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裁判批判の論理と思想 (八)

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Academic year: 2021

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(1)裁判批判の論理と 思想 木下. (. 八). 英夫. Ⅱめk und DenkWeisein. nCh 「 尽㎞ ヰⅡ k (8). derGe. ). Hi eo゜INoSHITA. 前稿. ( 「裁判批判の. 論理と思想」. (七 ) 」 ). に続いて、 本稿では、 広津和郎の昭和 20 年以後の創. 作を取上げていく 事にしよう。 1.. 狂った季節. ( 『風雪』. 523.7 ∼ 24.3 、 のち大興出版社刊 525.1.10、 ただし、 同じテーマのもの. が 「苦悩の街」として『政治新聞』に 522.6 から. 2. 月あ まり連載された. ). この作品は戦後に 書かれたものであ るが、 その舞台は太平洋戦争開始双後の. 容 的にも、 『風雨強かるべし』を 中心とする一連の 作品群. 東京であ って 、 内. ( 主に前稿で取上げた. ). と通ずるとこ. ろが多くあ る。 インテリ青年の 悩める生活を 描きながら、 その中に、 無謀な戦争に 向かって 、 強 引. に突き進んでいくファシズム 勢力、 服装など生活の 隅々まで統制しようとする 国家権 力、 それ. らに抵抗しようとする 努力の虚しさ、 無産政党など 左翼運動の観念性などに 対する、 鋭い洞察と 冷静な批判が 見られるのであ るが、 それらは戦前に 書かれた作品と 基本的に変化していない。. こ. の事は、 広津の論理と 思想を見ていく 点で、 極めて重要であ る。 戦後、 突然左翼に変身して、 戦 前の体制を批判し 始める者とも、 戦前の有り方を 総,繊 ,悔しなければならないと 主張する者とも、 広津は無縁であ る。 この点についても 次稿 以降で論じていく 事にしょう。 以下、 簡単にこの作品. を見ていこ つ、 (1) 主人公の小森 寒三は 、 一高から帝国大学へ 進んだインテリであ るが. (大学は中退 ) 、. 一旦. 勤めた商事会社をすぐに 辞め、 小さな夕刊新聞の 記者になっていたが、 「出世」とは 全く無縁な 生活をしていた。 学校友達であ った薄田畝次はく「ニヒリズムなんだね。 何でもつき纏うんだよ」 下 、 V[-262pのように記す. それが君のやる 事には. ノと、 彼の事を批評した 事があ った。 0G 漢和郎全集第六巻 262 頁、 以 ). それに対してく「ニヒリズム‥‥・うん、 そうかも知れない」と 寒. 三は薄田の批評を 一応肯定したが、 併し自分が心の 底からのニヒリストとは 思いたくなかった。 自分が何もする 気がないのは 自分の無気力や 怠慢からばかりではない。 何をやろうとしてもその 事の「意味のなさ」が 先に立ってその 中に這入って 行きたくなくなるのは 必ずしも自分がニヒル に 喰いつくされているためではない。 「意味のなさ」が 先に立たないような 事になかなかぶつか. らないのだと ノ (VI-263p) 考えたいと思っている。. あ. るいは、 周りの人間達と 比べて自分はく 何. ,トラ, ゼ. か 人生興味の異なる 人種 ノ であ り、 「異邦人」のような 孤独を感じている。. ( 同上 ). そして時代の. 急速な変化がリベラリズムの 月、の 根を止めようとしている 事に抵抗しようとする 試みが、 いずれ も 虚しく終わってしまう. 中で、 く 彼のひそかな 念願は一日も 早くこうした 勤めを止めた い という. 事であ った。 勤めを止めて 何もしたくない。 凡そ自分の納得の 出来ない事は 何もしたくない。 してこの世の 進みは彼の納得出来るようには. 動いていない。. あ. そ. らゆる事が何か 急流のように 納得. の出来ないものの 方へすさまじい 勢で流れて行く。‥‥・ ノ (VI-264p) と、 考えているのであ.

