寄稿論文・自由論題
スリランカ社会の変容と自動車社会の到来
―内戦終結後の自動車社会への透視図―
Transformation of Sri Lankan Society and Arrival of Automobile Society —Perspective to the Automobile Society after the End of the Civil War—
石川和男
専修大学 Kazuo Ishikawa Senshu University1 .はじめに
ス リ ラ ン カ 民 主 社 会 主 義 共 和 国(Democratic Socialist Republic of Sri Lanka:スリランカ)は, 「インド洋の真珠」 と呼ばれ,現在の国名の由来と もなっている 「光り輝く島」である。同国は,1948 年に英国からセイロン(Dominion of Ceylon)とし て独立し,1972年に現在の国名になった。同国で は,1980年代前半から四半世紀以上にわたり内戦状 態にあり,2009年 5 月にようやく終結した。そし て,英国植民地時代のモノカルチャー経済から,次 第に多様な経済活動の可能性も見出されるように なった。同国の狭い国土には2,100万人以上の人口 が犇めき,市場としてのまとまりがある。またイン ドに近く,交通の要所としての魅力もある。 本稿では,耐久消費財市場,とくに自動車市場と してのスリランカを中心に取り上げる。どこの国に おいても経済成長過程では,当該国の国民生活にお ける耐久消費財の浸透や使用は,経済の進展度合い を表す上で大きな特徴を有している。そこで同国の 市場としての魅力を描写するため,自動車の日常生 活への浸透と自動車社会が到来する上での課題を考 察したい。2 .スリランカの概要
2 . 1 スリランカの一般事情 スリランカは,面積65,610平方キロメートルで あ り, 北 海 道 の 約0.8倍 で あ る。2016年 時 点 の 人 口は約2,103万人であり,民族は主にシンハラ人 (Sinhalese;74.9%),タミル人(Tamil;15.3%), スリランカ・ムーア人(Sri Lankan Moors;9.3%) から構成されている。使用言語は,公用語としてシ ンハラ語,タミル語,そして連結語としての英語 要約:本稿は,1980年代前半から四半世紀以上,内戦状態にあったスリランカ社会の変容を取り上げた。同 国では内戦が終結し,ようやく経済活動や国民生活において平常を取り戻しつつある。国民生活の指標とし ては,耐久消費財の普及が指摘される。そこで同国における中古車需要から新車需要という自動車市場の拡 大に言及した。これまで同国の経済が停滞していた原因として,植民地経済でのモノカルチャー経済からの 脱却に時間がかかり,一方で農業に依存しなければならない状況があった。同国はインド洋に浮かぶ島であ ることから人口増加は期待できないが,周辺諸国との経済的関係を強化することにより,経済発展が期待で き,今後は中古車市場だけではなく,新車市場としての伸長も期待できることを示した。他方,同国では狭 い国土に2,000万人以上が犇めいていることから環境対応の必要性についても言及した。 Key Words: スリランカ,内戦,植民地経済,耐久消費財市場,自動車市場,地理的優位性,外資系企業, 自動車購買層,中古車輸入,新車輸入がある。宗教人口は,仏教徒(70.1%),ヒンドゥ 教徒(12.6%),イスラム教徒(9.7%),キリスト教 徒(7.6%)で構成されている。同国は,インドに 近い国ではあるが,仏教徒が多く,近隣の ASEAN 諸国と比較しても特徴的である(外務省ウェブサイ ト)。スリランカの気候は,熱帯に属しており,平 地温度は摂氏28~29度で季節的変化は少ない。降雨 は,北東乾燥帯120mm ,南西湿潤帯240~480mm に分かれており, 5 ~ 9 月の南西モンスーン,12~ 2 月の北東モンスーンによる降雨がある(藤井・須 藤(1982)A01)。 1972年まで,国名がセイロンであったスリランカ の第二次世界大戦前後の状況は,戦前における輸出 の70~80%,輸入の50%は,生産と経営代理をした 英国資本が支配していた。そのため,それらと関連 した製品の加工が行われ,貿易・金融,海運も外 国資本の手中に収められていた。そして第二次世界 大戦後,同国は英国からの独立を果たし,貿易,商 業が活発化するようになった(藤井・須藤(1982) A37)。 スリランカの今日の状況に大きな影響を与えてい るのは,1983年以降,25年以上にわたって内戦状態 にあったことである。内戦は,反政府武装勢力であ る「タミル・イーラム解放の虎(Liberation Tigers of Tamil Eelam:LTTE)」が政府側と衝突する事 態となり,各地で戦闘が繰り返されたが,2009年 5 月にようやく終結した。他方,同国は外交面では 非同盟の立場を維持,地理的に近いインドとは政 治・安全保障上においても良好な関係を維持してい るとされる。また経済社会開発においては,先進諸 国との関係を強化しており,内戦終結の前後から は,とくに中国との関係を強化している。さらに同 国は,南アジアの福祉増進と生活水準向上を図り, 経済的成長,社会進歩,文化発展を進めるため, 1985年に創設された地域協力組織である南アジア地 域協力連合(South Asia Association for Regional Cooperation:SAARC)にも加盟している。 2 . 2 スリランカの経済:主な経済指標 スリランカをいくつかの点で見ると,①主要産業 は農業であり,紅茶,ゴム,ココナツ,米作が中 心である。繊維業も一定割合を占めている。