著者 鍛冶 博之
雑誌名 社会科学
巻 40
号 4
ページ 165‑195
発行年 2011‑02‑28
権利 同志社大学人文科学研究所
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012317
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カラオケの商品史
鍛 冶 博 之
本稿は,レジャーの商品史的考察の一例としてカラオケを取り上げ,カラオケが日 本社会に及ぼした影響を多面的に考察することを目的とする。
「1.カラオケが日本社会に及ぼした影響」では,カラオケが日本社会にもたらし た影響を明らかにする。具体的には,①1970年代以前には存在しなかったカラオケと いう新しいレジャーが日本社会に普及し定着したこと,②カラオケが歌唱という行為 に対する生活者の意識を大きく変化させたこと,③カラオケが性別によって区分され てきた歌唱曲の男女間の違いを変容させたこと,④カラオケボックスというそれまで の日本社会に存在しなかったレジャー空間を創出したことで,その存在を都市や繁華 街での当然の風景として生活者に受け入れさせたこと,さらにカラオケボックスが公 的空間のなかに私的空間を作り出し,その中で私的活動を展開することを容認すると いう社会を生み出したこと,⑤カラオケの登場が日本の音楽や音楽産業に多大な影響 を与えそのあり方を大きく変えてしまったこと,⑥カラオケの普及が著作権の重要性 を生活者に意識させる契機のひとつになったこと,を列挙できる。
「2.カラオケがもたらす負の影響」では,カラオケがもたらした影響をマイナス の側面に注目して考察する。具体的には,①通信カラオケの登場以降に急増した楽曲 選択の拡大が,逆にカラオケ利用者の楽曲選択を困難にしてしまっていること,②カ ラオケの普及が全国規模での騒音問題をもたらしたこと,③カラオケを巡る聞き手側 のマナーに関する問題が見られること,④カラオケを巡る歌い手(歌唱者)側のマナー に関する問題が見られること,⑤歌唱者に健康被害をもたらすこと,⑥子供の健康面 への影響が懸念されること,⑦カラオケ歌唱空間がもたらす諸問題が存在すること,
⑧歌唱の容易化に伴う楽曲の質的低下を確認できること,⑨カラオケを巡る著作権に 関する問題が発生したこと,を列挙できる。
「3.複合的作用による社会変容の可能性」では,第1章・第2章で列挙したカラ オケによる影響が他のランドマーク商品の影響力によって複合的にもたらされた可能 性について考察する。
は じ め に
本稿ではレジャーの商品史的考察1)の一例としてカラオケを取り上げ,カラオケが日 本社会に及ぼした影響を明らかにすることを目的とする。
鍛冶(2010b)ではカラオケが日本社会に登場し定着する過程と,カラオケが日本社 会におけるヒット商品のひとつとして位置付けられるようになった背景を明らかにした。
しかしカラオケは単なるヒット商品に留まるものではない。カラオケはその登場・普及・
定着の過程でさまざまな影響を日本社会にもたらすことになった。本稿ではカラオケが 日本社会に及ぼした影響をマイナス面も含めて明らかにしていく。
具体的な考察に入る前に,本稿でなぜカラオケを考察対象とするのかについて述べて おく。
第1に,カラオケがヒット商品として生活者に認識されるようになったのが1980年 代以降であり,1980年代以降の日本のレジャー産業史を分析するうえで無視できない 商品と考えられることである。1980年代後半に登場したカラオケボックスは若年層の 高い支持を受け全国に一気に普及し,同時にカラオケを老若男女問わず楽しめるレジャー にまで発展させることに貢献した。また1990年代には通信カラオケが登場し,選曲の 可能性を格段に向上させた。このことは,筆者の商品史研究でこれまで取り上げてきた 東京ディズニーランド(TDL)やファミリーコンピュータ(ファミコン)同様2),1980 年代以降の商品化されたレジャーがもたらした影響の実態を考察するうえでも欠くこと のできない史実である。
第2に,カラオケは若年層から中高年層まで広域的に定着し,さらには社会システム の有り様にまで大きな影響をもたらして変化を促進したことが先行研究で指摘されてい ることである3)。しかし,先行研究ではカラオケが社会変容を促す重要な商品であるこ とが判明しそのことが指摘されているにも関わらず,それらではそれを指摘する段階で 止まりそれを実証する作業が本格的にはほとんど行われていない。
1.カラオケが日本社会に及ぼした影響
本章ではカラオケが日本社会にもたらした影響を具体的に明らかにすることを目的と する。なお世界各国におけるカラオケによる社会への影響の実態把握についても重要な 課題であろうが,本稿では考察の対象外であることを付記しておく。この点については
今後の課題としたい。
1.1 カラオケというレジャーの普及と定着
第1番目に,1970年代以前には存在しなかったカラオケという新しいレジャーが日 本社会に普及し定着したことである。
音楽に合わせて歌う行為自体は人類史の初期段階から存在し,日本の場合も同様であっ たと思われる。また鍛冶(2010b)「はじめに」でも述べたように,ほとんどの読者は 小中高校での音楽の時間には独唱や合唱をし,大勢の生徒・父母・先生の前で歌った経 験を持つだろう。こうした歌唱の歴史を見てもわかるように,元来一般の生活者が自由 な遊戯活動のひとつとして歌唱するという行為は,非常に限定的であったと言える。後 述するように,学校教育は例外としても人前で歌唱できる人はある程度の歌唱力のある 場合に限られていた。
ところがカラオケの登場はこうした状況を一変させた。生演奏ではなく伴奏のみを流 す機器を活用し,それが流す音楽に合わせて自分の好きな(得意とする)曲を,誰もが 人前で歌い楽しめるというスタイルのレジャーが日本社会に登場したのである。それは 長い歌唱の歴史においてカラオケが最初であった。今日に至るカラオケ産業史のなかで,
カラオケ機器,カラオケ歌唱空間,歌唱スタイルの変化をさまざまな面で確認できるが
(鍛冶(2010b)第1章で考察),少なくともカラオケというレジャーが上記の特徴を維 持し続け,今日の日本レジャー産業の一角を占めていることは確かである。
今やカラオケは,生活者の日常生活で展開されるレジャー活動として完全に定着した。
そのために,今日の日本では最早,レジャーの一角としてカラオケが存在しない生活を 想定することは不可能であろう。老若男女と問わず,カラオケは日本人の代表的な文化 として,欠くことのできないレジャーにまで成長した。前川(2009b)はこうした状況 にある現代日本を「一億総カラオケ社会」と表現している4)。こうしたことから,カラ オケは日本社会に新たなレジャーを創出し普及・定着させ,それを永続化させたと言え る。
1.2 歌唱行為に対する生活者の意識変化
第2番目に,歌唱するという行為に対する生活者の意識を大きく変化させたことであ る。
先述の通り,カラオケが生活者に本格的に普及する以前,人前(公の場)で一人で歌
