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伝統工芸産業における徒弟教育と産業教育 −有田・窯業の事例研究− [ PDF

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Academic year: 2021

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(1)伝統工芸産業における徒弟教育と産業教育―有田・窯業の事例研究― キーワード:産業教育,徒弟教育,伝統工芸産業,後継者育成,技術の継承 発達・社会システム専攻 上野 浩美. <目次>. とした面接調査を実施している。. 序章. 伝統工芸産業は、1980 年代半ばから規模が縮小し、特. 第1節 先行研究と本研究の意義. に 30 歳未満の従事者数の占める割合が 1974 年の 28. 6%. 第 2 節 課題と研究の方法、論文の構成. をピークに低下している。後継者不足に悩む地元は、若. 1 章 有田(肥前地区)における徒弟教育. 者の興味関心を引きつけるために産業教育の導入や、体. 第1節 有田の窯業の現状と歴史. 験講座の開催・専門学校の設置等によって、新たな取組. 第 2 節 徒弟教育の現状. を行っている。けれども新たな取組の導入が伝統工芸産. 2 章 有田における産業教育. 業の後継者育成や、産業の普及過程に及ぼす影響につい. 第 1 節 有田における産業教育の歴史∼新制有田工業 高等学校誕生まで 第 2 節 有田における産業教育の歴史∼佐賀県立有田 工業高等学校 第 3 節 佐賀県立有田窯業大学校の概要 3 章 教員・学生・地元企業からみた有田窯業大学校. て、これまで全く検討されてこなかった。 伝統工芸産業における産業教育は、産業の近代化とい う文脈において、徒弟学校の設立、廃止といった明治政 府の政策と動向を分析した政策的な先行研究が主であり、 管見によれば 1970 年以降は、 事例報告の体裁をとるもの 以外には存在しなかった。さらに、徒弟教育と関連づけ. 第 1 節 教員からみた有田窯業大学校. て、 従事者の視点から産業教育の意義を考察したものは、. 第 2 節 卒業生からみた有田窯業大学校. 管見の限りみられなかった。. 第 3 節 企業経営者と従事者からみた有田窯業大学校. このような状況を鑑み、本論文では次の 2 点に着目す. 4 章 徒弟教育と産業教育にみられる緊張関係と連携の. る。①伝統工芸産業が政府の近代化政策から見放された. 可能性 第 1 節 教員・地元企業・卒業生が考える「窯業の技 術者に必要なもの」と「後継者の育成に必要な教 育体制」 第 2 節 徒弟教育と産業教育にみられる緊張関係と連 携の可能性 終章. 後の産業教育の動向について明らかにすること、②従事 者の視点から産業教育の意義を検証することである。 一方で、先行研究の中には、徒弟制度における徒弟教 育の特徴を分析したものがある。しかし近年、後継者不 足の対処法として徒弟教育の産業教育化が伝統工芸産業 界において推進されている現状を踏まえると、両者を包 含した議論が今後の後継者育成の方向性を検討する上で 重要な視点であると考える。. <課題と方法>. 本論文では、前述の課題を明らかにするために、有田. 本論文の課題は、①産業教育の導入によって、伝統工. 地区における窯業を事例として取り上げ、地元企業と学. 芸産業の後継者育成(人材育成)の方針や徒弟教育にお. 校がどのような関わりをもっているのか検証している。. ける技術の継承の方法にいかなる変化が生じているのか、. 有田地区には、明治 14 年に陶業教育の嚆矢といわれる. ②伝統工芸産業において、産業教育の導入に対する地元. 「勉脩学舎」が設立され、現在でも窯業の産業教育機関. (業界)の反応はどのようなものであり、その普及に伴. として有田工業高等学校のセラミック科と有田窯業大学. ってどのように意識が変化しているのか、③産業教育の. 校がある。このように有田地区は、産業教育と徒弟教育. 目的(後継者の確保・育成、技術力の向上)は達成され. が併存しているのである。. ているのか、そして教育の成果はどこに見られるのかと. 調査は以下の方法で行っている。. いう点を検証することである。これらの課題の解明に向. ① 有田窯業大学校の卒業生調査. けて、従事者や産業教育機関の教員および卒業生を対象. 窯業大学校卒業生の卒業後の経験や、学校での教育の.

