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量子力学の全体論的なアンサンブル解釈

白井仁人(Hisato Shirai) 一関工業高等専門学校

量子力学の実在主義的な解釈のひとつに「アンサンブル解釈(統計解釈)」がある。

この考え方の基礎はアインシュタインによって提案され、ポパーやバレンタインなど に支持されたが、現在はあまり支持されているとは言えない。その大きな理由として

「ベルの不等式の破れ」がある。ベルの不等式とは、系が測定前から何らかの値を持 つとし、その値に対する統計集団(アンサンブル)を仮定した時、その集団が必ず満 たすべき不等式である。量子力学がこの不等式を破ることが理論的に示され、しかも その破れが実験的に検証されたため、アンサンブル解釈は否定されたと多くの研究者 が考えるようになった。

しかし、アンサンブル解釈についてよく調べてみると、それが一種類でないことが わかる。そして、ベルの不等式の破れはアインシュタインの解釈とは矛盾するが、別 のタイプのアンサンブル解釈とは必ずしも矛盾しない。これは、ベルの不等式の導出 では測定前に測定状況から独立した値を持つことが前提とされたが、測定状況に依存 した値を持つと仮定してアンサンブルを考え直せば、ベルの不等式を破ることができ るからである。つまり、測定状況に依存したアンサンブルを考えれば、アンサンブル 解釈は可能となる。

筆者はこの考えに基づき、「量子力学の全体論的なアンサンブル解釈」を提案してき た。この解釈は、常識的には受け入れがたい一つの考え方を含んでいる。それは未来 の測定状況への依存性である。現在のアンサンブル(統計集団)が(まだ選択してい ない)未来の測定状況に依存するということは、量子系はすでに未来の状況を知って いることになる。ところが、われわれには自由意志があり、まだ未来を変えられるの だから、量子系が未来を知っていることと矛盾する。つまり、この考え方はおかしい。

多くの人はそのように考えるだろう。そのため、科学基礎論夏のセミナー(2017 夏、

北海道)では「運命論的だ」という批判を受けた。

しかし、現在が未来に依存することはそんなにおかしなことだろうか。もちろんわ れわれ自身が未来のことを知っていれば、そこから時間的なパラドクスが生じること は容易に想像できる。しかし、ここで議論したいのはそのようなことではない。物理 法則が基本的に(熱力学第二法則を除いて)時間対称であるのと同様に、物理量の値 の確率分布(アンサンブル)に対しても過去と未来のどちらが先(原因)でどちらが 後(結果)であると決める必要はないのではないかということである。もし物理法則 と同様に値の分布に対しても時間対称に考えて、どちらが先でどちらが後と考えない のであれば、今の値が過去の状況に依存するのと同様に、今の値が未来の状況に依存 しても不思議ではない。

このように時間対称な物理法則の存在を基礎において考え直してみると、「原因」と

「結果」という時間非対称なわれわれの見方(因果の概念)の方が非常に怪しいこと

(2)

に気付く。そもそも物理法則がすべて時間対称であるとしたら、そこには原因と結果 の区別など存在せず、ただ相関を持つ2つの事象が存在するだけである。そして、過 去と未来の区別に明白な物理的理由が存在しないのだとしたら、それら2つの事象の 一方を「原因」、他方を「結果」と見なすことは、単に「われわれの思考の習慣(癖) に過ぎないことになる。

そう考えた場合、ベルの不等式の破れにおいてしばしば議論の対象となってきた「共 通原因」についても異なる考え方が可能となる。通常は、相関をもつ2つの事象の間 に共通原因がない(存在できない)ことが一つの問題(一種のパラドクス)として議 論されてきたが、そもそも共通原因は必要ないのかもしれない。

本稿では、このように時間対称な物理法則という観点から、原因と結果という常識 的な考え方について批判的に議論し、量子力学の「全体論的なアンサンブル解釈」が 不自然とは言えないことを説明する。

参照

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