学生研究者間の実践コミュニティを
促進するための環境構築
Development of an Environment for Promoting
Communities of Practice by Student Researchers
近藤 吏
1櫨山 淳雄
1Tsukasa Kondo
1and Atsuo Hazeyama
11
東京学芸大学大学院 教育学研究科
1Graduate School of Education, Tokyo Gakugei University
概要: 本研究では学生研究者の特性を考慮し,学生研究者が自発的でインフォーマルな人と人の つながりをもつ実践コミュニティを通した知識共有を行うことができる環境を構築している.本 環境により,情報登録者自身が知識を得ることができ,獲得可能な知識の幅を広げることが可能 である.
Abstract: This study develops an environment that can perform knowledge sharing through communities
of practice that has the voluntary and informal characteristics of connections by person to person across the university laboratories, considerated characteristics of student researchers. This environment allows information registrants to acquire knowledge and expands richness of the knowledge which can be acquired.
1. はじめに
今まで多くの企業が知識やノウハウを電子化し, 蓄積共有するナレッジマネジメントシステムを開発 してきた.これらは企業にとどまらず,大学研究室 に特化した研究情報共有システムの研究開発も行わ れてきた.またナレッジマネジメントは Web2.0 の流 行により SECI モデルに代表される第 1 世代のナレ ッジマネジメントから個人によるコミュニケーショ ンを基にした第 2 世代のナレッジマネジメントに注 目が移っている[1]. さらに近年 Wenger らの実践コミュニティ[2]が注 目されている.ここで述べられているコミュニティ とは企業における事業部のような組織ではなく,「あ るテーマに関する関心や問題,熱意などを共有し, その分野の知識や技能を,持続的な相互交流を通じ て深めていく人々の集団」[2]である.また実践コミ ュニティで得た知識を本来の仕事である事業部に生 かすことは有効であるとしている. 今まで開発されてきた研究情報共有システムは大 学研究室内のみで利用されるシステムであった.と ころが,実践コミュニティと照らし合わせて考える と,大学研究室という組織は事業部にあたり,実践 コミュニティを活用する大学における研究に特化し たナレッジマネジメントシステムは開発されていな い.しかし,学生にとって更なる研究の発展や技術 獲得を行うために,大学研究室を越えた実践コミュ ニティを活用し,知識獲得の場を増やすことは有効 であると考える. そこで本研究では学生研究者が所属する組織を越 えた自発的でインフォーマルな人と人のつながりを もつ実践コミュニティを通した知識共有を行うこと ができる環境を構築する.しかし,大学研究室は学 生研究者の集まりである.学生研究者は研究に不慣 れであり,どういった実践コミュニティに参加し, どういった知識を持つ人とコミュニケーションを取 ればよいかを理解することは難しい.そこで,本研 究が実践コミュニティを活用した知識共有の支援を 目指すための課題設定は以下の通りとする. ① 学生研究者の特性の考慮 ② ユーザに適した実践コミュニティの推薦 ③ 実践コミュニティの支援 本研究ではこれらの課題を解決する手法を提案し, 手法に従って実践コミュニティの支援環境を構築す る.2. 関連研究
2.1 研究情報共有システム
