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「自他を相対化する」とはどのようなことか?─不斉合な情報の処理過程からの考察─

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「 自 他 を 相 対 化 す る 」 と は ど の よ う な こ と か ?

─不 斉 合 な 情 報 の 処 理 過 程 か ら の 考 察 ─

吉 原 智恵子

日本福祉大学 情報社会科学部

What is relativity of self-other relationship? :

An examination of inconsistent information processing

Chieko Yoshihara

Faculty of Social and Information Sciences, Nihon Fukushi University

研究ノート

1.はじめに

 人が認知的葛藤を抱えるとき,これをいかに処理する か(またはいかに処理することが可能であるか)は様々 な認知的・心理的差異を発生させる.例えば Piaget は 子どもの認知的発達のプロセスに,同化,調節,体制 化の作用を仮定し,子ども自らが物理的環境に働きか け相互作用する中で,認知的葛藤に直面しながら認知 的図式そのものを再構造化させていく過程を理論化した (Piaget, 1974)1) .また Doise らは Piaget の影響を受け,

社会的関係の中で生じる認知的葛藤に着目した.そし て発達水準の異なる二者間で,協同して課題の解決にあ たる際生起する社会認知的葛藤が,子どもの認知的発達 を促進させることを多くの実験により実証した(Doise, Mugny, & Perret-Clermont, 1975; Mugny & Doise , 1978; Doise & Palmonari, 1984; Doise & Mugny, 1984)

2)3)4)5)  また吉原(1991)6) は,対人情報を体制化させる印象 形成の実験において,不斉合な情報に関する認知的葛藤 の処理方略を整理し,これに伴う刺激人物への認知内容 の差異を示した.この実験では,不斉合な対人情報に対 する印象形成を課題として認知的葛藤場面を設定した. そしてこの処理様式として,不斉合情報を無視して処理 するものから因果関係を想定して不斉合情報を統合的に 処理するものまで,処理水準の異なる7つの処理様式と して分類できることが示された.また不斉合な情報を統 合的に処理することにより,より奥行きがありいきいき とした人物像が構築されることが明らかになった.  本研究は,以上のような認知的葛藤の統合的解消効果 に焦点を当て,統合化を規定する要因についての示唆を 得ることを目的としている.  吉原(2000)7) は,吉原(1991)に示された不斉合な 対人情報の処理様式を規定する要因を明らかにするた め,対人情報の処理過程と連関をもつ認知者の内的過程 について考察する実験を行った.その結果,処理水準が 深まるにつれて刺激人物への共感も増加していることが 明らかになった.このことから,刺激人物は自己と置き 換えて考える(想像する)ことが可能な存在であるとい う視点,つまり「同じ土俵の上」に乗り得る人物として 認知し,自他を相対化してとらえる視点をもつことが, 刺激人物のもつ不斉合情報を統合化させる要因として作 用することを予測した.

