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アバール語における動詞の結合価

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(1)

アバール語における動詞の結合価

*

山 田 久 就

(小樽商科大学)

Verbal Valence in Avar

YAMADA, Hisanari

Otaru University of Commerce

This paper provides an overview of the valence of Avar verbs.

Avar has an absolutive-ergative case system. There are five main verb classes:

one-argument intransitive verbs, two-argument transitive verbs, two-argument intransitive verbs, two-argument oblique verbs, and three-argument transitive verbs. Oblique verbs are those take an oblique experiencer argument and an absolutive argument. There are some two-argument verbs that take an ergative argument and an oblique one.

Avar has many labile verbs, which are used both intransitively and transitively. The labile verbs are divided into two types: inchoative/causative alternation verbs like English break and those like English eat.

In Avar there are durative verbs, which are derived from both of intransitive and transitive basic verbs. All durative verbs are intransitive.

Semantic and syntactic properties of four causative verbs will be shown. Two types of double absolutive constructions will be also discussed.

キーワード:アバール語,コーカサス,結合価,格枠組み,能格 Keywords: Avar, Caucasus, valence, case frame, ergative

1. はじめに 2. 動詞のタイプ

3. 自動詞としても他動詞としても使われる動詞 4. 持続動詞

5. 使役動詞

6. 自動詞としても他動詞としても使える動詞と使役動詞g′a=AM=ize 7. 進行相と結果相

8. 非意図的な行為を表す表現 9. まとめ

* 本稿の元となる研究においては,約 100 万語の電子化したテキストの分析を行うとともに,対象となる 文の容認性を判断するためにアバール語の母語話者に対する質問形式の調査を行っている。その際,多く の方にアバール語のインフォーマントになっていただいた。ここで,感謝の意を申し上げたい。当然のこ とながら,例文の容認性に関する最終的な判断は筆者によるものであるし,記述内容に誤りがあった場合 の責任は筆者にある。匿名の査読者に有益な助言をいただいた。ここで,感謝の意を申し上げたい。本稿 は文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(C),研究課題:『現地調査とデータベース作成によるアバール 語の格配列と他動性に関する総合的研究』,課題番号:20520366,研究代表者:山田久就,研究期間:2008 年度~)から助成を受けている研究の成果の一部である。

(2)

1. はじめに

本稿の目的は標準アバール語の動詞の結合価(項の数およびそれぞれの項が取 る格)に関わる諸現象を記述的な観点から概観することにある。アバール語は北 東コーカサス諸語(または,ダゲスタン諸語とも呼ばれている)に属し,主にロ シア連邦ダゲスタン共和国およびその南にあり旧ソ連からの独立国であるアゼル バイジャン共和国で話されている。アバール語は山岳地帯で話されていることも あり,方言差が大きい。本稿で単にアバール語と書いている場合は標準アバール 語を意味することとする1

本稿の構成は次のようになっている。最初に2節でアバール語にどのような格 枠組みを取る動詞があるのかを説明する。3 節では自動詞としても他動詞として も使われる動詞について述べる。4 節では逆受動態的な振る舞いを持った持続動 詞についての説明を行う。5節では四つの使役動詞の特徴を紹介する。6節では自 動詞としても他動詞としても使われる動詞と使役動詞 g′a=AM=ize との関係につ いて述べる2。7 節では進行相と結果相における格の分布について述べる。8 節で は動作主の非意図的な行為について問題にする。

2. 動詞のタイプ

アバール語の動詞を項の数とそれぞれの項が取る格に基づいて分類した場合,

ごく少数の例外的な動詞を除くと以下に述べる五つの主要なタイプに分類するこ とができる3。第一のタイプは(1)のxweze「死ぬ」のような一項自動詞であり,第 二のタイプは(2)のgukkize「だます」のような二項他動詞である。アバール語の大 多数の動詞はこの二つのタイプに属する。

(1) Musa xwana.

Musa・ABS 死んだ 「Musaが死んだ。」

(2) Musatsa Pat^imat gukkana.

Musa・ERG Patimat・ABS だました 「MusaがPatimatをだました。」

一項自動詞の唯一の項を S,二項他動詞の動作主あるいはそれに類する意味役割

の項をA,他動詞のもう一つの項をOと呼ぶことにすると,アバール語はSとO

1 標準アバール語は日本語や英語などの標準語に比べて語彙,音韻,形態,統語において話者間にかなり大 きなばらつきがある。これは,方言差が大きいこととマスコミュニケーションが一般にロシア語で行われ ていることなどによると考えられる。

2 アバール語の動詞等には一致標識が付くことがある。AMがその省略記号であるが,わかりやすくするた

めに,AM=axchize,g′a=AM=izeのように省略記号AMの前後に=を付けて表記する。一致標識は四種類で,

男性単数(v),女性単数(j),非人間単数(b),複数(r/l)となる。

3 ここでの動詞の分類は伝統的なアバール語研究での分類に項の数による区別を加えたものである。

(3)

を一つの格すなわち絶対格で標示し,A を別の格すなわち能格で標示する絶対 格・能格型の格体系を持つ言語である。世界で話されている諸言語には名詞,代 名詞の一部だけが絶対格・能格型で,残りは中立型あるいは主格・対格型である 言語もたくさんあるが,標準アバール語では全ての名詞,代名詞が絶対格・能格 型である。ただし,アバール語の一部の方言には,代名詞の一部が中立型になる 方言や中立型の代名詞および主格・対格型の代名詞を持つ方言もある。アバール 語の二項動詞はgukkize「だます」のように能格と絶対格を用いて二つの項を標示 する動詞が大多数であるが,(3)のbozhize「信じる」のように一つの項を絶対格で 標示し,もう一つの項を何らかの斜格で標示する二項自動詞もある4。これが第三 の動詞のタイプである。本稿では,他動詞という用語の使い方に関して,絶対格・

能格型の格体系を持つ言語では能格と絶対格を取る動詞,主格・対格型の格体系 を持つ言語では主格と対格を取る動詞を他動詞と呼ぶことにし,絶対格あるいは 主格と斜格を取る動詞は他動詞ではなく自動詞と呼ぶことにする5。また,S,A,

O という用語についても自動詞の絶対格/主格だけを S,他動詞の能格/主格だ

けをA,他動詞の絶対格/対格だけをOと呼ぶことにする。

(3) Musa Pat^imatida bozhula.

Musa・ABS Patimat・LOC1 信じる 「MusaがPatimatを信じている。」

ここで,アバール語の格について説明することにする。アバール語には絶対格,

能格以外に与格,属格ならびにそれぞれ五系列からなる位格,向格,奪格,経路 格がある。位格,向格,奪格,経路格の第一系列から第五系列の基本的な意味は それぞれ「~の表面」,「~(人間など)の所」,「~(平面など)の中」,「~

の下」,「~(立体など)の中」である。また,場所を表す副詞も名詞の位格,

向格,奪格,経路格に平行して変化する。便宜的に,副詞に対しても位格,向格,

奪格,経路格という用語を用いることにする。能格は他動詞のA以外の役割でも いろいろと用いられ,「~が~を刀で殺す」のような文の道具「刀で」や「風で

~が落ちる」のような文の原因「風で」なども能格で表される6

bozhize「信じる」は斜格として第一位格を用いるが,別の格を用いる動詞もあ る7。bozhize「信じる」の他にgurx^ize「あわれむ」,baraxshshize「もったいなが る,けちる,あわれむ」は第一位格を取る。AM=ag″ize「しかる」,semize「責め