②名 目 GDP は,2016年時点で813億米ドル(スリラン カ中銀発表)であり, 1 人当たり GDP は2107年に 4,065米ドルとほぼ ASEAN 中進国の水準にある。 また2017年の GDP 経済成長率は3.1%であった。③ 失業率は2017年時点では4.2%であり, 5 %以下の 水準が継続しており,近年における雇用状況は安定 している。④2016年の総貿易額は,輸出が102.0億 米ドルであり,輸入が204.8億米ドルに達し,輸入 が輸出の約 2 倍である。2016年の主要貿易品目は, 輸出品では工業製品(繊維・衣類製品等77.0%,農 業製品22.6%等)が全体の 4 分の 3 以上を占め,輸 入品では中間財である燃料・繊維関連等59.0%で全 体の 6 割近くを占め,資本財26.8%と食の消費財が 22.3%である。このような状況のため,同国内では 資源を十分に調達できないことが課題である(外務 省ウェブサイト)。 他 方,2017年 の 貿 易 相 手 国 は, 輸 出 が 米 国 (25.6%),英国(9.1%),インド(6.1%),ドイツ (4.8%),イタリア(4.6%)の順であり,輸入がイ ン ド(21.6%), 中 国(18.9%),UAE(8.1%), シ ンガポール(6.4%),日本(4.9%)の順となってい る。したがって,輸出入の相手国には大きな相違が ある。経済概況は,内戦終結による復興需要が拡 大し,2012年に9.1%の経済成長を達成した後も, 2015年(4.8%),2016年(4.4%),2017年(3.1%) とややその割合は低下しているものの,安定した経 済成長を達成している(外務省ウェブサイト)。こ うした経済指標から見えてくるのは,内戦終結後の 同国における経済的な側面での安定と成長である。 急激な成長率とはいえないが,緩やかな右肩上がり の経済状態にあるといってよいだろう。
3 スリランカ社会の変容
3 . 1 耐久消費財の普及と生活の変容 3 . 1 . 1 耐久消費財の普及 スリランカにおける耐久消費財の普及は,高所 得層における需要が増加したことにより,顕著と なった(Ceylon Daily News(1981.5.23),藤井・須 藤(1982)D04)。まず電話の普及台数については, 1975年に4.3万台であったが,1980年には7.2万台に増加し,1986年には12.5万台となり,100人に0.8台 の水準に達した。通信は1996年に規制緩和され,ス リランカテレコム(Sri Lanka Telecom:SLT)の 一部が1997年に民営化された。これにより通信分野 での成長が見られるようになり,2010年には固定 回線の電話網は357万回線となった。また携帯電話 の浸透は早く,2006年時点の契約件数は541万件で あったが,2010年には3.2倍増の1,725万件に達した。 現在では,移動電話を含む電話普及率が100.8%に 達し,100%を超えている(ARC 国別情勢研究会 (2011)139-40)。したがって,同国では2010年に人 口面から見た携帯電話普及がほぼ達成されたといえ る。 また,スリランカでのラジオの普及台数率につい ては,1975年に60万台であったが,1979年には307 万台へと急増し,1987年には310万台になり,人口 1,000人あたりの普及台数が187台となった。テレビ の普及台数については,1979年に 1 万台であった が,1983年には 5 万台,1987年には52万台となり, 人口1,000人あたりの普及台数は31台となった。本 稿がターゲットとする乗用車普及台数については, 1985年時点での自動車の使用台数は約14万8,600台 だった(UNESCO:統計年鑑(1989),UN:統計 年鑑(1985/1986))。 3 . 1 . 2 ラジオ放送とテレビ放送 情報伝達についてはどこの国でも経験したよう に,新聞や書籍など活字からはじまり,音そして 映像へ進展する。先にラジオとテレビの普及台数 を取り上げたが,スリランカにおけるラジオ放送 は,1967年に Sri Lanka Broadcasting Corporation (SLBC)が開始した。ラジオ番組内容は,文化情 報省が監督をしている。第 1 放送は政府公報,第 2 放送はドラマ,軽音楽等が中心である。他方,同 国におけるテレビ放送は,1982年から Independent Television Network(INT)が政府系テレビ局と して本格的に放映を開始した。この放送は,コロ ンボから半径120km の範囲に限定され,放映時間 も 平 日 は 5 :53~22:15, 土 曜 日 は 9 :23~22: 15, 日 曜 日 は10:53~15:15, 4 :23~22:15で あった。さらに1982年から Sir Lanka Rupavahiui Corporation(SLRC)が放映を開始し,全国をカ バーするようになった。そして1990年頃には,同国 のテレビ保有台数は,全国で65万から70万台とな り,視聴者数は350万から400万人と推定された(世 界経済情報サービス(1992)32)。したがって,30 年前には人口の 5 分の 1 程度しか,テレビを視聴で きる状況になかった。しかし現在では,ほぼ全世帯 にテレビが普及し,視聴できる状態となっている。 3 . 2 モノカルチャー経済からの脱却 スリランカは,かつて植民地であった国々に見ら れる典型的なモノカルチャー経済の影響が色濃く 残っている。とくに紅茶・ゴム・ココナツ製造が, 輸出額の50%を占めており,これら 3 大農産物を輸 出し,工業製品を輸入する植民地型経済が継続して きた。そのため,工業化が遅滞し,食糧生産と輸入 が国内経済の中心となっており,代替工業による振 興が急務とされた(世界経済情報サービス(1987) 3)。