地場産業研究の課題
著者 上野,和彦
雑誌名 学芸地理
号 65
ページ 3‑10
発行年 2010‑12‑24
その他の言語のタイ トル
Address Review of Local Industry Study
URL http://hdl.handle.net/2309/110323
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地場産業研究の課題
上野 和彦
寒いところお集まりいただいて,ありがとう ございます.先ほどご紹介いただいたように今 年度で東京学芸大学を退職することになりまし た.しかし,退職の年まで人文社会科学学系長 を引きうけ,今日も朝からその仕事があり,退 職するという実感がありません.午後に退職職 員説明会に出席し,なんとなくやめるのかなと いう感覚です.今日も講義というよりは私の研 究の一端を紹介させていただき,学部・大学院 の学生など,若き地理学徒がいますので参考に していただければと思います.OB の先生方に はご批判をいただいて,更に精進するためのご 意見を賜れば幸いです.
私の研究は2本の柱があります.1つは学生 時代からの地場産業研究,もう1つは中国研究 です.今日は地場産業について今までの歴史を たどりながらお話を申し上げたいと思います.
地場産業と伝統産業
私の研究対象にしている地場産業というもの は,研究者によって定義が多様ではありますが,
今日は「近代以前に起源を持って,地域の技術 と文化に根ざした日用消費財を生産する産業」
と定義をさせていただきます.地場産業の代表 として織物,漆器,陶磁器がありますが,その 中でより伝統技術の歴史性というものを重視す る定義の仕方として伝統的工芸品産業がありま す.そして,より文化財的な意味を持つものは 有形・無形の文化財指定を受ける場合がありま す.一方,明治以降移植された日用消費財,例 えば新潟県燕地域の洋食器は,日本の伝統的な
文化とは異なるのではないかという意見もあり ますが,日用消費財であり,地域に深く浸透し たものであれば,それも地場産業に含まれると いうことになります.
「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」で は,伝統的工芸品産業 ( 産地 ) を,第1は日常 生活で使用されるものであり, 第2は製造工程 の主要部分が手作り,第3は伝統的な技術また は技法によって製造されているものをいいま す.この中でおよそ 100 年間以上の歴史を持 ち,継続されているものを伝統的産業と呼びま す.第4は原材料の地域性,第5が一定の事業 所が集積し産地を形成していることとされてい ます.地理学者が伝統的な産業産地に興味をも つのは,伝統的工芸品を含めた地場産業が,地 域の自然と文化を一体化して,最近の言葉で言 えば「地域に埋め込まれた産業」だからだとい われています.地域密着というところが,場所 と地理的現象との関係を解明する地理学にとっ て非常に興味のある素材だからだと思います.
さて,伝統的工芸品は国の法律によって現在 210 指定されています.その中で1番多いのが 織物で,これに染物を加えると染織産地が 43 産地あります.その次が陶磁器業,漆器です.
この染織業と陶磁器,漆器は三大伝統的産業で あり,地場産業あるいは伝統産業研究が最も多 く行われています.伝統的工芸品の分布をみま すと,伝統的という言葉からも圧倒的に京都が 多いです.次いで,尾張の国愛知がこれに次い でいます.そして京都から日本海に沿った越前,
越後へ行って,出羽の国に文化が伝播し,石川
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県や新潟県,秋田県も伝統的産業が多くなって います.一方,西南日本では九州の有田などの 陶磁器産地,久留米地域にも伝統的産業が集積 しています.その他,文化の交錯地域である沖 縄にも伝統的産業が数多く指定されています.
こうした分布の違いがなぜ生じるのか,という ところに地理学者は興味と関心を示します.例 えば,漆器と陶磁器の分布図をみますと,漆器 は東日本,陶磁器は西日本にかたよって分布し ています.同じように,東日本には絹織物,西 日本には綿織物が分布しています.これらは自 然環境と原料基盤に規定された分布の形態を とっています.昔,照葉樹林文化とブナ林文化 の比較がありましたけれども,そういった自然 環境と文化の差が,地場産業の初期的な立地に 非常に大きな影響を与えているということは確 かであります.