4 本稿では絶対格,能格,主格,対格以外の格を斜格と呼ぶことにする。

5 ここで他動詞,自動詞という用語の本稿での用い方を定めているのは本稿の記述に対して誤解が起こらな いようにするための便宜的なものである。S, A, Oに関しても同様である。また,全ての動詞を自動詞か他 動詞のどちらかに分類することは行わない。

6 3節で述べるように,アバール語では自動詞としても他動詞としても使われる動詞があるので,そうした 動詞の場合には,「風」などが自動詞と一緒に使われている原因を表す付加語として使われているのか,

それとも他動詞のAとして使われているのかあいまいなことがある。

7 格の用法についてはÈl'darova (1974)である程度詳しく述べられている。

(4)

る」は第一向格あるいは第一位格を取る。第一向格となるか第一位格となるかは 方言に由来する地域差によるものである。g^enekkize「聞く,耳を向ける」は第二 位格を取る。balag′ize/AM=alag′ize「見る,目を向ける」は第二位格か第一向格を 取る。第二位格と第一向格で意味に違いはない。ch^alg^ine「恋しがる」,inag′dize

「思いこがれる」は第二位格を取る。urx″izeは「うらやましがる」という意味と

「恋しがる」という意味を持っているが,「うらやましがる」の意味では第一位 格を取り,「恋しがる」の意味では第二位格を取る。x^ink″ize「恐れる」は第一 奪格か第四奪格を取る。第一奪格と第四奪格の選択は奪格で現れる名詞の違いが 関係している。同じ名詞が同じ意味で両方の格で使われることもある。necheze「恥 じる,恥ずかしがる」,ch^ux^ize「誇る,誇りに思う」は第一奪格を取る。x^ink″ize,

necheze,ch^ux^izeの斜格名詞は項なのが付加語なのかは微妙であり,この三つの

動詞は一項自動詞とみなすべきなのかもしれない。

第四の動詞のタイプは,(4)のl″aze「知る,知っている」や(5)のAM=ok′ize「好 く,好いている,欲する」のように二項動詞であるが経験者あるいはそれに類す る意味役割が斜格で現れ,もう一つの項が絶対格で現れる動詞である。このよう な動詞を斜格動詞と呼ぶことにし,その下位区分として,l″aze「知る,知ってい る」のように経験者が第一位格で現れる動詞を第一位格動詞と呼び,AM=ok′ize

「好く,好いている,欲する」のように経験者が与格で現れる動詞を与格動詞と 呼ぶことにする8。二項自動詞も斜格動詞も絶対格と何らかの斜格を取る動詞であ るから,格枠組みだけではこの二つの動詞を区別する必要はないのであるが,統 語的な振る舞いなどで違いが出てくるのでこの二つの動詞のタイプを分けておく ことにする9。統語的な振る舞いに関しては本稿では議論しないが,たとえば,命 令形において,二項自動詞では絶対格名詞が命令の受け手になるのに対して,斜 格動詞では斜格の経験者が命令の受け手になるなどの違いがある。また,二項自 動詞と斜格動詞は意味的な観点からも違いがあると思われる。アバール語の二項 自動詞や斜格動詞が表しているような意味を持った動詞が他の言語で他動詞であ ったとしたら,アバール語の二項自動詞では S(絶対格)の意味役割が他の言語 の他動詞の A(能格あるいは主格)の意味役割と対応するのに対して,アバール 語の斜格動詞では斜格の意味役割(経験者)が他の言語の他動詞の A(能格ある いは主格)の意味役割と対応するのが一般的であると思われる。意味役割は厳密 に議論するのはいろいろな意見があって難しいのであるが,意味役割と格の関係 において,意味役割の階層でより高い位置にある項が二項自動詞ではS(絶対格)

であるのに対して斜格動詞では斜格の経験者であると言えるかもしれない10

8 斜格動詞についてはBokarev (1946: 34-38),Alekseev (1975),Alekseev & Ataev (1997: 100),Islamova (1999:

87)Mallaeva (2002: 146-151),Magomedov (2003: 113-115, 128-129, 137-138)Magomedova (2006),

Nurmagomedova (2007: 84-95)などで議論されている。

9 斜格動詞は自動詞の一種なのか,他動詞の一種なのかというようなことは一つのトピックであるが,本稿 ではこの問題には立ち入らない。

10 意味役割とそれに類似する概念についてはLevin & Rappaport (2005)およびそこで言及されている文献等

(5)

(4) Musada Pat^imat l″ala.

Musa・LOC1 Patimat・ABS 知っている 「MusaがPatimatを知っている。」

(5) Musae Pat^imat jok′ula.

Musa・DAT Patimat・ABS 好いている 「MusaがPatimatを好いている。」

第一位格動詞に属するのは,l″aze「知る」,AM=ix′ize「見る,見える」,rag^ize

「聞く,聞こえる」,AM=atize「見つける」,AM=ich^ch^ize「わかる」,k^ochene

「忘れる」,ch^alg^ine「飽きる」などである。また,rak^「心臓,心」の第一向 格形rak^alde,第一位格形rak^alda,第一奪格形rak^aldasaが移動動詞などと結び ついて比喩的な意味を得ているいくつかの複合的な動詞,rak^alde kkeze「思う(直 訳:心に現れる)」,rak^alde shshweze「思い出す(直訳:心に着く)」,rak^alde AM=ach^ine「思い出す(直訳:心に来る)」,rak^alda ch^eze「記憶する,覚える

(直訳:心で止まる)」,rak^alda AM=uk^ine「覚えている(直訳:心にある)」,

rak^aldasa ine「忘れる(直訳:心から去る)」も第一位格動詞に属する。rak^alde kkeze

「思う(直訳:心に現れる)」からの発展であると思われるがrak^aldeなしでkkeze だけでも「思う」という意味で使われ,本来は「現れる」という意味を持つ一項 自動詞である kkeze は第一位格動詞としても使われる。k^weze「できる」は第一 位格と不定形の動詞を取る動詞であり,動詞の不定形の代わりに名詞を取ること はできないが第一位格動詞の一種と考えることができるであろう。与格動詞に属 するのは,AM=ok′ize「好く,好いている,欲する」,k″warig^ine「必要である」

などである。rixine「嫌う」は経験者を第一位格で標示することもあれば与格で標 示することもあり,第一位格動詞としても,与格動詞としても使われる。経験者 を第一位格で標示するか与格で標示するかは方言に由来する地域差によるもので あると思われる。

少し変わった動詞があり,bazharize「できる」は経験者を第一位格で標示する こともあれば第二奪格あるいは第二経路格で標示することもある動詞である。(6) のように第二奪格で標示されていることが最も多い。もう一つの項は動詞の不定 形あるいは副詞的分詞過去形であることが多いが,名詞である場合には絶対格と なる。第二奪格と第二経路格の選択は方言に由来する地域差によるものが大きい。

第二奪格/第二経路格と第一位格の関係は,断定することはできないが,歴史的 に第二奪格/第二経路格から第一位格へ入れ替わっている過程にあるように思わ れる。

を参照。

(6)

(6) Musax″a g′eb bazharula.

Musa・ABL2 それ・ABS できる 「Musaがそれをできる。」

ここで,少し横にそれるが,所有関係を表す表現について述べることにする。

アバール語では所有関係は一項自動詞である存在動詞AM=uk^ine「ある,いる」

を用いて表現する。(7)のように所有者は属格で標示され,所有物は絶対格で標示 される。

(7) Musal g^ech bugo.

