『主流』50号刊行に寄せて
著者 斎藤 勇
雑誌名 主流
号 50
ページ 201‑202
発行年 1989‑03‑20
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015008
f主流』復刊のころ 201
『主流 j 5 0 号刊行に寄せて
同志社大学英文学会会長斎藤
勇
『主流』の50号を発行することになった.50という数字に意味があるわけ ではないが,ひとつの区切りではある.実は発行しつづけて50年たったとい うのではない. (本当は53年目になる).その辺の事情は本号の宮井氏のエッ セイや編集子の後記などで触れておられるので詳述しない.しかし,めでた い,と思う.連続番号で50も,同じタイトルでひとつの雑誌を出版しつづけ てきたというその連続性が感慨や懐!日を呼ぴ,未来への展望を示唆してくれ る.そういう意味で区切りのよい50号は,ひとつのメルクマールである.そ れでめでたい,思う.
そういう実績を記念して,本号では創刊号から最新号までの総目次と執筆 者索引を編集した.編集者の発想とご努力を大いに多としたい.
迂生は新聞のスポーツ欄やスポーツ新聞をよく読む.観戦記,戦評,ゴシッ プなど,それはそれでおもしろいが,ただ数字だけが羅列仰刷しである成績 表や星取表を黙って眺めているのが好きである.コメントはいらない.その 一見無味乾燥な数字の記録は,もの言わぬげに見えるが,さまざまのことを 雄弁に物語ってくれる.それに耳を傾けているのが楽しいのだ.選挙や力士 の過去,現在,未来.競技場での彼等の心理まで思いなしか伝わってくる.
今回の『主流j の総目次は,論文その他には特に梗概や紹介コメントを付 したりせず,ただ題名だけを羅列したという形式になっているが,これがま たおもしろい.論文にとりあげられる作家,詩人,ジャンル,または論者の 名前などを見ていると,いろんなことが知的にも情的にも心を去来して飽か ない.スポーツの記録ほど単彩ではないが,やはりこれらもまたもの言わぬ,
そのくせ雄弁にいろんなことを物語ってくれる記録である.すでに故人とな
202 『主流j復刊のころ
られた我らの大先学,かつての楓爽たる,そして今は枯淡の域にあられる先 生方,そういう方々の研究・関心の連続性,推移,内外学界のその時々の動 向の反映,などが心の中で共鳴しあう.ところが,第4号 (1939年)でアパ クロンビー特輯というのがある.1939年の時点,すなわちすでに, T. S.
エリオットやエズラ・パウンドが活躍している頃に,なぜこういうジョージ アン詩人・批評家の特集をしたのだろうかと不思議に思うのだが(彼のロー マン主義は全体を通じてもはや現代的な切実さをもっていなかったろう),
おそらく1938年にアパクロンビーが亡くなっているので,その翌年,
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主流』の一部をこの詩人の記念特集号としたのではないだろうか.こんな推理もし たくなる(もちろん真偽のほどは知らない).これなども記録を読む者に許 された一種の遊びでもある.
いろんなことをお話ししたい.迂生自身も助手時代に『主流』編集を手伝 わされてきりきり舞いをした経験がある.しかし人それぞれこの記録を眺め ながらいろんな解釈,憶測をして知的,情的な楽しみを味わっていただくの が一番よい.
学会の財政が豊かになれば『主流j全号の翻刻出版をしてもよい,という 夢もある.それに是非早い時期に年一回発行を年二回発行に戻したいという のも夢である.
もう一度『主流.150号発刊めでたし