 また,集団間の葛藤を扱った Sherif, Harvey, White,

Keywords: 自他の相対化,不斉合情報の統合的体制化,処理様式,印象形成

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Hood, and Sherif(1961)8) の実験は,葛藤事象の統合 的解消過程に関する示唆に富んでいる.Sherif らは少年 たちを対象としてサマーキャンプを利用した実験を実 施し,集団間の葛藤とその葛藤の解消についての観察を 行った.その結果,集団間の葛藤が発生した場合でも, 双方の集団に共通の上位目標を設定し,さらにこの目標 を遂行するためには両集団が協力しあわなければならな いという相互依存関係が設定されたときには集団間の葛 藤が解消されることが示された.  さらに永田(1972)9) は,コミュニケーションを行う 二者間の意見を統合する条件として,次の2つをあげて いる.ひとつはその状況がもつ課題について共通の認識 が成り立っていることであり,もうひとつはその課題が 相互依存的な協同によってのみ解決できる構造を持って いると互いに理解されていることである.これらの条件 が成立するとき,相互の意見の相違を認識した上で,そ れらを包括するより高次の視点から互いの影響を受け入 れるような関係が成り立つとしている.  また Doise らの実験では,発達水準が1段階異なる 子供同士が協同して課題解決する場合に,2段階異なる ペアの協同より成績が上昇することから,どちらかの意 見を絶対視する関係ではなく,互いを相対的にとらえる ことができる場合に,意見を調整しようとする動機付け が生じているのではないかと思われる.  以上の研究から,葛藤する事象・内容を越えて,統合 化の過程には共通性が存在すると考える.そして葛藤を 統合的に解消するか否かは,次の2つの要因が規定的に 働くのではないかと予測する.まず1つ目は,認知的葛 藤をもたらす他者や集団が,自己や自集団と同じ土俵に 対等な立場で存在しているという,自他を相対的にとら える視点をもつことである.つまり,自己や自集団を絶 対的にとらえることからの離脱である.対峙する両者を 包含するような共通目標やより高次の包括的概念の導入 は,この相対的視点の獲得に寄与するのではないかと考 える.2つ目は葛藤する両者の間に相互依存関係が存在 し,互いの協力を必要とする課題状況と,この課題に対 する共通理解が得られることである.

2.目的

 本研究では,認知的葛藤の処理過程を情報処理の過程 としてとらえることが可能であり,統合的処理の基準が 明確になることから,吉原(1991,2000)が使用した不 斉合な対人情報を含む印象形成課題を設定して上記要因 の効果について調べることにする.但し,対人情報を統 制する印象形成課題でリアルな相互依存関係を設定する ことには困難が伴う.例えば吉原(1990)10) は,対人 関係の関係性の違いを実験的に操作し,互いの相互依存 関係の強さが異なる3つの対人関係を設定して不斉合な 対人情報の処理過程について調べた.しかし,関係性の 違いによる処理様式の差異は見られなかった.この結果 は,シナリオ実験によって相互依存関係の強度を操作す ることの限界を示している可能性がある.そこで本研究 では,上記1つ目の要因のみを取り上げ,その効果の範 囲について検討する.すなわち認知的葛藤をもたらす他 者が,自己と同じ土俵に対等な立場で存在しているとい う自他を相対的にとらえる視点をもつことが,不斉合な 対人情報の統合化を促進するかどうか,検討することを 目的とする.

 また,Sherif, Harvey, White, Hood, and Sherif(1961) は集団間の葛藤に上位目標を設定することで,自集団を 絶対化する視点から相対化させる視点へ導入する操作を 行い,Mugny and Doise(1978)等の実験では,二者 が課題を共有し,発達水準に適度なずれが存在したこと が互いを結果的に相対化させるに至ったと考えることが できよう.また吉原(2000)は,刺激人物と自己との類 似性,共感性の測定から相対性をとらえていた.しかし, 自他を「相対化する」とはどのようなことなのかという 問題についてはこれまで十分に整理されていない.そこ で本研究では,上記の目的に沿って相対化を導入する方 法の探索的試みを行い,「自他を相対化する」という概 念を明らかにするための手がかりを得ることをさらなる 目的とする.

3.方法

3.1 実験参加者  日本福祉大学学生 230 名(男性 185 名,女性 45 名) を対象として実験を行った.このうち回答に不備のあっ たものを除き,さらに条件を統制するため対人情報の 分類パターンの中で最大多数のパターンを示した者のみ 126 名(男性 97 名,女性 29 名)* を今回の報告の対象 とした. 3.2 手続き  吉原(1991,2000)の実験手続きを基に,質問紙を用

