23
(東女医大誌 第49巻 第9号頁 901〜904昭和54年9月)
筋肉ヌクレオチドの死後変化(第2報)
一ヌクレオチド量と死後経過時間との関係一
東海大学医学部法医学教室(指導:平瀬文子教授)
平瀬 文子・中村 公一・斉藤銀次郎・
ヒラセ フミコ ナカムラ キミカズ サイトウギンジロウ
永田 正博・小島 正記
ナガタ マサヒロ コ ジマ マサノリ
(受付 昭和54年7月3日)
P⑪s轍。驚tem C恥ange of Nuc且eoti es触Muscle(距)
一Re艮a伽皿9血i欝偽etween血鵬亙eo磁es concent聡t且⑪n
an{1即05tmortem憾me一
F覗m且壼oHIRASE, M.D,, Kim趣azu NAKAMURA, Ch輔量ro SA亙丁0, M.D.,
Masah量ro NAGATA, M.D. and Masa駈KOJIMA Department of Legal Medicine(Dircctor:Pro£Fumiko HIRASE)
School of Mcdicine, Tokai Univcrsity
IMP and ATP concentration of Musculus brachii, Musculus surae, and Musculhs psoas of rat ki至led by chlorofbrm poisoning were measured諭er 8 hours postmortem, using high pressure Iiquid chromatography, and then the relationship between the ratio of IMP to ATP and postmortem time was investig包ted.
1.The changes in IMP and ATP concentr乱tion, according as postmortem time elapsed, were a既cted remarkably by temperature, and ATP almost disappeared withi118hours postmortem.
2.In the case of Musculus psoas, linear丑mctional relation was obtained between the r飢io of IMP to ATP and postmortem time within 8 hours.
亙. はじめに
死後筋肉内ATPの消失によっておこる死後硬 直は,法医学上死後経過時間推定のための重要な 死体現象のひとつである.死後硬直に関する研究 は形態学的D2)物理学的3)4),化学的5) 7)に数多く
行なわれ,その詳細がほぼ明らかになってきた が,法医実用面における硬直の測定は,単に関節 を動かすことによってその強さを判定しているに すぎない.
錫谷8)らは死後経過時間推定に関する「連の研
究の中で,死後硬直の測定が主観的である点を指 摘し,その実例として法医学の教科書によって死 後硬直の発生時間がさまざまに記載され,早いも ので1〜2時間,遅いものでは3〜4時間と著し い相違がみられるとして,これを是正するための 客観的測定法として,硬直の型を数値で分類表示 する試みを行なった.
われわれは9)先に高速液体クロマトグラフィー を用いてラット腰筋ヌクレオチドの測定を行な い,硬直の進行過程を化学的に検索することによ
一901一
24
り死後経過に伴なってIMPとATPが著しく変
化することを報告した.したがってIMPあるい はATP濃度を経時的に測定することによって,死後経過時間との関係を科学的に表わすことは可
能と思われるが,IMPあるうはATPを個々に
測定することは多くの外的内的要因によって大き な誤差を生ずる原因になると考えた.そこで,IMPとATPの相対的な濃度をIMPIATP濃度
比として表わすことによって,より誤差を少なく できるのではないかと考えた.
今向われわれは,ラット筋肉内IMPおよび
ATP濃度を外気温と筋肉部位別に分けて経時的 に測定することによって,各時間におけるIMP/ATP濃度比を算出し,死後経過時間を推定する のにどの程度応用可能であるかを検討した.
皿・実験材料および方法
5匹のラット(約2009♂)を一群として,5・15・
25℃に設定した恒温室内で,ラットを標本瓶に入れクロ ロホルムで中毒死させ,死直後および死後1・2・4・
6・8時間後の上腕筋・下腿筋・腰筋を捌出した.
IMPおよびATPは,劉出筋のLO9を6N過塩素
酸で抽出し,リン酸緩衝液を移動層として島津・デュポ ン高速液体クロマトグラフ830型を用いて測定した.
クロマトモードは第1報9)と同じ条件を用いた.定量 に際しては,島津:デジタルインテグレーターITG・4Aを 用いて,あらかじめ作成しておいたIMPとATPの検
量線から測定値を求めた.
