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広義の言語教育評価を考える

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62 第1回「言語教育評価フォーラム」 講演2

広義の言語教育評価を考える

宮副ウォン 裕子

桜美林大学大学院 1.言語教育の今―世界的な動向を探る グローバル化が進む今日,人と情報の動きが加速化し,対面,非対面,ヴァー チャル空間を問わず,言語的・文化的背景の異なる人々が接触する場面が多様化 している。たとえばインターネット上では,母語,第二言語,あるいは未習熟の 言語などを使い,未知の人々が交信を行うことも珍しくない。人々がコミュニ ケーションの目的を適切に達成するには,使用する言語の学習や習得(language learning/acquisition)だけでなく,言語の社会化(language socialization),異文 化間相互理解を促すための歩み寄りや相手への配慮などがますます重要性を帯び てきている。

このような社会文化的文脈の変化の中で,学校教育に向けられる人々の期待は 以前と同じだろうか。またその中で言語教育が果たす役割はどう変ってきただ ろうか。2008年に出た新版のEncyclopedia of Language and Educationを見ると, 10年前の旧版8巻に2巻が加わり全10巻となった。新たな2巻はLanguage Socialization(言語の社会化)とEcology of Language(言語のエコロジー)である が,これは上述のグローバル化と無関係ではない。言語の実際使用場面が多様化 し,新たな言語学習(教育)のニーズが生まれ,そこに着目した実践報告や実証 的研究が次々と蓄積されてきた結果だと考えられるからだ。 本稿の目的は3点ある。第一に,新たな社会文化的な文脈において,海外の大 学の機関レベルで実施されている教育評価の方法と目的を考察する。第二に,海 外の大学において,学科やプログラムレベルで実施されている言語教育関連の評 価の方法と目的を考察する。第三に,全学的に取り組む教育評価と,言語教育関 連の評価活動は,大学の教育の質の保証という共通の目的に向かって,それぞれ が深く関連しあい影響しあっていることを述べ,言語教育の評価をこれまでより 広義に捉えることの意義を論じたい。 なお,ここで挙げる言語教育評価の事例は,筆者が20余年勤務した香港の政 府立の大学の教育評価,またそこでの日本語教育関連の評価活動が多い。香港の

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教育制度や評価システムは,その歴史的背景から英国の制度にならっている。事 例の選択にあたっては,できるだけ世界諸地域の言語教育にも適用できるものを 優先したが,中には香港特有のものもある点をご了承いただきたい。 2.海外の大学における教育評価 1980年代後半から2008年現在,海外の多くの大学では教育プログラム評価, 教員業績評価などを定期的に実施している。その背景には,一つには,前述の社 会文化的な変化があり,情報化社会の出現にともない,経済界や産業界が業務内 容の再検討や再編成を迫られたことがある。その結果,新たなニーズに対応でき る人材の育成が大学に期待されるようになった。もう一つには,教育や学習を構 成主義的にとらえるという教育理念の革新的な変化があった。教師は,学習者に 知識を伝授するという従来型の役割のみでなく,学習者の自律学習の支援者,学 習環境の設計者としての役割を担うことが期待されるようになった。学習者もま た,教師が準備した学習内容を受け身的に摂取するという学習スタイルから,自 らの学習を管理できる自律的な学習者へと脱皮を迫られた。情報量の増大にとも ないその質も激変する今日,大学で学んだことはすぐに古くなり使い物にならな くなる。「人は一生自律的に学び続ける生涯学習者であるべきだ。大学は知識を 受容する場所ではなく,学び方を身につける(learning how to learn)場所だ」と いう考えが根底に流れ始める。ここでは従来型の教育評価活動では対応できず, 発想の転換が求められ,さまざまな評価法が検討され,試行されることになった。 世界諸地域の公立大学における教育評価の目的は主に,社会のニーズと学習者 のニーズが合致した質の高い教育を提供しているか,教育予算削減に伴う緊縮財 政においても教育の質は保証されているか,納税者や雇用者への説明責任を果た しているか,自律的な学習者が育っているか,教育の質の確保のためにどのよう な教員評価を実施するか,どのような教員評価から雇用継続等にかかわる客観的 な判断材料が得られるか,などが含まれる。本節では,筆者が香港の大学で経験 した教育評価の例を示し,その内容,意義,目的を考察する。 表1は,海外の大学における教育評価の実際を英語と日本語の訳を対照して示 したものである。この表を見て気がつくのは,教育評価に関連する英語語彙は多 様で豊富であるが,日本語では大部分が「評価」と訳されていることである。最 初の二項目,assessmentとevaluationは教育評価の重要キーワードと考えられ るが,日本語ではいずれも「評価」と表現されることが多い。一部の教育評価専 門家を除いてはその区別は厳密になされていない。「評価」と聞くと「試験やテス ト」を連想する人が多いかもしれないが,表1を見ると,教育活動には形態や目 的などから多様な評価方式があり,教育の質を維持しさらに高めるために,それ らが互いに関連しあい実践されていることがわかる*