(2) 評価を明らかにするため、卒業生 7 名に調査を行った。 調査の方法は、1 対 1 の半構造化面接である。対象者の 選定は個人情報保護のため、 窯業大学校の教員が担当し、. 江戸時代の有田焼産業では、生産工程に対応して採石 業・窯焼き・絵書き屋などの職業があった。 成形をする職人を有田ではシャーク人、絵付けはエカ. 「卒後 1∼5年」 「卒後 6∼10年」 「卒後 11∼15年」 「卒後. キと呼ぶが、細工人と絵描きが一人前になるためには、. 16∼20 年」という枠組みで依頼した。対象者は、第 1 期. 長年の修行が必要であった。絵描きは特に修行の年数が. 卒業生( 1 名) 、 第 2 期卒業生( 1 名) 、 第 6 期卒業生 (1 名) 、. 決められておらず、その多くは修行の当初から自宅通い. 第 10 期卒業生(2 名) 、第 17 期卒業生(1 名) 、第 18 期. が許されたが、細工人はロクロの修行のために 7 年間窯. 卒業生(1 名)である。. 焼きの家に住み込まねばならなかった。 最初の 2∼3 年は. ②有田窯業大学校の教員調査. 小使いと手伝いばかりで、 車壺には滅多に入れなかった。. 窯業大学校における教育やその問題点について把握す. 7 年の年季を終えると、1 年間お礼奉公をし、8 年目によ. るため、教員 4 名に調査を行った。調査の方法は、1 対 1. うやく通勤が許された。このような徒弟制度は戦前まで. の半構造化面接である。. 残っていたようである。. ③地元企業に対する調査. 1960(昭和 35)年以降は①若年労働力の県外流出、②. 徒弟教育の現状を明らかにするため、合計 5 社の経営. 窯やロクロの技術向上(機械化)③陶土や重油など原材. 者(うち 1 社は窯芸部部長)と合計 12 名の従業員に調査. 料費、賃金の上昇、④他産地との競争の激化、といった. を行った。調査の方法は、1 対 1 の半構造化面接である。. 変化が起こり、有田焼業界は機械化によって生産性の向. 対象企業の概要は以下の通りである。. 上に取り組んだ。その過程で社会的分業、地域的分業が. A社:従業員数 2 名(従事者数 6 名) 、年生産額 2500 万. 進み、生産工程の一部が分離、独立した。. 円未満、B社:従業員数 6 名、年生産額 約 3500 万円、. 第 2 節 徒弟教育の現状(課題①の検討). C社:従業員数 14 名(従事者数 18 名) 、年生産額 約 1. 企業経営者の回答を分析すると、新人研修や講習会参. 億 2000 万円、D社:従業員数 35 名、年生産額 約 1 億 5000. 加費の負担など、徒弟教育における取組は各企業で異な. 万円、E 社:従業員数 180 名(窯芸部門 104 名)年生産. っていたが、作業の覚え方としては、 「見て覚える」こと. 額約 20 億 5000 万円. が基本であり、わからないことがあれば先輩に尋ねると. (※従事者数は、家族や身内の人数を含めたもの。 ). いう形式が、どの規模の企業においても共通していた。. 従業員の対象者は以下の通りである。職歴は当該企業. 若者の指導については、「コミュニケーションをとる. の勤務年数であり、( )は当該企業以外の商社、製陶所. こと」が重視されており、指導をする従業員は、一方的. など陶磁器関連企業の勤務年数を含めた年数である。. に指示を出すだけではなく、若者の話を聞き、彼らの意. A社…1 名{職歴 32 年}. 思や気持ちを尊重しようと心がけていることがわかった。. B社…3 名 { 職歴 2( 22) 年、6(30)年、12( 20) 年}. だが「10 年ほど前は、完全に「見て倣え」で、自分で. C社…3 名{職歴 2 年、5 年、6 年}. 