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法教育に関する理論的考察および新たな方向性 : 法と社会の見方による差異と学習類型の分析から

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社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第19号 2007 (pp.81-87)

法教育に関する理論的考察および新たな方向性

一法と社会の見方による差異と学習類型の分析か

ら−

Theoretical Considering about Character of Law-Related Education and its New Course

I 問題の所在 近年,法教育への関心が高まりうつある。司法 制度改革の一環である裁判員制度の導入が大きな きっかけといえるが,こうした改革の行われる背 景に要因があると考えられる。それは私たちの市 民生活が多様化し,法による規制や保護への期待 が高まったことで,法そのものが複雑化してきた 状況と関係している。すなわち法のおり方そのも のが変化し,法が着実に私たちの社会生活におい て欠くことのできない存在となっている。こうし た法を取り巻く社会的状況の変化は,学校現場で も認識され始めており,法に関する学習の必要性 とそのおり方が模索され始めている。 現在,数多くの学校において様々な実践が取り 組まれている。干葉大学附属小・中学校では,数 年前から司法に関する授業づくりを行ってきた1)。 刑事,民事,行政裁判を取り上げて,子どもたち が判決を考えながら裁判官や裁判員を体験する授 業である。これらは継続して行われてきたため, その成果が徐々に蓄積されっっある。しかし一方 で,現在の日本において,法に関する学習独自の カリキュラムが設けられているわけではない。法 教育の定義や関連教科の横断的な位置づけ,授業 方法など明確に確立されていないのも現状である。 日本に初めて法教育の理念や教授法を紹介した, 江口勇治氏『わたしたちと法』によれば,匚法教 育とは法律専門家でない人々を対象に,法律・法 形成過程・法システムおよびこれらの基礎にある 原理や価値に関連する知識,技能を提供するもの勹 と定義される。その後,アメリカにおける法教育 の教科書分析等がなされ,この定義や考え方はだ いぶ広まったように思われる。そこで次の段階と して,日本における法教育のおり方が検討される。 -三 浦 朋 子 胚葉大学大学院) 法務省・文科省を始めとした国レベル,全国各地 の弁護士や司法書士などを中心とした実務家レベ ル,教員や教育研究者などの教育現場レベルで多 くの法教育授業が行われるようになった几 では実際に多様な形で行われつつある法教育が, それぞれどのような理論をもとに,何をねらいと して授業を展開しているのか。その多様さ故に, どのような教育なのかを見えづらくさせている側 面もある。 本稿ではこのような現状をふまえて,法教育に 関する理論と実践の提案者として代表的な大杉昭 英氏,磯山恭子氏,橋本康弘氏の三氏を取り上げ, 法教育についての考え方や社会のとらえ方を比較 し,法教育に関する学習類型の整理を試みる。ま たそこから見出せる課題と,それを受けた新たな 方向性について検討していく。とくに各氏が提案 する授業のねらいには,それぞれの法と社会の見 方が影響しており,その共通点と差異を明らかに することで,法教育を全く知らない人が法教育と 知る手がかりとして,さらに子どもたちに必要な 力を養うための法教育のおり方を探る材料として も役立てたい。また法に関する学習の中心的役割 を担う社会科教育において,法教育の考え方や内 容をどのように位置づけていくかは,重要な課題 の一つである。そこで社会科との関連についても 検討していきたい。

II 

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(2)

に三氏は法教育の必要性を主張する際,現代日本 が法化社会であるという理解を前提に,法の役割 を位置づけ,その法化社会像を形成しているのが, 日本社会の直面する社会的状況に因るものだとす る。言い換えれば,実践者の社会認識が,法教育 授業の理論的根拠となって,授業構成に対して影 響を与えており,理論をふまえた教育方法や育成 目標が設定される。そこで,それぞれの法化社会 像や法教育観の特徴を整理し授業の方向性につい て検討していく。