Musa・GEN りんご・ABS ある 「Musaがりんごを持っている。」

日本語で“持っている”というと「所有している」という意味の他に「携帯してい る」という意味を表すことができるが,アバール語では,「携帯している」とい う意味を表す場合にも存在動詞AM=uk^ine「ある,いる」を用いて表現されるが,

(8)のように携帯している人は第二位格で現れ,携帯されているものは絶対格で現 れる。

(8) Musax″ g^ech bugo.

Musa・LOC2 りんご・ABS ある 「Musaがりんごを携帯している。」

第五の動詞のタイプはk′eze「あげる,渡す」ような三項他動詞である。アバー ル語の三項動詞の三つの項は能格,絶対格および何らかの斜格で標示される。能 格を取らない三項動詞はないし,絶対格を取らない三項動詞もない。また,絶対 格を二つ取るような三項動詞もない。k′ezeは「あげる」という所有関係の移動と

「渡す」という物理的な移動の両方を表すことができる。「あげる」という意味 の所有関係の移動を表す場合には,(9)のように受け手は与格で標示されるが,「渡 す」という意味の物理的な移動を表す場合には(10)のように受け手は第二向格で標 示される。

(9) Musatsa Pat^imatie g^ech k′una.

Musa・ERG Patimat・DAT りんご・ABS あげた 「MusaがPatimatにりんごをあげた。」

(10) Musatsa Pat^imatix″e g^ech k′una.

Musa・ERG Patimat・ALL2 りんご・ABS 渡した 「MusaがPatimatにりんごを渡した。」

(7)

k′eze「あげる,渡す」と似たような動詞である AM=eg′ize「渡す」はものの物理 的な移動を表す動詞であり,受け手は第二向格になり,与格になることはない。

アバール語では三項動詞が与格を取ることはほとんどない。bujurize「命令する」

は与格を取ることもあれば第一位格を取ることもある。与格か第一位格で意味に 違いはない。abize「言う」,AM=itsine「述べる」,ax^ize「叫ぶ」,shshurize「さ さやく」は第一位格を取る。mal″ize「教える」,g′arize「頼む」,g′ik″ize「尋ね る」,ts^exeze「尋ねる」,g′uk″ize「禁じる」も第一位格を取る。g′usize「(~を

~に)けしかける」は第一向格を取る。「置く」を意味する動詞は言語によって 位格を取ったり,向格を取ったりするが,アバール語のl″eze「置く」は何らかの 位格を取る。rech^ch^ize「あてる」も同様に何らかの位格を取る。一方,rexize「投 げる」は何らかの向格を取る。

以上の一項自動詞,二項他動詞,二項自動詞,二項動詞である斜格動詞,三項 他動詞がアバール語の主要な動詞のタイプである11。アバール語には項を必要とし ないゼロ項動詞は存在しない。また,アバール語では,一項動詞の唯一の項は必 ず絶対格であり,能格だけの一項動詞や何らかの斜格だけの一項動詞は存在しな い。二項動詞には,二項他動詞,二項自動詞の他に例外的なタイプの動詞として 能格は取るが絶対格は取らない二項動詞が存在する。zink^k^ize「つねる」,gildize

「くすぐる」,baize「キスする」は能格と位格を取る動詞であり,x′amize「のの しる」は能格と第一向格あるいは第一位格を取る動詞である12。第一向格となるか 第一位格となるかは方言に由来する地域差によるものである。これらの動詞は絶 対格の名詞あるいは代名詞と共起できない。badib ch^wazeは多義的な動詞ch^waze

がber「目」からできた副詞の位格badi=AM(「目に」を意味する)と結びついて

「非難する」という意味を持った複合的な動詞であるが,この複合的な動詞も能 格と第一位格を取り,絶対格の名詞あるいは代名詞とは共起できない。(11)にbaize

「キスする」,(12)にx′amize「ののしる」の例を示す。

(11) Musatsa Рat^imatida baana.

Musa・ERG Patimat・LOC1 キスした 「MusaがPatimatにキスした。」

(12) Musatsa Рat^imatide x′amana.

Musa・ERG Patimat・ALL1 ののしった 「MusaがPatimatをののしった。」

bajbix′izeは他動詞として「~が~を始める」という意味で使われるが,その他

に,能格と第一向格を取り「~が~に着手する」というような意味で使われる。

この意味では絶対格の名詞あるいは代名詞とは共起できない。

11 本稿の分類とは関係ないが,いろいろな種類の動詞についてはNurmagomedova (2007)で述べられている。

12 こうした動詞についてはBokarev (1946: 27-30),Alekseev & Ataev (1997: 106-107),Islamova (1999: 107),

Mallaeva (2002: 131, 172),Nurmagomedova (2007: 76-78)などで言及されている。

(8)

ここで,本稿での項という用語の使い方について説明を行うことにする。項と は何かという問いに対して厳密に考えずに単純に答えると,英語などでは「動詞 あるいは形容詞と結びついて節を作る名詞などの要素で省略することができない 要素」(定義 1)が項であるということになると思われるが,日本語などでは文 脈から明らかな場合は節を作っているいろいろな要素が省略されて現れてこない ことが多いので,項とは「文脈から推測できない状況では省略されることがなく,

文脈がない状況でその要素を省略した文を母語話者に示した場合に母語話者がそ れが何であるかを聞き返したくなる要素」(定義 2)というような感じになると 思われる。アバール語も日本語同様に文脈から明らかな場合は節を作っているい ろいろな要素が省略されて現れてこないことが多い言語である。そこで,アバー ル語でも定義2の要素を項と考えると他動詞のA(能格)に関して大きな問題が 起こる。アバール語では,文脈がない状況でも他動詞の A(能格)を自由に省略 することができるのである(Bokarev 1946: 45-46, Alekseev & Ataev 1997: 77)。これ はアバール語の大きな特徴の一つである。日本語であれば“殺す”という動詞の動 作主をはっきり表現したくない場合には“太郎が殺された”のように“殺す”の受動 態“殺される”を用いるが,アバール語で他動詞の動作主をはっきり表現したくな い場合には,(13)のように,単に他動詞のA(能格)を省略するだけでよく,その 場合,聞き手は日本語で“太郎が殺された”と言った場合と同様に「誰が殺したの か」は必ずしも聞き返したくはならないのである。したがって,定義 2の要素を 項と考えると,アバール語では全ての他動詞の A(能格)は項ではなくなってし まう。これが正しい解釈なのかもしれないが,本稿の目的においては,この問題 をここで理論的に深く議論することが重要であるとは思えないので,他動詞の A

(能格)に関しては例外的に項とみなし,節を作っているそれ以外の要素に関し ては,定義2の要素を項とみなすことにする。

(13) Musa ch^wana.

Musa・ABS 殺した

「Musaが殺された。/Musaをだれかが殺した。」

アバール語では,他動詞の A(能格)は文脈から推測できない状況でも省略す ることができるのであるが,自動詞の S(絶対格)や他動詞の O(絶対格)はど うであろうか。自動詞の S(絶対格)を文脈から推測できない状況で省略するこ とはできないが,他動詞の O(絶対格)はごく少数の他動詞において文脈から推 測できない状況でも省略することができる。k′abize「たたく」,k^ut^ize「軽くた たく」,tunkize「突く,押す」は文脈から推測できない状況で O(絶対格)を省 略することができる動詞である13。k′abize「たたく」はたたく人を能格,たたくの

13 こうした動詞については先に述べたzink^k^ize「つねる」などの動詞とともに注12にあげた文献で言及 されている。

(9)

に使う体の一部あるいは道具を絶対格,たたかれる場所/もの/人を何らかの位 格で表す。(14)はk′abize「たたく」の例である。

(14) Musatsa Pat^imatida kwer k′abuna.

