﹁ 超 然 ﹂ は ﹃ 漢 書 ﹄ 費 誼 列 伝 第 一 入 に、 ﹁ 坐 亡 ﹂ は ﹃ 荘 子 ﹄ 第 三 大 宗 師 篇 に 見 え る。 ﹁ 九 丹 ﹂ は、 ﹃ 抱 朴 子 ﹄ 内 篇 第 一 金 丹 篇 に 見 え る。 右 例 に よ っ て 明 ら か な 如 く、 天 子 を 讃 え る 文 章 で は、 文 章 の 形 式 と し て は、 ﹁伏 惟 皇 帝 陛 下 云 云 ﹂ の 形 を と っ て い る。 上 表 文 に お い て、 こ の 形 式 を 用 い て い る の は、 右 に 示 し た 六 例 の み で あ る。 年 代 順 に こ れ を み る と、 <例22>は弘仁 四 年、 <例23>は弘仁五年、<例24>は弘仁五年、<例25> は 弘 仁 一 四 年、 <例26>は天長元年、<例27>は天長元 年 以 後 の 著 作 と な る。 こ れ に よ っ て、 上 表 文 に お い て、 大 師 が 右 形 式 を 用 い 始 め る の は、 ( 表 9 ) 以 後、 つ ま り 大 師 四 十 才 以 後 で あ る こ と が 明 ら か で あ る。 こ れ は 次 に 示 す 例 < 例 28 ><例 29 ><例30><例31>によっ て も 確 証 で き る。 す な わ ち、 右 六 例 以 外 の 上 表 文 に お い て、 天 子 を 讃 嘆 し て い る 語 句 を 摘 出 す る と、 い ず れ も 弘 仁 三 年 大 師 三 九 才 ま で の 嵯 峨 帝 に 奉 進 す る 御 文 章 で あ る。 こ れ ら の 讃 嘆 文 は、 右 例 の よ う な 定 型 化 さ れ た 形 式 に よ っ て 書 か れ た も の で は な い。 以 下 こ れ ら 四 例 を 明 ら か に す る。 (32) <例28>(表2) ヤ ヒ し ヲ ス ル ハ ヲ ナ リ 況 復 覆 レ 我 戴 レ 我 仁 王 之 天 地。 キ ヲ ク ハ ヲ ナ リ 開 レ 目 開 レ 耳 聖 帝 之 医 王。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 <通釈>まし て や ま た、 我 を 覆 っ て い る 天 も、 我 を 載 せ て い る 地 も 陛 下 の も の で あ る。 ま た 我 を 入 唐 さ せ 唐 の 文 化 に 俗 さ せ、 心 耳 心 目 を 開 か せ た の も、 医 王 に も 比 ぶ べ き 嵯 峨 帝 の 御 仁 徳 に よ っ た か ら に 外 な ら な い。 典 故 と し て は、 ﹃ 漢 書 ﹄ (﹃ 諸 葛 豊 列 伝 ﹄ 四 七 ) に ﹁ 天 の 如 く に 覆 い、 地 の 如 く に 載 す ﹂ と あ る。 <例29>(表3) ニ ツ キ ニ 当 今 尭 日 麗 レ 天。 ス ニ 薫 風 通 レ 地。 ニ メ 垂 撲 無 為。 ス ル ー ヲ テ リ ニ 頬 レ 徳 溢 レ 街。 <通釈>まさ に 嵯 峨 帝 の 御 世 は、 発 帝 の 天 下 が 徳 治 に よ っ て よ く 治 ま っ て い た 如 く よ く 治 ま り、 帝 の 徳 化 は 万 民 に あ ま ね く ゆ き わ た り、 衣 を 垂 れ 手 を 撲 い て 何 事 も な さ ず と も 天 下 泰 平 で あ り、 天 子 の 御 高 徳 を 讃 嘆 す る 声、 街 に 溢 ふ れ て い る。 ノ 典 故 と み ら れ る 典 籍 は、 ﹁ 尭 旦 麗 天 ﹂ は ﹃ 沈 約 郊 店 歌 ﹄ ( ﹃ 沈 隠 侯 集 ﹄、﹃ 芸 文 ﹄ 四 三 )、 ﹃ 周 易 ﹄ 離 卦 象 乱 に、 ﹁ 董 風 ﹂ は ﹃ 孔 カ 子 家 語 ﹄ 第 入、 ﹃ 王 子 年 拾 遺 記 ﹄ (﹃ 拾 遺 記 ﹄ 第 一 ) に 見 え る。 ル ﹁ 垂 撲 ﹂ は ﹃書 経 ﹄ 周 書 武 成 に 見 え る。 ﹁ 類 徳 溢 街 ﹂ は ﹃ 述 ニ ノ ヲ 蒋 州 僧 一書 ﹄ ( ﹃ 国 清 百 録 ﹄ 第 二 )、 ﹃ 左 伝 ﹄ 嚢 三 一 年、 ﹃ 列 子 ﹄ カ ノ 仲 尼 篇、 ﹃ 沈 約 斉 安 陸 王 碑 ﹄ に 見 え る。 (34) <例30>(表7) ヘ ハ ヲ レ リ ニ 問 レ 数 足 レ 千。 