H亙・実験成績
1.亙MPとATP濃度の経時的変化
死後の経過に伴なって筋肉内ATPは急速に減 少し,IMPは急速に増加した.これを劉出筋の
部位および外気気早に分けてIMPとATP濃度
の変化をラット5匹の平均値として表わしたもの が図1・2である.図1は外気温を15℃として,部位別にIMPと ATP濃度の変化を示したもので,上腕筋・下腿 筋・腰筋はともにほぼ同様のパターンで変化し た.特に変化が著しかったのは死後1時間から4
時間までの問で,この間にIMPおよびATPの
濃度はそれぞれ5〜6倍の増加と減少を示した.図2は腰筋を外気温別に分けて,IMPとATP
レmo119 8
6
4
2
0
一M.P3◎己s
凹一一一一一一一M.brachii ヤー〜 一一一M.5旧rae
、 、
、 \ ・ \ ・、 \ へ ノ も ノうノ
\主〉//
.5煮
/◇ \\
/ / 馬、
// ㍉・㍉
ザニダ
埋
/ /
4ニー一一一
㍉強準__ ATP
一す㎜一「
R)51mortemπme
Fig。1Pattern of ATP and IMP changes in rat muscle at 15℃
μmol/9 8
6
4.
2
一 5℃
ヘヨれ
一_.25℃ 塑
くこへ __〈二ニー\、\ .一く__一_一一一一『一一r \\ ・一一 一.
、、\ 〆∠
、し\ / 一.一一一一 、\ .一.一∠一一一.一一一一..一一一一一一一一一一一一『一一一一一一ゴr
\〉/
」・L、へ /
六 \
/ ・、 \\
ガ し \ つ LL \ 〃 一・一一一一_ \こ
! 一一一一_ ATP
012345678hr
R瞭mTime
Fig.2 Pattern of ATP and IMP changes in rat muscle.
濃度の変化を示したものである.ATPは高温に なるに従って明らかにその減少率を増したが,こ
れを死直後のATP濃度を100%として死後2時
間における各温度別の残存率で比較すると,250C では14.5%,15コ口は40.0%,5℃では60.8%と なり,ATPの消失が外気温によって著しく影響 を受けていることがわかる.またIMPは,25℃の時に約2時間でほぼピークに達し,それ以降の 増加は緩慢であったが,5。σ・15℃では約4時間 後まで増加し続けた.
2.亙MPIATP濃度比と死後経過時間との関係 死直後から死後8時間までの各時間における
IMPおよびATP濃度を, IMP/ATP濃度比と
して表わし,外気温と部位別に分けて死後経過時 間との関係を示したのが図3・4である.図3は外気温が15℃の状態で,部位別にIMP/
一902一
25
睾・・
窒
3
20
10
一 M.騨
・一一一一一・・@M、brach薩 一一 l、ヨ」rae
/ /
,一一/
一r,ヒダ〆
ノ1 ノ/
//
乞ク /グ
,グ ノ
/
0 12345678hr
R培㎞ortem酒me
F量g.3Relationsh三p between the ratio of IMP/
ATP and the time after death(15℃)
睾・・
睾
30
20
10
一P。c ・15℃
一一一一一一・ Q50C
ノノ
,/ノ
//
//
/ ノ ノ
4レ/
/
//
//!
!
0 1234567ahr
R⊃5tmortem Time
F量g.4Relationship between the ratio of IMP/
ATP and the time after death(psoas)。
ATP濃度比を経時的に表わしたものであるが,
上腕筋・下腿筋・腰筋のすべてが死後2時間以降 から上昇している.しかし腰筋では死後8時間ま で一次関数的な直線関係が得られたのに対して,
上腕筋と下腿筋では死後4時間を境にしてIMP/
ATP濃度比の勾配が変化したため,一次関数的 な直線関係は得られなかった.
図4は腰筋について,温度別にIMPIATP濃
度比の経時的変化を示したものであるが,外気温に関係なく死後経過時間とIMPIATP濃度比と
の問に一次関数的な直線関係が得られた。また5℃および15℃ではIMP/ATP濃度比が死後2
時間以降に上昇を示したが,25℃ではこれより早く,死後1時間以降に上昇した,
IV・ まとめ
ATPが死後硬直に重要な役割りを果たすご
とはBenda115)〜7)10)らの一連の研究によって既 に実証されている.死後筋肉内で起こる化学変 化,特にATPを中心とした化学的な分解過程を Benda111。)は二段階に分けて説明している.第一 段階として,死後の初期にグリコーゲンとクレア チンリン酸によってATPが分解され, ATPが一 定量に保たれている期間をdelay phaseとし,そ
してクレアチンリソ酸が消失するためにATPが 再生されなくなり,漸次消失して行く期間をfast phaseと名付けた.
