はじめに
通常、法人税が存在する場合の加重平均資本コスト(WACC)の計算式は 以下のようであるとされる。
ࡣࡌࡵ
ൌ݇ܧ ݇ௗܸሺͳ െ ݐሻܦ
㸬ἲே⛯ࡀ࡞࠸ሙྜࡢ00 ⌮ㄽ:$&&
( )
ここでke:株主資本コスト、E:株主資本価値、kd:負債コスト、D:負
債価値、t:法人税率、V:企業価値、である。
しかし、MM理論から見ると、これが加重平均資本コストの正確な計算
式としては誤っていることに講義中に気づいた。本稿では、このことを示す とともに、なぜこれまで誰からも指摘されることなく通用してきたかについ ても考察する。
もちろん、筆者の方が思わぬ誤りを犯している可能性もある。そのことに 気づかれた際はご教示を賜れると幸甚である。
法人税のある加重平均資本コストの
誤りについて
山
好 裕
**福岡大学経済学部
− 31 −
.法人税がない場合の MM 理論と WACC
モジリアニ=ミラー( )はWACCを最小にする最適資本構成が存在
しないことを証明し、財務理論の伝統的見解に衝撃を与えた。彼らが背理法
で証明したとおり、企業価値は期待営業利益Xを、その企業の属するリス
ククラス固有の割引率k*で除して算出できる。割引率は定数であるから、
そもそも企業価値は資本構成の影響を受けない。 このとき、株主資本コストは
㸬ἲே⛯ࡀ࡞࠸ሙྜࡢ 00 ⌮ㄽ :$&&
݇ൌܺ െ ݇ܧௗܦൌ݇ כܸ െ ݇
ௗܦ ܧ ൌ
݇כሺܧ ܦሻ െ ݇ ௗܦ
ܧ ൌ
݇כܧ ሺ݇כെ ݇ ௗሻܦ
ܧ ൌ ݇כ ሺ݇כെ ݇ௗሻܦܧ ( )
となる。すなわち、株主資本コストkeは、負債比率D/Eがゼロのときにk*
に等しく、負債比率が高まると一定の増加率k*−kdで直線的に増加してい
くのである。
ここで加重平均資本コストを計算してみよう。式( )を用いて、
( )
と計算できるので、加重平均資本コストが、その企業の属するリスククラス 固有の割引率に等しく、負債比率によらず一定であることがわかる。これら の関係を図で表すと図 のようである。
− 32 −
㸬ἲே⛯ࡢ࠶ࡿሙྜࡢ00 ⌮ㄽ:$&&
D/E k*
kd
傾きk*−k d
WACC
図
.法人税のある場合の MM 理論と WACC
モジリアニ=ミラー( )は前論文での前提を少し変更して法人税を導
入した。そうすると、負債比率がゼロであるときの企業価値VUと負債比率
がプラスである場合の企業価値VLとが異なることが証明できる。前者の場
合の株主へのキャッシュフローをXU、 後者の場合の株主・債権者へのキャッ
シュフローをXLとすると、
㸬ἲே⛯ࡢ࠶ࡿሙྜࡢ00 ⌮ㄽ:$&&
ܺൌ ሺͳ െ ݐሻܺ ( ) 㸬ἲே⛯ࡢ࠶ࡿሙྜࡢ00 ⌮ㄽ:$&&
ܺൌ ሺͳ െ ݐሻሺܺ െ ݇ௗܦሻ ݇ௗܦ ൌ ሺͳ െ ݐሻܺ ݐ݇ௗ ( )
と表せる。式( )でtkdDは節税効果と呼ばれている。
企業価値はそれぞれの割引率で各項を割り引けば求められるから、
法人税のある加重平均資本コストの誤りについて(山 ) − 33 −
ܸൌሺͳ െ ݐሻܺ݇כ ( )
ܸൌሺͳ െ ݐሻܺ݇כ ݐ݇݇ௗௗܦൌ ܸ ݐܦ ( )
となり、負債比率がゼロのときに比べて負債比率がプラスのときの方が、節
税効果の割引現在価値tDだけ企業価値が大きいことがわかる。
ここで、株主資本コストは
݇ൌሺͳ െ ݐሻሺܺ െ ݇ܧ ௗܦሻൌሺͳ െ ݐሻܺ െ ݇ܧௗሺͳ െ ݐሻܦ ( )
である。式( )から
ሺͳ െ ሻ ൌ ݇כܸൌ ݇כሺܸെ ݐܦሻ ൌ ݇כሺܧ ܦሻ െ ݐ݇כܦ ൌ ݇כܧ ݇כሺͳ െ ݐሻܦ
㸬㏻ᖖࡢἲே⛯ࡢ࠶ࡿຍ㔜ᖹᆒ㈨ᮏࢥࢫࢺ00 ⌮ㄽࡢᕪ␗
( )
となり、この式( )を式( )に代入すると、
݇ൌ݇
כܧ ݇כሺͳ െ ݐሻܦ െ ݇
ௗሺͳ െ ݐሻܦ
ܧ ൌ
݇כܧ ሺ݇כെ ݇
ௗሻሺͳ െ ݐሻܦ
ܧ ൌ ݇כ ሺ݇כെ ݇ௗሻሺͳ െ ݐሻ ܦ ܧ
㸬㏻ᖖࡢἲே⛯ࡢ࠶ࡿຍ㔜ᖹᆒ㈨ᮏࢥࢫࢺ 00 ⌮ㄽࡢᕪ␗
