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フロー理論で最適な学習環境をデザインする(<特集>学習科学と学習工学のフロンティア-私の"学習"研究-(前編))

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Academic year: 2021

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285 フロー理論で最適な学習環境をデザインする

1.は じ め に

OECDが進めている PISA と呼ばれる国際的な学習到 達度に関する 2012 年の調査結果を見ると,学習の習熟 度の上昇傾向は継続しているが,諸外国に比べ,依然学 習意欲が低いというのが,日本の特徴となっている [文 部科学省 13].また,e ラーニングにおいても,学習意 欲の問題は以前から指摘されている [原島 09]. 今まで学習意欲改善についてさまざまな研究が行われ てきているが,最近注目されているトピックの一つにフ ロー理論がある.動機づけ設計の ARCS モデルにおい てもフロー理論が R(関連性)の一要素として示されて おり [ ケラー 10],フロー理論の中心となる個人の経験, フロー経験が学習意欲改善の一つの視点となり,学習環 境のデザインに役立つ可能性があると考える.

2.フロー理論とは

ある一つの活動に深く没入して,他のものが問題とな らなくなり,その対象に惹かれて行為自体に集中し,時 間を忘れ,楽しさを感じ,行為に没入している状態をフ ロー状態と呼ぶ [チクセントミハイ 96, チクセントミハ イ 01].また,そのときの経験をフロー経験(最適経験, フロー体験)と呼び,フロー状態やフロー経験について 多くの人へのインタビュー調査の結果から体系的にま とめたのが,フロー理論である [チクセントミハイ 01]. フロー経験において,リフレクション(振返り)が非常 に重要な役割を果たしており,学習との関連も深いと考 えられる.

3.教育・学習分野への応用

ポジティブ心理学の分野においてフローに関するさま ざまな質的・量的研究が行われている.教育分野におい ても,体育の授業やスポーツに関する教育への応用研究 だけではなく,初等・中等教育における実践研究の試み や,e ラーニングや語学学習などについての応用研究も 行われており [石村 08],フロー経験が,学習意欲の向 上や学習の継続性の点において重要な役割を果たす可能 性があることが指摘されている [Nakamura 09]. しかし,フロー理論の学習分野での応用研究は,学習 者の内面に対する分析的な研究が多く,学習環境や学習 教材の形成的な研究や実践研究は少なく,教授者や学習 者が簡単に利用できる支援ツールなどはあまり提案され ていない.そのため,どのように利用すればよいかを実 践者の立場で考えることは非常に難しい.そこで,著者 らは既存の e ラーニング教材や教室での講義などにおけ る学習教材・学習環境を,教授者・教材設計者が,動機 づけの観点から改善するための支援環境として,フロー 理論に基づくフレームワーク(図 1)を提案した [Kato 11].その中で,学習教材・学習環境が , フロー理論から 導出したチェック項目に適合するかどうかを確認するこ とを目的とした,フロー理論適合度チェックリストを開 発し [加藤 10, Kato 11],eラーニング環境におけるチェッ クリストの評価と改善を実施し,有効性を確認した [加 藤 13].

4.学習環境のデザイン

図 1 において,利用者(教授者・教材設計者)が外側 のサイクル,つまり,「チェックリストによるチェック」,

フロー理論で最適な学習環境をデザインする

Design Optimal Learning Environment with Flow Theory

加藤 泰久

NTTサービスエボリューション研究所

Yasuhisa Kato NTT Service Evolution Laboratories.

[email protected], http://www.waza.jp/idec/

Keywords:

flow theory, learning environment, design.

「学習科学と学習工学のフロンティア─私の“学習”研究─(前編)」

図 1 フロー理論に基づく学習教材・学習環境再設計支援フレー ムワーク([Kato 11] の Fig.1 を和訳)

(2)

286 人 工 知 能  30 巻 3 号(2015 年 5 月) 「改善点の提案」,「実環境での実践」,「振り返りフィー ドバック」,を定常的に実践し,繰り返すことで,内側 のデータベース,つまり,「実践についてのデータベー ス」,「フロー経験についてのデータベース」,が徐々に 充実していき,さらに,「フロー理論に関する入門教材」 の内容も同時に追加されていく,という活動のサイクル となるフレームワークを提案した. はじめに,利用者がフロー理論適合度チェックリスト を活用し現在の学習教材・学習環境をフロー理論の視点 からセルフチェックを行い,改善点を提案する.さらに, その改善点に沿って実践を行う.次に,実践結果を振り 返りながら改善点に対するフィードバックを行う.上記 の四つのプロセス(図 1 の外側のサイクル)を繰り返し 行う.また,各プロセスにおいては,システムへの入力 や,システムからの情報提示・参照による支援が行われ, 利用者の入力情報をシステムに蓄積していき他の利用者 との共有を進めることで活用を加速させる(図 1 の内側 のデータベース).また,利用者は入門教材の活用により, フロー理論自体の理解を深めることにより,さらに改善 点の提案に活かすことが可能となる(図 1 の入門教材).