1 

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する働きなど,自己責任ではとらえきれない社会 状況を考慮した弾力的な枠組みとしての役割かお る。ここにはルールや法を守り,運用していても, 絶えずそれらが社会と共に変化し,一度決めたこ とでも常に見直しが必要となるという根本的な理 解がなければならない。 またルールや法の中身,運用上の問題もさるこ とながら,そもそも法による解決が本当によいの かを問う議論があわせて行われる必要があると思 われる。紛争解決手段としての法は,トラブルを 長引かせず決着をつけさせる。しかし例えば裁判 の判決など法的決定の強制的拘束力は,今後の継 続的な話し合いができる関係を断ち切る可能性も 持っている。すなわち法が諸刃の剣になり問題解 決を安易に法やルールに頼ることの危険性を意識 した視点が重要なのではないだろうか。 2 磯山恭子氏の法教育 磯山氏は,匚法的な関係を基盤に,市民一人ひ とりが自由や責任といった法的な価値を自覚する 社会」として法化社会像を描く。そして法を基盤 に社会の関係性が規定されていることから,社会 構造の理解をめざす几その学習方法は,参加を キーワードに,法過程の経験的学習や法による解 決の意義を理解するものである。 法的参加を通して社会の現状を理解し,主体的 な行動を求めていく点て,大杉氏よりもさらに, 社会にとっての法のあり方を問おうとするといえ る。しかし具体的な社会的場面において,必ずし も法やルールによってのみ,私たちの社会生活に おける関係性が規定されるのではないという配慮 が必要だと考えられる。現実の社会において,確 かにその根本には憲法が基本的人権や自由・平等 を保障し,市民生活を円滑に営むために存在する。 だが例えば法やルールによる解決策以外にも,地 域の結束力を高めるための方策や,政治や行政へ の働きかけといった,別の主体的参加の仕方も想 定される。このような様々な参加形態を考慮に入 れ,それでも法的に処理せざるを得ないとの判断 がなされるとき,具体的問題状況について多様な 視点からの考察が可能となり,法的参加の意義が よりいっそう見えてくるはずである。 一82−

(3)

3 橋本康弘氏の法教育 橋本氏は,匚市民による法への要求が多岐にわ たり,法が多様につくられ複雑化する」法社会と 定義し,そのピラミッド構造を上から<法原理・ 法制度・法機能>として表す6)。最上位のく法原 理>は,個々の法制度や命令の根底にある目標 (例えば法治主義や罪刑法定主義,基本的人権な ど)で,匚中核的規準」として位置づけられると いう。その法原理に基づき<法制度>が具体化さ れ,社会の中で実践された結果が<法機能>とな る。橋本氏の法理解には,歴史的・現代的な法的 (価値)判断に裏付けられた法制度が,時代によ りその姿を変え,もし機能不全があれば,よりよ く働くよう法を改善するという考え方がある。こ うした理解が教材化の視点となり,授業のねらい は,法による社会構造の理解や,市民の法へ対す る要求の変化に注目した,社会と法の双方から法 理解がめざされる。ここで特徴的なことは,法が 絶対的なものではなく,歴史的・現代的な法的 (価値)判断の多朧生変容性をふまえ,社会の 様々な要求に応じて,ルール(=法)を市民が洗 い直しフレキシブルにつくり替えるという点てあ る。市民が社会を構築する法学習として,三氏の 中でもとくに社会の現状を多面的に理解し法のあ り方を問う内容となっているといえる。 だがここで二つの点から指摘できる。一点はあ くまで法システム内から現状の社会認識を行う点 てある。授業において問題となるのは,法体系 (法システム)の中での法整備のおり方である。 ところが実際の問題場面では,市民の要求の中身 や問題に関わる人々の対応の仕方に応じて,法と は別の観点から解決へ向けた対応策も考えられる。 例えば,放置自転車の授業の場合をみてみる几 授業では,放置自転車を減らすためのよりよい解 決策に向けて厂取り締まり・マナー向上・駐輪場 の建設」という3つのポイントから対策案が練ら れる。ところが取り締まりには,地域住民や行政 の協力体制といった地域社会や行政システムから 問題把握する観点,マナー向上には人々の倫理観 や意識の持ち方といった態度育成の観点,駐輪場 建設には政治的圧力という政治システムからの観 点などを配慮する必要があるといえる。一つの問 -題に対して法システムによる応答以外の多角的な 配慮が求められ,社会システムの多面的考察が欠 かせない。 さらにもう一点は,法の歴史的背景や成立過程 にどこまで踏み込めるかということである。橋本 氏は授業において,日本の法制度を外国や過去の 日本法と比較し,反省的・批判的吟味を行う。け れどもそこからなぜ今の法があるのか,そしてど のように成立してきたのか,という点には結び付 きにくく,橋本氏自身も,現行制度を受容し正当 化する授業になる可能肬が大きいことを指摘する8)。 現状を理解し,今の社会や法を相対化する基準と して,法の歴史吐や成立過程に注目し学習が必要 であると考えられる。 以上二点から言えることは,法を出発点に経済 や政治,行政システム,あるいは文化的,歴史的 背景を含めて,社会を規定する様々な観点を参照 し,その教育内容を構成する必要かおるというこ とである。また法教育の考え方を社会科教育の中 に位置づけていくことは,社会科教育をさらに広 がりをもつ教科教育として発展させうるといえる。 4 三氏の法教育観の比較 以上の考察から,三氏の法教育について整理し たのが【表1】である。縦軸上の匚法学習の展開」 および「社会科との関係」矢印は,学習における 法的要素の濃淡や社会系科目への位置づけ度合い を示したものである。しかしその差は,どの事例 をどう取り上げるかによって左右するため,ここ では理論的部分における三氏の理解内容に基づい て判断した。次に,理論的部分の5項目は,法教 育の必要性やあり方を述べる際に支柱となる三氏 の考え方である。これらに基づき実践的部分の教 材化か行われていると考えられる。