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いて授業内に一斉に実施した.まず実験参加者を性別に 着席させ,質問紙を配布した.印象形成の刺激人物を同 性と設定したため,質問紙の表紙には「男性用」「女性用」 との標記を行い,性別に配布した.質問紙の内容は同じ であった.次に実験目的の概要,実験遂行上の注意につ いて教示した.質問紙の回答は1ページ目から順に行い, 特に指定している項目を除き,すでに回答したものを参 照することのないように注意を促した.また,各自のペー スで進行させていくが,課題の遂行時間を設定したもの については時間を厳守するように要請した.その後質問 紙の回答を一斉に開始した.まず表1に示した 11 語を 表1.印象形成に使用した刺激語  1. 新しい  2. 古い  3. すばやい  4. のろい  5. 浅い  6. 深い  7. 単純な  8. 複雑な  9. はっきりした  10. ぼんやりした  11. 消極的な 提示し,これらは回答者と同性の本学学生2人分の性 格特性が混ざり合ったものであるとの説明を加えた.そ してこの 11 語から2人分それぞれの性格特性を推測し, 記入用紙にある2つの枠内に各人の性格特性語を分類 して記入するように求めた.この 11 語は吉原(2000) で使用されたものであり,柏木 (1964) 11) の5つの意味 空間因子から1対ずつのSD尺度項目を選択したもの と,2人の人物のいずれかの性格特性に含めて違和感 のない語を1語(「消極的な」)加えたものである.SD 尺度項目の両極形容語対の双方が一人の人物のもつ特性 として分類される場合,その人物は矛盾する特性をもつ ことになる.吉原(1991)等の一連の実験では,このよ うな分類例が少数含まれたが,多くの場合において矛盾 する語を同一人物には配置しないことが確認されている (表1の左右に分かれた分類パターンがもっとも多くな ることが予測された).2つの枠内にすべての語が入っ ているかどうかを確認させた後,「はっきりした」とい う語を含む方の人物について,回答者が分類したすべ ての性格特性語を再度記入させた.そしてこの「はっき りした」という語を含む方の人物に対するイメージや人 柄について,思いついたことをできるだけ多く記述する ように要請した.また,この作業には約5分間を費やし てもらうように教示を行った.実験群はその後,表1の 「はっきりした」という特性をもつ人物の特性語群に, 新たに「ぼんやりした」という語を含むという人物につ いて,10 項目の両極形容語(表2)を使用して印象評 表2.自他評価に使用した両極形容語  1. しずかな さわがしい  2. じみな はでな  3. かたい のろい  4. おくびょうな だいたんな  5. あらあらしい せんさいな  6. おもい かるい  7. はりつめた ゆるんだ  8. じょせいてき だんせいてき  9. ふあんていな あんていした  10. しょうどうてきな かんがえぶかい 定を行った.このとき自己と刺激人物とを比較し,相対 化する視点を導入するため,自分自身への評価と刺激人 物への評価を交互に回答させた(7件法).つまりここ では,「はっきりした」「すばやい」「単純な」「ぼんやり した」「浅い」「新しい」(この順に刺激語を提示した.) という,一人の人物の特徴としては矛盾した語を含む刺 激人物の印象について,自他比較を行いながら印象を想 像させたことになる.またあわせて,「時間の使い方が うまい」「大学生活が充実している」などの 10 項目(表3) 表3.相対化操作に使用した項目  1. 時間の使い方がうまい  2. 大学生活が充実している  3. 子ども好き  4. お酒好き  5. ストレス発散がうまい  6. 思慮深く行動する  7. 食べるのが早い  8. 経済的に恵まれている  9. 映画好き 10. おしゃれ

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について,刺激人物と自分自身のどちらがより勝ってい るか,5段階評定を行った.これらの作業により,実験 群に対しては,矛盾する特性をもつ刺激人物と自己を相 対的な視点から比較する相対化の操作を行った.次に実 験群,統制群ともにこの矛盾する語を特性として持つ新 たな刺激人物のイメージや人柄について,できるだけ多 く記述するように教示した.所要時間は 5 分とした.統 制群はその後,刺激人物の印象について 10 項目の両極 形容語(表2:上記実験群に使用したもの)での回答を 行い(7件法),さらにあわせて両群ともに刺激人物の もつ特性語群に対する自己評価を行った(7件法).そ して最後に,矛盾する語を特性としてもつこの人物に対 する好意度を「非常に親しみを感じた」から「まったく 親しみを感じなかった」までの5段階で評価を求めた. 質問紙を回収後,実験内容に関する説明と,結果につい ての通知の仕方の説明を行い,実験を終了した.