レ ハ ヲ シ ノ 看 レ 色 如 レ 金。 金 者 不 変 之 物 也。 ハ レ 千 是 ︼ 聖 之 期 也。 <通釈>献ずる と こ ろ の 柑 子 の 数 は 千 に 満 ち、 色 を 看 れ ば 黄 金 色 を し て い る。 黄 金 は 永 遠 不 滅 の 色 で あ る。 千 は 聖 人 出 世 の 期 年 で あ る。 右 は、 恒 例 に よ り て、 乙 訓 寺 の 柑 子 を 献 上 す る 文 中 に み ら れ る。 奉 献 す る 柑 子 の 数 と 色 に こ と よ せ て 嵯 峨 天 皇 を 讃 嘆 し て い る。 典 故 と 考 え ら れ る も の は 次 の 如 し。 ﹁ 金 者 不 変 ﹂ は ﹃ 説 文 ﹄
カ カ 第 四 に、 ﹁ 千 是 一 聖 ﹂ は ﹃ 李 薫 遠 運 命 論 ﹄、 ﹃ 桓 子 新 論 ﹄ (﹃ 文 ノ 選 ﹄ 三 七、 勧 進 表 善 註 ) に 見 え る。 (35) <例31>(表13) ノ ヲ 干 レ 時 尭 蟻 流 レ 光 オ ス 葵 蕾 自 感。 <通釈>時に 今 上 陛 下 の 御 高 徳 は、 尭 帝 よ り 以 上 に 万 民 の 仰 ぎ 奉 る と こ ろ で あ り、 あ た か も 葵 花 が 太 陽 に 向 い 傾 く が 如 く 万 民 に 仰 き 慕 わ れ て い る。 右 文 は、 屏 風 を 書 き 終 っ て 嵯 峨 帝 に 献 上 す る 文 中 に あ る。 カ 典 故 と し て は、 ﹁ 天 子 を 仰 ぎ 慕 う 意 ﹂ は ﹃ 李 嬌 詩 ﹄ (﹃ 百 詠 集 ﹄ 上 )、 ﹃ 左 傳 ﹄ 成 公 一 七 年、 ﹃ 潅 南 子 ﹄ に 見 え る。 以 上、 上 表 文 中 の 天 子 を 讃 嘆 さ れ る 語 句 を 検 討 し 終 え た。 そ の 結 果 大 師 が 天 子 を 讃 嘆 す る 方 法 は、 次 の 構 想 に よ っ て い る。 讃 嘆 の 目 標 と な る も の は、 容 姿 ・ 衣 服 ・ 宮 殿 の よ う な も の で は な く、 天 子 の ﹁ 徳 ﹂ が そ れ で、 こ れ を あ ら ゆ る 方 面 か ら 称 讃 し て い る だ け で あ る。 す な わ ち、 今 上 帝 は、 五 帝 の 美 徳 を も っ て す る も 敵 わ ず と か、 美 徳 の 明 光 が 目 月 に 斉 し く 輝 く と か、 貫 三 減 五 の 徳 を 持 つ と か、 嵯 峨 ・ 淳 和 の 皇 位 継 承 は、 尭 ・ 舜 の 謙 譲 の 美 徳 に た と え ら れ る な ど と 天 子 の 御 徳 を 誉 め た た え る。 嵯 峨 帝 の 書 道 ・ 文 道 を 称 讃 さ れ る こ と は 言 う に お よ ば な い。 帝 が 具 え る ﹁ 徳 ﹂ は ﹁ 仁 徳 ﹂ と い う。 そ の ﹁ 仁 徳 ﹂ を 持 つ 聖 天 子 は、 ﹁ 仁 道 ﹂ に よ っ て 国 を 治 め る。 ﹁ 仁 道﹂ に よ る ﹁ 仁 政 ﹂ ま す ま す 盛 ん で あ り、 転 輪 王 に も 比 べ ら れ る と 大 師 は ま た ﹁ 仁 政 ﹂ を ほ め る。 ﹁ 仁 政 ﹂ で あ る が 故 に 天 下 泰 平 で 四 海 安 穏、 春 の 風 が 万 物 を 養 う 如 き が、 今 の 御 世 で あ る。 だ か ら 万 民 も こ ぞ っ て 帝 を 崇 め 慕 う の で あ る。 右 の よ う な 内 容 を 加 味 し な が ら 文 章 が 組 立 て ら れ る。 す で に 文 章 構 造 の 面 か ら 明 ら か に し た 如 く、 一 定 の 法 則 に 従 っ た 形 式 に、 右 の 内 容 を ふ ま え た 讃 嘆 句 型 が 定 型 化 さ れ る の は、 大 師 四○才の時といえ よ う。 讃 嘆 の 句 調 を 格 調 高 く す る た め に は、 中 国 の 典 籍 か ら の 典 故 が 必 要 で あ る。 そ の 為 に 用 い ら れ る 典 故 と し て は、 ﹃ 文 選 ﹄ が 圧 倒 的 に 多 い。 そ の 他 の 典 籍 は、 実 に 散 布 し て い る が、 い ず れ も 同 じ 語 句 を 二 度 使 用 し て い る と こ ろ は な い。 