Musa・ERG Patimat・LOC1 手・ABS たたいた 「MusaがPatimatを手でたたいた。」

k′abize「たたく」の場合,たたくのに使う体の一部あるいは道具を表現したくな ければ,(15)のようにO(絶対格)を省略することができる。

(15) Musatsa Pat^imatida k′abuna.

Musa・ERG Patimat・LOC1 たたいた 「MusaがPatimatをたたいた。」

k^ut^ize「軽くたたく」,tunkize「突く,押す」などもk′abize「たたく」と同様な

振る舞いをする。こうした動詞は接触を表現している動詞であるが,こうした動 詞について詳しくは山田(2007, 2009)を参照していただきたい。

k′wag′ize「撃つ」は gulla「弾」などの飛んで行くもの,あるいは,鉄砲などの

武器を O(絶対格)とする他動詞として使われるが,O(絶対格)は文脈のない

状況でも省略することができ,この場合,何らかの武器を撃つことを意味する。

O(絶対格)が省略されている場合,必須ではないが弾などが向けられた先を表 す向格が伴われることが多い。puzeは「(息を)吹く」,「(笛などを)吹く」

というような意味で他動詞として用いられるが,文脈のない状況でもO(絶対格)

を省略することができる。O(絶対格)が省略されている場合は,「息を吹く」

という意味になり,必須ではないが息が向けられた先を表す向格が伴われること が多い。また,ug′ize は O(絶対格)としてほぼ x^ux′el「息」を取る「(息を)

ため息としてはく」という意味を持った他動詞であるが,O(絶対格)を省略す ることができ,「ため息をつく」というような意味になる。tuze は「(つばなど を)はく」という意味を持った他動詞であり,O(絶対格)としてx^ats^u「つば」

や axtu「痰」などが用いられるが,O(絶対格)を省略することができ,この場

合には「つばを吐く」という意味になる。k″ink^ize「(目を)閉じて開ける」は

ber「目」(複数形で使われることもある)をO(絶対格)とする他動詞として使

われるが,O(絶対格)を省略することもできる。誰かに合図する場合に行われ る動作でもあり,この場合には,合図の相手が向格で示されることが多い。

上記のように,いくつかの他動詞では文脈から推測できない状況でも O(絶対 格)を省略することができる。O(絶対格)の省略に関しては,違ったタイプの ものがある。日本語で「彼は何かを食べている」ことを“彼は食べている”とは言 えないが,ある特定の食べるという行為ではなく,食べるという行為一般を問題

(10)

にする場合,“彼は食べるのが早い”などのような文で総称的な不特定のO(対格)

を省略できることがある。同様の現象はアバール語にもあり,x″waze「書く」の

O(絶対格)は上で述べた k′abize「たたく」などのようには文脈から推測できな

い状況である特定のものを意味する O(絶対格)を省略することはできないが,

(16)のように総称的な不特定のO(絶対格)は省略することができる14

(16) Musada x″waze l″ala.

Musa・LOC1 書く・INF 知っている 「Musaは文字を書くことができる。」

3. 自動詞としても他動詞としても使われる動詞

日本語の“壊れる”と“壊す”,“回る”と“回す”のように変化あるいは移動を表す自 動詞とその変化あるいは移動を誰かあるいは何かが引き起こすことを表す他動詞 の形態的な関係について論じることにする。アバール語では,変化あるいは移動 を表す自動詞とそれに意味的に対応する他動詞が命令形以外の変化形で同じ形を していることが一般的である。命令形では自動詞と他動詞で違う形をしているこ とと同じ形をしていることがある。こうした自動詞と他動詞は見出し語として使 われる不定形の形が同じこともあり,両方を合わせて自動詞としても他動詞とし ても使われる動詞と呼ばれていて,本稿でもそのように呼ぶことにする(Bokarev 1946: 39-40, Madieva 1980: 101)。(17),(18)はAM=axchizeがそれぞれ「隠れる」

という意味の自動詞および「隠す」という意味の他動詞として過去形で使われて いる例である。

(17) Pat^imat jaxchana.

Patimat・ABS 隠れた 「Patimatが隠れた。」

(18) Musatsa Pat^imat jaxchana.

Musa・ERG Patimat・ABS 隠した 「MusaがPatimatを隠した。」

2 節で述べたように,アバール語では他動詞の A(能格)が文脈から明らかであ る場合でも明らかでない場合でも省略されることがよくあるので,自動詞として も他動詞としても使われる動詞は,実際に自動詞として使われているのか,ある いは,A(能格)が省略された他動詞として使われているのかがはっきりしない ことがよくある。したがって,(17)のような文が使われていた場合,それが自動詞 として使われているのかあるいは他動詞として使われているのかは結構多くの場

14 こうした現象はBokarev(1946: 26-27)で言及されている。

(11)

合でわからないのである。日本人の感覚としては気になるが,母語話者には気に ならないようである。

母音で終わる語幹を持つ動詞ではどんな動詞でも語幹に-j が付いて命令形がで きるが,子音で終わる語幹を持つ動詞では,他動詞としてだけ使われる動詞の命 令形は語幹に-e が付くことによってでき,自動詞としてだけ使われる動詞の命令 形は語幹に-aまたは-eが付くことによってできる。動詞によって-aがつくか-e付 くかは決まっているのが一般的であるが,両者でゆれている自動詞もある。自動 詞としても他動詞としても使われる動詞が子音で終わる語幹を持つ動詞である場 合,他動詞としての命令形は全ての動詞で語幹に-e が付いた形になる。それに対 して,自動詞としての命令形は語幹に-a が付いた形になることが多いが,語幹に -e が付いた形の命令形が他動詞としての命令形とともに自動詞としての命令形で も使われる動詞もある。自動詞の命令形における-aと-eの選択は方言差およびそ れに由来する標準語での地域差がかなりあり,具体的な記述のためには詳しい調 査が必要である。

日本語では“壊す(kow-as-u)”と“壊れる(kow-are-ru)”のように意味を共有する 自動詞と他動詞が元となる形態素(“壊す(kow-as-u)”と“壊れる(kow-are-ru)”で

は kow)を共有する別々の単語であることが一般的であるが,このような自動詞

と他動詞の対はアバール語には全くない。また,日本語の観点から考えて,日本 語で元となる形態素を共有する自動詞と他動詞に意味的に対応するアバール語の 自動詞と他動詞が全く別々の単語になっている例としては,日本語の“残る (noko-r-u)”と“残す(noko-s-u)”に意味的に対応するxut^ize「残る」とteze「残す」

があるぐらいしか見当たらない。

ある話者が自動詞としてしか使われないとみなす動詞を別の話者が他動詞とし ても使われるとみなすことも少なからずある。こうしたことは,方言に由来する 地域差などに依存しているように思える。たとえば,アバール語・ロシア語辞典 であるSaidov (1967: 85)ではAM=iineに自動詞としての「溶ける」という意味しか 与えていないが,Bokarev (1946: 43),Madieva (1980: 101)では「溶ける」という意 味の自動詞としても「溶かす」という意味の他動詞としても使われる動詞として 扱われている。ちなみに,筆者が調べたテキストでは,AM=iine が自動詞として 使われている実例しかなく,他動詞として使われている実例はない。また,Saidov (1967: 324, 498)ではl″ug^izeに自動詞としての「終わる」という意味しか与えてい ないし,t^u=AM=azeにも自動詞としての「実現する,達成する」という意味しか 与えていないが,筆者が調べたテキストでは両動詞とも自動詞としても他動詞と しても使われている。この他にもSaidov (1967)は自動詞としての意味しか与えて いないが,筆者が調べたテキストでは他動詞としても使われている動詞がいくつ か存在する。

2節で斜格動詞について説明した際に第一位格動詞にAM=ix′ize「見る,見える」

という動詞があることを述べたが,この動詞は「見る,見える」という意味で第

(12)

一位格動詞として使われるとともに「見せる」という意味で三項他動詞としても 使われる。(19)がAM=ix′izeが第一位格動詞として使われている例であり,(20)が 他動詞として使われている例である。ただし,(19)のような文が使われていた場合,

Aが省略された他動詞として解釈されることもある。AM=ix′ize以外の第一位格動 詞あるいは与格動詞で三項他動詞として使われる動詞はない。

(19) Pat^imatida t^ex′ bix′ana.

