フラスン刑法典第62条および第63条
山口 林之助
Art・ 62・‑Sans pr6judice de 1'application des art・ 103 et 104 du pr6sent co‑
de,sera puni d'un emprisonnement d'un mois a trois ans et d'un amende de 12,OOO a 500.000 francs, ou de 1'une de ces deux peines seulment, celui qui,
ayant connaissance d'un crime d6ja tent6 ou consomm6, n'aura pas, alors
qu'il 6tait encore possible d'en pr6venir ou limiter les effets, ou qu'on pou‑vait penser que les coupables ou Vun d'eux commettraient de nouveaux cri‑
mes qu'une denonciation pourrait pr6venir, averti aussit6t les autorit6s adn‑
inistratives ou judiciaires・
Sont except6s des dispositions du pr6sent article les parents ou alli6s jusq‑
u'au quatrieme degr6 inclusivement, des auteures ou complices du crime ou de la tentative・
Art・ 63・ ‑Sans prejudice de 1'application, le cas 6ch6ant, des peines plus fortes pr6vues par le pr6sent code et !es lois sp6ciales, sera puni d'un emp‑
risonnement d'un mois a trois ans et d'une amende de 12.000 a500.eOO francs,
ou de l'une de ces deux peines seulement, quiconque, pouvant empecher
par son action imm6diate, sans risque pour lui ou pour les tiers, soit un fait qualifi6 crime, soit un d61it contre 1'int6grite corporelle de la personne, s'ab‑stient volontairement de le faire・
Sera puni des memes peines quiconque s'abstient volontairment de porter a une personne en p6ril 1'assistance que, sans risque pour lui ni pour !es tiers, il pouvait lui prater, soit par son action personelle, soit en provoquant un secours・
Sera puni des memes peines, celui qui ,connaissant la preuve de 1'innoce‑
nce d'une personne incarc6r6e pr6ventivement, ou jug6e pour un crime ou
un d61it, s'abstient volontairement d'en apporter aussit6t le temoignage aux autorit6s de justice ou de police・ Toutefoi aucune peine ne sera prononc6e contre celui qui apportera son temoignage tardivement, mais spontan6ment・jE$;
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32 長崎大学教育学部社会科学論叢 第20号
総 説
フランス刑法法第62条および第63条は,併せて一体を成すものであって,司法作用およ び公共の安寧に対する市民の協力に関する1945年6月5日のオルドナンスの最も新規な,
そして,最も独創的な規定である。その目的は,〈道徳律が義務とみなす行為を,容易に 実行し得るにかかわらず,消極的態度を保持する者の所為〉と定義づけることのできるく 違法な不作為〉を阻止しようとすることにある。しかし,両条は限定された四つの場合に おける不作為のみを阻止する。すなわち,(1)重罪を告発することの故意の不作為,(2)重罪 または軽罪の実行を防止することの故意の不作為,(3)危険に頻せる者を救助することの故 意の不作為,(4)無下のために有利な証言を為すことの故意の不作為,がそれである。σ)
フランス革命は,それが宣言した個人の自由の保護にとって最も不可欠な基礎の上に刑 法を確立した。刑法典の起草を鼓舞iした概念は,本質的に個人主義である。制裁法は,他 方の権利の限界内において,一方の自由を保証する以外の目的を有しない。したがってそ れは,社会または市民に有害な行為を罰し,または,禁止することに甘んずる。そして,
原則として,公民的または道義的義務の履行を課さない。
疑もなく,革命立法は,なかなかそれを否定などしない。なお,革命の時期が公民権の 観念が極度にたかめられた時期であることは,異議をさしはさむことを得ない。立法は,