( )
となることがわかるであろう。これを式( )と比較すれば、負債比率に対し
て株主資本コストが上昇していく傾きが −tの割合だけ緩和されているこ
とがわかる。
加重平均資本コストはどうであろう。加重平均資本コストの式に式( )を 代入すると、
− 34 −
㸬㏻ᖖࡢἲே⛯ࡢ࠶ࡿຍ㔜ᖹᆒ㈨ᮏࢥࢫࢺ00 ⌮ㄽࡢᕪ␗
D/E k*
kd
傾き(k*−k d)(1−t)
WACC
図
ൌ݇ܧ ܸ݇ ௗܦൌ݇כܧ ሺ݇כെ ݇ௗሻሺͳ െ ݐሻܦ ܸ݇ ௗܦൌ݇כሺܧ ܦሻ െ ݐሺܸ݇ כെ ݇ௗሻܦ
㸬㏻ᖖࡢἲே⛯ࡢ࠶ࡿຍ㔜ᖹᆒ㈨ᮏࢥࢫࢺ 00 ⌮ㄽࡢᕪ␗ ൌ ݇כെ ݐሺ݇כെ ݇
ௗሻܦܸ ൌ ݇כെ ݐሺ݇כെ ݇ௗሻ ܦ ܧ ͳ ܦܧ
㸬㏻ᖖࡢἲே⛯ࡢ࠶ࡿຍ㔜ᖹᆒ㈨ᮏࢥࢫࢺ 00 ⌮ㄽࡢᕪ␗
( )
が求められる。式( )の 階微分はマイナス、 階微分はプラスなので、加 重平均資本コストは負債比率に対して右下がりで原点に向かって凸な曲線を 描く。これらの関係を図に描くと図 のようである。
.通常の法人税のある加重平均資本コストと MM 理論との差異
式( )の計算は、法人税がない場合と比較して法人税がある場合、加重平 均資本コストがどこまで小さくなるかを求めるものである。だから、計算に 現れる株主資本コストは式( )を満たす。式( )を式( )に代入すると、
法人税のある加重平均資本コストの誤りについて(山 ) − 35 −
ൌ݇כܧ ሺ݇כെ ݇ௗܸሻܦ ݇ௗሺͳ െ ݐሻܦൌ݇כሺܧ ܦሻ െ ݐܸ݇ ௗܦൌ ݇כെ ݐ݇
ௗܦܸ ൌ ݇כെ ݐ݇ௗ ܦ ܧ ͳ ܦܧ
࠾ࢃࡾ
ཧ⪃ᩥ⊩
( )
と変形できる。式( )も式( )と同じく、負債比率に対して右下がりで原点
に向かって凸な曲線を描く。しかし、計算結果が等しくなるのはk*−kd=kd、
つまり、負債コストが、その企業の属するリスククラス固有の割引率の半分 に等しい場合のみである。半分より小さい場合、通常の計算式の計算結果は
MM理論のそれよりも必ず小さくなる。逆に、半分より大きい場合、通常
の計算式の計算結果がMM理論のそれより必ず大きくなる。
おわりに
本稿で確認したとおり、一般的には、法人税のある加重平均資本コストの
通常の計算式はMM理論のそれとは一致しない。その意味で通常の計算式
は誤りである。それでは、なぜ誤った式が現在まで使われており、なおかつ、 そのことを誰も指摘しなかったのであろうか。理由は二つあるように思わ れる。
第一に、MM理論で言う節税効果が通常の計算式の分子にはマイナスの
項として現れてくる。この点、あたかも通常の計算式がMM理論と両立す
るように受け止められた可能性がある。
第二に、このマイナスの項の結果、通常の計算式でも負債比率が上昇すれ
ば、加重平均資本コストが曲線的に低下していく。この結果はMM理論と
同一である。この定性的な結論はMM理論の示す内容と同一であるため、
誤りが気付かれにくかったのであろう。
ただ、負債コストが、その企業の属するリスククラス固有の割引率の半分
であれば、両者が一致するのであり、通常の計算式も近似的で簡便な計算法 としては意味があるかもしれない。
参考文献
Modigliani, F. & M. H. Miller (1958), ‘The Cost of Capital, Corporate Finance and the Theory of Investment,’ American Economic Review 48, 261-97.
Modigliani, F. & M. H. Miller (1963), ‘Corporate Income Taxes and the Cost of Capital : A Correction,’ American Economic Review 53, 433-43.
法人税のある加重平均資本コストの誤りについて(山 ) − 37 −