九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
マンセイキ トウゴウ シッチョウショウ カン ジャ ニ タイスル オンガク リョウホウ カイ ニュウ ノ ケンキュウ
浅野, 雅子
九州大学大学院芸術工学府
https://doi.org/10.15017/19749
出版情報:Kyushu University, 2010, 博士(芸術工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
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第 2 章
慢性期統合失調症患者に対する内容の 違いによる音楽療法
2.1 はじめに
精神障害領域では古くから能動的な音楽療法を中心に実践が行われている.
この音楽を治療媒体として統合失調症患者に用いることで陰性症状の改善や対 人交流の賦活をもたらし,音楽療法が統合失調症患者にとって好ましい変化を 生じさせる治療であることが論証されつつある.また,音楽は誰もが経験した ことがあり身近で馴染み深い活動であることのほか,幅広い対象に対して手軽 に楽しむことのできる活動であることから,特に精神障害領域の作業療法にお いては多くの実践が行われている.しかし,先行研究で報告されている音楽療 法の内容は,歌唱や合奏のほかにレクリエーション的なものを含む包括的なも のであり,活動のどの要素が効果を示したのかに関しては十分な議論がし尽く されていない.
そこで第 2 章では,慢性期統合失調症患者に対し,音楽療法の中で多くの実 践が行われている歌唱活動と合奏活動という異なる方法による介入の効果につ いて,介入前後の比較と内容の違いによる効果の比較を両者の面から明らかに することを目的に検証を行う.
2.2 目的と仮説
2.2.1 目的
慢性期統合失調症患者に対し,歌唱活動と合奏活動という音楽内容の違いに よって対象者の精神症状や社会生活能力,作業遂行や気分に与える影響に違い があるかを明らかにすること.
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2.2.2 仮説
慢性期統合失調症患者に歌唱活動と合奏活動という内容の異なる音楽療法を 介入することにより,精神症状や社会生活能力,作業遂行や気分などで得られ る治療効果は異なる.
2.3 方法
2.3.1 研究デザインの種類
本 研 究 は , 量 的 研 究 に お け る 単 群 前 後 テ ス ト デ ザ イ ン (One-group Pretest-posttest Design)である.音楽療法を導入したことによるpre-postの 比較が出来ると考える.また,患者の治療を受ける権利を守るため,何も実施 しないという対照群は設定しなかった.
2.3.2 対象
あらかじめ書面にて A 病院の院長に対し,施設利用と研究協力の承諾を得た 後,A 病院に入院しており DSM-Ⅳ(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)の統合失調症の診断基準を満たす統合失調症患者 50 名を選 出した.その後,対象者に対して書面と口答にて研究協力の承諾を依頼し,同 意の得られた 27 名の方を研究対象とした.この 27 名の対象者は,調査時年齢,
入院回数,入院日数,薬物量(Chlorpromazine 換算),教育年数についてマッ チングした 2 群に分けられ,1 群の 10 名に対しては歌唱活動を,2 群の 17 名に 対しては合奏活動を実施した.両群の間にこれらの臨床的特徴において有意な 差を認める項目はなかった.表 2.1 に各群における臨床的特徴を示した.
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2.3.3 音楽療法の実践方法
音楽療法の実施場所は,A 病院の作業療法室(多目的ホール)であった.研 究スタッフの構成は,作業療法士で認定音楽療法士の資格を有する筆者がリー ダーとなり,サブリーダーには認定音楽療法士の資格を有する精神科医師 1 名,
その他のスタッフとして,作業療法士 1 名の計 3 名と共に行った.回によって は,この研究内容を知らされていない病棟看護師数名が,患者の付添や,とも に活動を楽しむメンバーとして加わることがあった.実施期間は,2005 年 1 月 下旬から同年 3 月下旬までの間であり,その間,各群ともに週 1 回,約 40 分,
計 8 回にわたって活動を実施した.活動開始前にスタッフが病棟へ誘導に出向 き,活動参加の声掛けを行い,同時に対象者には出席は自由で途中からの参加 や退室も可能であることを説明し,不参加の自由の保障 (宮内,1994) をしな がら活動を運営した.来室された患者は好きな場所に座ってもらい,着席した 順に活動前の気分調査を実施した.その後,活動を開始し,見当識や対象者の 調子を確認することを踏まえた 5 分ほどの挨拶から始め,ウォーミングアップ として「青い山脈」による歌体操を行った.ここまでは両群共通であり,その 後の主活動として 1 群に対しては歌唱活動を,2 群に対しては合奏活動を行った.