*本誌の英訳タイトルをAssessment and Evaluation in Language Education (AELE)としたの

も,このふたつの重要キーワードを入れることで,言語教育評価を広義にとらえることの意義 と重要性を言語教育関係者に広く知ってもらいたいと考えたからである。

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 海外の大学における教育評価活動の実際 教育評価活動(英語) 評価活動(日本語訳,説明,具体例) 1 assessment (能力測定などによる)評価,アセスメント 2 evaluation (プログラムやコースの)評価 3 validation, re-validation プログラムの認可・再認可 公立大学が,新規のプログラムを開講するときに実施する評価活動。判 定の結果は次の3種類。  1.合格    ⇒ 無条件で3∼5年間実施  2.条件付合格 ⇒ 2年後に再度認可会議で再審議し,決定  3.不合格   ⇒ プログラムは実施不可 4 external assessor 学外審査員 公立大学などで助教授以上の公募ポストへの応募に際して,応募者の資 格・業績などについて公募条件に沿って審査する。 5 external examiner 学外審査員 海外の大学の教育プログラムの質の向上のために,定期的にカリキュラ ム全体について審査する。審査内容には,講義科目(目的,シラバス, 教え方,学び方,評価内容と頻度,リソースなど),学生の到達度や満 足度,教員の質の保障(staff developmentなど)などを含む。 6 staff evaluation 教員の業績評価 staff appraisal 香港の大学教員の場合,次の4つの領域で評価が行われることが多い。 staff review 講師,高級講師,助理教授,副教授,教授などのランクによって,それ ぞれの領域の割合は異なり,期待されるレベルも異なる。  1.教育(teaching)  2.研究(research)  3.行政(administration)  4.コミュニティー活動(community service)

7 Research Assessment Exercise 教員の研究業績の評価(英国や香港の大学で実施)

(RAE) 香港政府教育署の大学資助委員会の研究業績評価委員会が決めた下のよ うな基準に従い実施する。同委員会が複数の審査委員(該当領域の学者 ・研究者)を世界各地から任命。審査は匿名で行い報告書をまとめる。  1.学術誌ランクAに単著論文掲載 1点  2.学術誌ランクBに単著論文掲載 0.5点  3.学術誌ランクCに単著論文掲載 0点  4.学術書の出版  1点  5.教科書の出版  0点 *共著の場合は,それぞれの点を人数で割った点になる。たとえば,ラ ンクA学術誌に3人の共著論文が採用掲載された場合は0.33となる。 *2年連続して研究業績の点数がある一定以上の場合は,active researcherという格付けがされ,教員評価の「研究」領域で高い評価と なる。逆に2年連続して点数が低い(または0の)場合は,低い評価とな り,契約更新に際して望ましくない要因となる。