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唱することを誰もが気軽に行うことはできなかった。それが可能だったのは,素人・プ ロのいずれにせよ,人並み以上に歌唱力のある人だけであった。なぜなら,人前で歌唱 するのは聴衆に自身の歌声を聴かせるためだからであり,ハレ舞台に立てたのは歌唱の 上手な人に限定された。そうでない人(聴衆)は彼等の歌を聴き楽しむというのが一般 的なスタイルだった。そのことは,カラオケが登場する以前に成人した今日の中高年層 の意識からも窺える。この点について山崎(2009)は次のように指摘する。
「…カラオケ以前に大人になった世代は,人前で唄うことに対して特別な感覚をもっ ている。唄う原体験は,学校でみんなで唄った唱歌や,1人で口ずさむ流行歌だ。
人が集まった中で歌を披露するのは,『本当に上手い人』だけに許された特権だっ た。宴席で唄うことを求められたりするのも,基本的には子供の頃から歌が上手い と褒められて育った人たちだ。つまり,この頃の唄う現場とは,純粋にエンターティ ナーがいて,聴衆がそこにいるという構造だった。舞台の上の人と,客席との間に は,明らかな線引きがあった。だからこそ,この年代は唄うことに対して,晴れ舞 台という意識が高く,また人の歌に対して敬意を表し,ちゃんと聴こうとする意識 を持っている。そして,歌の上手い人に対して敏感だ。また伴奏がゴージャスだと 嬉しい。だからカラオケに,自分の歌を『カラ』ではあっても,オーケストラが支 えてくれていると感じるのだ。」5)
しかし1970年代以降,カラオケが登場し全国的に普及してくると,上記のような生 活者が抱く旧来の常識的な認識は変質する。カラオケが設置される屋内空間であれば,
人前で自分の好きな歌を堂々と歌い上げることを誰もが容認するようになった。歌唱の 上手・下手は人前で歌唱する際の条件からは基本的に除外され,誰もが思い切って恥じ ることなく歌唱できるようになった。まさにカラオケは,歌唱行為を一般化もしくは大 衆化させたと言える。この点はこれまでにも複数の研究者が言及してきたことである。
ここでは一例として,大竹(1997)と川上(2005)の指摘を列挙する。
「カラオケに出会わなければ,一生,声を出して歌う喜びを知らずに終わったかも しれない人々を,歌う側に引き込んだのである。歌う人と聴く人の境界線はとりの ぞかれ,聴き手と歌い手が随時入れ替わる環境が生み出された。これまで聴かれる 一方だった歌は,歌われるものに変わった。プロに独占されていた歌がアマチュア
にも開放されたのだった。」6)
「カラオケは,それまでプロ歌手だけの道具だったマイクを大衆のものにした。や やおおげさにいえば,受動的な音楽の楽しみ方をしていた人々に,感動の担い手,
送り手となる喜びをもたらした。カラオケの出現により,たとえ限られた空間であ れ,誰もが音楽の主体となり,自分の歌心を他人に披露できるようになったのであ る」7)
カラオケは,歌唱者が自分の歌声を他人に聞かせて歌唱力をアピールするレジャーで ある。つまり,歌唱者にとって,歌唱中は思う存分自己表現できる大事なハレ舞台とな る。そして自身の歌唱行為に陶酔し自己満足することが容認される。この点について数 家(2008)は次のように述べる。
「カラオケは歌が下手であっても自己存在が確認できるのであって,たとえそれが 主観的な意味解釈であっても,自己への励ましになっている。(省略)
カラオケはきわめて限られた時空間であるけれども,自己を開放することができ るし,自己の好みをはっきり示すことができるのである。仕事では自己の意に反し て嫌いなことをすることが少なくないが,カラオケでは自己表出と自己の嫌悪を抑 える必要がないから,この点でも快いものである。」8)
さらに烏賀陽(2009)は,1980年代以降の動向とその背景について以下のように指 摘する。
「80年代,CDがLPに取って代わったことで,再生装置の価格が劇的に下がり,
『音楽ソフトを買う』というポピュラー音楽の消費行動の大衆化が進んでいたころ,
もうひとつの重要な大衆化が進んでいた。ポピュラー音楽を演奏したり,歌ったり すること,つまり『音楽による自己表現の大衆化』である。(省略)
この背景にあったのは『モノから心へ』という消費性向の大きな転換であり,そ の過程で自己実現が商品化され,自己実現が消費行為になったという現象である。
言葉を換えると『自己表現』が『カネで買える商品』になったともいえる。ポピュ ラー音楽も,そうした『自己表現商品』のひとつとして商品化されていった。これ は『消費行為そのものが自己表現である』という80年代に盛んになった消費傾向
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と表裏一体をなしている。」9)
最近では,カラオケによる自己表現と自己満足が徹底追求された結果,「聴衆(仲間)
を必要としないカラオケ」も登場しつつある。いわゆる「一人カラオケ(ひとカラ)」
である。一人でカラオケボックスを訪れ,数時間誰に気兼ねすることなく自分の歌いた い曲を歌い尽くすというスタイルである。
以上の考察から,カラオケが登場する以前と以後では,歌唱行為に対する生活者の認 識に著しい変化が見られ,歌唱力のある一部の限られた人に限定された歌唱行為が一般 化し,今日では誰もが自己表現の有益なツールとしてカラオケを活用していることが窺 える。
1.3 歌唱における男女区分の曖昧化
第3番目に,カラオケが性別によって区分されてきた歌唱曲の男女の違いを変容させ たことである。これはカラオケによって直接的にもたらされた変化というだけでなく,
1970年代以降に登場するプロ歌手の歌唱方法の変遷とも関連している。
中村(1997)によると,1970年代までは歌声だけで男性か女性がわからないケース は少なく,男女間の音域差が強く意識されることはなかった。しかし1980年代から 1990年代にかけて,男らしさや女らしさを超越した独特の歌唱方法をするプロ歌手が 次々に登場するようになり,彼等のインパクトのある歌唱を聴いた生活者が彼等の歌い 方を真似て歌唱するようになった。もともと女性は学校教育の影響もあり高い音域を裏 声で歌うことを自然に行ってきたが,1980年代から1990年代にかけてのこうした歌手 の登場は,女性が地声で歌うことを厭わなくしたのであった。同様の傾向は演歌でも見 られ,男性が美空ひばりの曲を歌唱する等の傾向がみられるようになった。そうした傾 向を助長する上で大きな役割を果たしたのがカラオケである。カラオケではプロの歌手 を真似て歌唱することが多いことから,女性は従来男性が歌ってきた低い音域の歌を,
また男性は従来女性が歌ってきた高い音域をそれぞれ歌唱するようになった,という10)。 カラオケは音域や歌による男女差を大幅に縮小させるうえで有効に作用したのである。
また数家(2008)は,カラオケとジェンダーとの関係にもたらした影響について,
カラオケはジェンダー区分にとらわれない歌い方ができ,その人のもつ地声で歌えるの で,女言葉の枠にはめられた女性にとっては,カラオケの自由さも魅力の一つである。
そしてカラオケは,男女ともに地声で歌うようにし,男性の音域と女性の音域が重なる
部分が多い。女性が裏声で歌うというやり方や,人前で女性は地声で歌わないものと言 うジェンダー的に問題のあることはしなくなっていることから,ジェンダー的にもカラ オケのインパクトに注目したい。カラオケはジェンダー的にも男女差が少ないジェンダー・
フリーであり,ジェンダーの壁を薄くしたと述べている11)。