活動終了後に再度,気分調査を実施した.図 2.1 に研究デザインを示す.
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Fig.2.1 研究デザインを示す.音楽療法介入の前後に精神症状,社会機能,作業遂行の評価が 行われ,毎回のセッションの前後には気分調査が施行された.
歌唱活動
1 群の 10 名に対して歌唱活動を実施した.歌唱活動では,季節に応じた楽曲 を中心に選曲を行った.その他,事前に対象者の音楽的好みの調査を行った中 からも随時選曲を行いながら提供する楽曲を決め,全体として対象者の好みに 応じた選曲となるように配慮した.結果として唱歌や童謡を 2 曲ほど歌い,最 後に歌謡曲を1曲歌唱し,毎回 3〜4 曲の歌唱を行った.対象者が歌いやすく能 動的に参加が出来るよう,曲によっては移調を行った.歌詞は大きな字で書か れた模造紙を対象者の前面のホワイトボードに提示し,よく見えるように配慮 しながら運営した.
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合奏活動
2 群の 17 名に対して合奏活動を実施した.歌唱と同様に選曲は季節に応じた 楽曲を中心とし,そのほか,対象者の好みに応じた選曲とした.歌唱活動の際 にメインの曲として歌われた曲と同様の曲を用い,曲の統一化を図った.用い た楽器は,ハンドベルやトーンチャイムなどのメロディー楽器に加え,鈴や,
ツリーチャイムなどの打楽器を対象者のレベルに応じて加えた.ここでは,合 奏として一つの曲を一回の活動の中で仕上げられるようにした.対象者の前面 に設定されたホワイトボードに音楽コードを数値化した楽譜を掲示し,リーダ ーの指揮と番号の呼称により 10 名前後がトーンチャイムにて 3〜6 個程のコー ド演奏を行った.旋律にはハンドベルを用いて演奏を行った.ハンドベルは対 象者の中でも音楽的レベルの高い 5 名ほどが自発的あるいは推薦により選択さ れ,リーダーの指揮とともに演奏された.打楽器は,曲を盛り上げる箇所で適 宜リーダーの指揮により演奏を行った.パート毎に練習した後,最後にトーン チャイムとベル,打楽器の全パートで合奏を 2 回ほど行い終了とした.
2.3.4 評価項目
各音楽療法の介入効果を測定するため,信頼性と妥当性の確立されている既 存の評価スケールに加え,一部筆者が作成した評価スケールを用いて音楽療法 介入前後に評価を施行した.音楽療法介入前の評価期間は 2004 年 12 月中旬か ら 2005 年 1 月中旬までの 4 週間であり,音楽療法介入後の評価期間は 2005 年 4 月の 4 週間であった.
精神症状の評価
陽性・陰性症候群評価尺度(Positive and Negative Syndrome Scale:PANSS) (Keyら 1991)
陽性尺度 (7 つの小項目),陰性尺度 (7 つの小項目),総合精神病理評価 (16 の小項目) の計 30 項目からなる.行動に関する情報と,非指示的,半構造化,
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構造化,指示的の 4 段階からなる臨床面接の情報に基づいて行われ,各項目に ついては 7 段階で評価される.よって得点範囲は陽性尺度,陰性尺度で 7 点か ら 49 点,総合精神病理評価は 16 点から 112 点となる.評点が高くなるにつれ 症状の重症化を意味している.この他,陽性尺度から陰性尺度を引いた値を構 成尺度という.これは一方の症状が他方の症状に対しどれだけ優勢であるかを 反映するものであり,マイナス 42 点からプラス 42 点までの値をとる.PANSS は信頼性が十分高いことが示されており,経過や予後,薬への反応などに関し て妥当性を支持する結果が得られている.信頼性を保つため,合議のもとに精 神科医師 3 名によって評価が行われた.
