懺
悔
に
つ
い
て
堀
本
賢
頂
一 、 はじ
め
に
懺
悔
と は 「 過 非 を 悔 謝 し て 其 の 忍 容 を 請 ふ こ と 」 で あ る 。 即 ち 過 去 に な し た 罪 悪 を 素 直 に陳
露 反 省 し 、 そ の 過 を悔
い 改 め て 現 在 は 勿 論 の こ と 、 末 来 へ 向 っ て 充 実 し た 人 生 を 歩 む こ と を 意 味 す る の が 懺悔
で あ る 。今
、 こ の 小 論 で は 「 懺 悔 」 に つ い て の 善 導 の 見方
を そ の 著 「 五 部 九 巻 」 を 中 心 に 概 観 し よ う とす
る も の で あ る 。 そ の 故 は 、 善 導 は 古 今 楷 定 の 疏 に お い て 、 観 経 十 六 観 は 凡 夫 の 為 に 説 か れ た 経 で あ る と 教示
さ れ 、 こ の 凡 夫 に 「 仏願
力 に 乗 じ て 悉 く 生 ず る こ と を 得 せ し む 」 こ と を 示 さ れ た か ら に 他 な ら な い 。 ノ ハ レ ヘ ル ニ ノ ハ レ ヘ ル ニ ノ ハ ヘ ル ニ ノ ヲ ニ ニ テ ○ 上 品 三 入 是 過 レ大
凡 夫 、 中 品 三 人 是 遇 レ 小 凡夫
、 下 品 三 人 是 遇 レ 悪 凡夫
也
以 二悪
業 一 故 臨 終 藉 レ ニ シ テ ニ ヲ善
乗
二 仏 願 カ 一 乃 得 二 往 生一 キ ゴ コ ハ ノ ノ ヲ ニ シ テ ノ ノ ヲ ノ ニ ○ 如来
説 二此 十 六
観
法 一 但為
二 常 没 衆 生 一 不 レ 干 二 大小
聖 一 也諸 師 は 観 経 の 教 説 は 聖 人 の 為 で あ る と 云 う の に 対 し 、
善
導 は 観 経 に よ り 我 ら は 凡夫
で あ る こ と を 教 え 、 凡 夫 な る が故
に 三 毒 に さ い な ま れ 、無
始 よ り 已来
造 る と こ ろ の 罪業
に よ り 生 死 に 流 転 し て い る と 指 摘 す る 。善
導 が 五 部 九 巻 を 通 じ て懺
悔 を 説 く の は 、 こ の 凡 夫 に 懺 悔 心 を 起 さ し め 、 懺 海 心無
ん ば 凡 夫 の往
生 は あ り え な い 懺 悔 に つ い て西 山 学 報 こ と を 云 わ ん が
為
で あ る と 思 う 。 註 望 月 仏 教 大 辞 典2
、 1493 玄 義 分16
・ 左 玄 義 分18
・ 左 二 、四
帖
疏
に見
る懺
悔
懺
悔
は 主 と し て具
疏 ( 特 に 往 生 礼 讃 ) に多
く
述 べ ら れ て い る が 、 観 経 を 註 釈 し た 四 帖 疏 に も 勿 論 数 多 く 説 か れ て い る 。 今若
干 の 例 を挙
げ 考 察 し て み る と ケ レ バ ス ル ニ ノ ヲ シ テ テ リ ニ0
夫 人 自 唯 罪 重 請 二仏 加 哀 一 致 敬 情 深
悲
涙
満 レ 目 ○欲
作法
碗 . , 者 諸 . 行 者等
先 . 於私
像 . 前ぎ
心、懺
悔
. . 発 二 露 . 所 造 ,窰
極
. 生靜
星
悲泣
. .鶴
. 涙 . 悔 過 既 、 土 見 . 又 心 。 、 請釈
迦 仏+
方
恒 沙 等 . 仏プ
皇
. 彼 , 弥 陀 ,本
願 司 言 . 弟藁
畢
生 盲、 シ . 罪 重 .購
處
, 深 .願
仏 . 慈 悲 摂 受 護 / シ メ 下 ヘ ノ ハ ン ス ル ー ヲ ニ テ Σ ヲ テ ス ニ ト レ ノ ナ リ ト ヒ ノ ヲ テ 道 二 此 語一 已 念 指授
開 悟所 観 之 境 願 得 二 成 就 一 今
頓
捨 二 身 命一 仰 属 二 弥 陀 一 見 以 不 レ 見 皆 是仏
恩 力 ニ ニ シ ナ パ テ ニ ヘ ニ 更 又 至 心懺
悔
竟 已即 向 二
静
處 一 向 二 西 方 一 西山
上 人 に よ れ ば 、 真 実 の 心 を 指 し て 至 心 即 ち 観 門 の 意 と い う の で あ り、 念 仏 を 指 し て 懺悔
即 ち 弘 願 の 体 と 釈 さ れ て い る 。 観 門 は 弘 願 に 帰 す る 意 を 至 心 懺悔
と 云 う の で あ る 。 凡 夫 は 無 始 よ り 罪 障 深 重 で あ り 、 観 門 が 弘 願 に 帰 す る 他 力 の 法 に 逢 わ な い 間 は 諸 罪 を 懺 悔 す る 力 は な い が 、 今 、 凡 夫 得 道 の 法 を 得 、 こ の 罪 を滅
す る の は 唯 弥 陀 の 願 力 で あ る と 信 ず る の で あ る 。 即 ち 所 造 の 罪 を 発 露 懺悔
す る と こ ろ に 弥 陀 の 願 力 を 感 ず る こ と が で き る の で あ る 。 更 に 以 下 浄 土 三 部 経 に よ り 慨 愧 の 法 を 出 し て 、 我 々 凡 夫 を し て 懺 悔 心 を 起 さ し め 、 弘 願 に 帰 せ し め る の で あ る 。散 善 義 に は 三 心 釈 に 懺 悔 の 内 容 が
詳
し く 述 べ ら れ て い る 。 ニ シ テ ノ ヲ ニ フ ク ノ ノ ス ル ニ ヲ 七 ク ナ ラ ン ト ノ 也 。諸 悪 一 我 亦 如 上 レ 是
○
真
実 心中
制
二捨
自
他諸
悪 及穢
国 等一 行 住 坐 臥 想 卞 同 三 一 切菩
薩 制 二 捨 ノ ニ ス ノ ノ ノ ヲ ○ 真 実 心 中 ロ 業 毀 二 厭 三 界 六 道 等自
他 依 正 二 報 苦 悪 之 事 一 ノ ニ シ ス ノ ノ ノ ヲ○
真
実 心 中 身 業 軽 二 慢 厭 三 捨 此 生 死 三 界 等 自 他 依 正 二 報一 ノ ニ シ シ ノ ノ ノ ヲ ノ ヲ パ ニ ッ ○ 真 実 心中
意業
軽
二 賤 厭 三 捨 此 生 死 三 界 等 自 他 依 正 二 報一 不 善 三業
必 須 = 真 実 心 中 捨 一○
決
定 . テ 深 ク 信 ズ 自身
ハ 現、 是 . 罪 悪 生 死 ノ 凡 夫 曠 劫 。 り 已 来常
、 没 .常
、 流転
. ラ 無 レ 有 罰 出 離 ノ 之 縁一○
下 輩 . 下 行 下根
. 人菜
三曽
慚 愧 .ぼ
討
蚤
終 時、苦
相匁
雲 . 集 , 地獄
. 猛 火 罪 人 . 前 、 . 忽 .星
往 生 , 善 知 識 急、 勧 . 専 セ シ ム ル ニ ノ ノ ヲ称
二彼
仏名
一 ハ ニ レ ノ ナ リ ニ ナ レ バ テ ク セ ヲ○
余
既 是 生 死 凡 夫 智 慧 浅 短然 仏
教
幽 微不 三
敢
輙
生 二 異 解 一善
導 は 至 誠 心 を 釈 す る 中 で 、 我 々 人 間 の 善 は 虚 仮 雑 毒 の 善 で あ る と し た 上 で 、 至 誠 心 は 三業
に 即 し て 発 す べ き も の で あ る と 十 重 の 厭 欣 を 明 か す 。 こ の 中 で 、 一 般 公 式 的 な も の と し て の 止 悪 と 、 三 業 そ れ ぞ れ に つ い て厭
う べ き 内容
を 具 体 的 に 示 し て い る 。 即 ち 真 実 心 を も っ て 自 他 の 諸 悪 事 に 随 喜 せ ね よ う 心 が け 、 又 あ さ ま し い穢