そこで政府は,この状況を打破するために英国 からの独立以降,輸入代替工業化政策を推進し, 3 大商品への依存を軽減する政策を採用した。この政 策実行により,GDP 構成比では,1980年に農業部 門が25%を占めたが,1990年には23%へわずかでは あるが減少し,製造業部門は13.8%から17.4%へ拡 大するようになった。また輸出構成比では,農産品 が58%から30%台へと減少し,工業生産が32%から 60%強へと増加した(世界経済情報サービス(1992) 7)。したがってスリランカは,1980年代から1990年 代にかけての時期に農業国から工業国へと転換し始 めたといえる。 先にも取り上げたように,スリランカでは資源の 問題が常につきまとっている。それは同国では,工 業化を促進するためのエネルギー源となる石油,石 炭,天然ガスを産出できず,エネルギー源を河川水 に依存する状況にあるためである(世界経済情報 サービス(1987)59)。また食料品等の生活必需物 資や石油・肥料化学品等の中間財及び機械等の資本 財は,ほぼ輸入に依存してきた(世界経済情報サー ビス(1990)16)。したがって,同国ではいったん 資源の輸入が停止してしまうと,立ちどころに経済 が停止することになる。 植民地時代からのモノカルチャー経済によるさま
ざまな面への影響は,①伝統商品の国際相場(とく に紅茶,ゴム)変動,②先進国市場の景気動向,③ 気象条件の変化(干魃,集中豪雨,台風等),④政 治的要因による人種紛争の長期化,がこれまで指摘 されてきた(世界経済情報サービス(1992)7)。他 方,スリランカは福祉国家とプランテーション経済 の側面がしばしば取り上げられることもある。いう までもなく,福祉国家としての同国を支えた財源は プランテーション部門であった。その経済運営は, シンハラ人や中産階級の利害を代表する 2 大政党が 存在しており,統一国民党とスリランカ自由党間で の政権交代が何度も行われてきた。そして第二次経 済自由化政策(1989年)以降は,プランテーション 部門に依存した税収構造が終焉を迎えたとされる (絵所(2011)291)。ただプランテーションが経済 成長の足がかりとなったのは否めない。 スリランカ経済を支えたプランテーション中心 の 「スリランカ・モデル」に対しては,賞賛と批判 がある。かつてノーベル経済学賞を受賞したアマル ティア・セン(Amartya Sen)は 「社会福祉プロ グラム,公共配給制度,所得及び所得以外のさまざ まな便益の分配の達成により,人々の生活の質が改 善,貧困の除去に成功(Sen(1981),絵所(2011) 292)」として大きく評価している。他方,プラン テーションの継続が,かつての被支配を長期間にわ たって継続させてきたという批判もある。 3 . 3 スリランカ社会の問題 スリランカ社会は,さまざまな社会問題を抱え ており,それが社会発展を妨げている面もある。 その代表がカースト制である。同国人口の 4 分の 3 を占めるシンハラ人は,かつてのキャンディ王国 (Kingdom of Kandy)時代において,国王に近接し た存在であった。ゴイガマ(Goigama)と呼ばれた 土地耕作者が最高カーストとして位置し,現在も政 治・行政の指導者の地位に影響を与えているようだ (世界経済情報サービス(1990)54-55)。さらに民族 対立の問題がある。これはシンハラ政権によるシン ハラ優位政策に起因している(国際協力銀行開発金 融研究所(2003)S2)。これが1980年代前半から四 半世紀も継続した内戦の主な原因となってきた。 経済成長に欠かせないのはエネルギー源としての 電力であるが,スリランカでは電気料金が高いとい う問題がある。同国では月間電気使用量が多くなれ ばなるほど, 1 kW あたりの単価が上昇する仕組み である。また同国では環境対応についての課題があ る。1980年 9 月に環境法が施行され,環境庁と環境 審議会が設立された(世界経済情報サービス(1992) 57)。しかし,狭い国土に多くの国民が居住してい るため,なかなか環境改善にはつながらない面があ る。とくに国民生活が豊かになれば,耐久消費財の 使用が増え,それがエネルギーを多く使用すること となり,結果として環境にはマイナスの影響を与え ることになる。さらに企業活動が活発になると同様 にエネルギー使用量が増大し,資源量の問題と環境 問題へと直結することとなる。 最後に,スリランカの国民の過酷な生活状況の 問題がある。現在では多くの国民は,経済的に豊か になったとされるが,貧困率が1995年から1996年に は28.8%もあり,国民全体の 3 分の 1 弱を占めてい た。それが2006年から2007年には15.2%へと減少し た。そして2009年から2010年には8.9%へとさらに減 少した(ARC 国別情勢研究会(2011))。それでも 1 割弱の国民は貧困層に位置づけられている。この 貧困基準(2009年10月時点)は, 1 カ月の 1 人あた り消費支出が3,028スリランカ・ルピー,ドル換算 (2010年平均 1 ドル =113ルピーでは26.8ドル, 1 日 あたり 1 ドルに満たない層を貧困層としている。他 方,プランテーション農園は,1995年から1996年に は全農地のうち36.4%を占めていたが,2006年から 2007年には32.0%とやや減少し,その後2009年から 2010年には11.4%へと急速に減少した(ARC 国別情 勢研究会(2011)18-19)。現在,同国の貧困層比率 とプランテーション農園比率は,全体の10%を切る 水準まで低下しているが,同国社会においては克服 しなければならない課題といえよう。 3 . 4 スリランカの南アジアにおける位置づけ 3 . 4 . 1 スリランカの地理的優位性 あらためてスリランカが属する南アジア地域での 同国の地位を確認しておく。同国は2011年に 1 人あ たり GDP が IMF の推定によると2,864ドルであっ