社会生活能力の評価
精神障害者社会生活評価尺度(Life Assessment Scale for the Mentally Ill:
LASMI) (障害者労働医療研究会精神障害部会,1995;岩崎ら,1994)
日常生活 (12 項目),対人関係 (13 項目),労働または課題の遂行 (10 項目),
持続性・安定性 (2 項目),自己認識 (3 項目) の計 40 項目からなる.評点は,
0 点「問題なし」から 4 点「大変問題がある.助言や援助を受け付けず,改善 が困難である.」までの 5 段階が設定されており,評価項目ごとに詳細なアン カーポイントが定義されている.評点が高いほど症状が重度である事を意味し ている.LASMI は,信頼性・妥当性についてフィールドテストで確認されて いる.日常生活に関する評価は看護師が担当し,課題の遂行に関する部分は作 業療法士が担当した.信頼性を保つため,合議のもと,音楽療法に関与してい ない担当看護師 3 名と作業療法士 2 名によって評価が行われた.
音楽療法の参加態度に関する評価
音楽療法中の参加態度に関する評価は,現時点で信頼性,妥当性の得られる ものが存在しなかったため,山根 (1997) の作業遂行機能チェック表を参考に,
一部改変して筆者らが作成した作業遂行チェックを用いた.これを表 2.2 に示 す.「認知・遂行的側面 (指示の理解)」「身体的側面 (耐久性・持久性)」「心理 的側面 (意志・意欲)」「集団関係 (協調性)」「音楽療法に対する参加 (積極性)」
の計 5 項目に対して,4.ほぼ問題なく出来る,3.時々助言が必要,2.助言や指
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導が必要,1.常に援助や指導が必要という 4 段階を設定した.得点が低いほど 援助が必要であることを意味している.信頼性を保つため,合議のもとに活動 を運営した作業療法士 2 名によって評価が行われた.
山根(1997)の作業遂行機能チェック表を一部改変し,筆者が作成して使用.
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これらの評価項目は,音楽療法を介入したことによる変化を測定するため,
歌唱活動と合奏活動の介入前後に評価を施行した.なお,活動の運営上,一部 の評価者は対象者の群別を知った上で評価が行われたが,介入後の評価をする 際には出来る限り介入前の評価をブラインドとし,バイアスをかけない工夫を した.
気分の評価
気分調査表 (MOOD) (坂野ら,1994)
「緊張と興奮」「爽快感」「疲労度」「抑うつ感」「不安感」という 5 因子が含 まれ,各 8 項目,計 40 項目からなる.坂野らによって開発され,気分の変化を 短時間のうちに,しかも客観的,多面的に測定することの出来る尺度である.
それぞれの得点の範囲は 8 点から 32 点の間をとり,得点が高いほど「緊張と興 奮」「疲労度」「抑うつ感」「不安感」はネガティヴな方向への気分の変化を示し,
「爽快感」はポジティブな方向への気分の変化を表している.簡便,かつ,心 理測定学的な立場から信頼性と妥当性が検討されているスケールである.
このMOODは,音楽療法を行ったことによる気分の変化を測定するため,毎 回の音楽療法の前後に評価を施行した.
2.3.5 データ分析と解析方法
得られたデータの解析には統計解析ソフトDr.SPSS11.5J for Windowsを使 用して分析した.各群における音楽療法介入前後の PANSS,LASMI,作業遂 行チェックの各測定項目,および,毎回のセッションの前後に測定するMOOD に対してWilcoxon検定を用いて検証を行った.それぞれ有意水準を 5%とした.