国 の 現 相 を 抑制
し 捨 離 す る よ う に す 〜 め 、 し か も そ れ ら は す べ て の 生 活 の 中 で 恰 も 一 切 菩薩
が 諸 の 悪 業 を制
捨 し た も う 如 く 自 分も
又 か く の 如 く な ら ん と 心 が け る の で あ る 。 凡 そ 三 心 は浄
土 教 実 践 上 の 根 本要
件 で あ り そ の 信 仰 目 的 は 仏 国 土 に て永
遠 の 生 命 に 生 か さ れ る こ と に あ る 。 こ の 仏 国 土 は 人 閭 の 理 想 的境
地 で あ る 。 こ の こ と は 同時
に 理 想 境 に 対 す る 現 実世
界 へ の 反 省 、 換言
す
れ ば 仏 の 国 に 生 れ た い と 願 う の は 娑婆
世界
を の が れ た い と い う 気 持 の 働 き 、 所 謂 厭 離穢
土 、 欣求
浄
土 で あ る 。 こ 〜 に懺
悔 の 重 要性
が 存 在 す る 。菩
薩
が 諸 悪 を制
捨
さ れ る よ う に 我 も 亦 か く の 如 く な ら ん と 思 う は 、 正 し く懺
悔 の 心無
く し て は な し え な い こ と で あ る 。 善 導 は こ の文
( ) を 必 ず し も 「 懺悔
」 を 云 わ ん が 為 に示
懺 悔 に つ い て西 山 学 報 さ れ た も の で は な い か も 知 れ な い が 、 諸 悪 の 制 捨 は
懺
悔 が 中 心 で あ る と い う 意味
か ら 敢 て 私 は 「 懺悔
」 の 解 釈 と考
え た い 。 又 身 、 ロ 、 意 三 業 の 面 か ら 云 う な ら ば 、 先 の 文 ( 、 、 ) に あ る よ う に 、 口業
… 三 界 六 道 に行
わ れ て い る 自 他依
正 二 報 に ま つ わ る苦
業 悪事
を 口 で 云 う ば か り で は な く、真
に 心 よ り 毀 厭 す る の を 口業
真
実 と 云 い 身業
… 三 界 の 諸 現 象 に悩
ま せ ら れ る自
他 依 正 二報
に 対 し て は 心 か ら 軽 慢 を 感 じ て厭
い 捨 て 、 執着
を 留 め ぬ よ う身
を 以 て 実 行 す る の を身
業 真 実 と 云 い 、 意業
… 生 死 悪苦
の 三 界 に 住 し て い る自
他 依 正 二報
に 対 し て 心 か ら こ れ を 軽賤
し 、厭
い 捨 て る を 意 業 真 実 と 云 う の で あ る 。 以 上 要 す る に 不 善 の 三 業 は 悉 く そ れ を真
実 心 中 に 厭 い 捨 て る よ う に 心 が け よ と 教 示 さ れ た の で あ る 。 善 導 は 至 誠 心 を 真 実 心 と 釈 し 、 内 外 相 応 を そ の根
本 と す る 。 外 に 賢 善 精 進 の相
を 現 じ 、 内 に貪
瞋 邪 偽 好 詐 百 端 、 悪 性侵
め 難 き 蛇蝎
に 同 き 虚 仮 を懐
く
の が 凡 夫 で あ る と の 指 摘 は誠
に 味 う べ き 文 で あ る 。 我 々 不 善 の 凡 夫 が 、 こ の 認 識 に 立 っ て 人 間 の 弱 さ 、 浅 ま し さ 、 愚 か さ を 素 直 に 、 謙 虚 に 反省
す る こ と は 、懺
悔
無
く し て 考 え る こ と が 出 来 な い の で あ る 。 弥 陀 が 真 実 心 を も っ て 建 立 さ れ た 土 へ 、 そ の 土 が 凡 夫 の 為 に 設 け ら れ た と い う 謂 を 知 っ て 導 か れ る 我 ら 、 こ 丶 に 懺 悔 を 根 底 と し た 捨 聖 帰浄
の 所 化 の 真 実 が あ る 。 こ の こ と を 西 山 上 入 は ノ モ シ ノ レ タ ル ノ コ リ ナ リ ハ リ ノ ハ ノ 子 ノ キ π、 一 7 ヲ ノ ○ 弥 陀 因 位 行 一 念 無 二雑
毒
義 一 顕 二 於 彼真
実 心一 土 〜 弥 陀 従 二真
実
心 一 顕 レ 土 導 二 衆 生 一 能 化 真 実 也 。 ハ ノ ハ ネ テ ニ ノ ケ ニ よ ヘ リ ト ル ノ ヲ ノ ニ ナ レ パ ス ト 凡 夫 彼 土 尋 下 入為
二 凡 夫 一 設 上知 二 此 謂 一 所 化 真 実 也 。
能
化 所 化 既 真 実往 生 示 レ 不 レ 疑 也 。
ト ク ズ ル ヲ フ ヒ ト ル ノ ヲ ノ ト ノ ノ ノ ス ヲ ク ノ ノ ト ○ 真 実
者
正 成 二 出 離 一 心 云 二 真 実 一 不 レ 成 之 心 為 二 不 真 実 心 一 此 不真
実 心 所 レ作
行 名 二 雑 毒 善 虚 仮 行 一 也 。ノ ノ ト テ ヲ ス ル ニ ソ テ ノ ヲ ノ ズ ル ヲ ブ ノ ト ハ 其 真 実 心 者 捨 二 自 力 一 帰 二 他 力 一 心 也 。 発 二 此 心 一 所 レ 行 行 云 二 真 実 行 一 也 。 シ テ ・ 次 に 深 心 と は 「 深 く 信 ず る 心 な り 」 と い 丶 、 こ れ に 信 機 、 信 法 の 二 種 深 信 を 説 い て い る 。 信
機
と は 「 決 定 深 ズハ ニ レ
ノ
夛
‘ シ ‘
シ テ
信 、 自 身 現 是 罪 悪 生 死 凡 夫 曠 劫
已
来
常
没 常 流 転 無 レ 有 二 出 離 之 縁 一 」 と 釈 し て 自 己 が 罪 悪 深 重 の 凡 夫 で あ っ て 、 出 離 の 縁 の な い も の で あ る こ と を 深 く 信 ず る こ と で あ る と 教 示 さ れ て い る 。 自 ら の 罪業
の 深 さ を 知 り、 愚 か な る 凡 夫 で あ る と の 自覚
は 即 懺 悔 で あ り 、 善 導 教 学 の 中 心 で あ る と 云 っ て も 過 言 で な い だ ろ う 。 凡 そ 宗教
に と っ て 一番
重 要 な こ と は 「 信仰
」 で あ る こ と は 云 う ま で も な い こ と で あ る 。 異 学 ・ 異 見 の 輩 よ り ど の よ う な 妨 難 を 受 け よ う と も い さ 丶 か の 動 揺 も な い 決 定 の 信 仰 を も つ こ と が 深 心 で あ る 。 そ の 為 に は 信 機 即 ち 自 己 そ の も の Σ 価 値 を 把 握 し な け れ ば な ら な い の で あ る 。 「 自 己 の 観 照 」 と い う こ と で あ る 。 現 実 の我
を 仏 の 鏡 に 照 ら し て み る時
、 我 々 は 罪 悪生
死 の 迷 界 に 流 転 し て い る 凡 夫 に す ぎ な い と 目 覚 め る の で あ る 。 そ れ も い つ か ら と い う時
聞 の わ か ら な い 無 始 曠 劫 よ り 六 道 に 流 浪 し て い る の で あ る 。 そ し て そ の 苦海
よ り 出 離解
脱 す る 手 段 が 全 く な い 、 そ う い う 凡 夫 で あ る と の 自覚
