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宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第2号 2016年8月1日
組織キャンプ体験が生徒の自尊感情と信頼感に及ぼす効果
†
正親 秀章
*
・平野 智之
**
・茅野 理子
***
宇都宮大学大学院
*
東洋大学
**
宇都宮大学教育学部
***
Hideaki OGI* ・ Tomoyuki HIRANO** ・ Masako
CHINO***: The Effect of Organized Camp
Experience on Self-esteem and Reliance of
Junior High School Students.
* Graduate School of Education, Utsunomiya
University
** Toyo University
*** Faculty of Education, Utsunomiya University
(連絡先:[email protected] 著者3)
概要
本研究の目的は,宇都宮市冒険活動センターの冒険活動教室に参加した中学校1年生を対象とし,組織キャ
ンプ体験が生徒の自尊感情と信頼感に及ぼす効果について明らかにすることであった。その結果,組織キャン
プ体験が生徒の自尊感情及び信頼感に肯定的効果を及ぼし,自尊感情と信頼感との関連性に有意な相関が認
められたことにより,組織キャンプ体験は生徒の自尊感情と信頼感に肯定的影響をもたらすことが示唆された。
キーワード:組織キャンプ体験,自尊感情,信頼感,中学生
1.はじめに
現行学習指導要領(2008)では,学校教育におい
て「知識基盤社会」の時代と呼ばれる社会の構造的
な変化の中で「生きる力」を育む理念が重要視され
ている。「生きる力」とは,知・徳・体のバランス
のとれた力のことであり,自己の人格を磨き,豊か
な人生を送る上でも不可欠である(中央教育審議会
答申,2008)。
しかしながら,学校現場においては児童,生徒に
おけるいじめや不登校,学級崩壊など様々な社会問
題が生じている。これらの問題事象の特徴を自尊感
情の低下,それらを基盤とした規範意識の低下と捉
えたうえで,自尊感情は抑うつや不安,絶望感と負
の相関が得られることや,情緒的な問題行動を抑制
し,学級での疎外感を緩和することが明らかになっ
ている(桜井,2000:西野,2007)。また,「生きる
力」に包含されている個人が生き抜いていくための
力や,他者と共に社会の中で生きていく力は,自尊
感情が内包する要素と重なりを見出すことができる
とされている(大西,2005:西田,2012)ことから,「生
きる力」にも自尊感情の理念が含まれていると云え
よう。さらに,自尊感情の最も基本的な土台として
自分や他者に対する信頼感があることが大きいとさ
れている(近藤,2010)。加えて栃木県総合教育セ
ンター(2014)は,信頼に満ちた人間関係の中で感
情が共有される体験を通して,自分の感じ方の良さ
を繰り返し確認することで,自尊感情の向上に繋が
るとしている。つまり自尊感情の育成には,土台に
ある信頼感を高め,自分の存在に対する確信が持て
るようにする必要があると云える。
生きる力を育む方策の一つとして,子どもたちの
生活体験・自然体験の機会の増加が挙げられている
(中央教育審議会答申,1996)ことから,集団宿泊
的行事のひとつとして相互作用の媒体となる自然を
素材とする創造的な生活体験である組織キャンプ体
験(森井,1996)が集団生活のあり方や生きる力を
身につける環境として適していると考えられる。
組織キャンプについての先行研究は,心理的側面
に及ぼす影響が多数報告されている。これまでの研
究結果は自尊感情(永井ら,2007)と信頼感(須
ら,2014)へのポジティブな影響を明らかにしたも
のであり,良好な人間関係の形成に効果があると推
察できる。
しかし,組織キャンプにおける参加生徒の,自尊
感情及び信頼感の両側面から捉えた研究はみられな
い。そこで本研究では,学校教育の一環として行わ
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れている組織キャンプ体験が中学生の自尊感情と信
頼感に及ぼす効果について,詳細に検討することを
目的とした。
2.方法
(1)調査対象
平成27年度に宇都宮市冒険活動センター学校受け
入れ事業の「冒険活動教室」に参加し,調査の趣旨に
賛同し協力を得た宇都宮市内中学校1年生562名を
対象とした。分析対象は,データに欠損のなかった
