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20世紀数学

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Academic year: 2021

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ヒルベル トの問題か ら見た 20世 紀数学

杉 浦 光夫 (津 田塾 大 )

はじめに

20世紀数学は、勿論 19世 紀数学を受継いで発展 して来たのであるが、 この 1∞ 年の間に、自か ら 19世 紀 数学 と異なる特色を備えるに至つた。 この発展の相を、 1900年 に発表 された ヒルベル トの23の 問題の内の い くつかについて、具体的に明らかに したいというのが本稿の目標である。時間の制約から、ここでは第

1、 2、 5、 9問 題のみ を取上げる。

第 5問 題 ヒルベル トの提出 した第 5間 超は、

① リーの AL続 変換 :Iの Jll論 を、 1年 のわ (":1,び に作用を定義する関数の微分可能性または解析性の仮 定な しで、連続性のみを仮定 して展 ,Hす ることができるか」というものであった。

これに対し、フォン・ノイマンは、 1933年 に、実数の加法群が平面に、連続ではあるが微分可能でな い仕方で作用 し得ることを示 して、上の形の第 5問 題は否定的に解決されたのである。そ してそれ と同時 にフォン・ノイマンは当時導入されたばか りの位相辞の概念を用いて第 5問 題を次のように新 しく定式化 した。

② 位相リー群 G(位 相多様体である位相群 )は 、傷 析的)リ ー群か」

そ して Gが コンパク トであるとき、この問題に肯定的な答を出した。ポン トリャーギン、シュヴァレー は、 Gが アーベル群、口 T解 群のときも肯定的であることを示 した。

後 1948〜 49年 頃岩澤拠古とグリースンは、視野を広げ、局所コンパク ト群全体の中での リー群の位置 と 特徴付けを求める‖ ‖題として第 5‖ 1題 をとらえ直した。彼等の立てた問題は、次の形のものであつた。

③ 局所コンパク ト lFFCで 、小さい (jr規 )部 分群を合まないものは リー群である。」

④ 任意の局所コンパク ト群 Gは 、   リー lrの 射影極限となる開部分群を合むか」

③、④は 1952〜 53に グリースンと山辺英彦によつて肯定的に解決された。

②は③の一部と他の結果を合わせて、モンゴメリー・ジピンによつて 52年 に解決 した。

③に関し、   リー祥と対躊的な位置にあるのが、 p進 体 のような完全不連結な局所コンパ ク ト群で、単 位元の任意の近傍 は、 bll正 規部分群を合む。 1964年 にセールは、任意の完備付値体 k上 の解析的 リー群の 理論を作 り、このような lrに もリー環が定義され、 リー理論が成 り立つことを示 した。

これは、アルキメデス付 111と 非アルキメデス付値に共通なリー群論が存在することを示 したものであ り、

第 5問 題におけるリー irの 41F徴 付けとは別の視点を示 した点において注目に値する。

第 9問 題

第 9問 題は、 「代数体において、高次犠剰余相互法則を証明せよ Jと いう問題である。これはガウス以 来 19世 紀の代数的整数論の発展を推進 した問題であつた。それは適当に纂剰余記号を定義すれば、平方剰 余相互法則 と類似の形で高次幕剰余相互法則が成 り立つことを予想するものである。ヒルベル トは、代数 体 kの 絶対類体 (最 大不分岐アーベル拡大体 )Kの 存在を示 し、その基本的性質 を証明することによつて 相互法貝 1が 証明されることを予想 した。そ してこの路線に沿つて、フル トヴェングラーは、任意の奇素数

pに 対し、  1の p乗 根を合む代数体 kにおいて、p零濶除 相互法 11の 証明に成功 したのであつた (1909● )。

一方高木貞治は分岐する場合を も合む代数体の、アーベル拡大の一般論を、類体論という形で建設 した (1920年 )。 高本は類体の基本性質の一つとして次の同型定理をとらえていた。

代数体 kの 有限アーベル拡大体 Kの ガロア群 G=Gal(Klk)は 、 Kに 対応する合同イデアル類群 Hと 同型

(2)