8 Total Workload Concept 教員の統合ワークロード・モデル

(TWC) 6.教員評価,7.研究業績を,1年間の仕事の質と量を数値で示す方法。

「常勤教員が1年間に1,600時間働く」(4時間/週 ×40週/年)ことを

前提にしている。ワークロード・モデルは,工学部や商学部などの教員

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紙面の都合上,表1の全事例について詳述はできないが,全事例がそれぞれ関 連し合い,影響を与え合い,大学が教育全体の質の保障を目指して行われている ことを強調したい。政府立の大学の場合,コミュニティーや納税者への説明責任 という観点からの検討も重要である。次の第3節では,このような評価活動が実 行されている海外の大学における,日本語プログラム関連の評価事例を考察する。 3.海外の大学における日本語プログラム関連の評価 1980年代から1990年代前半は,世界の多くの地域の大学で,日本語学習者 が年毎に増加し日本語プログラムが目覚しく発展した時期であった。その背景に は海外への日本企業の投資により日本語能力のある現地人材の需要が高まったこ と,日本の大衆文化の流行,日本語能力試験の普及などがあった。しかし1990 年代後半からは世界的に経済活動に翳りが出はじめ,その余波は世界諸地域の教 育予算の大幅削減にも達した。公的資金(税金や政府の補助金など)で運営され る公立大学は教育予算の削減に直面して,これまで以上に真剣に教育評価活動に 取り組み,教育プログラムの徹底的な見直しを行うことになった。その基準には, (1)コストパフォーマンス,(2)明確な学習の成果(公的資格の取得など),(3) 社会のニーズと学習者ニーズの合致(就職に有利など),(4)自律的な学習者の育 成(教えすぎない;授業時間を減らしても効果があがる方法の模索),(5)教員評 価(教育より研究業績を重視など)があった。 このような全学的な評価基準が適用されると,人文系(Humanities)学科,特 に言語教育プログラムにとっては受難の時代となった。実際この時期に,世界諸 地域の大学で外国語学科(日本研究学科を含む)が他学科と合併・統合されたり, 長年の輝かしい教育・研究の歴史の幕を閉じたところも多かった。大学側はどの ような評価をし,日本語プログラムの縮小や廃止の理由を上げたのだろうか。上 述の全学的な教育評価基準に沿って,次の(1)から(5)のような理由が提示され たようである。(1)日本語プログラムの運営は労働集約型である(コストパフォー マンスが低い),(2)長時間の学習後も学習の成果が見えにくいこと(例えば,日 本語能力試験の資格は実用性と一致しない),(3)学習者ニーズは高いが,社会 のニーズはそれほど高くない(日系企業の海外からの撤退など),(4)授業時間の 大幅削減(学習の質の低下,教師の解雇),(5)教員の研究業績の不振(「献身的な」 教師より「研究のできる」教師を重要視する教員評価基準)。 以下に,海外の大学で教える日本語教師Xのつぶやきを紹介したい。全学的 な評価基準が適用された結果,この日本語教師Xはどのような影響を受けただ ろうか。 ある日本語教師

X

のつぶやき  私は中級レベル5クラス(100人)のライティング担当。毎週末は100人分 の作文を採点。しかし,学生は直しの入った作文を再読し,学習に役立てて いるようには見えない。学期が終わり単位履修後は,学生はきっとあの作文

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を二度と見ないか,捨ててしまうだろう。彼らにとっては,授業の課題より, 日本語能力試験2級合格の受験勉強のほうが優先順序が高いからだ。