男女431名(有効回答率:76.7%)を対象とした。
(2)調査時期
それぞれの学校に対して冒険活動の体験前(以下
Pre),体験直後(以下Post1),体験1 ヶ月後(以下
Post2)の計3回実施した。
(3)調査内容
自尊感情の変容をみるために,E.アンダーソンら
(1999)が作成した中学生用自尊感情尺度を用いた。
下位尺度は「自己肯定感」,「自己価値観」,「幸福感」,
「責任感」の4つから構成されており,質問項目数は
全部で9項目である。なお逆転項目については得点
を反転して処理をした。得点幅は0 ∼ 27である。
信頼感の変容をみるために,天貝(1997)が作成
した信頼感尺度を用いた。下位尺度は「不信」,「他
人への信頼」,「自分への信頼」の3つから構成されて
おり,質問項目数は全部で18項目である。なお逆転
項目については得点を反転して処理をした。得点幅
は0 ∼ 90である。
(4)統計処理
参加者の自尊感情及び信頼感の変容については,
調査時期を要因とする反復測定分散分析を行い,有
意差が認められた場合,多重比較(Bonferroni)に
よって調査時期間の得点の差の検定を行った。さら
に,自尊感情と信頼感の関係については,ピアソン
の積率相関係数を算出し検討した。分析にはSPSS
Statistics 17.0 for Windowsを用い,有意性の判定
基準は5%とした。なお,参考までに10%水準の有
意傾向もみることとした。
3.結果及び考察
(1)自尊感情
対象生徒における自尊感情及び各下位尺度の変容
について,調査時期を要因とする反復測定分散分析
を行った(表1)。
その結果,調査時期の主効果に有意差が認められ
た。多重比較検定を行った結果,Pre-Post1間及び
Pre-Post2間において有意な向上が認められた。吉
田ら(2007)はキャンプにおける様々な課題に対し
て,挑戦し成功体験をすることによって,自分はこ
れでいいのだと捉えられるように変容したと述べ,
自尊感情の向上に繋がることを示唆している。また,
森井(1995)は,キャンプは自然の中での共同体験
を通して,参加者同士の心の触れ合いと自己への気
づきの成長発達に大きな影響を及ぼすことを述べて
いる。以上を勘案すると,組織キャンプにおける自
尊感情の向上に関し,組織キャンプ中における課題
への挑戦や,その課題の達成を行うといった成功体
験の積み重ねが自尊感情の変容につながったと考え
られる。
下位尺度の変容では,「自己肯定感」,「幸福感」は,
Pre-Post1間及びPre-Post2間において,「自己価値
観」,「責任感」は,Pre-Post1間において有意な向
上が認められた。
以上より,組織キャンプ体験が自尊感情の向上に
効果があったことが確認できた。
さらに,男女別自尊感情の変容について詳しく見
てみると,自尊感情及び下位尺度全てにおいて,調
査時期の主効果に有意差が認められたものの,男子
においては,調査時期の主効果に有意差は認めら
れなかった。一方,女子では,自尊感情,「自己肯
定感」及び「幸福感」において,Pre-Post1間及び
Pre-Post2間で,「自己価値観」,「責任感」において,
Pre-Post1間で有意な向上が認められた。
組織キャンプにおいて体得される自尊感情には性
別による違いがあることが明らかとなった。
(2)信頼感
対象生徒における信頼感及び各下位尺度の変容に
ついて,調査時期を要因とする反復測定分散分析を
行った(表2)。
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表1.自尊感情及び各下位尺度の変容
− 237 −
その結果,信頼感,「他人への信頼」及び「自分
への信頼」において,調査時期の主効果に有意差が
認められた。「不信」においては調査時期の主効果
に有意傾向がみられた。
信頼感においては,Pre-Post1間及びPre-Post2間
において有意な向上が認められた。永井ら(2007)
は教育的な目的を持って実施される組織キャンプ
は,自然の中での共同生活や課題に取り組み達成し
ていくプログラムを行うことで通常の学校生活での
交流よりも深い相互作用が生まれ信頼感に影響を与
えると述べ,青年期の信頼感の向上に繋がることを
示唆している。さらに体験効果の維持に関して中川
ら(2005)は,組織キャンプの体験効果において「友
人関係・協調性」が1 ヶ月後も向上していたことに,
キャンプ生活を共にした友人が日常生活に存在した
ことを挙げている。
以上を勘案すると,組織キャンプにおける信頼感
の向上に関し,組織キャンプ中に仲間と寝食をとも