である」   この │]型 定理‖ を フロベニ ウス ト

̀劇

典を jllい 具 1/r的 に 与えた のが 、ア ルテ インの一般 相互 法員 1 (1∞ 7年 )で あ り、それか ら任意の 自然数 nに 対す る n幕 剰余相互法11が 直 ちに導かれる。 こ うして歴 史 的経緯か ら重要視 されて来た幕千」 余相互法則 は、アルテインの手に よつて構造的な一般相互法則の形に定 式化 され、代数体のアーベル拡大の]!論 機 i体 諭 )の 基本定理 とな った。 さらに類体論は、有限体上の 一 変数代数函数体で も成 り立つ ことが1930年 代に知 られた。

一方アルテインは、代数体 kの 任意のガ ロア拡大体Kと 、ガ ロア群 G=Gal(K/k)の 表現 fに 対 してアル ティンの L函 数 L(s、 K/k、 3を 定義 した。 K/kが アーベ ル拡大の とき、 Gの 既 約表現 χは1次 元で、 G

の指標に他な らない。 一般相互法則 1に よ り、  /は kに 対応す る合同イデアル類群 Hの 指標 と見な される の で この場合には、アルテ ィン

函数 1(s、 K/k、 χ )は 、  kに おけるヘ ッケの L函 数に等 しい。 これが一般 相互法則の解析的な表現である。

K/kが アー ベル拡大でな い ときの、ア ルテ ィン L函 数の これに対 応す る解析的 表現を求める こ とは、

1960年 後半か ら、 ラングランゾによる広大な研究 プ ログラムの 中で研究 されている。 こ うして ヒルベル ト の第 9問 題は、 ヒルベ ル トの予想 した枠を越 えて発展 した。

1、 2問 題

第 1問 題は、カ ン トールの集合論が残 した 」 1つ の 「り地、川 lち 「連続体仮説」 と「整列可能問題」の解 決 を問題 とす る。

1904年 ツェル メ ロは、選択公メ‖ (∧

(`

)を 導入 して、任意の集合が整 列可能な ことを証明 した。逆に 整 列集合では、選択函数が 直ちに構成できるか ら、整列¬ r能 定■ 11と 選択公理は同値な命題である。 1908年 集 合論の公■ u系 が ツェル メロに よつて導人 され   の ちフレンケルに よつて置換公理が補われ、 ツェル メロ、

フレンクル (Z FC)集 合 論の公理系が成 立 した。 以下では ZFCか ら ACを 除いた ものを ZF集 合論 と い う。

1940年 ゲーデル は 「 ZF集 合論が無矛盾 な らば、それ は選択公理 また は一般連続 体仮説 (GCH)を 添 加 した体系 も無矛盾である」 ことを証り lし た。 さらに1964年 に、 コーエ ンは 「 ZF集 合論に対 し、 AC及

び GCHは 独立である」 ことを強制法によつて証明 した。 こ うして連続 体仮説 の正否 は、 ZF集 合論 を越 えた問題である ことが明 らかにな り、以後集合論の新 しい公■ lの 探求が盛んになつた。

2「 1題 は、 「突数論の無矛 llFl‖ :を 出 [り lせ よ」 とい う問題である。 ヒルベル トは、数学の各部門が公 理 系に よつて基礎付 けられ る と考え、その公理系の無矛盾性 を、いわゆる有限の立場に基いて証明す るこ と に よつて、数学の磁密なり It礎 付 けがで きる と信 じていた。

これに対 し、 1931年 ゲーデルは、不完全性定劇 !「 自然数論を合 むよ うな昴納的公理系 Tが 無矛盾な らば、

Tに おける閉論理式 1)で あ って、 Pも Pの 否定 も T内 では証明不可能であるよ うな ものが存在する」こ と を証明 した。 これ は誰 も予想 しなか つた意外な結果であつた。 これか ら導かれ る第二不完全性定理は、 無 矛盾性の証明に大きな原」 ll的 制約を訪 tす ものである。不完全性定理は公理化された数学の性格に対する深 い洞察に基づ くもので、数学本礎論に大きな形響を与えた。

まとめ

以上の Jllで もわかるよ うに、 ヒルベル トの F響 題には、 11:題 者の意図を越えた新 しい展開を示 した ものが

何題 もある。 これは 2()1世 紀になつて新たに発ル (し た新 しい分

lF・

(例 えば位相幾何学、多変数関数論、非線

型問題、確率過程論、大 llt解 析学、Ⅲ l純 祥の分野 i問 題等等 )と 共に、 20世 紀数学が、いかに 19世 紀数学か

ら離れてきたかを具体

lr・

lに 示 しているのである。

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