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2.4 結果
2.4.1 歌唱活動
歌唱活動の介入前後において,PANSSでは有意な変化は認められず,LASMI においては「労働または課題の遂行」で有意な改善が得られた(p<0.05).しか し,「自己認識」においては悪化を認めた (p<0.05).作業遂行チェックでは「認 知・遂行的側面(指示の理解)」において有意な改善が得られ (p<0.05),MOOD においても「緊張と興奮」と「疲労感」の項目で有意な改善が得られた (p<0.01) (表 2.3).歌唱活動時の特徴として,歌唱を行いながら歌詞の内容を振り返る際 に言語表出を促すと,話し始めると止まらない者や次第に妄想内容へと発展し ていく者などがいた.
2.4.2 合奏活動
合奏活動の介入前後において,PANSSの「陽性尺度」 (p<0.05) で有意な改 善が得られたが,LASMIにおいては有意な変化は認められなかった.作業遂行 チェックでは,「認知・遂行的側面(指示の理解)」 (p<0.05),「心理的側面(意 思・意欲)」「音楽療法に対する参加(積極性)」 (p<0.01) において有意な改 善が得られたが,MOODにおいては有意な変化は認められなかった (表 2.4).
合奏活動時の特徴として,合奏を繰り返していくうちに”何調の曲なのか“”
五線紙による楽譜で示して欲しい.読めるようになりたい.“などと音楽的知識 を身につけていきたいという要求が数名から出現した.
2.4.3 歌唱活動と合奏活動の比較
歌唱活動と合奏活動の介入において,歌唱活動ではLASMIの「自己認識」に おいて悪化を認めたことから精神症状を刺激する可能性があるものの MOOD の「緊張と興奮」と「疲労感」の改善を認め,気分を中心とした改善が得られ た.合奏活動においてはPANSSの「陽性尺度」,作業遂行チェックの「認知・
遂行的側面(指示の理解)」「心理的側面(意思・意欲)」「音楽療法に対する参 加(積極性)」といった精神症状や作業遂行の改善が得られた.
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2.5 考察
2.5.1 歌唱活動の治療的効果
歌唱活動を,村井 (1995) は手軽であることや日本人にとって適した自己表 現であり,発散,自信回復,サクセス体験などの治療性を内包できるとし,久 保田 (2003b) は身体的にも治療的な意味を持ち,歌詞のメッセージ性が情動に 働きかけることと同時に準備の手軽さから最も行いやすい方法としている.本 研究では,現在最も多くの実践が行われている集団の形態による歌唱活動を行 った.その結果,歌唱活動ではLASMIの「労働と課題の遂行」,MOODの「緊 張と興奮」「疲労感」,作業遂行チェックの「認知・遂行的側面(指示の理解)」
において改善が認められた一方,LASMIの「自己認識」においては悪化すると いう結果を得た.