5.フロー学習環境の今後の展開

図 1 で提案したフレームワークは教授者だけでなく, 利用者として学習者も活用できるように設計した.図 1 の四角で囲ったポータルサイト部分は,個人ポータルと して機能し,教授者が自分の教材や環境を改善するため の再設計に利用するだけでなく,個人が自分のフロー経 験を促進させて,自分自身の学習環境を改善するために も活用できる.つまり,自らが学ぶための学習環境を自 分でデザインすることで,よりフロー経験を高める学習 環境が構築できる,というサイクルを繰り返すことによ り,学習とフロー経験とが密接に結び付いた学習環境の デザインが可能となる. 今後は,多くの教材を対象とした形成的評価を実施し, 再設計後の教材の教授者および学習者による評価などを 行うことにより,フロー理論適合度チェックリスト自体 もさらに改善を加えながら,チェックリストの適用範囲 を広げるとともにさらなる有効性を検証することを目指 したい.また図 1 で提案したフレームワークを実現する システム全体を開発,公開,運用することで,実際の教 育現場や職場環境における適用の可能性の検討を進め, さらなるフロー理論に基づく学習環境の実証的研究を進 めたい. また,将来的には利用者を徐々に増やしていくことで, コミュニティを形成し,さまざまな状況下における教授 者・学習者に対して,的確な情報を提供し,アドバイス を行う,学習コンシェルジェ(エージェント)を実現し, 教授者だけでなく学習者にとっても,継続的に楽しく学 べる学習環境の提供を実現することを目指したい.

◇ 参 考 文 献 ◇

[チクセントミハイ 96] チクセントミハイ,M.: フロー体験 喜び の現象学,世界思想社(1996) [チクセントミハイ 01] チクセントミハイ,M.: 楽しみの社会学, 新思索社(2001) [原島 09] 原島秀人:ブレンディッドラーニングの必要性,e ラー ニングからブレンディッドラーニングへ,共立出版(2009) [石村 08] 石村郁夫,河合英紀,國枝和雄,山田敬嗣,小玉正博 : フロー体験に関する研究の動向と今後の可能性,筑波大学心理 学研究,No. 36, pp. 85-96(2008) [加藤 10] 加藤泰久,鈴木克明:学習環境に対するフロー理論の適 合度チェックリストの提案について,教育システム情報学会第 35回全国大会,pp. 149-150(2010)

[Kato 11] Kato, Y. and Suzuki, K.: An approach for redesigning learning environments with flow theory, Int. J. for Educational

Media and Technology, Vol. 5, No. 1, pp. 118-134(2011) [加藤 13] 加藤泰久,喜多敏博,中野裕司,鈴木克明:フロー理論 に基づく学習教材・学習環境再設計支援のためのチェックリス トの評価と改善,教育システム情報学会誌,Vol. 30, No. 3, pp. 200-211(2013) [ケラー 10] ケラー,J・M.: 学習意欲をデザインする─ ARCS モ デルによるインストラクショナルデザイン,北大路書房(2010) [文部科学省 13] 文部科学省 国立教育政策研究所:OECD 生徒の学 習到達度調査∼ 2012 年調査分析資料集(2013) http://www. nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/pisa2012_reference_ material.pdf

[Nakamura 09] Nakamura, J., Csikszentmihalyi, M., Lopes, S. J. and Snyder, C. R.: Flow Theory and Research, The Oxford

Handbook of Positive Psychology(2nd ed.), pp. 195-206, Oxford University Press(2009)

2015年 2 月 10 日 受理

著 者 紹 介

加藤 泰久(正会員) 1990年京都大学大学院工学研究科修士課程修了, スタンフォード大学大学院教育学研究科修士課程修 了,熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期 課程修了.博士(学術).1990 年日本電信電話株式 会社入社,音声処理・教育・検索システムなどの研 究開発,NTT ラーニングシステムズを経て,現在, NTTサービスエボリューション研究所において, サービスデザインの研究開発に従事.日本イーラーニングコンソシアム 理事.

図 1  フロー理論に基づく学習教材・学習環境再設計支援フレー ムワーク([Kato 11] の Fig.1 を和訳)

参照

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