• 検索結果がありません。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」の構図について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」の構図について"

Copied!
19
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)Title. レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」の構図について. Author(s). 上条, 雄也. Citation. 北海道学芸大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 13(2): 121-138. Issue Date. 1962-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3760. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第 13 巻. 北海道学芸大学紀要(第一部A). 第 2 号. レ オ ナ ル ドo. 昭和37年1 2月. ダリ ヴィ ンチ 作 「最 後の 晩 餐」. の構図に ついて 上. 雄. 条. 也. 北海道学芸大学旭川分校美術科研究室 ’ i i ion of Leonardo da Vinc Y賞ya KAふばJる ; on the Co t s 1 m Lpos ’ ’ “The Last Su er pp. 序 レオ ナ ル ド・ ダ ・ ヴ ィ ンチ の 「最 後 の 晩 餐」 は, ミ ラ ノ の サ ンタ ・ マ リ ア ・ デ ル レ・ グ ラ テ ィ ) 画 面 の大 きさは エ 僧 院 の 食 堂 の壁 に, 1495年 か ら1498年 ま で か か っ て 描 か れ た とさ れて い る1 .. ) 8世紀と20世紀の初頭とにかなり大がかりな修復 縦4 ,lm2 . 画面の損傷が甚だしく, 1 ,2m, 横9 90 8年に修復したガ ヴェナ←ギによれば, それらの補筆は剥落 した部分の が行なわれているが, 1 填充が主となっていた というから, 通常想像されているよりは, レオナル ドの描いた形状をよく 第1図. バ レ ノ ト ロ イ. 小. ア. ヤ. ソ. コ. デ. ブ. レ. ペ. ユ. レ オ ナ ル ド・ ダ・ ヴ ィ ソ チ 「最 後 の 晩 餐」. ヨ. テ ロ. ダ. キ. 大. リ. ヤ. . コ. ネ. フ - 121--. ピ. タ. シ. マ . リ . タ. ツ ー ダ. モ. ス. ボ. イ. イ. ト.

(3) . 上. 条. 雄. 也. ) と ど め て い る と 考 え ら れ る3 .. ポ ソテ・カプリアスカにあるこの作品の模写画の下方につけられた銘文は, ここに描かれた人 ) 物の名を第1図に付記した如くに知らせている4 . 大体信じていいようであるし, 殊にこの小論 でとりあげる重要な人名については違いがないので, そのまま用いることに した.. レオ ナ ル ド‘ は多 く の 手 記 を 残 して い る. そ れご ま 現 在 「絵 画 論」 と して ま と め ら れ て い る が, 残. 念なことに, 直接 「最後の晩餐」 に関するものとしては, 僅か数葉の素描と, 人物の姿態につい ての幾らかの言葉とがそこにあるにすぎない. それらの素描のうち, 比較的精密に描かれたもの はただの一枚 (第2図) で, そのほかは ペ ンの走書による試みか覚書程度のものであり, しかも. 基本的には第2図に掲げたものとほとん ど変りがない. この第2図の素描も, その描かれた年代 については推定されないままになっている. レオナル ドの手記を 「絵画論」 に編輯した J .リ .P ヒ タ ー は, こ れ ら の 手 記 が, お よ そ1489年 (レオ ナ ル ド37歳) 頃 か ら 始 め ら れ, 1519年 に 残 す る. まで書き続けられたものだとしているので, 1 489年以後, 1 495年以前に描かれたものと考えられ る. そのほかの言葉で書かれた手記は, 一応 リヒターによってその記述年代が推定されている. 当時の他の人の著作や書簡でこの作品に触れているものもあるが, それらは全くといっていい 程, その構図に関 したことには言及 していない, 従って レオナル ドの 「最後の晩餐」 が, いかなる思考の過程を経て, 現在見るような構図に到. 達したかは, 第2図に掲げた一葉の素描と, 完成された壁画とを比較検討 しながら, 「絵画論」 から読みとれる レオナル ド自身の思索に頼っていくよ り方法がない. なぜなら, 構図は表現内容. を視覚的に定着させる具体的な形式であり, それはその題材に対する特殊な考察と, 一般的な造 形も しくは空間に関する思考との結合から生まれてくるものだからである.. 第2図の素描は, それが1 489年から姓95年ま での間のどの時期に描かれたものであるにせよ,. レオ ナ ル ドの 「最 後 の 晩 餐」 に つ い て の構 想 の 出 発 が, ア ン ド レア ・ デ ル リ カ ス タ ー ニ ョ 及 び ド メ ニ コ o ギル ラ ン ダイ ョ の 作 品 に よ っ て 代 表 さ れ る 1 400年 代 フ ィ レ ンツ ェ の,. 「最 後 の 晩 餐」 図. の一般的方式であったことを示 している.. カ ス タ ー ニ ョ の 「最 後 の 晩 餐」 (第 3 図) は, 1450年 頃 フ ィ レ ンツ ェ の サ ンタ ・ ア ポ ロ ーニ ァ 僧 院 に, ま た ギル ラ ン ダイ ョ の 「最 後 の 晩 餐」 (第 4 図) は, ]482年 頃 同 じ フ ィ レ ンツ ェ のオ ニ. ッ サ ンチ 僧 院 に 描 か れ た も の で あ る. レオ ナ ル ドが ミ ラ ノ に 向 け て フ ィ レ ンツ ェ を 後 に した のは ) か ら, ギル ラ ン ダイ ョ の 作 品 も 少 な く とも そ の 完 成 直 前 のも の は 見 1482年 と 推 定 さ れ て い る5 , た で あ ろ う し, ま して カ ス タ ー ニ ョ の作 品 は かな り よ く 見 た に ち が い な い. カ ス タ ー ニ ョ, ギル ラ ン ダイ ョ 両 者 の 作 品 と, レオ ナ ル ドの 最 初 の 構 想 と に お い て相 違 して い. る 大 き な 点 は, レオ ナ ル ドが 総 べ て の 人 物 か ら 光 背 を 取 去 ろ う と した こ と だ と.考 え ら れ る. カ ス. タ ー ニ ョ, ギ ル ラ ン ダイ ョ 両 者 の 作 品 では, 光 背 の 無 い のは ュ ダだ け で あ る. 1305~ 7 年 に 「キ. リ ス ト--代 記」 の 中 の ひ と つ と して 描 か れ た, パ ドヴ ァ の ア レ← ナ 礼 拝 堂 の ジ ォ ッ ト の 「最 後 の. 晩餐」 (第5図) でも, 光背の無いのはュ ダだけである. もっとも前二者の作品ではヨハネにも 光背が無いから, 言葉の意味のままでは実はこの言いかたは誤っている. けれどもそれら の作品. のヨハネに光背が無いのは, 図を見れば明らかなとおりヨハネがキリストの胸によりかかってい る為で, ュダに光背が描かれなかったのとは根底 からその理由が異なっている.. レオナル ドの素描に光背が描かれてないのは, それが素描だからであって, その時既に実際の -12 2-.

(4) . レオナル ド・ ダ・ヴィソ チ作 「最後の晩餐」 の構図について. 壁画からも光背を除こうと意図 していたかどうかは分からない, と考えることはできる, しかし その素描に見る各人物の姿態は, 後年の壁画におけるそれらと同様, 既に, 大きな身振りによっ て個個の人物の心理を表出しようとす る傾向を強く表わしている. これは レオナル ドがその手記 の中で, 「よき画家は, 二つの主要事物 を描かなければならない. 人とそしてその魂の意向であ る. 第 一 の こ と は 容 易 であ る が, 第 二 が む ず か しし・ , な ぜ な ら, そ れ は ジ ェ ス チ ュ ア と 四 肢 の 動. )と述 べているその言葉の具体化という点で素 6 きによって表現されなければならないからである」 描と壁画とが同一の基盤を持っていることを意味するからであ る, すなわち レオナル 白ま, 「最 後の晩餐」 の最初の構想において, 多数の人の集まりにおける心理的な葛藤を, そこに表現しよ うと考えたにちがいないのである. それは光背を持った 単なる聖者としてでは 表現 できるもので. なく, あくまでも個 個の魂を持った人間としてでなくてはならない.. そ して こ の 「人 間 と して の 表 現」 と い う 基 本 的 な 構 え が, こ の の ち 「最 後 の 晩 餐」 の構 想 を 新. i たな方向へ次第に固めていく串 l tとなり, また光背の除去という具体的な方針そのものも, 構図の 」二に 少 な か ら ぬ 作用 を す る こ と に な る。. そうした相違点, しかもそれが人間的表現への偉大な第 一歩であったにもかかわらず, レオナ 400年代フィ レンツェ ル ドの素描は, その基本的な配置に おいて, 前記二者の作品で代 表される1 の一般的方式から脱出することができなかった.. 第2図 レオナルド・ダ・ヴィソチ 「最後の晩餐」 の素描. カ ス タ ー ニ ョ と ギル ラ ソ ダイ ョ のそ れ ぞ れ の 作 品 に 共 通 し, レオ ナ ル ドの最 初 の 構 想 とも 一 致 して い る 点 は, 重 要 な も の を と り あ げ る と お よ そ 次 の 三点 で あ る.. 第一は, 食卓が横に長く水平に置かれていること. その食卓が, ギルラ ソダイ ョ の作品では逆 凹字形に両端が前方へ曲げてあるが基本形は長方形であり, 他の二作では共に全くの長方形であ る こ と.. こよ り か か る 姿 勢 で, 眠 っ て い る か の よ う に 描 か れ て い る こ と. そ 第 二 は, ヨ ハ ネ が キ リ ス トマ. のヨ ハ ネ が キ リ ス ト の 向 か っ て 右 側 に 位置 して い るこ と。 - -123-‐.