Patimat・LOC1 本・ABS 見た/見えた

「Patimatが本を見た。/Patimatに本が見えた。」

(20) Musatsa Pat^imatida t^ex′ bix′ana.

Musa・ERG Patimat・LOC1 本・ABS 見せた 「MusaがPatimatに本を見せた。」

自動詞としても他動詞としても使われるもう一つのタイプの動詞がある。英語 のeatはOを伴って他動詞として使われる他,自動詞(Oを省略した他動詞と考 える人もいる)として使われることもあるが,アバール語の kwanaze「食べる」

も他動詞としても自動詞としても使われる(Bokarev 1946: 44, Madieva 1980: 102)。

自動詞として用いられるときは「何かを食べる」を意味する。kwanaze を他動詞 として使っている例が(21)であり,自動詞として使っている例が(22)である。

(21) Musatsa kwen kwanana.

Musa・ERG 食べ物・ABS 食べた

「Musaが食べ物を食べた。」

(22) Musa kwanana.

Musa・ABS 食べた

「Musaが何かを食べた。」

g′ek″eze「飲む」も同様で自動詞としても他動詞としても使われ,自動詞として用 いられるときは「何かを飲む」を意味する。同じような感じで,x^aze「(ゲーム やスポーツを)する」,「(役を)演じる」も自動詞としても他動詞としても使 われる。他動詞として使われる場合には O(絶対格)に「ゲームやスポーツをす る」という意味ではゲームやスポーツの名前を,「演じる」という意味では「役」

を意味する名詞などを取る。自動詞として使われる場合には,単に「何らかのゲ ームあるいはスポーツをする」,「何らかの役を演じる」という意味になる。ま た,ts^alizeも自動詞としても他動詞としても使われる動詞である。他動詞として 用いられる場合には「(~を)読む」という意味になるのに対して,自動詞とし て用いられる場合には,「何かを読む」という意味で使われこともまれにあるが,

普通は「勉強する」という意味になり,他動詞として使われる場合と自動詞とし て使われる場合で意味にずれがある。その他に,k″ach^aze「準備する」,x^adurize

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「準備する」,urg″ize「考える」,berg′ine「勝つ」なども自動詞としても他動詞 としても使われる。k″ach^aze「準備する」,x^adurize「準備する」は日本語の“準 備する”とほぼ同じような感じで用いられ,自動詞では「(~に対して)準備する」

というような意味で,他動詞では「(~を)準備する」というような意味になる。

urg″izeは自動詞で用いられる時は「考える」を意味し,他動詞で用いられる時は

「(~を)考えつく」を意味する。berg′ineは自動詞では「勝つ」を意味し,他動 詞では「(賞金などを)勝ち取る」ことを意味する。少し違ったタイプの動詞で は,k″anshshize はほとんどの場合において ber/beral「目:単数形/複数形」を O

(絶対格)として取り「(目を)閉じる」という意味の他動詞であるが,「死ぬ」

という意味で自動詞としても使われる。また,ch^wark′ize はほとんどの場合にお

いて ber/beral「目:単数形/複数形」を O(絶対格)として取り「(目を)大き

く開く」という意味の他動詞であるが,「驚いたり,怖がったりして目を大きく 開く」という意味で自動詞としても使われる。同じような感じで,g′ak^k^aze は ほとんどの場合においてk^al「口」をO(絶対格)として取り「(口を)あける」

という意味の他動詞であるが,「あくびをする」という意味で自動詞としても使 われる。

4. 持続動詞

アバール語には受動態も逆受動態もないが,逆受動態的な振る舞いを持ったも のに基本となる動詞から派生する持続動詞と呼ばれる一連の動詞がある。基本と なる動詞の語幹に-ar,-dなどの派生接尾辞を付けたり,I型あるいはIN型の屈折 型をした基本となる動詞の屈折型をE型に変更したりすることによって持続動詞 が作られる15。たとえば,基本となる動詞AM=ets^ts^-ize「したたり落ちる」から 接尾辞-arを付けることによってI型の屈折型をした持続動詞AM=ets^ts^-ar-izeが 作られる。持続動詞 soro-d-ize は基本となる動詞 soro-ze「震える」から接尾辞-d を付けることによって作られていて,I 型の屈折型をしている。基本となる動詞

kunch^-ize「光る」はI型の屈折型を持つが,この屈折型をE型に変更することに

よって,持続動詞kench^-ezeが作られている。ただし,I型あるいはIN型の屈折 型をE型に変更する場合には基本となる動詞の語幹の最終母音が/i/か/u/だと/e/に 変わってしまうため,kunch^が kench^に変わっている。また,基本となる動詞

x^ap-ize「(犬などが)ほえる」から持続動詞x^ap-d-ezeが作られているが,接尾

辞-dが付いて,屈折型がE型になっている。どのような形で持続動詞が作られる

15 アバール語の動詞は語幹と屈折接辞からなるが,母音で終わる語幹を持った動詞と子音で終わる語幹を 持った動詞がある。不定形がaze, oze, uzeで終わっている動詞の語幹はそれぞれa, o, uという母音で終わり,

-zeが不定形の屈折接辞である。一方,不定形が子音の後にize, eze, ine, eneが続いて終わっている動詞は子 音で終わる語幹を持っていて,-ize, -eze, -ine, -eneがそれぞれ不定形の屈折接辞である。不定形の屈折接辞 が違っていると他の変化形の接辞も違ってくるので,不定形の屈折接辞が-ize, -eze, -ine, -eneである動詞の 屈折型をそれぞれI型,E型,IN型,EN型と呼ぶことにする。たとえば,I型,E型,IN型,EN型の動詞 の現在形の屈折接辞は-ula, -ola, -una, -onaとなる。

(14)

かは音韻的な特徴などで多少の傾向はあるが,基本的にはそれぞれの単語に依存 していて,方言間でかなりの違いがあるし,標準語内でも方言に由来する地域差 などの理由から持続動詞が複数個並存していることもある。

持続動詞は「しばらくの間/繰り返し/習慣として何かをする」ということを 意味し,持続動詞は自動詞からも他動詞からも作られる。ただし,全ての動詞か ら持続動詞を作ることができるわけではなく,対応する持続動詞を持たない動詞 はかなり多い。持続動詞は常に自動詞であり,他動詞から持続動詞を作る場合に は基本となる他動詞のA(能格)が持続動詞でS(絶対格)になる(Bokarev1946: 14, 54, Madieva 1980: 102, Mallaeva 2002: 128)。これが持続動詞が持っている逆受動態 的な振る舞いである。たとえば,(23)と(24)はそれぞれAM=ichize「売る」とそれ か ら 作 ら れ た 持 続 動 詞 の AM=icharize が 使 わ れ て い る 例 で あ る が ,(23)の

AM=ichize「売る」は他動詞であるから,売り手であるMusaは能格で現れている

が,(24)のAM=icharizeは自動詞となり,売り手のMusaは絶対格になっている。

(23) Musatsa g^ech bichana.