地場産業研究史
さて,地理学者が地場産業についてどのよう に研究を行ってきたか,まず量的な推移を見て いきたいと思います.しかし,文献の収集にお いて偏りや集め切れていないところもありま す.地理学文献目録と国立情報学研究所のデー タベースとその他のなかから,地場産業らし い論文を抜き出してみると,最近少し増えて いますが,987 件の文献が挙がってきます.そ れを 1960 年からざっと年代ごとにみてみます と,1960 年代以前はそれほど多くありません が,1970 年代,1980 年代が一番のピークとなり,
非常に多くなっています.その中で地理学者と 地理学者以外の分野で分けてみます.1960 年 代の地場産業論文は地理学者が 64.8%を占め,
1970 年代も 60%を維持していますが,1980 年 代,1990 年代,そして 2000 年代になると,地 理学者による研究論文数は少なくなり,地理学 者の地場産業への関心は薄れ,地場産業研究は
やや衰退気味になります.これは,地場産業が 衰退化すると同時に,地場産業の研究も衰退し ていくという傾向を示しています.近年は,地 理学以外の研究者が,地場産業研究を丹念に進 めている傾向にあります.自分自身の反省もこ めてですけれども,地理学以外の研究者は地理 学者よりもフィールドワークを進め,地域調査 のモノグラフを蓄積する傾向が非常に強くなっ ています.地理学者はあまりフィールドワーク をやらなくなったというような傾向が,地場産 業研究にもみられます.次にこれを学術雑誌ご とに研究動向をみますと,最も多いのが地理学 評論の 34 本,次に経済地理学年報,人文地理,
新地理の順です.
ちなみに,地場産業研究を東京学芸大学の卒 業論文のアーカイブ作業の中から探し出します と,昨年 (2008 年度 ) までの卒業論文が 1,083 ありますが,その内,工業地理学の論文は 152 で 14%を占めています.最も多いのは農業地 理学で,その次は都市地理学です.工業地理学 は, 1期から 10 期まで 47 人の卒業生が論文を 書き,11 期から 20 期 ( 私は 16 期 ) までは 37 本,
段々少なくなって 51 期から 57 期はわずか9本 です.その中で地場産業論文は 1 人いるかいな いかの状況で,最近の学生にとって,地場産業 研究は人気がないのかなと思います.
地場産業研究を研究者ごとにみますと, 5本 以上の論文を公表している研究者は 28 人いま した.この 28 人での合計論文数は 286 で,地 場産業研究の 55.6%の論文を生産しているこ とになります.地場産業研究は,特定の研究者 に集中し,地理学研究の中でも層が薄いという ことがいえるかと思います.さらに深刻なこと は,28 人の中にはすでに故人になっていたり,
私のように定年退職を迎えたりする人がかなり いて,現職で研究を進めている人数がきわめて 少ないのが現状です.東京学芸大学の状況をみ
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-3- ても,地場産業研究者の層が非常に薄くなりつ つあり,研究対象として選択されていないのは 寂しい状況です.一方で,地理学以外,とくに 中小企業研究分野では地場産業研究が盛んに行 われています.このデータから地理学における 地場産業研究者は層が薄く,これをどのように したら層が厚くなっていくのだろうかというの が課題です.いわば研究者の後継者問題であり まして,地理学者による地場産業研究は経済動 向に左右され,景気が悪くなって,地場産業が 衰退すると研究が少なくなり,脚光を浴びる成 長産業に移ってしまう傾向があります.衰退産 業の研究者は少なく,ある意味で地理学者は浮 気者です.