を す る の で あ る 。 こ の よ う な 凡 夫 で あ る か ら こ そ 真 に 仏 の本
願 に 救 済 さ れ る の で あ る 。罪
を 罪 と 知 り 、 愚 か な 煩悩
具 足 せ る 凡 夫 で あ る と の 徹 底 し た 自 己 反 省、 即 ち 懺 悔 が 無 け れ ば本
願 に 済 度 さ れ る こ と か ら 縁 遠 い存
在 に な っ て し ま う 。 従 っ て 臼 己 の 罪 業 の 自 覚 が 深 い 程 本 願 力 の 強 さ が 感 じ ら れ る の で あ る 。 西 山 上 人 は ヅ ス ル ニ ヲ ヌ レ バ ナ 々 ゾ ト カ ヌ レ バ ノ ナ ル ゾ ト テ ノ ニ ク シ テ ズ ス ル フ ヌ レ バ ノ 報一 惣 二 此 先 信 レ機 尋 二
凡 夫 如 何
者 一
我
身 是 也 。尋 二
此 身 如 何
者
一 依 二罪
悪 因 一 受 二 生 必 死 ヲ ノ ニ ニ ハ ヘ リ ノ ト セ ル ハ ノ ヲ ノ ナ リ ノ ノ カ ル ニ リ 因 果 一 煩 悩 故 也 。 故 礼 讃 云 二煩
悩
具 足 凡 夫 一 具 二此 因 果 一 凡 夫 相
唯
非
二 一 世 因 果 斯而 已 一 従 齬 一 無 始 一 ノ ニ フ ト ノ ノ ニ ク ル コ ハ ヲ タ ナ リ ニ ハ ム ニ ニ フ ト ノ シ マ ル コ 以 来 如 レ 此 故 云 二 曠 劫 一 此 因 果
中
受
二 人 身 一 甚 希 、常 沈 三 二 途 一 故 云 ゴ 常 没 一 三 悪 五 趣 其 処 無 レ 定 懺 悔 に っ い て
西 山 学 報 ク ニ シ テ ノ ス ル カ シ ム ー ニ フ ト ク ノ ノ ニ マ テ ヲ ワ て r ’ マ モ フ ト ・ 、 ・ テ ヲ 如 二
車 輪 上 下 一 無 レ 止
故 云 二 常 流 転 一 如 レ 此 生 死 間 適 受 二 人 身 一 逢 レ
法
又 希 也 。 適雖
レ 逢唯 嗜 二 行 門 一 レ パ ラ ノ ニ ル ナ リ ヘ シ ト 不 レ 入 二 弘 願 正 門 一 被 レ 抑 レ 無 二 出 離 之 縁 一 と 述 べ て お ら れ る の も 、 我 が 身 は 凡 夫 そ の も の で あ る と の 認 識 の も と に 、 数 多 い 生 命 体 の 中 か ら 法 を
受
け る こ と の 出 来 る 人 界 に 生 を 受 け た に も か Σ わ ら ず 、尚
縁 無 き 衆 生 で あ る こ と の 自 覚 を 促 さ れ た 文 と 見 る べ き で あ ろ う 。 又 善導
自身
も 、 自 ら が 凡 夫 で あ る こ と を ハ ニ レ ノ ナ リ 余 既 是 生 死 凡 夫 智 慧 浅 短 と 述 べ 、 懺悔
さ れ て い る 。 故 に 善 導 は 古 今楷
定 の 観 経 疏 著 述 に 当 っ て 、 自 分 の 考 え が 正 し い か ど う か を 独 断 す る こ と な く 、 一 切 諸 仏 に 披 歴 し 一 心 に 誠 を 捧 げ て 霊 験 を 求 め る こ と に よ り 解 決 す る 以 外 に 道 は な い と の 信 念 の も と に 、 誓 願 を 立 て 、 仏 の 証 明 を 請 う て 決 定 し た と 述 べ ら れ て い る の で あ る 。 観 経 疏 が 弥 陀 の 指 授 さ れ た も の で あ る 故 に 「 証 定 疏 」 と も 云 わ れ 一 句 一 字 不可
加
減 と 結 ば れ て い る の で あ る 。 こ れ 即 ち 善 導 の 懺悔
に ほ か な ら な い 。 自 ら を 凡 夫 と 断 じ 、 か る が 故 に 疏 の著
述 に 謙 虚 な 態 度 で 臨 ま れ て い る 姿 は 、 や 丶 も す れ ば 自 分 の 能 力 を 過 信 し 勝 ち な 我 々 と は 極 め て 対 象 的 で あ り 、 懺悔
無 け れ ば 信 無 し の 典 型 と 云 え よ う 。 法 然 上 人 も 今 不 レ 図 蒙 レ仰
辞 謝 無 レ 地 仍 今憖
集 二 念 仏 要 文 一 剰 述 二 念 仏 要 義 一 唯 顧 二 命 旨 一 不 レ 願 二 不 敏 一 是 即 無 慚 無愧
之甚
也 庶 幾 一 経 二 高 覧一之
後
埋 二 干 壁 底 一 莫 レ 遺 二 窓 前 一 と 「 選 択集
」 の 著 述 に 当 っ て 、善
導 同 様 、 謙 虚 な 態 度 で 臨 ま れ て い る 。註 序 分 義 ・
26
・ 右 定 善 義 ・23
・ 左 観 門 義 ( 定 ) 西 全 第 三 巻 ・ 跚 ・ 下 散 善 義 ・4
・ 右 同 散 善 義 ・4
・ 左 同 同 散 善 義 ・ 鍵 ・ 右 散 善 義 ・38
・ 右 散 善 義 ・3
・ 右 散 善 義 ・3
・ 左 観 門 義 ( 散 ) 西 全 第 三 巻 ・ 珈 ・ 上 他 筆 鈔 ( 散 ) 西 全 第 五 巻 ・m
・ 下 散 善 義 ・4
・ 左 同 観 門 義 ( 散 ) 西 全 第 三 巻 ・ 躙 ・ 下 散 善 義 ・38
・ 右 散 善 義 ・40
・ 右 選 択 本 願 念 仏 集 、 第 十 六 章 段 三 、具
疏
に見
る懺
悔
脚 概 説 ( 懺 悔 に つ い て西 山 学 報 善 導 の 「 懺
悔
」 を 考 察 す る 場 合 、 重 要 な こ と は 具 疏 に お け る 実 践 法 ( 信仰
を 実 践 し て い く ) と し て の 「 懺 悔 」 で あ る 。具
疏 は 善 導 自 身 の 信念
を 発 表 し て 末 法 濁 世 の我
ら を 悲 引 さ れ た も の で あ る が 、 懺 悔 の 中 心 と な る も の は 「 、 往 生 礼 讃 」 で あ ろ う 。 「 往 生 礼 讃 」 は 願 往 生 を 目 的 と す る 六 時 礼 讃 の 行法
を 礼 拝 、 讃 歎 で 明 か し て い る 。 勿 論 、 六 時 礼 讃 を 修 す る こ と は 往 生 の 正 因 で は な い が 、 や 丶 も す れ ば 懈 怠 心 、 僑慢
心 を お こ し が ち な我
々 凡 夫 に 対 し て 、 信 心 の 歓 喜 と 称 名 の 相 続 を 助 成 す る 助 業 と い う 観点
よ り 見 れ ば 、 日 常 ( 六時
) の 礼 讃 に は欠
か せ ぬも
の で あ る 。 こ の中
に は 要懺
悔
、略
懺
悔
、 広 懺 悔 を 中 心 に 説 か れ て い る 。 要懺
悔
と は 日 没 の後
に 唱 え る 懺 悔 で 「 至 心 懺 悔 南無
懺
悔 十 方 仏 〜 至 心帰
命 阿 弥 陀 仏 」 の 偈 で あ り 、 略 懺 悔 と は 中 夜 の後
の 五悔
(懺
悔
、 勧 請 、 随 喜 、 回 向 、 発 願 ) を 修 す る を 云 う 。 尚 華 厳 経 の 「 我 昔 所 造 諸 悪 業 」 の 文 を 略 懺 悔 と 云 っ て い る よ う で あ る が 、 西 山 上 人 は ハ ノ テ リ ヲ ハ ノ ノ ニ ケ リ ヲ ハ ノ ノ ニ ク ヲ 要 懺 悔 日 没之
礼 讃終