 私は,自分自身「よき教師」というプライドがあり,努力もしてきたと思う。 授業評価(アンケート)の評価もとても高く,2年前にはBest Teacher Award (最優秀教師賞)を授与された・・・  加えて,滞日研修プログラムのコーディネーターとして手配や連絡をし, 過去10年に300人の学生をホームステイ,語学研修に受け入れてもらった。 しかしこの仕事は,学科長にはほとんど評価されていない。 5W1H Who だれが だれの What なにを なににつ いて When いつ Where どこで Why なぜ どんな目 的で How どのよう に(評価 項,配点 など) 事例1 学習者の日本語能力(学習 者Aのスピーチ) 教師の評価 +クラス全員(ピア評価) +学習者A自身(自己評価) 学習者A(中級,300時間 学習) 【タスク】スピーチ(書く, 話す,発表するなどの日本 語の運用能力,パフォーマ ンス,聞き手への働きかけ, など) 学期中,第8週目 教室内 ・成績評価 ・学習のプロセスとプロダ クトの形成的評価 ・学習者へのフィードバッ ク ・学習者の自律学習支援 書く力,話す力,内容論理, 説得力など全評価の30% (素点+グレード) 事例2 海外の大学における日本語 プログラム内の科目の授業 評価(中級日本語2) 学科長,プログラム・リー ダー,教師,履修者(学習 者) 教師,学習者 シラバス,進み方,内容の 適切性,リソース,教え方 ,学び方,評価の方法と頻 度,学習者のワークロード など 第1週,第7週,第9週, 第14週 教室内,会議室 ・授業の形成的評価 ・問題があれば学期内に改 善・解決 ・履修者のニーズに迅速に 対応 学習契約,討論,SSCC会 議,学期末アンケート 事例3 海外の大学の日本語プログ ラム認可・再認可 【学内】プログラムの教員, 在校生,学科主任,学部長, 他学部代表 【学外】卒業生,雇用者,第 3者(地域代表),学外審査 員 プログラムの教員,卒業生 (雇用者)など シラバス,進み方,内容の 適切性,リソース,教え方, 学び方,評価の方法と頻度, 学習者のワークロード,な ど 3年に一回 大学内の会議室 ・プログラムは社会と学習 者のニーズに根ざしている か ・納税者への説明責任 ・コストパフォーマンス 言語監査,SWOT分析, マーケット調査,卒業生追 跡調査,第3者を会議に呼 び討論 表

2

 海外の大学における言語教育関連の評価事例一覧

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 先日,学科長から「研究業績が不十分。授業の改善ではなく,論文を書く 時間に費やすように」と厳しく言い渡された。来年,出版論文がないと,雇 用継続は難しいかもしれない。  これから,私はどのように日本語教師としての専門性を高めていけばいい のか・・・ 表2を見ると,日本語教師Xが行う仕事は多様であり,そこにはさまざまな 評価活動が含まれている。たとえば,学習者の運用能力の評価(事例1),担当 する言語科目の授業評価(事例2),言語プログラムの認可・再認可にかかわる 事例4 学習リソースの評価(インタ ーネット上の学習支援サイト 「日本語でケアナビ」) 【開発機関内】開発チームメン バー,同機関内の同僚 【開発機関外】第3者評価,患 者,患者の家族,外国人介護 士の受け入れ機関,日本語教 師養成大学院院生 インターネット上の学習支援 サイト「日本語でケアナビ」 の内容,社会的ニーズへの対 応など 基金関西センター(2008年1 月 )・ 桜 美 林 大 学 院 の 教 室 (2007,2008年) ・大学院生教育の一環 ・「日本語でケアナビ」の今後 の改善への提案のため,など 言 語 監 査,SWOT分 析, イ ンタビューなど 事例5 日本語上級話者のインターア クション能力の評価(海外の 職場:日本語上級話者B) 上司,同僚,顧客,取引先, 日本語話者B自身,第3者審 査員 日本語話者B(超級,1000時 間以上学習) 【タスク】職場のインターアク ション,日本語を使った課題 遂行能力,対人関係能力,会 話上の交渉能力,異文化調整 能力 職場 昇給,昇格,海外(日本)へ の出張や派遣の選抜,など 言語監査,参与観察,インタ ビュー,口頭テスト,筆記テ ストなど 事例6 教員の業績評価,ワークロー ド評価(海外の政府立大学: 日本語教員C) 大学資助委員会,学長,副学 長,学部長,学科長,プログ ラム・リーダー,日本語教員 C,同僚教師,履修者(学習 者),学外審査員(第3者審査) 日本語教員C 統 合 ワ ー ク ロ ー ド(TWC: Total Workload Concept) 業績評価の4領域(教育,研 究,行政,コミュニティー活 動) 毎年1月 大学内(会議室,教室など) ・教員の業績(⇒雇用の継続 や昇格の判断)特に研究業績 に重み

・RAE (Research Assessment Exercise)