4.結果と考察

4.1 不斉合な対人情報の処理様式(信頼性)と相対化 の効果  回答者による印象形成の記述文から,不斉合な情報の 処理様式を判定するため,筆者および大学院生1名が吉 原(1991)による処理様式(表4)について,それぞれ 別個に判定を行った.判定に際しては,不斉合情報が加 わる前後の記述内容の変化に注目し,5段階評定で各処 理様式にあてはまる程度を測定した.2名の判定の相関 係数をもとに求めた処理様式の信頼性係数( R=nr/(1+(n-1)r))は表4に示すとおりである.いずれも .85 を超えて おり,比較的高い信頼性が得られたと考えられる.  吉原(1991)に示されたように,7つの処理様式間の 質的相違については,主成分分析によって分類された3 群間(表 4 の MR Ⅰ,MR Ⅱ,MR Ⅲ)で顕著になるこ とが予測される.MR Ⅰは処理様式 1 を含み,不斉合な 対人情報を無視する方略である.MR Ⅱは処理様式2か ら4までを含み,不斉合な対人情報を並列的にとらえて 処理する方略である.また MR Ⅲは処理様式5から7 を含み,新たな付加要素を用いて,立体的に人物像を構 成する方略である.以後の分析単位はこの3つの処理様 式群すなわち MR ⅠからⅢとする.  各回答者がどの処理様式群を利用したとみなすかにつ いては,次のような基準に基づいた.二人の判定者の評 定平均値が最も高くなった処理様式群とし,処理様式群 間で同点となった場合には,より高次の水準に到達して いる方に決定した.各度数を表4に示す.  実験群,統制群間で処理様式群の度数に差が見られる かどうかを調べるため,χ2検定を行った.その結果, 度数の有意な偏りは見られなかった(χ2(2)=1.46, n.s.). したがって,自他を比較するという作業によってのみ導 入された相対化については,不斉合情報を統合する効果 をもたらさないことが示された.そこで,自他の相対的 位置付けを認識するだけではなく,自他両者が相互依存 関係にあり,互いの協力が必要であるという課題構造を ともに理解しているという2つ目の条件が加わってはじ めて,両者の葛藤を統合的に解消することが可能になる のかもしれない.さらに今後の検討が必要である. 表4.処理様式(吉原(1991))と判定度数 処理様式 信頼性係数 N( 実験群 ) N( 統制群) MR Ⅰ MR1 不斉合情報の無視 0.90 12(19.67%) 10(15.38%) MR2 不斉合な情報の変形 0.89 MR Ⅱ MR3 複数の評価領域属性の設定 0.86 29(47.54%) 27(41.54%) MR4 人物の二面性の設定 0.95 MR5 対人認知の多様性の設定 0.93 MR Ⅲ MR6 対象や状況に対する複数の対応の仕方の設定 0.95 20(32.79%) 28(43.08%) MR7 因果関係あるいは関係性の設定 -(MR7 は度数が低いことから信頼性係数の算出不能) 61(100%) 65(100%)