列 二 説 之 一 略 懺 悔 中 夜 礼 讃 終 説 レ 之 広 懺 悔 日 中 礼 讃 終 説 レ 之と 釈 さ れ 、 中 夜 の 後 の 偈 を 略 懺 悔 と 述 べ て お ら れ る 。 広 懺 悔 は 日 中 の 後 の 「 至 心 懺 悔 敬
白
十 方 」 を 云 う 。 又 こ の中
に 三 品 の 懺 悔 を 説 か れ て い る 。( 後 述 ) 以 上 の よ う に 、 往 生
礼
讃
所
説 の 懺 悔 は 、 そ の 内 容 よ り 大 別 す れ ば 、要
・ 略 ・ 広 の 三 懺悔
で あ る が 、 懺 悔 心 の 強 弱 に よ る と 思 わ れ る 三 品 の 懺悔
、時
に 約 し て 論 ず る 三 鼎 の 懺 悔 、 亠 ハ 時毎
に 「 普 為 師 僧 父 母 乃 至 阿 弥 陀 仏 国 帰 命 懺悔
」 と 懺 悔 す る も の に 分 け ら れ る 。 以 下 順 を 追 っ て 善 導 の 懺 悔 を 考 察 し て み た い . 、 二懴
悔 の 根本
(ま ず ニ ハ レ ノ ナ リ シ ハ レ セ ル フ ニ シ テ シ テ ニ テ ヲ 〇 二 深 心 即 是 真 実 信 心 信 下 知 自
身
是 具 二 足 煩 悩一 凡 夫 善 根 薄 少流 二
転
三 界 一 不 レ 出 由 火 宅 上
こ の 文 は 散 善 義 の 深 心 釈 ( 先 述 ) と 同 意 味 で あ り 、 我 々 凡 夫 は 煩 悩 に よ る が 故 に 無 始 よ り 已
来
三 界 に 輪 廻 し て 今 経 に 逢 わ な い で 、 仏 の 願 力 を 信 ぜ ざ る相
を 顕 わ し て い る 。 而 も 、 少 善 根 福 徳 の 因 縁 を 用 い て (自
力
雑
善 ) 三 界 に 流 転 し て苦
悩 を 受 け て い る 自 分 で あ る と信
ず る の で あ る 。 こ の 懺悔
が 仏 に 帰 命 す る 者 に と っ て の第
一 の 懺 悔 で あ る と 思 う 。 機 の 深 心 は 、 「真
実 は 行 者 の 方 に は 無 く 、 我 ら の 心 も 行 も 雑 毒 虚 仮 と 知 り 、 弥陀
が 因 位 の時
菩 薩 の 行 を 行 じ 給 わ れ た 時 、 一 念 一 刹 那 も 三 業 に 修 さ れ た と こ ろ 皆 真 実 心 の 中 に お い て 成 就 さ れ た誓
願 、 即 ち南
無 阿 弥 陀 仏 こ そ が 真 実 で あ り 、 こ の 真 実 が 我 ら の 心 に 宿 っ た と こ ろ に あ る 。 」と 信 知 す る こ と に ほ か な ら な い の で
あ
る 。 自 力 に 功 無 き こ と を 知 る こ と は 即 ち 懺 悔 で あ り 、懺
悔 無 け れ ば 弥 陀 の 凡 夫 に 対 す る 心 を 信 受 す る こ と が 出来
な い こ と を 知 る の で あ る 。 換 言 す れ ば 五 逆 重 罪 、 具 諸 不 善 と 信 ず る が 故 に 本 願 の 不 思 議 を 知 り 、 信 ず る こ と が 出来
る と い う こ と に な る の で あ る 。 機 を 信 ず る と 云 う こ と は 、 自 力 を 離 れ る こ と 、 即 ち 懺悔
と い え よ う 。 以 上 の 観 点 よ り す れ ば 、 散 善 義 の 深 心 釈 の 文 も 、 こ の 文 も 土 ハ に 善 導 の 懺悔
観 を 表 わ す も の と し て 受 け と め ね ば な ら な い 。 (三) 随 犯随
懴 四 修 の 無 聞 修 を 釈 す る中
に ヲ シ テ メ ア ヲ ナ プ テ ヲ ひ ル ブ ア ラ タ ト ○ 不 卞 以 二 貪 瞋 煩 悩 一 来 間 上 随 犯 随 懺 不 レ 令 = 隔 レ 念 隔 レ 時 隔 7 日 常 使 二清
浄 一 亦 名 二 無 間 修 一 西 山 上 人 は 、 之 を 釈 し て 、 機 に 三 品 あ っ て 、 念時
日 の 不 同 が あ る け れ ど も 、 そ れ ぞ れ の機
根 に 応 じ て 、 随 犯 の 後 念 時 日 を 隔 て ず に 清 浄 な ら し む と 述 べ て い る 。 即 ち た と え 随 犯 す る こ と が あ っ て も 念 を 隔 て な い で 懺 悔 し て 清 浄 な 懺 悔 に つ い て西 山 学 報 ら し む を 上 の 機 と し 、 時 を 隔 て な い で 懺
悔
す る を 中 の 機 と し 、 日 を 隔 て な い で 懺悔
の 心 を 起 こ す の を 下 の 機 と す る の で あ る 。 我 ら は 念 仏 相 続 の 時、 煩 悩 を も っ て 間 断 し 懈 怠 に な る 。 そ の 時 煩 悩 の 起 る ま 丶 に懺
悔 心 を も っ て 、 念 時 日 を も 隔 て ず に 三 品 そ れ ぞ れ に 応 じ て 心 を 清 浄 な ら し め る の で あ る 。 念 仏 に 滅 罪 の 益 が あ る こ と は 、 善 導 の 次 の 文 に よ っ て 明 瞭 で あ る 。 〇 一声
称念
罪 皆 除 ニ チ ル ユ ○ 念 々時
中
常 懺 悔 終 時 即 上 二 金 剛 台 一 き レ バ ヲ タ シ タ マ フ ○ 念 々 称名
常 懺 悔 人 能 念 レ 仏 仏 還 憶 ス レ パ ○ 廻 心 念 仏罪
皆 除 名 号 に は 滅罪
生 善 の 功 徳 を 具 す の で あ る か ら 、名
号 を称
す る こ と は 自 ら の 懺 悔 を為
す こ と に な る 。 し か し 、 思 う に 、 念 仏 に滅
罪 の 功 徳 が あ り 、 念 仏 即懺
悔
と 云 っ て も 、 我 々 は 日 々 に 次 々 と 新 し い 罪 を 重 ね て い る こ とも
事 実 で あ る 。 こ れ ら の罪
を 除 く こ と な し に ど う し て念
仏
を 相続
す る こ と が で き る だ ろ う か 。 仍 て 、 上中
下 の 各 人 が 、 そ の 能 力 に 応 じ て 、或
は 念 に 、 時 に 、 日 に 常 に自
ら の 心 を 顧 み 、 慚愧
の 心 を 起 し て 懺悔
す る の で あ る 。 西 山 上 人 は シ テ ノ ニ ノ フ ル ノ ニ ト モ ノ レ テ サ ニ テ エ ラ メ ラ ス コ シ テ ニ セ パ ヲ ト モ ○ 住 二 止 悪修
善 心 一 身 堪心 及 程 於 レ 悪
有
二 制 止 意一 被 レ 催 レ 終 任 レ 心 有 二自
犯
一 住 二 正 念 一 懺 二悔
之一 似 ニ ノ ハ ル ニ テ ニ シ テ テ ス ト ス キ コ ヲ ル ニ モ 其 悪 雑 隔 一 依 二 懺
悔
一 釈 二 無 間修
之義
返 成 一 顕 レ 可 レ 有 二 凡 夫 一 也 。 と 釈 さ れ て い る 。 又 般舟
讃
に ニ テ ヲ ○ 常 懐 二 慚 愧 一仰
謝 二 仏 恩 一と あ る の も 、 我 々 無 有 出 離 之 縁 の 下 々 品 の 凡 夫 で も、 弥 陀 に 救 く わ れ る と い う 因 縁 を 深 く 感 じ 、 仏 恩 の 深 き こ と を 知 れ ば 、 そ こ に は 、 念 仏 を 励 む に 懺