1.4 カラオケボックスというレジャー空間に対する社会的認識
第4番目に,カラオケボックスというそれまでの日本社会に存在しなかったレジャー 空間を創出したことで,その存在を都市や繁華街での当然の風景として生活者に受け入 れさせたこと,さらにカラオケボックスが公的空間のなかに私的空間を作り出し,その 中で私的活動を展開することを容認するという社会を生み出したことである。
鍛冶(2010b)1.3で記したように,旧来カラオケ機器はバーや居酒屋に併置され,酒 を楽しく飲む手段としてカラオケが活用された。ところが1980年代半ばに,カラオケ を楽しむことを目的としたカラオケ専用空間としてカラオケボックスが登場し,全国規 模で普及していった。現在では自宅や自動車の中などさまざまな空間でカラオケが楽し めるが,それでもカラオケボックスは,カラオケを楽しむ生活者にとって不可欠な存在 となっている。
ではカラオケボックスという空間では何を行うのか。まず言うまでもなく,そこはカ ラオケを楽しむための空間である。しかし先行研究では単なるレジャー空間としてだけ でなく生活者間のコミュニケーション空間としても重要な意味を持つことが指摘されて いる。つまり,生活者が同性・異性に関係なく交流もしくは交遊する場所として,カラ オケボックスは機能している。例えば佐藤(1992)はこの点について,「確かに表面的 にはボックスでも『みんなで歌って楽しもう』という志向において,カラオケは広義に は人格的コミュニケーション回復の手段であり,その装置である。しかし,ただ人が集 まり,ともに歌うということが問題なのではない。マシンを媒介として,あるいはマイ クロホンという非人格的なフィルターを不可欠なものとして歌われるという点に,現在 社会のコミュニケーションのありようが集約されている」12)と指摘する。野口(2005) は「カラオケは,歌うという共通の嗜好を通じて集いの文化と機会を提供し,新しい人 間関係を形成する。歌はみんなの心を楽しくさせ,人間関係を円滑にする」と指摘する。
数家(2008)は,「スナック等でカラオケを歌うことによって,感情,心遣い,感覚,
感受性を高めることによって,協働行為に必要な自己と他者の相互依存性をより緊密に することができるし,それによって協働を円滑にする互恵的な相互作用を促進できて,
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自己中心的感情の抑制による相互同感も高められる(省略)。これはカラオケがもたら す意図せざる貢献かもしれないが,カラオケを楽しむという目的的結果に伴う随伴的結 果といえよう」13)と述べる。同様の指摘が他にもなされているが,これら全てに共通す るのは,カラオケボックスは複数の生活者が狭小な空間に集合することで生活者間の人 間関係を構築もしくは促進する機能があるという点である。
こうした生活者間のコミュニケーション方法はカラオケに特有のものではなく,むし ろ時代の動向に合致するものである。吉見(2009)はウォークマンを例に1980年代以 降の若年者の動向について,「八〇年代,若者たちは,メディアを通じて最も親密な世 界を形成し始めていた。物理的な生活の場よりもメディアを通じたコミュニケーション の方が,私的世界のリアリティを支える基盤として感じられ始めていた」14)と指摘した。
カラオケを活用した生活者間のコミュニケーション手段は,1980年代以降の日本社会 におけるコミュニケーション手段の変容の一端を示すものと捉えられよう。
さて,カラオケボックスは単に生活者にカラオケのためのレジャー空間を提供しただ けではない。カラオケボックスは他のレジャー空間とは異なる特殊な空間である。第1 に,そこは防音壁に囲まれた密封空間であり個室であるということである。ボックス内 部の音響が外部に漏れることはほとんどなく,何より個室という形態を採ることから外 部空間との遮断が可能である。つまり,ボックス内部に入ってしまえば,そこは私的に 利用できる自由空間なのである。カラオケボックスは公的空間のなかに私的空間を生み 出す装置としても機能し,またそういう存在であることを生活者に認識させたのであっ た。
第2に,カラオケボックスは生活者に音楽や音楽情報を提供するマスメディアとして も機能することである。つまりカラオケは,テレビ・ラジオ・インターネットと同様
(場合によってはそれら以上に),不特定多数の生活者に最新曲を中心とするあらゆる音 楽を提供するサービス商品であると言える。この点に関して烏賀陽(2009)は,「日本 人にとっては最大級の巨大な音楽マスメディア」で,「カラオケボックスはもっとも身 近なポピュラー音楽流通のための店舗であり,その店舗そのものがJ-POPを消費者に 届けるマスメディア」であるため「マスメディア化したカラオケは,CDの売上げチャー トに影響を及ぼすようになっていった」と述べる15)。
さて,カラオケボックスが個室という形態を採り得た背景は何か。ここでは技術要因 と空間要因から見ておきたい。第1に,技術要因としてカラオケ機器のオートチェンジャー 機能が普及し,楽曲選択の機械化と無人化を実現したことを挙げられる(鍛冶(2010b)
1.2で言及)。第2に,空間要因としてカラオケが日本社会に本格的に普及する1980年代 以降,各地での都市開発の進行に伴い屋外の遊戯空間が減少し,若年者の塾や習い事へ の参加などによって野外での遊戯時間が減少したことなどが影響し,彼等が野外でレジャー 活動を行うための自由空間および自由時間が減少するようになったことである16)。カラ オケボックスは普段レジャーから縁遠い生活を強いられつつあった若年者が,商品とし てカラオケというサービスを購入しレジャーとして楽しめる空間として受け入れたので あった。
第3に,第2の状況とも関連するが,1980年代以降の若年者に圧倒的多数が自宅に 自分の部屋(個室)を持つようになり,個室という限定された狭い空間でレジャーを行 う(室内で遊ぶ)ことに抵抗を感じなくなっていたことである。カラオケボックスとい う極めて気密性の高い空間でひたすら歌唱することは,一見すると健康上良いことでは ない。しかし,それでもそうしたスタイルが確立されているのは,テレビ・ラジオの視 聴やテレビゲームの実践を通してカラオケボックスの登場以前に既に生活者が自身の個 室でレジャーを楽しむという生活スタイルが定着し,それを当然のこととして受け入れ てきたからである。
1.5 日本の音楽や音楽産業への影響
第5番目に,カラオケの登場が日本の音楽や音楽産業に多大な影響を与え,それのあ り方を大きく変えてしまったことである。カラオケは今や,日本の音楽産業を支える重 要な構成要素のひとつとして日本社会に定着しているが,カラオケがもたらす社会変容 力は日本の音楽産業界全般にも作用し,さまざまな影響を及ぼすことになった。以下で は音楽制作者への影響,歌唱者への影響,労働形態への影響の三点から見ておきたい。
第1に,音楽制作者への影響として,カラオケの普及が音楽制作サイドの意識を変化 させたことである。旧来,音楽制作に当たっては,耳で聴いて楽しく,感動し,心に残 る楽曲作りが目指された。しかしカラオケが普及する過程で,それだけでなくカラオケ で楽しく歌える楽曲作りも音楽制作の重要な要素となり,特に1990年代には後者の立 場での楽曲制作が主流となっていった。このような音楽としての芸術性の追求以上に,
