それへの対応に関する研究
徐 和 子
〈目 次〉
序
1 一般家族と障害児家族との違い
II 自閉症児・者の家族に対する今までの研究 III 自閉症児・者の家族における望ましい結果が期 待できるニーズに沿う対応形式
結
19自34
自閉症児・者を持つ一家の事例 家族のニーズに沿う対応形式 本事例の位置づけ
援助について
序
自閉症の原因は、従来、親のパーソナリティが病 理的なのであって、親が主要な原因ではないかとい う見方が主流であったが、近年自閉症は中枢神経系 の障害と推測される特異的な発達障害である、と考 えられるようになっている1)。このように、自閉症の 病因に対する見解の変化にもかかわらず、今日でも、
治療方法も指導方法も明らかにされていないという 現実にある。
自閉症児・者の問題に関わっている家族は、毎日 の生活をその障害児・者と一緒に送らなければなら ないし、親としての義務を果たさなくてはならない という現実に直面している。また、実際に家族の中 で、発生した障害児は、その親(家族)の細心な世 話無しに成長することは極めて難しいと思われ、ま た同時に人間らしい生き方(生活)をすることも難
しいと思う。
従って、本研究では、障害児家族と一般家族に対 する各々の問題(ストレス)の違いを明らかにし、
自閉症児・者を持つ家族に関する今までの研究の流 れを考察することを通じて、これからの自閉症児・
者の家族研究の展望を考えてみると同時に、自閉症 児・者の問題にかかわってきた一家のあゆみを通し て、実際の障害の克服を目指して展開された対応方 法の考察とともに援助のありかたも考えてみること
を目的とする。
1 一般家族と障害児家族との違い
非障害児の家族にストレスがあると示唆しても、
障害児を世話する際に生じる特殊な家族問題がある ことを否定することにはならない2)。Love(1973)3)の 精神遅滞児を抱えた家族の離婚率が全国平均3倍、
自殺率は2倍となるという報告やCummings、 B−
ayley&Rie(1966)4)の障害児の母親に抑圧が高率 であるとの報告などがある。また、筆者の研究
(1987)5)からも障害児家族の特殊な局面として、一 般家族の中で見られるストレスとは異なった面で、
その問題性が見出されたのである。そこには、障害 児家族の問題とその適応過程、および対処のための 戦略や資源の活用などを中心として家族の力動面を 分析した結果、一般家族とは異なった障害児家族の 特殊な問題局面として、つかれと大きな壁(①障害 者として生きていく難しさ ②治療が一生かかるこ
と ③障害を持つ子ども達は一生かけて自分自身の それと闘って、そして勝たねばならないということ
④越えても越えても果てることのない試練の連続の なかで悲しみが続く)に要約することができた。こ うした疲れと壁は家族に莫大なストレスを与え、生 死をかけて必死の努力をしなければ乗り越えられな
いという、家族の深刻な問題が見出された。特に家 族ストレス論におけるFAAR(Family Adjustment and A−daptation Response)モデルを採用して現象 を考察した時、その特殊な局面は最も明らかになっ たのである。
しかし、上記で示された比較的問題的な側面とは 対照的に、臨床経験および学術調査の知見から(Cal−
dwell&Guze、1960;DeMyer.1979)6>次のように 報告されている。
「われわれは少なくとも特定の家族は事態にうま く対処しうるのみならず、むしろ障害児の存在によ って豊かになることさえあることをも知っている。」
そこでは、適応をとげている家族の例を始めとし
て、プラスに作用する側面での、一般家族との違い も見出された。
FAARモデルからみる障害児家族の特殊な局面 の筆者の研究7)からも、家族全体が苦難を経験しな ければならない時期があり、この苦難の時期が克服 された時、家族の成長とともに強い絆による結束が 現われることが見出された。
障害児・者の出現によるその家族の問題(ストレ ス)は一般家族の中で見られるストレスとは違う面 でその問題性を示しているが、しかし注目すべきこ とは、立直った時、すなわち成功した時の家族の様 子もかなり一般家族とは違う面を持っていることで ある。したがって、家族の成長とともに強い絆によ る結合を獲得した家族がどんな生活の中に入り込ん でいくのか、もっと突っ込んで考察してみよう。
上記の課題を検討するにあたって、以下の二つの 側面を設定し、それを通して考えてみることとする。
まず、親として障害児・者を持つことの意味と、
次に障害児・者を通して自己を見直すという二つの 側面である。
1)親として障害児・者を持つことの意味
こどもが障害をもって生まれてきた日から、親(家 族)は医師の診察室で一日を待つこと、繰り返され るテスト、診断、再診断、そして充分な知識の欠如、