精神科領域における音楽療法は対象者の幅広いニーズに応えるため,また,
言葉による交流が大切な役割を果たすことを前提に,最初は援助的・活動的な 音楽療法,次に再教育的,内観的‐心理過程志向の音楽療法,最後に再構築的,
分析的,カタルシス志向の音楽療法という三種類に区分している (Davis ら,
1992b;栗林,2004).この区分によると今回の歌唱活動で行われたのは,最初 の段階である援助的・活動志向に相当する.歌唱活動で行われた援助的・活動 志向の音楽療法では,対象者の病的な行動を押さえ,健康的な行動を促進し,
活発で楽しい音楽療法を展開し援助することが行われる.活動実施中に歌詞を 振り返り言語的な働きかけを行ううちに妄想へと発展する場面がたびたび見ら れた.そのため,可能な限り一曲が歌い終わるとすぐに次の曲というように進 行し,曲を吟味することはせず“歌うこと”が主という進行で進めた.この方 法は,対象者が好む歌を次々と歌い継ぐこととなり,より発散が得られやすい 状況であったと思われた.その結果として,MOODの「緊張と興奮」「疲労感」
の改善に繋がったと考えられた.よって,歌唱が気分の変容をもたらすという 先行研究と同様の結果が得られた.しかし,LASMIにおいては「自己認識」で 悪化を認めた.この下位項目は「現実離れ」などをさしている.これらのこと から,歌唱を行うことで気分の改善が得られるが,それは,本人の精神症状を 刺激する結果ともなり,妄想へと発展した可能性があると考えられた.岩川 (1994) は陰性症状が主である統合失調症患者に対しボディソニックによる音 楽聴取を行った結果,対象者の 1 名に強迫症状の悪化を認め,音楽を治療とし
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て適応する場合には厳密な適応患者の選択と音楽の選曲が重要であると述べて いる.また,集団の形態による歌唱活動は気軽に参加できる活動であり,現在,
臨床で行われている音楽療法の中でもっとも広く実践されているが,構造の自 由さから目的や治療性を明確化しにくいという欠点も持っている.この構造は,
集団ではあるものの参加の仕方は個々人が思い思いに歌っていくパラレルな参 加形態となるため,周囲を気にする機会を少なくすることも考えられた.以上 のことから,歌唱活動は陽性症状が残存している対象者にとっては妄想を助長 しやすい場となったとも考えられ,活動運営方法に対して配慮が必要であると 考えられた.
社会生活能力評価のLASMIでは「労働または課題の遂行」の項目で改善が得 られた.この評価は,音楽療法を実施していない作業療法士により評価が行わ れ,主として作業療法場面における改善を意味していることから,音楽療法場 面以外への波及効果を示したものと考えられた.しかし,この変化は作業療法 場面に限られたものであり,病棟看護師が評価を行った「対人関係」において は変化が見られなかった.林ら (2001) は,音楽療法を行うことにより病棟で の合唱レクへの参加が増すとし,Tangら (1994) も他者との会話が増え,社会 的孤立を減じ,外界のイベントに対する興味を増したと報告しており,音楽療 法を契機にその他の活動に対する関心も向上する傾向が見られている.本研究 においては,病棟場面までその効果は波及していなかった.これは,活動期間 と回数によることが原因の一つとして考えられた.すなわち,前述した先行研 究の実施期間はそれぞれ週に 1 回を 4 ヶ月と,1 ヶ月間に 19 回というものであ り,本研究の週に 1 回を 2 ヶ月間と比べて回数が多いものであった.以上より,
適切な活動回数について考慮していくことが今後の課題と考えられた.
作業遂行チェックでは「認知・遂行的側面(指示の理解)」の項目で改善が得 られた.Clair(1996)は,歌唱は認知的な刺激となり,音楽を演奏することは一 般的な知的機能を維持するために役立つ認知的刺激になると述べている.また,
今回得られた結果について,活動形態などから考えてみると,音楽療法は他の 活動に比し侵襲性の低い活動とされ,容易に参加できる活動であるといえる.
このような参加のし易さが活動の継続を促し,回を重ねること,すなわち経験 を積む結果となったことが,「認知・遂行的側面(指示の理解)」を促したと考 えられた.
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2.5.2 合奏活動の治療的効果
合奏活動を,村井 (1995) は緊張感と成功感の経験や達成感と自信につなが り,習熟や完成の喜びを体験出来るとし,久保田 (2003b) は患者の音楽技術が 問題にならないようにすることが大前提であるとした上で,役割を担うことの ほか,教えたり教えられたりというやり取りの経験,楽器を操作するという物 理的側面と感覚的側面などを治療的意味としてあげている.合奏活動において は,PANSS の「陽性尺度」,作業遂行チェックの「認知・遂行的側面(指示の 理解)」「心理的側面(意思・意欲)」「音楽療法に対する参加(積極性)」におい て改善を認め,LASMI,MOODにおいては有意な変化は認められなかった.