(5) . 上. 条. 衣 蕉. 也. 第3図 アン ドレア・デル・カスタ【ニョ 「最後の晩餐」. 第4図. ドメニコ・ ギルランダイ ョ 「最後の晩餐」. 第三は, ュダが食卓の手前にただひと り位置 して, キリストと卓をはさんで対立関係のありか 云 こに な つ て い る こ と,. 食卓を横に長く水平に置くことは, ヴィックのサ ン・マルタン寺に描かれた, 12世紀前半の壁 )●でも既にそうなっている. 前出のジ ォッ トの作品 (第5図) も, 人物配置は伝統を打破した 画? 新ら しい試みでなされているが, 食卓はやはり同様になっている, 1 295年のヴェネチァ 派の画家 ) で は, 珍 ら しく 食 卓 が 凸 レ ン ズ の 断 面 の 形 に 描 か れ て い るが 多 分 の 手 に な る ミ ニ ア チ ュ ー ル8 ,. これは楕円なのであろう。 つまり, 円卓を斜め上から見たところにちがいない. そ してその楕円 -124-.

(6) . レオナル ド・ダ・ヴィソチ作 「最後の晩餐」 の構図について. の長軸にあ たる線はやはり水平に保たれている. これは ビザンチン絵画における正面性 の伝統と この題材 の持つ意味内容とが結合して, 左右相称に近い表現と, その為の基底としての水平線と. して始まった方式で, やがて ビザンチン様式から離脱 したのちも, この題材に適合 した方式とし てそのまま 承継されたものと考えられる. レオナル 自沈もちろんそれを無定見無反省に取入れたわけではあるまい. 「最後の晩餐」 とい う題材のもつ内容から考えて, 伝統的なこの方式に 「是」 という結論を下したものであろうが, し か し こ の 食 卓 の 位置や形が全体の構想の中でどのような意味をもつかは, 素描に見る限りでは ま だ 予 測 さ れ な い. た だ こ の 素描iの 中 で と ら え ら れ る の は, こ の 食 卓 が 物 語 の 中 の 欠 く こ との で. きない道 具立て であると同時に, 動くこ とができ, また現実にかなり激しく動いてい る人物に対 して動かないもの, そして動かないが故に動くものを支える基盤でもある造形的な意味の存在だ 切な役割を果たすものであって, ということである, それは人物の動きが激しければ激しい程大‐ 水平で強固に表わされなけれ ばならない理由はそこにあった. ョ ・ネ の 位 置 と姿 態 は, こ の 題 材 の 出 典 で あ る 聖 書 の, 「イ エ ス の 愛 し たま う 一 人 の 弟子, イ. 3節) という文言を忘実に守り通して 3章第2 ・ ・ 」 (ヨハネ伝 第1 エスの御胸によりそい居たれば…, きたものである. ヨハネがキリストのいずれの側に位置すべ きかは, この言葉の中では 全く規定 されていないが, サ ン・マルタン寺の壁画を除いて, 先に挙げた作品のす べてがキリストの向か って右側に位置しているのは, それがやはり伝承となっていた からであろう. レオナル ドの素描は, このヨハネの位置 やありかたについて大体その伝統を踏襲して いる, し ダイ か し, 姿 勢 に つ い て は 既 に 新 ら し い試 み を 見せ て い る. す な わ ち, カ ス タ ド ニ ョ も ギ ル ラ ン. トによりかか ョも, そして人物配置に新機軸を生み出したジオッ トですら, 横顔を見せてキリス っている ヨハネを描いているのに, 彼はそれを食卓にうつぶせた姿に して, ほとん ど頭頂部と肩 とだけを見せて描いているのである. もちろんそ の姿勢は, 他の諸人物のそれぞれの姿勢に新ら しい工夫をこらしていった一貫として受取る限り, 殊更に取上げる必要はないとも考えられる. けれ どもこの顔も見せな い姿勢は, レオナル ドが, 他の立騒 ぐ弟子たちと対比 的に ヨハネを表現 しよ う と し た 意 図 を 示 す も の で あ り, 言 い か え れ ば, ヨ ハ ネ の 他 の 弟 子 た ち と の 異 質 とも い え る. ・るものだといえる, つ 明確な相違を 意識して, それを画面にうちだしていこうとした事実を物語 まり, 壁画における 構図を決定する際のひ とつの重要な要素の 萌芽が, 既にこの素描 に見られる こ と を 指 摘 し 得 る と 思 う の で あ る.. ュダの位置は, この題材におけるひとつの最大 の要点である。 宗教画として の 「最後の晩餐」 図に課せられた宗教的要求は, 金銭のためにキリス トを売ったュ ダの罪を明白に表出し, それと 対照的に, キリストの最後の受難と, 従容としてそれを受けるキリストの広大な人類愛 とを視覚 化 す る こ と に あ っ た か ら で あ る. そ こ で サ ン ・ マ ル タ ン 寺 の 壁 画 や ヴ ェ ネ チ プ 派 の ミ ニ ア チ ュ ト. ルに見られるように, 恐らくこの題材が扱われ始めた当初から, ュ ダは他の弟子たちから引離さ れて, ただひとり食卓の手前に位置させられたにちがいない. それは裁きの庭に引出された被告 の姿であり, 同時に, ュ ダと同じ側からこの絵を見る多くの人々の罪をも代表してそこに居るの である. 先にも 触れたとおり, この方式を打破して最初 に新たな人物配置を行なったのはジオッ トである. ア レ←ナ礼拝堂の 「最後の晩餐」 では, 第5図に 見るとおり, 横に長く水 平に置かれ た 長 方 形 の 食 卓 を 囲 ん で, 向 こ う 側 に こ ち ら を 向 い て 坐 っ て い る の が キ リ ス ト と ヨハ ネ を 含 め て. 7人, 左手の短辺に向かって半面を見せているのが1人, こちらに背を向けて位置しているのが ュ ダを 含めて5人, ュ ダは左手にやや半面を見せて腰を下ろしている. 一1 25-.

(7) . 上. 雄. 条. 也. 第5図 ジォッ ト 「最後の晩餐」. ジォッ トの こ う した 先 駆 的 な 表 現 が あ っ た に も か か わ ら ず , そ し て1400年 代 のイ タ リ ア, 殊 に フ ィ レ ン ツ ェ の 画 家 た ち が 甚 だ 大 き な 感 化 を ジォッ ト か ら 受 け て い た に も か か わ ら ず , カスター ニ ョ と ギ ル ラ ン ダイ ョ の 作 品, そ し て レ オ ナ ル ドの素 描 ま で が, そ の 人 物酉ご置 に お い て 再 び 中 世. 以来の伝統的方式に戻っているのは, ジォッ トの創始した 新らしい方式が, 決して宗教的要求を 満足させるものではなかったことを意味しているの ではなかろうか. 言いかえれば, それ程この 題材における 宗教的要求が強かったの であり, またそれに対して, 伝統的方式を除いては その , 強い要 求を満足させるような新らしい表現法が, 画家の側にも考え出せなかった事実を物語るも の で あ ろ う.. 2. レオナル ドの 「最後の晩餐」 に関する最初の構想をその素描に ついて見る限り, 以上のように 彼はそこに新らしい試みを盛りこもうとしながら, しかも基本的な構図- その根幹としての人. 物配置においては, 伝統的な方式の範囲内でしか考え得なかったといえ る,そうした伝統的な表出. 方式に固執しながら では, 画家の工夫を働かせ得る幅は極度に狭いものであったに相違ない. は じめの段 階で レオナル ドが専ら個々の人物の姿態 にその思考を向けたのも当然といえる. むしろ. その動作の表現を通して人物の心理を表現すること自体が興味の対?象となって, レオナル ドはこ の題材に立向かったのかも しれない, その点で, 板垣鷹穂氏の言うように, 「この (ギルラ ン ダ. イ ョ の) 壁 画 を 見 て, 主 題 の 困 難 さ に 興 味 を 感 じ た の か も し れ な い」9 ) の で あ る.. レオナル ドはこのことに関連した言葉を数多くその 手記に残している. 例えば, 「人体の描写 叉は表現は, 彼らの態度によって対観者が容易に彼らの心裡の目的を認め得るような具合になさ l )「大勢の人々に向かって 語りつつある男を描き出そうと思うときには 彼が何を o れねばならぬ」 , 1 1 )「人々の動作は, 彼ら 論ずるかということを考え, 彼の動作をこ の論題に適合させねばならぬ」 2 ) などという, その言葉のま 1 の気高さや彼らの下 賎さを暗示するようなものでなければならぬ」 ま を, 彼 自 身 こ の 作 品 の 中 で 実 現 さ せ よ う と し た の で あ ろ う. -12 6-.