自由の保護のすぐれた利益のために,義務の履行を,単に市民の良心に委せるか,または,
義務を課するときは,刑事制裁と異なる方法によった。
だから,この点について,直接に示唆を与えられた1810年の刑法典については,革命的 概念,すなわち,義務の回避・不履行を阻止する規定は稀である。刑法に挙示されている 条項は,とくに,公務員に関するものである。彼らに取って,義務は,より正確には,彼
らの職務の性質そのものに由来する (art.119,160,177 ets.,185,192 ets.,237 ets・,
249ets・)。一私人に関しては,幼児または無能力者の遺棄(art.349乞353);出生の 届出を為さないこと(art・346琶349);および若干の違警罪の外は,先ず引用できない。
裁判および警察,ならびに,一般に考慮される公安にかかわり,そして,公安が万人に 対して確保されること,犯人が発見され処罰されること を欲するこの命令的公民的義務を
より詳細に考察するときは,革命から生まれた立法により承認された原則そのものに外な
らない。
法律は,単に私人が積極的行為により,これらの重要な職務に対し加えることのできる 妨害のみを罰する。したがって,法律は,法廷における紛争(art。10,88 et s。, du Cod ede procedure civi11,181,504 et suivant du Code d ipstruction crihlinelle) , 犯人に対する援助(art・61,85,99,237,248dtl Code p6n・)を罰する一法律は,犯罪 の存在または犯人の犯罪性を立証する証拠資料の損壊を罪とするときに(art.85−et 434 modifiet par 1 ordonnance du 4 d6c.1944),同様に,至愚(art・373),偽証(ar−
t.361et s),偽証教唆(art・365)を罰する。法律は,結局,個人に裁判や警察の行動 に有害な一切の行為を控えることを求める。
しかし,法律は,それ以上に,われわれに積極的な行為を要求しない。疑もなく,刑訴 法典第29条は,法上の権限者・公務員に,われわれが知っている重罪を裁判所に知らせる
ことを義務づけ,第30条は,犯罪の証人たる私人に対し,類似の責務を規定する。さらに,
たしかに,第106条は,現行犯人を捕えて検察官に連行する義務を市民に課する。じかし,
これらの義務のいずれもが,公民的義務により如何に緊急に要請されても,刑事制裁を科 せられることはない。何人も,犯罪を告発することを刑法により義務づけられない。それ は,贋札事件において例外を成すに過ぎない(C.B. de 1804, art.103 et 136)。・さら に,これらの例外規定は,個人の自由を侵害するものと・して,1832年4月28日の改訂の際 に削除された。
同様に,公民的義務が,善良な市民に対して,犯人訴追に際して,被告人にとり有利で あれ不利であれ,証拠を提供するように要求するとしても,刑法は,証言拒否者に対し,
要請なき限り,有罪め宣告を与えない。最後に,公民的義務および道徳的公準が,私人が 危険なしに,それを為すことができるとき,犯罪の遂行を受動的に援助する代りに,その 実行を妨げるために干渉することを要求するとしても,または,重大な,そして緊急威嚇 的な危険の場合に,その救助に馳せつけて警察の活動を補うことを要求するとしても,刑 法は,かかる義務を承認しない。それらの実行は,「各人の良心に委せられる。
市民の協力が求められないというのでは決してない。積極的な給付,行動が彼らに要求 される場合が,必然的に,屡々存在する。ところで,彼らの不作為が制裁を受けるために は,命令・請求・遅滞に付されることが,公権により,彼らに通告されねばならない。そ して,かかるあらかじめの勧告に従わないところに犯罪が成立する。かくて,上述の如く,
犯罪の証人たる者は,自らすすんで訴を提起することを刑法によって義務づけられない。
しかし,彼に召喚状が交付されるときは,出廷して,宣誓のうえ,彼の知るところを述べ なければならない(C・instr・crim・, art・80,157,315)。医師は,その意向により,援 助を提供するか,拒否するかの自由を有する。しかし,裁判所の要求に従わねばならない
(ord. du 24 sept.1945, art。16)。既述の如く,何人も,刑法により,他人に援助を 与えることを義務づけられない。しかし,すべての個人は,予め要求されるときは,事故
・騒擾・難破・洪水・火災,または,その他の災厄・掠奪・現行犯・公の要請,または∫
司法処分に際しては,その個人的援助を提供せねばならない(C・P・,art.475§12)。
刑法典の,かかる個人主義的概念は,依然として,民主主義の原則であり,そして,そ れは自由の基本的保証の一つであるがゆえに,厳しい批判を受けることができない。反対 の解釈は,かくも高価に獲得され,しかも常に脅威に晒されているこの財宝を危険に陥れ,
市民を専断に晒す可能性がある。しかしそれは,個人主義を誇張にまで押しやることを認 めねばなちない。ゆえにそれは,国家諸法と同様に,人問を結合せしめる博愛の帯下のう より厳しい考慮を保持する刑法の,もっとく連帯主義的〉概念をそれに対峙せしめる反対 の思潮によって,激しく攻撃を受ける。
われわれは,この連帯主義の概念を正当化するために,屡々,申世紀,あるいは往々に してもっと古い時代にまで遡る先例を引用する。すなわち,途上において人に殺されよう とする者,または,虐待を受ける者を発見しながら救助を怠る者を,殺人罪で罰したエジ プトの古法(2)。大逆罪,または,国家の安全に対する侵害を告発しない者6または,暗 殺者に襲われた主人を救助しない奴隷を罰するローマ法の或る章句。国家の安全に対する 犯罪の暴露を義務づける国王の諸種の命令(d6c・1477, d6c.1497, luille 1534;etc一)(3)