(2) 木下. 2. 英夫. る。. 手にすると、 すぐに新聞社を 辞めた。 彼はくそれにしても 毎朝一定の 時刻に出かけて 行く必要がなくなったという 事は何というのびやかな 心持のするものであ ろ う。‥‥.そのために 一日を疲労し 切り、 帰ってきて眠って 少し疲労が癒えると、 又 翌日その 無 そして 寒 三は母の遺産を. 出かけて行く。 疲労を回復するという 事は次の疲労の 準備をするようなもの (VI-267p)と、 思う。 しかし同時に 、 く 誰からも何の 強制もされずに 人間がみん. 意味の仕事のために であ. った。. ノ. な 自分自身の思いのままの 時間を持っている 図 -一名誉もなければ 恥辱もない国一自分の 時間. 享楽しながらも、 扱て 俺は何をしようか」などと カ味 返って自分を 鞭うた ないでも済む 国一彼は不 図 その空想から 覚めて自分が 空想の中で漠然と 望んでいた事を 反省し て見ると、 自分がやっぱりこうした 無為の中に暮らしているという 事を自分の良心の 何処かで 恥 じているのかという 事に気がつくのであ った。 ノ (VI-269p) あ る晩 寒三は 、 新宿で手相見の 老人と少女に 出会う。 何度か話をするうちに、 少女に同情をお というものをみんな. 「. ほ えた基二 は 、 老人の病気見舞いに 行く事にする。 く 娘が見台を片づけるのを 側に立って待ちな. 「俺の甘さかな」とかんがえた。 ほんの行きずりの 人間の生活に 立入った事を 考える のは世間知らずの 自分の甘さかな。 利口な人間はこういう 甘さを潮美するだろう。 併し甘さを恐. がら基二 は. れる必要が何処にあ る。 かんなが利口で 抜 目 がなくて少しも 甘くないので 自分は世の中とつきあ. えないのではないか。. ノ. (VI-287∼ 8p). く 行きずりの老手相見の. 病気にどうして 自分がこんなに. スーパフル. 熱心になったかは. ワス. マ ノ 、. 自分でも解釈がつかなかった。 結局一種の「無用人」の 気紛れではないのか。. この世に何もする 事のない人間がやっとする 事を見つけてそれに 獅噛みついて 時間を潰そうとし. ているのではないか。 寒 三は苦笑が浮かんできた。 併しこんな反省は 何も役には立たないのだ。 老人の病気を 癒してやりた いと 思えば何も顧慮せずに 癒してやれば りい のだ。‥‥・ ∼. ノ. (W-290. lp). (2) 一方基二. は、. バー・タンポポのマダム・. 春日トミ. と. 出会い、 深い関係になる。. トミは、. った。 基二 はト) に く 「あ なたの年代には 盛んだったらしいからな。 僕等から見るとそれはもう 完全に歴史の 中に這入ってしまっているんだ。 僕等の年代にはもうす っかり下火になってしまって‥‥.いや、少しは名残りがあ って、 友達の中にはまだ 関心を持っ いわば「左翼くずれ」であ. ていた連中もいたけれど、 僕なんかはもう 熱がなかった」 見ると、 た 。 ノく. く. ノ. (V1-279∼ 28 ゆ ) と言う。 寒 三から. 十数年前のその 時代は 、 併し彼女にとっても 生き甲斐のあ る時代に違いなかっ. 確かにその時代は 自分達の知らないロマンティシズムの. 時 ィて に相違なかったと、 寒 三は. 熱情を見て考えた。 彼 にとってはそれは 伝説の時代であ った。 彼はその時 での事を人に 聞いたり、 またその時代のプロ レタリア作家達の 作物を読んだりしていろいろに 空想、したり想像したりしているのであ った。 ノ (VI-297p)トミと 一夜を過ごした 翌朝、 日本の空軍がハワイを 急襲した事を 知る。 小森は 、 トミ からアメリ ヵやソ ヴィエットを 敵に廻す戦争の 行き先に対する 鋭い洞察を示され、 左翼時代の冷. 春日トミの言葉や 表情に現われている 一種 憧惧 ともいうべきなつかしげな ィ. たい批判 力 が彼女の心に テコ でも動かないようにがっちりした 骨組みとなっている 事に驚嘆 す る. 。 そして 女 実業家ともいうべき、 したたかな生活設計を 提案され、 感心しながらも 暖味 な態度. をとる 寒三 に対して ら 見るとそれは. トミ は 、 く あ. 観念の上だけで、. るのと同じ結果になるじゃあ. なたなんか今の 政治を否定しているつもりでいても、. わたしか. てんでほんとうの 事が解らないんだから 結局政府を信頼してい. りませんか。 ノ (VI-3 皿 P) と言い放っ。.

(3) 裁半 批半りの論理と思想、 (/Ⅰ). 3. Ⅱ. そのような. トミ. との付き合いのなかに 一種の擬態を 見て取り、. 自 潮する事もあ. る基二 は 、 しか. し小田急沿線あ たりを散策しながら、 く 「無用人のおれ 位のものだ、 こんな処をぶらぶらしてい られるのは」. ノと. 思い、 妙に楽しくなる。 くこの現代に 無用人であ るからこそ、 今日のような 美. しい空をしみじみ 眺めていられるのであ る。 無用人であ るからこそ、 この赤土の堤の 枯れ草の間 は かすかに萌え 出した青 い 芽の喜びを理解してやれるのであ. る。 今この瞬間、 この太陽の光線を. 楽しんでいる 自分の心の楽しさ 朗らかさ程の 楽しさ朗らかさを 感じている人間は、 この国には 一. 人 もいないのではないか。 ノ (VI-318p) と、 考える。 そして、 岸田劉生の「代々木風景」とい う作品を思い 出しく「そうだ、 俺もほんとうに 絵を描いてやろう」. ノと寒 三は心の申で 叫. ぶ 。 く 「絵で食えるかどうかそんな 事はやってみなければ 解らない。 そしてそんな 事を考えて 唯. 無為に生きている 理由はない。 何に役立つか、 それは薄田の 読書と同じかも 知れない。 役に立つ かもしれないし 役に立たないかもしれない。. 一一そんな事はどっちでも 好い。描きたいから 描く。. それで、 好い。 ノ (VI-319p) と、 自分を納得させるのであ る。 く 自分のような 初心なものでも 」. 