比 較 的 に 多 い も の は、 ﹃書 経 ﹄ ﹃ 周 易 ﹄ ﹃ 荘 子 ﹄ ﹃ 爾 雅 ﹄ ﹃ 史 記 ﹄ ﹃ 老 子 ﹄ ﹃ 論 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 衡 ﹄ ﹃ 孔 子 家 語 ﹄ ﹃ 楚 辞 ﹄ か ら の 引 用 で あ る。 大 師 は、 天 子 を 讃 仰 す る に 比 し て、 自 ら を 実 に 卑 下 し、 謙 遜 さ れ る 文 章 を 書 か れ る。 つ づ い て そ の 語 句 を 考 察 し て い き た い。 註 (1)﹃文 選 ﹄ 三 七、 表。 李 善 注 に ﹁ 三 王 已 前 謂 二 之 敷 奏 嚇。 故 尚 書 云。 敷 奏 以 レ 言 是 也。 至 三奏 井 二 天 下 一改 爲 レ 表 ( 中 略 ) 六 國 及 奏 漢 兼 謂 二 之 上 書 一。 行 二 此 五 事 一。 至 二 漢 魏 一 已 來 都 日 レ 表。 進 二之 天 子 一稔 レ 表。 進 二諸 侯 一構 二 上 疏 一。 魏 已 前 天 子 亦 得 二 上 疏 一﹂ と あ る。 ま た ﹃ 文 心 離 龍 ﹄ 第 五 巻、 章 表 篇 で は、 上 奏 文 の 歴 史 と 内 容 に つ い て 詳 説 し て い る。 後 世 の も の に な る が 明 徐 師 会 撰 ﹃ 文 体 明 辮 ﹄ 表 に は ﹁ 按 字 書。 表 者 標 也。 標 二 著 事 緒 一使 二 之 明 白 一以 告 二 乎 上 一也。 古 者 献 三 言 於 君 一皆 構 二 上 書 一。 漢 定 二禮 儀 一乃 有 二 四 品 一。 其 三 日 レ 表。 然 但 用 二以 陳 請 一而 已 ﹂ と あ る。 つ ま り ﹁ 表 ﹂ と は、 事 の 順 序 を 明 白 に 著 し て、 天 子 に 奉 献 す る 文 章 で あ る。 日 本 古 文 書 の 立 場 で は ﹁ 表 ﹂ と は、 上 位 に 事 を 申 上 ぐ る 文 書 の 中、 一 般 的 名 称 で 呼 ば れ な い 特 殊 な も の と し て 扱 わ れ て い る。 ( ﹃ 日 本 古 文 書 ﹄ 上、 七 六 五 頁 以 下。 相 田 二 郎 著。 岩 波 書 店。 ) 本 論 文 で 取 り 扱 う 大 師 の ﹁ 表 ﹂ 形 式 の 御 文 章 は、 典 故 ・ 文 型 共 に 実 に 中 国 的 で あ る。 特 に そ の 内 容 が ﹃ 文 選 ﹄ に 依 拠 し て い る こ と は、 本 論 文 に お い て 明 ら か な と お り で あ る。 (2)﹃弘法 大 師 全 集 ﹄ ( 以 下 ﹃ 大 師 全 集 ﹄ と 略 す ) 第 三 輯 掲 載。 各 文 章 を 本 論 文 の 配 列 順 次 に 従 う と 以 下 の 如 し。 ( 表 1 ) 四 三 五 頁。 ( 表 2 ) 四 三 五 -四 三 六 頁。 ( 表 3 ) 四 三 七 頁。 ( 表 4 ) 四 四 〇頁。(表5)四四 一 一 四 四 二 頁。 ( 表 6 ) 四 三 八 -四 三 九 頁。 ( 表 7 ) 四 三 九 -四 四 〇 頁。 ( 表 8 ) 五 二 二 -五 二 三 頁。 ( 表 9 ) 四 四 八-四四九 頁。 (表 10 ) 四 四 二-四四四 頁。 (表 11 ) 四 四 四 -四 四 六 頁。 ( 表 12 ) 五 二 三 -五 二 五 頁。 ( 表 13 ) 四 二 六 -四 二 九 頁。 ( 表14)五一 九 頁。 ( 表 15 ) 四 四 六 -四 四 七 頁。 (表 16 ) 四 四 七-四四 八 頁。 ( 表 17 ) 四 四 八 頁。 (表18)五 二 一 -五 二 二 頁。 ( 表 19 ) 五 二 ○頁。 以 上 の 御 文 章 は、 大 概 本 文 終 り の ﹁ 書 止 ﹂ に つ づ い て ﹁ 日 附 ﹂ が 記 さ れ て い る。 本 論 文 の 順 次 と す る に つ い て 問 題 と な る も の を 次 に 示 す。 (表4)につ い て。 本 文 に ﹁ 右 随 二 先 日 命 一書 得 奉 進 ﹂ と あ る。 ﹃ 遍 照 発 揮 性 霊 集 便 蒙 ﹄ 十 巻。 運 倣 ( 以 下 ﹃ 便 蒙 ﹄ と 略 す ) ﹁ 真 言 宗 全 書 四 二 巻 所 収。 