Ⅲ 

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(4)

【 表 1  三 氏 の 法 教 育 】 法 学 習 の 展 開 社 会 科 と の 関 係 理 論 的 部 分 大   杉 磯   山 橋   本 (I) 法化 社 会 の 理 解 匚紛争 や ト ラ ブ ル を 法 に基 づ いて 解 決 す る 社 会」 「 法 的 な 関係 を 基 盤 に 成り 立 つ 社 会」 「 市 民 一 人 ひ とり が 自由 や責 任 と い っ た法 的 な 価 値 を 自 覚 す る 社 会」 「 市 民 に よ る 法 へ の 要 求 が 多 岐 に わ たり 、 法 が 多 様 に つ く ら れ複 雑 化 す る」 社 会 (2) 法 の 役 割 の 理 解 < ル ー ル > み ん な が 納 得 し て 折 り 合 いを つ け る 基 本 的 な 枠 組 み < 強 制 > 国 の 命 令 <法 的 な関 係 の基 盤 > <民 主 主 義 社 会 の 基 盤 > ・ 法 は 社 会 を 形 成 し、 安 定 、 発展 さ せ る ・ 法 は 社 会 の 様 々 な 要 求 に対 応 す る (以 前 の憲 法 教育) 上 下 関 係 国 家 ││ 国 民 ( 今 後 の 法 教 育) 水平 関 係 社 会 = 市 民 あ る い は 市 民 = 市 民 (3) 法 と 社 会 の 関 係 「 ど ん な ル ール や 法 が よ い か」 厂法ニニ可 会 法 の 中 で もと く に ル ー ルや 強 制的 側 面 に 注 目 し た 法 理 解 匚私 た ち の社 会 は 法 に よ り 規 定 さ れ る。」「 法的 参 加」 匯 三 丑互 ] 法 的 参 加 を 通 して 、 法 が 社 会 を 規 定 す る側 面 に 注 目 し た 法 理 解 「 法 制 度 や 機 能 、 原 理 の理 解」 「 社 会 が 法 を 変 え る」 四 回 匠苳¬ 法 と 社 会 が 相 互 に規 定 し 合 う 側面 に 注 目 し た 法 理 解 (4) 日 本 の 社 会 的 背 景 都 市 化、 自 由 競 争 、 市 場 主 義 を 貫 く 規 制 緩 和 、 国 際 間 競 争 の激 化 、 国 民 の 司 法 参 加 国 民 の司 法 参 加 ( 裁 判 員 制 度 ) 日 本 法 社 会 の 社 会 的 側 面 ( 共 同 体 で の 問 題 解 決 機 能 の低 下 、 裁 判 忌 避 行 動、 義 理、 人 情 、 友 情 を 重 視 す る 法 意 識、 司 法 制 度 の軽 視 ) (5) 法 教 育 の意 義 自 由 で 公 正 な 社 会 の構 成者 と 法 的 リ テ ラ シ ー の育 成 。 法 を 用 い た 問 題 解 決 力 や 主 体 的 で 公 正 な 判 断 能力 法 的 な 資質 ( 法 的 リ テ ラ シ ー) ・ 正 し い 法 に 関 す る 認 識 ・ 主 体 的 な 法 へ の 参 加 厂 ( 認 識 対 象 とし て ) 法 社 会を 知 る」 匚 ( 行 動 対 象 と し て ) 法 社 会 の中 で 行 動 す る 」 実 践 的 部 分 (I) 教 材 化 の視 点 ト ラブ ルや 法 的 紛 争 の 解 決 に 役 立 つ ル ール や 法 。 