学んでいくしかなかった」という意見もあり、教育につ. D社…2 名{職歴 1 年、22 年}. いての積極的な取組がなされるようになったのは、ここ. E社…3 名{職歴 2 年、9 年、30 年}. 十数年の変化であることが考えられる。. <分析と考察> 1 章 有田(肥前地区)における徒弟教育. 一方、従業員の採用については、どの企業においても 学歴や技能よりも、仕事に対する興味・意欲や他者とよ. 第1節 有田の窯業の現状と歴史. い関係を築くことができる性格、 仕事への適性 (器用さ、. 佐賀県陶磁器工業協同組合によると、平成 16 年度の. 感性)といった個人の資質や人柄が重視されており、経. 年生産額は約 113 億 2 千万円であり、ピーク時の 3 分の. 営者が採用時に求めるものについては、産業教育の影響. 1 ほどに減少している。また従事者数も統計が存在する. は見られなかった。. 昭和 50 年以来、ほぼ一貫して減少している。事業所の従 事者数の内訳をみると、10 名以下の事業所が半数を超え、 従事者数が 30 名以下である中小企業によって全体の 9 割が占められていることがわかる。. 2 章 有田における産業教育(課題②の検証) 第1節. 有田における産業教育の歴史∼新制有田工業 高等学校誕生まで. 徒弟教育の分析にあたり、まず江戸時代の徒弟制度を. 有田では①勉脩学舎に始まり、②有田徒弟学校、③佐. 取り上げ、つぎに有田焼業界における技術上の変化およ. 賀県工業学校有田分校、④佐賀県立有田工業学校が産業. び経済の動向を概観する。. 教育を担った。.

(3) 学校に対する地元の反応について分析してみると、①. 率をみると 6 割程度が就職し、うち 4 割程度が県内に就. の勉脩学舎は生徒が集まらず閉校になったことから、業. 職していることがわかる。また 2000(平成 12)年 11 月. 者や父兄に趣旨が理解されず、②の有田徒弟学校におい. に専門課程の卒業生(360 名)を対象にした「就業実態. ても、開校当初の「校長排斥騒動」から、学校に対して. 調査」によると(回収率 96%/347 名) 、陶磁器関連の従. は不信の目が向けられていたことが窺える。③佐賀県工. 事者は 84%であり、 業種別にみると製造が 79%と高い割合. 業学校有田分校については、2 年後に校則が改訂されて. を占めているため、窯大は「陶磁器産業の後継者・技術. 学科が専門化されており、学校には分業に即した専門性. 者の育成」には大きく貢献しているといえる。. が求められたことがわかる。④佐賀県立有田工業学校で は、当時の卒業生が即戦力として活躍したという記録が ある。実習時間に着目すると、分校時代と比べ実習の割. 3章. 教員・学生・地元企業からみた有田窯業大学校(課 題③の考察). 合は 1. 3 倍ほどに増加しており「即戦力となる人材の育. 第1節. 成」 が学校に求められたことが窺える。 以上のことから、. 教員のインタビューから 「授業で重視されていること」. 教員からみた有田窯業大学校. 有田における産業教育は、導入当初には受け入れられな. を整理すると①実験をして理論を確かめること②企業で. かったものの、次第に受け入れられるようになり、学校. は経験できない伝統的な技法を教えること③基礎から丁. は、学科の細分化(専門性の向上)や実習時間の増加に. 寧に指導すること④写真や実物を見せるなど、技法が実. よって、 地元のニーズに対応したことが明らかになった。. 