(8) . レオナル ド・ダ・ヴィソチ作 「最後の晩餐」 の構図について つ ま り, 前 述 のよ うに レオ ナ ル ドが, カ ス タ. ニ ョ や ギルラ ソ ダイ ョ の 「最 後 の 晩 餐」 を 見 て. いたとしたら, 恐らく彼はその作品に不満を感じたであろうし, 同時に, 自らがその題材によ っ て 筆 を と る 場 合, 何 を しな け れ ば な ら な い か を も 直 感 し た で あ ろ う と い う こ と で あ る. レオ ナ ル. ドの眼をもってすれば, すなわち彼の上の言葉とその素描とを合わせて考えれば, これらふたり の先人の作品では, そこに描かれた人物が未だ余りに形式的にすぎ, 従って類型的で個性に乏し. く, 極端に悪く言えば説明的で, この瞬間における人々の心の動揺をよく表現し得ていないと映 ったにちがいないからである.. まず第一に, カスタドニョ の作品では, そこに居並ぶ人物の間隔がほぼ等しく, ヨハネを 除い ては頭部の高さもまたほぼ等しい, 各人物の食卓の上に出た上半身はいずれもおおよ そ二等辺三 角形をなしていて, 頭部の傾斜や手振りに相違があるにもかかわらず, それらは基本的に二等辺 三 角 形 の 中 に 大 体 納 ま っ て い る。 そ の 点 ギ ル ラ ン ダイ ョ の 作 品 に な る と, 頭 部 の 高 さ に も 間 隔 に. もかなりの変化が加えられ, 上半身の二等辺 三角形も崩れてきているが, それでもその動きはま だ小さく, 手振りも萎縮していて, 全体に沈滞した空気をよどませている. 画面が総体に活気に乏しいのは, ジォッ ト以前の総 べての作品もそうであるが, いずれもそこ に描かれた人物が一様に腰を下ろして落着いているところに大きな原因がある. この衝動的な一. 瞬であるから, キリストの言葉が終るか終らないかに思わず立上がる者も居たっていいし, むし ろ居るほうが自然である。 レオナル ドがその素描に, 腰を浮かした者や立上がった者, 驚きの余 り身をのけぞらせる者や隣へ話しかけるべく身を傾ける者, など様々の姿態を描いたのは, それ ぞれの人物にそれぞれの魂を与えると同時に, 頭部のありかたと高さとにギルラ ン ダイ ョ以上の. 変化をつけ, 上半身の形にも見違えるばかりの変化を与え, 半ば重なる程に接した者と離れた者 とを作って, 人物相互の間隔にも, また大きな変化をつけよう為だったのである, これらの人物の姿態に関しては, レオナル ドはまた言葉でもって具体的に, 次のように手記の 中に残 している, 「酒を飲んでいたが, 杯をもつ手を止めて頭を話者の方に振り向けている者. 手指をねじ合わせながら, 厳しい眉をして仲間の方に向いている者, 両手をひろげて掌を見せ,. 驚いたようなロテrを しながら, 耳の上まで肩をそびやかしている者. ある者は隣席の者の耳にさ さやいている. また隣席の者は彼の言葉 を聞きながら, 彼に耳を貸すために彼の方に振り返って. いる. そうする傍ら彼は片手にナイ フを持ち, 片手にはナイフで半分切りかけた一塊のパ ンを持 3 ) 」「ある者 っている. ある者はナイ フを手に持ったまま振り向くはずみに杯を卓上に顛倒させた1. は両手を卓の上に置いて眺めてい る. ある者は口いっぱいに息を吹いている, ある者は額に手を かざし, 話者を見ようとして前屈みになっている, ある者は前屈みになっている者の後に身をひ )」 4 い て, 壁 と 前 屈 み に な っ て い る 者 と の 間 か ら 話 者 を 眺 め て い る1. 以上は手記に含まれているこの場面の人物に関する覚書の一切である. リヒタ←はこの覚書が. そ のひ と りひ と り の 動 作 に お い て, 素 描 よ り も, 完 成 さ れ た 壁 画 と一 致 して い る こ とを 指摘 して. 5 ) いる1 . しかしその指摘にもかかわらず, 最初の二者-- 「酒を飲んでいたが, 杯をもつ手を止 めて頭を話者の方に振り向けている者・手指をねじ合わせながら, 厳しい眉をして仲間の方を向 いている者」 --な どは壁画のほうにそれに適合する者が居ないで, かえって素描の方に一致す. る者が居る. つまりこの覚書は, 素描が描かれた後に記されたものではあろうが, それにしても 余り遠くない時期に書かれたものであると考えるべ きものなのである. 更に リヒターの推定年代 6 ) を 信用 す るな ら ば, こ の 覚 書 は1493~ 5 年 の 間 に 書 か れ て い る1 . し て み る と, 素 描 が 描 か れ た 時期 か ら 壁 画 に と り か か るま で の 期 間 は, 僅 か 2 ~ 3 年 と い う こ とに な る。 - 127-.

(9) . 上. む 蛙. 条. 也. 実際素描と壁画とを比較してみる時, 姿勢こそ異なれ, 個々の人物を表現する態度や考えかた においては, その両者に余り差を感ずることはない. それはキリストについても言えることであ. って, キリストを見る角度を幾らか変え てくらべるならば, 両者の遠いは頭 の傾けかた ぐらいだ と い う こ と が 分 か る で あ ろ う.. . こう見てくると, 素描と完成された壁画とを非常に差のあるも のに見せている原因の大半が,. 人物の配置とその相互の関連, そしてそれらを含めた全体の組立て--構図にあるということが 昆舌 Lがある. だがその はっきりしてくる. 板垣氏も指摘しているように, 素描にはまだかなりのi. 混乱は, より大きな変化を人物の間にもたらそうとする, その方向に レオナル ドの意識が働いて いたからにほかならない. しかもこの混乱の中に, 人と人との間隔に変化をつけようとする試み が含まれていて, それがやがて統一の重要な要素として壁画の中で働くことにもなるのである. 3. 「最後の晩餐」 図に一般に用いられ た情景は, それをその出典である聖書についてみると次の. と お り で あ る.. -- 〔マタイ伝第26章第20~22節〕 日暮れて十二弟子とともに席に就きて, 食するとき言い給 う。 「まことに汝らに告 ぐ, 汝らの中の一人, われを売らん」 弟子たちいたく憂いて, おのおの 「主 よ, 我 な る か」 と 言 い い で し に … …. 7~1 9節〕 日暮れてイ エス十二弟子とともに往き, みな席に就きて食 ー 〔マルコ伝 第蝿草第1 するとき言い給う 「まことに汝らに告 ぐ, 我と共に食する汝らの中の一人, われを売らん」 弟子 たち憂いて一人一人 「われなるか」 と言いいでしに…… -- 〔ルカ伝 第22章第20~2 3節〕 夕 餐ののち酒杯をも然 して言い給う 「この酒杯は汝らの為に 流す我が血によりて立つる新らしき契約なり, され ど視よ, 我を売る者の手, われと共に食卓の. 上にあり, げに人の子は, 定められたる如く逝くなり. されどこれをうる者は, わざわいなるか な」 弟子たち己らの中にてこの事をなす者は, 誰ならんと互いに問い始む. -- 〔ヨ ハ ネ 伝 第13章 第21~22節〕 イ エ ス こ れ ら の こ と を 言 い 終 え て, 心 さ わ ぎ証 を な し て 言. い給う 「まことに誠に汝らに告 ぐ, 汝らの中の一人われを売らん」 弟子たち互いに顔を見合わせ. 誰につきて言い給うかをいぶかる. レオナル ドがこれらの総べてを読んでその上で情況を想定したのか, あるいは どれかひとつに よってそうしたのかは明らかでない. 前述の弟子の姿勢について記述した手記を見オ滅ば, ルカ伝 の食後だ とする情景に基づいていないことだけは事実である, そして後の三つは言葉の上の微妙 な相違がある だけで, 全く といっていい程似通った表現をしている. いずれにしろ以上の文章に. おいて共通している点は, 「汝らの中の一人われを売らん」 とキリス トが言った時, 「それは誰 か」 と弟子たちが俄かに騒然と いまじめたことで, 従って, 画面に描かれる べきその瞬間 の情景 に お い て, キ リ ス ト を 売 ろ う と し て い る 者 が言挫か は, キ リ ス ト と ュ ダ 以 外 の 人 々 に は 分 か ら な か. ったはずである,. B. ベ レ ソ ソ ン 氏 は, レオ ナ ル ドの 能 力 と そ の 発 揮 さ れ た 分 野 に つ い て, 次 のよ う に 指 摘 し て い. る, .「レオナル ドは画家として偉大であったが, また彫刻家や建築家としてもそれに劣らぬ程名 声を博していた. しかも, こうしたありとあらゆる芸術的な仕事が, 彼の経歴においては, 理論 と実際との両方面にわたる知的探求の合間合間から割 愛された きわめてわずかの時間しか占めて 1 ) -- すなわち レオナル ドは, 芸術家である以前に理論家であり, その理論の実鷹 7 いなかった」 8- -12.