自己申告報告書,匿名の第3 者審査(RAE: Research Assessment Exercise) 表

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 海外の大学における言語教育関連の評価事例一覧

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評価(事例3),言語リソースの評価(事例4),海外の職場における日本語話者 の運用能力の評価(事例5),教員評価(事例6)などである。評価活動の6事例を, 5W1Hでまとめたものが表2である。言語教師は「言語を教えるのが仕事」であ ることに加え,多くの役割を担っており,それが教師の成長と密接にかかわって いることがわかる。 言語教師Xが直面している問題は,教えること自体によるのではなく,他者 からの評価に根ざしているようである。問題点を表1の「教員の統合ワークロー ド・モデル(Total Workload Concept)」(以下,TWC)の観点から考察してみよう。 TWCは「教員の業績評価」,「研究業績の評価活動」を含めたものである。教師 の1年間の仕事の質と量を数値で示すが,前提となるのは「常勤教員が1年間に 1,600時間働く」(4時間/週×40週/年)ことである。 まず各学科では学科長を含む評価委員会が構成され,各教員のTWCを,教員 のランクや行政上の責任などに沿って決定する。教員Yの前年度の実績に基づ き,翌年のワークロードが「教員評価の4つの領域にそれぞれ期待される数値(規 範)」として,学期が始まる数ヶ月前に,教員Yに提示される。その後約3週間 の間,教員Yは翌年のワークロードについて,学科長に異議申し立てをしたり 協議をしたりする機会がある。学科長との面談に先立ち,教員評価報告書(教員 Y自身の自己申告)に,前年度のワークロードとその自己評価を詳述したものが あると,学科長の説得に役立つだろう。詳述内容の例としては,「教育領域のワー クロードが規範より過重だったため,研究業績が思ったほど上がらなかった」「前 年は行政領域のワークロードが過重気味だったが,今年度は適切に調整されたた め,教育領域および研究領域において,よりよい成果を上げることができた。来 年度もこのようなワークロードで教育,研究面で成果を上げたいと希望している」 などである。ワークロードと具体的な成果を明記することが資料として重要でな る。このように仕事を明確に数値化できることは,教師Y本人にとっても学科 長にとっても,前年度のワークロードを「客観的事実」について話し合えるので, TWCの長所の一つと考えられる。 しかしTWCには重大な欠点がある。それは同じ講義科目(3時間/週 ×14週 /1学期=42時間,3単位)であっても,レベル(学部1年用科目か大学院生用 科目か),履修者数(20名∼400名),講義内容(実験,ワークショップ,言語運 用能力科目,コンテント科目)などにより数値が異なるからである。例えば,工 学部や商学部などの大学3年生200人(高学年,大人数クラス)を対象とした講 義(コンテント科目)の場合,1科目のワークロードを210時間(42時間/学期 ×5)と数値化する。一方,大学1年生20名(低学年,少人数クラス)に日本語 初級(言語運用能力科目)を教える場合は,1科目のワークロードを126時間(42 時間/学期×3)と数値化する。もし同一科目を複数教える教師の場合は,2科目 目以降の数値は漸次小さくなる。大学院の講義科目の場合は,履修者数が少ない 場合でも,ワークロードが高い数値(たとえば200∼250時間など)となる。修 士論文や博士論文の研究指導は,コンタクトアワーが少ないにもかかわらず,ワー クロードの高い数値に換算される。 つまり,TWCでは同一講義時間(コンタクトアワー)に異なる係数が掛けられ ワークロードが換算されるので,教師間の格差を生む結果になる。たとえば,学