地場産業研究の雑誌論文の少なさの要因の一 つに,学術雑誌の壁があると思います.学術雑 誌は,研究だから理論や論理的な枠組みの完成 度が強く求められます.それはそれで重要なこ とと思います.これができていないとなかなか 研究雑誌に掲載されません.地理学雑誌は理論 的な枠組みのオリジナリティを重視されている 傾向があるかと思います.逆にモノグラフが少 し軽視されているという感じもします.中小企 業研究者たちは,丹念なフィールドワークを基 礎にモノグラフを蓄積し,その中から中小企業・
地域問題を掘り起こして,その対策を提起する 作業,つまり,かつて地理学者が行ってきた研 究を進め,論文,単行本の発表を多く多く行っ てきました.地理学者も地域調査を若手の研究 者が共同で行い,議論し,モノグラフを学術雑 誌でも積極的に掲載されることを願いたい.
地場産業研究の視点
今まで愚痴っぽい話をしてきました.気持ち を入れ替えて,地場産業研究の視点についてお 話ししたいと思います.戦前から 1950 年代く らいまで,地場産業研究は立地と分布というと
ころに興味がもたれ,自然環境や資源賦存との 関係から,立地を問題にした論文が出されます.
例えば,絹業地域における立地要素としての湿 度の問題です.北陸地域は非常に湿度が高く,
絹を織るときに糸切れを起こさないという条件 が立地に優位性を与えたといいます.現代は工 場内に空調機があり,温度・湿度管理が行われ,
自然環境の立地規定性は薄れています.
次に,地場産業の存在形態をめぐる研究が登 場します.これは2つの研究上の考え方があり ます.1つは地場産業の定義とも関係しますが,
近代と前近代に関する問題です.地場産業ある いは伝統的産業というのは,100 年の伝統を持 つとか,明治以前に起源があり,いわゆる近代 的な産業ではないという響きがあり,どちらか といえば前近代的な産業であると性格づけられ ることがあります.つまり,「前近代」という 語句の中には,家内工業形態とか前近代的流通 資本による生産支配というようなことが含まれ ています.地理学者の中には,近代産業に対し て前近代性を組み込んで在来工業という用語を 使った研究があります.
もう1つは,大企業に対する中小零細工業性 という議論があります.私の恩師の辻本先生の 論文において,地場産業の地域的集中を説明す る場合,「地域的集中によって事業所規模の零 細性を補完する役割」があると指摘しています.
地場産業産地は,中小零細性の補完装置として の集団なのです.これは産地内分業によるコス トの削減が機能すると考えられています.一方,
中小企業論の中で,地場産業ないし日用消費財 産業はもともと企業規模が小さく,その中小性 が最適な規模であるという考えがあります.い わゆる最適規模論です.さらに中小企業の産業 構造上の地位を分析し,中小零細性は大企業に よる搾取の結果だという研究もあります.こう した最適規模論や産業構造上の存在形態につい
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ているわけです.資料の分布図は,右側が出機 の量を示し,左側は十日町市内の出機です.全 部数えると 1,000 くらいの出機があります.こ の分布図が先ほど見せた生産構造図とどう対応 し,意味を持ってくるのかということ考えま す.これが学大工業地理学の1つのスタイルだ という風に思います.分布図の中心から周辺に 従って支配と被支配,いわば生産関係論的な視 点でいえば収奪の関係をもたらしているのかど うか,業種的にどのような配列になり,経営形 態からみれば専業化の機屋中心にあって副業的 兼業的,この場合は農家兼業が周辺となる意味,
さらに規模の差と地域差の関係をみます.生産 構造図それ自体を空間的に展開して,地域的な,
生産的な諸関係を明らかにするというのが大き な分析視点です.これは,伝統的な工芸品と準 伝統的工芸品と普及的工芸品,非量産と量産が 地域的にどう展開するのかにも応用できます.
伝統的歴史的工芸品は,工房化して1つの事業 所での一貫生産となりますが,準伝統的な工芸 品で代替的な原材料も使い,手作りのほかに機 械を導入している場合は,産地内分業体制が基 本であり,より量産化を志向すると国内分業体 制になります.京仏壇の金具を燕から調達する 場合は国内分業,より量産的な陶磁器はほとん ど中国産であり,企画デザインは日本,生産は ほとんど海外という国際分業体制が進んできま す.こうした生産の仕組みを空間的地域的体系 と併せて考えるのが,私の地場産業研究です.