パリーの住民に,彼らが,暴力行為の証人であるとき,叫び声をあげるこどを刑罰によ って義務づけたSaint一:Luisの命令。ノルマンディの大慣例集の第54条,それにまればゴ
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「こ「の地方の住民は,犯人に対レ〈Haro(逮捕・差押え,または,直ちに裁きを求める 時の叫声)を叫ぶか,または,他人により発せられたこの叫び声を彼らが聞いて開けつけ て,官憲に引き渡すために犯人を捕えねばならなかった」。 ■ キリスト教徒たる道徳家または法律家は,屡々,刑法における連帯責任が望ましいと声
明した。Saint Anbroiseは云った,〈同胞に向けられた攻撃を撃退できるのに,これを 為ない者は,彼自身攻撃を加えたのと同様である〉と。Jusseは,刑法書の第1部第2編
をく違法な不作為〉に捧げた。そして・:Loyselは・次の名句を述べた。一〈できる(9に 妨げない者は,罪を犯すのである〉。
かかる理念から生じ,そして,刑法体形の申で,犯罪の実行の場に居合わせ,それを妨 げることに努めない者が享有する無処罰を,より詳細に憤慨する学説の一部は,豊かな論 議の対象を成し,そして,ある種の作為犯が不作為によって犯されることができ,または,
ある犯罪に直面しての無抵抗が,共犯の一形式であり得るという理論を形成『した(↓)。し かし,この理論は,法律家の間では,一般的に何らの成功もかち取ることができなかった
(5)。しかし,【それは,甚だしく重大な,または,甚だしく有害なある種の不作為を有罪 とする立法に対して,影響を与えないではおかなかった(:Loi du 19 avr・1898)、すなわ ち,子供に対する看護または扶助 (P6n・art・312)の故意による解怠を罰する1894年4 月19日の法律,子供の無代理を罰する1901年12月5日の法律および1928年3月の法律,家 族の遺棄を罰する1924年2月7日の法律および1942年7月23日の法律。それでもやはり,
これらの法律は,特別の場合に,民法が定めた緊急義務違反を罰するのみであることが注 目されるであろう。したがって,それは,結局,かかる法律違反を既に往々罰した伝統的 刑法典の線内に止まる。
単なる不作為により殺人罪が犯され得,または,犯罪を妨げるために干渉することを控 えることにより殺人罪の共犯となることを要求することは,たしかに,行き過ぎであって,
法学が同様な教説の承認に反対したことが理解される。しかし,これに反し,不作論なら びに不道徳が最も完全な不処罰を保証されることを,公共心は容易に承認しないというこ とを十分野認める必要がある。たとえば,容易に犯罪を妨げることができるのに,その実 行を許すこと,危険に聴している者に対し,危険なしにそれができるのに何らの救助を与
えないこと,人が無罪の証拠を有するのにそれを刑に処せしめること。フランス人は,一 般に,人を告発することを好まないのであるが・犯人を告発しな吟ζとが刑罰を受けるこ
となしに許されることを理解することは困難である。かかる不作為に対し保証される不処 罰は,利己主義と怯儒を奨励するものの如く思われる。レかも,個人の権利が極めて良好 に保証されている国においては,国民共同体が,過度の容認によって亡びることも確かで ある。革命思想の最も真摯な味方は,この点について,前世紀以来,全く譲歩を余儀なく
された(6)。
諸種の影響の下に,一方,人聞の連帯性の,他方,社会的利益または国権の,もっと厳 しい概念に由来して,違法な干る種の不作為の抑止がフランス法に導入されたのは,かか る状況においてであった。法がそのことを一気にしなかった事実は,われわれがこれから 考察する如くである。・ ㌧
違法な不作為の抑止の最初の出現を指摘することができるのは,海事に関し幾世紀に亘 り連帯性の伝統を有する海員間においてであるσ)。 一
1891年3月10日および1916年4月29日の法律は,事実,刑罰制裁の下に,海上における 救助の義務を課し,今日は,1926年12月17日の海商入に関するCode dfsciplinaire et p6na1第83条以下が,衝突後歩め船舶,その乗組員および乗客を危険から救助することが できるのにこれを怠り,または,もっと長時間の援助が必要であることを確かめないで海 難の場所を離れる船長を罰し,ならびに,その船舶・乗組員または乗客に対する危険なし にそれができるのに,沈没に頻しているすべての人,敵に対してさえも,救助を与えない 船長を罰する。これらの規定は,航空にまで拡大された(1926年5月31日法律第57条)。
もっと後に,他の思想の下に,1867年7月24日の法律の第39条を修正する1935年10月23 日の政令は,株式会社の監査役に,彼らの職務執行に際して知った違法事実を検査官に知 らせることを厳重な刑事制裁の下に義務づける。これは,甚だしく不注意な監査役に,そ の職務の厳正な履行を義務づけ,よりょく貯蓄を確保せんとする方法一それについては,
正当な利益が論争された一であった(8)。
さらに,もっと後に,1939年7月29日の政令は,国家の対外的安全の侵害に適用される 刑罰によって,叛逆またはスパイ行為の計画もしくは行為を知りながら,または,国防に 有害な活動を為す者と知りながら,軍当局・行政当局・司法当局に申告しない者を罰する 刑法典第103条および第104条を補修した。
しかし,これとは別個に,フランスの立法において,〈違法な不作為〉の禁止の提起は,
実に,ヴィシイ政府による1941年10月25日に公布された法律の事業であった。この法律は,