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4.2 刺激人物に対する評価と自己評価  表2に示した刺激人物に対する評価項目について, 実験群,統制群間でt 検定による平均値の比較を行っ た.その結果,すべての項目で有意差は見られなかっ た.したがって実験操作による刺激人物評価の差異は 見られなかった.また,自己評価についても同様に実 験群,統制群間で平均値の比較をしたところ,「大胆な」 「軽い」「浅い」という項目で有意な差が見られた(順 にt(124)=2.07, p<.05; t(124)=3.18, p<.01; t(124)=2.51, p<.05).実験群のほうが,より大胆で,重く,深いとい う自己評価をしていることが明らかになった(表5). 表5.自己評価平均値    ( )内はSD 実験群 統制群 しずかな - さわがしい 3.39(1.48) 3.91(1.53) じみな - はでな 3.60(1.32) 3.49(1.45) かたい - やわらかい 4.14(1.62) 3.56(1.68) おくびょうな - だいたんな 3.73(1.61) 3.18(1.35) * あらあらしい - せんさいな 4.45(1.49) 4.68(1.43) おもい - かるい 3.53(1.34) 4.35(1.52) ** はりつめた - ゆるんだ 4.45(1.49) 4.57(1.51) じょせいてき - だんせいてき 4.35(1.36) 4.49(1.56) ふあんていな - あんていした 3.71(1.37) 3.55(1.64) しょうどうてきな - かんがえぶかい 4.33(1.56) 4.15(1.70) ふるい - あたらしい 3.87(1.37) 3.90(1.53) ぼんやりした - はっきりした 3.51(1.61) 3.86(2.93) のろい - すばやい 3.69(1.47) 3.86(1.51) たんじゅんな - ふくざつな 3.97(1.70) 3.38(1.80) ふかい - あさい 3.31(1.44) 4.00(1.62) *  *p<.05 **p<.01  (右の語の評価に近いほど得点が高い) ランダムに振り分けた大学生の集団間で,回答者のそ もそもの特性に有意差が見られるということは考えにく い.そこでこの結果は実験操作が関与していると考える ことができるだろう.そうであるなら,刺激人物と自己 との比較を行った場合には,自己を評価する際により複 雑な内面に目を向けるようになったことが推測される. これに関連して Collins and Loftus(1975)12) の活性化

拡散モデルでは,一般的知識の記憶表象の構造として, 意味的に関連のある概念同士がリンクしたネットワー ク構造を仮定している.ある概念が想起されたときに は,その概念とリンクで結ばれた概念もが活性化され, この活性化が広がった部分は検索しやすくなると考えら れた.自己評価に際してより複雑な内面に目が向けられ たとすれば,刺激人物との比較をするという作業を通し て,より内面的な部分での自己評価の概念を検索し,刺 激人物との差異を検討していたと考えることができるだ ろう.したがって,自他を比較するという意味での「相 対化」の影響のひとつとして,このように自己の内面的 な部分に目をむけ,この視点から自他の差異を検討する という行為を導いたことが示唆される.そこで,今後の 実験上の課題として,自他を比較するという実験操作の 前にも自己評価を行う手続きを加え,さらにこの結果を 確認する必要がある. 4.3 刺激人物への「親しみ」評価  刺激人物にどのくらい親しみを感じることができた のか,5段階評価による回答の平均値を実験群,統制 群間で比較するためt 検定を行ったところ,有意な差は 見られなかった.一方,実験群・統制群を合わせた全 体のデータにより,処理様式群間で平均値を比較するた め一元配置分散分析を行ったところ有意な主効果が得ら れた(F(2,123)=5.45, p<.01).Scheffe による多重比較 の結果,MR Ⅰ(M=3.23, SD=1.15)は MR Ⅱ(M=2.45, SD=1.06)および MR Ⅲ(M=2.40, SD=0.96)より有意 に評価が高いことが示された(ともにp<.05).したがっ て,不斉合な情報を無視して印象形成を行った場合に は,統合的に印象形成を行う場合よりも親しみを感じて いたことがわかる.この結果は,不斉合な情報を統合的 に処理することで刺激人物の複雑なパーソナリティを想 像することから,葛藤する情報を統合して人物像の体制 化を図りながらも確証の持ちようがなく,よくわからな い人物であるとして親しみがもてなかったことが推測さ れる.