たが,インド(約1,500ドル)やバングラデシュ(約 700ドル)と比較すると,各々 2 倍, 4 倍の規模で ある(日本貿易振興機構(2012)214)。現在の同国 の GDP は,4,000米ドルを上回る水準となった。そ のため,同国は南アジアでは近隣諸国よりも経済的 に豊かな国として位置づけられよう。 またスリランカと隣国インドとの自由貿易協定 (Free Trade Agreement:FTA)は,インドでは 2005年,同国では2008年に関税を撤廃し,両国間に おける貿易は伸張した(日本貿易振興機構(2012) 214-215)。さらに同国を人口と経済規模の面から見 ると,生産拠点としての競争力はバングラデシュや ASEAN 後発国よりも見劣りしている(石井(2018) 80)。それは人口の少なさによるものだろう。現在 同国の狭い国土には2,100万人が居住しているが, 企業においては人材調達が叶わず,生産規模を拡大 することができないままである。そして,同国は近 隣諸国とは陸続きではないため,ヨーロッパのよう な経済圏としてのまとまりに欠けている。インドと も距離的に近いが,海を挟んでおり,実際の経済活 動面においては分断が起こっている状態といえる。 以上のような状況にはあるが,スリランカの地理 的な優位性ももちろん存在する。それは,①南ア ジア・ASEAN・中東・アフリカと世界の主要市場 への地理的優位性,英語圏,教育水準の高さ,IT エンジニアが豊富であることである(石井(2018) 80)。また②天然の良港を有するのも優位性であろ う。インドの港は,水深10メートル前後であるが, 同国のコロンボ港やハンバントータ港は水深が18 メートルもある。これが意味するところは,10万ト ン級の大型船の入港可能なことである(岩崎(2016) 31)。これまで海岸線を多くもつ先進国では,港の 深さがその国の経済発展の進度に影響を与えてき た。そのために同国が大きな船舶やタンカーが着岸 できる港を有することは,今後の経済発展が他国よ りも早く進むことを期待させる面もあろう。 3 . 4 . 2 外資系企業におけるスリランカの魅力 スリランカの外資への開放度合いについては,小 規模小売業,沿岸漁業,物流,軍事分野以外は一般 的に開放的とされる。外資系企業に対しては,投資 庁(BOI)を通じて税が優遇されている(日本貿易 振興機構(2012)215)。したがって,外資系企業に とっては,同国は進出がしやすい国といえよう。た だ小売業や沿岸漁業が規制されていることは,これ らに従事する国民の割合がまだ一定数存在してお り,開放してしまうとこの層にある国民の生活が脅 かされることを示している。 またスリランカの日本への経済的メリットは,女 性労働者の質の高さが指摘されている。同国の女性 は,手先が器用であり,忍耐強いとされる。その ため日本企業にとっては,同国は違和感を持たず に参入可能な市場とされる。さらに教育水準も高 く,90%を超える成人識字率を達成している。これ は ASEAN とほぼ同等の水準にあることからもわ かる。識字率の高さは,新技術や情報を吸収できる 素地があることを示している(日本貿易振興機構 (2012)215)。ただ現在のところ日本企業の進出は 少なく,先の人口の少なさと日本からの地理的な遠 さがネックとなっているといえる。 さらに2008年にスリランカを訪れた観光客は約 44万人であったが,2012年には100万人を突破し, 2013年には約127万人に達した。この観光客の急増 要因は,聖地アヌラーダプラの仏教遺跡など 8 つの 世界遺産を有していることが大きい(桐山(2014) 91)。これは筆者が2019年 2 月の終わりから 3 月に 同国を訪問した際にも感じたことである。同国の狭 い国土に世界遺産が数多く存在する状況は,観光客 の立場からみた場合,山岳地域は存在するものの, 短期間の滞在であっても効率よく多くの世界遺産を 廻ることができる。それが最近では,毎年200万人 を超す観光入込客数を達成している理由ともいえ る。 3 . 5 経済政策の進捗 スリランカの産業構造は,2000年代に入り,農業 中心から工業及びサービス産業へと明確に転換し た。これまでの同国経済を支えてきた農業は,長期 的には後退傾向にあり,GDP に占める農業の比率 は1950年代には42%であったが,2005年には16.8% にまで低下した。ただ農業における就労人口は, 2010年でも約 3 分の 1 (33.8%)を占めている。そ して雇用面で農業は最も重要な部門であり続けてい
る(ARC 国別情勢研究会(2011)21-22)。他方, 同国の産業構造では工業が26.1%,サービス産業が 57.1%を占めるようになり,農業から工業,さら にはサービス産業へと産業構造が高度化している (ARC 国別情勢研究会(2011)106)。 スリランカにおける経済政策の進捗状況は,輸出 面は依然農業分野における紅茶,製造分野では繊 維・衣類に依存する状況が継続している。紅茶と繊 維・衣類の割合が約60%あり,1970年から40年以 上,あまり変化していない。また同国では,経常収 支が一度も黒字化せず,赤字状況にあることが課題 とされてきた。そのため,同国政府は2017年 9 月に 2025年に向けた経済開発計画である「Vision2025」 を発表している。そこでは,知識を基礎とした競争 力の高いインド洋の輸出志向型ハブへの発展を目指 している。具体的には,① 1 人当たり GDP の5,000 米ドルへの上昇,②100万人の新規雇用創出,③直 接投資を年間50億ドルまで増加させること,④輸出 の年間200億ドルまで増加させることを目標とする こと,である。