悔
心 が な く て は な ら ぬ こ と 、 即 ち懺
悔
無 け れ ば 仏 愚 報 謝 の 念 の 無 い こ と を 示 さ れ て い る の で あ る 。 所 謂 、他
力
念 仏 行 者 に は 懺 悔 の 善 あ り と い う こ と で あ る 。 更 に 四 得 十 三 失 を 明 か す 中 に 専 雑 二 修 の 得 失 が 述 べ ら れ て い る 。 こ の 文 を 見 る に 、 シ テ ヲ ル ト ハ ハ シ ハ チ ズ ル テ ヲ セ ソ ト ヲ ハ ニ ヲ ニ ○ 念 々 相続
畢 命 為 レ 期 者 十 即
十
生 百 即 百 生 ♂ 若 欲 三 捨 レ 専 修 二雑 業 一 者 百
時
希 得一 二 二 一 千 時 希 得 三 ニ ヲ 五一 と 述 べ 、 そ の 理 由 の 一 つ に 無 レ 有 二 慚 愧 懺 悔 心一 と 説 明 さ れ て い る 。 こ れ 即 ち雑
修 の 者 は 、懺
悔 の 心 が 無 い か ら 貪 瞋 諸 見 の 煩 悩 来 て 間 断 す る の で あ り 、 ( 千時
希 得 三 五 ) 、 専 修 の 者 は 、 慚 愧 懺 悔 の 心 が あ る か ら 、 随 犯 随 懺 す る ( 百 即 百 生 ) の で あ る 。 西 山 上 人 は こ れ を 釈 し て テ シ ト モ ス μ レ レ パ ノ テ ノ シ ト シ ニ テ シ ト ノ ズ ハ ノ ナ ○ 依 二懺
悔 一 罪 滅 有 二 善 生 謂 一 無 二 誠 心 一 嫌 二 自 力 懺 難 7 成 他 力 可 二 一 切 功 徳 善 事 成一 也 。 懺 悔 一 切 善 事 レ パ ス ニ シ ト 顕 下 専 修 可 上 レ 有 二 懺悔
一 意 也 。と 述 べ て お ら れ る 。 四 六 時
礼
讃 の 懴 悔 (、 ⊥ ハ 時 礼 讃 に は そ れ ぞ れ の 偈 の 後 に ク ニ シ テ ○ 普 為 下 師 僧 父 母 及 善 知 識法
界 衆 生 断 二 除 懺 悔 に つ い て ら ク ン ガ ス ル コ ヲ ニ シ テ シ よ ル 三 障 一 同 得 上 レ 往 二 生阿 弥
陀
仏 国 綱 帰 命懺 悔
西 山 学 報 と あ る 。 こ れ は 六
時
毎 に 師 僧、 父 母 、 善 知 識 ( 同 行 の 善 知識
、 外 護 の 善 知識
) 、 法 界 衆 生 等 と 共 々 に 弥 陀 仏 国 に 同 得 往 生 せ ん と い う の が 目 的 で あ る 。 懺 悔 を 修 し 、 穢 土 を 離 れ て 浄 土 に 生 れ る こ と は 、 唯 自 ら の 身 の み を 安 ぜ ん の み で は な く、 自 分 を と り ま く 愚 あ る 人 々 を 、 心 に 思 い 、 口 に 出 し て 共 に 誘 っ て 浄 土 に 生 れ よ う と す る の で あ る 。 し か も そ の 懺 悔 は 、 弥陀
に 帰 命 し て 懺悔
す る こ と で あ る 。 一 切 の 所 作皆
念 弥 陀 を 離 れ ず と 説 か れ た と こ ろ に 意 義 が あ る 。 懺 悔 は 弥 陀 を 離 れ て 存 在 し な い と 意 得 な け れ ば、 次 の 要 。 略 。 広 の 懺 悔 も 意 義 が な く な る の で あ る 。 故 に 西山
上 人 は ハ ノ ニ ズ ○ 懺 悔 帰 命 上 成と 釈 さ れ て い る の で あ る 。 尚 こ の こ と は 、 法 事 讃 に ク ニ ノ シ テ ヲ ク ン カ ス ル コ ヲ ニ ス ノ ○ 普 為 下 四 恩 三
友
帝 王 人 王 師 僧 父 母 善 知 識 法 界 衆 生 断 二 除三 障 一 同 得 上 レ 往 生
阿 弥
陀
仏 国 一 和 二 上 一 切 賢 ヲ ス セ ン ニ 聖 一 回 願 往 二 生 無 量 寿 国 一 と 同 意 味 の こ と が 述 べ ら れ て い る 。 イ 、 要懴
悔
要 懺 悔 と は 日没
の 後 の ○ 至 心懺
悔南
無
懺悔
♂ 至 心 帰 命 阿 弥 陀 仏 の 文 を 指 す 。 尤も
善 導 は 日 没 の 後 に こ の 要懺
悔 を 述 べ て い る が 、 略 、 広 を 用 い て も 良 い と 云 い 、 又 西山
上 人 も こ の 意 を 釈 し て 、 六時
の い ず れ に 、 ど の 懺悔
を 用 い る か は 、 行者
の 意 に 任 か す と い う 意 味 の こ と を 云 っ て お ら れ る 。 そ の 故 は 衆 生 の機
は 不同
で あ る か ら 、 今 一 途 の様
と し て 日 没 の後
に要
懺 悔 を 用 い る と い う の で あ る 。 こ の こ と は 、 略・ 広 に つ い て も 同 様 で あ る 。 ト ク ノ ノ シ タ ル ○ 要 懺
悔
者 謂 要 門 懺 悔 也 。 此 則 観 経 以 二 定 散 要 門 之 意 一 結 集 意 也 。 廊 ち 「 妻 」 と は 要 門、 観 門 の 意 で あ る と 釈 さ れ て い ろ 。 要 懺 悔 は 七 言 六 行 の 偈 よ り 成 っ て い る が 、 大 別 す れ ば 、 懺 悔、 同 向、 発 願 で あ る 。 シ ス ノ ク ハ シ タ マ ヘ ノ ヲ ○ 南 無 懺 悔 十 方 仏 願 滅 二 一 切 諸 罪 根一 こ の 二 句 は 懺 悔 の 相 を 明 か す 句 で あ る 。 南 無 と は 帰 命 で あ り、 三 心 で あ る 。 阿 弥陀
仏 に 命 を 任 せ て後
、 一 切 の 事 が 成 ず る の で あ る か ら 、 懺 悔 も 帰 命 の 上 に 成 ず る 。 自 己 の 罪 悪 を 省 み て 慚 愧 懺悔
し 、 念 仏 を 相 続 す る の に 懈 怠 無 き よ う 心 が け る の で あ る 。 こ の 阿 弥陀
仏 に 懺悔
し 帰 命 す る こ と は 則 ち 諸 仏 に 帰 す る こ と に な る か ら 十方
仏 と 顕 わ し て い る 。 願 滅 一 切 諸 罪 根 は 今 迄 の 悪 を 悔 い 、今
後 の 過 が 起 ら ぬ よ う に 加 被 を 乞 う の で あ る 。 こ の 「 一 切 」 に は 十 悪 が 悉 く収
め 尽 さ れ て い る の で あ る 。 そ の 故 は 諸 罪 は 十 悪 を 根 本 と す る か ら 、 十 悪 を滅
し て 諸 罪 を 懺 す る の で あ る 。 し か し我
ら は こ の 十 悪 の 罪 根 を 仲 々 自 ら 断 じ 難 か ら 、 仏 に 帰 し て滅
す る よ う 加 被 を 乞 う の で あ る 。 「 要 懺悔
」 と 云 わ れ る の は 、 凡 夫 の 懺 悔 の 詮 要 が 此 の 一 旬 に あ る か ら で あ る 。 テ ド ノ ス ル ヲ シ テ ス ノ ト ○ 今 将 二 久 近 所 レ 修 善 一 回作
二 自 他 安楽
因 一 こ れ は 廻 向 の 相 を 顕 わ し て い る 。 我 ら は 生 死 の 世 界 を 輪 廻 し て い る 間 、 縦 え 縁 に 遇 っ て善
