Vol. 45,No. 2,141‒145 (2020) 日本農薬学会誌 ●●●タイトル●●● 45(2), 141‒145 (2020)141
スマート農業の社会実装に向けた取組み
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松 本 賢 英*
農林水産省大臣官房政策課技術政策室 (2020年6月16日受理)
Promotion of smart agriculture
Yoshihide Matsumoto
Technical Policy Coordination, Policy Planning Division, Ministry of Agriculture Forestry and Fisheries, 1‒2‒1 Kasumigaseki, Chiyoda-ku, Tokyo 100‒8950, Japan
Keywords: smart agriculture, AI, IoT, robots, the agricultural data collaboration platform.
は じ め に 農業者の高齢化や担い手不足の深刻化が進む中,ロボッ ト・AI・IoT等の先端技術を活用した「スマート農業」は, 作業の自動化,データやセンシング技術の活用などを通じ て,生産性の飛躍的向上や熟練農業者の技術継承,精密な栽 培管理を実現し,我が国農業に変革をもたらすものと期待さ れている. 2019年4月に農業データ連携基盤「WAGRI」が稼働し, 様々なスマート農業技術の実用化が進む中,政府としても, 未来投資戦略や農林水産業・地域の活力創造プラン等にス マート農業の推進を掲げるなど,現場実装に向けた環境整備 に取り組んでいる. また2019年からは,全国69地区で「スマート農業実証プ ロジェクト」を進め,実証で得られたデータをもとに,実際 に農業者が新たな技術体系を経営に組み入れるうえでの技術 面・経営面の効果等を明らかにするとともに,スマート農業 を見られる・体験できる場として情報発信するなど,データ を活用した農業の実現に向けて取り組んでいく.
1.
スマート農業への期待 1.1. 直面する課題 我が国の農業は,農業者の高齢化の進行や,担い手不足が 深刻化している.農業就業人口は,1995年の414万人から 半減し,2015年に210万人となっており,その年齢構成は, 65歳以上の割合が全体の6割を超え,50歳未満の割合は1割 程度といういびつな構造になっている.今後,高い年齢層の 農業者の大量リタイヤによって担い手不足はさらに深刻化す ると考えられる. 一方で,近年の経営耕地面積規模別の農地面積の集積状況 を見ると,10 ha以上の経営体は直近10年で全体の3割強か ら5割弱まで増加し,また100 ha以上の経営体も1割程度ま で増加するなど,高齢の農業者のリタイヤに伴って,担い手 農業者の経営面積が急拡大している(図1). こうした動きが進む中,現場では依然として人手に頼る作 業や熟練者でなければできない作業が多く,経営の維持・拡 大に当たり,人手の確保や労働負担の軽減が大きな課題と なっている. このような様々な課題を解決し,我が国農業に変革をも たらすものとして期待されているのが「スマート農業」であ る.我が国の農業の強みと,近年技術発展の著しいロボッ DOI: 10.1584/jpestics.W20-25 #第45回大会シンポジウムを取りまとめた解説 *〒305‒0856 城県つくば市観音台2‒1‒9 E-mail: [email protected] © 日本農薬学会ミニレビュー
ト,AI, IoT等の先端技術を組み合わせ,従来は不可能で あった超省力化による生産性の飛躍的向上や,熟練農業者の ノウハウの見える化,精密な栽培管理などが実現できる可能 性が広がりつつある(図2). 以下,我が国における「スマート農業」の現状や,その推 進に向けた農林水産省の取組について紹介する.
2.