そのために重点施策(中村(2018) 7)が掲げられている。それは①土地・労働・資本 市場の改革,②経済・社会インフラの整備,③技 術・情報化の促進,④社会セーフティネットの拡 大,⑤ガバナンスと説明責任の強化,である。ただ 同国が掲げる「Vision2025」では,どのような業種 の振興を目指すかについて具体像は明示されていな い。したがって,政策を明確に進めるためには,具 体像の明示が必要である。 他方,スリランカが輸出振興を目指す上で有望と される 8 業種が指摘されている(中村(2018)8)。 それは,①自動車用ゴム製品(タイヤ,チューブ, ベルト等),②電気及び自動車部品,③医療機器, ④高性能スポーツウェア,⑤ココナツ製品(活性炭 を含む),⑥加工済みの農産物,水産物,飲料,⑦ 抽出・濃縮飲料及び製薬,⑧精油・機能性食品(香 辛料,ハーブ)である。ただこれらの製品分野は, 周辺諸国と比較しても,有望とするにはそれほど特 徴があるものではないかもしれない。したがって, 他国との差別化が可能な製品分野を絞り込む必要も あろう。
4 スリランカにおける自動車の普及状況
4 . 1 日本との自動車によるつながり スリランカと日本の自動車によるつながりは,三 菱自動車が1978年 1 月に同国政府からの要請によ り,ジープ400台を受注した頃に始まる。これは同 国国営の自動車販売総代理店であるユナイテッド・ モーターズ社(United Motors)を経由したとされ る(日経産業1978.1.18)。他方,日本自動車査定協 会によると,スリランカは新車輸出だけではなく, 日本からの中古車輸出の仕向地別台数では1983年度 には首位となった。当時の状況は,スリランカ9,650 台,マレーシア9,402台,アラブ首長国連邦7,640台, 香港,2,939台,シンガポール2,862台であった。し たがって,日本から同国へはかなりの中古車が以前 から輸出されていたことがわかる(日経ビジネス (1984.10.25)30-36)。つまりスリランカでは,新車 市場よりも中古車市場としての拡大が早くに見られ たといえる。 4 . 2 中古車市場としてのスリランカ 先にあげたように日本の中古車輸出では,1983年 には 4 万8,304台がスリランカやマレーシアをはじ めとして,中小商社やブローカーを経由し輸出され た。それ以前には,フィリピンが日本の中古車の最 大輸入国であったが,1983年の金融危機により,輸 出台数が激減し,結果としてスリランカが最上位と なった(日経ビジネス(1984.10.25)32)。また同国 も輸入政策の変更により,中古車の輸入台数は年度 によって変化がある。 最初に触れたように,スリランカの国土は狭く, 道路が狭いため,普通車よりも小型車,日本でいう 軽自動車の普及がこれまで進んできた。これを示し ているのが2015年に同国(13,825台)だけで日本の 輸出量の35%(2014, 1.5%)を占めていたことであ る(日経産業2016.2.9)。日本から同国向けの軽自動 車輸出が増加した背景には,2015年 4 月に軽自動車 税が引き上げられる前にメーカー間の販売競争が発 生したことも影響しているとされる。また日本では ディーラーが自ら新車登録して販売台数を増やす ケースも発生した(日経産業2016.2.9)。そのために 登録車を販売するために各ディーラーが放出した新古車が同国へと流れていったと考えられる。 近年は,日本からスリランカへの中古軽自動車の 輸出が突出するようになり,2015年 6 月だけでみて も1,500台超が同国へ輸出されている。これは日本 の需要レベルに当てはめると,鳥取県や徳島県な ど13県の軽新車販売を上回る台数に達している(日 経産業2015.8.7)。同国において中古軽自動車が支持 されている理由は,①左側通行のために右ハンドル 車に需要があること,②新車登録から 2 年以内の 自動車に限定されていること,③税制によるエコ カー優遇があり,日本の HV(ハイブリッド車)や 軽自動車が支持されていること,④2014年秋に排 気量1,000cc 以下の中古車輸入関税を引き下げたこ とによること,である。ただ日本から同国への中 古軽自動車の輸出平均価格は,日本円で117万円で あり,関税や諸経費を含めると同国での最終価格は 約250~300万円に達するとされる(日本自動車販売 協会連合会(2016)5)。したがって, 1 世帯あたり GDP が4,000米ドルをやや超える状況を考えると, 同国の消費者にとっては中古軽自動車といえどもか なり高価な商品であるといえよう。 今後,スリランカにおける自動車市場の拡大余地 については,HV や高機能安全車に需要があるとさ れる。同国は人口が約2,100万人と市場規模の拡大に は限度があるものの,HV 急増によるアフターサー ビス,部品供給ニーズの拡大,物流コストや人件費 の安さ,IT に強い国とされるため第三国への輸出 拠点として有望とされる(日本自動車販売協会連合 会(2016)6)。つまり,スリランカは自動車生産国 ではなく,市場,さらに経由地としての魅力も見出 されよう。ただ面積の狭さと人口,環境問題への対 応の面から見るとやはり限度もある。他方,現在の 同国の財政は自動車関連による税収が全体の40%以 上を占めている。そのため,自動車税率の引き下げ は財政状況に直結するために難しく,「この先 2 年 間は関税の方向性を変える予定はない」(日本自動 車販売協会連合会(2016)8)ともされている。 4 . 3 スリランカでの自動車販売状況 4 . 3 . 1 中古車需要の動向 スリランカ国内での自動車販売は,メーカー系 ディーラー 12社と 2 輸入組合に加盟する販社に よって主に販売されている。メーカー系と輸入組合 2 団体における販売比率は38:62であり,圧倒的に 輸入組合による販売比率が大きい。