際にどのように使われるかを視覚的に理解できるように. 第2節. 有田における産業教育の歴史∼佐賀県立有田. することが挙げられ、 「身につけて欲しい能力」 としては、. 工業高等学校. ① 「なぜそうなるのか」 を追求する能力 (課題探求能力) 、. 有田工業高等学校における学科の変遷に着目すると、. ②プレゼンテーション能力、③製作時に使用する機械の. 機械科や電気科の新設、増設に対し、焼き物に関わる科. ほか、パソコンや測定装置など設計や分析に用いる装置. 目は減少しており、窯業科卒業生の進路動向をみてみる. を使う能力が挙げられた。. と、1975(昭和 50)年以降、県内に残る生徒の割合が高. 「現在の学校に足りないもの」は①時間、②人員、③. くなっているが、それは進学の割合が増えたことによる. 施設に集約され、業界や学生の要望に応えようにも、現. ものであり、有田工業高等学校は、地元企業の後継者育. 状の仕組みのままでは、授業時間数の不足や教員一人当. 成の機能を果たさなくなっていることが明らかになった。. たりの仕事量の多さが問題となって対応できないことが. 第 3 節 佐賀県立有田窯業大学校(以下窯大)の概要. わかった。また、教員研修の必要性も指摘されていた。. 有田工業高等学校の変容を受けて、1985(昭和 60)年. 第2節. 卒業生からみた有田窯業大学校. 4月 1日、 「佐賀県の主要地場産業である陶磁器産業の振. 学校に行ったことのメリットとして一番言及されて. 興を図るため、陶磁器に関する専門知識及び理化学・デ. いたのは、人脈が広がったことであった。学校で同じ目. ザイン技術を修得させ、将来業界の後継者・技術者とな. 的をもつ仲間と出会い、 利害関係を気にせず切磋琢磨し、. って働く人材の育成を目標」として、佐賀県立有田窯業. 卒業後も交流が続いていることは、卒業生にとって大き. 大学校が開校された。. な財産になっているようである。. その課程は、専門課程(陶磁器科)、研究科、短期研. 窯大で学んだことについては、「型の知識」や「陶磁. 修(一般研修・特別研修)に分かれており、2 年間の専. 器についての幅広い知識」が業者との交渉や客とのコミ. 門課程は実習中心のカリキュラムになっている。. ュニケーションの際に役に立っていることがわかった。. 本論文では、後継者となる人材の確保・育成に関わる. また、実家が窯業を営んでいる学生は、実家(会社)で. 教育機関が対象であるため、専門課程に着目する。これ. これまで経験で行われていた部分や無駄だと思われる部. までの入学生の年齢構成をみると、10 代が 348 名、20. 分の改善を行っており、現場の人々とは違う視点から作. 代が 243 名、30 代が 30 名、40∼50 代が 9 名(合計 630. 業を観察し、問題を指摘することができたことが考えら. 名)であり、10 代、20 代が中心であるものの、学生の年. れる。これらの事例から窯大の教育は、卒業生の職業生. 齢層は幅広いことがわかる。. 活のみならず、業界の発展にも寄与しているといえる。. 近年の動向をみてみると、入学生数は平成 10 年度以. その一方で、理論にとらわれて柔軟な対応ができない. 降やや減少傾向にあり、17 年度の定員充足率は 80%で学. というデメリットや、設備が整っていない企業では、能. 生の確保が課題になっている。また、近年は入学者の 7. 力が十分に発揮できない可能性があることも示された。. 割から 8 割は県外出身者によって占められており、就職. 第 3 節 企業経営者と従事者からみた有田窯業大学校.