を作
す こ と が あ っ て も 、 そ れ を 往 生 極 楽 と い う 面 へ 廻 向 す る こ と は な か な か 無 く 、 唯 執 着 の 意 深 く 人 天 の 果 報 を 求 め る 為真
実 の 善 と な ら な い で 、 か え っ て 悪 業 を 増 す も の で あ る 。 こ の 二 句 は 懺悔
滅 罪 及 び 久 近 ( 過 去 及 び 今 生 ) 所 修 の 善 を 以 っ て 正 し く 廻 向 し て 之 を 往 生 浄 土 へ ふ り む け他
力 の 大 道 へ 向 わ し め る の で あ る 。 ニ ク パ ノ シ テ ノ ニ セ ン ノ ニ ○ 恒 願 一 切 臨 終 時 ♂ 乗 二仏
本 願 一 生 二 彼 国 一 懺 悔 に つ い て西 山 学 報 こ の 六
句
は 発 願 の 相 を 顕 わ す の で あ る 。 一 切 凡夫
所 修 の 三 業 は す べ て 迷 い の 世 界 に お け る と こ ろ のも
の で あ り、 出 離 を 欣 う 心 も 持 ち あ わ せ て い な い 。 今 こ 丶 で 罪 を 翻 し て 浄 土 を 欣 い 、 成 仏 を 求 め て 今 迄 の 懈 怠 の罪
を消
除 す る 為 に 懺 悔 発 願 す る の で あ る 。 ヌ ニ シ よ ル ニ ○ 懺 悔 回 向 発 願 已 至 心 帰 二 命 阿 弥 陀 仏 一こ れ は 上 の 五 行
十
句 は 懺 悔 回 向 発 願 の 懺 悔 で あ る と結
す る の で あ る 。 即 ち 初 の 一 行 が 懺 悔、 次 の 一行
が 回 向、 終 り の 三 行 が 発 願 で あ る 。 そ し て こ の 三 つ 全 て に 罪 を悔
い る 懺 悔 の 義 が あ り 南 無 阿 弥 陀 仏 に 帰 し て い く の で あ る 。「 要 カ ナ メ
懺
悔
」 は 、 凡 夫 の 懺 悔 の 要 が 、 結 局 仏 に 帰 命 し て い く 相 を 云 い 顕 わ し た も の で あ る と い え る だ ろ う 。 即 ち 回 向 も 、 発 願 も 懺悔
に 収 ま り 、 そ れ が そ の ま 丶 念 仏 に 帰 し て い く こ と に な る の で あ る 。 西 山 上 人 は ノ ニ ル ヲ ノ ニ レ テ ト ト シ ハ ス ノ ノ ○ 懺 悔 回 向 発 願 三 共 有 二 悔 レ 罪 懺 悔 義 一 也 。 故 惣云 二 要 懺 悔 一 也 。 夛 至 心 帰 命 阿 弥 陀 仏 者 結 下 顕
上 三 種 懺 シ テ ニ ス ト イ フ コ ヲ ク ハ ノ ノ シ テ タ マ ヘ ル ノ ナ レ バ シ テ
悔
具 二 足南
無 阿 弥 陀 仏 一 成 上也 。 謂 至 心 帰 命 南 無 界 名 也 。 乃 至 十 念 願 成 就
得
仏 果
名
帰 二 命 ノ ニ ノ ク シ ノ ク ズ ル ニ シ ス ト イ フ ニ 此 仏 一 生 死 罪
業
悉 滅 浄 土 愚 全 成 故懺
悔
具 二 足 成 立 就 南 無 阿 弥 陀 仏善
心 也 。 と 釈 し て お ら れ る の も こ の 意 味 で あ ろ う 。 往 生礼
讃
に は 、 要 懺悔
の 後 に ○ 礼 懺 諸 功 徳○ 礼 懺 已 一 切 恭 敬 等 の 文 が あ る 。 説 偈 発 願 と 三 宝 帰 敬 で あ る 、 先 の 日 没 の 十 九 拝 及 び 懺
悔
回 向 発 願 の 三 悔 を 結 し て 浄 土 に 帰 す べ き こ と を 明 し た も の で あ る 。ロ 、 略
懺
翩 悔 中 夜 の 後 に 説 か れ て い る 懺 悔 で 、懺
悔 、 勧 請 、 随 喜 、 回 向 、 発 願 の 五 悔 を 修 す る の を 云 う 。 こ の 「 略 」 と い う の は 、 先 の 「 要 」 に 対 し て 云 う の で は な く 、 後 の 「 広 」 に 対 し て 云 う の で あ る 。 即 ち 広 懺 悔 に 於 て は 、 殺 生 よ り 順 次 十 悪 を 懺 す る の で あ る が 、 こ の 十 悪 の 広 に 対 し て 五 悔 は 略 で あ る の で 「 略 懺 悔 」 と. 耳 う の で あ る 。 勧 請 以 下 の 四 法 も す べ て 懺 悔 で あ る か ら 五悔
と 云 う 。 [懺
悔
(
こ れ は 無 始 已 来 の 罪 障 を 悔 い る こ と を 云 う 。 即 ち 無 始 よ り こ の か た 迷 い の 中 に あ っ て 、 十 悪 の 過 ( 広懺
悔
に は 十 悪 各 々 を挙
げ 、 切 三 宝 師 僧 父 母 六 親眷
属 善 知 識法
界 衆 生 に 対 す る 十 悪 の 数 を 知 る べ か ら ざ る こ と を 列 し て い る が 、 こ 丶 は 略懺
悔
で あ る の で 単 に 「 以 二 十 悪 一 加 二 衆 生 一 」 と 述 べ て あ る ) を 衆 生 に 加 え て 恥 つ る こ と 無 く 、 仏法
の 理 を 得 ず 、父
母 の 恩 を辨
え ず 、 剰 え 三 宝 を 謗 り 、 更 に 五 逆 罪 を も 造 る の が 我 ら で あ る 。 こ の 四 句 ( 自 従 無 始受
身
来♂
造作
ノ 五 逆 不善
業
) は 過 去 世 の 造 罪 即 ち 無 始 よ り 以 来 の 迷 い の 流 布 す る こ と を 挙 て 懺悔
す る の で あ る 。 次 の 二句
( 以 二 是 ノ ヲ ニ シ テ ズ ヲ 衆 罪 因 縁 一 故 妄 想 顛 倒 生 二 纒 縛 一 ) は 、 現 在 の 起 悪 は 、 衆 罪 (十
悪 ) に よ っ て 、 或 い は 妄 想 に よ っ て自
ら苦
を受
ノ ヲ て 纒縛
し て い る こ と を 明 か し 、 第 七 旬 は ( 応 レ 受 二 無 量 生 死 苦 一 ) 未 来 の 苦 果 を挙
て 未 来 無 窮 の 流 転 窮 り 無 し と 述 べ 、 シ ア ス ハ シ へ第
八 句 ( 頂 礼 懺悔
願 滅 除 ) は 正 し き 懺 悔 で あ り 、 至 心 帰 命 阿 弥 陀 仏 と 結 す る の で あ る 。 西山
上 人 は ノ ヲ シ テ ヒヒ ス ラ キ ス ニ フ ハ ソ タ マ ヘ ト ノ ○今
如 レ 此罪
帰 レ 仏 懺 悔 非 二 自 可 レ 懺 法肖 云 二 仏 滅 除 一 観 門 懺悔
心 也 と 釈 さ れ 、 懺 悔 は 常 に 仏 に 帰 す べ き こ と を 力 説 さ れ て い る の で あ る 。 懺 悔 に つ い て西 山 学 報 二
勧 請 く 豢 ら 無 始 已 来 邪 魔 外 道 に 帰 す る 心 、 仏 に 背 く 心 は あ っ て も 、 仏 に 帰 し て 請 す る 心 を 持 っ て い な い 場 合 が 多 い 。 今 邪 見 の 過 を 懺
悔
す る 心 を 発 し て 勧 請 す る の で あ る 。仏
は 常 に 空 慧 を 以 て 三 界 の有
執 を 照 ら し て お ら れ る に も 拘 ら ず、 我 ら は 之 を 知 ら な い で 生 死 の 大苦