Benda11のこのような化学的な分類は今回われ われが行なった実験結果にそのまま当てはめるこ
とができる.図1・2に示したATPとIMPの
経時的変化をみると,死後約1時間以内では外気 温や別出部位にかかわらずATPの減少は緩慢で ある.したがってこの期間では,ラット筋肉内で ATPの再生がなされていることが推測されることから,これはdelay phaseに相当すると思わ れ,また死後1時間以降ではATPは急速に減少
しているため,クレアチンリン酸の消失によって ATPの再生が行なわれなくなり,ATPが減少の 一途をたどっていることから,これがfast phase に相当するものと思われる.
delay phaseは死亡前の筋肉内のグリコーゲン およびクレアチソリン酸:量によってその持続時間 が左右されるために,筋肉の栄養状態あるいは疲 労の程度によってfast phaseに移行するまでの 時間が決定される10).今回われわれが実験に用い たラヅトでは,飼育状態および死因が一一定の条件 下におかれていたために,delay phaseは図1,
2に示すように,ほとんどのラットで約1時間持 続したものと考えられた.したがってラットの飼 育条件を変えたり,クロロホルム中毒死以外の死 因の場合には,delay phaseの持続時間は当然変 化するものと考えられる.またfast phaseでは BendallのATP分解の化学反応式7)に関与する ATPase, myokinase, deaminaseなどの酵素活性 が外気温によって変化するために,ATPの消失 およびIMPの生成が大きく左右されるといわれ ている1。).このことは今回の実験結果による25℃
一903一
26
の腰筋内ATP濃度の消失が著しかったことから
も明らかである.
fast phaseに相当する期間内ではIMPIATP 濃度比によって死後経過時間の推定値が得られ,
特に腰筋では死後8時間以内の範囲において,死 後経過時間との間に一次関数的直線関係が得られ たので,IMPIATP濃度比によって死後経過時間 の推定が可能であると考えられた.しかし,ラッ
トの飼育状態・死因・死後に放置される外気温の
影響などによって,ATPの消失およびIMPの
生成過程が著しく変化すると考えられるので,IMP/ATP濃度比から死後経過時間を推定するの には,さらに種々の要因を加味して検討しなけれ ばならないものと考えている.
V・むすび
ラットの上腕筋・下腿筋・腰筋内のIMPお よびATP濃度を,死直後から死後8時間までの 範囲内で経時的に測定し,得られた値をIMP/
ATP濃度比として表わすことによって死後経過 時間推定の可能性を検討した,
1.IMPおよびATP濃度の消長を捌出部位
および外気温別に分けて比較したところ,斗出部 位による経時的な濃度変化の差はそれ程大きくは なかったが,外気温別では高温になるに従って著しい変化を示した.
2) ラット腰筋では,死後8時間以内の範囲で IMPIATP濃度比と死後経過時間との問に一次関 数的な直接関係が得られたが,上腕筋・下腿筋で
は死後4時間でIMPIATP濃度比の勾配が推移
したために一次関数的な直接関係は得られなかった.
本論文の要旨は第62次日本法医学会総会(昭和53年5 月,仙台)で発表した.
文 献
1)Bate・sm五曲, E・c・3 J Physioi 96176(1939)
2)Kompec1肥r, T. and O. F野iyc 3 Forens Sci 1297〜102(1978)
3)Ota, S., Y. Fu瓢ya and K. Shintaku 3 Forens Sci 2207〜219(正973)
4)Kompecher, T.=Forens Sci 1289〜95(1978)
5)聾ate・Sm拙, E。c.鋤d J.R.駐endall 3 J phsiol 106177〜185(1947)
6) Be凱翻a亘1, J』至・= Jphysiol 114 71〜88 (1951)
7)8enda11, J.R. and(】.L. Davey 3 Bめchem Biophys Acta 2693〜103(1957)
8)平谷徹・他:北海道医誌52269〜283(1977)
9)平瀬文子・他=東女医大誌498(8)702〜707 (1979)
10)8e蹴魂a懸,」。R。3 The Structure and Function of Muscle(Ed. Bourne, G.H.)III Academic Press Ncw York(1973)
一904一