法が 規 定 す る水 平 関 係( 社 会 と 市民 、 市 民 と市民 ) を 重 視 し 自覚 化 さ せ る。 法 の 不 確 定 性 、 多 様性 を 考 慮。 現 状 社 会を 法 の働 き とい う 視 点 で 見直 す。 (2) 学 習 方 法 < 日 常 生 活 >身 の回 り の ト ラ ブ ル ① ル ー ル の意 義 ② ト ラ ブ ル 解 決 < 社 会 シ ス テ ム > 法 的 紛 争 ③ 法 の意 義 ④ 法 に基 づ く 紛 争 解 決 法的 参 加 が 可 能 と な る 学 習 ・ 紛 争 解 決 ・司 法 に 関 す る 学 習 區 哥 町 双T亨習 ① 法 制 度 ② 法 機 能 ③ 法 原 理 理 解 発 展 的 な 学 習 ④ 沽 劭11度1の 反 省 的 浙 察 ⑤ 法( 制 度 )の 批 判 的 考 察 ⑥ 紛 争 ( ト ラ ブ ル) 解 決 ⑦ 法 シ ス テ ム へ の 参 画 ⑧ 社 会 に参 画 し 提 案 (3) 学 習 事 例 ○ 漂流 ゲ ー ム に よ る ル ール づ く り ○ 民 法 「 契 約 自 由 の 原 則 と 無 効 の場 合」 ○ 刑 法 「 罪 刑 法 定主 義 ・ 推 定 無 罪 の 原則 」 ○ 憲 法 厂国 民 の 権 利 を 定 め た国 と の 約 束 」O 「 模 擬 裁 判 で 判 決を 出 し て み よ う 」 ○ 裁 判 員 制 度 ○ 個 人 情 報 保 護 法 ○ 監 視 カ メ ラ 設 置 条 例 ○ 警 察 制 度 と そ の 運 用 ○ 日本 と イ ス ラ ム刑 法 ○ 生 類 憐 れ み の 令 ○ 少 年 法 ○ 外 国 人 参 政 権 ○ 放 置 自 転車 ○ マ ン ショ ン建 設 一方, 橋本氏 は法に関 す る学 習を, より 社会科 教 育 に位 置づ け るた めの授業づ くり がなさ れ る。 本 章で は三氏 の授業 の特 質にお いて, 重な り合 う部 分を 整理 する とと もに, これまで社 会科 教育 で 行 われて きた実践を 含 め, 法 に関す る学習 の性 質 を学習 類型 として整 理 する。 ( 筆者作 成) 1 静 態 的 法 学 習 (受 容 型) 法 を 静 態 的 に と ら え る 学 習 で は, 学 習 対 象 が 「 い ま こ こ で 妥 当 し て い る 規 範 と し て の 法 , あ る い は, 静 止 状 態 と見 な し た 法 の分 析 」 が行 わ れ る。 法 が ど の よ う な 手 続 や 歴 史 的 背 景 を 伴 っ て 創 設 さ れ て き た か は一 旦 考 慮 外 と し て , まず は 今 現 在 妥 当 して い る法 の理 解 が 中心 と な る。 そ して 法 を ル ー ル の 体 系 と して 把 握 す る こ とで , 法 の 「 強 制 秩 序 」 ― 84 ―