本 論 文 の ﹃ 便 蒙 ﹄ の 頁 数 は こ れ に よ る。 一 一 七 頁 上。 お よ び ﹃ 遍 照 発 揮 性 霊 集 紗 ﹄ -七 巻。 運 敬 ( 以 下 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ と 略 す ) 巻 第 四 上、 二 四 丁 右。 に ﹁ 前 有 下書 二廷 芝 集 一献 表 上。 今 重 有 レ 旨 書 以 献 納。 故 今 表 有 二 珍 素 重 汗 之 語 一前 表 弘 仁 二 年 六 月 也 ﹂ と あ る。 (表5)につ い て。 ﹃ 性 霊 集 便 蒙 妙 ﹄ 一 七 巻。 泰 音 ( 以 下 ﹃ 便 蒙 鋤 ﹄ と 略 す ) 巻 第 四 之 一、 二 六 丁 左 -二 七 丁 右 に 以 下 の 出 典 が 見 え る。 ﹃ 塔 嚢 紗 ﹄ 第 二 十 日。 弘 法 大 師 弘 仁 二 年 冬 依 レ 勅 補 二 乙 訓 寺 別 当 一。 ﹃ 遊 方 記 ﹄ 第 二 日。 弘 仁 二 年 十 月 二 十 七 日 乙 訓 寺 寺 主 願 演 与 二 檀 家 豪 族 一相 議 以 レ 寺 献 レ 師。 師 移 而 住 焉。 (表八)につい て。 ﹁ 日 本 後 紀 ﹄ 巻 二 十 二 弘 仁 四 年 正 月 の 項 に ﹁ 丁 巳。 少 僧 都 伝 燈 大 法 師 位 永 忠 請 レ 老。 優 詔 不 レ 許 レ 之 ﹂ と あ る。 (表 16 ) に つ い て。 ﹃ 御 遺 告 ﹄
( ﹃ 大 師 全 集 ﹄ 第 二 輯 七 八 七頁)﹃遺告 諸 弟 子 等 ﹄ ( ﹃ 大 師 全 集 ﹄ 第 二 輯 八 二 五 頁 ) に ﹁ 天 長 皇 帝 即 位 任 二少 僧 都 一。 再 三 奏 辞 不 レ 免 在 レ 公 ﹂ と あ る。 ﹃ 三 十 帖 策 子 勘 文 ﹄ ( ﹃ 大 師 全 集 ﹄ 第 五 輯 五 七 九 頁 ) に ﹁ 天 長 元 年 祈 レ雨 有 レ 感 超 任 二 少 僧 都 一﹂ と あ る。 (3)、﹃大師 全 集 ﹄ 四 三 五 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 四 上、 二 丁 右 ・ 左。 ﹃ 便 蒙 ﹄ -○八頁 上。 ﹃ 便 蒙 妙 ﹄ 巻 第 四 之 一、 初 右 -左 参 照。 (4)大師 の 御 文 章 の 典 故 に つ い て は、 典 故 と な っ て い る と 考 え ら れ る 典 籍 の 原 文 を 逐 一 網 羅 す る の が 順 当 で あ る と 考 え る。 典 故 は、 ﹃性 霊 集 紗 ﹄ ﹃ 便 蒙 ﹄ ﹃ 便 蒙 妙 ﹄ の 三 注 釈 書 に 詳 細 に 記 さ れ て お り、 こ れ に よ っ て そ の 大 綱 を 見 越 す こ と が で き る。 だ が 注 文 を 全 て 提 示 す る こ と は 莫 大 な 量 の た め、 本 論 文 の 紙 幅 で も っ て こ れ を 示 す こ と は で き な い。 典 故 の 問 題 は、 別 に こ れ を 取 り 扱 う こ と と す る が、 本 論 文 で は、 典 故 を こ の 三 書 に 求 め、 注 に お い て 出 典 箇 所 を 指 摘 し、 論 文 本 文 中 で は、 典 籍 の 名 称 を 示 し て 典 故 の 問 題 に 触 れ る こ と と す る。 (5)﹃大 師 全 集 ﹄ 四 三 七 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 上、 一 一 丁 左-一二 丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 一 一 頁 上 -下。 ﹃ 便 蒙 砂 ﹄ 巻 第 四 之 一、 八 丁 左。 (6)﹃大 師 全 集 ﹄ 四 四 ○ 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 妙 ﹄ 巻 第 四 上、 二 四 丁 右 ・ 左。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 一 七 頁 下。 ﹃ 便 蒙 妙 ﹄ 巻 第 四 之 一、 二 一 丁 右 ・ 左。 (7)﹃大師 全 集 ﹄ 四 三 八 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 四 上、 一 九 丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 一 四 頁 下。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 一、 一 七 丁 右 -左。 (8)﹃大師 全 集 ﹄ 四 二 六 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 妙 ﹄ 巻 第 三、 初 右 -二 丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 八 ○ 頁 下。 ﹃ 便 蒙 妙 ﹄ 巻 第 三 之 一、 初 右-二丁 左。 (9)﹃大師 全 集 ﹄ 四 四 一 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 妙 ﹄ 巻 第 四 上、 二 九 丁 右 ・ 左。 ﹃ 便 蒙 ﹄-一九頁 下。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 一、 二 六 丁 右-左。 (10)﹃大 師 全 集 ﹄ 五 二 二 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 九、 一 六 丁 左-一七丁 左。 ﹃ 便 蒙 ﹄三〇-頁上-下。﹃便蒙鋤﹄巻 第 九、 一 〇 丁 左。 (11)﹃大師 全 集 ﹄ 四 四 八 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 四 下、 二 一 丁右-二二丁右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 二 二 五 頁 下-二二六頁上。﹃便蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 二、 一 七 丁 左。 (12)﹃大師 全 集 ﹄ 四 四 三 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 四 上、 四。 丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 二 四 頁 下。 ﹃ 便 蒙 妙 ﹄ 巻 第 四 之 一、 三 七 丁 左。 (13)﹃大師全 集 ﹄ 四 三 九 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 上、 二 一 丁左-二二丁左。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 一 五 下-一一六下。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 一、 一 八 丁 左-二〇丁 右。 (14)﹃大師全 集 ﹄ 五-九頁。注釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 九、 四 丁 右。 ﹃便蒙﹄二九五頁上。﹃便蒙妙﹄巻第九、初左-二丁右。 (15)﹃大師全 集 ﹄ 四 四 七 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 四 下。 一 四 丁 左-一五丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 二 三 一頁 上。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 三 之 二、 四 丁 右。 (16)﹃大師全集 ﹄ 五 二 〇 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 妙 ﹄ 巻 第 九、 七 丁 右。 ﹃便蒙﹄二九六頁下。﹃便蒙紗﹄巻第九、四丁右。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色