カラオケ歌唱者の歌いやすさに力点を置いて成功したのが音楽プロデューサーの小室哲 哉である(詳しくは本稿2.8で考察)。こうした音楽制作について,中村(1997)は次の ように指摘し1990年代中頃の音楽制作の傾向を記した。
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「今日の音楽ビジネスは,まさにカラオケを中心として動いています。流行歌はカ ラオケで歌われることを前提に,歌いやすいようにつくられています。カラオケと いうビジネスがあるということを前提にして,個々の作品は片っ端から消費されて いくように仕掛けられているのです」17)
中村は作曲家の立場からこうした傾向に批判的であり18),同様の見方は他にも幾つか存 在する(詳しくは本稿1.2に既述)。ただ1990年代末から今日に至るまでは,歌いやすさ に重点を置く音楽制作への反省が見られるようになり,改めて音楽の質や芸術性の向上 が追求されるようになった。その結果,個性的な音楽を制作でき歌唱できる歌手(例:
宇多田ヒカル,椎名林檎,平井堅,大塚愛など)への注目が高まるようになった。
一方で,カラオケを意識した楽曲制作の傾向を肯定する意見も聞かれる。例えば,蓑 島(1994)は次のように述べる。
「大衆音楽が大衆向けに歌いやすく作られていて悪いのだろうか。世界的にも歴史 的にも大衆のヒット曲は,口ずさみやすくノリやすいのが基本。むしろ,そういっ た制約内で音楽的表現を競ってきたものではなかろうか。アルバム重視も結構,高 度な音楽表現も結構,だけど一般大衆に歌い愛される曲を作ることも大切だと思う のだが…。」19)
第2に,歌唱者への影響として,カラオケが一般化・大衆化することにより,楽曲自 体と歌手との結びつきを弱体化させたことである。この点について,小川(1998)の 分析を要約すると以下のようになる。カラオケは単なる宴会芸のひとつという位置付け から自立するようになった。それによってもたらされた影響のひとつが,歌手と楽曲と の結びつきを希薄化したことである。日本のレコード産業は1960年代までは,レコー ド会社専属の作詞家・作曲家が中心に機能したため歌手と楽曲の結びつきが強かったが,
1970年代以降にカラオケが普及し楽曲が何千・何万の生活者に歌われることで,楽曲 をオリジナルの歌手から引き離していった。特に歌唱自体を目的とするカラオケボック スの普及は,この傾向をより顕著にした。カラオケが登場する以前は,ポピュラー音楽 を巡りプロの歌手とアマチュアリスナーが向き合っていたが,登場以後,アマチュアリ スナーは単なるリスナーではなくカラオケユーザーになった。そしてカラオケは,仕事 として歌唱するプロの歌手と,遊びとして歌唱するアマチュアの歌手との境界線を曖昧
にし,灰色層を産み出したという20)。
第3に,労働形態への影響として,音楽産業関連の勤労者の多様化をもたらしたこと である。つまり,カラオケ産業に軸を置いて活動する勤労者を誕生させたことである。
例えば,カラオケというサービス商品を提供する立場から見ると,カラオケ機器の製造 販売業者や歌唱空間としてのカラオケボックスの登場が新たな雇用創出を可能にした。
またカラオケ用音楽の制作に携わる人材(プログラマー)がいなければカラオケをいう レジャー自体が成立しないため,彼等もカラオケ産業が生み出した勤労者の一形態であ る。一方,カラオケを消費する立場から見ると,カラオケの普及に伴い素人でも上手に 歌唱できるようにするための指導を行う「カラオケ講師」と呼ばれる先生(職業)も出 現した。これらについて,山崎(2009)は次のように指摘する。
「カラオケが大衆の趣味として浸透したことで,本業で苦労している音楽家や歌手 たちが音楽を捨てずに生きることもできるようになっている点もカラオケの影響と して見逃せない効果だろう。中央への復帰(または進出)を夢見ている音楽家たち もいれば,中には,地元の音楽振興へ貢献することを使命と考え,そこで骨を埋め るつもりで努力している先生も多い。」21)
1.6 著作権に対する生活者の意識変化
第6番目に,カラオケの普及が著作権の重要性を生活者に意識させる契機のひとつに なったことである。日本の著作権制度は1869年の出版条例の制定に始まるが22),日本社 会では長らくそれの重要性が生活者全般にそれほど浸透してこなかった。しかし,カラ オケが登場し生活者の多くがカラオケを利用して楽しむようになるにつれて,著作権に 対する生活者の意識が変化するようになった。それは,生活者がカラオケを楽しむ際に 支払うカラオケ利用料の中に著作権の使用料が含まれているからである。福井(2008) によると「カラオケは通常レコード会社などが所有する原版を使用せず,新たにカラオ ケ用に制作された音源を使用するので,作詞家・作曲家に支払われる著作権使用料のみ が発生」する。「これらはカラオケ業者から社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC) などの著作権等管理事業者を通じて,音楽出版社に分配され,さらに作詞家・作曲家に 配分」されるという23)。こうして生活者はカラオケを通して著作権を身近なものとして 認識するひとつの契機を得ることになった24)。しかし著作権をめぐってはマイナスの影 響として「著作権料の未払い問題」が露呈することになる(この点については本稿2.9
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で後述)。
2.カラオケがもたらす負の影響
第1章ではカラオケが日本社会にもたらした具体的影響について6項目を列挙した。
さて,どのような商品にも二面性(プラス面とマイナス面)がある。商品のマイナス面 を商品史研究では「負性」と呼び,それの研究の重要性が訴えられてきた25)。
1970年代から1980年代にかけ,カラオケが旧来内包していた代表的な負の側面と言 えば,カラオケというレジャー活動そのものに対する生活者への社会的イメージが芳し くなかったことである。その背景には,当初カラオケが所謂「夜の世界」(ナイト市 場26))で利用され,バーやスナック等の一般の生活者が容易には近づき難い場所を盛り 上げる装置と見なされていたことが影響した。そのため高級なイメージが重要とされる ホテルや結婚式場などへの導入は憚られた27)。しかし1980年代以降,カラオケが一般的 なレジャーとして定着するようになり,テレビCMが多数放映されるうちに,こうした マイナスイメージはほとんど改善された。とはいえ,これらによってその後カラオケが 抱えるマイナス面が完全に払拭されたわけではない28)。本章では第1章に引続き,カラ オケがもたらした影響を明らかにするが,ここでは特にマイナスの側面に注目して考察 する。以下では,カラオケ機器がもたらす負性(2.1・2.2),カラオケ歌唱者にもたら される負性(2.3~2.6),カラオケ空間がもたらす負性(2.7),日本の音楽業界にもたら す負性(2.8・2.9)について取り上げる。
2.1 通信カラオケ登場以降の曲数の増加
第1番目に,通信カラオケの登場以降に急増した楽曲の選択幅の拡大が,逆にカラオ ケ利用者の楽曲選択を困難にしてしまっていることである。
