雑誌名 英語英文学研究
巻 23
ページ 40‑50
発行年 2017‑09‑30
出版者 東京家政大学人文学部英語コミュニケーション学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009723/
日本語のかき混ぜ文の獲得についての一考察
―
母語獲得の経済性の原理の検証―
1根本 貴行
概要
On the base of principle of economy in the process of acquiring first lan- guage, which I proposed in Nemoto (2015a, 2015b, 2017), it is predicted that Japanese speaking children delay to master sentences that contain scram- bling operation in Japanese. I verify in this paper whether this is the case or not. The result of my experiments for 2-year and 3-year old children show that the latter understand sentences which contain scrambling but the for- mer seemed to have difficulty to understand ones as I predicted. I conclude that the principle I proposed in Nemoto (2015a, 2015b, 2017) could be valid explanation for the process of first language acquisition.
キーワード: 母語獲得、経済性の原理、スクランブリング(First language acquisition, Principle of economy, Scrambling)
1.はじめに
根本(2015b、2017) やNemoto (2015a) において、母語獲得過程は経済性 の原理に従って経過するものであると主張している。そもそも、経済性の 原理とは、Chomsky (1995) 以降、文派生おいて複数の派生方法がある場合、
(1) が示す通り、よりコストのかからない経済的な操作が選択されるとする ものである。
(1) a. There is likely to be a proof discovered.
b. [TPEPP to be a proof discovered]
c. thereiis likely [TPEPP tito be a proof discovered]
(1a) の派生が従属節の段階まで進んだとしよう(1b)。従属節の外項には
EPP素性があり、これを何らかの方法で照合し削除しなければならない。
従属節のEPP素性を削除する操作として次に得られる手段は、there の外的 融合か、a proof のTP 指定部への移動である。(1c) が示す通り、there の外 的融合により従属節の主語が満たされる派生では、文法的な文が得られる。
一方、(2) が示す通り、a proof のTPへの移動によって従属節の主語が満た される派生は、非文を生成してしまう。
(2) a. [TPEPP to be a proof discovered]
b. [TPa proofiEPP to be tidiscovered]
c. *There is likely a proof to be discovered.
Chomsky (2000) は、文法操作において外的融合と内的融合(以下、移動)で
は前者の方がコストがかからず経済的な操作であると述べている。移動操 作とは、すでに外的融合によって構造内に導入されている統語要素を選び、
コピーし移動先へ転写、さらに元のコピーを削除する一連の手順を踏むこ ととなる。故に、移動操作は融合操作以外により複雑な操作を必要とする ものであることから、コストのかかる文法操作になる。
文法操作にこのようなコストの差があるということは、文法操作自体の 複雑さを示すものであると考えることができる。もしこれが正しければ、
子供の母語を獲得する各段階において、その時点で子供が用いることので きる文法操作を考えると、コストのかからない操作、すなわち経済的でよ り容易だと考えられる簡単な操作から使用が始まり、文法が成熟するにつ れてコストのかかるより複雑な操作が利用できるようになると考えられる。
(3) 母語習得過程における経済性の原理
母語の習得過程では、より経済的な操作から利用可能になる。
根本(2017)
Chomsky (2000) では、外的融合は「無料」の操作であると述べられており、
その点で外的融合は初期文法において最も早く利用可能な操作であるとい うことになろう。生後12カ月程度で一語期を迎えた幼児にとって、次に 得られる操作が外的融合となり、故に生後18カ月頃から二語期が始まる。