スマート農業の技術開発及び実用化の現状 2.1. 先端技術による作業の自動化,負担の軽減 2.1.1. 農業機械の自動化技術 担い手の減少・高齢化等に伴い,農業現場の労働力不足が 深刻化する中,GPS等の人工衛星からの測位情報を活用した 自動走行システム等を導入し,農業機械の夜間走行・複数走 行・自動走行等により現在の作業能力の限界を打破すること が期待されている. これまで,有人監視下での農機の自動走行技術の開発が, 国の研究開発プロジェクト等を活用して進められてきた.一 部の農機メーカーでは,2017年に自動走行トラクターの試 験販売を開始し,他の農機メーカーにおいても2018年から 市販化されている.また,田植機やコンバインについても, 衛星測位等の技術による自動走行システムの開発が進められ ている. さらに,実用化に向けては,安全性の確保が重要であるこ とから,農林水産省では2017年に,ほ場内やほ場周辺から 使用者が監視しながらロボット農機を無人で自動走行させる 方法を対象として,メーカーや利用者等が順守すべき項目を 図1. 農業分野における課題. 図2. スマート農業について.Vol. 45,No. 2,141‒145 (2020) ●●●タイトル●●● 143 まとめたガイドラインを公表し,自動走行技術の現場実装に 向けた環境整備を進めている. 2018年11月からは,国産の準天頂衛星「みちびき」の サービスが開始され,基準局なしにセンチメータ級の高精度 の測位情報が提供可能となっており,国のプロジェクトで, このサービスを利用できる低価格な受信機の開発も進められ てきた.準天頂衛星を利用することにより,今後自動走行シ ステム等のさらなる普及が期待される. 2.1.2. 水田での水管理の自動化技術 水田農業における水管理は,労働時間の約3割を占めてい るが,経営規模が拡大し,管理するほ場が増えるにつれ,生 育状態や気象状況に合わせた細やかな管理が困難となってき ている.このため,モバイル端末で給水バルブ・落水口を遠 隔・自動制御化する圃場水管理システムの開発が進められて きた.センシングデータや気象予測データなどをサーバーに 集約し,アプリケーションソフトを活用して,水管理の最適 化や省力化が行えるようになったことにより,水管理労力を おおむね8割削減し,気象条件に応じた最適な管理で減収リ スクの低減が可能となっている.本システムについては,機 械メーカーから既に市販化され,現場への導入・普及が期待 されている. 2.1.3. アシストスーツ 先端技術を活用し,きつい作業,危険な作業から農業者を 解放し,負担を軽減する取組も進められている.具体的に は,収穫物の積み下ろしなどの重労働をアシストスーツで軽 労化するほか,除草ロボット等による危険な作業の自動化が 期待される. アシストスーツについては,介護,物流等の現場で活用さ れているが,屋外作業用に防塵・防水機能を施した製品がベ ンチャー企業等から市販化されている.装着することで,収 穫やコンテナ移動の際に,身体への負担が大幅に軽減され, 高齢者や女性の就労にも寄与すると考えられる. 2.1.4. 自動草刈り機 農作業の中でも負担感の大きい除草については,機械メー カーからリモコン式の草刈機の市販がすでに開始され,急傾 斜のような危険な場所での除草作業もリモコン操作で安全に 作業することができるようになってきている.さらに,国立 研究開発法人産業技術総合研究所等が参画する無人草刈りロ ボットの開発においては,従来の乗用型草刈機(1台100万 円程度)を最小限の機能に絞り込み,小型の無人草刈り機と して,半額の50万円程度で提供できるよう開発が進められ ている. 規模拡大の大きな障害となっている雑草管理が自動化され れば,農村地域で深刻な労働力不足の解消にも寄与できると 期待される. 2.2. 誰もが取り組みやすい農業の実現 2.2.1. 農業機械のアシスト機能 農業現場では後継者不足が深刻化し,熟練者の「匠の技」 が継承されずに失われていくおそれがある一方,法人経営体 の増加に伴い,雇用される形で新たに農業に従事する者が増 加してきており,経験の浅い農業者の営農を補う新たな技術 が求められている. こうした中,農機のアシスト装置等により,経験の浅いオ ペレーターでも高精度の作業が可能となるほか,ノウハウを データ化(見える化)し,明確に伝えられるようにすること で若者等が農業に参入しやすくなることが期待されている. 