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部低学年の学生を対象とした少人数クラスで,言語運用科目を教える言語教師は 馬車馬のように働いて「1年1600時間」の常勤教員のノルマを埋めることになり, 研究に使う時間は皆無というような状況になる。研究業績が教育より重視される 評価方法をとる場合,雇用契約更新の際には,非常に不利になる。一方,学部高 学年の履修者を対象とした大人数クラスでコンテント科目を担当する教師は,実 際に受け持つ講義の数(コンタクトアワー)は少なくてもワークロードの数値は 高い。したがって研究に使える時間が容易に捻出でき,年々研究業績を伸ばす傾 向が強まる。その結果契約更新などの際に有利となる。 TWCはある学科(工学部や商学部など)の教員評価用には適切かもしれないが, 教育の方法や到達目標が異なる他学科に一律に適用するには無理がある。たとえ ば,言語教育に携わる教師のワークロードを評価するモデルとしては,教育の内 容と方法,所要時間などを考慮すると,明らかに不適切である。また研究業績 (RAE)は研究偏重の数値化モデルであり,言語教育におけるリソース開発(教科 書の開発や出版)が全く評価されないのも言語教師の成長にとっても,言語プロ グラム全体にとっても望ましくない。言語プログラムで重要な役割を果たすコー ディネーター(コース全体,滞日研修などの手配など)に費やす時間と労力もワー クロードとして含まれるべきであろう。日々の授業実践や工夫がワークロードと して低く数値化されるのも問題である。 4.広義の言語教育評価を考えることの意義 上述のように海外の大学レベルの評価活動(表1)と,言語教師が日常的に従 事する評価活動(表2)は影響を与え合っており,言語教師の個人レベルにもさ まざまな影響を与えていることがあきらかになり,言語教育評価を広義に考える ことが重要であることがわかった。また,第3節で指摘したTWCによる問題の すべてが,実は「日本語教師Xのつぶやき」に表われていることもわかった。言 語プログラム全体の質の維持・向上を考えるとき,教師評価の内容と方法を改善 すること緊急課題であると言える。では,どのように評価すればいいのだろうか。 残念ながら現在のところ,このテーマに関する先行研究も実践報告もほとんどな い。 ここで,一つ参考になる実践例をあげたい。筆者が勤務していた海外の大学の デザイン学科では,全学的に一律に使われるTWCは,自分たちの学科の教育内 容や目的には不適切で,デザイン学科の専門性を不当に否定する評価法であると 異議申し立てをした。独自のTWCを作成するために,教師,学生,卒業生を含 むデザイン関連の専門家集団のチームを対象にアンケート,インタビューなど を行った。調査内容はデザイン関係の専門職の職務分析,業績評価の方法など を記述したもので,大学の評価委員会と協議を重ね,最終的に「デザイン学科版 TWC」は承認されたのである。 この例から学ぶことは,専門外から押し付けられた評価法を,いやいやながら 受け入れるのは避けるべきで,そのためには,押し付けられる前に,言語教育に 携わる教員自身が専門家として,自発的に言語教育評価の方法を検討すべきだと

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いうことである。デザイン学科の例にならい,言語プログラムに関連する独自の 評価法を試作し実践することを提案したい。実践方法としては,まず,表1と表 2で示したように,機関レベル,学科レベル,言語プログラム,科目レベルなど レベルごとの評価活動を分類・記述する。第2に,言語教師個人の職務分析(タ スクの洗い出し)を行い,ワークロードを記入するが,教える仕事,研究,行政, コミュニティー活動関連の仕事,コーディネーターなどの職務も記述する。第3 に,言語プログラムの全体としての評価と,その中の個々の科目の評価を有機的・ 体系的に捉える。第4に,学習者のニーズやワークロードも見直す。第5に社 会のニーズ(雇用者)なども定期的に見直す。 下記の表3は,公開フォーラム(2008年6月14日)で本テーマについて講演 した後に,フロアの参加者から受けた質問やコメントである。参加者(言語教師) が自分の仕事に誇りを持ち,よい教師になるための努力を続けてはいるものの, 異なるレベル(大学などの組織レベル,学習者のレベル,社会のレベルなど)の 評価内容や尺度との食い違いに戸惑いを感じている姿が浮かび上がってくる。教 員評価についての調査研究が急務であることを再確認させられる内容である。紙 面の都合上,このすべてに答えることはできないが,稿を改めて論じたい。 5.まとめと今後の課題 本稿では,まず新たな社会文化的な文脈の変化とそれに対応する海外の大学の 教育評価を概観した。次に言語教育評価について考察した。その結果,大学が全 学的に取り組む教育評価と,言語教育関連の評価活動は密接に連動し,大学の教 育の質の保証という共通の目的に向かっていることがあきらかになった。言語 教育評価の具体例の考察から,そのプロセスが言語教育の関係者(教師,学習者, 卒業生,第3者・・・)にさまざまな影響をあたえていることがわかった。より よい言語教育の実践のためには,言語教育評価を従来よりも広義に捉える意義が 明らかになった。最後に,言語教育の健全な発展および言語教師の成長のために は,専門性に根ざした独自の評価法や評価の枠組みを構築することが急務である ことを提案したい。 参考文献 田丸淑子(2007).「日本の大学における日本語教育プログラム評価の評価基準の 試作とその試行」平成17∼18年度科学研究費補助金(萌芽研究)研究成果報 告書. 宮副ウォン裕子(2007).多言語スピーチコミュニティー香港の日本語の学習・ 教育―Cultures, Connections, Communitiesからの一考察『日本語教育』133, 38-45.