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【 表 2 法 の 学 習 類 型 】 ⊃ 厂学 習 類 型 静 態 的 法 学 習 ( 受 容 型 ) 動 態 的 法 学 習 ( 能 動 型 ) 法 シス テ ム学 習 社 会 問 題 学 習 学 習 対 象 現 在 適 用 さ れ て い る 法 を 静 態 的 に み る 法 学 習 。 法 創 設 の手 続 的 ・ 歴 史 的 背 景 を 含 む動 態 的 法 学 習。 法 創 設 の 社 会 的 背 景 と 問 題 状 況 を ふ ま え た 法 学 習 。 学 習 の ね ら い 今 あ る具 体 的 な 法 の理 解 中 心 法 の 修 正 変 更 を も と に 新 た な 法 シ ス テ ム の 構 築 を 目 指 す。 社 会的 問 題 状 況 に 即 し て 法 シ ス テ ム の あ り 方 を 考 え 、 望 ま し い 社 会 シ ステ ム の構 築 を 目 指 す。 法 理 解 の 前 提 法 = ル ー ル の体 系 強 制 秩 序 法秩 序 の 段 階 構 造 法 の 根 本 規 範 ( 原 理 ・ 原 則 ) 問 題 解 決 方 法 の一 つ と して の 法 現 状 に対 す る 法 相 対 化 の視 点 十 分 な 相 対 化 が 少 な い 法 シ ス テ ムを 考 え る 上 で の 限 定 的 相対 化 社 会 に と っ て の法 の あ り 方 と し て 相 対 化 法 の 思 考 図 式 要 件 一 効 果 図 式 目的 一 手 段 図 式 合 意 調 整 図 式 学 習 事 例9 ) ・ 憲 法 理 解 を 中 心 と し た 権 利 、 義 務 学 習 ・ 法 の原 理 、 原 則 の 学 習 ・ 漂 流 ゲ ー ム に よ る ル ー ル づ く り ・ 少 年 法 を 考 え る 八1に冫・卜 心-r£.4jx2 ・ 脳 死 と 臓器 移 植 ・ 環 境 税 導 入 の 是非 7卜E召ノ 夊澎冫七人で臣 ・ イ ス ラ ム と 日 本 の 刑 法 ・ 監 視 カメ ラ 事件 ・ 放 置 自転 車 ・ マ ン シ ョ ン 建 設 と し て の 機 能 的 側 面 が 前 面 に 現 れ, 同 時 に 既 存 の 法 を 肯 定 し 遵 守 す る 意 識 が 育 ま れ る こ と に よ り, 法 を 受 容 す る 態 度 育 成 につ な が り う る。 静 態 的 な 法 学 習 の プ ラ ス 面 は, 体 系 的 に 法 を 理 解 で き る点 て あ る。 だ が マ イ ナ ス面 は, 法 を 規 範 と し て 捉 え る た め に, 違 法 行 為 の 種 類 と そ れ に 対 す る 制 裁 が , す で に 定 め ら れ た も の と し て 位 置 づ け ら れ, 法 を 要 件 一 効 果 の 図 式 に よ って の み 定 式 化 し て し ま う点 て あ る 。 従 来 , 社 会 科 教 育 にお い て 行 わ れ て き た 憲 法 教 育 や 権 利 ・ 義 務 の理 解 を め ざ す も の の多 く が 妥 当 す る 。 