一般的な説明、誤った情報などの圧迫の連続から解 放されないこと、障害に対する不確かさ、経済的問 題。膨らんでゆく家族の問題、緊張、欲求不満、子 どもを支持し、見守ってゆこうとすればするほど願 っている普通の世界からだんだん遠ざかってゆくや りきれない感情8)、などで家族という一つのシステ ムがますます崩れていくのである。しかし、親(家 族)は、家族というシステムを守るために、何かの 新しい方法を工夫、開発しながら、各段階の問題を のりこえていこうとする。このようなことは、家族 員達の能動的な関心と努力・信念、たえざる執念と 根気を持った働き掛けによって果たされるのであろ
う。
アーノルド9)は、親の役割を有効に果たしている 親たちに関して次のように述べている。
「ロジャースよりも多くの無条件の是認を与える ことができ、フロイトより多く解釈・説明ができ、
ジェイムよりも多くの遊びをアンチテーゼとし、エ リスよりも内言語を修正し、グラッサーよりも現実 のプランニングに対して多くの援助を与える。」
長期の臨床経験で得られたこのようなアーノルド の親に対する見解から、親(家族)としての障害児 を持つことの意味を考えることは、大きな意義を持 つものであると思われる。つまり、困難に当面して いる今日のすべての障害児・者の家族に対して、そ して一般家族に対して説得力がある話しができ、一 つの方向性を提示しうると思われるのである。
今日の研究と実践においても、親の位置は「親へ の治療」から「親による治療」へと変化しつつあり、
「治療対象者としての親」から「治療者としての親」
へという方向性が強調されており、実際にこうした 試みも行なわれている。
2) 障害児・者を通しての自己の見直し 親(家族)達がその役割を有効に果たしてゆくな かで、自分の子どもを通しての自己の見直しは、根 底において個人を支えている人間の本質を発掘し、
その問題を明確にしていく、という過程を個人にた どらせると思われる。
初めてのショックが、悲しみ・怒り・罪意識・非 難・自責などへと変わり、障害児の成長のための努 力のプロセスは悲痛と孤独の歩みであるが、その中 で相対的な論理を学び、痛みの心を自ら治していく メカニズムが手記などで多く見られている。このよ うな過程のなかで、お返しの気持ちと積極的な生活 の変化、皆で手を組んでいこうとする気持ちが強く なるのであろう。
本稿でとりあげる本事例の中でもこうした様子が みえている。
「障害児を持つ家族として、多くの犠牲が伴わな ければならなかったし、家族員以外の第三者として の対話者が切実に要求された。そして、自分の子ど もの障害について知識を持って、理性的に行動しな がら周りとのいい人間関係を作ってゆくことが大事 でした。そのためには、障害児である自分の子ども を見ながら、自分自身を見つめる作業を含めて必死 の努力を重ねて、重ねてやってきました。」(1987年 10月 第8回目のインタービューの一部分)
II 自閉症児・者の家族に対する 今までの研究 前章においては、一般家族と障害児家族との違い について考察してみた。しかし、障害児の家族の中 でも、自閉症児・者の家族のストレスはどうであろ
うか。
Holroyd&McArthur(1976)1°)の研究では、異な るタイプの障害児を持つ家族と比較した場合、ダウ ン症候群または精神科疾患などのようなタイプの障 害を持つ子どもの家族より自閉症児・者家族は対応 の問題とストレスがかなり多いと報告されている。
本章では、このように他の障害児・者の家族より も多くストレスを内包している自閉症児・者の家族 に対する今までの研究の流れをおおまかに考察する ことによって、これからの自閉症児家族の研究の展 望を考えてみる。
自閉症の家族研究11)には、①自閉症の環境病因論 としての家族研究、②自閉症の家族内遺伝の側面に 関する研究、③自閉症児が家族に及ぼす影響に関す
る研究、④子どもの発達段階における家族の役割と 自閉症児の予後の関係に関する研究、以上の四つの 分野に分けて考えられるのである。
まず、自閉症の病因論としての家族の研究におい ては以下の三つの要因が考えられる。(1)幼少早期に おける心的外傷ないし過重なストレスの既往、(2)両 親の精神障害、ないし偏った性格特性の影響、(3)両 親と子どものコミュニケーションやかかわりの問 題。これは、乳幼児早期の過重なストレスや両親の 偏った性格などのために、家族が環境上の病因とな っている。そして、偏った家族内交流のパターンが 自閉症の病因論的役割を果たしてしるとする考えで あったが、方法論上の重大な欠陥があったりして必 ずしも認められていない。
次の自閉症の家族内遺伝に対する研究は、実際 2・3の家族研究や双生児研究があるにすぎないが、