給は ついて考えているとこんなに 他の一切の事を 忘れていられるのであ るから、 画家達は恐らく 絵を描いている 間は政治も戦争も 総て忘れていられるに 違いない。 実際忘れていられれば 政治や 戦争などというものはみんな. 忘れていても 一向差支えない 筈だという気がして 来る。 人間は政治. や戦争などに 頭を支配される 義務を帯びて 生まれて来たのではない。 二度と生まれては 来ないこ 0 世に、 そんな事に苦しむために 生まれて来たのではないと. 立っわけであ る。 考えてもど い ‥‥・. う. 主張すれば、 主張する理由は 十分 成. にもならない 事を考えていなければならない. 義務など人間にはな. ノ (VI-321p) しかし、 寒三 はいっもはいい 加減なところで 投げ捨てていた 自己反省を. 深く掘り下げる。 く 人間が最もみずみずし い 感受性で人生からり ろい ろなものを吸収する 時期、 十八九歳から 二十歳代を、 自分は果たして 自分に対して 忠実に生きたと 云えるかということが 反 省 されて来るのであ る。 ノ (VI-324p) く 「時代の悪さ」に 反援 、 そうだ、 それは反抗と 云える ほど確然とした 意思的なものではなかったのであ. る。 横を向いて神経的に 反 擬 していただけの 事. なのであ る。 それではこの 23 な反授 が時代に何かを 与える事が出来たかというのに、. 凡そ何も. 与える事など 出来はしない。 唯反 擁して横を向いていた 自分自身が、 結局自分の生涯の 重要な時 期を空費したに 過ぎない。 「悪しき時代」に 歯を立てる事も 出来ずに、 何かを生み出すべき 青春 を唯自分勝手に 消耗させたに 過ぎない。 唯 自分がひとり 角力を取って 自分で自分を 疲れさせたに 過ぎない。 てい. う. ノ ( 同上 ). く 自分が無為に 自己を空費したという 事の責任を時代におっかぶせるなん. 事は虫が時過ぎる。. 横を向いた瞬間からそれは. -一大体時代の 悪さという事は 自分に取って 何なのだ. 自分に取って 一つの抽象観念だったのではないか。. 念に反 擬 して 唯 自分を無駄使いしていたのではないか。. ノ. ( 同上 ). ?. それに対して. 自分はその抽象観. と考え、 寒 三は絶望的 憂穆に. 陥る。. (3). あ. る日、 寒 三 はいつか新宿で 出会った 桂井 瑠璃 子 と再会する。 瑠璃子の亡くなった 兄の. 絵具を譲られたり、 目黒で昔風の 洋食を出している 店でトンカツを 食べたりしている 内に、 二人 は次第に別れがたさを 感じるようになる. 0. そして瑠璃子が 突然来訪 し 、 いきなり. 「わたしっ き ら. ないの」と言い 出す。 一本気の求愛とも 思える瑠璃子の 態度に対して、 建三は不器用に 時余す。. しかし、 井の頭公園で 警官の不審訊問を 受けたのをきっかけに、 接吻を交わす。 そして間もなく 肉体的に結ばれることになる。. だが 寒 三は幸福感よりも 責任感を感じ、 準備の出来ていないうち. にこうなった 事に不安を覚える。 そして、. トミ. との関係は何か 生理的とでも 言ったものになって.

(4) 木下. 4. 英夫. いたが、 瑠璃 子 とはくそれは 享楽という感じの 少しもない何か 悲しみに溢れたようないとなみで あ. った。 そこまで来なければ 止むところのない 急流の流れの 末の滝 澤瀬に 躍り込んだような 気持. ちであ った。 ノ (VI-370∼ lp) しかし 寒三は 一転して、 妊娠を求める 女の本能を感じくこの 世の 中から遊離している 人間にも生殖の 法則だけは容赦なく 皮肉におっかぶさって 来るのであ か 。 ノ (VI-372p) く 「結局人間はこんな ヮナ にかかるものなのか」とその. えぐような気持ちで 彼は絶望的に 眩いた。 ノ. ( 同上 ). ろう. 予感の胸苦しさにあ. だが、 ここから 寒三は、 我ながら戸惑いす. るような意外な 心理の現象に 出会い、 新しい発見に 興奮する。 それは人間の 持っている自然な 感 情の再発見であ った。 くこの時勢の 動きに合点がいかず 納得がいかないと 思って 反 擬している 中 に 、 結局絵も描かず 自分の生命の 重大な時期を 無為に過ごしてしまったという. 事が自分に非常な. 損失であ ったと同じように、 その同じ時勢に 対する 反搬 によっていつか 自分の人間らしい 感情を いび っ にしてしまっていたのではないであ. ろうか。 そのためにじっくりと 落ち着いて人間生活の. 中に這入っていく 事を厭うようになっていたのではないであ と 軽蔑して実は. 自分自身の存在を 軽蔑していたのではないであ. ろうか。 さかしくもこの 世を仮の宿 ろうか。 時勢の動きに 神経的に反. 撤 する事によって 人間生活の一番重要なものを 無視していたのではないであ ろうか。 ノ (W-. 373p)時代に対する. 反 搬は空転だったという 反省が 、 胸に来たのであ. のであ り、 被害を受けたのは 結局自分自身だったのであ ヵ. る。 自分を萎縮させていた. る。 く 相手の「時勢の 悪しき進み」には. スリ優一つ負わせる 事も出来ずに、 唯 遠くの方で自分自身の 無力に足掻いていたに 過ぎない。. この事は時勢に 反 擬 するつもりで 実はあ べこべに時勢から 骨抜きにされてしまった 事になるので はないか。 殆 んど無抵抗に 時勢に押潰されてしまった 事になるではないか。 そして自分だけの ん の んと孤立の弁解をし、 生活に堪え得ず 、 女を愛してもその 事を自分の心にさえはっきりとは. い聞かせることが 出来ないような 卑怯未練な人間になり 下ってしまったではないか。 ∼. 云. ノ (W-373. 4p) 基二 が 瑠璃 子 との事を トミヘ 告白すると、 トミ は予想もつかなかったような 狂態を示した。. し. かし、 基二にとっての 最大の関心事は、 いまや「一体何をして 働こうか」、 どう生活費をかせご うかということになっていた。 彼は自分の心の 変化に一驚した。 人間がこの世の 中に忍耐して 生 ス. イフルヮス. ・マ ン. きていける理由が、 案外こんなところにあ ったのか、 と。 