永留らは,大学における研究コミュニティに着目 し実世界における研究活動と連携してコミュニティ 知の持続的進化・継承を図る Web 上のオンラインコ ミュニケーション支援環境 Hyperblog を構築してい る[3].具体的には,日々の研究活動を行うことによ って生まれる知識や研究スキルを,Blog エントリと して表現し,コミュニティ知の表現を支援する.ま た,コミュニティ知を表現した Blog エントリを研究 アクティビティ,タグ,共通タグという 3 つのカテ ゴリに分類し,これらに基づいてエントリ間にハイ パーリンクを自動的に作成し,メンバー間でのコミ ュニティ知の共有と学びあいを支援している. 永留らのシステムをはじめ,研究情報共有システ ムは研究した内容をシステムに登録し,情報共有を 図っている.これらの情報の多くは研究室の後輩な ど,研究室の新しいメンバーや研究に慣れていない 学生にとっては有益な情報になる.情報登録者自身 には研究情報を整理できることが大きなメリットと なる場合が多いが,残した情報自体にメリットは少 ない.また Hyperblog[3]では登録者のブログに関連 するエントリがハイパーリンクで関連付けされ,新 たな知識を得るチャンスがあるが,これは同時期に 研究室に在籍していればゼミや普段の研究室の場で 共有可能な内容である.そこで本研究では,実践コ ミュニティを活用し,情報登録者でも知識を得るこ とができる環境を構築する.その環境の利用は,研 究室内のみの実践コミュニティの形成に限定しない. 研究室内限定の場合に比べて,学んできた知識,背 景が異なる場合が多く,得ることができる知識の幅 を広げることが可能である.2.2 研究コミュニティ
Researchmap は,分野や所属を越えた研究者コミ ュニティを構築することによる研究の活性化や研究 者を中心に据えた多様な研究情報の収集を目的とし ている[4]. 研究者履歴を用いて分野や所属を越えた研究者コ ミュニティを構築するという観点では,本研究と非 常に考え方が近い.一方,Researchmap は対象を博 士や企業研究者,大学教員としている点,それに加 え研究者の履歴は成果として公に発表しているもの を扱っている点で本研究と大きな差異がある.本研 究は主に学部生や修士課程の学生等を対象としてい ることから,短い研究期間中に成果を出したとして も研究期間が終わるころであることが多い.しかし, 学部生や修士課程の学生にとっても新しい出会いに よる研究の発展や技術獲得は必要である.そこで本 研究では,ゼミ資料等の中間成果であっても知識共 有を行える仕組みを提案する.3. 実践コミュニティ
3.1 実践コミュニティ
実践コミュニティは「あるテーマに関する関心や 問題,熱意などを共有し,その分野の知識や技能を, 持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団で ある」と Wenger らによって定義されている[2]. そして,実践コミュニティには,知識の「領域」, 「コミュニティ」,そして「実践(プラクティス)」の 3 つの重要な要素がある. 領域は,実践コミュニティが熱意を持って取り 組む,知識あるいは専門分野が何であるかを表 す. コミュニティは,実際に相互交流している人た ちの集団を指す. 実践(プラクティス)は,知識を生み出す活動を 意味する. この 3 つの要素がそろって,初めて実践コミュニテ ィは成り立つ.3.2 本研究における実践コミュニティ
本研究では学生研究者を対象とした支援を行う. 学生研究者とは,大学もしくは大学院の修士課程に 在籍する学生とし,その対象に適した支援を考える. また本研究では,個人が自発的に実践コミュニテ ィを活用した知識共有を目指し,実践コミュニティ の支援を行うことで知識共有支援を行う.本研究に おける実践コミュニティは「教えてもらうための場」 ではなく「協調的に学ぶ場」と想定している.実践 図 1 実践コミュニティのイメージ図コミュニティを活用し,背景知識が異なった学生と 議論し,学び合うことでお互いの知識を共有するこ とを目的としている.例えば,実践コミュニティで 互いに新しく読んだ論文を輪講し意見を出し合った り,ある技術について学んだことを互いに教え合っ たりすることで,会話の中から体験知を共有するこ とができる(図 1).