現在までのそれらの研究は次の通りである。(1)自閉 症児の近親者に自閉症者が発見しやすいことを示唆 した家族研究12)、(2)600人以上の日本の自閉症児に関 する研究として、双生児では1.65%の発見率である
とし、一般人口中の発生頻度の3.5倍の高さを示して いる13)。(3)フォルスタインとラター14)の双生児研究、
オーガストとスチュワートとツァイ15)の自閉症と他 の認知障害の家族遺伝との関係に関する研究、(4)リ ヴォー16>らの多元発症家族(multipleincidence fam−
ilies)の研究、などが行なわれている。この分野の研 究は仮設としては明らかに重要であるが、研究自体 は現在のところ結論づけられるものではなく、まだ 臨床的意義を有する段階には達していないと言われ
ている。
第3番目の、自閉症児・者が家族に与える影響を 調べた研究では、自閉症児・者を持つ家族や両親は
長期にわたる持続的なストレスを経験することが明 らかとなった。強い家族内の不調和、抑圧的な気分、
経済的な悩みなどは長年にわたって大きなストレス となる。そして、それは子どもの障害が重度であれ ばあるほど、また、長年の重症自閉症児であるほど 強くなる。このような困難に直面している家族を救 う最上の方法は、今のところまだ明らかではないの
である。
第4番目の、子どもの各発達段階における家族の 役割と自閉症児の予後の関係に関する研究について は以下のようなものがあげられる。
健常児の言語発達に関する研究は、言語刺激が言 語発達の進歩と関係のあることを示している。しか
し、自閉症児については、こうした研究が系統的に なされていないのである。健常児の資料の結果から みて、おそらく自閉症にとっても、言語刺激を多く することは良好な結果を導く可能性をもった有意義 な努力といえよう。言語治療に関しては、子どもに モデリングや、模倣、強化、言い加えといった方法 で系統的に言語を示すことが文法的な言語能力を高 めるとされるが、自閉症児にとっても同様であり、
家族が基本的な言語構造を系統的に示すことは、意 味ある努力となりうるだろう。家族のどういった要 因が自閉症児の予後に影響を及ぼすかという点に関 しては研究が乏しく、家族にどのようなアプローチ をするのが良いかということについても推測するこ とさえもできないのが現状である。
以上、自閉症児・者の家族に対する今までの研究 の流れを4分野に分けて考察してきた。現在に至る
までの自閉症児・者の家族に関する研究状況からす れば、その展望はまだ明るいとはいえない。そして、
家族研究のいくつかの分野で、極めて僅かにしか知 らされていないので、自閉症児とその家族を対象と する研究そのものが進んでいないと言わざるを得な
い。
しかし、デニスなど(1984)17)の研究で、「家族が治 療者となること」が自閉症児にとっては、一番、望
ましい結果を期待しうるのではないか、という見方
からにとっては、一番、望ましい結果を期待し得る
のではないか、という見方からその展望の道をポジ
ティヴな方向で探ってみると、このような期待に近
い一つの方法として、成功した家族の事例を通して
今後の自閉症児・者の家族に方向を提示することが
今後必要とされると思われるのである。
III 自閉症児・者の家族における 望ましい結果が期待できる ニーズに沿う対応形式
本章では、ある自閉症児・者の家族を一例として、
望ましい結果18)に向かって全力を尽くし、努力して いる自閉症児・者の家族のニーズに沿ったその対応 の有り様を探ってみることを通じて、実際にどんな 問題に直面し、その問題の克服のためにどんな対処 の戦略的な方法が必要なのかを考察する。
1 自閉症児・者を持つ一家の事例
本事例の自閉症児19)(以下Kと略す)は在日韓国人 であり、現在25才である。Kは6才の時自閉症の症 状であると診断されて以後、かなり重い症状(母親 の話による)から立ち上がって、いまは一軽快2°L改 善する方面に向かっている。Kの家族は、自閉症と いう問題に直面し、いろいろな逆境を克服しながら、
Kに大学を卒業させた。これからのKに対する家族 の希望は、彼が神学(キリスト教)を勉強して牧師 になることである。そのために、いまなおがんばり っづけている。Kの家族は、父、母、妹、4人のクリ スチャン家族である。 乳・幼児期から大学を卒業 するまでKの問題と取り組み、歩んできたKの家族 のニーズとその克服のための対処戦略を中心とし て、Kの母親にインタビューを行なった。(本事例は テープに録音しながら、母親とインタービューした ものを文字化した。インタービューは、1987年5月 から1987年10月まで、計8回にわたって行なっ
た。)
1)乳・幼児期