そ の 結 果 , 例 え ば 日 本 国 憲 法 が, 本 来 国 家 の 不 当 な 支 配 を 排 除 す る た め に, 国 民 が 国 家 ( 政 府 ) と の 閧 で 取 り 決 め た 約 束 で あ る に も 関 わ らず , 多 く の人 々 の 意 識 の 根 底 に は, 法 が 自 分 た ち を 拘 束 す る も の と し て の 認 識 が 育 成 さ れ る。 三 氏 の 授 業 に お い て も, 大 杉 氏 の憲 法 ・民 法 ・刑 法 の 基 本 原 則 を 理 解 す る 学 習 や 橋本 氏 の 法 機 能 や 法 原 理 の 学 習 は, こ の タ イプ の要 素 を 含 む と い え る。 2 動態的 な法学 習 (能 動型) 動態 的な法 学習 は, 前述 の 匚静 態的 な法学 習」 で 視野 の外 において い た, 法 がどの ような手 続で ( 筆者 作成) 創 設 さ れ, 適 用 さ れ る か と い う問 題 を 取 り 上 げ, 法 の 妥 当 性 そ の も の に つ い て 吟 味 す る タ イ プ で あ る。 動 態 的 な 法 学 習 で は, 今 適 用 さ れ て い る 法 と こ れ か ら必 要 と さ れ る 法 を 対 象 化 し 客 観 的 に 捉 え 直 す こ と に よ っ て , 法 が 能 動 的 に 作 り か え ら れ る も の だ と い う 意 識 が 育 ま れ る 。 さ ら に 能 動 的 法 学 習 は 二 つ に 分 類 で き る 。 O ) 法 シ ス テ ム学 習 法 シ ス テ ム学 習 の ね ら い は 「 ̄法 シ ス テ ムを ど う 構 築 し て い く か」 に力 点 が 置 か れ る 。 法 が 社 会 生 活 を 円滑 にし , 機 能 的 に運 用 さ れ る た め に は, 法 の 修 正 変 更 と い っ た 法 シ ス テ ム の 見 直 し が 求 め ら れ る 。 こ う し た 問 題 意 識 の も と, 法 を 捉 え る 思 考 図式 も 目 的 一 手 段 と し て 定 式 化 さ れ る。 こ こ で の 法 理 解 に と っ て 前 提 と な る の は, 法 の 妥 当 性 を 考 察 す る た め に 匚法 秩 序 の 段 階 構 造 」 や 匚根 本 規 範 」 と な る も の が 想 定 さ れ て い る こ と で あ る 。 法 実 証 主 義 者 で あ る 法 哲 学 者 ケ ル ゼ ン に よ れ ば , あ る 法 規 範 が 妥 当 性 を 有 す る の は , そ の 上 位 に あ る 別 の 法 規 範 が そ れ に妥 当 性 を 付 与 し, そ の 上 位 の 法 規 範 も, さ ら に 別 の上 位 規 範 に 妥 当 性 を 付 与 さ れ る 関 係 に あ る と す るO こ う し て 段 階 構 造 を な す 法 規 範 の 連 鎖 の 最 上 位 に 位 置 す る の が 「 根 本 規 範 」 で 85 ―