4. 実践コミュニティ促進環境
4.1 学生研究者の研究フェーズ
学生研究者は多くの論文を読み,資料を作成し, ゼミの場で発表して自身の研究を深めていく.この ように,学生研究者はゼミをベースとした研究の局 面(フェーズ)が存在する.これを反復フェーズとし, 収集→作成→発表・議論→振り返り→収集…と定義 する.また研究は反復フェーズを繰り返しながら進 捗していく.この全体から見た進捗を進捗フェーズ とし,進捗フェーズを(ⅰ)研究分野の決定,(ⅱ)サー ベイ,(ⅲ)研究の方向性決定,(ⅳ)実験,実装,(ⅴ) 評価と定義する.このように,本研究では進捗フェ ーズと反復フェーズを組み合わせて研究フェーズを 表す(図 2).また研究は高度に知的な活動であるため, このフェーズをリニアに進むのではなく,行ったり 来たりしながら研究が進んでいくことが考えられる. 本研究では,ここで定義した研究フェーズに応じた 知識共有支援を行う. さらに研究が発展する過程にある研究要素を研究 の反復フェーズを基に抽出すると,自身が作成した 「資料」,他者が書いた論文や技術書,Web ページな どの「参考文献」,ゼミ発表などの議論を記録した「議 事録」がある.したがって学生研究者の研究におい て学生研究者自身を含む,4 つ(学生研究者,資料, 参考文献,議事録)の研究要素があり,これらを本研 究では主要な研究要素と定義する. 図 2 学生研究者の研究フェーズ4.2 研究活動日誌
主要な研究要素は本研究では実践コミュニティを 推薦する材料として用いるが,学生研究者の活動の 記録にもなりうる.ところが,主要な研究要素が独 立して存在するだけでは研究のコンテクストが欠落 してしまうため,学生研究者が日々の研究活動を振 り返るには不十分である.日々の研究活動の振り返 りを可能にするには,学生研究者が主要な研究要素 とそのコンテクストを残す必要がある.そこで,本 研究では,そのコンテクストを補うために学生研究 者は研究活動日誌を作成し,リフレクションに活用 できるようにした. 研究活動日誌には,その日活動した内容を書くこ とができ,参考文献や議事録などの研究要素を一緒 に登録することができる.また 1 つ 1 つの登録資料 に関して,メモや観点を残すこともできる.この研 究活動日誌は他ユーザからは閲覧することができな いが,自身は自由に閲覧し振り返ることができる.4.3 研究フェーズの把握
学生研究者に実践コミュニティの推薦を行うには, 研究者の研究フェーズを把握する必要がある.前述 したように研究は高度に知的な活動であり,リニア な進捗にはならないので研究フェーズをシステムが 自動取得することは難しい.そこで,学生研究者が 手動で簡単かつ自由に研究フェーズの段階を設定で きるようにした.4.4 実践コミュニティの推薦
本研究では,4.1 項で述べた研究フェーズに応じて 学生研究者をマッチングし,実践コミュニティの推 薦を行う.進捗フェーズの(ⅰ)や(ⅱ),(ⅲ)では,研 究分野を決定する際には,興味のある分野や参考文 献を基に,類似度の高い学生研究者をマッチングす ることが有用である. (ⅳ)や(ⅴ)では技術や評価方 法の類似度が高い学生研究者をマッチングすること が有用であると考えられる.学生研究者同士の類似 度を計算するために,まず主要な研究要素からマッ チング変数となる属性を抽出した(図 3).また研究フ ェーズ毎にマッチング変数を決定した(表 1 に一部を 例示).また本環境では「協調的に学ぶ場」として実 践コミュニティを想定している.そのため,同じよ うなレベルの学生研究者をマッチングすることが望 ましい.学生研究者のレベルは学年によって違うと も考えられるが,研究室によって 1 年に行う研究活 動の時間にばらつきがあるので学年を合わせても同 レベルであるとは言えない.そこで,本研究ではな るべく協調的に学ぶ場となるように,研究フェーズ を変更した回数をカウントし,その数をマッチング に活用する.これは,研究フェーズを変更する回数 は,研究活動を行っている時間に比例関係があると 考えたためである. 本研究では表 1 に例示されるようなマッチング変 数を用い,(1)~(6)の手順で推薦を行う.表 1 中の「・」表 1 研究フェーズへのマッチング変数の振り当て(一部) 反復 進捗 収集 作成 振り返り 自身 相手 自身 相手 自身 相手 研究 分野の 決定 ユーザ・ 研究分野 ユーザ・ 研究分野 ユーザ・ 研究分野 ユーザ・ 研究分野 ユーザ・ 研究分野 ユーザ・ 研究分野 参考文献・ タイトル 参考文献・ タイトル 資料・ 内容 資料・ 内容 議事録・ 内容 資料・ 内容 参考文献・ キーワード 参考文献・ キーワード 参考文献・ タイトル 参考文献・ タイトル 資料・ 内容 資料・ 内容 参考文献・ キーワード 参考文献・ キーワード 図 3 マッチング変数 の前は主要な研究要素を示し,「・」の後はその属性 を示す. (1) 研究分野が 1 つでも一致するユーザを抽出する. (進捗フェーズが(ⅰ),(ⅱ),(ⅲ)の時のみ) (2) ユーザの現在の研究フェーズを抽出し,表 1 よ りどのマッチング変数を利用するかを決定す る. (3) (1)で抽出されたユーザに対して,(2)で決定した マッチング変数を用い,表 1 の列ごとに自身と の類似度を計算する. (4) 類似度の合計を計算し,合計値が高いユーザを 選ぶ. (5) (4)で選ばれたユーザの中から,研究フェーズの 変更回数の数値が近いユーザを 2 人推薦する. (6) 推薦されたユーザから,実践コミュニティを形 成するユーザを選ぶ. 