く 自分を「無用人」などと 考えて苦笑 しているだけで、 人生の解釈がつくものではないという. 事は 、 決して知らないわけではなかった. のであ る。 知っていて知らないふりをしようとしていたまでなのであ る。 ノ (VI-383p) く 瑠璃 子に責任を感じてさえこんな 風に心持に変化が 起るのであ るから、 若し世の中に 対して責任を 感 じて生きていたら、 自分はもっと 違った考えになっていたかも ら、 所謂「民出の 間」にもっと 入っていたのかもしれない。. れない。 一瞬そう思ってみたものの、 何も出来る スキ. 知れない。 ノ. ( 同上 ). もしかした. 岐路はあ の学生時代にあ ったかもし. どちらにしても 五十歩百歩だったろう。 く 「誰にしたって. はないのだ。 そんな 生 ぬるい圧力ではないのだ、 この国に生きている 人間の上を. 吹き荒れている 暴風は. なま. !. 」. ノ (VI-384p) と考え直す。 考えが逆戻りし、 堂々めぐりしてしまう。 エトランゼ. もっと具体的に 考える必要があ ると思う。 「異邦人」の 感じが違った 意味で心に来る。 くみんな が 生活を知っているのに. 自分一人がそれを 知らない. 一 それは凡そ誇りなどを. 伴わない無力な 感. じであ った。 併しそういう 風に感ずるのも 観念的にしか 物を考えられないためかも 知れない。 ノ. (VI-386p) く 先ずこうい. う. 考え方から克服してかからなければなるまい。 何というと直ぐ 消極的. にニヒルに傾きかかる 心持から奮 い 立たせて行かなければなるまい。. ノ (VI-387p).

(5) 裁判批判の論理と 思想 (/り. トミ. 5. は手紙を書き 残して去っていた。 友人の薄田に 召集令状. (ニ. ケ月の教育召集. ). が来ていた。. 建三 は 、 大道に店を拡げてでも 好 い 、 出来るだけの 事から出発しょうと 決心する。. 2.. ひさとその女友達. ( 『中央公論』. く 文芸特集 ノ. 524.10). この作品は 、 人から貰ったテーマで 書かれたものであ る。 広津はく由来私の 小説は作者が 或 意. 図を持って書いたものは 比較的評判にならず、 何でもなく書いていったものの. 方が評判が好いよ. うで、 この事は作者として 反省しなければならないとは 思っているが、 併し内心大いに 不服にも 思っているのであ る。 ノ. ( 『若い人. つと言われている『女給Ⅱなども、. 劃. あ. とがき fmm-536p)と、 述べているが、 実際、 代表作の 一. そうであ. ったと言える。 この作品は、 主人公のひさと 友人の. 加代子が、 それぞれのパートナ 一であ る梶野や宮崎と 共に、 満州事変・ 2.26事件・日華事変・ 太 平 洋戦争・終戦直後をど. りに行く事を 始めた。. う. 生きていったか、 を描いている。. く 併しそうした 闇と. ひ. さは、 終戦後末を担いで 東京に売. 買出しとの混乱の 間に、 その人々の間のみに 通ずる 不. 思議な親近感が 湧いて来るのを 感じた。 ノ (fmm-g6p)しかし戦前は カソ. 加代子は、 この時期、 無尽蔵 に金を持っている 様子であ った。. く. 「. フ. エ の女給仲間であ った. 女 というものはいつどんな 事. があ るかも解らないから、 お金を手放しては 駄目よ」と加代子に 向かって説教した 事を思い出し た 。 自分はその信条に 基づいてやっとこれまでに 生きて来たのであ るが、 明日の事も考えずにぱ. っぱっと使っていた 加代子が結局少しも 行きづまらずにこんなに 金に苦労をしないという 事は 、 何か自分の考え 方に間違いがあ るのではないかと、 彼女はその手提げ 金庫の中から 加代子が金を 取り出して惰気もなく 撒き散らすのを 見ながら思うのであ った。 へそくりを持とうとするからや つ と へそ くりだけの 全 しか持てず、 そんな事を考えないから 加代子には使いたいだけの. って来るのではないか。. 一 今まで自分はそれに. 金が這入. 気がつかなかったが、 この世の中には 何かそん. な道理でもあ るのではないか。 ノ (ID-97∼ 8p) だが、 ひさは開き直って 、 く 「ねえ、 加代子さ. ん、 お米を買うならこれからわたしのお 米を買って下さらない. ?. 」. ノと. 言うのであ. った。 (fmm-. 98p) 3.. 一 芥川と宇野一-. 525.1 ∼ 2) 創作と随筆との 違い る 言い出せば、 色々あ るだろうが、 本稿は広津のものの 考え方を明らかに あ の時代. ( 『群像』. していくのが 目的なので、 この違いにはこだわらない。 広津と宇野は 同年で、 芥川は広津 達 の一 年下であ った。 この文章は、 宇野の発病の 様子とそれをめぐる 芥川の行動,態度・発言を描きな がら、 二人の人間,性の 根を明らかにしようとしている。. くらいであ るので. ( ついに飲まなかったけれども. )、. 広津も不眠症でカルモチンを 持っていた. 宇野の事も芥川の 事も決して他人事ではな. かった。 丁度姉十六・ セ 歳の頃 は、 精神的にも肉体的にも 一つの危険 期 なのであ る。. く 俗に云う. 中折れ時代で、 生きて行く気力を 失い、 一切の事に倦怠を 感じ、 若し肉体の上でも 精神の上でも 何処かに弱点があ れば、 そこから虚無と 衰滅の感覚が 忍び込み、 それが金石全身に 拡がり、 かりすれば生命をも 失ってしまうような 危機に違いない。. ノ. うっ. (DI-105p)芥川は、 「漠然とした. 生. 存 不安」と言ったが、 く 思想的にも一つの 纏まりのつかない 不安定を感じていた 事は確かであ っ. た。 明治から大正にかけて 日本にも多少はあ ったと思われる 一つの自由主義、 その中で過ごして きた私達の年代が、 今まで見てきたものの 行きづまりを 感じてきた事は 確かであ った。 その三四 年前の震災頃 まではアナーキズムもコミュニズムも. 一つの無産運動として 一緒にまじり 合って 動.