(6)

り,一度それが妥当すると,下位にある全ての法 規範に妥当する。だがこれに対しては,根本規範 ですら時代とともに変わり理論上の仮構にすぎな いとの批判もある。 この匚法秩序の段階構造」や厂根本規範」の具 体例をあげると,大杉氏の匚法教育の概念群」や 橋本氏の匚法社会の社会構造」などが想定される。 前者は,最上位にく自分のことは自分で決定する= 自由と権利,自己決定に対する自己責任>という 考え方かおり,個人の行為を捉える基本的な枠組 みとして設定される。後者は,法社会の社会構造 の最上位に法治主義や罪刑法定主義という原理・ 原則がおかれ,これらが社会における法の根本規 範と位置づけられる。こうしたことから法システ ム学習は,社会の中での法の働きを相対化する視 点が,法秩序の階層構造や根本規範の内部でしか 捉えられず,法システム構築のおり方という限定 的な範囲内での現状理解となる可能性かおる。 (2)社会問題学習 この学習タイプでは,文字通り社会問題や社会 参加を通して,法の意義を知るものである。言い 換えれば,法が必要となる社会的背景や問題状況 に即して法システムのあり方が検討され,今まさ に法を必要としているという現状の社会理解から 法のおり方が問われる。法が与えられるものでは なく,自発的に作り変えられ,問題解決に向けた 多々ある手段の中の一つとして法を理解するため 合意調整図式としてとらえられる。実践の具体例 として,橋本氏の匚監視カメラ事件」や匚放置自 転車」匚マンション建設変更の解決策」を扱った 学習などが挙げられる。こうした実践では,社会 における問題状況の理解とその対応策を通して法 のあり方を考えていく。またこれまで社会科の中 で提案されてきた,意思決定や価値観育成・合意 形成型授業にも数多くこのタイプが含まれるとい える。例えば吉村功太郎氏の匚脳死・臓器移植法 と人権」,豊嶌啓司氏の「 ̄環境税導入について判 断しよう」といった授業lO)では,社会にとってよ り望ましい法のおり方を問いつつ,問題を把握し その解決力がめざされる。こうして法教育の観点 から社会科教育全体を見直すことは,社会科とい う教科のあり方を考える上でも重要な意味を持つ と考えられる。 IV 社会科教育を見直す法学習の可能性 社会科教育はこれまで法に関する学習の中心的 役割を担ってきた。今回整理した法教育(法に関 する学習)と社会科教育の関係性について,若干 の検討を試みる。 現在,学習指導要領に基づく社会科公民分野, 政治経済等の授業において,制度やしくみの理解 が中心だといえる。しかし近年,意思決定や価値 観育成,あるいは合意形成の授業が注目されてお り,そこでの法の扱われ方は社会を基礎づける基 本的な枠組みとして重要視される。今,社会科に 求められるのは,社会の静態的な理解だけではな く,社会を自分たちの手によって変えうるという 動態的な動きの中での現状理解と,問題状況の改 善をめざす社会システムのあり方を問う授業では ないだろうか。今ある制度やしくみの知識理解を 単純に正当化するのではなく,一度離れた視点か ら全体を相対化することが求められているといえ る。法に関する学習に注目すべき所以は法が社会 システムの一つであると同時に,他の政治や経済 などのシステムをも根拠づける重要な機能を担っ ており,社会全体を見渡しつつその関連甌を意識 できることが可能だと考えられるからである。 ところが,現行社会科における法の取り上げら れ方は,社会システムの相互関連跿より,政治は 政治,経済は経済のしくみとしての学習が行われ る。その中で法は,日本国憲法や裁判といった司 法制度の学習が中心となる。ではなぜ社会システ ム全体の関連歐を意識しにくい学習形態となって いるのだろうか。そこには政治システム,経済シ ステムといったそれぞれの社会システムが,高度 に専門化,複雑化していることが考えられる。だ がこうした状況の中で社会科が担うべき重要な役 割は,社会を総体的に理解し,それぞれのシステ ム間のつながりを認識できることである。こうし た社会認識を育成するために,法に関する学習の あり方を見直すことは,社会科にとっても大きな 意味を持つといえる。言い換えれば,社会全体に とっての法のな問題を総体的なつながあるべき姿を考りを意識えていして考察くことがしうる,様々 ― 86

(7)