こうした方法の原点は,1950 年代に私の恩師 の辻本先生が書いた東海陶磁器地域の立地体系 という論文にあります.その論文の中に地域的 立地網の図があり,私の研究も基本的にはこの 辻本論理にあり,生産構造と地域的体系によっ て現代の地場産業産地を理解する方法を採用し ています.
て,興味のある方は,古い本ではありますけれ ども,小宮山琢二氏や藤田敬造氏などの中小企 業論,下請工業論を読んでいただければよろし いかと思います.
産地構造
こうした議論の上で,地場産業研究は産地の 構造分析に向かうことになります.それは高度 成長期に,地場産業は量的にも質的にもおおき く変化し,産地構造が変革をとげたことと関係 しています.産地構造,とくに産地内構造の形 態と変容については,辻本,北村,上野と続く 東京学芸大学の地場産業グループの一連の研究 があり,「伝統的・古典的・分布論的地場産業 論だ」といわれています.これは地場産業産地 内の構造,その社会的な分業と地域的な体系に ついて研究するという立場です.この視点は学 大工業地理学の伝統でありまして,いわゆる学 大スクールのスタイルでした.この産地構造論 の延長線上に多様な研究があり,例えば漆器が 木製から PC へ変化したときに産地構造と地域 体系はどうなるのか,陶磁器産地でも登窯から ガス窯になるとどうなるか,織物産地において 革新織機が導入されますが,いわゆる素材の変 化,技術革新によって,産地構造と地域体系の 変容に関する研究が出現します.
資料には西陣産地と十日町の生産集団の図が のっています.こうした図を作るのには時間が かかります.フィールドワークによって専門的 技術用語の学習から始まり,工程をめぐる事業 者間の関係,いわゆる分業の経済的諸関係が理 解できないとできません.十日町産地の図は,
この作業を徹底的に叩き込まれた大学院時代の 調査結果です.これは十日町産地の機屋を中心 とした社会的分業体系です.これに加え,地理 学は社会的分業体系の地域的な反映としての空 間の構造を考えます.そのために分布図を描い
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-5- 資本の行動と産地
もう1つの地場産業研究視点というのは,需 要構造の変化に対応する産地構造をみていくと いうのは同じことなのですけども,それをどの ように解釈するか.その帰結が違うものがあり ます.かつて東大に機業研究会というグループ がありました.その代表的な論文は地理学評論 に掲載された奥能登における機業の創設に関す る研究です.それは,資本がいかに地域を支配 し,地域を系列化していくかということを実証 的に研究していったものです.資本の地域の支 配の構造,同時に資本を受け入れる地域の対応 について,実証的に研究をしたもので,生産関 係論的視点を強く打ち出しているのが特徴で す.詳しくは地理学評論の論文を読んでいただ きたいのですが,奥能登における機業の創設が,
過疎化や農業の不振を背景としていて,そこに 繊維資本が入り込み,その仲介的役割を果たし たのが農協や市町村であるといいます.いわゆ る資本のメカニズムを貫徹するための研究であ ります.地場産業研究の 1970 年代から 1980 年 代にかけての研究というのは,これまでお話し した2つの立場あるいは視点で進められたと思 います.それは西陣織物産地を研究するにして も,私は西陣の生産構造と地域体系の変化をみ ますが,一方では過疎化,農業・漁業不振,そ して地域的貧困が原糸独占資本,西陣親機の進 出を容易にし,下請的賃織業者をピラミッド構 造の底辺に組み込むという,資本の地域支配の 貫徹という視点が貫かれています.一方,この 時期における研究においても,生活者の立場と しての織物業的な視点もありました.機織りは ガッチャンガッチャンとうるさいです.普通の 織機だと耳栓をつけても話をしても工場内は聞 こえないくらいです.その音は,我々旅行者に とって旅情をそそり,懐かしい音だ,と思うか もしれませんが,そこですごす人々にとっては
忌まわしくもかけがえのない音でもあります.