一方、移動は外的融合に比べてコストのかかる文法操作であり、統語要素 の移動はある程度文法が成熟しないと利用できない操作であるということ になる。
2.構文間の比較と予測
文法操作における操作の経済性について、Chomsky (1995) によると外的 融合(移動)操作においても、統語要素に対する操作が可視移動か不可視 移動かによってコストの差が生じることになる。
(4) 先延ばしの原理
不可視移動は可視移動より経済的である。
文の派生はインターフェイスにおいて完全解釈の原理に従う。すなわち、
インターフェイスで解釈不可能な文派生の中に存在する素性は、派生のど こかの段階で削除されなければ、派生が破綻してしまう。文の派生が経済 的に行われ、不可視移動と可視移動の両方が選択可能であれば、よりコス トのかからない前者が選択されることになる。既に述べた通り、この文派 生における経済性の原理は母語の獲得過程にもあてはまり、より経済的な
不可視移動の方が可視移動より早期に利用可能になると考えられる。
母語習得課程における経済性の原理に基づくと、例えば原田(2003)、
Nemoto (2015a, b) が述べるように、疑問詞が可視移動する英語と不可視移
動する日本語では、後者の習得時期が早いという観察がされている。特に
Nemoto (2015) では、英語の主語疑問詞疑問文の習得時期と日本語の疑問
詞疑問文の習得時期に差があまりないことから、英語の主語疑問詞移動も 不可視移動により派生しているのではないかと主張している。
母語獲得過程における経済性の原理に基づいた仮定が正しいとすれば、
母語の獲得はデフォルトの語順が獲得され、次第にコストのかかる文法操 作が利用可能になっていくことを予測する。日本語では、かきまぜ操作
(スクランブリング)が適用された文は、デフォルトの語順に加えて可視 移動を行うことによってよりコストのかかる派生となるため、早期文法状 態の子供によるかき混ぜ操作を含んだ文の発話が見られなかったり、かき まぜ操作を含んだ文の理解が難しかったりするということが予測される。
3.かき混ぜ文の理解(検証)
日本語の疑問詞は、英語の疑問詞疑問文とことなり、元位置に留まるこ とが許される。
(5) a. 花子は 何を 読んだの。
b. 何を 花子は 読んだの。
c. What did Mary read?
d. *Did Mary read what?
(5d) の通り、英語では疑問詞が目的語の位置に留まると非文となる。しかし、
日本語では、疑問詞が元位置に留まることも、文頭に移動することも可能
である。(5b) のように日本語で疑問詞が文頭へ移動した時の疑問詞は、英語
の疑問詞とはその振る舞いが異なることが観察されている。英語では疑問 詞の文頭への移動が義務的である一方で、日本語では疑問詞の移動はCP への疑問詞移動ではなく、スクランブリング(かき混ぜ操作)であると考 えられている。
(6) a. 花子は [太郎が 何を 食べた か] 知っている(こと)
b. ?何をi [花子は [太郎が ti 食べた か] 知っている
(こと)
日本語の疑問詞は疑問の終助詞によって認可される。(6a) では、従属節の疑 問詞が疑問の終助詞「か」によるc 統御により認可されている。一方、(6b) では、疑問詞が従属節から主節へ移動し、そのため「何を」は従属節の終 助詞にc 統御がされず認可されないはずであるが、(6b) は容認度の高い文 である。故に、文頭に前置された疑問詞は、LFで元位置に再構築される と考えられ、このため(6b) は関節疑問としての解釈が得られることとなる。
Saito (1989) によると、かき混ぜ操作は意味的に空であり、LF において再構
築効果が見られると述べている。このことから、日本語における疑問詞の 前置は英語の疑問詞と異なり、疑問詞移動ではなくかき混ぜ操作の一種で あると考えられる。2
保育園の2歳児クラスと3歳児クラスにおいて、それぞれのクラスを二 分割して(各グループは同年齢クラス5~7名)絵本の読み聞かせを行い、
本文の内容についてそれぞれの質問を語順を変えて園児に質問し、園児か らの応答を得る方法で実験を行った。
(7) 3歳児クラス読み聞かせストーリー
にんじん ピーマン ゆでたまごチーズ たまねぎ ほうれんそう キャベツ じゃがいも ぐりぐらサラダ
ぐりとぐらは、サラダと サンドイッチを どっさりつくって
かごにいれようときめました。
『ぐりとぐらとぐるりくら』(一部変更)
(C: child) a. 統制群
Q:ぐりとぐらは何を作ろうと決めたのかな?
C:サンドイッチ、卵、キャベツ、ピーマン、ニンジン、ジャガイモ、
玉ねぎ
C:たまご
b. 実験群
Q:何をぐりとぐらは作ろうと決めたのかな?
C:キャベツとジャガイモ タマゴ。
(8) 2歳児クラス読み聞かせストーリー
おひさまが へや いっぱいに あふれて、すみから すみまで あかるくなりました。
あさごはんのとき、ぐりとぐらは、「うちのなかが ほこりだらけ」
と びっくりしました。
「ふゆのあいだ、しめきっていたからだね」と ぐりがいうと、
「きょうの しごとは、おおそうじ」と きめました。
『ぐりとぐらのおおそうじ』
a. 統制群
Q: ぐりとぐらは何をしようと決めたのかな?
