パ パリ リか から ら見 見え える るこ この の世 世界 界
UnUn rreeggaarrdd ddee PPaarriiss ssuurr ccee mmoonnddee
第88回 ヴォルテールとルソー、あるいは21世紀を考えるための二つの極
「影響が何もないところでは探すべき原因はない。
しかし、ここでは影響が確実に見られ、退廃は現実のものである。
我々の科学と芸術が完璧に進歩するにつれ、我々の魂は堕落したのである」
――ジャン・ジャック・ルソー
もう一昨年の正月になるが、啓蒙主義と反啓蒙主義について検討し(264巻2号)、 その年の12月には期せずしてハイデッガー(Martin Heidegger, 1889-1976)による「テ クネー」の分析から現代の問題を考えた(267巻10号)。そして、昨年9月に古代史 家リュシアン・ジェルファニョン(Lucien Jerphagnon, 1921-2011)を取り上げた際に は、ネオリベラリズムやグローバリゼーションについても触れた(270巻11号)。こ れらのテーマは、我々の前に今突き付けられている世界的な問題を考える上で避けて 通れないものである。これらの思索の過程で、これから問題になるのは、科学と技術 が我々の思考と行動に及ぼす影響をどのように捉えるのかという点に集約されてく ると考えるようになってきた。それは、科学をどう発展させるのかという内からの視 点ではなく、科学とはそもそもどういう営みなのかという哲学的問いに向き合うこと である。
啓蒙主義と反啓蒙主義について論じた際、ヴォルテール(Voltaire, 1694-1778)とジ ャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)の論争について簡単に触 れた(264巻2号)。すなわち、人間の不幸は無知と偏見が原因で、それを救うのは学 問と知識であり、理性と寛容だと主張するヴォルテールに対し、学問や芸術の発展こ そが人間を堕落させ不幸にしてきたと考えるルソーとの対立である。この論争はその 後も存続し、現代でも解消されることなくそこにある。そして今、これまで優勢であ ったかに見えるヴォルテールに代表される啓蒙主義、あるいは科学を重視する思想が 生み出した矛盾が噴出しているように見える。今回は、我々が直面している課題を考 える上で重要な示唆を与えるヴォルテールとルソーの哲学を現代の思想家の分析を 交えながら比較検討し、「これからの哲学」を模索するための第一歩としたい。
ヴォルテールの肖像 (c. 1737)
モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール(1704-1788)
ヴォルテールこと、フランソワ・マリー・アルエ(François-Marie Arouet)は、1694 年、パリの公証人の息子として生まれた。7歳の時に母親を失っている。10歳でイグ ナチオ・デ・ロヨラ(Ignacio de Loyola, 1491-1556)やフランシスコ・ザビエル(Francisco
Xavier, 1506-1552)らが創設したイエズス会のルイ・ル・グラン・コレージュで7年
を過ごした後、パリで法律の勉強をしている。本人の希望は文学であったが、父親が 法律家として立つことを望んでいたためではないかと思われる。この間、権威から自 由な人たちが集まる文学サロンやパリの社交界に出入りして文学的才能を開花させ た。その結果、ここではカバーしきれないあらゆるジャンルの膨大な仕事を残すこと になる。1717年、当時の摂政フィリップ2世オルレアン公(Philippe II, Duke of Orléans,
1674-1723)を揶揄する文章を書き、バスティーユに11か月投獄される。この時間を
使って執筆した悲劇『エディプ』(1718)が大成功を収める。丁度この時期に過去と の決別をするため、「ヴォルテール」を名乗るようになる。さらに1726年にも、ある 貴族との争いがもとで再び投獄されるが、イギリスへの亡命を条件に2週間後には釈 放される。そして1728年までのイギリス滞在で、アイザック・ニュートン(Isaac Newton, 1642-1727)の理論やジョン・ロック(John Locke, 1632-1704)の哲学を知り、イギリ ス人が享受している言論・表現の自由を目撃することになった。この経験が司法制度 を含めたフランス社会の改革にすべてを捧げる決意に至らしめたようである。若くし て名を成し、40代で権威的立場になっていたが、王や教会や裁判官という社会の権威 に対する舌鋒が鈍ることはなかった。作品の成功や投機により財を成していたため、