Kが生まれて1才前後までは、明るく、幸福な家 庭生活の毎日であった。
1才〜2才の間、急に発語がなくなったり、落ち 着きがないので何か心理的な異状があるのではない かと思われ、病院を次々回ったりした。小児科の医 師は大丈夫だといった。しかし、母親の感触では何 か変だなと思われた。その時の状況を母親は次のよ
うに回想した。
「わが子どもに対して、明快な答えはないのだろ うか。なぜ、母は異状を感じているのに専門家であ るお医者さんは何も感じないんだろう。この疑問の 中で、心理学に関する本を読みつづけ、自ら異状の 原因を必死になって追求し始めた。」
母親のこのような決意は続けられ、父親も妻の行 動に同調し、無言の努力が始まった。3才〜4才に なってからは、Kの行動はもっと多動で、奇声を上 げたりして、幼稚園の先生からA病院の心理相談を 勧められ、テストが始まった。小児科診断、脳波検 査は異状なし、知能検査は検査不能、そしてplay tharapy、行動観察が続けられた。専門家達は子ども
に対しても、指導方針についても、病状についても、
何も説明がなかった。家族は、何が原因でこうなっ たのか、何をどうするべきであろうか、これからど うなるのか、どうか方法はないだろうか、この現実 に対処するための何ができるのか、教えて欲しがっ た。そして、何かうらむよりは無条件的に絶えざる 努力をした。他人の子どもの話が聞える時には、耳 をふさぎ、心から祈りをつづけた。こういうふうに していくうちに、この子を必ず何とかして見せよう とする決心が強くなり、あれこれをやらせ始めた。
ピアノを教えた時、「ド」を教えるのに3ケ月もかか った。母親はその時のことを次のように語った。
「いくら教えても教えても分からない子、世の中 にいくら努力してもできないこともあるのか、その 悲しみで、台所においてある椅子を何回も何回も壊
した。」
Kが5才の時、妹が生まれたが、Kに対する努力 と関心は放置するわけにはいかなかった。play therapyと診断などはつづけられ、7人の専門家か ら小児精神病、低能児、自閉症など、各々違ったデ ータが出され、結局、原因不明、治療不可能の診断 が下された。6才の時、ようやく自閉症という診断 がつけられた。学校は就学猶予させられた。親戚に は一切秘密にして父親と議論し、治療薬、治療方法 などを探すために専門書、手記等を読んだ。また、
一人でも自閉症で治った子どもがいるのか、いるな ら、方法でも教えてもらいたいと思って、専門家た ちを次々訪問した。しかし、治療方法も薬もないこ とに気がつき、家族はみなどうしたらいいのか分か らない状態であった。その時、思いついたのは「自 分の方法で何とか工夫してやっていこう」との決心 であった。家庭教師をつけて運動、遊び、絵、勉強 などを教えた。
「その時、やめてしまったら死ぬしかなかったん
だろう。家族が絶望の状態に落ち込んでいる時、相
談相手、理解してくれる人、こころから励ましてく
れる人の話は大きな力を与えてくれた。一人の力で
は難しかった。周りの力をかりるしかなかったし、
努力すれば、必ずいい人が現われることを信じた。」
しかし、子どもの問題に関する見解の相違は母親 と専門家の間では大きな幅があって、また、専門家 たちが自分の子どもの異常な行動を親のせいにす る、そのようなことについては言葉に表現できない ほど惨めさを感じた。その後、そういった専門家た ちの話はいやになって、いくら励ましの言葉でもそ れを無視したくなり、そういう同情はむしろかえっ て反発感を起こした。このような生活の中で他人の 子どもの自慢話などを聞くと耳をふさいで、自分を 嘲笑しているのではないかと、思い込んでしまい、
いつのまにか母親である自分自身が自閉症的になっ ていたのに気が付いた。
2)学令期
テストによって、特殊学級の方に入るようになっ ていたが、特殊学級に入らせることが気になって、
結局、普通学級のほうに入学させた。極めて、多動 であったので小学校1年から3年までは、いろいろ な「問題行動」が現われた。他人の家の花瓶を壊し たり、アパートの非常ベルを押したり、ガラスを壊
したり、学校の校長先生の引き出しからアルバムを 取出して見たり、などであった。このような子ども の「問題行動」のために毎日が不安そのものであっ た。しかし、他人のすべてが放棄しても、親は自分 の子どもである以上、放棄することができなかった。
不安な日々のなかで、神様にお祈りを捧げながら、
子どもが良い状態へに向かうために全力を尽くし た。学校のバザーや、地域住民との関係にも積極的 な姿勢を見せ、自ら働きかけて活発に動いた。この ような親の積極的な努力に学校も感動して、校長先 生をはじめ先生たちが、皆協力してKを卒業させよ うとして、クラスの全員がKのためにグループを作 り(例,お手洗いに行く時、食事をする時、遊ぶ時の Team Work)助け合った。しかし、母親は、道路わ