社会科教育の新たな可能性へと拡がるはずである。 V 結びにかえて 本稿では,日本における代表的な法教育提案者 を取り上げ,実践者の法教育観である「法化社会」 や匚法の役割」の理解による違いから比較し,授 業構成に影響を与える理論的部分について検討し てきた。各氏の構想する法教育授業には,法化社 会のとらえ方,法の役割の理解の仕方が影響し, 授業内容や方向性を決定づけることが明らかとなっ た。本稿で,あえて法学習を静態的と動態的に分 けたが,どちらも必要な側面であり,それをどう 変えていくか検討することが目的であった。法教 育あるいは法学習を枠組み付けて整理することに は,多様さや複雑さゆえの課題もある。 今後の課題は社会科教育の中での法の扱いに重 点をおき,具体的には本論で取り上げた三氏の考 える法教育の特徴や改善点,社会科教育の動向を ふまえて,社会にとって法がどうあるべきかとい う社会システム全体を問いうる授業を提案してい くことである。 【註】 1)千葉大学における主な取り組みは,以下の研究報 告書を参照。 干葉大学総合研究プロジェクト研究成果報告書(2002) 『人文・社会科学における国民教育と大学教育の連携 に関する理論的・実践的研究』/干葉大学教育学部・ 付属学校園連携研究成果報告書(2003)『小・中学校 における法学的マインドの育成に関する理論的・実 践的研究』/千葉大学教育学部・付属学校園連携研 究成果報告書(2004)『小・中学校における法関連教 育に関する理論的・実践的研究』/平成15. 16年度科 学研究費補助金研究成果報告書(2005)『法学的能力 の発達と教育の可能性についての研究』

2) Center for Civic Education著・江口勇治監訳(2001) 『テキストブックわたしたちと法』現代人文社 3)例えば国レベルでは,法務省のもと刊行された法 教育研究会(2005)『はじめての法教育』があり,そ こでは法教育が目指すものとして,「自由で公正な社 会を支える「法」的な考え方を育てること」を提示 し,中学校段階における4つの教材案〔ルールづく り/私法と消費者保護/憲法の意義/司法〕を提案 する。また法教育の関連科目として,道徳や特別活 動,家庭科や総合的な学習の時間などを視野に入れ, 学習指導要領における法教育の位置づけも説明して いる。実務家レベルでは,日弁連主催の法教育シン ポジウムや中学生・高校生対象の模擬裁判や裁判の しくみ,仕事紹介など,裁判官や検察官などの実務 家が直接学校に赴いて授業を行う。教育現場でも, 法に関する授業実践は数多く発表されつつある。と くに実務家と教員が連携して授業を行う試みなどが 注目される。 4)大杉昭英著『法教育実践のテキスト』明治図書, p12 5)磯山恭子「 ̄アメリカ法教育における法的参加に関 する学習の特色」第55回日本社会科教育学会発表資 料および日本社会科教育学会出版プロジェクト編 『新時代を拓く社会科の挑戦J pp23 8-250 等。 6』・橋本康弘・野坂佳生編著『“法”を教える 身近 な題材で基礎基本を授業する』明治図書, 2006年 ・橋本康弘「日本の法教育改善の方向性」法教育研 究会第5回議事録,匚発達段階に応じた法教育の在 り方一高等学校での実践を中心にー」同協議会第7 回議事録 ・学会発表資料匚法関連教育を基盤にした公民授業 構成一法批判学習の提唱−」「法反省」を基盤にし た高等学校地理歴史科の授業開発」匚法批判」を基 盤にした高等学校公民科の授業開発」等。 7)同上編著書ppl33-143 8)同上p13 9)前掲三氏の著書,論文等に掲載された授業例。 本稿は,各氏の詳細な授業分析が目的でないため, 提案された授業テーマの紹介にとどめる。なお,著 書等に指導案の形式で授業が掲載されている。 10)吉村功太郎(2001)「社会的合意形成をめざす社会 科授業一小単元「脳死;臓器移植法と人権」を事例 にー」社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』 第13号, pp21-28 −87−

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