Musa・ERG りんご・ABS 売った

「Musaがりんごを売った。」

(24) Musa wicharana.

Musa・ABS しばらく売った

「Musaが何かをしばらく売った。」

(24)では,売られているものが表現されていないが,これを表現することはできな い。基本となる他動詞の O(絶対格)に対応する要素は持続動詞では現れること ができないのである。例外としては,sunt^ize「におう」から作られた sent^eze,

xapize「つかむ」から作られた xapeze/xapdeze,ch^ik^ize「なめる」から作られた

ch^ik^arize などでは基本となる他動詞の O(絶対格)に対応する要素を位格や向

格で表すことがあるが,位格や向格で表される要素はものとしてではなく場所と して母語話者には感じられているように思われる。

他動詞から持続動詞が作られる場合に基本動詞のOに対応する要素は常に「何 かを」を意味するわけではなく,g′ek″eze「飲む」からのg′ek″oldizeは「お酒を酔 うほど飲む」ことを意味し飲む対象はお酒に限定される。このようにOが特定の ものに限定されることも多い。また,自動詞から作られる場合でも他動詞から作 られる場合でも基本となる動詞と持続動詞で意味が比喩的に変わってしまうこと もある。k′urize「回る」から作られたk′urdizeはまれに「何回も回る」という意味 で用いられるが普通は「踊る」を意味し,g′ik″ize「たずねる」から作られたg′ik″arize は「何度もたずねる」という意味でも使われることもあるが「挨拶をする」とい う意味で使われることが多い。

(15)

5. 使役動詞

ある言語で他動詞で表される内容が別の言語では自動詞の使役形あるいは自動 詞を使役動詞に埋め込むことによってしか表すことができないことはよくあるこ とである。そうしたことから,結合価を議論する上で使役は重要なテーマの一つ である。アバール語では使役は動詞の不定形を使役動詞に埋め込む形で表現され る。使役動詞には,一般的な使役動詞と言えるg′a=AM=ize,強制使役のt^amize,

許容使役のteze および AM=ichchaze がある。どれも,使役専用の動詞ではなく,

g′a=AM=izeは「(1)する,(2)作る」,t^amizeは「置く,敷く」,tezeは「残す」,

AM=ichchazeは「放す」というような意味を持っている。

g′a=AM=izeを使った使役では,埋め込まれている不定形動詞が g′a=AM=ize の

直前に来ることがほとんどであり,gi「~も」などの要素が k^al″aze-gi のように 不定形動詞に後ろから付属していない場合は,ほとんどの場合で,不定形動詞と

g′a=AM=ize が音韻的に一つに融合している。たとえば,k^al″aze「話す」と

g′a=AM=izeはほとんどの場合k^al″aza=AM=izeと音韻的に一つの塊になってしま う。日本語の進行形で“話して いる”が“話してる”になるのと同じような感じで ある。ほぼ全ての動詞で融合しても融合しなくてもいいのは事実であるが,

Mallaeva (2002: 134)は必ず融合する動詞や必ず融合しない動詞があると述べてい る。しかし,例は示しておらず,筆者はこの事実に関してはわからない。

どの使役動詞にも自動詞も他動詞も埋め込むことができるが,埋め込まれてい

る動詞の S,A,O はどのような格で現れるのであろうか。g′a=AM=ize では,自

動詞が埋め込まれている場合には(25)のように S は絶対格で現れ,他動詞が埋め 込まれている場合には(26)のように A は第一位格で現れ,O は絶対格で現れる (Bokarev 1946: 62)。

(25) Musatsa Pat^imat k^al″aze g′ajuna.

Musa・ERG Patimat・ABS 話す・INF させた(使役動詞)

「MusaがPatimatを話させた。」

(26) Musatsa Pat^imatida t^ex′ ts^alize g′abuna.

Musa・ERG Patimat・LOC1 本・ABS 読む・INF させた(使役動詞)

「MusaがPatimatに本を読ませた。」

t^amizeでは,自動詞が埋め込まれている場合には(27)のようにSは絶対格で現

れ,他動詞が埋め込まれている場合には(28)のようにAもOも絶対格で現れる。

(27) Musatsa Pat^imat k^al″aze t^amuna.

Musa・ERG Patimat・ABS 話す・INF させた(使役動詞)

「MusaがPatimatを話させた。」

(16)

(28) Musatsa Pat^imat t^ex′ ts^alize t^amuna.

Musa・ERG Patimat・ABS 本・ABS 読む・INF させた(使役動詞)

「MusaがPatimatに本を読ませた。」

tezeと AM=ichchazeに自動詞が埋め込まれている場合には(29)のようにSは絶

対格で現れる。他動詞が埋め込まれている場合には,O は絶対格で現れるが,A は(30)のように能格で現れることが圧倒的に多いが,他のいろいろな格で現れるこ ともある。tezeでは,Aが能格以外では第一位格で現れることが少なからずあり,

また,与格,第二向格,絶対格で現れている例もある。AM=ichchazeではAが能 格以外では第一位格,与格,第二向格,絶対格で現れている例もある。

(29) Musatsa Pat^imat k^al″aze tana/jichchana.

Musa・ERG Patima・ABS 話す・INF させた(使役動詞)

「MusaがPatimatを話させた。」

(30) Musatsa Pat^imatitsa t^ex′ ts^alize tana/bichchana.

Musa・ERG Patimat・ERG 本・ABS 読む・INF させた(使役動詞)

「MusaがPatimatに本を読ませた。」

g′a=AM=ize,t^amize,teze,AM=ichchaze に埋め込まれる動詞の種類を考えた 場合,g′a=AM=ize,teze,AM=ichchazeには広範な動詞が埋め込まれるのに対して,

t^amize に埋め込まれる動詞は限定的である。t^amize は基本的には人に何かを行

うことを強要することを意味する。したがって,埋め込まれた動詞のSあるいは Aは基本的に人間に限定される。g′a=AM=ize,teze,AM=ichchazeではそのような 限定はなく,そもそも人であることが圧倒的に多い他動詞のAは別にして,こう した使役動詞に埋め込まれた自動詞のSはものなどの人以外であることもあり,

正確に数えたわけではないが,人であることよりも人以外であることの方が多い ように思われる。また,t^amizeは人に何かを行うことを強要することを意味する ので,埋め込まれる動詞はその動詞のSあるいはAが意図的に引き起こすことが できる動きを表していることが圧倒的に多い。しかし,非意図的に行うことが多

い動詞がt^amizeに埋め込まれている使用例が全くないわけではない。非意図的に

行うことが多い動詞の代表格は感情を表す動詞であるが,t^amizeに感情を表す動 詞が埋め込まれている実例は筆者が調べたテキストではgurx^ize「あわれむ」が1 例あるだけである。その他では,g^odize「泣く」,AM=el″ize「笑う」,g′imize

「微笑む」のような動詞も非意図的に行うことが多い動詞であるが,こうした動 詞が埋め込まれた例は少ないながらもある。こうした動詞をt^amizeに埋め込んだ 場合,日本語の「~に泣かせる」のように命令して泣く行為を行わせたりすると いうような意味ではなく,「~を泣かせる」に近く,泣くような状況を作り上げ るというような意味で使われている。前者のような意味で使われることも可能で あるが,筆者が調べたテキストにはそのような使われ方はない。t^amizeによる使

(17)