きをKと手を握って歩く時、手を放してしまおうか という気持ちが何回もあったし、Kと一緒に死んで しまおうかと、一日中何回も思った。いつも、涙を 隠すため、大きなサングラスをかけて外出した。こ のような生活の中で、父親はいつも、私たち夫婦に、
Kの為にという目標があってよかったね、Kはママ のようないい人にめぐりあってよかったね、と声を かけてくれた。三年学期末、点数を付けてない通信 たとき、母親はKの勉強のことを考え始めた。自分 の子ども、Kは自分で教える方法しかないと思った
のである。そして、夜11時までは起きている訓練を させ、試験のときには、夜明けまで勉強させた。四 年生の時、Kの髪の毛は真っ白く変わってしまった。
母親はKの健康を守るために、いろいろ工夫して、
東洋医学的な方法を使って、Kの健康を見守ること にしたのである。六年生になってからは、ホルモン の関係か、少し、落ち着きがよくなった。中学校に 入学する時も、始めは、普通学級から特殊学級、特 殊学級から普通学級へと問題があった。しかし、母 親との勉強は続けられ、英語、数学が70点まで上が った。また、東洋医学的な方法で体力向上のために 努力した。中学校三年、義務教育が終わる時点で、
高等学校への進学を考えた。今、五、六才ほどのレ ベルにしかなっていないけれども、普通児より40倍 以上の努力をすれば、ついていけるだろうと思いな がら、がんばった。高校入学通知書をもらった時に は、〈これは、奇跡だ!〉という叫び声と共に、しばら く、その場から立てなかった。また、Kのことばも だんだんよくなる方に向かっていることに気がつい て、これは、きっと、熱心に頑張った結果であろう と思った。しかし、Kが高校二、三年の時、母親の 健康状態があまりよくなかったので、病院に入院し、
っづけて父親も、病気で倒れて入院するようになっ た。ついでに、年寄の祖父、祖母も入院した。この ような状況の中でもKの大学入学のための準備をし た。600字の原稿を書くために6,000字を覚えさせた。
Kは、〈いやだ!〉と泣きながら、覚えた。この時、
一つの目標を定めて、がんばれば、出来ないことは ない、何とか努力していくうちに道が開けられるだ ろうと思った。そして、生活の中で、小さい出来事 でも、いつも、感謝しながら心の平定を求め、忍耐 の中で、人間に対する愛というものを感じるように なった。家族に対しても、他人に対しても、そして、
いつも神様に感謝の祈りをする生活を送った。
3)青年期
Kが大学を合格した時、子どもの成長に対する感 謝の気持ちで奉仕とお返しの道を探し始めた。しか し、どういうわけか、母親(家族)は、今に至るま でベストを尽くしたという気持ちと共に疲労困億状 態になった。けれども、このまま敗けてはいけない と思い自分自身に言い聞かせて、立ち上がらせた。
このような疲れは、連続する生活の緊張の中で生じ
た慢性的なもので、緊張が解けると、体がアンバラ
ンスになってしまうせいか、家族の全員がそういう
状態におかれいた。母親は、自ら東洋医学的な健康 管理を見習い家族全員の健康を保ちつづけた。現在、
Kは大学を卒業し、「軽快」という状態で「良好」の 方に向かって、Kとその家族の戦いは、今も続いて いる。最後に、母親は次のように語っていた。
「障害児を持つ家族として、多くの犠牲を伴わな ければならなかったし、家族員以外の第三者として の対話者が切実に要求された。そして、自分の子ど
もの障害について知識を持って、理性的に行動しな がら、周りとのいい人間関係を作ってゆくことが大 事である。そのためには、障害児である自分の子ど もを見ながら、自分自身を見つめる作業を含めて、
必死に努力を重ねて、重ねてやってきた。」
2 家族のニーズに沿うその対応形式 乳・幼児期の時から青年期に至るまで、障害とい
う問題をかかえて、その問題をのりこえてきた一家 のあゆみに対する事例をとりあげた。しかし、障害 児家族の適応はどこにあるのか。家族のニーズはど のようにして充足されるのだろうか。そして、家族 のニーズの充足のため、どのような対応がとられる のか。上記の事例をふまえながら、考えていくこと
にする。
障害児家族のニーズには、一般的なニーズと特別 なニーズがある。谷口ら21)は、障害児家族は何か一般 家族とは異なる「病理的な」生活構造を持っており、
それ故に、相談活動を含む「特別な」アプロチーが 必要であるといった、そういう接近法ではなく、全 くの正常枠の中で、障害児家族は一般家族とくらべ て、障害児を持つがゆえに、家族員にかかる特別の 負荷ならびに、金銭的・物的・人的な特別の諸サー ビスを必要としていると述べた。また、その特別な ニーズを次のように四つに分けている。①特別収入