第61条第2項の下に確認されるように,犯人隠匿および甲州に対する援助(art.1et 3)
に関する現行法を修正した後で,〈違法な不作為〉の三つの場合を設定した。
まず,第2条は,次の犯罪遂行の計画を知っていた者を威嚇する一身体に対する犯罪,
人に対する暴力,または,暴力の脅追をもって犯された窃盗,客体の如何を問わない放火,
公私のすべての建造物および動産の爆発による破壊,運送の種々の手段による自由な流通 に向けられた暴行,電力輸送施設・芸術作品・水門・港湾施設・公の官憲に対する報告義 務に対する侵犯。
第2条に列挙された犯罪の一つを,自己またはその親族に対する損害も危険もなく,自 己の,および直接の行為により防止できるのに,故意にこれを為さない者を,第4条は罰 金の外に,1年以上5年以下の拘禁をもって罰した。
最後に,同条は,同一情況の下に,危険に頻している者を救助しない者を,救助がない ために被災者が死亡し,または,身体に重大な損害を被った場合に,同じ刑罰をもって処 罰した。
この法律が救助義務のために特に制定されたのは,当時,フランス国を占領していた敵 国の強請によるものであったことは明かである。事実,法律が告発を要請し,または,管 轄下の者に対し防止を強いる犯罪は,当時,占領軍に対し企てられた戦斗において,積極 的な抵抗に挺身する党員によって最も屡々犯され,ドイツ占領軍の安全に対する最も重大 な侵害をもたらした犯罪であった。〈実現の虞れを黙過する企図を知った時かち〉告発は 義務的なものであった。〈重大な事件〉一それの評価は裁判官に任された一における刑罰 は,共犯の刑罰であり得た。したがって,かかる犯罪の実行を防止できる者は,<彼およ びその親族〉および第三者が危険に遭遇する懸念がない限り,それを為さなければならな かった。嫌な特徴を有する法律を標示する多くの規定である。
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解放に際して,武器の保管の告発に関する1942年12月3日の法律が補足し,そして,フ ランスの司法官が名誉にかけて死刑の執行令状を殆んど留保したこの法律により宣告され た判決は,フランスの解放のために遂行された行為の合法性に関する1943年7月6日の緊 急政令の施行により抹消された。法律そのものは,廃止するより外はなかった。しかし,
共和国の仮政府にとっては,この廃止は完全でなければならないとは思えなかった。たと え,この法律の性格が,敵の勢力の下で,フランスの愛国者に対する戦斗機関により変更 されたとしても,この法律が生命を与えられ,さらに,1934年の刑法典の起草者により採 用された原則は,完全に暫むべきものではなかった。われわれが,上記確認した条件の下 に,学説により要求された違法な不作為の処罰は支持されることができた。
1915年6月22日の法律が隠匿罪を制定して以来,空白になっていた刑法典第62条の下で,
われわれが検討すべき,そして,違法な四つの場合,すなわち,(1)犯罪の不告発(art・
62),(2)重罪または青る種の軽罪の防止を故意に怠ること(art.63, alin6a1),(3)危険 に費している者の救助を故意に怠ること(art・63, alin6a 2), (3)無宰のために有利な証 言を為すことを故意に怠るζと(art.63, ali6ha 3)を定立した1945年6月25日の緊急政 令の起草者らが決定したのはゴかかる意味においてであった。
以下原文を詳細に検討しよう。しかし,ここに試みる一般的説明は,1945年6月25日の オルドナンスの場合がそうである如く,自由を尊重し,そして,市民を妨害する可能性の ある義務を課さないようにとの最大の気遣の下にそれが考案されるまさしくそのとき,科 罰が逢着する困難に注目させない程完全なものではないであろう。さらに,これらの科罰 1ま,必然的に,曖昧不正確である。われわれは,事実,公の秩序または他人の権利に混乱 をもたらすとの理由で,個人における禁止された行為の種類を限定することができる。た とえば,窃盗・詐欺・殺人がこれである。しかし,人々が刑事制裁の下に個人に行為を義 務づけ,実際には,各人の良心のみがその限界を画し,そして,それの完遂が最も多種の 情況に依存『し,最も多様な形式を取ることができる義務の履行を欲するとき,立法者は,
必然的に制約を受け,履行を強制される行為の限界を特別に確定することなしに,<犯罪 を告発する,犯罪を防止する,援助する,救助を捉す〉というような一般的形式を定める ことができるにすぎない。かくて,刑事被告人が為すべきであった行為を,事実上,情況 に従って評価するのは,たとえ,科刑が真実に適法な科刑でなくなるとしても,科刑は結 局裁判官の任意に依存するのであるから,裁判官の任務である。
他方,そ、れでもやはり,犯罪の本質的要素たる犯意に関して,このよう、な科刑が特別の 困難を示す。人々は疑もなくいうであろう,<犯罪は性格的なものである。不作為が故意 に出た以上,動機は前面において顧慮されない〉と。しかし,この公式は,ここでは正確 な意味を有しない。けだし,故意と動機とは,事実上不可分だからである。不作為が敵意 ある故意より生ずるとする稀な仮定を除いて,それは,大概は,各人の性格の特別の形態
・無関心・不決断・道徳的堅固の銀子・反省の不十分・判断の誤り・手渉を必要とする危 険の誤った評価,または,それを為すに最も適切な立場にある他人が干渉する(存在した
)機会の誤った評価に帰因する。かくて,結局,裁判官が評価せねばならないのは,性格,
心情であろう。そして,不作為が故意によったか否かを知る問題は,屡々,十分に精緻な 評価に依存する。
これらの科刑は,民事関係の視点よりしても,困難を含むように思われる。M・Tunc