(10) . レオナル ド・ダ・ヴィソ チ作 「最後の晩餐」 の構図について. 家であった. 言いかえれば, 彼の芸術はその理論のひとつの実践分野でもあった. そして, 「近 代科学の分野のうちで, 彼が直観的に予感す るか, または判然と予見していなかったも のはほと. んどなく, 彼が自由に入 りこまなかったような豊鏡な思索の領域もほとん ど皆無のように思われ ) ほど 8 る」1 , 偉大 な 能 力 の 持 主 だ っ た の で あ る,. そのレオナル ド{ 懐手記の中で, 「人物の布置叉は排列を観察し, 彼らがその物語の示す情況に 1 9 ) と後進にいま しめている. 素描を作 対して, 適当に布置されているか否かを験べねばならぬ」 成して後, レオナル ドの思考 の重点が, ュダの位置とそのありかたを中心とした人物配置に向け られたと考えるのは, 以上を総合すればあながち無理ではない であろう.. その点沢木四方吉 氏が, 次のように述べていることには反対しなければならない. 「キリス ト を中央に して左右に各六人の一群が 更に三人ず つの団を作って波のような 外郭線を描 いている . 鼓で我々は彼が二 つの点に於いて伝統を破ったことに注意しなければならない, 即ち一はコ ダを 一人分離 して, 卓の手前に置くこ とを廃して, 群の中に入れたことである. 二はヨハネをキリス トの胸から離して, これをも群の中に推 し寄せたことである. 此の如く して始めて, 使徒の群を 左右 に 均 分 し, キ リ ス ト を ば 構 図 の 中 心, 群 中 の 主 人 物 と す る こ とが 出 来 た の で あ る」2 0 ) .. この沢木氏の論 では, キリストを中心に して 使徒 の群をその左右に均分するが為に ュダも , , また ヨハネをも, そ の群の中へ入れたことになる. 確かにこの作品では, 形式的な整斉がその価 値を高めていることは否めない. ヴェ ルフリンもその著作の中で, 「厳格な る法則性は原始芸術. の特質でなく, 独りクラシ ック芸術の特質とする所 である, 1 400年代には, この法則性はただ漫 然と適用され, 或いはそれが純粋に現われるにしてもただ散漫な効果を収め ているに過ぎない . 両時代共に左右相称 であっても, 決して同一ではないのである, レオナ ル ドの 『晩餐』 に於いて. 始めて, 一人の中央人物を孤立させ, 叉両側の群像を対照的に取扱うことによ って 左右相称 の , 2 ー ) と述べている, 形式が現実的に活気を帯びることとなった」 しかし, 板垣鷹穂氏も言うように, このヴェ ルフリソの考えかたは, 「彼の標樗する形式主義 2 2 ) のであって, レオナル ドの手記を読みあわせ る時 レオナ の立場から加えた解釈にすぎない」 , ル ドの意図がそうした形式的な整備に, 主として指向されたと見る見かたの誤りははっきりと指. 摘できる, ましてュ ダの位置の変更が, そのひとつの手段として使われたとするのは本質的な誤 謬である. それは 研ぐを顛倒した論 である. キリストがひとつの極として重要であると同様, ュ ダは他のひとつの極として同等に重要である. もちろんキリストはその宗教画にあっては常に中 心であり, 1 2人の弟子たちとは別格であるが, この題材の物 語とその表現の経緯からみてやはり ュ ダは主役のひとりである. むしろ画面における人物の布置という構図の点から考える時 「彼 , らがその物語の示す情況に 対して適当に布置されているか否か」 について, 宗教的な意味あいと. 自然で合理的な意味あいとの両面から検討しようとするならば, 何よ りもュ ダの位置に関するこ とこそ最も重要な点であったはずである. 4 こ う見 て く る と, レオ ナ ル ドの 「最 後 の 晩 餐」 に お い て, そ の 最 初 の 構 想 を 示 す で あ ろ う素 描. から, 完成された壁画に転移していく構図上の種々の点が, 実はュダの位置の問題から出発した ものであることは明白である. そればかりでなく, その壁画を子細に検討する時, その作品を, それまでの 「最後の晩餐」 図から構図の上で大 きく飛躍させた多くの要素が, ュダの位置の変更 と多少の差はあれ関係のあることも認めないわ けにはいかない. 極言すれば, ほとん どすべての 一 129一-.

(11) . 上. 条. 雄. 也. 構図上の配慮が, このュ ダの位置を軸として行なわれているのであ る, このことは レオナル ドの 作品とそれ以前の他 の作者の作品とを比較してみれば, 何よりも先にユ ダの位:置が相違点として 訴えてくる事実でも証されるであろう. ュ ダが食卓の手前に 孤立している人物配置では, 画面における対立関係は, ュダと食卓の向こ う側に居並ぶ人々との間に 生じた. そのことがまたこの題材の宗教的要求であった, レオナル ド は合理的要求 からユダを他の弟子たちの中へまじらせたが, その時この宗教的要求を満 足させる 対 立 関 係 は 解 消 し た, ジォッ ト の例 も 先 に あ る こ と で あ る か ら, ど の よ う に 解 消 し よ う と最 初 に. 考えたか, またどのような過程を経たかは分からないが, 完成された壁画で見る限り, レオナル ドはユダを 食卓の向こう側へ移すことによって, ユ ダを他の弟子たちの中へ入れたのである, 画家が構図を決定する思考の 中では, 常に, 種々の条件を二重にも三重にも重ねあわせて全体 一をはかっていくものであるから, レオナル ドがユ ダを移動すると同時に何を解決 していっ の統・ た か, 次 に ど う し た か, そ う し た 順 序 ま で作 品 か ら 探 り 出 す こ と は で き な い。 し か し, ュ ダを 移. すことによって, 次のような問題点や解決の糸口が同時に生じたことは事実である,. 第 一 は, 宗 教 的 要 求 を ど の よ う に し て 満 足 さ せ る か。 つ ま り, ど う して ユ ダを ュ ダ と し て 表 出. するか, これまでの作品にあったユ ダと他の人々との対立関係に替るものを どう表現するか, と いう問 題点である. 第二は, ユダが加わることによって食卓の向こう側に 居並ぶ弟子たちが, これまでの11人から. 12人 と い う 偶 数 に な っ た こ と で あ る. こ れ は 解 決 の 糸 口 と な る 点 であ っ た.. 宗教的要求を満足させ る為には, ュダの心の醜さ下醸さを, その容貌に表わす と共に, その動 作によってもはっきり と表現することが必要であった。 その為に レオナル ドは, 先ずュ ダに金袋. を握らせた。 次にュ ダを背 後へ身をひく姿勢にした. その姿勢によってュ ダの頭をほかの誰より も低い位置に置いたのである, ュダの姿勢に関しては レオナル ドは早くからいろいろと工夫していた形 跡がある. それはカス ターニョ の作品でも ギルラ ン ダイ ョ の作品でも, そこに描 かれたュ ダが余 りに 静かに余りに平然 と 腰 を 下 ろ し て い る の で, そ れ に 不 自 然 さ を 感 じた か ら か も し れ な い. そ う で な く て も, キ リ ス. トの発した一言に最も大きな衝動を受けたのはユ ダの はずであって, そこには強い驚きと恐れと 狼狽と, しかもそうした心の動揺を強いてかくそう とする努力と, はっきり暴露した場合の心構 えとを一瞬のうちに示す, 極めて複雑な動作として表現しなければならないことは必然である. そこで第2図の素描では, あ ごを上 げてキリストを凝視する姿勢にし, ペ ン で略画風に描かれ た他の素描では, 思わず椅子から、立上がった姿勢にしている. それらは, ュ ダを 孤立させた 人物配置の中での試みであるが, そうした 幾多の工夫を 越えてュ ダの姿勢が壁画における如く決定した時, ュダをも含めた総 べての弟子が, 一様に大きな身振り トを で 動 揺 を 示 す こ と に な っ た の で あ る, そ の 多 数 の 示 す 「動」 に 対 して, レオ ナ ル ドは キ リ ス・. 「静」 の極として対置 させた. それはこの情況の中で, 「動」 に対する 「静」 として存在し得る 人物が, 既に事実を知ってそれを超脱 したキリストだけだからである. このキリストを 「動」 に 対 す る 「静」 と し て 表 わ す 方 向 は, カ ス タ ー ニ ョ の 作 品 でも ギ ル ラ ソ ダイ ョ の 作 品 で も, 幾 分 は. その萌芽を見せてい るものである. にもかかわらずそれが明快な効果を示さないのは, ひとつに は 「動」 を示す弟子たちの動きが小さい為と, 「動」 「静」 をひとりひとりの人物のあり かたと して個々に捉えていて, 全体の中での大きな対比として捉えていなかった為 である. レオナル ド の素描 (第2図) はその点弟子の動きを大きく しているが, 「静」 なるキリストに対立するもの -130.