C: おおそうじ b. 実験群
Q:何をしようとぐりとぐらは決めたの?
C:…
Q:もう一回言うね。何をしようとぐりとぐらは決めたの?
C:そうじー
いずれも絵本の内容をもとに園児に疑問詞疑問文で質問を施したものであ るが、統制群ではデフォルトの語順、すなわち疑問詞が元位置に留まる語 順で質問し(7, 8a)、実験群では疑問詞を元位置から文頭へスクランブリン グにより前置された語順で質問されている(7, 8b)。
(9) a. ぐりとぐらは 何を つくったのかな
b. 何をi ぐりとぐらは ti つくったのかな
(9a) がデフォルトの語順であるのに対して、(9b) は(9a) の文に対しよりコ
ストのかかる文法操作を要する。3歳児クラスにおいては、疑問詞のスク ランブリングがない質問とスクランブリングが含まれる質問に対して、差 は見られなかった。しかし2歳児クラスにおいては、疑問詞が元位置に留 まる疑問文に対しては正しい応答が得られたが、疑問詞のスクランブリン グが適用された疑問文にたいしては、正しい応答までに時間を要した。
この結果は予測通りのものであり、疑問詞にスクランブリングを適用し、
デフォルトの語順にオプショナルな文法操作が行われている分、理解まで に時間を要するものと考えられる。ただし、実験では同じ質問を一グルー プずつ行っただけであり、個人差などを考えると、今後より多くの被験者 を対象にデータを取る必要がある。
4.かき混ぜ文の理解と語用論的能力(検証)
Nemoto (2015b) では、義務的な可視移動を要する英語の目的疑問詞疑問
文は、疑問詞の移動が不可視的である日本語の疑問詞疑問文よりコストの かかる派生であるため、その習得時期が日本語に比べ遅いと述べている。
もし日本語の目的語疑問詞疑問文において、疑問詞をスクランブリングし 文頭へ移動する操作が、英語の疑問詞のように義務的な移動であれば、そ の獲時期に並行性が見られると予測する。
Otsu (1994) によると、スクランブリングによって前置される目的語はコ
ンテクスト上旧情報であり、目的語をスクランブリングし文頭に移動させ た文を発話(理解)できるためには語用論的知識(能力)の発達が必要で ある。子供は初期文法の状態でUGの知識によりデフォルトの語順が発話
(理解)できる一方で、語用論的能力の発達が遅れるため、特に2歳児ク ラスにおいて、疑問詞がスクランブリングによって文頭に移動した疑問文 についての理解が困難であったと考えられる。
3歳児クラスについては疑問詞を前置した疑問文について理解を示した。
これは、Otsu (1994) に基づくと、この月齢の子供達には語用論的能力が備
わっていることを意味する。疑問詞疑問文の質問を行った同じグループに 対して、以下の質問を行うことで、語用論的能力の有無を検証した。
(10)ストーリー
ぐるんぱは、びすけっとを ちぎって、こどもたちに あげました。
ぐるんぱは、ようちえんを ひらきました。
くつで かくれんぼが できました。
おさらに みずを いれて ぷーるが できました。
ぐるんぱは、もうさみしくありません。
びすけっと、 まだ だくさん のこっていますね。
『ぐるんぱのようちえん』
a. Q: ぐるんぱは子供たちとどうしてた?
C: ピアノで遊んでた。クッキーたべてた。プールで遊んでた。靴
でかくれんぼしてた。自動車で遊んでた。じてんしゃであそん でた。
b. Q:ぐるんぱは幼稚園を開きました。それからどうしたの?