(6) 6. 木下. 英夫. いていたのに、 それがはっきりと 二つの陣営に 分れると共に、 コミュニズムの 攻勢が急に社会に 目立ってきた。 そして無産文学として 文壇の一隅にあ ったものが、 今や左翼文学として 在来の文 学へ 烈しい挑戦を 開始して来た 事も確かであ った。 この思想の変革 期 がわが芥川龍之介を 追いつ めたと論ずる 論者もいる。 そういう論者は「玄鶴山房」の ているという. 中で一青年にリープクネヒトを. 読ませ. 事を証拠として、 彼の左翼への 関心を説明し、 そこから右の 結論を引き出して 来て. いるらしいが、 併し芥川龍之助の 自決を左翼に 対するインテリの 敗北ときめっけるのは 早計であ. 66 。. あ の頃 の左翼思想が. 的 衰滅が原因であ. 私達年代の作家に 大きな影響を 与えた事は事実であ るが、 肉体的生理. って、 思想的なものはあ ったとしても ッケタリ であ ったと言えよう。 ノ (fmm-. 105 ∼ 6p). 芥川の遺書の 中に、 マインレンデル. と 言う名前が出てくる。. それは、 メチェニコフの「人生論」. に ショ オペンハウエルの 弟子として自殺したマインレンデルの 読んだのではないか。 く 芸術家としての 最後の立派さ せられた聖書一- 遺書のマインレンデル る. 一こ -. う. 一- 花の散り際一一永遠に. であ. 眠る胸の上に 伏. 書きつら れて 来ると、 小鳥の胸毛のように 頭え. 、 フィーブル な、 愛らしき魂の 悲願が感じられるではないか。. 指摘するが、 併しそれは装飾というよりも. 名前が出ているが、 芥川もそれを. 人はそこに一種の 装飾の匂いを. 一種の身奇麗の 好みという 26 に解釈すべきではない. ろうか。 出陣の兜に香を 焚き込んで置くようなやさしい 好みと。 ノ (ID-146∼ 7p) 或る人達. は芥川君の「 嘘 」を指摘して 得意になっていたが、 く 併しその「 嘘 」から手痛い 復讐を受けたの は 芥川君自身の 正直な魂であ. った。 寧ろ病的なほど 臆病な良心の 持ち主だったと 云えるであ ろ. ノ (fTT -147p). 昭和 26 年から 27 年にかけて、 4. 直木三十五の 笑 い 去春秋 J 526.12) 、 6. 少年とブローチ. ( 「婦人朝日』. 527.4) があ る。 この中で触れておきたりのは、. 526.8)、 5. 傷痕. ( 『小説新潮』. ( 『別冊 立. 527.3) 、 7. 途中下車㎝別冊文芸春秋』. 「傷痕」の一節であ る。 く 父の生涯で最も 放蕩 三. 31 、 2 年頃 ) 、 柳波 は 、 一面非常に潔癖であ りながら一面非常に 几 帳 面ではないところがあ り、 衝動的・極端から 極端・内気で 神経質で気が 弱い・強情・ 我侭 , 真 昧に 耽っていた時代 ノ. ( 明治. っ 正直,怒りっ ほ い・感情を自分で. 支配できない 質であ った、 と広津は書いている。 放蕩 してい. ながら、 一種のストイシズムに 支配されていたという。 この霞町時代. (14 オ ∼ 23 オ ) にはく 随. 分 いろいろな事を 私はその時期に 知ったと思う。 人生がどんなものかという. 事の大体の輪郭も、. 思春期の憂 穆も 、 男女間の事も、 社会の事も 、 生きている事が 唯明るいものではない 事も 、 ネ難 薫る. 、 貧乏も、. そして 鰯蜀. しい病弱も。. ノ. (fTT-174p) そして一家の. 陰 穆 な空気の一番の 原因は. 物質的な不如意であ った事、 父も第二の母もく 直線的な感情と 直線的な感,ほとが真正面からぶつ かって. 、. 曲線的な体の 探し方でうまくそれを かわ 避け合うなどという 余裕が二人ともなかった。 ノ. (ID-176p) この父に対する 広津の愛情についてはすでに 触れたが、 広津はここで く 私は父に対し て 愛情と敬意を 持ちながら、 何処かにニヒリスティックなものを 持っていた。 ノ (ID-178p) と 言う。. あ. る日、 広津は兄の首を 締めようとし、 兄から噛み付かれるが、 く 私は父に対する 同情 は. かりでそういう 行動に出たとは 今になると考えられない。 私自身の中に 何かその年頃 の懐疑的な. もの、 厭世的なもの、 人生はやりきれないものと 思って興奮するような 何かがあ ったに違いない。 一方では何か 高いものにあ. こがれながら、 眼の前のどうにもならない 薄暗さに 晋笠ち、 ニヒリス. ティックになり、 絶望的になっていたに 違いない。 ノ (UI-184p) と言うのであ る。.