は,干渉を回避する者を,彼が遂げさせた害悪の原因であり,したがって,それの完全な 賠償をしなければならないと解することを躊躇しない。すなわち,〈彼は干渉の単なる可 能性によって,事件の速鎖の申に居たことになり,彼がそれ(可能性)を完成せしめた時 以来,その責任を負うたことになる〉(9)。しかし,かかる理解は過度の結果となるように 思われる。すなわち,犯罪を告発しなかった者が,犯罪の全結果を償わわねばならなくな るだろうし,危険に降した人を救助しなかった者をして,かかる被災者の相続人に対して 償いを為さしめねばならなくなるであろう。彼は,自己の意思に反して事物の連鎖の申に 居たがゆえに,寡婦と遣児に対して,定時収入を供与せねばならない。かかる事情がなけ れば,後者は何らの権利も有しないであろう。救助されなかった者の被った損害が,実は 違法な不作為の直接の結果でないということ,および,かかる過失に由来する損害が,実 際は,干渉が有効な結果を生ずることがあり得た,場合により多かれ少なかれ重大な(存 在し得た)機会の単なる喪失であるということを認めることによって,人々は,多分,こ の理論の結果を緩和することができるであろう。しかし,それでも,連帯性の作用により,
大衆を告発すること,または,犯罪を防止するごとを控えた者は,依然として,それのす べての結果を償う義務があるということであり,この見解を採用することに,われわれは 躊躇する。σ{りわれわれは,事実,これらの犯罪は,一般原則に対する例外として,および,
それらの特殊な性質によって,民事賠償を含まないということを,もっと容易に受けいれ ているσエ)。法律は,たしかに,それができる者に対して,危険に評している者を救助し,
犯罪を防止するために告発し,または,犯罪の結果を制限するために義務を課する。しか し,法律は,これらの規定を公の利益のために定立するに過ぎない。正規に,裁判・警察 および救助の義務を負わされているのは国家である。犯罪を防止し,市民を脅かすことあ るべき危険を予防するのは国家である。疑もなく,それは,即時の干渉を必要とし,そし て,公権の干渉を期待することができない場合である。法律が,それができる者に,自発 的に,そして,彼自身の方法で行動することを命ずるのは,まさしくかかる情況に対処す るためである。しかし,この規定から生ずる義務は,彼らを社会に関してのみ拘束するに すぎない。裁判所に関しては,この犯罪は,拒否から生じ得べき結果は考慮に入れないで,
救助の単なる拒否により成立するという理由で,救助義務は民事賠償を含まないとの判決 が与えられた(12)。それにもかかわらず,聞題は困難であることを認めねばならない。
違法な不作為の申に,犯罪の不告発を入れる必要があるか否かを知る問題もまた重要で ある。社会は,もちろん,犯罪が告発されることに関係を有する。そして,人々は,社会 が,往々,告発人に褒償を与えることにより(13),もっと屡々,彼の利益になるように適 法な弁明を許容することにより(art・105・138,266,267,284),告発人を奨励すること を,必要とあらば是認する。しかし,フランスの自由精神は,告発を密告の一形式,圧制 のより抜きの武器と見て嫌う。犯罪の強制的告発を生ずる立法は,急速に耐えられなくな るであろう(15)1945年6月25日のオルドナンスは,極めて特別の情況下の犯罪の告発のみ を要請するものであることを知る。
1945年のオルドナンスにより制定され,そして,刑法典第62条および第63条に含まれて いるく違法な不作為〉は,すべて,同じ刑罰によって罰せられる。すなわち,1月以上3 年以下の拘禁,12.000フラン以上500.000フラン以下の罰金,または,単に,これらの刑 罰の一つ。これらは,共犯の通常の規定に従う軽罪である。しかし,人々は,aideまたは
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assistanceの解怠による共犯ぶ困難を感ずることに気づくであろう。
ある種の違法な不作為は,諸外国の立法,まさしく自由の原理が最もよく尊重されてい る国の立法によって抑制されている。犯罪の告発義務に関しては,オランダ法典第135条 および第136条,ベルギー法典第136条,第192条,第326条,デンマーク法典第141条,第 185条。犯罪を阻止するたあの干渉義務に関1しては,デンマーク法典第253条,ノルウェー 法典第253条,1オランダ法典第450条。無事のための証人義務に関しては,デンマーク法典 第143条,ノルウェー法典第1172条(16》。
第11章 犯罪の不告発
第62条は,犯罪を告発することを控える者を罰する。この犯罪を特徴づけるためには,
次のことが必要である。すなわち,(1)犯罪が既遂または未遂に達したこと,(2)この犯罪が 未だすべての結果を生ぜず,そして,それを防止しまたは制限することがなおできること,
または,犯人らもしくはかれらの申の一人が,告発により防止できる新たな犯罪を犯すで あろうことが考えられること,(3)当該犯罪を告発することを故意に控えること。
A 既遂・未遂の犯罪
第一の条件は,既遂または未遂の犯罪の存在である。オルドナンスの起草者らは,事実,
彼らが創設した犯罪告発の義務を狭い限界内に熱心に押し込めたがっている。告発は,犯 罪が単に計画されたにすぎない場合,または,すでに予備に達したときでさえも,強制さ れない。ゆえに,犯罪のく遂行の危険を認容する計画を知っていた〉すべての関係者の告 発を強請した1941年10月25日の法律により定められた厳格な準則から遠ぎかる。
告発は,犯罪が実行の段階に入るときにのみ,すなわち,未遂の段階に達したときにの み義務的となる。本条項は,刑法典第2条がこれに与える意味において理解されるべきで ある。一実行の開始があったことが必要であるが,ここに見解が分かれる。一方,<本 条は,可罰的未遂のみを規定し,第62条が引用する,もっと幅の広い,そして,最初の予 備行為から開始されたものとみなされ得るであろうところの,一般に考えられる未遂を規 定するものでない〉と主張する。まきしくこのゆえに,1945年のオルドナンスの起草者は,