C:プール入って寒くないのかな。冷たくないの。ドアが ちっちゃい。
(10a) では質問文に「子供達と」が含まれており、これが応答の際旧情報と
なり、一方(10b) では「幼稚園を」が旧情報となる。(10a) の応答では旧情 報にあたる「子供達」が発話に見られず、旧情報故省略されている。一方、
(10b) では幼児から「幼稚園」についての発話が見られるが、「幼稚園」は旧
情報であるが故省略されている。英語の動詞句削除の初出月齢が、代名詞 使用にくらべ後発であること、TPでの一致操作が必須であることなどを 考えると、その派生はLFコピーではなく、PF削除が用いられていると考 えられる3(根本2015)。
少なくとも、かき混ぜ操作が利用可能な被検者は、情報構造も利用可能 であると言えよう。移動操作(かき混ぜ操作)にその駆動素性が必要であ るとすれば、情報構造による旧情報素性(話題化素性)などが利用可能に なり、そのための移動であれば容易にかきまぜ操作を含んだ文を理解でき るようになるということが結論付けられる。
Hayashibe (1977) による実験では、2〜3歳児にとってコンテクストのな いかき混ぜ文の理解が困難である一方で、Otsu (1994) が述べるようにコン テクストを整えた状況でのかき混ぜ文の理解は、問題なく可能である。こ れは、かき混ぜ操作の獲得は、情報構造による素性の獲得に還元できる可 能性を示唆していると考えられる。コストのかかる理解は、そのコストを カバーする素性の獲得によって可能になり、この素性を含まない文にかき 混ぜ操作が適用されている文は、移動理由のないコストのかかる文である が故に、理解が困難であると思われる。
5.結語
母語獲得における経済性の原理をもとに、日本語の疑問詞疑問文におい て疑問詞が前置されている疑問文が早期文法状態で理解可能かどうかにつ いて検証した。予測通り月齢が上がった3歳児クラスではデフォルトの語 順および疑問詞が前置された文の理解が見られたが、2歳児クラスでは理 解が困難であった。また、スクランブリングによる統語要素の前置が語用 論的能力に基づくものであるという先行研究に基づき、3歳児クラスにお ける語用論的能力の有無を検証した結果、疑問詞前置を理解したグループ において、旧情報を削除した文の発話がみられた。
今回は、各年齢クラスを二分割し、それぞれの語順での質問を一グルー プ(5~7名)に対してのみにしか行っておらず、被験者の数およびデータ 数においてまだ十分とは言えないため、今後は同様の実験を繰り返し行い、
検証を繰り返していきたい。
注
1. 本論文は、2016年11月に実施した加賀保育園での母語獲得のサンプリ ングの結果を活用し、2017年2月に行われた東京家政大学教員成果報告 でのポスターセッション発表で執筆した原稿に加筆修正したものであ る。
2. かき混ぜ操作の分析には様々あり、日本語のような主要部後置の言語 における左方移動は随意的な移動であるとすれば(Fukui 1993)、かき混 ぜ操作は純粋にコストのかかる操作であることになる。また、かき混 ぜ操作において、談話上の話題化や旧情報による素性移動であるとし ても、母語獲得における経済性の原理はかき混ぜ操作の理解・生産は 後発することを予測する。
3. 日本語の削除文では一致操作が可視的に観察されず、削除文が比較的 初期の段階から観察されるため、ここでの例がPF削除であるかは今後
の検討課題となる。
参考文献
Chomsky, Noam. 1995. The Mi ni mali st Program, MIT Press
Chomsky, Noam. 2000. “Minimalist Inquiries: The Framework,” Roger Mrtin, David Michaels, and Juan Uriagereka (ed.) Step by Step: Essays on Mi ni mali st Synatax i n Honor of Howard Lasni k, MIT press
Fukui, Naoki. 1993. ‘Parameters and Optionality,’ Li ngui sti c Inqui ry 24.
no. 3.
原田かづ子 2003. 「言語獲得-生成文法の立場から」Vi na Ori gi no 31. 生 命の起源と進化学会
Hayashibe, Hideo. 1977. ‘Word Order and Particles: A Developmental Study in Japanese,’ Descri pti ve and Appli ed Li ngui sti cs 8.
根本貴行2015a. 「文法の発達過程における削除現象」『よりよき代案を絶え
ず求めて』江頭浩樹他 編. 開拓社
Nemoto, Takayuki. 2015b. ‘First Language Acquisition of Interrogative Sentences by English and Japanese Speakers,’ 『英語英文学』15号. 東京 家政大学人文学部英語コミュニケーション学科
根本貴行2017. 「母語習得の発達過程について」『<不思議>に満ちたこと
ばの世界』高見健一他 編 開拓社
Otsu, Yukio. 1994. ‘Early Acquisition of Scrambling in Japanese’ Teum Hoekstra et. al. (ed.) Language Acqui si ti on Studi es i n Generati ve Grammar, John Benjamin.
Saito, Mamoru. 1989. ‘Scrambling as Semantically Vacuous A’-movement,’
Mark. R. Baltin, Anthony S. Kroch, (ed.) Alternati ve Concepti ons of Phrase Structure, University of Chicago press.