(7) 裁判批判の論理と 思想. 8.. 秋. ( 『小説新潮』. (八 ). 7. 527.5). 大正 4 年秋に、 突然 兄が 来訪 し 、 それによって 引き起こされたトラブルを 見. 、 不始末もあ り、 呼吸器病のため 父を知多半島の. 師. 書いている。 広津. 自. 崎へ 転地させなければならなかった. り、 く 両親が名古屋に 行ってからの 一年間、 自分が急に人生のいろいろな 事にぶっつかった 事を 考えていた。 ノ この事は他の 作品でも何回も 書かれていることであ るが、 ここで面白いのは、 広. 津がニヒリストになりきれなかった ら 懐疑的にもなり、. 理由らしき事を 書いている点であ る。 く 私は中学時代の 末 か. ニヒリスティックにもなったが、. 何処か心の底には 荒唐無稽な空想を 持って. いた。 ノ (ID-217一 8p) く 有り余る金を 父が隠しておいてくれる‥‥・そういう. 空想が私を孤独. にも堪えさせてくれた。 いや、 そういう空想のために、 私は孤独を孤独とも 感じなかったのであ る。 ノ (m-218p). くそれよりもっと 年が行き、 青年らしい懐疑やニヒリズムが 、 私の頭いっぱ. いを占領し始めた 頃 にも、 それとは別に 私の頭にその 空想がやっぱり 生きていた。 それが私をと どのつまりは 絶望しきらせないのであ る。 ノ. ( 同上 ). く 私はその現象を 頭にエヤー・ポケットが. 出来ると自分で 呼んでいるが、 何か非常に緊張している 時とか、 非常に重要な 事にぶっつかって いる時とかに、 ぽかんとその 事を忘れてしまう 事がよくあ るのであ る。 ノ (ID-224p) 9.. 誘蛾燈. ( 『婦人朝日』. 527.6 一 25.7 、 のち朝日新聞社刊 530 . 5.20). この作品は、 東京の下高井戸に 下宿する姉人の「女大学生」、 小森田みち子・ 佐伯伊部 子. ・. 染. 非 しげ子をめぐる 物語であ る。 これまで見てきた 作品もそうであ るが、 新しい人間として 生きて いこ. う. とする若 い 女性達 は 将来を託そうとする 広津の考えが 良く出ている。 特に 、 みち子の明る. いキヤ ラクダーは 、 他の作品に登場する 人物とも共通したところがあ. る。 ここでは、 悩みながら、. 次第に新しい 生活に入っていこうとする 伊部千に焦点を 当てて見て行くことにしよう。. (1) 伊部子は小説を 書いている。 伊那子の小説は、 武山間の小都市にあ る小学校に勤める 文 教師が主人公であ るが、 く ‥‥‥いや、 その恋人ばかりでなく、 作中に出てくる 男という男が 、 どれもこれも 己の小さな利益を 守り、 小さな名誉を 守る. イ. ゴイスト共で、 而も何か事があ ると、. 異 同士が結束して、 女の落度を仮借なく 責め立てる‥‥. そういう物語の 筋であ った。 ノ (W-. 53p) そして、 実際にもく伊那子は 日頃 から校長たちに「高慢な 女」と思われていた。 ノ しか し、 くそれは別に 彼女は校長や 上席の先生 達 に向かって高慢な 態度を執ったわけではなく、. 推理. 由らないのに 無 暗に頭を下げなかっただけの 事であ った。 学校内には派閥があ り、 それが始終暗 闘を繰返したり、 工学校覚の土地の 有力者だとか、 金持ちだとか、 そこに政党などの 働きかけも あ. り、 小さな狭 い 世界なのに、 複雑怪奇な政治的な 暗躍があ り、 小 ボスたちの 顔 と顔との睨み 合. いがあ るのに、 彼女たちはそれ 等の一切に対して 超然としていた。 ノ (VH-70p) 伊那子は、 過去の古傷から、 また男というもののいやらしさ、. 浅ましさ、 共同戦線を張って 女. 性に冷酷無慈悲な 仕打ちをする 下等な動物といった 認識からく男に 反抗して強く 生きる決心で 東 京 に出てきた。 ノ それにもかかわらず、 一時関心を寄せた 講師の篠塚太郎の 態度に 憂礒 になり、 不登校になる。 しかしくそんな 事は解り切った 事として、 歯牙にもかけないでいて 良い 筈 なのに、 それがそ. う. 行かないのは、 やはり彼女が 女であ るためであ ろうか。 女であ るために、 如何に意識. 的に男に対抗する っ もりでいても、 友一人では充足出来ない. やはり男に求めているのであ. 何か不足なものを、 無意識の間に 、. ろうか。 それだけに、 男の浅ましさを 見ると、 こんなに傷つけられ. る気がするのではないであ ろうか。 ノ (VD-g7D) と思う。.