手順(1)では,全ユーザから研究分野が一致するユ ーザに絞り込む.各ユーザにはそれぞれ研究分野が 存在する.研究分野は複数個設定することが可能で ある.その複数個ある研究分野の中から 1 つでも一 致すれば,マッチングの対象とする.この手順(1)は, 関係性が少ないユーザを除外するためにある.1 つ でも一致すればマッチング対象にする理由は,研究 分野はとても大きなくくりでしかなく,ユーザの関 係を図るには十分でないと考えたためである.類似 度は,参考文献や資料などユーザをより特徴づける マ ッ チ ン グ 変 数 で 求 め る . た だ し 進 捗 フ ェ ー ズ (ⅳ),(ⅴ)に関しては,分野が全く異なるが技術や評価 方法が一致する場合が考えられるため,この手順 1 はスキップする. 手順(2)では,4.3 項で述べたユーザの研究フェー ズの把握を基に,その情報から研究フェーズ毎に決 定したマッチング変数(表 1 に一部を例示)と照らし 合わせ,マッチング変数を決定する. 手順(3)では,手順(1)で絞ったユーザと自身を手順 (2)で求めたマッチング変数を用いて類似度を求め る.例えば,ユーザの研究フェーズが「研究分野の 決定」の「作成」であったとする.この場合,自身 のマッチング変数は「資料・内容」,「参考文献・タ イトル」,「参考文献・キーワード」である.マッチ ング対象のユーザ(表 1 の相手)のマッチング変数は, 「資料・内容」,「参考文献・タイトル」,「参考文献・ キーワード」である.この時,表 1 を行ごと見て, 類似度を計算する.すなわち,自身の「資料・内容」 と相手の「資料・内容」の類似度を計算する.次に 自身の「参考文献・タイトル」と相手の「参考文献・ タイトル」の類似度の計算を,自身の「参考文献・ キーワード」と相手の「参考文献・キーワード」の 類似度の計算をする.類似度の計算はマッチング変 数の属性が「内容」と「内容でないもの」とで計算
方法が変わる.「内容でないもの」は,技術やキーワ ードなどタグ化が可能であるものや,タイトルなど の文字列の一致で類似度を計算できる一方,「内容」 は各個人が作成するものであり,単語レベルでのマ ッチングではなく,文書レベルのマッチングとなる からである. 「内容」に関するマッチング 本研究の「内容」に関するマッチングは,ベクト ル空間モデル[5]を用いる.ベクトル空間モデルは, Salton と McGill によって提案された情報検索分野に おけるテキストマイニング手法である.出現単語に 基づいて文書を 1 つのベクトルで表現し,ベクトル の向きによって内容を判断する点が特徴である[6]. 文書のベクトルを求めるために,本研究では形態素 解析を行い,1 つ 1 つの形態素の重み付けには, TF-IDF(Term Frequency-Inverse Document Frequency) 法を用いる.これら求めた文書ベクトル同士のコサ イン相関を用いて文書の類似度(0~1 の実数値)を求 める. 「内容でないもの」に関するマッチング 「内容でないもの」は文字列の一致で計算を行う. 自身が持つ属性の総数に対し,相手と一致した割合 で類似度を計算する.すなわち,類似度は 「相手と一致した属性」/「自分が登録した属性の総数」 で求める.例えば,マッチング変数「参考文献・タ イトル」であり,自身が登録した参考文献が 3 本あ ったとする.また,相手が登録した参考文献が 5 本 あったとする.そのうち,自身と相手が登録した参 考文献のタイトルが 1 本一致したとすると,1/3≒ 0.33 であり,類似度は 0.33 であると計算できる. このようにして表 1 の行ごとの類似度を求める. 属性が「内容」のものと「内容でないもの」共に類 似度は 0~1 の実数値となる.手順(3)で求めたそれぞ れの類似度の合計を手順(4)で計算する.その合計値 の高いユーザを選択し,手順(5)で自身の研究フェー ズの変更回数と相手の研究フェーズの変更回数との 差が小さい 2,3 名を選び,推薦を行う.手順(6)で はユーザは推薦された他の学生研究者から,実践コ ミュニティを形成したいユーザを選択する.推薦さ れたユーザは自身と一致した「内容でないもの」の 属性が全て提示される.すなわち「内容」に関する 自身が作成した資料は含まない.