海 に流
転
し て い る の で あ る 。 こ の 凡 夫 を 度 さ ん が為
に転
法 輪 を 勧 請 す る の で あ る 。 ノ ノ モ テ シ ニ ハ ヘ ア シ ト ス ヨ リ ス ト ○ 此 勧 請 功 徳奉
レ 帰 二 阿 弥陀
仏 一 思 レ可 レ
成
二 別願
力
一 結 二 至 心 帰 命 阿 弥 陀 仏 一 也 。 三随
喜 く 我 ら 迷 い 深 く 、 三 宝 に 帰 し て 善 を 修 さ な い の み な ら ず 、 嫉 妬 心 に よ っ て 他 の 修善
に対
し て も 随 喜 し な い で 、 還 っ て 之 を 誹謗
す る の で あ る 。 こ の 過 を懺
悔
し て 他 の 善 に も 随 喜 す る よ う 心 が け る の で あ る 。先
の 懺悔
は 、 自 ら の 罪 及 び 善 を 修 さ な い こ と を 懺 悔 し た の で あ る が 、 今 は 他 の善
を 嫉 ん で 常 に 嫉 妬 心 を懐
く こ と を 懺悔
す る の で あ る 。 又 嫉 妬 の 深 き 過 も 、 痴 よ り 生 ず る こ と を 云 わ ん 為 に 、 三毒
の 過 を 懺 悔 す べ し と 示 す の で あ る 。 こ の 嫉 妬 は 人 が 喜 び 、 楽 し み 、 栄 え る こ と に 対 し て 心 に お も し ろ く 思 わ な い 気持
が 生 じ る の で あ る か ら 、 そ れ は瞋
恚 に ほ か な ら な い 。 瞋 志 の 毒 火 は 智 慧 、 慈 善 根 を 焚 焼 す る 。 こ の 時 仏 の 教 に 依 り 弥 陀 の 願 力 に 逢 っ て 、 迷 い の 衆 生 が 悟 り の 衆 生 と な っ て 大 精 進 随 喜 の 心 を 生ず
と 云 う の で あ る 。 随 喜 も 又 懺 悔 が 根 底 あ る と 云 え よ う 。 四回
向 く 廻 向 に つ い て は 三 心 釈 の 中 に ノ ニ ノ ス ル ノ ト セ ル ト ノ ノ ノ ニ ノ ス ル ノ ト ヲ テ ○ 過 去 及 以 今 生 身 口 意 業 所 レ 修
世 出 世 善 根 及
堕
一 喜他 一 切 凡 聖 身 口 意
業
所 レ 修世 出 世 善 根 一 以 ニ ノ ノ ノ ヲ ノ ニ シ テ ス ン ト ノ ニ 此 自 他 所 修 善 根 一 悉 皆 真 実 深 心 心
中
廻 向 願 レ 生 二 彼 国 一 こ れ は 自 ら 修 す る 所 の 善 、 及 び 他 の 作 す 所 の 善 を 随 喜 す る 善 を 以 て そ れ を 回 転 し て菩
提 に 趣 向 す る を い う 。 我 ら は 一34
一無
始 以 来 菩 提 を 求 め 仏 果 を 修 す と も、 相 続 の 思 い な く 、 是 を 仏 果 に 回 向 す る こ と も 、 又 是 を 衆 生 に 施 す こ と も 無 い 。故
に 真 実 の 道 を 廃 し て し ま っ て い る の で あ る 。 今 こ の 過 を悔
ひ 返 し て ( 懺悔
) 仏 果 を求
め 回 向 す る の で あ る 。 即 ち 迷 い の 三 界 に 流 浪 し 八 苦 の 苦 し み を 受 け 輪 廻 し て い る 我 ら が 、 無 始 以 来 の 邪 心 を 翻 し て 廻 向 を 修 す れ ば 、 こ の 善 が 浄 土 往 生 の 因 と な り 、 此 の 因 を 以 て彼
の 土 に 廻 し 、 弥 陀 を 憑 ん で 往 生 す る の で あ る 。 苦 海 に 沈 没 す る の は 大悲
回 向 心 が 無 か っ た 為 で あ る と 知 る べ き で あ る 。五 発
願
(
発 願 は 悪 を 造 っ て 悪 の 果 の み を 受 け る 不発
願
の 過 を 懺悔
す る の で あ る 。 上 杉 文 秀 氏 は 、 「 初 の 六句
は 往 相 の 発 願 、獲
六 等 の 二句
は 還 相 の 発 願 、 最 後 の 二句
は 誓 願 の 無 尽 な る こ と を挙
て 上 を結
ぶ 」 と 説 明 さ れ て い る 。 こ の 中 で 捨 胎 蔵 と あ る の は 、 ⊥ ハ 道 四 生 を 厭 う こ と で あ る が 、 今 は 人 身 で あ る の で 胎 生 の 身 を 厭 う て 蓮 華 化 生 を 願 う と い う 意 味 で あ る 。 そ の 結 果浄
土 に 於 て 弥 陀 仏 を 見奉
り 、 報 身 の 相 好 無 辺 の 功 徳 を あ お ぎ 、 一 仏 即 「 切 仏 の 謂 に て 諸 仏 を 見 奉 る こ と を 顕 わ す の で あ る 。 今 迄 不 発 願 で あ っ た 我 ら が 、 今 こ れ ら の 】 切 の 懺悔
の 法 は 、 弥 陀 の 別 願 に 依 っ て 成 ず る こ と を 知 り、結
し て 至 心帰
命 阿 弥 陀 仏 と 云 う の で あ る 。 略 懺悔
に は 第 一 の 懺 悔 以 下 、 第 二 の 勧 請 か ら 第 五 の 発 願 に 至 る 五 法 、 所 謂 五 悔 が 説 か れ て い る が 、 勧 請 、 随 喜 、 回 向 、 発 願 の 四 法 も す べ て 懺 悔 で あ る 。 こ の懺
悔 に 裏 付 け ら れ て い る が故
に 四 法 が 意 義 あ る も の に な る の で あ り、懺
悔
の 心 起 ら な け れ ば 四 法 も 無 く 、勿
論
念 仏 も 、 往 生 も あ り え な い と 意 得 え な け れ ば な ら な い 。 ハ 、 広 慌 悔善
導 は 広 懺 悔 を 述 べ る に つ い て 懺 悔 に つ い て西 山 学 報 ト テ ニ ン ズ ル コ セ ン ト ノ ミ ム ○ 広
者
就 下 実有
レ 願 レ生 者 上 而 勧
と 云 い 、 又 西 山 上 人 は ク フ セ ン ト ハ ム ル ノ ナ ル ノ フ ナ リ ト ○ 悉 思 二 懺 悔 一 心 定 二 往 生 志 真 実 入 可 レ 思 事 一 意 也 と 釈 さ れ て い る 。 こ の 懺
悔
は 願 生 の 志 深 き 者 、 即 ち 願 生 心 堅 固 な 上 根 の 人 に 就 い て い う の で あ る 。 凡 そ 三 経 の 所 説 に は 念 仏 往 生 を 明 か し て い る が 、 懺 悔 往 生 は 無 い 。 従 っ て 懺 悔 は 往 生 の行
業 で は な い が 、 唯 我 身 、我
心 の 罪 業 の 深 い こ と を 改悔
す る 時、 そ れ ぞ れ の 機 の 不 同 に 応 じ て な さ れ な け れ ば な ら な い も の で あ る 。 今 こ の 広 懺 悔 は 下 根 の 衆 生 の 及 ば な い と こ ろ で あ る が 、 往 生 礼 讃 著 述 の 意 図 は 、多
類 の 機 を 摂 し て 極 楽 へ 往 生 せ し め 給 う こ と で あ る か ら 、 誰 人 で も 随 意 に 用 い よ と 示 さ れ た 意 で あ る と見
る こ と が 出 来 る 。 即 ち 化 他 誘 引 の懺