(8) 木下. 8. 英夫. (2) 一方、 しげ子が清姉との 生活を清算しょうとして 悩み、 しかも、 妊娠している 事を知り、 伊部子はしげ 子を盛んに励ます。 く 「経験に負けなければどんな 事があ ったって堕落じゃな りょ 。 堕落というのは 経験に負けて 昔を上げた瞬間から. なものはあ りませんⅠなんて 直ぐ表. 6. 生まれるんだよ。 今までの女は『わたし 程 不幸. から堕落したんだよ。 経験に負けなければ 堕落なんてもの. はないんだよ。 負けなければ 経験なんて、 みんな自分を 育てて行く栄養になるんだよ。. ノ (vD-. 」. 124p) 妊娠は女だけに 負わされた宿命であ り、 女の割の悪さを 赤 めすものでもあ るが、 く な 事があ. ったって、 自分で自分を 見限るような 事は 、 仮にも云うものじゃないよ。. 綱をしっかり 握っていなければ。 して乗り切るんだよ。. 」. ノ. 」. 「どん. 自分で自分の. ノ (VD.12gp) く 「弱い事は誰だって 同じだよ。 それを 痩我 ,漫. (VD-130P) と言う。 そして結論として、 人工早産の覚なしとし、 その. 理由を次のように 言う。 く 「母体が危機に 瀕している場合、 人工早産がめるされるんだとすれば、 精神的にだって‥‥. い え、 生活的にだって 同じだよ。 若ししげ子が 子供を抱えなければならな くなったら、 生活的に危機だよ。 それだからやはり. 同じことが許されたって 好い筈だ. (VD-131p) 弁解じみたことなど 考える必要はなく、 必要なのは、 生理的・精神的. ょ」. ( 道徳的 ). ノ. 恐,柿. 感 が何処から来るのかその 事の分析だと 言うのであ る。 使部子はしげ 子へ 長 い 手紙を書き、 一番重要な事は 何かを示そうとする。 くその一番重要な 事 というのは、 今後しげ子が 生きて行く上に 、. ど. う. する事がしげ 子が望ましいかという 事です。. し. げ 子が意地とか 道徳とか又は 自己に対する 見栄とかそういうものに 曇らされない 気持ちで何を 望 んでいるか、 それをはっきり 考える事だと 思います。 ノ (VD-132p) く S. とあ あ いう事になった と. いう事が浅薄だったと 考えるのは好いし、 浅薄の責任が 自分にあ ったと考えるのも 好いとして、 その責任から S に戻る事によってその 責任を果たそうとする 考え方は、 それは良心の 動きのよう に 見えて、 実はその反対だと 思います。 S との関係が浅薄だった、 それだから S との関係を絶と. うと思って逃げ 出した、 という方が、 ほんと 事。. ノ ( 同上 ). う. は良心的なのであ ります。 そこを混同しない. そして、 何にも濁らされていない 内心の声に耳を 傾ける事、 精神的・道徳的・ 心. 理的恐れには、 自分自身の主観的なもの・ 他からの非難に 対する恐れの 二 つ があ るが、 そのうち 主観的なものは 一つの生命となるべきものを. 生命にしないという 事に対する自責であ るが、 大切. なのは冷静に 自分の力量を 考えるべきであ り、 力がなりという 事は資格がなりという 事を自覚す べきでと説得する。 く力 がなくて意地や 痩我慢で背負って 行けば、 自身を不幸にする 外にもう一 つの生命を不幸にする 事です。 つまり一つではなくて 二つの生命を 不幸にする事です。 そしてそ の 一つは後に生命になるという. 可能,性であ って、 今日のところは 生命ではあ りません。 ほんの少. 量の血液のかたまりに 過ぎません。 ノ (VD-134p) ててなし児などという 非難はく道徳的非難な どというものではあ りません。 道徳の仮面はかぶっているが、 ものです。. 決して本当の 道徳とは関係のない. ノ ( 同上 ). (3) さて、 伊部子の方は 、 みち子の恋人・ m 形の戦友で実業家の 権 藤との付き合いが始まる。 そのなかで「 どう. 男. と対抗して」生きてきた 積もりの伊部子の 心境に変化が 生じ始める。 く. 「これは. した事だろう」と 伊部子は考えていた。 彼女は女らしい 語尾を軽蔑して ,意識的に「ね 」と. か「 ょ 」とか云うまいとしていたのに、. それが全権 藤の前でその「. ね 」や「 よ 」が自分の言葉に. 自然に出てくる 事に最初は一種の 抵抗を感じていたが、 次第にその抵抗が 薄れて来ると、 寧ろ,決 威 さえ感じてきた。 何か最も女らしい 表現をしたいような 気にもなって 来た。. ノ. (VD.175p)昨. 夜の感傷、 ひそやかな関心、 予期しない変化、 何という物足りなさ、 何か淋しい、 遣瀬 無 い 、 胸.