鍛冶(2010b)1.2でも言及したが,通信カラオケの最大の特徴はカラオケで歌唱した い楽曲の選択幅が飛躍的に拡大したこと,そして発売されたばかりの新曲をカラオケで 歌唱できるまでの時間が大きく短縮されたこと,これらを挙げられる。しかし,こうし た通信カラオケの特徴が,一方でカラオケの負性の一端を露呈することになった。山内
(1998)によると,1990年代半ば以降には各カラオケ機器メーカーとも,どんな機種で あっても10,000曲以上の曲数を揃えているため,目次本も電話帳並みの厚さになってし まい,特に中高年層の楽曲選択を困難にし,また若年層でもアーティストの新曲が次々
発表され,新譜発売の間隔も短くなる傾向があるため,その流れについていけなくなる 場合が見られ,「選曲難民」が増加しつつある,と指摘した29)。
2.2 騒音問題
第2番目に,カラオケの普及が全国規模での騒音問題をもたらしたことである。
カラオケはスピーカーから流れる大音量の音楽に合わせて,音声を拡大させるマイク に向けて歌唱するレジャーである。カラオケに直接参加する生活者にとって,大音量は カラオケ歌唱空間を盛り上げる最高の手段になる。しかしカラオケに参加しない第三者 にとって,その大音量は単なる騒音に過ぎない。カラオケによる騒音は周辺地域に住む 生活者の日常生活を著しく侵害し健康な生活を阻害する。こうした騒音問題はカラオケ に限らず,音楽関連のレジャー活動(例:自宅での音楽鑑賞,コンサート,携帯オーディ オ機器の利用)が抱える普遍的な負性である。
カラオケがもたらす騒音問題は,カラオケ機器が登場した1970年代から見られる。
しかしこの問題が本格化したのは,カラオケ機器を設置した店舗が都市部から郊外へ進 出し,閑静な住宅密集地にカラオケ機器を設置した店舗を構えるようになってからであ る。1980年代に地方自治体に寄せられた公害苦情のうち,大都市圏の中心部ほどに騒 音に関するものが多く,騒音の発生源としてカラオケなど商店や飲食店に関連した苦情 が工場などの製造事業所による騒音を上回っている30)。
住民の騒音被害に対し,行政レベルでの対策を最初に講じたのが大阪府である。
1979年,大阪府八尾市で全国初の「カラオケ騒音防止条例」が制定された。これはカ ラオケ店営業による騒音被害を改善するために,営業区域,営業時間,音量等に関して 明確な基準を設定したものである。さらに1980年,環境庁は「カラオケ規制モデル条 例」を発表し,国レベルでの基準を設定する。これらを受け,カラオケによる騒音被害 に対する行政による対策が全国的に図られていくこととなった。1987年1月には,警 察の警告を無視して深夜営業が禁止されている住居地域でスナックを無届けで営業し,
カラオケによる周辺住民への騒音問題を引き起こしたとして,スナックの経営者が逮捕 される事態になった。これは全国で初めてカラオケによる騒音問題で逮捕者を出した事 例となった31)。
カラオケによる騒音問題が大規模に表面化した最近の事例として,2003年12月に起 きた大阪府の天王寺公園での「青空カラオケ」の強制撤去を巡る騒動がある。大阪府の 天王寺公園の一角には,20年以上前から歩行者道路沿いに連なる十数店の屋台(通称
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「青空カラオケ」)が存在した。毎朝午前9時に開店し,酒類の提供も行いながら,発電 機の音すらかき消すほどの大音量で営業を続け,野外でカラオケを楽しむ中高年男女
(特に日雇い労働者)の姿がしばしば目撃された。こうした出店は無許可営業であり厳 密には不法占拠である。実際,度々カラオケの騒音に対する周辺住民からの苦情が寄せ られてはいたが,大阪市は20年近くそれを黙認してきた。青空カラオケはある意味で
「大阪の名物」ともなっていた。しかし,2003年10月に大阪市は都市公園法に基づいて 自主撤去を勧告,11月には屋台の強制撤去の方針を表明した。これに対し屋台側や利 用客は猛抗議し,なかには強制撤去区域外に移動させて営業を続行しようとした屋台も あったが,これらも含めて12月15日に青空カラオケは強制代執行法に基づき全て強制 撤去された32)。
2.3 カラオケを巡るマナーの問題(聞き手の視点)
第3番目に,カラオケを巡る聞き手側のマナーに関する問題である。本稿1.2の内容 とも関連するが,カラオケは歌い手と聴き手との役割関係を曖昧にし,両者が自己中心 的に行動しているにもかかわらず,それを容認する環境を確立した。
カラオケに限らず,仲間が主役となってステージで歌唱する場合,本来であれば聞き 手は彼の歌唱をしっかり聴くことが求められるはずである。これは聞き手に求められる 果たすべき役割とも言える。そしてその役割を遂行することでカラオケは益々楽しくな り,その場の雰囲気を盛り上げることにもなる。しかしカラオケの場合,必ずしもそう ではない。聞き手は歌唱者の歌に一切耳を傾けず,曲目リストやリモコンに目を向け,
ひたすら自分の歌いたい歌を選択し続けている。また,聞き手同士が雑談に夢中になり,
更には携帯電話のメールをチェックしている,といった場合まで見られる。特にカラオ ケに参加するメンバーが増加すると,一人当たりの歌唱曲数が減少する一方,次の歌唱 までの待機時間が増加することにもなるため,この傾向はますます顕在化する。
この傾向は若年層に限ったことではない。高齢者がカラオケを楽しむ場合にも同様に 見られる現象である。『読売新聞』(2001年12月4日号)に,そのことを観察した一般 読者(当時83歳)からの投書が掲載されている。以下にそれを引用する。
「地域の高齢者施設でカラオケを楽しんでいるが,仲間が増えてくると大変だ。一 時間以上も待たないと自分の順番が回ってこない。待ち時間中,仲間の歌を聞いて いなければならない。なかなか辛抱のいることだ。
つい隣とおしゃべりを始めてしまう。おしゃべりの最中に舞台の歌が終わる。雑 談中だが,手は空いているので慌てて拍手を送る。
歌を聞きもしないで拍手するのは失礼この上ないが,これは,後で自分の順番が 回ってきたとき,私にも拍手を頼むよという催促だ。いい年をして,礼儀も作法も ない。
やれやれ,順番が回ってきた。緊張するものだ。家を出る時,発生練習をしたり,
ひげをそったり,派手なセーターを着たりして,舞台映えするように構えてきた。
それなのに,歌い手ばかりで聞き手なしだ。
拍手がないと舞台から下りられない。『拍手をお願いします』」33)
上記が単に高齢者がカラオケを楽しむ場合のみの現象ではないことは明らかである。若 年者のグループでカラオケをする場合,歌い終わった歌唱者に拍手さえしないこともあ る。
カラオケは一見すると複数の生活者がグループで入店し楽しむ集団的(団体的)レジャー であるが,実は意外に個人的レジャーとしての側面が強い。上記の引用文はそのことの 一端を証明している。つまり,カラオケ歌唱空間にいる仲間集団は,皆で一体となって カラオケを楽しむというより,現在では歌唱者はマイクを独占して自分の世界観に浸っ て楽しむ。一方聴き手は,本当の意味での聴き手ではなくなり,自分の順番が来るのを 待つ待機者に変わり果てている。カラオケボックスの登場以降は特にこの傾向が加速し,