と支出、②居住環境、住宅改善、③介護状況一介護 者、介護時間、介護内容、介護者の自由時間、介護 者の健康状態、介護上の特別の工夫、現在最も努力 していること、④交友関係、近隣との関係、などを 取り上げている。このように、一般的なニーズとは、
一般家族でも必要とされるニーズであり、特別なニ ーズとは障害児をもった結果として、生じる特殊な ニーズである。
ここでは、障害児をもった結果として、生じる特 別ニーズのなかでも、特に、心理的な側面を取った 立場での研究であり、谷口らのいう特別ニーズを必 要とする前提の上での心理的な側面でのニーズとそ
の対応の仕方を考察してみる。
第一のニーズとは、家族が自分の子どもあるいは 兄弟の障害の現実的事実を理解することに関わるニ ーズ、すなわち、苦悩、悲しみ、犠牲の問題を認識 し、原因を問う罪障感、恐れ、怒り、恥、などのこ とである。さらに、障害の原因は何か、これからの 家族の将来はどうなるのか、どんなことが起こるの か、現実に対処すべき方法は何なのか、などのこと についてのニーズである。このようなニーズは、不 安と不眠を現実的に生み出し、社会生活の営みに障 害をもたらし、家族の生活、個人の生活を崩してし
まう要因となる。この時に、どのようなやり方で、
そのニーズに沿って対応していくのか、事例を通し て考えてみることにする。Kの家族の場合、全体的 な流れのなかでみた時、そのリーター格である人は 母親であり、家族の強いKey Personになっていると いえる。そして、母親の根気と熱心さは家族成員に 影響を及ぼし、障害に対する母親の現実的な理解は、
家族全員が障害に対する理解へと直接に通ずる一つ のメカニズムがある。このようなメカニズムは、一 つの目標に近付く為の、かなり有利な力を持ってい たかも知れない。また、障害児の問題を現実に、身 を持って体験する家族の結束は、強くなり1頂応がな される傾向があるといえる。SchOPlerの研究22)から も、対応の方法には、受けたストレスに耐えられる ように事態を改善することが出来るという親の信念 や行動も含まれることが述べられている。
従って、家族のそのような結束は、外に向ってや っていけるような力をもたらすと思われる。つまり、
リーダーを中心とした家族の努力と無言の協力(事 例から見られるように)は、お互いに慰労となり、
家族の結束をもっと強め、その結果として罪の意識、
恥、恐れ、などが克服され、外に向って、戦ってい こうとする決心も作り出すのである。
第二のニーズは、障害児が家族の中で、文化的・
家族論的視点からどのように位置づけられているの か、また、位置づけていくのか、という障害児に対 する位置づけの問題との関連から生じるニーズとし て考えてみることができる。
障害児を家族の中で位置づける場合、家族は障害 児の位置づけに対して次のようなニーズを取り出す のである。それは、家族のなかで障害を持つ自分の 子どもあるいは兄弟に対して、家族はどのように考
えたらよいのかという問い、つまり、この障害児は
どんな子なんだろう、もしかすると、悪魔的な存在
ではないだろうか、また、本当に自分の家族なんだ ろうか、という障害児に対する否定的な問いと、家 族は障害児の為に何を望むべきであるか(障害児の 親あるいは兄弟としてなのか、教師か、介護者か)
などの肯定的な問いである。そこから、家族を守る 機能の問題と発達をうながすことへの対応との間
に、どちらの方へ希望をつなぐか、という問題に属 するニーズである。
本研究の事例で、自分の子どもの障害に対して知 識を充分に習得し、理性的に行動すること、周りと いい関係を作ること、障害児である自分の子どもを 見ながら自分を見つめる作業などが示されている。
このように、特に、障害児である自分の子どもに 対する見方を変えることによって、子どもに対する 家族の態度も変化するだろうし、家族が子どもに対 する見方を改めて考えることによって、その子ども の家族の中での位置づけも異なってくるだろうと思 われる。そして、障害児を通して自分(家族員)の 成長もはかることにもなるだろう。さらに、子ども の一生のことを考えなければならない親は、保護者
として、教育者として、保育者として、介助者とし て、やっていかなくではならないのである。このよ うなことは、親としてその役割を有効に果たした親 であるといえるだろう。同時に、このような親の役 割は、子どもの成長をめざすという望ましい見方な ど、精神的な強さをもつことによって果たされるだ
ろう。
従って、事例からも現われているように全力を尽 くした後で生じる問題(疲労困慰、葛藤、空虚)な どは、昇華という作業を通して、お返しの道へと、
