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我が一冊の本

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Academic year: 2021

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( 8 ) 大谷大学図書館・博物館報(第37号)  浄土真宗では「本願」はもちろん「信心を もって本とせられ候う」などと「本」という 漢字が重要な位置にあるように思う。このよ うな「本」と、図書、書物、書籍を「本(ホ ン)」と呼ぶことに何らかの関係があるのだ ろうか。一度きちんと調べてみたいと思いつ つ定年退職を迎えることになった。死ぬまで には調べたいと思うが、やはり「一度きちん と調べたいと思いつつ死ぬことになる」かも しれぬ。  しかし、定年退職に当たって我が研究生活 を振り返るとき、一冊の書物が、まさにその 研究生活の「本」となったと思う。G.W.F.HEGEL の PHÄNOMENOLOGIE DES GEISTES (『精神現 象学』)という「本」である。もちろん 1807 年の初版本ではない。DER PHILOSOPHISCHEN BIBLIOTHEK( 哲 学 文 庫 ) 略 し て PhB( ペ ー ハ ー ベ ー) に 第 114 巻 と し て 収 め ら れ た、 J.HOFFMEISTER の校訂による 1952 年の第 6 版。 その何刷目かは不明だが、緑色の布表紙、天 は金ではなく赤茶色の本である。まだ PhB に はペーパーバックなんてものはなかった時 代。この本を買ったのは 1975 年ごろだと思 う。「研究生活の本」と言うわりには、いい 加減な記憶だが、この本を購入したときはま さかこの本とこんなに長く付き合うとは思っ ていなかったのだから仕方がない。  しかし、購入した場所はよく覚えている。 大谷大学正門の南隣の至誠堂書店。鴨川を越 えて自転車をとばし、はるばるこの学術洋 書専門店にやって来て、この本を購入した。 4,050 円也。そのころ下宿していた松ヶ崎の 4 畳半が一ヶ月 8,000 円という時代の 4,050 円だから相当の値段である。何を思ってそん な高い本を買ったのか。大学の演習のテキス トとして買ったのか、それともそれ以前に参 加していた自主ゼミのテキストとして購入し たのか、これもよく覚えていない。しかし、 欧文の文系学術書が所狭しと並び積み上げら れていた至誠堂でこの本を買ったときの胸の 高鳴りは、今思い出しても息苦しいくらいで ある。  その至誠堂がこの夏ついに閉店となってし まった。いろんな事情があったのだろう。何 よりもネット販売の威力。私なども、安さと 速さにつられてついついネットを通じてドイ ツに直接注文して購入することが多くなり、 至誠堂閉店の片棒を担いでしまった。そして コピーの発達。600 頁ちかくあるドイツ語の 本を大学の一年間の講読演習で読めるわけが ない。それで、教員として授業をする際、つ いついコピーで済ましてしまう・・・という

我 が 一 冊 の 本

教授

門 脇   健

(宗教哲学 宗教学)

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( 9 ) 大谷大学図書館・博物館報(第37号) ようなことで学生が直接洋書店に赴くことが 少なくなってしまった。あれだけ世話になっ ておきながら至誠堂には不義理をはたらいて しまった。  私が学生のころ、自主ゼミや講読の授業の 時、その年度に読む範囲のコピーを渡されて いたらどうなっていたであろう。授業やゼミ で読む範囲を調べて授業で確認してそれで終 わってしまったように思う。しかし、幸か不 幸か、当時は今のようなコピーはなかった。 大学院の頃、ゼミで発表するときのレジュメ は「青焼き」と呼ばれた湿式のコピー。大量 に印刷される学生運動のビラは謄写版。「青 焼き」とか「謄写版」などというシロモノは、 今の若い人には何のことか分からないという ことは十分承知であるが、それを説明しだす と大変なことになるので、とにかくコピーが 40 年ほど前は大変面倒なことであったとご 承知願いたい。  ともかく、下宿代の半分もした本である。 買ったからには元を取らねばならぬというさ もしい根性も手伝って、それほどドイツ語も 読めないのに辞書を片手に図書館でこの本を 読んだのであった。しかし、スラスラ読める わけがない。内容も抽象的でさっぱり分から ない。となると当然のごとく眠くなる。眠く なるとその本の上にうっぷして、よだれや汗 を垂らしながら寝る。そのころの図書館はそ れほど涼しくなかったのだろうか。そのう ち、本自体が汗臭くなってくる。今だったら、 消臭剤を噴霧するところだが、当時はそんな ものはなかったから、そのころはやっていた オーデコロンを買ってきてジャバジャバ振り かけた。すると事態は一層悪くなり、なんと も言えない奇妙な臭いを発する本になってし まった。慌てて陰干しをして事なきを得たが、 本には気の毒なことをしてしまった。また、 あちらこちらに赤や紺色の色鉛筆で線をひっ ぱったり書き込みをしたりして何が何だか分 からなくなってくる。  しかし、そのようにして一冊の本と付き 合って来ると、愛情のようなものが芽生え てくる。つまり、研究発表のために本を利 用するというのではなく、なにかに促される ままにあちらを読んだりこちらを眺めたりし て、この本の声を聞くという感じで読むので ある。本と読者の相互的な愛情と言いたいと ころだが、まだ本の方から愛のささやきが聞 こえてくるというような境地には至っていな い。しかし、そのような関係が育ってきた本 を持ちえたことは、我が拙い研究者生活のい ちばんの幸福であったと思う。そして、それ は何かに惹かれて文字通り身銭を切って購入 したことに始まったように思う。いったい何 に惹かれて、自転車をこいで鴨川を渡り大谷 大学横の至誠堂まで、学生だった私はやって きたのだろう。そのことを確かめるのが、こ れからの楽しみである。これだけはなんとか 死ぬまでに確かめたいと思う。

参照

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