役とg′a=AM=ize による使役を比べた場合,g′a=AM=ize による使役の意味の範囲 が広いので,t^amizeによる使役で表現できることはほぼg′a=AM=izeによる使役 で表現することができる。ただ,ニュアンスに微妙な違いがあるようで,t^amize による使役の方がg′a=AM=izeによる使役より「望まないことをさせる」というネ ガティブなニュアンスを多少持っているようである。使用頻度に関して言うと,

g′a=AM=ize による使役では他動詞が埋め込まれている例は自動詞が埋め込まれ

ている例よりもかなり少なく,その分をt^amizeによる使役で補っているように思 われる。

アバール語では許容使役は teze あるいは AM=ichchaze を用いて表され,

g′a=AM=izeは基本的には許容使役として使われない。許容使役とはある動きが起

こるのに使役者の力が必要ではなく,使役者がその動きが起こるあるいは持続す るのを阻止することができるのに阻止しないことを意味する。teze を使った許容

使役とAM=ichchazeを使った許容使役は基本的には意味に違いがないが,埋め込

まれる動詞によっては片一方と結びつきやすいという傾向はある。よく使われて いる動詞を例にすると,dalize「垂れる」はAM=ichchazeに埋め込まれている例し かない。xweze「死ぬ,(ものが)だめになる,壊れる」や x″waze「触れる」は tezeとよく結びつくが,AM=ichchazeとの例は少ない。g′ork′o=AM k″ot^ize「(話 などに)割って入る」もtezeとよく結びつくが,AM=ichchazeとの例はほとんど ない。こうしたことはtezeやAM=ichchazeのもともとの意味が影響しているのか もしれない。g′a=AM=izeで許容使役を表すことは普通はないが,許容使役と解釈 することができる例はいくつかある。たとえば,gog′darizeは「わがままに振る舞 う」ことを意味する動詞であるが,この動詞がg′a=AM=izeに埋め込まれて使われ

「わがままに振る舞うことを許す」という許容使役の意味で使われている例はい くつもある。なぜか,gog′darizeが teze やAM=ichchaze に埋め込まれている実例 は筆者が調べたテキストには出てこない。g′a=AM=izeを否定形にすると,許容使 役(あるいはそれに近い意味)を表すことがある。たとえば,kwanaze「食べる」

を g′a=AM=ize の肯定形に埋め込むと普通は許容使役を表さないが,g′a=AM=ize

の否定形に埋め込むと,「食べることを許さない」のような許容使役の意味でも 使われる。こうした使用例はいくつもある。もちろん,同様の意味は,teze や

AM=ichchazeの否定形を使っても表される。ちなみに,t^amizeの否定形を用いて

は許容使役を表すことはできない。

ある動詞を使役化(使役動詞に埋め込むことを含む)すると,使役者の分だけ 全体の項が増えるのが普通であるが,第一位格動詞を使役化すると項が増えない ことがある。l″aze「知る,知っている」,rak^alde shshweze「思い出す(直訳:心 に着く)」,rak^alde AM=ach^ine「思い出す(直訳:心に来る)」,rak^alda ch^eze

「記憶する,覚える(直訳:心で止まる)」などである。l″aze「知る,知ってい る」を使役動詞g′a=AM=izeに埋め込むと,三項動詞として「知らせる」という意 味でも使われるが,二項動詞として「明らかにする,学ぶ,研究する,意図的に

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知る」という意味で使われることもある。同様に,rak^alde shshweze「思い出す(直 訳:心に着く)」,rak^alde AM=ach^ine「思い出す(直訳:心に来る)」を使役

動詞g′a=AM=izeに埋め込むと,「意図的に思い出す,思い返す」という意味の二

項動詞として使われることがあり,rak^alda ch^eze「記憶する,覚える(直訳:心 で止まる)」を使役動詞g′a=AM=izeに埋め込むと,「意図的に覚える」という意 味の二項動詞として使われることがある。

6. 自動詞としても他動詞としても使える動詞と使役動詞g′a=AM=ize

xweze「死ぬ」は自動詞としてだけしか使われない動詞であり,gukkize「だま す」は他動詞としてだけしか使われない動詞であるのに対して,AM=orxizeは「上 がる」という意味で自動詞としても使われるし,「上げる」という意味で他動詞 としても使われる動詞である。このように,アバール語には自動詞としてだけし か使われない動詞,他動詞としてだけしか使われない動詞,自動詞としても他動 詞としても使われる動詞があることはすでに3 節で述べた。他の言語で他動詞で 表されるような意味を持った他動詞がアバール語にない場合には,自動詞を使役

動詞g′a=AM=izeに埋め込んでその内容を表現することができる。たとえば,「乾

か す 」 と い う 意 味 を 持 っ た 他 動 詞 は ア バ ー ル 語 に は な く , 自 動 詞 で あ る

AM=ak″waze「乾く」を使役動詞g′a=AM=izeに埋め込んで「乾かす」という内容

を表現することができる。アバール語では,自動詞としても他動詞としても使わ れる動詞が自動詞として使役動詞 g′a=AM=ize に埋め込まれて使われることがと てもよくある。たとえば,(31)は自動詞としてのAM=orxizeが使役動詞g′a=AM=ize に埋め込まれている文である。この文はAM=orxizeを単独で「上げる」という意 味の他動詞として使っている(32)と基本的には同じ意味を表している。日本語で

“手を上げる”という表現が表す内容をアバール語ではAM=orxize を他動詞として

単独で使って表現することもあれば,自動詞としての AM=orxize を使役動詞

g′a=AM=izeに埋め込んで表現することもあり,どちらの表現もよく用いられる。

(31) Musatsa kwer borxize g′abuna.

Musa・ERG 手・ABS 上がる・INF させた(使役動詞)

「Musaが手を上げた。」

(32) Musatsa kwer borxana.

Musa・ERG 手・ABS 上げた

「Musaが手を上げた。」

日本語では,“上がる”と“上げる”,“隠れる”と“隠す”のように意味的に対応する自 動詞と他動詞がある場合には,自動詞の S が人であると“上がる”や“隠れる”の使 役形“上がらせる”,“隠れさせる”は使えるが,“上げる”,“隠す”とは少し違った意 味を持ち,自動詞のSがものである場合には“上がる”や“隠れる”の使役形“上がら

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せる”,“隠れさせる”を使うことはできない。アバール語の場合,「上がる」とい う意味での自動詞としてのAM=orxizeや「隠れる」という意味での自動詞として

のAM=axchizeを使役動詞g′a=AM=izeに埋め込んだ複合的な表現は埋め込まれた

自動詞のSが人である場合,日本語の“上がらせる”,“隠れさせる”と“上げる”,“隠 す”の両方の意味を持っている。

l″ug^izeは「終わる」という意味で自動詞としても使われ,「終える」という意

味で他動詞としても使われる動詞であるが,(33)のように「大学を終える/卒業す る」というような意味でも自動詞として使役動詞g′a=AM=izeに埋め込んで表現す ることができる。この場合,「大学が終わる」というかなり変なものが埋め込ま れていることになる。このように使役動詞g′a=AM=izeに埋め込まない形では普通 は使われないような表現が使役動詞g′a=AM=ize に埋め込まれていることもある。

「大学を終える/卒業する」という内容は l″ug^ize を他動詞として単独で使って も表現することができるが,使役動詞g′a=AM=izeに埋め込んで表現されているこ との方が圧倒的に多い。

(33) Musatsa institut l″ug^ize g′abuna.