Vishyの立法に反対して,実行の開始によりすでに表明された犯罪めみが,一告発に服す るにすぎないという意図を,必要に応じて明かにした。しかし,他方,支配的学説および 判例は,主観的標準を採用し,予備行為は,その犯人において,彼が計画した犯罪を行う 決定された意図を明かにする以上,実行の開始であると解することを忘れないσ7》。
さらに,重罪,すなわち,施体刑もしくは加辱刑,または,単に加辱刑のみによって処 罰される行為に関することが必要である。なおこの点については,オルドナンスは,1941 年10月25日の法律と異なる。後者は,一般的形式とはへだたり,告発されるべき種々の犯 罪を列挙する目録を与えた。そして,これらの犯罪は,解説者の言によれば,〈占領軍の 人員または軍事力に対する侵害〉という標題の下に総括することができた。
告発義務を重罪に限定することにより,立法者は余り厳しい態度を取らなかったと考え ることができる。該の義務は,軽罪,または,少なくとも,第63条第1項にあるような,
人体の安全に対して向けられた犯罪の中のある種のものにまで拡張されるべきであったと
考える人もある。M・Tuncは,かかる意見を表明す・る。1945年の立法者による,,かくの 如き〈微妙な心遣い〉は,彼には,行き過ぎのように思われる。ことに,その行動が,摯
え目に,軽罪に限定される或る種の常習犯人,すなわち,詐欺犯・窃盗犯・堕胎罪の有害 性を顧慮する・とすれば一。
この点について,窃盗も詐欺も人体の安全に対する軽罪でないこと,そして,堕胎は別 だとするならば,その犯罪的性格を任意に剥奪されたこの犯罪にそれを回復させるこ・とに よって,臨機応変に,それの告発を強制的なものにすることは,立法者の考え一つだとの 回答を与えるのは容易である。事実,立法者は,犯罪告発義務が,特.に,敵の占領の翌日,
多くの憶測を有する世論により承服されないことを確信して,その適法性が明白と思われ る場合,すなわち,重罪の場合に限定することを欲したのである。
これらの諸点について,背叛またはスパイ行為の場合に,単純な計画を告発することを 義務づける現行刑法典第103条,104条と,第62条とが異なることに注意すべきである6 B その効果が,なお,防止もしくは制限でき,または,単に,,他の重罪が続発すると 考えられる重罪。
上述の如く,実行の最初の行為において開始する重罪の告発義務は,犯罪の完成を防止 することを可能ならしめるのであるから,原則として,犯罪が完成したときに終る。法律
は,市民に対し,いかなる方法によっても,密告義務を課さない。法律は,告発が不測の 犠牲を生ずる虜れある犯罪の遂行を防止することにより,有効な結果をもたらすことがで きるがゆえに,市民に対し干渉を義務づけるに過ぎない。しかし,告発義務は,犯罪の防 止または制限がなお可能であり,または,他人もしくはその一人が,告発により防止可能 な犯罪を犯すものと思われるならば,犯罪完成後までさえも延ばされる。
かくして,立法者が,フランス人の性格および気質が嫌う義務を免じる心遣いを遠くへ 押しやったことがわかる。犯罪を追求する権限は,裁判官および警察官に属する。そして,
刑訴法典第3条により,個人がその証人たる犯罪を,彼らに告げなければならない場合,
この義務は制裁を含まない。第62条が,この準則に対して例外を成し,刑事制裁の下に,
未遂および既遂の告発を要請するとすれば,それは単に次の理由による。すなわち,第62 条が確定する情況に鑑み,告発が,現実の犠牲にあっては,その結果を制限し,ありそう な犠牲にあっては,それが予告する危険および他の犯罪の蓋然性から生ずる危険を防止す ることに役立つからである。
まず,この規定により,古い犯罪は,大抵,告発するに及ばないということになる。古 い犯罪は,概して,すべての結果を生じるであろう。そして,特別の事情がなければ,告 発により防止できる新犯罪に属するという懸念はないであろう。これに反し,犯罪が最近 のものであればある程,その結果が未だすべてを生せず,告発は一層屡々義務的となる場 合が多くなるであろう。
さらに,重罪の〈結果〉という言葉も十分に広義に解せねばならない。上述の犯罪が問 題になるとしても,たとえば強盗のように,一定の時間を持つことのできる犯罪の実行行 為が継続する限り,結果ぽ未だ全部は生じていないことは確かである。しかし,犯罪が既 遂となっても,未だすべて結果を生じないことがあり得る。たとえば,窃盗犯人がなお獲 物を占有しておれば,窃盗は未だその結果のすべてを生じていないことを,われわれは承 認するであろう。犠牲者が傷つけられたが,未だ死んでいなければ,殺人についても同様
40 長崎大学教育学部社会科学論叢 第20号
である。水が坑道に浸入し続けておればゴ坑道の排水に役立つポンプの破壊についても同 様である。
況んや,明示的重罪に関してはなおきらである。すなわち,たとえば,毒殺(art。301)
一それは,犠牲者に関して要求される結果とは無関係に,毒を吸引した以上既遂となる。
あるいは,不法監禁のような継続犯,または,子供に対する注意の喪失。これらの重罪は,
長引くことに比例して,被害者の健康と生命とを威嚇する。
犯罪がそのすべての結果を生じたとしても,犯人または犯人の一人が,告発により防止 できる他の犯罪を犯すものと思われるときは,告発は依然として法による刑罰をもって強 制される。実際に,或る種の重罪は,孤立した犯罪ではなく,犯罪集合体の一部を成し,
最初の実行の一つを構成する。かくして,犯罪が申断されるがゆえに,そして,後に続く べきであった犯罪が避けられるがゆえに,犯罪の結果が生じたとしても,立法者は,市民 に対し告発義務を課するものであることを,われわれは理解する。