4.5 実践コミュニティの生成と拡張
本研究では個人の研究活動の内容が外に漏れない ように考慮したため,実践コミュニティの生成はマ ッチングを通して行われる.そのため,最初は 2 人 の実践コミュニティが生成される.その後,実践コ ミュニティのメンバーを増やすためには,マッチン グにより新たに推薦されたユーザが現在活動してい る実践コミュニティと興味が似ていた場合や,ユー ザが招待することによってメンバーを増やすことが 可能である.4.6 領域支援
実践コミュニティがうまく機能するためには領域 と定期的な交流が鍵となると Wenger らは述べてい る[2].領域の中でも大切なものとして,領域に対す る基礎知識と最前線の話題が挙げられる.本研究で は,研究室に依存しない,すなわち背景知識が一致 しないユーザが実践コミュニティを構築していくの で,特に領域に対する基礎知識を共有することが大 切であると考えられる.そこで研究の主要素である 参考文献に着目した.実践コミュニティの基礎知識 をある参考文献を理解していることとし,実践コミ ュニティごとに領域を設定できるようにした.また, 1 つの参考文献とは限らず,複数個の参考文献を領 域に対する基礎知識に設定することができる.4.7 実践支援
4.6 項で述べたように定期的な交流が実践コミュ ニティにとって重要になる.そこで本研究では,定 期的な交流を円滑に行えるよう,スケジュール機能 を提供する.実践コミュニティごとにスケジュール を設定することができる.スケジュールには,次回 交流する日付とその内容を登録することができる. さらにスケジュールを構成するたびに実践コミュニ ティの活動履歴に日付と内容が登録され,実践コミ ュニティでの実践の履歴を確認することができる. その後,議事録を追加することができる.これによ り実践コミュニティの活動を振り返ることができる. 研究室で文書データベースを利用した多くの研究 情報共有システムが開発されてきた.しかし,経験 などに基づく知識は静的な情報の集まりというより はむしろ動的である.このような知識を共有するた めには,相互交流やインフォーマルな学習プロセス が必要になる[2].もちろん,実践者のニーズに適し た方法で知識を文書化することも有用だが,その形 式知でさえ,暗黙知がなければ適用することができ ない[2].このように文書など静的な情報ではなく, 相互交流など動的に知識共有を行う必要がある.本 研究が提案する実践コミュニティはお互いのことを あまり知らない関係にある人が構築していくもので あり,さらに定期的な相互交流を協調的に行ってい く必要がある.相互交流といっても,メールなどの 非同期なものから,会話やチャットなどの同期なも のもある.しかし,メールやチャットは限定された 相互交流であり,知識を文字に表出しなければならず,うまく知識が共有されるとは限らない.動的に 相互交流を行うには文字等よりもリッチなメディア でコミュニケーションを行う必要がある.また, Lanubile はテキストベースのコミュニケーションは 複雑であり,協調的なタスクには十分でないことや, お互いのことを知らない人たちは,協調作業を行う 場合に音声や映像によるコミュニケーションを使う ことが有益であると述べている[7].これらより,本 研究では,実践コミュニティを円滑に実践できるよ う,インターネットを利用したビデオ通話を利用す ることを想定する.