マイクを持つ者だけがカラオケを真に楽しめるという状況をもたらしたといえる。こう した状況に対してZhouandFrancesca(2008)は「皮肉なことに,人前でこれ見よが しの態度をとれることこそ,カラオケの大きな魅力である。礼儀正しさが何よりも重視 され,慎ましさが美徳と見なされる文化において,カラオケは人間のエゴを加速する機 会を提供するのである。誰しもが自惚れというものを備えているなら,おそらく折に触 れてそれを披瀝したいという欲望もまたある」34)と分析し,カラオケ参加者を巡るこう した一連の状況を日本文化の一側面として捉えている。
2.4 カラオケを巡るマナーの問題(歌唱者の視点)
第4番目に,カラオケを巡る歌い手(歌唱者)側のマナーに関する問題である。以下,
三点について見ておきたい。
第1に,カラオケに参加すれば歌唱することを強制されるということである。本来,
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遊戯活動は強制させてしまった時点で,もはや自由な遊戯活動とは言えない。またレジャー に参加することが仲間集団の一員であることの証拠にひとつとみなされている側面もあ る。カラオケについても同様である。つまり人前で歌唱したくない(歌唱する勇気がな い)のに歌唱しなければならない場合,誰もが知っている曲(例:最新ヒット曲,往年 のヒット曲)を知らない場合,自信を持って歌える曲がない場合等に,歌唱を回避する 手段ばかりに注意が向いてしまい,カラオケを心から楽しむことなど不可能である。に もかかわらず付き合いから歌唱を強制される場合もあり,カラオケに積極的に参加しな い生活者にとってカラオケは苦痛以外の何ものでもない。
第2に,歌唱する場合でもただ自分の好きな曲選んで歌えば良いというわけでもない。
カラオケ歌唱空間のその場の雰囲気に合わせて選曲する必要がある場合もある。いわゆ る「空気を読む」ということがカラオケの選曲にも求められるのである。参加者が J-POPで盛り上がっている時にアニメの主題歌や演歌を選択することは好ましい行為 ではない。歌唱者には,皆と違う曲を歌い自身の個性を発揮し皆にアピールしたいとい う気持ちがある一方で,カラオケ空間全体の雰囲気を考慮に入れながら選曲することが 求められる。
第3に,歌唱者が極端な音痴であることは許されない。プロ並みの歌唱力が求められ るわけではないが,素人の誰が聴いても音程が大幅にずれていることに気付くような歌 唱を行うことは,その場の雰囲気を阻害しかねない。したがって歌唱者にはある程度の 歌唱力が求められる。このことは特にカラオケ機器に採点機能が付随されるようになっ て加速的に意識されるようになったのではないだろうか。したがって歌唱力に自信がな い者にとってカラオケは決して楽しいレジャーではない。
カラオケはレジャーであり,制限のない自由な活動であって良いはずである。ならば,
なぜ上記第2・第3のような暗黙のルールが必要なのだろうか。率直に言うとこれらを 守らなくてもカラオケを楽しむことは十分可能でもある。それでも現在のカラオケでは これらは暗黙のうちに了解されている。それはおそらく,カラオケが歌うレジャーであ るだけでなく,聴くレジャーでもあるからだろう。皆の前で自分の歌唱力をアピールし て楽しむだけでなく,仲間が歌う楽曲を聴いて楽しむこともカラオケの重要な側面であ る。後者の場合,音楽を聴いて楽しんでいるのに突然ジャンルの異なる音楽を歌われ,
さらに音程が不安定な歌唱を聴かされては,聴く行為を楽しむことができない。しかし,
カラオケでの歌唱に自信がない者にとって,これらのルールを守りながらカラオケをす ることは,最早苦痛でしかない。筆者が本稿1.2で「歌唱力の上手・下手は人前で歌唱
する際の条件からは基本的に除外され…」と,敢えて「基本的に」と付記したのは,こ こで述べたような事情があるからである。
2.5 歌唱者への身体的な健康被害
第5番目に,歌唱者に健康被害をもたらす点である。
カラオケに限らず,レジャー活動は身体運動を兼ねる場合が多く,生活者の健康増進 にとって無視できない。昨今の健康ブームも相俟って,レジャー活動に参加することの 重要性を認識するようになった生活者は多い。カラオケも同様である。単に歌唱するこ とを楽しむだけでなく,それを健康の維持・増進に繋げるための研究も見られる35)。
しかし,健康を意識するか否かに関わらず,過度にカラオケに熱中することは,歌唱 者の身体にかえって健康被害をもたらすことにもなる。例えば,長時間歌唱し続けると 声帯にダメージを与え,声が枯れ,酷い場合は発声すらできなくなることもある。まし てや過度の飲酒をしながらカラオケをする場合には,声帯の炎症を促進し症状を悪化さ せる可能性がある36)。またカラオケ空間は防音壁に囲まれた密閉空間であり,大音量の 音楽がその場にいる生活者の耳に直接入ってくることになる。そのため難聴になること もあり得る。さらにこのような密閉空間で喫煙すれば,煙が外部に排気されず空間内に そのまま停滞する。その結果,その場に居合せる誰もが受動喫煙することになる。
2.6 子供の健康面への影響
第6番目に,両親が同伴する子供への影響についてである。
カラオケボックスの普及は,女性のカラオケへの参加を促進した。特に主婦層は子供 が学校に通っている間に,主婦仲間を連れてカラオケを楽しむことが多くなった37)。そ れ自体はカラオケの更なる大衆化を促進する上では歓迎すべきことである。
しかし,こうした傾向と並行して,両親(特に母親)が幼い子供同伴でカラオケボッ クスに足を運ぶことが多くなった。それも昼間ではなく夜間(深夜の場合もある)にこ ういう光景が見られるようになりつつある。子供にとって本来なら睡眠時間であるはず の夜間に親がカラオケに連れ出すという行為は,子供の健康を損なう可能性が高まる。
夜遅くまで親が子供を連れ回す行為は,近年ではカラオケだけに限らずコンビニエンス ストアや居酒屋でも目撃されるようになっている。その背景には,家族で気軽に入店で き深夜遅くまで営業する店舗が増加しつつあることが挙げられる。その結果,子供の規 則正しい生活が阻害され,睡眠不足による朝寝坊,慢性的な体調不良,発育障害,集中
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力の欠如など健康面や精神面へのマイナスの影響が懸念される38)。
2.7 カラオケ歌唱空間がもたらす問題
第7番目に,カラオケ歌唱空間がもたらす負の影響についてである。
バー・スナック・カラオケ喫茶などの店舗,もしくはカラオケボックスでは,複数の 人間がその場に居合わせることになるため,特に飲酒している場合にお互いの歌唱力の 優劣で揉めたり,歌唱用マイクを取り合ったりして客同士が喧嘩を始めることもある。
最悪の場合,暴行・殺人事件にまで発展してしまう事例もある。特にカラオケボックス の場合,これに加えて個室(密室)という特徴を有するため,かつては麻薬取引や売春 斡旋のための場所として利用された事もあった。
1980年代後半から1990年代前半にかけてカラオケボックスが全国に普及するなか,