(12) . レ オ ナ ル ドo ダ・ヴィソチ作 「最後の晩餐」 の構図について. 召し・ている。 がユダである為, かえって全体を混乱に陥れる結果をオ. 壁画において, キリストの姿を基本的に二等辺三角形の中へ納めたのは, その 「静」 を表わす のに必要 だったからである. そしてその姿は画面の中央に孤立してしまっては, ュダの存在が極. 度に薄れてこの題材の宗教的意味が 全くキリス ト一辺倒のものになってしまうか, あるいは弟子. たちの騒然とした 身振りに対する興味にすりかえられてしまうかするであろう。 そこで レオナル ドはキリストの頭部を やや横へ傾け, 晩餐の行なわれている室内の環境を, 極度に 「静」 なるも のとしたのである。 キリストの頭部を横 へ傾けたのは, 後に触れ るが, 内面的にはュ ダとの関係 を示すものであり, 構図の上では僅かな動勢を加えたものと言えよう. 先に 「基本的に二等辺三. 角形の中へ納めた」 と述べたのは, そうした僅かな動きの為に, 完全な二等辺三角形の中へは納 ま っ て い な い か ら で あ る.. 室内環境を 「静」 なるものとする具体的な方法としては, 壁画では次のようなことが考えられ. て い る.. 第一は, 伝統に則って長方形の食卓を水平に置いたこと, 第二は, その水平線に対して, その上部に多くの垂直線を並列させたこと。 この並列する垂直 線は, 両側の壁と正面の壁との面を確定するのにも, またその上端を連ねる線によって 遠近とそ. の消失点とを明確にするのにも役立てられている。 食卓の水平線は三重に重ね られ, それによっ て強固な水平面 が設定されて, それと並列する多数の垂直線とが, 人物をとりまく環境を動かし. がたい非常に堅固な, そして安定した静かなものとしている, 第三は, 透視画法の消失点を画面の中心線上におき, そこからの放射線を 基本的に左右相称に. したこと. 及 びそれと関連して, 第二に述べた水平線と垂直線をも基本的に左右相称に置いたこ と.. 以 上を骨格として室内環境を 「静」 なるものに設定し, 数多い弟子たちを 「静中の動」 として 捉え, 更にキリストをそれら人物群における 「動中の静」 として描いたのである, 沢木氏は 「一. 座動けるがうちに, 中央なる基督のみ静かである。 両腕を拡げて卓上に垂れた態度は山の如く重 3 ) と述 く 静 か で あ る, (中 略) こ の 静 と 対 照 し て, 殊 更 に 日 ざま し い の は 使 徒 た ち の動 であ る」2 べ て い る が, そ れ ば か り で な く, 「静 中 の動」 と 「動 中 の 静」 と を 二 重 に と ら え る こ と に よ っ て. キリス トの 「静」 を人物中では孤立させながら画面の中では孤立させず, その二重の 「静」 の間 へはさむことによって, 弟子たちの動揺を一層活気あるものに表現し得たのである, この 「動」 と 「静」 との対置がこの画面では支配的な要素となっている。. しかしこう した設定は, 「最後の晩餐」 の情景そのものを極めて感動的なものとして盛り上げ キリストを偉大な崇高な人類の父としての存在に高め深めるのには, 非常に効果のあ る方法であ. ったが, それだけではまだ宗教的要求を充分満足させるわけではなかった. むしろ画面 構成の上 での効果に重点がおかれる形にとどまった. 大切なのは, キリストと弟子群との関係と同時に, キ リ ス トと ュ ダ と の 関 係 が は っ き り と 印 象 的 に そ こ へ 表 出 さ れ る こ と で あ る。 5. ユ ダ を 弟子 た ち の 群 へま じ え る に つ い て は, ュ ダ を どこ へ どの よ う に 入 れ,る か が 問 題 で あ る.. そ の 際 考 え あ わ さ れ る の は, ュ ダ が ま じ る こ と に よ っ て 弟 子 の 数 が12人 に な る こ と で あ る. レオ. ナル ドはそれを, キリストを中心にして左右に6人ずつ均等に配置した。 これは, レオナル ドが 別の方法を欲すれば, 必ずしもこうしなくてよいことである。 それにもかかわらず こうしたのは --131 -.

(13) . 上. 条. 雄. 也. キリス トを画面の 中央に置いて, 人物を左右相称に配列したかったからにほかならない. 人物を左右相称に置く方式は, カスターニ ョ やギルラ ソ ダイ ョ の作品に承継された伝統的なも のである. それはそうすることによって画面全体に正面性が生ずるからである, 正面性は尊厳と. 威容と権威とを示す最もよ い表 現方法であって, それ故に中世を 通じて用いられてきた様式なの である. まして 「最後の晩餐」 はュ ダの罪を裁く場面であるから, 一層この様式が適切だったで あ ろ う. カ ス タ ← ニ ヨ や ギル ラ ソ ダイ ョ の 作 品 が 完 全 な 左 右 相 称 を と り得 な か っ た の は, ヴ ェ ル. フリ ソの言うように, 「法則性がただ漫然と適用された」 からでも あろうが, それよりもむしろ. 宗教的要求の強さからュ ダをひとり食卓の手前に出し, 従って弟子たちの数が奇数となったこと. により大きな理由があったにちがいない, レオナル ドも最初から この様式を踏襲している. どの素描を見てもジオッ トの方式やそれに類 似したものはない, その上素描では幾分斜めに横を向いているキリストが, 壁画では全くの正面. 向きになって, この画面の持つ正面性を殊更に強調している. 総 べての場 合において, 相反するものの間に どの ような意味からも共通する要素がなかったな ら ば, そ れ ら の も の の 間 に 調 和 は 生ま れ て こ な い。 「静」 な る 環 境 と キ リ ス トと の 間 に あ っ て,. 弟子たちの 「動」 が徹頭徹尾 「動」 であったならば, レオナル ドの 「最後の晩餐」 はもっと雑然 としたものとなったにちがいない. 激しい動きを持つ人物群をまとめあげるひとつの基底は, そ の 「動」 が, 対 立 す る 「静」 と 共 通 の も の を 持 っ て い る か ら で あ る.. 3人を三分した, すなわち左側の6人と このような意図に 基く人物の組分けは, おのず からに1. キ リ ス トと, そ し て 右 側 の 6 人 と で あ る. こ う す る こ と に よ っ て 環 境 が 「静」 で あ る こ と の ひ と. つの要素--左右相称の姿を, 人物群も共通のものとして持つことができた. 左右の6人は一群 としてまとめるのに多すぎるので, これらを更に二分して3人ずつの群としたが, その萌芽が既. に素描に見えていることは先に触れた. つまり, 人物をより個性的に動的に描こうとする意図が 先人の作品における等間隔に行儀よく居並んだ人物表現への不満と結びつき, 人間相互の心理的 なつながりから間隔差が生じたことである. 素描ではまだそれが個々の人物の表出の範囲で行な われたが故に不統一であったが, 壁画ではそれが全体の構成の中 で明確に意識され, そして適用 さ れ た の で あ る.. ユ ダを, 画面の中でひと目でそれと分かるようにし, それがキリストと対立する関係に置かれ る為の具体的な方法は, 以上の 基本的構成が意識されてはじめて明白な姿をとってくる. ュダの 姿勢や頭の高さな ども, あるいはこうした中で徐々に, むしろ後から次第にはっきりと形づくら れてきたのかもしれない. この題材における宗教的な要点は, キリス トとユ ダとの内面的な対比であるから, それを眼で 見 る 姿 に 表 出 す る 場 合, こ の ふ た り を 余 り遠 く に 引 離 す こ と は で き な い, ジォッ ト, カ ス タ ー ニ. 毒する形で描かれているのは ョ, ギルラ ソ ダイ ョ の作品の どれを見ても, 極めて近い位置に, 対= その為である, 素描の中でそれらの作品と同 じ方法をと った レオ ナル ドは, 壁画においュ ダを食. 卓の向こう側へ移すに当っても, これらのふたつの要件 --両者の位置の近接と, 相互の対時の 関係--を満足させなければならなかった. む しろ, より強くそれを 表わす必要があったのであ る, そ こ で ま ず レオ ナ ル 富ま, 食 卓 の 手 前 に 居 る ュ ダ を そ の ま ま 卓 の 向 こ う 側 へ, つ ま り キ リ ス ト. の向かって左側へ移すことにした. 言いかえれば左側の中央に近 い群の中へ入れることにしたの で あ る. し か し, キ リ ス トの 直 かたわらでは近すぎるの で, 伝統的方式で卓 -をはさんで向かい -13 2.