輸入販社の月間 販売台数は約60台であり,そのうち 6 ~ 7 割は日本 から輸入している。また先にあげた HV のうち 8 割以上が日本車であり,これらのメンテナンスにつ いては,メーカー系ディーラーが担当している。同 国には小規模整備工場やパーツ店が点在している が,整備工場には公的資格は要件がないため,整備 工も義務教育終了後,職業訓練校を卒業した若者が 働いている状況にある(日本自動車販売協会連合会 (2016)8)。今後,これらの人材を育成する必要も あろう。 現在,スリランカで販売されている自動車は,日 系メーカーが製造したプリウス,リーフ,ワゴン R が主流であり,日本製への品質の高さや信頼性 を反映したものとなっている。そのため,made in Japan 車にプレミア感があり,日系メーカーの同車 種でもタイ製ではなく,日本製が選好されている。 とくに日本語表示のままのカーナビゲーションやス イッチ類が信頼性をさらに向上させているとされる (日本自動車販売協会連合会(2016)10)。他方,日 本の中古車需要は,仕向地の情勢に影響されやす く,不安定ともされる(日刊自動車新聞社(2017) 235)。図表 1 を見ると,前年度から大きく台数を減 らしている国も存在しているため,中古車輸出に関 してはかなり輸入国の規制の変化などの状況に影響 されていることがわかる。 〈図表 1 2017年度中古車輸出国順位〉 位 国名 台数(台) 前年度比(%) 1 アラブ首長国連邦 135,230 ▲7.7 2 ニュージーランド 128,723 1.0 3 ミャンマー 100,749 ▲14.7 4 チリ 91,227 14.1 5 ロシア 82,088 60.1 6 パキスタン 78,606 30.0 7 南アフリカ共和国 77,203 51.1 8 ケニア 70,627 10.1 9 タンザニア 51,688 37.6 10 スリランカ 51,538 91.9 (出典)日本中古車輸出業協同組合
日本中古車輸出業協同組合は,2017年度の中古車 輸出台数は為替が円安水準となり安定し,世界景気 の拡大により同9.3%増の約130万台に伸張したとし ている。他方,輸出業者の主力仕向先であるアフリ カの「チャイナショック」が沈静化したことが安定 につながっているともされる。ただスリランカで は,急に中古自動車の輸入規制が強化されるため, 一気にブレーキがかかる可能性も指摘されている (日本中古車輸出業組合(2018)219)。 4 . 3 . 2 スリランカの自動車ユーザーの特徴 スリランカの自動車ユーザーの特徴は,自動車保 有などのライフスタイルへ憧れがあるとされる(日 経エコロジー(2015)59)。また,走行距離よりも スイッチ類など装備品のかっこよさを優先してお り,キーレスエントリー,ステアリングボタンの多 さにより,欧州車よりも日本車の内装,意匠が選 好されている(日本自動車販売協会連合会(2016) 10)。また同国の都市に在住する購買力のある層の 自家用車購入意欲は依然強いようだ。とくに筆者が 同国を訪問した際,市内(コロンボ市内)における 住宅の作りを見ると,自動車を保管するスペースが きちんと確保されていた。そこでは富裕層に限定さ れるだろうが,自動車保有が生活の前提となってい ることが観察された。 4 . 4 新車市場としてのスリランカ 近隣国から見れば,スリランカは自動車輸出先 としてとらえられている。これまでマレーシアの プロトン社(Proton)が,1987年に380台の国民車 Saga を輸出したが,そのうちの15台が同国への輸 出であった(日経産業1987.10.24)。またインドのタ タ自動車(Tata Motors)は,2011年に日本円30万 円弱で購入可能な自動車として話題となった Nano をタクシー市場へ投入した。そのうち最初の海外輸 出先がやはり同国であった(日経速報アーカイブ, 2011.6.14)。その後,2015年 6 月には同社は Zest, Bolt を発売し,30カ所超の販売店(ディーラー) で販売を開始した(日経速報アーカイブ2015.7.6)。 また中国の浙江吉利控股集団は,同国,ロシア,イ ンドネシア,ウクライナにおいて KD(ノックダウ ン)工場を設置している。これらの工場は年産 2 ~ 3 万台の生産能力を有し,周辺地域への供給拠点と しても捉えている(日経産業2012.6.25)。 インドでの事業活動が顕著であるマルチ・スズキ (Maruti Suzuki India)は,スリランカを自動車の 販売拠点(市場)だけではなく,製造拠点としての 可能性も見出している。同社は同国についての海外 工場建設の可能性に言及しているが,この背景には 2012年 4 月に同国政府が貿易収支悪化を理由として 自動車の輸入関税率を 2 倍に引き上げていることが ある。関税率の引き上げにより,同社の同国向け輸 出が激減し,工場新設も選択肢に入るようになった といえる(日経速報アーカイブ,2013.1.27)。ただ その後,具体的な工場新設の動きはない。さらに商 用車を主とする北汽福田汽車は,2013年 4 月に軽ト ラックを1,000台同国へ輸出し(日経速報アーカイ ブ,2013.4.23),同国では韓国メーカーによる市場 開拓も進んでいるとされる。それは起亜自動車の多 目的スポーツ車(SUV)の販売が好調であること が伝えられていることからも理解できる。先にあげ たように同国は,車両輸入税が高く難しい市場では あるが,起亜は困難な市場での開拓に注力している (日経産業2014.8.12)。 4 . 5 スリランカの自動車購買層における課題 自動車市場としてスリランカを考えると,同国の それは拡大しているが,普及率は相変わらず低迷し たままである。そのために拡大余地はあるともいえ る。さらに今後は中間層の拡大により,需要の伸張 が期待される。そうなると先にも少し取り上げた が,今後アフターサービス・ニーズが本格化するだ ろう。在スリランカの日系証券会社による市場調 査(2015年 9 月)によると,同国では都市・準都市 居住の購買力のある層における自家用車購入意欲は 旺盛とされる。また同国では登録車(2015年 9 月時 点)のうち,約60%は1,000cc 以下の区分(85%が インド生産のマルチ車)に属し,その他の小型車は 同国のマイクロ社(現地企業で中国・韓国から輸入 した車の組立)車が630台,現代車228台,Tata127 台であった。そして新車購入にあたっては120万か ら150万ルピーを支払えるユーザー層ではマルチ車 が最も一般的とされる(日本貿易振興機構貿易投資