少年によるカラオケボックスでの非行問題が顕在化した。カラオケボックスでは未成年 が飲酒・喫煙・麻薬吸引および麻薬取引を行う事例が確認されるようになった。時に未 成年による過度な飲酒が引き金となり,彼等が死亡するケースすら見られた。これに対 しカラオケ業界は1991年に「日本カラオケスタジオ協会」を発足させ,カラオケボッ クスの健全化に力を注いできた。カラオケボックス入場時の身分確認,深夜時間帯の未 成年の立ち入り禁止,カラオケボックス各部屋への監視(例:各ボックスの扉にガラス を設置,各部屋や廊下に防犯カメラを設置,従業員による見回りなどの監視強化)等が 徹底され,またカラオケ業界自体も社会貢献活動を展開するなど,業界の健全化に努力 した。その結果,今日ではカラオケボックスへの信頼性は相当回復している。しかしこ の問題は,現在も残された課題であり,2003年には中高生18,000人がカラオケボックス で補導されている39)。
さらにカラオケ歌唱空間は全体的に狭小で,かつ大音量の音楽が常に流れている場合 が多いことから,災害などの緊急時に対応が遅れがちになる。その結果,特に火災によ る死傷者を増加させる事態も起こっている。2007年1月,兵庫県宝塚市のカラオケボッ クスで一階の調理場から出火し8人が死傷する事故が発生した。このカラオケボックス には避難器具がない等の消防法違反や建築基準法違反が多数見つかっている。これを受 けて国土交通省が行った実態調査によると,2008年3月末時点で,全国のカラオケボッ クス6,414店舗のうち,非常用照明装置や排煙設備が設置されていない等,建築基準法 違反の店舗が1,375店舗(全店舗数の21%)に達することが明らかになっている40)。
2.8 歌唱の容易化に伴う楽曲の質的低下
第8番目に,本稿でこれまでも強調してきたように,カラオケが生活者による音楽へ の接近と歌唱方法を容易化したが,それと同時に個々の楽曲の質的低下をもたらしたこ とである。以下では具体的に二点から考察したい。
第1に,カラオケが楽曲を固定化させたことである。カラオケでは自分勝手に詞を作 り変えたり,曲調をアレンジしたりして歌唱することは認められない。誰もがカラオケ 機器の設定する音程やリズムを固守し,画面に表示された歌詞通りに歌唱しなければな らない。したがってカラオケは,誰もが同じ歌詞を同じメロディーやアレンジに合わせ て歌唱することになる。音符一音一音にピッタリと音程を合わせるかのように歌唱する ことを強要するため,歌唱者自身のオリジナリティーを発揮させにくいのである。この 傾向は,カラオケ機器に採点機能が付随されたことで益々促進された。なぜなら,歌詞 を間違えたりカラオケ機器が設定する主旋律のメロディーから外れてしまうと,高得点 を出すことができないからである。こういった点について大竹(1997)は次のように 指摘する。
「かつて歌は永遠に切れ目なくつづくものだった。歌い方も人によって変わり,歌 詞も即興的に作り変えられた。しかし,楽譜ができたことで曲と詩が固定され,レ コードやラジオが登場して曲の長さも三分前後に区切られた。カラオケは固定化を さらに押し進めて,節回し,間合い,テンポなど,歌い手が自由に変化させられる 部分をなくした。民謡の場合,歌い手ごとに三絃の弾き方やテンポがちがうので,
他人の伴奏ではまったく歌えないという。カラオケは歌う人の数だけあった曲の表 情を一つだけ抜き出して固定した。これは歌うということの意味を変えるほどの変 化だったと言えるだろう。」41)
つまり大竹によると,音楽の固定化はカラオケが登場する以前から見られつつある現象 だったが,それを決定的にするうえでカラオケの果たした役割は大きいと言う。
第2に,カラオケで歌いやすいような楽曲が作詞・作曲されるようになり,ヒット曲 となる傾向が見られるようになったことである。このことは,誰もが歌いやすく楽しめ る楽曲が提供されるようになったことを意味する反面,楽曲提供の際に音楽としての質 を追求されなくなったことも意味する。つまり,歌唱者にとっての歌いやすさが追求さ れるあまり,楽曲提供者が制作したい音楽が作り出しにくい状況になったと言える。さ
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らに,ヒット曲も短命化し,次々にヒット曲が出現するものの,コアなファンを除いて はそのほとんどが生活者の記憶に残らないという事態を招いている。その結果1990年 代以降,あらゆる世代が聴き,誰もが好み,誰もが歌え,誰もが納得するヒット曲が大 幅に減少した。この点について吉崎(2005)は次のように述べる。
「80年代の流行歌というものは,たとえ断片的であっても,どれもが『ああ,あ の歌か』という記憶が残っているものである。それが90年代以降になると,どん なにヒットした曲でも,まるで聞いたことのない歌が混ざってくる。これは筆者の ような中年男に限られた経験ではあるまい。時代が最近に近づくにつれて,歌とい うコンテンツがごく狭いターゲットだけで消費されるようになり,すべての世代が 共通して覚えている『歌謡曲』は非常に少なくなってしまうのだ。おそらく2000 年以降で限定すると,世代を超えて支持された曲といえば,中島みゆきの『地上の 星』,それに『マツケンサンバ2』くらいのものであろう。」42)
そうした現象の背景のひとつにカラオケの普及を挙げられる。1990年代には,ヒッ ト曲を生み出す条件として,多くの若年層にカラオケで歌唱してもらい,実際に歌って みて上手く聞こえることが重要な意味を持つようになった。この点を指摘する識者は多 い。例えば川上(2005a)は,「確かにカラオケの出現以降,初めからカラオケで歌わ れることを狙って,誰でも歌えるようにつくられた単純な曲や,リズムばかりがエキサ イティングでメロディーやコード進行が凡庸な曲も多くなった。そのことが日本の流行 歌をつまらないものにしたという見方をする人はいる」43)と述べる。
それを積極的に押し進めた一人が,音楽プロデューサーの小室哲哉と言われる。彼は 1990年代にTRF・globe・安室奈美恵・華原朋美などを輩出し,日本のJ-POP界を席 巻した。小室は消費者であるCD購入者やカラオケ歌唱者の反応を注視しつつ,最新の 音楽制作機器を活用して,親しみやすい旋律にシンセサイザーを軸とした華やかな音作 りを心がけ,併せてダンスビートも導入することで,幅広い若年層を取り込んでいった。
その手法は明確なマーケティング戦略のもとで展開されたものであり,まさにカラオケ で歌って躍れる音楽を追求したものだった44)。しかし小室に代表されるこうした楽曲の 大量生産と大量消費は,楽曲の均質化と画一化を進め,音楽が持つ芸術性を大きく犠牲 にした。したがって一時のブームとして注目はされても幅広い生活者に長く記憶される ような楽曲にはなり得なかった。
1990年代,CDアルバムの販売が低迷するなかでCDシングルの販売が伸び,大量 のミリオンセラー曲が登場し(1995年・1996年には年間20曲以上),CDシングルにカ ラオケバージョンが収録され,CDランキングとカラオケ人気ランキングがほぼ連動す るようになった。その背景には,カラオケボックスの登場でカラオケが全国に急速普及 して若年層の支持を得たこと,CDシングルの価格が比較的安価なこと,携帯用CDプ レーヤーが普及したこともさることながら,カラオケで歌いたいためにCDシングルを 購入し,シングルのカラオケバージョンを使って練習するという,カラオケを巡る若年 層の消費行動がみられたことが大きく影響していた45)。しかがって1990年代半ば以降,
カラオケ市場が停滞・衰退するなかで2000年代にはヒット曲が大幅に減少している。