(14) . レオナル ド・ダ・ヴィソ チ作 「最後の晩餐」 の構図について E 侍さ せ よ う と し た の で あ る. 問 題 あ っ て い る の と 等 し く, ひ と り の 人 物 を は さ ん で キ リ ス トと 対I. はこのュ ダのま じった3人の一群をどのような性格にし, そうした 性格を持った群とする為には 具 体 的をこ誰 を も っ て く る か と い う こ と で あ る, 恐 ら く レオ ナ ル ドは こ の こ と に 関 し て は そ れ 程 苦. 労をしなかったであろう, というのはi 前述のように彼は既にヨハネ が他の弟子たちとは異質の 存 在 だ と い う こ と に 着 目 し, そ れ を 素 描 に 具 体 化 し て い る か ら で あ る. そ う し て ユ ダ と ヨハ ネ と. は ま た 全 く 異 質 で あ る, も う ひ と り が 誰 で あ っ て も, ユ ダ と ヨ ハ ネ と を 含 め た 3 人 の 群 は, 決 し て共 通 点 を も っ た 統 一 あ る 一 群 と は な らな い で あ ろ う. しか も レオ ナ ル ドは 激 しい ペ テロ を 加 え. た の で あ る.. 板垣氏はこれら3人ずつの四群について, 次のようにかなり詳細に述 べている, 「年若い1番 ミルトロマイ) は, 坐を立ち卓に両手をついて中央に向かい, 興奮 した面持であるが, これに (ノ. 対して1 2番の老人 (シモン) は, 落着いて坐ったまま手を差し延べ, 隣席の二人の言葉を受けて リベ, 3人とも中央に顔を向けている い る. 2番 (小ヤコ ブ) と3番 (アソデレ) は 1番と首をダ. が, 3番は驚情の表情に手を開き, 2番は3番の背 後から, 4番 (ペテロ) の肩に手をかけてい る, こ の3 人 に 対 比 して, 10番 (マタ イ) と11番 (タ ッ ダイ) は, 12番 の 近く に 顔 を 寄 せ な が ら. 2番に話しかけている. かくて左右の二組は, 相互に異なる 手を中央にさし向け, 熱心な様子で1 姿態を示しながら, 観る者の注意を中央に向け群像の両端をまとめている, 7番 (大ヤコ ブ) と 8番 (トマス) と9番 (ピリポ) の3人は, 純真で素朴な仕草をしながら, 一団にかたまってい る. 7番は裏切者を脅かすように指をたて, 8番は興奮して両腕を広げ, 9番は反対に両手を胸. にあてて, 自分の誠実を弁明しよ うとするようである. この3人の仕草と表情は対比的に相異し て い る が, 心 は ひ と つ に ま と ま っ て い る の で あ る. 残 り の 一 組 は, こ の 聖 劇 の 主 役 達 で あ る, 4. 番 (ペテロ) は, 性急な態度で6番 (ヨハネ) に呼びかけ, 反逆者 の誰であるかを確かめさせよ うとするかの如くであるが, 彼の手に持つ小刀は, おのずから5番 (ュ ば) の脇腹に近 づいてい. る, 主の側に当 なすヨハネは, 悲しみに堪えぬように, 卓上に手を組み合わせながら眼を伏せてい るが, ユ ダは主 の言葉に身がまえる如く, 野獣に似た姿勢である. 彼は, 無意識に貨袋をにぎり しめ, 卓に肘をついて身をひいているが, 全体をつつむ感情の渦から独り離れ, 食卓の前方にひ 4 ) とりだけ乗り出すような位置にある2 」, 上の表出はいささか文学的に過ぎるきらいはあるが, 他の三群がなんらかの意味で一致するも. の をも っ て い る の に 対 して, ユ ダ の 一 群 だ け が ま と ま り の な い 群 に な っ て い る と い う 捉 え か た に. は賛成である. レ オ ナ ル ドは, こ う して ま ず ュ ダ の 位置 を 明 確 に した が, 更 に キ リ ス トと の 内面 の 対 比 を は っ. きりさせる為に, 形の上で極めて明瞭な対立関係を作った. すなわち, キリストを基本的に二等 辺三角形へ納め, その高さに当る線を垂直にして, 静かな物に動じない姿に作ったのに対して, 舞 ュ 娘工左方へ倒れた三角形の中へ納めたのである. ュダが背後へ身をひいた姿にず iかれたのは,. 板垣氏が言うように, そしてまた多くの人が言うように, 文学的な内容の単なる視覚化ではなく そうした内容の表出と一致した造形的な意味をより多く持っていたからである.. すな才づら, 壁画を精密 に検討する時, 次のような事実がそこに含まれているのが分かる. キリス トの卓上の姿に内蔵される二等辺三角形は実は正三角形である. それは頂角が60度だと. いうことでもある, 一方ュダの両腕の輪郭線が頭部へ至って結ばれるそのグ ミ角も60度である, 言 ダ いかえれば, ュ の上体が内蔵する三角形も基本的には正三角形なのである, ただその正三角形. が左へ傾いて, その為に左下方の一部が眼に見えない卓の陰へ沈んだだけである. 従って, ュダ -133-.

(15) . 上. 雄. 条. 也. の正三角形の高さを示す線が, キリストのそれが垂直であるのに対 して, 左へ傾いているのであ る. (第6図) 第. 6. 回. 造形的な意味はそれにもうひとつ加わる, キリストの正三角形の左の辺と, ュ ダの三角 形の右 の辺とは, 共にある角度をもった斜線であるが, この両者が互いにほぼ直角をなしていることで. ある. 水平線と垂直線とが互いにそうであるように, 直角をなす二本の直線は方向の上で対立関 係を生ずる, その対立関係をな している二本の直線のうち, より傾斜の深いのはュ ダのほうの斜. 線であって, この対立ではュ ダのほうの線がキリストのそれに圧 倒されている, これは三角形の 高 さ を 示 す 線 が, ュ ダ の ほ う が 圧 倒 さ れ て 傾 い て い る の と 協 力 しあ っ て い る. (第6 図). こ う した 関 係 の 補 助 と して は, キ リ ス ト の 向 か っ て 右 の 肩 か ら 下 り て く る 衣 類 の 竪 の線 と, ヨ. ハ ネ の キ リ ス ト の ほ う に 向 い た 側 の 輸 郭 線 が, そ れ ぞれ に 働 く よ う に 使 わ れ て い る, キ リ ス トの. 向かって右の袖の髪が, 右上から左下へ流れる形で並べられているのも, やはり同じ働きを兼ね て い る. そ れ ら は 総 べ て 斜 線 と して, 互 い に 向 き 合 っ た キ リ ス ト と ュ ダ と の 肩 の 線 に, そ れ ぞ れ. の 力 で, 強 調 や 助 長 を す る 方 向 と して 働 き か け て い る か ら で あ る. そ して, キ リ ス ト と ヨ ハ ネ と. の間の背 景の狭い壁-. 窓と窓との間の柱に似た壁--が, 何物にもさえぎられることなくほと. ん ど食‐卓に 届 く 程 下 方 ま で 伸 び て い る のは (こ う い う 壁 は こ こ だ け で あ る), キ リ ス トとそ の 向 か. って左の群--ユ ダの居る群とを断ちきる役割を果たしているのである,. 素描においてキリストの向かって 右にいたヨハネ--伝統的にそのような位置を占めていたヨ. ハネが, この壁画において反対側へ移されたのも, キリストによ りかかっているのが常であった その姿勢が, 全く逆の方へよりかかる形に変えられたのも, その意味を分析すれば以」 二のように 幾重にも重なったものがあ るにしろ, 結局それらを総括して理由は 、ただひとつ, ュ ダの位置の移 動 に 伴 っ た も の だ と言 う こ と が で き る.. そのほか, 「ペテロ の手に持つ小刀は, おのずからュ ダの脇腹に近づいてい るi し, 「2番と -13 4-.