宮副ウォン裕子(2006).日本語能力試験の波及効果―香港の調査から 国立国 語研究所(編)『世界の言語テストII』(pp.227-250)くろしお出版.

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 講演後の質問およびコメント(

2008

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日公開フォーラム) 質問およびコメント (1)評価の主体 中国の中等学習者の日本語運用能力(会話,書く能力など具体的に例を挙 げる)の評価をする際,ほとんどの場合は,教師だけが評価をしてきました。 自己評価や学習者同士の評価(他者評価)の長所は頭では理解できますが, そのような教育文化がないところで,自己評価や学習者同士の評価を円滑 に導入するにはどうすればいいでしょうか。またこれは学習者にとって, 具体的にどんなメリットがあるとお考えですか。学習者同士の評価に興味 があるが,長所と同時にさまざまな問題点も指摘されているようです。こ のような問題点を克服し改善する方法があったらご紹介ください。 (2)日本語能力試験について(波及効果) 中国の大学で日本語を教えています。ご指摘のように,日本語能力試験は 「隠れたシラバス」として機能していています。学科長は教師に学生の一 級合格率を上げるよう命令することも多々ありますし,学生も授業よりこ ちらに合格したい。しかし,現在の日本語能力試験は実際使用場面で必要 とされるコミュニケーション能力を十分に反映しているといえません。教 師は板ばさみになるわけですが,何か解決法がありませんか。 (3)言語教師のワークロード お話の中にあったように,海外の教育機関の日本語教師の仕事は,教える こと,教材開発,学生の進路指導,行政などで,毎日長時間労働をせざる をえない状況です。実践研究などをまとめたいと思っても,時間が捻出で きません。これは教師の専門性を高めるためには,緊急に改善すべき点だ と思いますが,具体的に,教師のワークロードの改善はどのように始める べきでしょうか。このような概念が教育機関の関係者にない場合,上司や 同僚を説得するのは困難だと思います。 (4)教員の業績評価の基準 海外の大学に勤務する日本語教師の成長を考えたとき,評価基準の4領域 のバランスに偏りがあるのは望ましくないのではないでしょうか。どのよ うに改善できるでしょうか。 (5)形成的評価,学習者へのフィードバック 学習者がタスクを作成する過程(プロセス)と,成果物(プロダクト,例 えばスピーチの原稿と発表など)へのフィードバックの迅速かつ効果的な 与え方,学習者がやる気を出すような評価方法(評価項目の立て方,評価 表の作成法など)をご紹介ください。 (6)教師のワークロードと学習者のワークロード 日本の大学で留学生(JSL学習者)を対象として日本語を教えています。 教師は留学生に役立つよう,工夫をしてさまざまなタスクを設計し課題を 出します。しかし留学生は日本語以外の科目の課題もあるので,日本語の 課題を十分にはこなせません。結果として教師も留学生(学習者)も不満 になります。教師と学習者間の,このような達成目標のギャップは埋める ことができますか。

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表 1  海外の大学における教育評価活動の実際 教育評価活動(英語) 評価活動(日本語訳,説明,具体例) 1  assessment (能力測定などによる) 評価,アセスメント 2  evaluation (プログラムやコースの) 評価 3  validation, re-validation プログラムの認可・再認可     公立大学が,新規のプログラムを開講するときに実施する評価活動。判     定の結果は次の 3 種類。       1 .合格    ⇒ 無条件で 3 〜 5 年間実施       2

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