にし,グループで協力をしなければ解決できない課
題や,身の安全を仲間に委ねなければできない活動
を通し,他人との関わりを実体験として学んだこと
が信頼感の変容につながったと考えられる。
「不信」においては,有意差は認められなかった。
「他人への信頼」においては,Pre-Post1間及びPre-Post2間において有意な向上が認められた。
「自分への信頼」においては,Pre-Post1間及びPre-Post2間において有意な向上が認められた。
以上より,冒険活動教室における組織キャンプ体
験が信頼感の向上に効果があったことが確認でき
た。そして,冒険活動教室における組織キャンプ体
験で体得した行動が,日常生活においても発揮され
ていると云えよう。
(3)自尊感情と信頼感の関係
表3は対象生徒における全体の自尊感情と信頼感
の関係をみるために,ピアソンの積率相関係数を算
出したものである。
また,自尊感情及び信頼感のPre-Post1の変化量
の相関を求めた(図1)。
その結果,全体のPre-Post1-Post2の全ての下位尺
度において0.1%水準で有意な相関が認められた。
また,自尊感情のPre-Post1の変化量と信頼感の
Pre-Post1の変化量の相関を求めたところ,r=0.17
であり,1%水準で有意な正の相関が認められた。
Pre-Post1-Post2における下位尺度に目をむける
と,「他人への信頼」(Pre:r=0.45,Post1:r=0.48,
Post2:r=0.49),「自分への信頼」(Pre:r=0.58,
Post1:r=0.58,Post2:r=0.62) と 比 較 的 強 い 正
の相関の値が得られた。自分への信頼に関して,感
情が経験される体験を通し,自分の感じ方はこれで
良い,自分はこれで良いという自分への信頼(栃木
県総合教育センター,2014)は,天貝(1997)の研
究においてもself-esteemに有意な影響を与えている
ことから先行研究と同様の結果となった。さらに,
橋渡ら(2003)は信頼感獲得へのアプローチとして
他者との関わりから他人への信頼をまず高め,自分
への信頼を生み出す必要性を指摘している。つまり,
他者への信頼の獲得が自分への信頼の向上の前提と
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表2.信頼感及び各下位尺度の変容
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表3.自尊感情と下位尺度別(信頼感)の相関
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図1.調査時期における自尊感情及び信頼感の
Pre-Post1の変化量
− 238 −
なる可能性も考えられる。加えて, Pre-Post1-Post2
にかけて相関が強くなっていることから組織キャン
プ体験により,仲間同士の関係が徐々に安定するこ
とで信頼関係が築かれ,その結果,自分自身の考え
方や感じ方の良さを知る機会が増えることで自尊感
情にも効果があるのではないかと推察される。
以上のことから,組織キャンプの効果による自尊
感情と信頼感の関係がみられ,特に他人への信頼と
自分への信頼の存在が重要な要素であると云えよう。
4.まとめ
本研究結果から,以下の諸点が明らかとなった。
1) 組織キャンプ体験が生徒の自尊感情に肯定的な
効果を及ぼした。
2) 自尊感情に関しては,女子において組織キャン
プ体験の効果がみられた。
3) 組織キャンプ体験が生徒の信頼感に肯定的な効
果を及ぼした。
4) 信頼感に関しては,男女共に組織キャンプ体験
の効果がみられた。
5) 自尊感情と信頼感との関連性は有意な正の相関
が認められた。このことから,信頼感が高いほ
ど自尊感情に寄与する可能性が示唆された。
以上の結果から,組織キャンプ体験は生徒の自尊
感情と信頼感に肯定的影響をもたらすことが明らか
となった。したがって,組織キャンプ体験は「生き
る力」を高める可能性の高い教育的な活動であるこ
とが示唆された。また,自尊感情と信頼感の関係を
調べるために,相関関係を調べたところ有意な正の
相関が認められ信頼感が高いほど自尊感情に寄与す
る可能性が示唆された。
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http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/
chousa/shotou/095/shiryo/attach/1329017.htm
平成28年 3月31日 受理