(16) . レオナル ド・ダ・ヴィソチ作 「最後の晩餐」 の構図について. 3番は1番と首をタ リベ, 3人とも中央に顔を向けている」 その眼を結んで延長した線が, キリス ト の 向 か っ て 左 の眼 に 達 して い る (第6 図) のに 対 して, 「10番 と1 1 .番 は12番 の 近 く に 顔 を 寄 せ な が ら, 手 を 中 央 に さ し向 け」 て い る, そ の 手 の 上 縁 を 通 り, マ タイ の中 央 に 近 い ほ う の手 の 人 さ し指 を 連 ね る線 は, ュ ダ の眼 に 達 す る (第6 図). そ の ユ ダ は ほ とん ど真 横 の顔 を 見 せ, キ リ ス. トの顔はやや左半面を多く見せながら正面に近い. 最も左から発 した線 (眼を連ねる線) がュダ の頭上を越えてキリストの眼に達し, 最も右方から発した線 (手の上縁を連ねる線) が, キリス ト の顔 下 をよ ぎ っ て ュ ダ の 眼 に 達 す る のも, キ リ ス トと ュ ダ と の 内 面 の 対 立 が, 構 図 の 上 で, 中 央 部 に 小 さく 固 ま り, そ こ だ け で 解 消 して しま う の を 避 け る の に 必 要 で あ っ た こ と と, こ の 題 材. における意味の表出を助長する暗示的な方法として必要 であったことと, その二面を兼ねたもの と して 重 要 で あ る.. RU. 壁画におけるキリストの姿勢は, その魂の表現として最も適切なも のであるが, それ自体がユ ダとの関連において捉えられている. 言いかえれば, キリストの内心はこの時ュダと最も強 いか かわりを持ち, そのかかわりをもった内心の現われとしての姿である. このキリストは心持ち上. 体を向かって右へ倒 している. 両腕を差 しのべる角度が幾分異なるので, 上体が傾いたまま, 度 々述 べたように基本的には二等辺三角形に納まるのであるが, それだけ体が右へ寄って, 頭もま た右へ傾くのである. これはュ ダの 「動」 に対する 「反動」 を示す, 「汝らの中の‐一人われを売 ら ん」 と言 っ た 荊 郡 の キ リ ス トは, ュ ダ を 意 識 しな が ら, しかも そ れ を 超 越 しよ う と す る, 強 い て ュ ダ に 無 関 心 に な ろ う と す るそ の 姿 勢 が こ れ で あ る. そ こ で ュ ダ は, ま じ ま じと キ リ ス ト を 見. つめ, 従って真横向きの顔になっているが, キリストは僅かに向かって右へ顔を向けただ けであ る. こ の キリ ス ト の 顔 の 向 きも 「動」 に 対 す る 「反 動」 で あ る.. これらの 「反動」 は全く受動的なものであって, 決して自ら能動的にとった姿勢ではない. だ. か ら, キ リ ス ト か ら 感 じ ら れ る 主 た る 動 き は, あ く ま でも 「静」 な の で あ る. 傾 け ら れ, 斜 め に. 向けられてそのまま停止した 「静」 である. そこに生き生きとした 「静」 の生ずる原因がある. このキリストの頭の傾きをはっきり見せる役割を兼ねているのが背景の窓である. 第1図を見. れば一目瞭然であるが, キリストの頭部は中央の窓の真中にはない。 頭部の向かっ て左側が余計 あいていることが, キリストの頭を向かって右の窓枠へ一層近づけ, 更にヨハネの上部の窓が 外 の風景を広く見せているのに対し, 反対側の窓が大ヤコ ブによって狭く塞がれて, それをより強 く して い る. ま た キ リ ス ト の 向 か っ て 右 へ は 大 ヤ コ ブ と ト マ ス の手 が 出 て き て, 背 後 の 狭 い 壁 ま で 張 り 出 し, な お さ ら キ リ ス ト の 上 体 を 右 へ 引 寄 せ て い る.. 最も重要なのは, この画面にお ける透視画法の消失点の位置が, キリストの向かって左の眼の. や や 左 に あ る こ と で あ る, こ れ は, 板 垣 氏 が 「遠 近 法 の消 失 点 は ク リ ス ト ウ ス の額 に 位 し, こ の. 5 一 点 に 向 かっ て, 室 内 の 主 軸 に 平 行 す る あ ら ゆ る 線 が 集 中 す る … …」2 ) と 言 うよ う に, 決 して あ. る面積をもった額ではなく, また漠然とした左半面でもない. 久保尋二氏が述べているように, 「天井や壁懸や食卓や床などの, 室内の奥 行をもつ直線は すべてキリストの右眼に近い一点に , 2 6 ) てい るのであ る 集 中 さ れ る よ う に 構 成 さ れ」 , そ れ は 偶 然 に そ う な っ た の では な く て, 明 確 に. キリストの右眼 (向かって左の眼) を意識して, それと消失点とをほぼ一致させていったものと 考え な け れ ば な ら な い. な ぜ な ら, そ ち ら に ユ ダ が 居 る か ら で あ る キ リ ス ト の 上 体 を 傾 け る こ .. とによって頭部を中央よ り向かって右へ寄せたひとつの理由も, そこにあったのであろう . 一13 5一.

(17) . 上. 玄 E I. 条. 也. 右 眼 とは 限 ら ず, とに か く キ リ ス ト の 眼 を 消 失 点 と ほ ぼ‐一致 さ せ た と い う そ の こ とは, レオ ナ. ルー の遠近法の理 論と全く無縁ではない. 「画法の基礎は遠近法にある. 遠近法とは眼の機能に. 2 7 ) と言い, 「ここに (眼のなかに) 関する根本的な知 識にほかならない」 , 宇宙間のあらゆる部分 「 2 8 ) の形も色も 特徴もみな一点に 集中されている」 と言う彼の 眼」 は, もちろん見る人の眼をさ してい るのであるが, しかもその眼は, 彼の遠近法では, 消失点と全く相対するものだからであ る,. こ の こ と を レオ ナ ル ドは, 手 記 の 中 で, 図 (第 7 図) を 入 れ て 精 しく 説 明 し て い る. 「… … と. いうのは, 眼がそれ自 身のうちに, 対象の像を眼に伝達する円錐が全部そこに 集まっている一点 を持っているからである. しかしてこの点 は, われわれの見得るあらゆるものの末端であるとこ ろの縮小点 (消失点) と常に合致 しているのであ る. そ して第一の角錐の底から縮小点までには. この点に至るま で絶えず縮小 している錐体のない底面があるにすぎない. また垂直面の置 かれて いる第一の底面から眼の中の点 に向かっては, 底面のない錐体しか無いのであ る, さて (第7図 において) abを上述の垂直面, rを眼の 中に終る錐体の頂点, n を眼と向かい合って 一直線内に. あ る, あたかも竿が動けばその影も動くように, 常に眼の動く 通 りに動き, 影が物体といっ しょ に動くように, それといっ しょに動く縮小点とせよ, 各々の点はそれぞれの間に介在する垂直面 ) と 9 を 共 通 の 底 面 と す る 角 錐 の 頂 点 を な して い る … …」2 . 第. 7. 図. . L ). 」U. 「最後の晩餐」 の壁画は, レオナル ド自身のこの図 (第7図) を全くそのまま適用 したものだ と い え る, す な わ ち 図 の ab が 画面 で あ り, cd が人物のいる垂直面 (面そのものではないが) に. 当 り, ef も しく は gh が背後の壁に当る. そ して消失点は遠く窓外に置かれたわけである. その. 消失点を画面の 中心線上に設定したのである. 勝っれわれは視点 (消失点) が, その場面を見て 0 3 ) と 述 べ た レオ ナ ル ドが, こ の こ と を は っ き り い る 観 者 の 眼 の 反 対 側 に あ る こ と を知 っ て い る」. と意識してそ こへ眼をもってきたとい うことは, 遠近法によって誘導され る見る人の視線をキリ ス ト の こ の 眼 に ま ず 集 中 さ せ よ う と意 図 し た の で あ る. そ れ は 多 く の 人 が 説 明 す るよ う に, 単 に. 形式的に統一を策 しただけのものではない. こうすることによって, キリストの右眼 (向かって 一点に集中する眼, 総 べてを見とお した眼, 内観する眼と 左の眼) は, 宇宙間のあらゆるものを、. なり, 同時にこの画面を見る人の眼-一心の眼ともなり得たのである. そ してその眼はュダの罪 を も 見 と お して い る.. -13 6一.