現われると思われる。事例の中でも「子どもの成長 に対する感謝の気持ちで奉仕とお返しの道を探しは じめた」と語っている。つまり、相互扶助という幅 広い活動領域で他の障害児家族を援助する一自分自 身の経験をいかして他の家族に貢献する一というこ
とである。
第三のニーズには、社会システムとしての家族に 関するものである。これは家族員としての自身の義 務と自身のニーズをどのように調節するか、家族の 適応のために何をどのようにしたらよいのか、私達 に援助してくれる人と助けになる人達と、いかに関 係をもっていくべきか、などのことである。
事例の中で「無言の協力」が始まったということ は、家族という一つのシステムのなかで求められる 基本的な欲求などがかなり抑圧されているまま、そ
して、親として、あるいは兄弟として、という過重 な義務として束縛されていることがみられる。この ような問題は、今後重要性をもった研究として、検 討されるべきであろうと思う。また、障害児家族は 適応のために絶えず努力を続けざるを得ないし、人 間関係も、事例から見られるように、 すべての生 活そのものについて、いつも肯定的な立場を関係を
もっていくべきか、などのことである。
事例の中で「無言の協力」が始まったということ は、家族という一つのシステムのなかで求められる 基本的な欲求などがかなり抑圧されているまま、そ して、親として、あるいは兄弟として、という過重 な義務として束縛されていることがみられる。この ような問題は、今後重要性をもった研究として、検 討されるべきであろうと思う。また、障害児家族は 適応のために絶えず努力を続けざるを得ないし、人 間関係も、事例から見られるように、すべての生活 そのものについて、いつも肯定的な立場を取り、自 然にいけるような人間関係を作り、独力ではできな い、まわりの力をかりるしかないという考えの中で、
と本事例の母親が語っているように相対的な論理を 理解することこそ重要であると思われる。このよう な対応は孤立から抜け出る出口にもなりうるだろう し、社会の偏見から自らを解放しうるという意味で 偏見に対する克服にもなりうると思う。
第四のニーズは、子どもの教育と関連したニーズ のことである。
私の子どもは、どこが良くないのか、この子のた めにどのような指導が必要なのか、そして、どこへ いけばいいのかなどのことである。
このようなニーズは、親(家族)の混乱の中から 生じるニーズとして、また、子どもの状態を「常識」
で考えている段階で生じる問題である。この段階を うまくのりこえた事例における対応の例を見ると、
次のようである。「わが子どものどこがおかしいのだ ろうか、母親は感じているのに専門家はなぜ感じて いないのだろうか、と思いながら、本を読み続けた」
「子どもに対する正確な知識が必要で、それによる 治療方法、治療薬を考えるしかなかった」。
このようなニーズにおいては、専門機関や専門家 をたずねること、そして親の積極的な努力によって 子どもの治療・指導を考えていくことが理想的であ
ると思われる。つまり、親が「専門家であるという 気持ち」を持って自分の子どもに対して積極的に働
きかけ、科学的な方法によって理性的に行動すると
いった対応が必要と思われる。
第五のニーズは、障害児の成長とともに生じる家 族員の発達ニーズのことである。
これは、障害児に対する終わりがないく悲痛〉の 連続のなかで執念と根気をもって対処した後、要求 されるニーズとして、少しはいい状態になったなあ
という安堵感、成就感の中で、ほっとした時の問題 をおぎなうためのニーズである。障害児の問題に対 する対応という目標のための努力の中で、失ってし まった自我(自分というもの)を自ら取り戻そうと する時に、家族は、自分はいったいどんなことをし てきたのか、自分というものは、家族というものは、
(表1) K家族のニーズとその対応形式
カテゴリー 属 性 ニーズの内容 対 応
第一の 家族員が障害 苦悩・悲し ①何か原因でこうなったのか。 Key Personの現実的な理解が家族 ニーズ の現実的事実 み・犠牲の問 ②これから先わが家がどうなる 全員の理解と通じる一方的なメカニ
を理解するこ 題を認識し、 のか。 ズムの中で対応、つまり、家族員の
とで生じる二 原因を問う罪 ③現実に対処するための何かの 無言の協力と同調と努力はお互いの
一ズ 障感、恐れ、 方法はないのか。 慰めと家族の結束を強め、罪意識、
怒り、恥に対 恥、恐れ、などを克服。
する問題
第二の 家族の中で、 家族を守る機 ①この子供に対してどのように 障害に対して充分な知識を習得、子
ニーズ 文化的・家族 能の問題と発 考えたらよいのか。 供に学ぶという姿で子供に対する見 論的視点から 達をうながす ②どんな子供なのか。 方を変える。親であるという基本的 位置づけに関 ことへの問題 ③何を望み、何を期待すべきか な考え方→まず、良い方向に向けた する問題から ④私達は何なのか(親か、教師 家族の変化とともに家族員の成長を 生じるニーズ か、介護者か)、何を望んでい 齎らす。そしてお返しへの道へに辿
くのか。 っていく。
第三の 社会システム 役割と義務と ①自身の義務ニーズをどういう いつも、積極性と肯定的な立場を取 ニーズ としての家族 人間関係に関 ふうに調節しょうか。 っていい人間関係を成立し、また、
に関するニー する問題 ②家族の適応のために何をどの 相対的な論理を理解する生活の中で
ズ ようにしたらよいのか。 孤立から抜け出る出口と社会の偏見
③われらの家族外部から孤立し を克服。
ているように見えるのではな
いか。
④援助者・助けになる人達とい かに関係を持つか。
第四の 子供の教育か 障害に関して ①私の子供はどこがよくないの 正確な知識と科学的方法で理性的な
ニーズ ら来るニーズ 家族の「常識」 か。 行動を行い、専門家であるという気
的な考えから ②どんな指導が必要なのか。 持ちとして対処。
の認識の問題 ③どこへいけばいいのか
第五の 障害児の成長 うつ症、空虚、 ①私はいったい何をしてきたの 精神的なControlを必要とする対
ニーズ とともに来る 自己喪失、疲 か。 応として理解者・対話者・精神的な
家族員の発達 れ、からの克 ②私(家族)というものは〜 技主者たちの助けによって自分を発
ニーズ 服の問題 ③家族員らの健康の問題 見(自我を取り戻すこと)整理でき
る機会を作る。そして、疲労困態か
ら来る健康問題に対する対処は家族
環境に合う一つの方法を見つける。
という問いの中で、どうして虚脱、虚無感が自分を 支配しているのか、家族の健康の問題はどうすれば いいのか、というニーズが家族の危機を再びもたら すことになる。
事例の中の母親は、このようなニーズの対応とし て次のように述べた。(このインタービューは、
1987.12月第10回目の一部分である。)
「自分を振り返ってみた時、体は重くなって動か なくなり、顔はしみだらけで、昔の自分の顔とは別 人のように見えた。そして、うつ症的な状態で、ど
うしよもない気持ちにとらわれた。このような Slumpに喘ぐ時、尊敬していた先生と何十年ぶりに 出会うようになった。私は、この先生を通して過去 の自身の姿をふりかえってみるようになった。 あま
りにも微弱である人間が母親という名の下に、子ど ものために自分の体をぶつけながら苦痛を克服して きた。それが、真理であるのだ、生活の中で体験す ること、そのものを求めるために全ての人々は生を 生きているのだ。 という話によって自分自身をもう 一度整理するようになった。その後、家族の方に目 を向けた時、今まで大人しく母親を理解してきた子 どもは母親に甘えて、差し伸べる手を求めてきたし、
夫は愛を求めてきた。また、彼らの健康状態は言え ないぐらいに悪くなっていた。このような状況の中 で、Homeというものをもう一度吟味するようにな
り、外をむかっても関心を持つようになった。」
人間の根本を問う問題とともに自我を取り戻そう とする時、生じる精神的な問題(虚脱・空虚)をう めるための家族員のニーズに対する対応としては、
家族員の家族愛である。また、人間と家族に対する 価値と意味をさらに深く感じることであろう。そし て、家族員の健康の問題も、事例から東洋医学的な 方法で家族の健康を見守った、というように、それ ぞれ違う家族の環境をもっている限り、それぞれの 家族に合う方法を模索して対処していくことが望ま
しいことであると思われる。
今まで考察してみた本事例の家族のニーズとその ニーズに合わせた対応形式をまとめたのが次のもの である(表1)。
まず、今まで考察してきたKの家族の対応が、他 のいくつかの研究書物と手記の中から見られる自閉 症児・者家族の対応と、どう関連しているのかを、
表1を中心として比較してみたい。マリーM・ブリ ストール23)は母親が自閉症の子どもに関して生じた ストレスに対処する際に、最も役立つと感じた対処 方策に関して調査研究を行った。表2は、その研究 結果を上位10位の最も役立った対処方策としてまと めたものである。
(表2) 上位10位の最も役立った対処方策
3 本事例の位置づけ
本事例を通して、Kの家族のニーズとその対応の 仕方をポジティヴ的な観点から考察を行った。しか し、本事例は他の自閉症児・者の家族の中でどのよ うに位置づけられるのか
1 子どもの受けているプログラム(TEACCH)
は、家族の最も関心としている事柄を念頭にお いていると確信すること。
2 自分の子どもが進歩するのをどうやって援助 できるかについて、よりよく知ること。
3 神を信じること。
4 個人的な感情や心配ごとを夫に相談するこ
と。
RUρ078