(4) 「窯大生は辛抱できない」というのが業界の定説にな. ないのは、教員や企業経営者が指摘するように独立志向. っており、企業の経営者には「企業としては長く勤めて. や学生の質の変化も要因として考えられるが、単なる個. くれる従業員が欲しいのに、窯大生は独立志向なのです. 人の問題ではなく、背後には徒弟教育と産業教育の理念. ぐに辞めてしまう」と考えられていることがわかった。. の対立という構造的な問題が潜んでいることが見逃され. また、その他の問題として①有田ではデザイナーが活. てはならない。. 躍する場所がない、②窯大生は即戦力として使えない、 ③初任給が高くなる、④学校の目的・立場が不明確、⑤. 終章. 県外出身者が多いため地元の発展につながらないといっ. 今後は各企業で徒弟教育を行うことが困難になり、産. た点が指摘され、⑥デザイン教育を充実させて欲しい、. 業教育の重要性が一段と増すことが予想されるが、現状. ⑦地元企業の意見を取り入れて欲しい、といった要望が. では両者は分離、対立しており、その接続をスムーズに. 出されていた。. していく必要がある。. 「学校で窯業を学んだ人とそうでない人の違い」につ. 有田の事例を調査した結果を考えると、明治時代から. いては、学校で技術を学んだ人の「もの覚えの早さ」や. 産業教育が導入されているにも関わらず、産業教育機関. 窯大生の知識力は一部で評価をされているものの、実際. と企業との連携がうまくいっていないが、これは決して. に仕事をする場面ではあまり意識されていないことが明. 有田の特殊な問題ではなく、徒弟教育と産業教育の接続. らかになった。また窯大の学生は熱心さが足りず、他産. が、 非常に困難なしかも本質的課題であることがわかる。. 地出身の人や高校生の方が意欲は高いとの指摘もあった。. しかし、産業教育と徒弟教育を別々に議論するのではな. 以上のことから、地元企業には、窯大の意義や教育効. く、 両者を包含した視点からの議論を活発にすることで、. 果が疑問視されている現状が明らかになった。. 両者の接続についての意識が高まり、両者を結びつける ための実践が行われるようになることが考えられる。た. 4 章 徒弟教育と産業教育にみられる緊張関係と連携の 可能性. だし伝統工芸産業の場合は、その際に長年受け継がれて きた技術の継承方法の教育的意義が充分に検討されない. なぜ、窯大生は定着しないのか。その一因として企業. まま、単純に非効率という理由でその方法が排除される. における徒弟教育と産業教育の理念の違いが挙げられる。. ことがあってはならない。なぜなら一見無駄に見える作. 採用時に経営者が重視するのは、知識や技術よりも資. 業にも、次の段階に進むための基礎訓練や職業人として. 質や人柄であり、とりわけ他者とよい関係を築くことが. のアイデンティティの確立に寄与する要素が含まれてい. できる性格として、素直さや謙虚さが挙げられていた。. る可能性があるからである。そのため、伝統工芸産業に. 一方、 窯大の教育において重視されていたのは、 「なぜ. おいて新たな人材育成の仕組みが検討される場合には、. そうなるのか、追求して答えを出す」ことである。 企業における徒弟教育の方式は、基本的に「見て覚え. まず従来の徒弟教育や現在の徒弟教育の実態について、 教育学的観点から十分な調査研究と検討を行った上で、. る」であり、わからないことは先輩に聞けば教えてもら. これからの後継者育成について議論していく必要がある。. えるが、 「なぜそうするのか」 を教えてもらえるわけでは. <主要参考文献>. ない。それを明らかにするよりも、先輩と同じことをし. ・新井眞人 1995「4職人の変容と教育」 『秋田大学教育. て作業を覚えることが要求される。また、企業では「経. 学研究 改革と教育 戸田金一教授退官記念号』 (秋. 験によって」行われていることが多く、窯大生にとって. 田大学教育学部教育学研究室)pp. 57- 78. は、理論の不在や効率の悪さが見えることになる。実家 が窯業を営んでおり、後継者である場合はその意見も反. ・有田工業高等学校有工百年史編集委員会 2000『有工百 年史』. 映されやすいであろうが、一従業員に過ぎない場合は他. ・生田久美子 1987『 「わざ」から知る』東京大学出版会. の従業員の反感を買いかねない。窯大生の立場で考える. ・岩内亮一 1989『日本の工業化と熟練形成』日本評論社. と、無駄が多く、学校で学んできた方法が使えない職場. ・遠藤元男 1956『職人の歴史』至文堂. で働くことは、精神的にも大きな負担になるであろう。. ・佐藤守ほか 1962『徒弟教育の研究―漆器徒弟の社会史. さらに学校では「個性を発揮すること」が求められる. 的分析』お茶の水書房. のに対し、企業では認められない。以上のことから、窯. ・下平尾勲 1978『現代伝統産業の研究』新評論. 大生は常に徒弟教育と産業教育における理念の緊張関係. ・ジーン・レイヴ、エティエンヌ・ウェンガー著、佐. にさらされていることがわかる。窯大生が企業に定着し. 伯胖訳 1993『状況に埋め込まれた学習』産業図書.

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