相談課コロンボ事務所(2016)2)。これら自動車の エントリー層ともいえる購買層において,自動車購 入の意欲が強いことは今後の市場としての拡大可能 性が高いといえる。 他方,耐久消費財の購入を促進するためには消費 者金融の発達が必須である。ただスリランカでは, 自動車ローン規制が購買意欲に影響している。スリ ランカ中央銀行は,2015年12月から「ローン対資産 価値比率」の上限を70%に設定している。これは平 均的なスリランカ人の購買力を一定水準層にのみ制 約するものである。つまり,信用力のある顧客だけ が満額ローンを組むことを可能とするものである。 そのため,信用力に不安のある層ではこれまで以上 に自動車取得が厳しくなる。この影響は販売実数の 約20%に当たるとされる(日本貿易振興機構貿易投 資相談課コロンボ事務所(2016)3)。他方,自動車 輸入販社においてのローン販売比率は80~90%に達 しており,金利は平均10~12%とされる(日本自動 車販売協会連合会(2016)10)。現在,先進国にお いてはこのような高金利による販売金融はほとんど ない。しかし同国ではこうしたローン販売比率の高 さから,ローン利用に対する規制と高金利が影響 し,自動車普及についてはブレーキがかかる可能性 もある。 4 . 6 自動車依存における課題 日本の貿易統計(2015)では,中古乗用車のス リランカ向け輸出額は898億円(前年比54%増)に 達した。同国への輸出台数は 5 万台強で 6 位であ るが, 1 台あたりの価格が174万円と高いため金 額上は大きくなっている。さらに HV・電気自動 車(EV)と一般車との間で物品税率では最大 2 倍近い差(エコカー推奨)が見られる(日経新聞 2016.2.19)。日本にとってもスリランカは自動車輸 出では重要な国であるため,同国政府の自動車政策 は注視する必要がある。 また,自動車が普及し,当該国の人々のモビリ ティライフの向上には,スリランカだけではなく, 自動車社会へのインフラ整備が必要である。同国で は既設の道路網は,広範に及ぶが,多くは単一レー ンであり,道路のうち舗装道路は 3 分の 1 しかな い。さらに主要都市間の道路網が未整備のままであ る。これは交通量の増加に道路整備が追いつかない ためであり,交通渋滞が頻繁に発生している(ARC 国別情勢研究会(2011)136)。とくにコロンボ市内 では朝晩の通勤・通学時間帯中心として交通渋滞が 起きている(日経速報アーカイブ,2017.9.29)。こ の状況を打破するには,インフラ整備をより加速さ せる必要があろう。同国は長い間内戦状態にあり, インフラ整備は二の次とされてきた。自動車の普及 は進んでいるが,ようやく本格的な自動車社会への インフラ整備の段階にきている。
5 おわりに
本稿では,スリランカのさまざまな側面を概観し たのち,同国での自動車普及について考察した。同 国の自動車市場について,海外メーカーから見た とき,どのように認識するかによって同国の市場対 応には差が出るだろう。たとえば,隣国であるイン ドとの関係である。つまり「インドのついで」なの か,「インドへの足がかり」 なのかである。 自動車市場の発展にはインフラの整備が不可欠で ある。これは政府が取り組むべき課題であり,さら に政府は中古車と新車に対する立場については,と くに税制面などで明確化する必要があろう。これは スリランカの狭い国土での自動車政策を明確化する ことでもある。他方,自動車普及には社会的不安を 除去する必要もある。2009年まで同国は長い間内戦 状態にあったが,ようやく内戦のない社会となり10 年が経過したかにみえた。しかし,2019年 4 月にコ ロンボなど 3 都市でキリスト教会や高級ホテルなど 8 施設が狙われるテロ(2019.4.21)が発生した(佐 藤(2016)90-91)。このような不安な出来事が繰り 返されると耐久消費財の普及は進捗しない。耐久消 費財の普及には,さまざまな不安除去とともに長期 を見据えた一貫した政策が必要である。 参考文献 荒井悦代(2013)「スリランカとインド・中国の政治経 済関係」『IDE-JETRO』1-12, http://www.ide.go.jp 石井順也(2018)「要衝港湾の運営権を中国にスリラン カを揺るがす投資攻勢」『エコノミスト』 2018.1.30,78-80 (一)日本自動車販売協会連合会(2016)「2016年度 スリランカ・シンガポールにおける日本車の中古 車輸入実体の視察研究」1-20 岩崎浩美(2016)「スリランカはシンガポールになれる か?」