夕鶴の機織りの姿をどう考えるかという視点を 提起した北村先生の研究もありました.
地域経済と地場産業
地場産業は低成長期に入り,とくに 1973 年 のオイルショック以降陰りをみせます.そうい う時代だからこそ地場産業が必要で,地方の時 代を担うものだという立場があります.いわゆ る地場産業と産業振興,地域振興という課題に 関する研究です.しかし,地域振興と絡めた地 場産業研究は,地理学者においてはきわめて少 ないのが現実でした.さらに現代は,縮小し続 ける需要とグローバル化時代に対応する地場産 業研究が求められています.そこには中小企業 基本法の改正にみられるように,中小企業の定 義や位置づけの問題が絡んでいます.つまり,
中小企業基本法は生産関係論的視点が強く,「中 小企業は弱者だ」というのが根底にあり,それ に基づいて保護政策,地域政策の法体系ができ ています.この中小企業基本法を改正して,基 本理念を変えることがありました.それは中小 企業弱者論からの脱却です.つまり,中小企業 は多様であり,弱者的存在にある企業もある が,自主的な努力で経営革新をしたり,新たな 産業群を生み出していたりする革新的中小企業 もあるというのです.これを地場産業の状況か ら見ると,例えば大島紬は 1970 年代から 1980 年代,1985 年をピークにして右肩下がりになっ ています.西陣の帯も数量的には物凄く減り,
マーケットも大きく変化し始めています.そこ で地場産業産地の存続をどのような視点で考え るか,そして事業所の経営をどう改革するのか,
そこには時代に挑戦する新しい事業所を育成し ていかなくてはいけないという課題があり,中 小企業弱者論だけではその対応がではないとい うことが背景になっています.例えば,美濃の
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陶磁器産地,川辺の仏壇産地は量産化技術を基 盤にして拡大発展してきましたが,縮小再編時 代にどうすれば生き残れるかが問題となってい ます.そこで産地の中から,市場あるいは技術 的優位性を発見し,それに取り組む事業所の発 掘と育成が課題となっています.一方,伝統的 技術を基盤として高級品を生産し続けてきた小 規模産地においても,需要が激減し,産地の存 続に大きな影響が出ています.とくに和の市場 は縮小し,存続方向を再考しなければなりませ ん.これらの課題に取り組む事業所の育成には,
旧中小企業基本法のような弱者論から転換し,
新しい企業を生み出す政策が必要となったので す.
産地の革新
しかし,地場産業というのは最初に申し上げ ましたように地域と密着した存在であり,事業 所の革新企業の革新を促す地域の革新,いわば 企業と地域の革新を同時に促していかないと新 しい企業というのは生まれてこないのだという 視点が必要になってきました.その視点に立つ 多様な分析視点,地域インキュベーション,い わば地域が企業を生み出すゆりかごのような状 態になる地域の育成です.1985 年に出された ピオリとセーブルの『産業の分水嶺』がありま す.読み甲斐はあると思います.地場産業産地 はこの中で主張されている柔軟な専門化の典型 だと提起され,それぞれの専門をある目的に従 い,柔軟な組み合わせをできる地域的な企業の ネットワークをつくり,地場産業産地の革新を もたらす考えが主流になってきました.そこに は,地場産業産地の産業集積を重視する方向が あります.あらためて産地集積,集積の利益と いうのはどういうことか再考されることになり ました.