Musa・ERG 大学・ABS 終わる・INF させた(使役動詞)

「Musaが大学を終えた。」

アバール語では使役動詞g′a=AM=izeがとてもよく用いられる。一つの理由は今 述べたように他動詞としても使われる動詞を基本的には同じ内容を表すのに自動 詞として使役動詞g′a=AM=izeに埋め込んで表現することがよくあることであり,

もう一つの理由は日本語,英語,ロシア語などと比べてアバール語に自動詞とし てしか使われない動詞がかなり多く,他の言語であれば他動詞で表すような内容 をアバール語では自動詞を使役動詞 g′a=AM=ize に埋め込んで表すことが多いこ とにある。たとえば,AM=ak″waze「乾く」,AM=ichchize「濡れる」,ts^oroze

「冷える」,AM=ag^arize「熱くなる」,AM=ax′ize「暖かくなる」,g′alize「沸く」,

g^unize「冷えて固まる」,ts^a=AM=uts^ine「伸びる」,ts^ik^k^ine「増える」,

swine「消える」,AM=ortize「落ちる」,dalize「垂れる」,AM=orch^ize「出る,

目が覚める」などをはじめ,自動詞としてしか使われることがなく,使役動詞

g′a=AM=izeに埋め込んでよく用いられる動詞はとてもたくさんある。「壊れる」,

「壊す」およびそれに類することを表す動詞には,自動詞としても他動詞として

も使えるAM=ekize「割れる,折れる,壊れる」,「割る,折る,壊す」,AM=ixxize

「(大きなものが)壊れる」,「(大きなものを)壊す」,AM=ix″ize「破れる,

裂ける」,「破る,裂ける」などもあるが,ch^untize「(大きなものが)壊れる」,

shshushshaze「壊れる,ばらばらになる」のように自動詞としてしか使えない動詞 もある。また,「死ぬ」を意味する自動詞としてしか使われないxweze は,Sは 人に限定されてなくて,時計,本,ナイフなどいろいろな具体的なものや気分,

(20)

健康などのいろいろな抽象的なものが「壊れる,だめになる」ことを意味するの にとてもよく使われる。ch^untize,shshushshazeならびに具体的なものや抽象的な ものを Sとして取っているxwezeが使役動詞g′a=AM=izeに埋め込んで使われて いることはとてもよくある。また,自動詞としても他動詞としても使われる動詞

である AM=ekize,AM=ixxize,AM=ix″ize が他動詞として使われている使用頻度

と自動詞として使役動詞 g′a=AM=ize に埋め込まれて使われている使用頻度を比 べた場合,使役動詞g′a=AM=izeに埋め込まれて使われている使用頻度が圧倒的に 多いのである。これは,先に述べた AM=orxize「上がる」,「上げる」が他動詞 としても自動詞として使役動詞 g′a=AM=ize に埋め込んでもどちらもよく用いら れるのとは対照的であり,自動詞としても他動詞としても使われる動詞において,

他動詞としての使用頻度と自動詞として使役動詞 g′a=AM=ize に埋め込まれた表 現の使用頻度を比較すると,両者の相対的な使用頻度は動詞によってかなり違っ ている。「終わる」を意味するl″ug^izeも「始まる」を意味するbajbix′izeも自動 詞としても他動詞としても使われるが,l″ug^izeは他動詞としてはほとんど用いら れず,自動詞として使役動詞g′a=AM=izeに埋め込まれて使われることがとても多 いのに対して,bajbix′izeは他動詞としてよく用いられ,bajbix′izeを自動詞として

使役動詞 g′a=AM=ize に埋め込んで用いている実例は筆者が調べたテキストには

出てこない。rag′ize「開く」,「開ける」,rich^ize「開く」,「開ける」,raxaze

「閉まる」,「閉める」も自動詞としても他動詞としても使われる動詞であるが,

自動詞として使役動詞g′a=AM=izeに埋め込んで用いている実例はほぼない。こう したことは,それぞれの動詞がそもそも自動詞の意味で使われることが多いのか,

他動詞の意味で使われることが多いのかというようなことに関係しているように 思われるが,詳しい調査が必要である16

最後になるが,自動詞としても他動詞としても使われる動詞を他動詞として

g′a=AM=ize に埋め込んで使っている使用例はほとんどない17。筆者が調べたテキ

ストには rag′ize が「開く」という意味の他動詞として使役動詞 g′a=AM=ize に埋

め込まれて使われている実例があるくらいである。

7. 進行相と結果相

ア バ ー ル 語 で は , 進 行 相 と 結 果 相 は そ れ ぞ れ の 動 詞 の 非 定 形 と 存 在 動 詞 AM=uk^ine「いる,ある」を組み合わせて表される。日本語で“座っている”と言 えば,普通は座る行為が終わった状態にあることを意味することが多いが,これ が結果相である。完了相と呼ばれることもある。進行相でも結果相でもない無標

16 Haspelmath (1993), Nichols et al. (2004)のような意味的に対応する自動詞と他動詞の形態的な対応に関す

る多数の言語の比較による類型論的な観点からの研究あるいは他言語のデータと比較することも必要であ る。しかし,類型論的な研究で扱われている動詞の数は極めて少ないので現状では詳細な比較研究は難し く思われる。

17 g′a=AM=ize以外の使役動詞に埋め込まれていることは結構ある。

(21)

の相を基本相と呼ぶことにすると,進行相と結果相は基本相と格の分布において 違った振る舞いを見せる。進行相は動詞の形容詞的分詞現在形(あるいは未来形)

と存在動詞AM=uk^ine「いる,ある」を組み合わせて複合的に作られる。時制は

AM=uk^ineの変化形で表す。基本相では他動詞のAは必ず能格で現れるのである

が,進行相ではAが(34)のように能格で現れたり,(35)のように絶対格で現れたり する(Bokarev 1946: 108-117, Alekseev & Ataev 1997: 93-94)。どちらの場合も他動詞 のOは絶対格になる。

(34) Musatsa g^ech bichuleb buk^ana.

Musa・ERG りんご・ABS 売っていた<進行相過去形>

「Musaがりんごを売っていた。」

(35) Musa g^ech bichulew wuk^ana.

Musa・ABS りんご・ABS 売っていた<進行相過去形>

「Musaがりんごを売っていた。」

筆者が調べたテキストでは,進行相においてAを能格で標示している文とAを絶 対格で標示している文の割合は9:1ぐらいである。

一方,結果相は動詞の副詞的分詞過去形と存在動詞AM=uk^ine「いる,ある」

を組み合わせて複合的に作られる。時制はAM=uk^ineの変化形で表す。結果相で はAが(36)のように能格で現れるのが大多数であるが,(37)のように絶対格で現れ ることもある。どちらの場合も他動詞のOは絶対格になる。結果相でAが絶対格 で標示されることがあることについて言及している文献はなぜかないのであるが,

このような使用例は筆者が調べたテキストに150例ほどある。

(36) Musatsa ts^ijab ret^el ret^un buk^ana.

Musa・ERG 新しい 服・ABS 着ていた<結果相過去形>

「Musaが新しい服を着ていた。」

(37) Musa ts^ijab ret^el ret^un wuk^ana.

Musa・ABS 新しい 服・ABS 着ていた<結果相過去形>

「Musaが新しい服を着ていた。」

結果相では自動詞においても基本相と違った振る舞いをする。(38)では絶対格で 標示されている自動詞のSを修飾している属格名詞が(39)では絶対格で標示され,

自動詞のSも絶対格で標示されている。

(38) Musal rak^ untun buk^ana.

Musa・GEN 心臓・ABS 病んでいた<結果相過去形>

「Musaの心臓が病んでいた。」

参照

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