この点について,法律の趣旨は十分に理解される必要があり,一部の学者,特にM・
BrouchotおよびTullcは,〈犯罪を犯す者は再犯の虞れが常にあるから,犯罪の告発 は,大凡常に強制的であろう〉という主張を支持するが,われわれはウこれに従うことを 得ない。立法者が犯罪の告発を求めるとき考慮に入れるのは,〈悪習は抜け難い〉という 通俗的な格言に基づく漠然とした卜辞ではないのである。一度犯罪が遂行され,告発が義 務的となるためには,犯罪の情状,または,犯人の人格が犯罪の補足であり,そして,種 類の如何を問わず,同じ犯罪計画の一部を成す別の犯罪を結合し,その準備となる結果を 生ずるごとが,確実でなぐとも,少なくとも,可能性があることを必要とする。告発が義 務になるのは,ただ,かかる条件においてである。M・Brouchotにより引用された,妻 に対する殺人罪を犯した嫉妬深い夫についての例において,二義なく考えられることは,
殺人犯人は,告発されなければ,彼の妻の愛人に対する殺人行為を続行するであろうとい うことである。しかし,彼が同時に妻とその愛人とを殺害したとすれば,犯罪行為は完遂 され,告発は義務的であることを止めるであろう。
さらに法条によれば,告発が義務的であるがためには,それが,実現の懸念ある新犯罪 を防止できることを必要とする。だから,M・Brouchotが,犯人を逮捕に来る公務員に 対して暴行または殺人行為を犯しはしないかと常に懸念することをできるだけ少なくする ために,告発は義務的であると主張するとすれば,彼の論拠は考察の理由がない。かかる 恐怖が如何に重大なものであるとしても,それは法律の条項に入らない。なぜなら,現実 に犯された犯罪の告発は,殺人犯が,彼を逮捕に来る公務員に対して犯すことのあり得べ
き犯罪の企図に適しないからである。
C 重罪の告発を故意に控えること。
犯罪(軽罪)は行動の回避によって成立する。刑事被告人に関する非難の対象は,行動 しなかったことである。しかし,上述の如く,立法者は刑事被告人が,いかなる条件の下に 行動すべきであったかを正確に規定するこどができなかった。けだし,かかる行為の条件 は,情況により変化せざるを得ないからである。ゆえに,彼は一般的形式く犯罪(重罪)
を告発する〉で満足した。そして,刑事被告人に課された義務を履行するためには,いか なる手続を為さねばならないかの評価を,同様にあいまいな方法により,裁判官に委ねた。
まずはじめに,告発が犯罪の結果を可能な範囲において制限するために,または,多分
後に続くに違いない犯罪を防止するために,十分に迅速に為されたかどうかを評価するの は裁判官である。<告発は,緊急の需要があるとの理由によってのみ要請されるという了 解の下に,犯罪の認識者が行動すべきであった正規の期限がなくなるや否や,認識者によ る犯罪(軽罪)は既遂となったとみなされる〉。これが,解説者の云い得るすべてである。
、しかし,犯罪(重罪)の結果を防止し,または,後続の早れのある犯罪の実現を免れる ために十分野間に合うように告発がなされたものとみなされるならば,おくればせながら
も,告発がなされたものとみなされるべきであろう。
立法者は,告発について理解されるべきであった権威を明確にすることができず,ここ でもまた,一般的表現く行政官または司法官憲〉で満足する。人は早く行かねばならない から,可能な者に赴く。本質的なことは,干渉自体のためであれ,最も迅速な手段により,
司法・警察ま売は憲兵の干渉を誘発するためであれ,資格ある権威に達することである。
裁判官が評価するであろう。
結局、法は常にこのことが不可能であったがゆえに,何が正確に告発をもたらすべきか に関し,より明確な決定をなさない。単に犯罪のみなのか,犯人も,ではないのか,犯罪 のすべての情状を明かにすべきか,または,その一つのみか,一評価の問題は,なお,裁 判官の良心に委される。裁判官は,特に,告発が少なくとも犯罪の結果を制限し,または,
おそらく続発するにちがいない犯罪を防止するに適した情状を目的とするということを確 信しなければならないであろう。
回避は,それが故意に出た限りにおいてのみ附せられることは明瞭である。人は犯罪を 認識していたことを要ずる。ただし,犯罪の証人であったことを要しない。他人から与え
られた急報・単なる風評の伝達は,十分な信用をもつことを条件として引用されねばなら ない。他方,犯罪および犯罪の結果を,なお,防止または制限することができた情況につ いて認識があったにもかかわらず,故意に行動を控えたことが必要である。評価の問題は,
往々,困難なことがある。共犯の領域から,利己主義または無関心を通って好意にまで及 ぶ動機,たとえば,犯人は告発されなくとも罪を累ねることはあるまいという期待は,原 則原として顧慮されることを得ない。
D 宥 恕
法律は,犯罪の正犯もしくは共犯または証人の,両親または四親等までの親族のための 宥恕を許容する。これについては,第61条の説明に譲る。
E 告発のその他の場合
第62条は,叛逆もしくはスパイ行為または国防に有害な行為を為す個人の告発を強制的 なものとする刑法第103条および第104条に対し,何らの修正を加えない。同様に,匿名会 社の監査役に関する1867年7月24日置法律第34条を依然有効ならしめる。
第62条は,限定された場合に,犯罪の告発を義務的なものとすることを目的とするもの であって,特定条件の下に,重罪または軽罪の告発を,制裁規定なしに,法定機関ならび に一般市民に課する刑訴法第29条および第30条の規定に変更を加えない。それは,告発は 厳正であるという唯一の条件の下に,重罪・軽罪または単なる計画さえも,裁判所に告発 する権利一すべての者に属する一に期待をかけない。