最近では,より戦略的政策的概念として,産
業クラスター論があります.産業クラスターと いうのは既存の産業集積だけでなく,戦略的 政策的に形成される概念として,経済学者ポー ターが提唱し,アメリカのシリコンバレーなど がモデルになっています.こうした新たな地場 産業分析視点の中で私が興味と関心を持って いるのは「学習する地域」という概念です.柔 軟な専門化を進展させるにしても,産業集積を 有効に活用するにしても,その地域の中の人々 の学習といったものが重要です.地場産業集積 が新しく市場を創造し,企業の革新を促す基盤 になるためには,人の育成が重要というという 立場です.京都の同志社大学のビジネススクー ルの取り組みで,「伝統産業グローバル革新塾」
というものがあり,これは京都の産業と文化を 柔軟に組み合わせで新しい産業を生み出してい くという試みです.既に京都プレミアムによる 製品作り,京友禅のアロハシャツなども先行し ています.グローバル革新塾はまさに文化を産 業化しようとし,そのために異業種の人々を塾 生として教育し,地場産業の振興を担う人材を 育成しようとしています.こうした多様な現実 の動きについて,地場産業研究はあまり進んで いません.モノグラフの積み重ねによって,本 当に企業の革新ができたのか,地域の革新が進 んだのか,地場産業産地はどう変わったのか,
検証が必要と思います.
地場産業と地域
さて,地場産業研究の新たな方向として,地 域的文化的視点があります.それは地場産業が 地域に埋め込まれているという付加価値をどの ように評価をして,地場産業を再生していくの かという視点です.つまり,産業や人間的な諸 関係等が地域へ埋め込まれているという,地域 総体を社会資本としてみなす考え方,関係性資 本を分析概念とする研究です.基本的には,地
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地域社会,最近では家族,ジェンダーという視 点での研究も進められています.小規模な産業 群,非量産的な地場産業を自然・地域・社会と 共生させ,存続させていく仕組みをどのように 作り上げるかが今後の課題です.
産地の存続
近年,私の地場産業研究は,産業と地域ある いは社会との関係の解明にあります.沖縄の琉 球藍,ウコン,フクギ,車輪梅,そして泥は沖 縄の染色素材として重要ですが,自然との共生 を考えないといつの間にか消滅して染織品の付 加価値を消失させてしまいます.それは大島紬 の泥染めも同様です.地場産業製品の付加価値 を保証する地域の原材料基盤はきわめて重要で す.
地場産業産地の存続には,伝統的技術の継承 が最も大切です.伝統技術と地域の共生という 視点です.資料の写真は,沖縄喜如嘉の芭蕉布 の糸繰りと製織作業ですが,後継者育成事業と して技術承継が行われています.次の写真は久 留米絣の糸括りです.これも久留米独特な技術 ですが高齢化が進み,次の久留米絣の意匠設計 の女性は 80 何歳になり,技術の承継が問題に なっています.私が最近調査した西陣つづれ織 り,沖縄紅型,琉球漆器においても熟練した職 人のもっている技術をどのように承継し,地場 産業産地の中に埋め込んでいくかが課題です.
伝統技術は人の問題ですが,だれかが承継して いく地域的仕組みを考えなければなりません.
人と技術,地域と技術の問題をどう解消してい くのか,地理学者に課せられた大きな問題です.
職人の高齢化は進行し,解決のための時間が少 なくなっています.
地場産業産地の存続問題の視点として,人と 人,人と地域社会との共生というのもあるかと 思います.現在,私は沖縄久米島紬の調査を進 めていて,久米島紬の生産を支える仕組みとし てユイという社会的な組織あるいは労働協働 組織が機能しているのではないかと思ってい ます.この報告は,「経済地理学年報」に掲載 されていますのでお読みいただければと思いま す.久米島紬の調査の中で,何人かの仲間と共 同で作業をしないと製品化できないということ が分かってきました.技術の修得と維持,原材 料の採取,泥染作業などにおいてユイという社 会的組織が機能しています.沖縄は本土で失わ れているような相互扶助精神が強く残っている ように感じます.那覇空港のモノレールはユイ マールといわれますが,相互扶助の精神を表現 しています.沖縄のユイはサトウキビの収穫作 業に典型的にみられました.かつてユイは政策 的に琉球王府とか薩摩の強制的な年貢とか税金 の徴収システムに組み込まれている時代もあり ました.沖縄にみられるユイ組織やその精神的 基盤は,人と人,人と地域社会の共生にあり,
それが地場産業の存続基盤になっていると思い ます.
地場産業産地の理解のためには,こうした地 域社会と地域の歴史を学ぶ必要があります.沖 縄の調査をしていて,シーサーのある家とない 家,それはどういう意味があるか.御嶽をみて 沖縄の精神文化を感じたりする.地場産業調査 は地域の文化,精神的な文化の学習が必要で,
それができないと産地全体の理解ができないと ころがあります.これからの地場産業研究は地 域の社会・文化と共生する地場産業の在り方,
そしてこれを地場産業製品の付加価値性とする 経済的仕組みを考えていくことが重要ですし,
研究者の役割だと思います.現実経済は厳しく,
久米島紬の生産量も減少し,織子たちの収入も
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ままなりません.久米島紬のおばぁは久米島紬 の織り賃で孫を大学まで出し,これからも元気 な限りやっていくといいます.しかし,ここ数 年製品が売れず,加工賃の支払いがないといっ ています.このおばぁたちの生活も問題です.
早急に市場価値を実現し,地場産業にたずさわ る人たちの生活を安定化させなければ産地の存 続は危うくなります.久米島紬の織子も高齢化 が著しく,産地を支える生産要素の脆弱化が進 んでいます.こういう現実をふまえて地場産業 産地のあり方を考えようというのが,私の今日 的な課題です.
地場産業の研究
最後に,優れた地場産業研究というのは何か ということをお話します.私の考えは,第1に 地場産業に従事する人々の共感が得られる研究 であったかということです.私の論文を読んで もらって,何が書いてあるのかわからない.お ばぁやおじぃたちには何言っているのだかよく わからない論文.そういう論文は研究者のため だけの研究ではないかと,時々思います.第2 に私の書いた論文が行政,事業所,職人,おばぁ やおじぃたちに,地場産業産地の未来を提示し,
地場産業を支える仕組みを提示できたのかどう か,第3にそれらの人々の生活を支える枠組み を提示できているのだろうか,という反省があ ります.論文は,直接的でなくても,間接的に 地場産業産地の未来が実感できる枠組みを提示 でき,こういう方向で頑張っていけば私たちの 生活や産業も何とかなっていくのではないか,
ということを示すような研究でありたいと思っ ています.そして,地場産業産地の調査・研究 にとって最も重要なことは,地場産業を共に支 えているという意味での楽しみを共有できたか どうか,ということです.この域に達するため には,まだまだ努力が足りないような気がしま
すが,研究のための研究,つまり,いかに理論 的に優れているという研究であっても実際に生 活している人たちの共感や共生できる研究でな いといけないような気がします.そうでないと 学者の世界だけの話,研究者だけの話になって しまうのではないかなと危惧しています.最近,
年齢を重ねて思うようになりました.
おまけです.私が退職後にマスターしたいこ と.それは沖縄三線のマスターです.沖縄の調 査の時に,少しくらい「先生,三線でひけます か?じゃあ一緒にやってみようか」というのも 相互理解のために必要じゃないかなと思って,
58,000 円の入門三線セットを購入しました.
練習のために大学にも置いておいた方がいいか なと思って,5,000 円の Woody 三線も購入し,
研究室に置いてあります.4月からは特任教授 の身分ですが,会議もなくなり時間があります ので三線の練習も兼ねて学芸大学へ通います.
三線をすこしマスターしたら,再び沖縄産地に 行っておばぁやおじぃたちと安里屋ユンタでも 歌って,泡盛も少し飲んで,地場産業産地情報 の共有化ができればいいなと思っております.
是非,私と一緒に三線を練習し,そして地場産 業研究をやってみませんか.最後にアジア研究 流に感謝の意を表して中国語で謝謝你 ( シェ シェニィ ).ご静聴ありがとうございました.
本稿は 2010 年2月 16 日(火)に東京学芸大 学合同棟で行われた最終講義の内容である.
花束を受け取る上野先生
(2010 年2月 16 日 澤田撮影)
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