『JOI』2016.9, 28-31 絵所秀紀(2011)「スリランカ経済」石上悦朗・佐藤隆 広編著『現代インド・南アジア経済論』ミネルヴァ 書房,291-314 ARC 国別情勢研究会(2011)『ARC レポートスリラン カ―経済・貿易・産業報告書―』ARC 国別情勢研 究会 外務省ウェブサイト:https://www.mofa.go.jp/mofaj/ area/srilanka/index.html(2019.4.20確認) 桐山友一(2014)「スリランカで進む建設ラッシュ 内 戦終結後,直接投資が続々流入」『エコノミスト』 2014.10.28, 91-93 国際協力銀行開発金融研究所(2003)『紛争と開発: JBIC の役割(スリランカの開発政策と復興支援)』 JBIC Research Paper No.24, 国際協力銀行開発金融 研究所 佐藤優(2019)「スリランカがはらむ宗教戦争の危険性」 『週刊東洋経済』2019.5.18, 90-91 世界経済情報サービス(1987)『ARC レポートスリランカ』 世界経済情報サービス(1990)『ARC レポートスリランカ』 世界経済情報サービス(1992)『ARC レポートスリランカ』 中村明(2018)「IMF 支援課で構造改革に取り組むスリ ランカ経済」『国際金融』1310号,2019.7.1, 1-8 日刊自動車新聞社(2017)『自動車年鑑』日刊自動車新 聞社 日刊自動車新聞社(2018)『自動車年鑑』日刊自動車新 聞社 日経エコロジー(2015)「スリランカの次世代エコマン ション」,日経エコロジー 2015. 1 号,58-59 日 本 中 古 車 輸 出 業 協 同 組 合 ウ ェ ブ サ イ ト:https:// www.goonews.jp/data_bank.php?id=259(2019.5.2 確認) 日本貿易振興機構(2012)『アジア主要国のビジネス環 境比較』(海外調査シリーズ No.387)日本貿易振興 機構 日 本 貿 易 振 興 機 構 貿 易 投 資 相 談 課 コ ロ ン ボ 事 務 所 (2016)「スリランカにおける自動車輸入制度,手 続きおよび関連事項に関する調査」2015年度海外 制度調査,1-19 藤井正夫・須藤正親監修(1982)『ARC レポートスリラ ンカ』(財)世界経済情報サービス 日本経済新聞(日経新聞),日経産業新聞,日経流通新 聞,日経速報アーカーブ UNESCO(1989),UN:https://rnavi.ndl.go.jp/politics/ entry/unesco.php(2019.4.10確認)
Transformation of Sri Lankan Society and Arrival of Automobile Society
—Perspective to the Automobile Society after the End of the Civil War—
Kazuo Ishikawa Senshu Univiersity [email protected]
Abstract: This article has covered the transformation of Sri Lankan society that has been in Civil War for over a quarter of a century since the early 1980s. The Civil War is over in the country, and it is gradually regaining normality in economic activities and people’s lives. The spread of durable consumer goods is pointed out as an indicator of national life. Therefore, this article referred to the expansion of the automobile market from used car demand to new car demand in the country. As a cause of the stagnation of the country’s economy, this article also took up the situation where it took time to move away from the monoculture economy in the colonial economy, but on the other hand, had to depend on agriculture. Although the country cannot be expected to increase in population because it is an island in the Indian Ocean, it can be expected to develop more economically by strengthening economic relations with neighboring countries. It was shown that the growth of can also be expected. On the other hand, more than 2.1 million people are giving up in a small land in the country, and the necessity of environmental measures was also mentioned.
Key Words: Sri Lanka, civil war, colonial economy, durable consumer goods market, automobile market, geographical advantage, foreign companies, automobile buyers, used car imports, new car imports