第62条の実施に当り,その適用の有無を問わず,すべての場合に,尊卑は,刑法典第37 条の適用を受ける{18㌔ 未完
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st
(1) tz'bi7i)lc7<eE2kec")Li'C Gand, du d61it de commission par omission,'Paris, 1900; Le‑
rebourg‑Pigeonniere, mame titre, Revue penitentiacre, 1901, p. 716; Veyriere,du refus de secours, Paris, 1906; Cohin, 1'abstention fautive, Paris, 1901; Appleton, 1'abstention fautive en matiere delictuelle, civile et p6nale, Rev. trim. dr. Civ., 1912, p. 593; sur la loi du 21 oct. 1941, Desboi, note au D. C. 1944. J. 45; B6raud, 1'omission punissable, J. C. P. 1944. 1. 433; sur 1'ordonnance du 25 juin1945, Tunc, Le particulier au service de 1'ordre public, pr6face Hugueney, 1943; Albaret, Mo‑
ntpeyroux, Simone, L'inaction en droit p6nal, 1944; sur l'ordonnance du 25 juin 1945, Tunc, note au D. i946. 1. 33; Brouchot, note au S. 1945, 3. 1921; Gor6 L'omm‑
' ision de secours, Rev. Sc. crim., 1946, p. 202; Donnedieu de Vabres, n. 117 et 118, 1258; Garrand, I, 99; Vidal et Magnol, 79‑4; J. A. Roux, I, g 22, p. 95 et s.; Bouzat, nOS 99 et s.; Vanderveeren, Le d61it d' omission, Revue (Belge) de Droit P6nal et de criminologie, 1950, p. 681 et・ s., et enfin nos notes sous les articles 59, 60 et 295.
(2) Rousselet, Histoire de Ia justice, 2e 6d., 1948, p. 116.
(3) Me Maurice Gargon, op. cit., p.16‑et s.
(4) Garr., I. 99 et ]I[, 890; Vidal et Magnol, 79, 421,422; J. A. Roux, I. 22 et 101;
Donnedieu de Vabres, 117, 118, 436・
(s) Poitiers, 17 oct・ 1913 [S・ 1914・ 2・ 103]; Poitiers,.12 nov・ 1935 [D・1936・ 2・ 25],' (affaire de la s6questr6e de Poitiers); note Sal!e de la Marnierre; Cass., 26 oct.
1912 [S・ 1914・ 1・ 225]・‑‑Rapprocher Cass・ 29 janv. 1936 [D. H. 36. 134]; Rev. Sc.
crim., 1936, p.226 avec les observations de M. Magnol.
<6) Gargon, Code p6nal, p. 193.
(7) M. Gore, Rev. Sc. Crim., 1946, p. 202 et s・
<s) Rousselet et Patin, D61it et sanction dans les societ6s par actions.‑1938, nO 354.
(g) Les observa'tions de M. Hugueny. Rev. Science, Cri'm,1951,p. 272.
aO) Gargon', Code p6nal, p. 195.
aO Cass. 25 juillet 1913[B・ 374]; 18 juillet 1919 [B・ '182]・
a2) Tr. Bethume, 19 octobre 1950, J. C. P. 1951, ll,5990; ccD¥ljLkEac‑)Li'(ca Hugueny, Rev. Science. Crim・, 1951, p・ 272・
G3> La loi du 2 juien 1891, artr 4・
<1al L'art. 272 du Code civil.
gs), Broucho.t, loc cit. .
tt t/
q6) Venderveeren. Rev. (belege) de droit p6nal et de Criminologie, 1950 p. 694 et s.' '
'
aT Gargon, Code penal, p. 196.. . ,
(ls) CcD,fi.ec‑)Liv(eaMe Maurice Gqrgon cD$twUt:i;l:$te6wa‑tt.l (Commentaire de la・ loi du 25 oct 1941)・