北海道を中心に,数センチ単位の精度でトラクター等の農 機を直進させる自動操舵システム等の販売・普及台数が近 年急激に増加しているほか,2017年から直進キープ機能を 持った田植機が販売されており,経験の浅い作業者でも正確 な作業が可能となっている. 2.2.2. 学習支援ソフト 果樹の摘果,剪定などは,相当程度の年数を経なければ技 術の習得は難しい.熟練農業者のリタイヤが進む中,後継農 業者の技能向上や新規就農者の技術習得を進めるため,果実 の摘果や剪定など,マニュアル化が困難とされてきた熟練農 業者の高度な生産技術を見える化し,熟練技術・判断の継承 や新規就農者の学習に活用するシステムが開発され,2017 年度からICTベンダーより本システムの導入に関するコン サルティングサービス等の提供が開始されている. 2.3. データやセンシング技術を駆使した生産性や品質の 向上 2.3.1. 人工衛星等を活用したセンシング技術 衛星画像等を用いたセンシング技術,ほ場ごとの栽培履歴 や作物の生育条件等のデータを組み合わせることにより,ほ 場条件に応じたきめ細やかな栽培管理を行えば,ほ場や作物 のポテンシャルを最大限に引き出し,多収・高品質な生産を 実現することが可能になる. 実際,人工衛星やドローンに搭載したカメラにより,植物 の生育状況,土壌の肥沃度等の情報を把握することができる ようになってきており,こうしたデータを活用してほ場ごと にきめ細やかな施肥設計を行い,必要最小限の肥料で収量の 最大化と品質の向上を図ることが可能となっている. また,人工衛星やドローンで把握できるこれらの情報を基 に,農業者や農業者団体,自治体向けにセンシングデータと その分析に基づくソリューションを提供する民間サービスが 開始されている. 2.3.2. 施設園芸におけるセンシング技術 施設園芸においては,温度,二酸化炭素濃度等をICTで自 動的に制御する複合環境制御装置の導入による精密な栽培管 理が進みつつあるほか,施設園芸の大半を占めるビニールハ ミニレビュー 143
ウスについても,近年,ベンチャー企業がAIを活用した自 動灌水・施肥システムを開発し,現場への導入が始まってい る.また,AIを用いた画像認識により収穫適期のトマト等を 判別し,自動で収穫するロボットの開発が進められている. 2.3.3. 畜産分野におけるセンシング技術 畜産・酪農分野においても,牛に装着したセンサーによ り牛の活動量(反芻時間,活動時間,休息時間)を測定し, AIで解析することで,牛の発情や疾病兆候を検知し,ス マートフォン等で時間と場所を選ばず,一頭一頭の牛の個体 情報を一括管理できるシステム等が市販化されている.
3.
スマート農業を支える農業データ連携基盤の構築 農業現場における生産性を飛躍的に高めるためには,農作 業を自動化することやセンシングデータを活用して作物の 能力を最大限引き出すことが必要であるが,その基盤として データをフル活用できる環境を整備することが不可欠であ る. このため,内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム 図3. 農業データ連携基盤の役割と効果. 図4. スマート農業実証プロジェクト.Vol. 45,No. 2,141‒145 (2020) ●●●タイトル●●● 145 (SIP)において,行政や研究機関等の公的データ,民間の農 業ICTサービス等について,様々なデータを集約・統合し, データの連携・共有・提供機能を有する農業データプラット フォーム「農業データ連携基盤」(通称WAGRI)の構築が進 められ,2019年4月から稼働を開始した. WAGRIは,農業ICTサービスを提供する民間企業(農機 メーカー,ICTベンダー等)の協調領域として整備されてお り,WAGRIを通じて気象や農地,地図情報等のデータ・シ ステムを提供し,民間企業が行うサービスの充実や新たな サービスの創出を促すことで,農業者等が様々なサービスを 選択・活用できるようになることを目指している(図3). さらに,現在,農業生産を対象として構築されている WAGRIについては,今後,幅広い主体の参画を進め,データ の連携・共有・提供の範囲を,生産から加工,流通,消費に 至るバリューチェーン全体に広げる「スマートフードチェー ン」の構築に向けて研究開発が進められている.これにより, 多様化する需要動向に応じた生産,販売を行うマーケットイ ン型の農業の実現等につながることが期待されている.