密 教 文 化 (17)﹃大 師 全 集 ﹄ 四 四 二 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 四 上、 三 二 丁 右-三三丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 二 一 頁 上。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 一、 三 〇 丁 右-三一丁左。 (18)﹃大師全 集 ﹄ 四 四 六 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 下、 一 一 丁 左-一三丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 二 二 〇 頁 下-二二一 頁 下。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 二、 八 丁 左-一○丁右。 (19)﹃大師全 集 ﹄ 四 四 八 頁。 注 釈 は、 ﹃性 霊 集 妙 ﹄ 巻 第 四 下、 一 八 丁 左-一九 丁 左。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 二 二 四 頁 上-下。﹃便蒙紗﹄巻第 四 之 二、 一 四 丁 左-一五丁 右。 (20)﹃大師 全 集 ﹄ 五 二 三 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 九、 二 二 丁 左-二三丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 三 〇 三 頁 下-三〇四 頁 上。 ﹃ 便 蒙 砂 ﹄ 巻 第 九、 一 三 丁 左。 (21)﹃大師全 集 ﹄ 四 四 七 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 下、 一 五 丁 右 ・ 左。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 二 二 二 頁 上-下。﹃便蒙紗﹄巻第 四 之 二、 一 二 丁 右。 (22)﹃大師 全 集 ﹄ 五 二 一 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 九、 二 二 丁 右-一五丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 二 九 九 頁 下-三〇〇頁 下。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 九、 八 丁 左-九丁 左。 (23)﹃大師 全 集 ﹄ 四 四 四 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 四 下、 初 右 -二丁左。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 二 六 頁 下-一二七頁 上。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 二、 初 右-二丁 左。 (24)﹃大師 全 集 ﹄ 四 二 六 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 三、 二 丁 右 -左。﹃便蒙﹄八○頁下-八一頁上。﹃便蒙紗﹄巻第三之一、二 丁 左。 (25)本論 文 中、 <例1>から<例13>まで。この中<例1><例 2><例3><例4><例9><例10>では、冒頭 に ﹁ 沙 門 空 海 言 ﹂ と し て い な い が、 冒 頭 で 勅 命 に 随 っ た 上 表 文 で あ る こ と を 歌 っ て い る こ と に は 変 り な い。 本 論 文 中、 <例14>から<例21>まで。<例16>の﹁沙 門 空 海 聞 ﹂ は、 ﹁沙 門 空 海 言。 空 海 聞 ﹂ の 略 と み て よ か ろ う。 従 っ て、 ﹁表﹂形式における大師の文章は、全てにおいて本論文二二頁 上 の 形 式 に よ っ て い る と い え る。 (26)﹃大師 全 集 ﹄ 四 四 九 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 下、 二 二 丁 左。