(18) . レオナル ド・ダ・ヴィソチ作 「最後の晩餐」 の構図について つ ま り, 遠 近 法 の 消 失点 と キ リ ス ト の 眼 と が (お およ そ で は あ る が) 一 致 す る こ とに よ っ て,. 一と内面的な統 一とが完全に表裏一体のものとな ったのである, 形式的な統・ 7 f. キリストの向かって左の眼は, 顔の明るくて広いほうの半面にある. その半面は, 幾分影にな った他の半面と, 髪 と, あ ご の下の暗さとによってとりかこまれている. その頭部全体は窓の外 の風 景 の 明 る さ に と り ま か れ, そ の窓 外 の 明 る さ は, ま た 暗 い 窓 枠 に よ っ て 限 ら れ て い る. ち ょ. う ど, 「静」 「動」 「静」 と 次 第 に 中 心 に 向 か っ て 輪 を 縮 め て き たよ う に, こ こ でも ま た 「晴」. 「明」 「暗」 「明」 と輪を小さく してきて, 最後に 「暗」 の 一点を置く形をとっている. 更に背 景の左右には, 壁と壁懸とが次第に外へ広が り明暗のリ ズムを作り, 上方は格天井がやは り広が るリ ズ ム を 奏 で て い る. つ ま り そ こ に は, 「静」 「動」 と 「明」 「暗」 と の二 重 の波 紋 が 組 合 わ. さ れて い て, ひ と つ は キ リ ス ト の 姿 態 全 体 に, そ して も うひ と つ は そ の キ リ ス ト の 眼 に 中 心 が あ. る, しかもその眼が, これまで述べてきたように, 遠近法の消失点とほぼ一致する のである. このことと関連するのが, 中央の窓の上部にとりつけられた鴛鎌形をも つ壁飾りである. それ. は窓の上縁から天井に達するかなり広い長方形の壁に点 じられたアク セントであり, また板垣氏 3 1 ) かかっていると が言うように, 「主の背後には, 窓の上の破風型の装飾が恰かも天蓋の如く」. も受取られる. しかし既に定説となっているように, また板垣氏も先 の引用女に続けて, 「窓の 彼方に沈む夕陽は, 主の首を聖光のように照すのである」 と述べているように, 人間的表現の意 味から光背をすっかり取去ったこの壁画では, 中央の窓外の明るさはキリストの光背にかわるも の, あ る いは, 少 な く と も そ れ を 暗 示 す るも の で あ る と 同様, こ の 当 鎌形 は, キ リ ス ト の光 背 の. 「形」 にかわるものと考えられる. つまりそれは, 光背の円形の一部を 示す形であり, そして実 際にそれは全く 円周の一部を形づくっている. 重要なのはその円の中心が消失点だということである. これは点を明示する為に円で囲む手法. があるそれと同 じ方法をとったのであって, 二重の波紋で注意を誘導して きたキリス トの向かっ. て左の眼を, 今 一層明確に指向 する役割をこの賓鎌形は果たしている。 しかし, それならばなぜ窓それ自体を, 少なく とも中央の窓だけでも当確形にしなかったので あろうか。 裏から問い直せば, 窓の上縁はなぜ水平でなければならなかったのであろうか, とい うことである. 「人物の群の外郭線を出来る限り活躍せしめる為に, 之を二条の水平線の間に砦. 束せ しめるような拙な方法を避けた. 固より下方の卓の水平線だけはどうすることも出来ない.. しかしギルランダイ ョ に見る如き, 上方の楯の水平線は取除いた, 此結果として全く 新らしい自 3 ) という沢木氏の意見にはいろいろな問題があるが, 左右に通る水平線が 2 由な効果が生まれた」. 人物群の頭上にあれる業極めて窮屈な画面になるということ, そして レオナル ドの 「最後の晩餐」 においては, それの取除かれたことが自由な効果を生んだということ, は正しい, が同時に, 人 物を横に並列させる構図をとった画家たち, 従って食卓の水平線が 画面の下半に長く置かれる構. 図をとった画家たち--カスターニョ, ギルラ ン ダイ ョ のいずれもが, 人物群の上方に長く水平 線を置いたという事実そのものにも注意する必要がある. 沢木氏は 「二条の水平線の間に砦束せ しめるような拙な方法」 と言うが, 下半に食卓の水平線が置かれた以上, 上方のどこかにそれに. 対応する水平線が, やはり必要だったと考えられるからである. ただその長さをどの程度にする か, どの位置にするか, どんな性質の線にするか, そして総合的にどの位の強さの線にするか,. が問題だったわけである。 つまりレオナル ドが窓の上縁を断続する水平線に したのは, 画面の下 -13 7-.

(19) . 上. 条. む I E. 也. 半へ基盤としての食卓を置いたことによって, 重心が全体に下へ下がるのを引上げる必要が あっ たことと, 食卓の水平線を画面の中で孤立させない為には, それに対応する水平線 が中心部よ り. 上方に必要だったこととによる. 実は天井を格天井にしたひとつの理由として, 窓の上縁で引上 げた水平線を一層上方へつり上げる為に そこへ水平線を加える必要があったことも 挙げられる.. そのようなことから窓自体を当鎌形にすることができな かったのであるが, もちろん正面の壁. に賓際形が必要だった理由は以上に挙げたものばかりではない. 先にそれは正面の壁に点じられ たアクセ ン トだと述 べたが,-そのアクセントが 寄際形でなければならなかった今ひとつの理由に は, 画面の上半における形態の変化が考えられる, すなわち, 人物群より上部にはそれ以外に曲 線が全く ないこと, 窓 の上縁を越えた上方には放射線が強く働いていて, それ以外に視線の移動 に抵抗を与える強いものがないことである. 視線の移動に抵抗 がなければ, 消失点から画面の上 辺までが空虚に流れてしまうであろう. 獣隣形は下方に中心をもつ円弧で従って上方に対しては. 閉鎖的であって, ここに上方への遠心性に対する求心性が生じたことにな る. そしてキリストの 頭部が, それに対応する上部の円弧によって, 中央部で孤立することも防がれているのである. 註 1 ) 児島喜久雄著 「レオナル ド研究」p .31~32 . 1m, 幅8 2 ) 画面の大きさについては, 児島喜久雄著 「レオナル ド研究」 だけが, 高さ4 .6mと記している. .5 p .32 .. ) 児島喜久雄著 「レオナルド研究」p 3 .32 .. 4) ボ ッ シ 著 「レ オ ナ ル ド・ ダ ・ ヴ ィ ソ チ の 最後の晩餐 について」 による. 5 ) 児島喜久雄著 「レオナル ド研究」p ,30 , ) 「絵画論」 (ヴァチカノ所蔵写本, ル ドウィッヒ版)22 7条, 6 83図参照. ) 三輪福松編 「図説西洋絵画年表」2 7 美術にみる生涯」39図 (p ) 参照, 8) 柳宗玄著 「キリスト .95 9 ) 板垣鷹穂著 「レオナル ド・ダ・ヴィソチの創造的精神」p .45 , 93節. J ) 「絵画論」 ( 10 . リヒター編著, 杉田益次郎訳. 以下 「絵画論」 は総べてこの書をさす.)5 .P 11) 「絵画論」59 4節. 12 ) 「絵画論」59 8節. 13) 「絵画論」665節. 14 ) 「絵画論」666節, ) 「絵画論」666節話, p 83~4 15 .2 . 16) 「絵画論」 巻末表. 17) B, ベ レ ソ ソ ソ 著 「ルネ サン ス のイ タ リ ア 画家」 p .114.. 8) 同上. 1 19 ) 「絵画論」554節. ) 沢木四方古著 「西洋美術史論攻」p 20 .635 . ) ヴェルフリソ著 「美術史の基礎概念」 (守屋謙二訳 p,224. 2 1 0 憲著 「レオナル ド・ダ・ヴィンチの創造的精神」p ) 板垣際将 2 2 .6 , 註18 . ) 沢木四方吉著 「西洋美術史諭攻」p 2 3 .637 . ま 8~9 G舌孤内の人名は論者ま ) … ) 板垣鷹穂著 「レオナル ド・ダ・ヴィンチの創造的精神」p 24 .4 , 5 2 ) 同上書, P 25 . , 1巻」p 3 26 ) 「世界美術全集 (角川書店版) 第3 .22 . 0節. ) 「絵画論」5 27 2 8) 「絵画論」22節, 6節, 29 ) 「絵画論」55 ,5 30 ) 「絵画論」542節. 忍著 「レオナル ド・ダ・ヴィソチの創造的精神」p 2 1) 板垣際将 3 .5 . ) 沢木四方吉著 「西洋美術史論攻」p 32 ,635. 一1 38.

(20)

参照

関連したドキュメント

式目おいて「清十即ついぜん」は伝統的な流れの中にあり、その ㈲

フロートの中に電極 と水銀が納められてい る。通常時(上記イメー ジ図の上側のように垂 直に近い状態)では、水

  支払の完了していない株式についての配当はその買手にとって非課税とされるべ きである。

と判示している︒更に︑最後に︑﹁本件が同法の範囲内にないとすれば︑

遮音壁の色については工夫する余地 があると思うが、一般的な工業製品

単に,南北を指す磁石くらいはあったのではないかと思

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな