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12世紀 には親族の伯の法行為への関与の頻度が高い

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Academic year: 2021

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

ポンティウ伯の領邦統治(12-13世紀) : 中世盛期に おける「中規模」領邦国家研究

大濵, 聖香子

https://doi.org/10.15017/1806777

出版情報:九州大学, 2016, 博士(文学), 課程博士 バージョン:

権利関係:やむを得ない事由により本文ファイル非公開 (3)

(2)

(様式3)

氏 名 :大濵 聖香子

名 :ポンティウ伯の領邦統治(1213世紀)

―中世盛期における「中規模」領邦国家研究―

区 分 :甲

論 文 内 容 の 要 旨

近年中世フランス領邦史は「近代国家の生成」プロジェクトや紛争解決研究の影響を受 け変容をとげているが、その中で注目に値する新たな論点が、国家史的視点と地域史的視 点の組み合わさった中規模領邦研究である。本論文では北フランスの中規模領邦の一つで あるポンティウ伯領を対象とし、1213世紀における伯による伯領統治の展開を立体的に 復元することを目指し、『ポンティウ伯文書集』を用いて4つの側面から検討を行った。

1章では、伯文書の証人欄に登場する人物を伯の親族、役人、俗人領主の3種類に分類し 登場回数を数える量的分析と、本文に当事者として登場する個別事例の検討を行った。12世紀 には親族の伯の法行為への関与の頻度が高い。また伯の役人セネシャル職が設置され、伯と個 人的な強い紐帯を持ち伯に重用された。俗人領主については、伯の側近を形成した俗人領主集 団の存在が認められる。13世紀には伯の行為に直接関与する親族は減少するが、個人的に活動 を続ける親族との協調的関係は存続している。伯の側近に関しては構成が上級貴族から中小貴 族へ変化し、出身地の分布の拡大から、伯の俗人領主に対する影響力の増大が認められる。俗 人領主には伯と個別的に関係を結ぶものもあり、伯が人的紐帯を重視している様子も窺える。

2章では、伯文書の文書形式学的検討を行った。伯文書の構成要素の検証によると、12 紀には文書の 62%が受益者作成であった。13 世紀に入ると発給文書数は倍増し、伯文書局作

成文書が 66%を占めた。「ポンティウとモントルイユの伯」書式の確立には、伯の領土拡大の

意思が現れている。印章の告示書式の定着からは、伯の印章による法的恒久的効力の保証の浸 透が窺える。13 世紀中期には伯文書局作成文書の割合は 79%に達した。この時期には書簡形 式が増加し、フランス王権の動向と類似する。伯文書局構成員に関しては、12世紀中期に伯の 側近聖職者によって文書の作成が開始された。12世紀末にはカンケラリウスの肩書きを持つ特 定の人物が文書を認証しており、文書局書記の間にある程度の組織化の進展が認められる。

3章では、伯の諸権利の検討のため、寄進・確認文書を網羅的に検証した。領主的諸権利

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に関しては、11世紀後期にはヴィラなどと一括して扱われているが、12世紀には諸権利の細分 化が認められる。12 世紀に入ると従来の伯領への諸権利の集中が見られ、13 世紀初期には諸 権利の数と所有地点は倍増する。また12世紀後期からはラントが増加し、流通拠点の整備化が なされ、定期的な諸権利の活用が見られる。さらに伯は「ポンティウの共通単位」を導入し、

伯領内の単位の統一を図った。君主としての諸権利に関しては、伯は12世紀初期から森林、水 車、通行税などの公的空間を支配した。そして12世紀初期からポンティウ貨が流通しており、

伯は造幣と両替の権利を独占していた。13世紀初期までは、ポンティウ貨は税の支払い、伯に よる寄進や贈与時にも活用され、伯の権威の浸透と定着に貢献した。

4章では、伯とコミューンの関係を考察するために伯領の諸コミューン文書の基となった アブヴィル文書を検討した。アブヴィルのコミューンには特に裁判権において高度な自治が認 められていた。コミューンは上級裁判権の一つである殺人や窃盗などに関して裁判を開催した。

伯もまたコミューンに関わる諸権利を留保し、役人ヴィコントを通してコミューンと協力関係 にあった。住民に対しては、伯以外との封建関係や封・財産・権利の移動を禁止し、居住や移 動の範囲を制限するなど、コミューンへの介入を通じて伯領の統治を試みた。伯以外の領主に よって認可されたコミューンに関しても、文書は伯の許可の下で発給され、内容も伯が領主と コミューンの双方に干渉する余地を残しており、伯は上級領主として強い影響力を有した。そ の一方で伯と修道院領主双方の領主的諸権利が絡み合って存続するコミューンも存在した。

これらの各側面の検討の結果から見えてくるのは、中規模領邦でありながら、大領邦君主や 王権のような領域的統治を志向する伯の姿である。伯の文書行政、コミューン法の統一の試み、

諸権利の運営、公的空間の支配などには、公権力の担い手として振る舞おうという伯の強い意 欲が現れており、その動向には 12-13 世紀の王権の傾向との類似性も指摘しうる。他方で、

伯の統治はコミューンへの大幅な自治の付与や都市との協力関係、個々人との紐帯に依拠する 側近構成などの上に成り立っており、そこには多様な諸権力の並存する中規模領邦の統治の特 徴が現れている。12 世紀から13 世紀は王権の覚醒と成長の時代といわれているが、その一方 で王権と異なる次元での地域形成が進行していたのである。

参照

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