問題が起こった時には国外逃亡も可能であったのだろうが、啓蒙主義宣言でもある
『哲学書簡』(1734)や『ザディーグ』(1747)など地下出版が少なくない。1759年に 出版して大成功を収めた『カンディード』(Candide ou l’Optimisme)もラルフ博士の 著作となっている。
啓蒙主義を体現するヴォルテールの哲学が3世紀に亘る攻撃に晒され、緩やかに破 壊さ れて い ると 見 て い る 哲学 者 がい る 。 アンドレ・ グ リュ ッ クスマン(André Glucksmann, 1937-2015) で あ る 。 彼 は そ の 著 『 ヴ ォ ル テ ー ル の 反 撃 』(Voltaire contre-attaque, Robert Laffont, 2014)の中で、次のようなことを言っている。
――今緊急に求められることは、ヴォルテールが高く掲げたコスモポリタン的自由を 救済することである。20世紀半ばの知識人はヴォルテールを哲学者と見做さなくなっ たが、人種、グループ、国の境界などに根差すものや狂信主義を拒否した点で極めて 現代的な哲学者である。彼が描いたカンディードは、どこから来てどこに行くのかも 知らず、祖国も国境もない世界に開かれたヨーロッパ人であり、世界人である。あら ゆる場所にいると同時に、どこにもいない。旅行者として一生を過激に生き、発見す る人間なのである。外に開かれるに従い、逆に国家の感情が生まれるのは自然なこと であるが、そこで生まれる祖国は他者に対して閉じており、19世紀から20世紀の三 分の二を占めていた時代遅れの考えである。我々ヨーロッパ人は最初から普遍主義者 であり、敵対者もそう見ている。その立場を自ら否定することは、彼らの欲望を増大 させるだけである。フランス人はアイデンティティの喪失を心配している。しかし、
アイデンティティとは与えられ固定化されたものではなく、作られ修正されるものな のである。ヨーロッパ人は全体としては最も豊かで、グローバリゼーションによる恩 恵も受けている。しかし、そこに新たなチャンスがあると考えるのではなく、富と安 全が危機に晒される要因を見ることはヨーロッパ精神の恐ろしい衰弱である。――
そして、最後に 21 世紀に甦らすべきカンディードの精神を問い、悪や専制政治や テロリズムに立ち向かう意志と、生きる上で重要になる不確実性と寛容を受容する力 と、民主的な社会を耕す能力を挙げている。これからの問題は誰かが欧州連合の原理 である自由と寛容を引き継がなければならないということであり、国家主義の中に閉 じ籠る誘惑を拒否するか否かの選択で、道徳的で精神的なヨーロッパ人が動かなけれ ば事態は悪化するとグリュックスマン氏は考えている。また、自分の分析が文学的で 哲学的だと批判されていることに対しては、文学を軽視してはいけないと反論。モン
テーニュ(Michel de Montaigne, 1533-1592)はアンリ4世(Henri IV, 1553-1610)とと もに宗教戦争に終止符を打ち、ヴォルテールは世俗主義と寛容を発明して人権宣言へ の道を開き、ソルジェニーツィン(Alexandr Solzhenitsyn, 1918-2008)はベルリンの壁 崩壊に貢献したことなどの実績を挙げている。
ジャン・ジャック・ルソーの生家のプレート ジュネーブにて
(2014年7月17日)
ヴォルテールの宿敵ルソーはヴォルテールに遅れること 18 年、ジュネーブの田舎 に時計職人の子として生まれた。その直後にヴォルテールと同じように母親が亡くな っている。10歳の時、父親が諍いを起こし、ジュネーブの司法から逃げ出した後は居 場所を転々と変える生活に入る。音楽家になることが願いだったルソーの生活をいざ という時に支えたのは音楽であった。ルソーが世に出るのは、1749年にディジョン・
アカデミーの懸賞論文のテーマ「科学と芸術の復興は習俗の純化に寄与したのか」に 対して、科学と芸術の両者を非難する論陣を張った『学問芸術論』(Discours sur les sciences et les arts, 1750)によってである。若くして名を成したヴォルテールとは異な り、ルソー38歳の時であった。彼の基本的な考え方は、人間の性質は本来的に善であ り、社会がそれを堕落させるというもので、科学や芸術の発展が人間の美徳を棄損し、
享楽的な文化は人民を奴隷状態に陥れるために専制君主によって利用される可能性 があるとした。哲学者や雄弁家が溢れ、芸術や科学が栄えたアテナイ。それはローマ にも引き継がれたが、軍事規律は乱れ、農業は軽蔑され、祖国は忘れられた。人々が 勉強を始めると善良さが失われると考えたのである。それに対して、芸術と芸術家、