悔 で あ る と 云 え る 。 故 に 西 山 上 人 は 志 堅 固 な る 者 へ 開 示 さ れ た も の と 釈 さ れ た の で あ る 。善
導 は 広 懺 悔 を 述 る 前 に 三 品 の 懺 悔 を 明 か す 。 ニ ナ リ ノ ハ ノ ノ ヨ リ レ ノ ヨ リ ル ヲ ク ノ ト ノ ト ニ キ ○懺
悔
有 三 二 品 一 上 中 下上 品 懺
悔
者身
毛 孔 中血 流 眼
中
血 出 者 名 二 上 品 懺
悔
一 中 品 懺 悔 者 偏 身 熱 リ テ ノ ヨ リ ル ヲ ク ノ ト ノ ト テ ク ノ ヨ リ ル ヲ ク ノ ト汗
従 二 毛 孔 一 出 眼 中血 流 老 名 二 中 品
懺
悔
一 下 品懺
悔
老 偏 身 徹 熱 眼 中涙 出 者 名 二 下 品
懺
悔
一 こ れ は 懺 悔 心 の 強 弱 に由
る も の で あ る 。 西山
上 人 は ト ヘ ノ レ ノ ニ フ テ ノ ァ ノ ニ ノ ト ィ フ ノ ノ ○ 懺 悔 有 三 品者
是所
レ 立 ゴ 聖 道 常 途 教 一 懺 悔 重今
入 二 観 門 意 一 弘 願 相 応 後 可 レ有 二 彼 三 品
懺
悔
一 意 也 。 上 中 ノ ハ ノ ハ ノ ラ ズ ニ 品 懺 悔 未 代 機 難 レ 及 雖 二 下 品 其 理 目 可 τ 通 其 意尚
難 レ 有 と釈
し て い る 。 我 ら は 今 法 門 の真
実 ( 道 理 ) に 依 っ て 過去
を 思 え ば 、 徒 ら に 生 を 送 り 罪 を 悔 ゆ る 心 も 無 く 今 日 ま で 過 ご し て き た の で あ る が 、 今 其 の 過 を 知 り 悔 る 心 深 く 徹 っ た な ら ば 身 よ り 血 も 出 で 、 眼 よ り 涙 も 浴 る 》 と 云 う の であ る 。 こ 〜 で 留 意 し な け れ ば な ら な い こ と は 真 心 を 以 て の 懺 悔 は 軽 重 の
罪
悉 く 滅 し 、真
心 無 き 者 は 小 罪 を も 滅 す る 、 こ と が 不 可 能 で あ る と い う こ と で あ る 。 こ の 懺 悔 を 「真
心 徹 到 の懺
悔
」 と 云 う 。 ト ノ レ バ レ パ ス ハ ヲ ス ル ニO
真 心 徹 到 者 三 心 具 足 異名
也 。有
二 至 誠 心 一 必 可 レ 具 二 深 心 鱒 有 下 分 二 別自 力 他 力 一 真 心 上 可 レ 有 下 帰 二 他 力 一 深 心 上 レ バ ス ル ヲ ノ シ メ レ バ ハ ク リ ノ ト ハ ク ル ブ ス ル レ 7 有 下 信 二 仏 願輯 深
行
上 凡 夫 往 生 不 レ 疑 信 心 決 定善
悉 成 二 往 生 因 一 悪 悉 有 二 滅謂一 言 二 真 心 徹 到 一 故 也
弥 陀 の 願 力 を 信 じ 、 善 根 薄 少
罪
業
深 重 の 我 身 我 心 を 信 知 し 、 こ の 様 な 凡 夫 で あ る け れ ど も 願 力 不 思 議 を 以 て 消 滅 す る 謂 れ が あ る と 、真
心 徹 到 す る懺
悔
を 理 解 し た い 。 次 に 広 懺 悔 と は 「 敬 白 十方
」 以 下 の 文 を 指 す 。 こ の 懺悔
は 大 き く 七 の 文 段 に 分 け る こ と が 出 来 る 。 所 対 の境
敬白
十方
夛 某 甲 発 露懺
悔
敬 白 は懺
悔
発 端 の 辞 で あ り 、 阿弥
陀 仏 に 帰 命 し て 殊 更 に昔
の 過 を 申 し 伸 ぶ る 詞 で あ る 。 こ の 所 対 は 四 類 で あ る 。1
、 三 宝 ( 仏 … 十方
諸 仏法
…十
二 部 経 僧 … 諸 大 菩 薩 一 切 賢 聖 )十
方
諸 仏 は 弥 陀 と 諸 仏 隔 て が 無 い の で こ の 様 に 云 う の で あ る が 、 勿 論 そ の 意 か ら 云 え ば 弥 陀 で あ る 。 十 二 部経
は 弥陀
所
証 の 全 て の法
を指
す 。 諸 大 菩 薩 は 地 上 の 菩 薩 、 一 切 賢 聖 は 地前
の 菩 薩 、 二 乗 等 で あ る 。2
、 一 切 天 竜 八 部、 こ れ は権
実
二 類 を 指 す 。3
、法
界衆
生4
、 現前
大
衆 こ れ ら の 四 類 に 対 し て 我 ら は 仏教
に 随 い 、 心 を 発 し て懺
悔 発 露 す る の で あ る 。 懺悔
発 露 と は 所 造 の 罪 を 悔 い る 詞 で あ る 。 懺 悔 に つ い て西 山 学 報 所 懺 の 罪 体 従 無 始 已 来
♂
自 作 教 他 見 作 随 喜 不 可 知 数 懺悔
す る 罪 の 内 容 は 十 悪 及 び 破 戒 の 罪 で あ る 。 こ れ を 二 段 に 分 け て 示 さ れ て い る 。 即 ち 一 つ は 、 一 切 三 宝 師 僧 父 母 六 親 眷 属 善 知 識 等 に な す 無 限 の罪
体 を 出 し て 発 露 す る の で あ る 。 往 生 礼 讃 に は 、 殺 害 、 愉 盗 、 邪 心 の 身 業 に よ る も の 三 、 妄 語 、綺
語 、 悪 口 、 両 舌 の 口 業 に よ る も の 四 の 七 罪 が 挙 げ ら れ て い る が 、 西 山 上 人 は ノ ニ ノ ル ニ ヌ ヲ 〇 十 悪 中身
口 七 罪 最 可 レ 在 故先
列 レ 之と 釈 さ れ て い る 。
尚
、 法 事 讃 に は 三 業 に 亙 る 十 悪 に つ い て 詳 述 さ れ て い る 。 も う 一 つ は 制罪
で あ る 。 こ れ は 我 ら は 善 知 識 に 値 い 、 仏 の 出 世 に 遇 っ て 戒 を 受 得 し て い る に も 拘 ら ず 尚 違 犯 し て い る 。 故 に 一 一 に 之 を… 懴 悔 す る の で あ る 。 即 ち 五 戒 :麹
家螺
っ攣
妄 語 ・ 飲 酒 ・( 在 家 の 一 日 一 夜 持 つ 戒 ) 八 戒 … 五 戒 に
脂
粉 塗 身戒
、 不歌
舞 観 聴 戒 、 不 眠 坐 高 広 床 戒 の 三 を 加 え る 。 ( 沙 弥 戒 ) 十 戒 … 八 戒 に非
時 食 戒 、 金 銀 を手
に 取 ら ざ る 戒 を加
え る 。 ( 在 家 の 戒 ) 十 善 戒 … 身 三 口 四 意 三 の 十 悪 ( 比 丘 の 具 足 戒 ) 二 百 五 十 戒 …波
羅
夷
、 僧 残 、 不 足 、 尼 薩 耆 波 逸 提 、 波 逸 提 、 波 羅 提 提 叉 尼、式
叉 迦 羅 尼 、 滅 諍 等 の 二 百 五 十 ( 比 丘 尼 の 戒 ) 五 百 戒 : ・ 二 百 五十
戒
と ほ ゾ 同 じ ( 数 に 相 違 あ り ) ( 大 乗 菩 薩 戒 ) 菩 薩 三 聚 戒 …摂
律 儀 戒 、 摂 善 法戒
、 焼 益 有 情 戒 十 無 尽 戒 … 十重
禁
戒
の こ と で 、 不 殺 人 戒 、 不愉
盗 戒 、 不 婬 戒 、 不 大 妄 語 戒 、 不酷
酒 戒 、 不 説 四 衆 過 罪 戒、 不 自 讃 毀 他 戒 、不
樫
貪
戒 、 瞋 不受
懺 謝 戒 、 不 謗 三 宝戒
一 切