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 三 六 頁 上。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 二、 二 〇 丁 右。 (27)﹃大師全 集 四 四 三 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 上、 三 七 丁 右-三八丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 二 三 頁 上-下。﹃便蒙紗﹄巻第四之 一、 三 五 丁 右-三六丁 右。 (28)﹃大師 全 集 ﹄ 四 四 四-四四五 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 下、 二 丁 左-三丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 二 七 頁 上。 ﹃ 便 蒙 妙 ﹄ 巻 第 四 之 二、 二 丁 左-三丁 右。 (29)﹃大師 全 集 ﹄ 四 四 六 頁。 注 釈 は、 ﹃性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 下、 二 二 丁 右-一四丁右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 三 一 頁 下-二三一 頁 上。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 二、 一○丁右-二丁左。 (30)﹃大師全 集 ﹄ 四 四 七 頁。 注 釈 は、 ﹃ 聖 霊 集 砂 ﹄ 巻 第 四 下、 一 六 丁 左-一七丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 二 三 二 頁 上。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 二、 二 二 丁 右 ・ 左。 (31)﹃大師 全 集 ﹄ 四 四 八 頁。 注 釈 は、 ﹃性 霊 集 妙 ﹄ 巻 第 四 下、 一 九 丁 左-二一 丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 二 二 四 頁 下-二二 五 頁 上。 ﹃ 便 蒙 砂 ﹄
巻 第 四 之 二、 一 五 丁 右-一六丁左。 (32)﹃大師 全 集 ﹄ 四 三 六 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 上、 一 ○ 丁 左-一一丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 一 一 頁 上。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 一、 八 丁 右。 (33)﹃大師 全 集 ﹄ 四 三 七 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 上、 一 二 丁 左-二二丁右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 一 二 頁 上。 ﹃ 便 蒙 砂 ﹄ 巻 第 四 之 一、 九 丁 左-一〇 丁 右。 (34)﹁大師 全 集 ﹄ 四 四 一 頁。 注 釈 は、 ﹃性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 四 上、 二 九 丁 左。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 一 一 九 頁 下。 ﹃ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 四 之 一、 二 七 丁 右。 (35)﹃大師 全 集 ﹄ 四 二 八 頁。 注 釈 は、 ﹃ 性 霊 集 紗 ﹄ 巻 第 三、 一 七 丁 左-一八丁 右。 ﹃ 便 蒙 ﹄ 八 八 頁 上。 ﹁ 便 蒙 紗 ﹄ 巻 第 三 之 一、 二 五 丁 右 -左。 弘 法 大 師 の 上 表 文 に お け る 文 章 構 造 の 特 色