5. 考察
既存の研究情報共有システムは,研究した内容を システムに登録し,情報共有を図っていることが多 い.これらの情報の多くは研究室の後輩など,研究 室の新しいメンバーや研究に慣れていない学生にと っては有益な情報になる.情報登録者自身には研究 情報を整理できることが大きなメリットとなる場合 が多いが,残した情報自体にメリットは少ない.文 献[3]では,登録者のブログに関連する記事がハイパ ーリンクで関連付けされ,新たな知識を得るチャン スがあるが,これは同時期に研究室に在籍していれ ばゼミや普段の研究室の場で共有可能な内容である. 関連研究が知識を残すというシステムであるのに 対して,本研究が大きく異なるのは「登録者自身が 知識を得ることができる」点である.実践コミュニ ティは自ら実践を通じて知識を得るというナレッジ マネジメントの方法である.また本研究では,研究 室内のみでの使用を想定していない.言い方を変え ると,ゼミなどでも実践コミュニティにおける「実 践」を行うことができるが,本研究ではそれよりも 広い範囲で実践コミュニティを形成することができ る.研究室内限定の場合に比べて,学んできた知識, 背景が異なる場合が多く,得ることができる知識の 幅を広げることが可能である.また,文献[2]では, 実践コミュニティで得た知識を本来の仕事に生かす ことは有効であるとしている.このことからも,組 織に限定しない実践を行うことは有効である. また,本研究は勉強会などのコミュニティにも関 連している.しかし,学生研究者にとって外部の勉 強会などは敷居が高く,どのコミュニティに参加す ればよいかの判断も難しい.そこで本研究では学生 研究者の特徴であるゼミをベースとした研究活動に 沿い,学生研究者同士でコミュニティを実践できる 環境を構築した.さらに定期的に開催されている研 究会も実践コミュニティに当てはめることができる. これらは自身が出した研究成果を発表し,さらなる 研究の発展のために同じ研究分野の研究者から知識 を得ることができる機会である.しかし,研究会は 研究成果発表の場である.前述したように学生研究 者は短い研究期間中に成果を出していることが少な い.もし,成果を出したとしても研究期間が終わる 頃であることが多い.このことから,学生研究者が 自身の研究のために研究会という実践コミュニティ を活用し,自身の研究に対して知識を獲得し,その 知識を研究活動に生かすことができる期間はわずか であることが多い.そこで,本研究では中間成果物 等,自身の研究の過程に発生する研究要素を用いて 実践コミュニティを形成すべきユーザを推薦し,実 践コミュニティによる知識共有の場を増やすための 環境を構築した.6. まとめ
本研究では,学生が大学研究室という組織を越え た自発的でインフォーマルな人と人のつながりをも つ実践コミュニティを通した知識共有を行うことが できる手法を提案し,実践コミュニティを促進する ための環境を構築した.また,本環境が今までの研 究情報共有システムになかったメリットがあること を考察した. 今後は構築した環境を利用した評価を行い,その 有効性を確認したい.参考文献
[1] 島津秀雄,小池晋一: KM 再考:Web2.0 時代のナレッ ジマネジメント,情報処理,Vol.47, No.7, pp.768-774, 2006.[2] Etienne Wenger, Richard McDermott and William M. Snyder: コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッ ジ社会の新たな知識形態の実践,翔泳社,2002. [3] 永留圭祐,柏原昭博,長谷川忍: 研究コミュニティ知 の表現・構造化を支援する Hyperblog システムの開発, 教育システム情報学会誌,Vol.28, No.1, pp.94-107, 2011. [4] 新井紀子: 研究者情報基盤サービス “Researchmap” について,Unisys 技報,Vol.29, No.4, pp.405-415, 2010. [5] G. Salton and M. J. McGill, Introduction to Modern
Information Retrieval, McGraw-Hill, 1983.
[6] 大谷紀子: 情報検索におけるベクトル空間モデルの 応 用 , 東 京 都 市 大 学 環 境 情 報 学 部 紀 要 , Vol.5 , pp.99-109, 2004.
[7] Filippo Lanubile: Collaboration in Distributed Software Development, Lecture Notes in Computer Science, Vol.5413, pp.174-193, 2009.