5.総合考察

 処理様式の信頼性係数はすべての処理様式で .85 を越 えたため,比較的高い信頼性が得られたと考えることが できる.一方,本研究での相対性の視点の導入について は,その効果を見ることはできなかった.したがって, 刺激人物と自己との比較を通して両者を相対的にとらえ る視点を導入するという条件のみでは,不斉合情報を統 合化する効果を持ち得ないということが推測される.そ

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こで,2つ目の条件として,両者が協力することによっ てのみ課題の解決が可能となるような相互依存関係にあ る状況と,その共通認識があわせて必要になると考えら れるであろう.二者間の相互作用場面を設定するなどの 実験上の工夫を行い,さらに検討することが必要である.  また,今回の相対性の視点の導入は,自己評価をする 際に自己の内面的側面を注目するようになるという効果 が若干見られた.従来の研究において,吉原(1991)で は不斉合情報を統合化して処理水準が深くなるほど刺激 人物の内面性についての記述が増加し,また吉原(2000) では,処理水準が深くなるほど刺激人物への共感が増 加した.さらに対人認知の相互規定的関係性(cf. 吉原、 2000)をあわせて考えると,自他の比較によって自己の 内面に目を向けるようになるのであれば,刺激人物ある いは他者との相互依存関係が高まる場合には,他者の内 面にも目を向けさせるようになると考えられるのではな いだろうか.そしてこのとき不斉合情報は統合化されや すくなると考えられるであろう.したがってこの点から も,相対性の視点の導入は必要条件であり,あわせて二 者間の相互依存関係と共通の課題の認識が成立するとき に,統合化が促進されると考えられるのではないだろう か.今後さらに検討する必要がある.

6.引用文献

1)J.Piaget : Recherches sur la contradiction. In Etudes d Epistemologie Genetique, vol.31-32, Universitaires de france. (芳賀純・前原寛・星三和子・日下正一・堀正 (訳)矛盾の研究, 三和書房)(1974)

2)W.Doise, G.Mugny, and A.Perret-Clermont : Social interaction and the development of cognitive operations. European Journal of Social Psychology, 5, pp.367-383 (1975)

3)G.Mugny and W.Doise : Socio-cognitive conflict and structure of individual and collective performances. European Journal of Social Psychology, 8, pp.181-192 (1978)

4)W.Doise and A.Palmonari : Social interaction in individual development. Cambridge University Press, Cambridge (1984)

5)W.Doise and G.Mugny : The social development of the intellect. Pergamon Press, Oxford (1984)

6)吉原智恵子:不斉合な情報の処理様式の研究 ­対人情 報を材料として­. 実験社会心理学研究, 31, 1, pp.39-48 (1991) 7)吉原智恵子:不斉合な対人情報の処理場面における自己­ 他者間の相対性の知覚 ­類似性と共感性の観点から­. 上 智大学心理学年報, 24, pp.25-32 (2000)

8)M.Sherif, O.J.Harvey, B.J.White, W.R.Hood, and C.W.Sherif : Intergroup conflict and cooperation : The Robbers Cave experiment. Institute of Group Relations, University of Oklahoma(1961) 9)永田良昭:現代っ子にみる独立心と反抗. 児童心理, 26, pp.63-68 (1972) 10)吉原智恵子:不斉合な対人情報の統合化に及ぼす対人関係 の関係性の効果. 日本グループ・ダイナミックス学会第38 回大会発表論文集, pp.131-132 (1990) 11)柏木繁夫:SD法による意味構造の因子論的研究, 心理学研 究, 35, pp.27-31 (1964)

12)A.M.Collins, and E.F.Loftus : A spreading-activation theory of semantic processing. Psychological Review, 82, pp.407-428 (1975)

脚注

* 表1に示した左右の列のパターンと同様の分類を した回答者を抽出することにより刺激語の統制を行 い,抽出された回答者を分析の対象とした.

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「自他を相対化する」とはどのようなことか?

-不斉合な情報の処理過程からの考察-

吉 原 智恵子

日本福祉大学 情報社会科学部 表記研究ノートに,以下の2点を追補修正する. 1.タイトル部修正 「自他を相対化する」とはどのようなことか? -不斉合な情報の処理過程からの考察- ** 2.タイトル脚注追補 **  本研究は,平成 16,17 年度科学研究費補助金(基盤研究(C 2),研究課題番号 16530409)の 補助を受けた. 追補修正 日本福祉大学情報社会科学論集 ,9,pp.117-122(2006)

参照

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