今回行われた合奏活動は,対象者の音楽技術を問題とせずとも基本的にいつ も成功するような配慮が求められるという基本に沿って対象者の能力に応じた 楽器のパート割りが行われた.そこで行われる一つの曲を完成していく過程は,
周囲との協力が求められ,緊張感を伴いながらも完成の喜びを体験することや 他者と一緒に演奏することの喜びを味わえ,一体感や連帯感が得られたと考え られる.阪上 (2004) は,丹野によって生み出された“合奏システム”の治療 的意義として,病者にとって音の動きに反応していく演奏行為は障害に対する トレーニングとなり,認知機能やパースペクティヴ性の,また感情論理参照系 を回復するための訓練を行っていると考えられると述べている.これらを踏ま えると,単純化されてはいるものの対象者各々が楽譜を読み,担当するパート で音を鳴らし,それによって一つの曲が完成していく合奏は,現実的な行為の 連続である.また,自分が発した音によって他者が次の音を鳴らす行為は,集 団の中において責任感や役割が求められる.また,この群における特徴として 対象者の中から,”これは何調にあたるのか””五線紙で示して欲しい”とい うような音楽的知識を身につけようとする姿勢が見受けられた.このように活 動に伴い様々な能力が刺激される合奏活動は現実的で他者との協調性を要する 訓練的活動の傾向が強く,その結果「陽性症状」の改善へ結びついたと考えら れた.
合奏活動における気分の変化に関して,森部ら (2002) の統合失調症患者と うつ病患者に対し,ハンドベルを用いて音楽療法を行い気分状態の変化を調査 した報告がある.この研究では参加者全体の気分が肯定的に変化したと報告さ れているが,本研究においては気分の変化は認められなかった.合奏活動にお ける気分の変化として,“楽しかった”というような単純な過程を経るものでは
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なく,“今の演奏はちょっと間違えてしまった”“今回はうまく演奏できた”と いうような,演奏結果と結びつくことにより複雑な過程を経ることが考えられ,
変化が認められなかった可能性がある.また,本研究では対象者の好みに配慮 して選曲を行ってはいたが,集団の形態をとっていたため対象者全てにとって 好みの音楽を提供できていたとは言い難い状況であったと考えられた.そのほ か,気分の評価は一回のセッションのみを評価しているのではなく,毎回のセ ッション時のMOOD の合算を測定対象として検討を行った.このことにより,
その日の体調や病棟内でのイベントといった様々な要因が気分に影響を及ぼし,
一定の傾向が示されなかったことも考えられた.
作業遂行チェックにおいては「認知・遂行的側面(指示の理解)」「心理的側 面(意思・意欲)」「音楽療法に対する参加(積極性)」で改善が認められた.こ れは,「認知・遂行的側面(指示の理解)」に関して,先の歌唱活動により得ら れた効果と一致した結果であった.合奏活動では,活動の参加のし易さや前述 した精神症状の改善に加え,役割を担ったり,演奏によって連帯感が得られた ことなどが自信回復や成功体験となり,その結果,「心理的側面(意思・意欲)」
「音楽療法に対する参加(積極性)」の改善へと繋がったと考えられた.
2.6 まとめ
慢性期統合失調症患者を対象として歌唱活動と合奏活動を行った.医療の現 場において対照群を設定することが困難なことから,対照群を設けることはせ ず,歌唱と合奏という異なる方法による介入の効果について,介入前後の比較 と内容の違いによる効果の比較を両者の面から検証した.その結果,音楽活動 内容が異なる場合に,異なった効果が得られた.すなわち,歌唱活動と合奏活 動ともに不参加の自由を保障した活動運営を行った結果,歌唱活動では精神症 状を刺激する可能性があるものの発散的に次々と歌っていくことで気分を中心 とした改善が得られ,合奏活動においては現実的で他者との協調性を要する訓 練的な活動により精神症状の改善が得られ,作業遂行の向上が得られた.
以上より,導入する音楽療法の内容が異なる場合に,異なった効果が得られ るので,確かに音楽療法の効果はあると確認することができた.