実際,2002年・2004年・2005年のミリオンセラー曲は一曲しかない状況である46)。
2.9 著作権使用料の未払い問題
第9番目に,カラオケを巡る著作権に関する問題が発生することである。特にカラオ ケの場合,支払われるべき著作権料が未払いのまま放置されるケースが見られる。この 問題は,カラオケが普及し始めた頃から見られる古くて新しい課題であり,度重なる裁 判を通して解決が図られつつある47)。
福井(2008)によると,カラオケは通常レコード会社が所有する原盤を使用せず,
新たにカラオケ用に制作された音源を使用する。したがってカラオケソフトの制作事業 者やカラオケ利用店がそれをカラオケ店で使用する場合には,作詞家や作曲家等に支払 われる著作権使用料のみが発生することになる。徴収された著作権使用料は,カラオケ 業者から社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)などの著作権等管理事業者を通じ て音楽出版社に分配され,さらに作詞家・作曲家等に分配されるという48)。
カラオケが登場した当初,カラオケの使用が著作権という法的問題に接触するために 著作権料を支払わなければならないという認識を持ったカラオケ店は非常に少なく,無 断で楽曲を利用し支払うべき著作権使用料を未払いにするケースが多数見られた。そこ でこの著作権料未払い問題を解決するために設立されたのが,先述のJASRACである。
JASRACは1987年4月から著作権使用料の徴収を開始した。またJASRACでは,文 書による通告や職員による説明を繰り返しても著作権使用料の支払いに応じないカラオ ケ店には,JASRACの調査班が未払いの店舗へ客を装って繰り返し入店(潜入)して 実態調査を行い,訴訟に向けた資料収集を行うこともある。いずれにせよこうした JASRACの地道な活動は,「著作権意識の薄かったカラオケ業界に著作権保護の大切
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さを訴え,著作権問題への取み組みを広めるうえで一定の役割を果たした」49)という。
JASRACの活動の他に,カラオケに対する著作権意識を高める要因となったのが裁 判である。著作権使用料の未払い問題を巡るさまざまな裁判が起こされ,その結果,カ ラオケ使用に伴う著作権使用料の未払いを違法とする判例が数多く出されるようになっ たことである。例えば,1984年7月に起こった「クラブキャッツアイ」事件は,1988 年に3月に最高裁判所で判決が出され,カラオケを利用することが著作権の対象になり,
事業者や店舗側が著作権料を支払う必要があることを初めて法的に明確にした。1994 年に起こった「スナック魅留来」事件は1997年2月に大阪高等裁判所で判決が出され,
カラオケ店が著作権者の使用承諾なしにカラオケ機器を設置し使用している場合,カラ オケ機器のリース業者にも注意義務があるとの判決を出した。2000年3月に起こった
「ビデオメイツ」事件は2001年3月に最高裁判所で判決が出され,スナック魅留来事件 での判決内容をさらに踏み込み,カラオケ店が著作権者の使用承諾を取っていないこと を知りながら適切な対応(例:告知・確認)を怠った場合,リース業者にも共同不当行 為責任を問われる可能性があることを明確にした。2002年の「ヒットワン」事件は 2003年2月に大阪高等裁判所で判決が出され,著作権者の著作権使用承諾なしにカラ オケ機器を使用することは著作権法違反であり,その場合,著作権者はカラオケ機器の 使用差し止めと著作権使用料相当額の損害賠償請求ができるというもので,リース業者 の楽曲配信の差し止めと損害賠償責任を認めた50)。
野口(2005)によると,こうした「著作権教育の普及啓蒙活動や立件化を含む法的 環境整備によって,カラオケ業界の著作権保護の意識は高まり,カラオケ事業者もカラ オケユーザーもともに,権利処理のルールを守ってカラオケを楽しもうという姿勢に変 わっていった。その結果,悪質なカラオケ店やカラオケ教室は激減した」51)という。
また数家(2008)によると,最近では著作権料の未払いを巡ってJASRACによる裁 判所民事調停への申し立てが増加しているなか,スナック等の経営者が経営不振のため にカラオケ利用料を長期にわたって滞納している場合が多い。それでもカラオケ機器を 撤去する経営者はおらず,彼等は長期分割返済に応じているという。なぜなら,カラオ ケ機器の利用料が高額であっても,スナック等の経営にカラオケが必需品であるからで あり,カラオケ機器なくして経営が成立しないからである。つまり「経営に余裕がある からカラオケを置いているのではなくて,カラオケを設置せずして顧客を誘引できない ような経営状況になっている」ため,JASRACが調停を申し立てても店舗側が滞納し ていたカラオケ利用料を早期に支払う意思を示すため,初回の調停までに取り下げられ
るケースも少なくないという52)。
以上本章では,カラオケが抱える負性について9項目を具体的に列挙し,その内容を 考察した。カラオケは日本人の一般的レジャーとして定着した反面,上記のような多方 面での負性が露呈し社会的批判を受けている。しかし逆に捉えるなら,カラオケは著書・
雑誌・新聞記事を通して社会的批判がなされるほどに,日本社会で注目された影響力の 強い商品であるということである。また生活者はこれら負性を抱え社会的批判に晒され るカラオケの利用を現在もなお停止していない(厳密には「停止できない」と言える)。
つまり,カラオケはその使用に際して社会的規制(批判)を受けるにもかかわらず,生 活者はカラオケの使用を停止しそれの代替もしくは補完する商品の使用に変更すること ができず,カラオケを利用し続けざるを得ない状況になっている。そのことからも,現 状のレジャー活動を維持するうえで,カラオケが必需化したサービス商品となってしまっ ていることを窺える。こうした傾向は,ランドマーク商品53)であるテレビ・ウォーク マン・携帯電話・自動車などに共通して見られる特徴である54)。
3.複合的作用による社会変容の可能性
第1章・第2章ではカラオケが日本社会にもたらした影響を負性も含めて明らかにし た。しかし,実際にもたらされた社会変容が果してカラオケだけの影響力に依るものだっ たのかについては今後一考を要する。実際にはどのような商品であれ,経済・社会・文 化の劇的変容が単一の商品にのみによってもたらされると考えるには無理がある。商品 史では社会変容の実態を1つの商品に注目して解明することを目的とするが,現実の社 会変化が1つの商品だけによって誘引されることは多くないように考えられる55)。
本章ではここまで列挙したカラオケによる日本社会への影響が他のランドマーク商品 の及ぼす影響によって複合的にもたらされた可能性について暫定的考察を試みる。以下 では「著作権問題の一般化」「ウォークマンとの関連」「私有空間の形成」の三項目につ いて取り上げる。なお,より詳細な考察は今後の研究課題としておく。
3.1 著作権問題の一般化
本稿1.6で,カラオケが著作権の重要性を生活者全般に認識させた点を述べた。しか し,カラオケだけが生活者に著作権の重要性を認識させるような意識変化をもたらした
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