学問と学者を追い払ったスパルタを高く評価。そのお陰で、スパルタは政治的に公正 で美徳が最も純粋な社会になったと見ていた。これらの思想は『人間不平等起源論』
(1755)や『社会契約論』(1762)に続くことになるが、そこには大きな問題も潜ん でいた。
ヴォルテールとルソーの対立という視点から現在を分析している人に、インド出身 のパンカジ・ミシュラ(Pankaj Mishra, 1969- )氏がいる。最近の書『怒りの時代』(Age of Anger: A History of the Present, Farrar, Straus and Giroux, 2017)では、次のような見方 を展開している。
――最近顕著になった現象に、例えば、ドナルド・トランプ(Donald Trump, 1946- )、 ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)、ポピュリズム政治、ウラジミール・プー チン(Vladimir Putin, 1952- )、イスラム過激派などがある。これらは「文明の衝突」
では説明ができず、寧ろ「市民レベルの世界的な戦争」と捉えるべきだろう。「リベ ラルでコスモポリタンなエリート」と「進歩やグローバリゼーションの果実にありつ けない不満を持つ大衆」との戦争である。これは一時的なものとは程遠く、大衆の怒 りは根が深く、ますます増大するだろう。その根はヨーロッパの啓蒙時代の始まりに あると見ることができる。当時、自由な個人が理性を用いて進歩に向けて励んだが、
それは今までは有効な考えであった。人々に幸福を齎したからだろう。しかし、この やり方は人々が同じことをやるため世界が均質化し、必然的に競争が起こってくる。
その過程で「ルサンチマン」(恨みの感情)が生まれてくるが、この根にヴォルテー ルとルソーの対立を見ることができる。一方に、理性とアングロサクソンの自由主義 を謳い上げ、大衆から隔絶したエリートがおり、他方に、パリの社交界を拒絶し、近 代社会にネガティブな感情を抱いた人間がいる。ヴォルテールが謳った自由は彼が属 する枠の中にいるインテリのためのもので、彼自身はユダヤ人や黒人などを軽蔑して いた。これに対して、ルソーは近代人が模倣と競争に疲れることや富や社会的地位の 追求がルサンチマンを生み出すことを見抜いており、そこからの解放を求めた。しか しルサンチマンの結果、18世紀の終わりからテロリズムやデマゴギーが現れる。イス ラム過激派は宗教の産物ではなく、近代の産物なのである。啓蒙時代に始まる進歩に
は著しいものがあるが、そこには欺瞞が含まれている。確かに寿命は延び、死亡率は 減っているという数字はあるが、すべての人がその恩恵に与かっているだろうか。幸 福な生活に結びついているだろうか。失業や故郷喪失、そして環境破壊などから来る 生活の質の低下はないだろうか。その解決策は作家やインテリがいかなるイデオロギ ーからも自由になって新たにこの問題を考え直すことである。――
ボルドーのヴィクトワール広場
(2015年5月15日)
ミシュラ氏の解決策を敢えてわたしの言葉で言えば、「枠組みのない更地から考え 直すこと」となるだろう。哲学的思考がどうしても求められるのである。ミシュラ氏 は、フランスで一昨年から始まり現在も止まるところを知らない「黄色いベスト運動」
もこの枠組みの中で見ている。ルソーに対峙したヴォルテールのように、エマニュエ ル・マクロン(Emmanuel Macron, 1977- )は都会の尊大なエリートとして、大衆を上 から見て社会はこうあるべきだと決定する独裁的傾向があり、それが大衆の怒りを買 っているというのである。このような流れにある現代の問題を考え直す上で重要にな
るのが、「限度」(成長、環境、欲望などの)という考えから出発して新たな構想を明 確にすることだとミシュラ氏は考えている。
ここまで見てきたヴォルテールとルソーの対立を振り返ると、今どちらの立場を選 択するのかという問いはあまり意味のあるものに見えない。この世界の見方や人間の 生き方には複数の極があり、そのどれかが全面的に正しいとも間違っているとも言え ないことが多いからである。一つの問題に対峙した時、複数の立場を参照しながら、
どの要素を取り入れ、そこにどのような改良を加えることができるのかという視点が 必要になるだろう。それは、近代が齎した問題をどのようなフレームワークに入れ直 して思考を進めるのかという創造的な作業が求められることを意味している。そのた めにも、この二人の広汎で複雑な思索には参照すべき点が少なくない。今回の検討で はとても掬い切れない思索の泉をこれからも訪れてみたいものである。
(2020年1月13日)