(9) 裁判批判の論理と 思想 Uノ,し ). がう. 9. ずく。 伊部子は、 自分が恋愛するなんて 考えられない、 と動揺する。. 作品は、 権 藤が、 関係している 20 軒 ほどの店の倒産を 防ぐため、. あ. らゆる奮闘をする 積もり. であ ることを、 伊那子にもよろしくと 手紙で伝えてきたところで 終わっている。 自分まで破産す る理由はない、 と言うみち子に、 山形はく「ところが、 それがあ の男には出来ないんだよ。 一種 の 正義派的なニヒリストと. 云ったような 男なんだよ。 どうせ ハダヵ で生まれたんだ、 などと か ざ. となると考える 男なんだよ。. 」. ノ (VD-184p). さて昭和 27 年には、 10 . 兄 Ⅷ小説新潮』 ㎝別冊小説新潮. う. のであ る。. 527.8L 、 11. 兄弟 け 新潮 J 527.9) 、 12. 鶴巻町. s27.9) があ るが、 これらはすでに 他の作品でも 取り上げられているテーマが. J. 扱われている。 ただ、 後の検討のため、 何かの事情で. と言. 「. 兄 」から. 1. 箇所だけ引いておこう。. く 併し愛して い て 、. 結婚できないというなら、 それは止むをえないという 考えで良心の 苦痛にはならな. い。 併し愛していないで、. こういう事になったのであ. るから、 その自分の醜さの 償いのために、. 結婚すべきではないか、 そんな考えが、 結婚がうまく 行かないという 予感を押しっぶそうとする のであ る。 それは良心の 声であ るか。 それとも良心に 対する意地と 見栄 サぇ 一. lP). 13. 泉へのみち. ( 『朝日新聞』. 広津はこの作品について、. 528.8.15一 529.3.26) 「小説その後」. (53Lエ 3 、 朝日新聞. ). で、 予想覚だったのは、 金沢が. 若い婦人に人気があ った事であ り、 連載中に次第に 京子よりも金沢に 人気が移っていった 事であ ると述べている。 またく作者の 好みを 甘 過ぎるという 人もあ るかも知れないが、 こう甘くない 人 間. ばかりがたくさん 世の中にあ ふれていると、 作者は甘い人間に 希望を持ちたくなるのであ. る. 。 ノ (VD-449p) とも書いている。 さらに「わが 小説」 44 (537.1.5、 朝日新聞. て私がいわゆる 人生にめざめた 十八、 九のころに心をふさいでいたのは、. ). のなかで、 くさ. 一種の虚無感であ った。. 現世のもろもろの 動きに対して、 自分を「余計者」と 感ずる虚無的ニヒリズムであ. った。 私は初. 期の作品で、 この意思のない、 虚無感に食いつくされた 青年を「,性格破産者」と 呼んだりしたが、 それを. ト. 性格破産者」と 呼んだところに「破産しない 性格」をまた 予想、していたわけでもあ った. のであ る。 ノ くそこで少し 大げさに言えば、 この「,性格破産」の 虚無感を克服しようという. 自己. 闘争に 、 私は半生を費やして 来たようなものであ った。 そして五十歳を 越えたころから、 どうや らその暗い虚無感が 次第に私の心から 消えて来た。 「年を執るにつれて 私は楽天的になって と 私は他の文章に し』. ・. 『苦い喜劇』. 書いた事があ る。 ノ (VD-450p) と書き、 『神経痛時代』 ・. ・. 行く」. 『風雨強かるべ. 『狂った季節』等がその 系列であ ると述べ、 『泉へのみち』、 波多野京子、. 金沢はく私の 楽天的な気持ちが 創作したもの ノ といっている。 この作品は、 勿論、 広津が松川事件・ 裁判を小説の 中に書いた最初であ り最後であ った。 この 連載の時期には、 広津は既に松川裁判に 関する社会的発言を 開始していた。 そして「真実は 訴え る」を中央公論に 書いたのも. (528.10,、 「甘さと辛さ」. ( 朝日新聞. 528.10L、. 「裁判と国民」. ( 中央. 公論 529.1)を発表したのも、 この作品の連載中であ った。 さらに、 この連載の終了直後、 昭和 29 年 4 月号から、 『中央公論』への 4 年半に及ぶ松川裁判批判が 始まる。 その意味でこの 作品の 分析は、 本論文にとって 重要だといえよう。 また、 少し別の視点から 見れば、 京子の父親に 対す る感情の変化の 描写は、 その背後に、 娘の桃子と父親和郎との 関係が垣間見られるが、 これを 桃.

(10) 10. 木下. 英夫. 子さんはどう 読んだのであ ろうか、 興味を惹かれる。 さらに、 広津和郎は、 この作品で人生の 宿 題 の一 つ 、 自己のニヒリズムとの 格闘という課題への 解答を試みたのではないだろうか。. 味からも、 広津の考え方を 知る上で、 極めて重要な 作品といえよ 追 いながら、 注目すべき個所を 拾い出して い. こ. う. この意. 。 以下、 簡単に作品の 展開を. 6 。. (1) 主人公の波多野京子は 入社試験でも、 ずば抜けた明るさと 率直さを示し、 女性の友社に 入社する。 この作品はその 後の京子の成長を、 仕事を通じての 社会的認識の 深まりという 点でも、 同僚であ る金沢との交際を 通じての人生に 対する考え方の 点でも、 母. ・. ッネ子 と父・笹川 欽 一に. 対する心境の 変化という点でも、 描き出そうとしている。 京子が 10 才の時母は父と. 別れた。 父は母と知り 合う前から東京に 家庭を持っていたのであ る。. それ以来京子はずっと 母と二人暮らしであ った。 姉のように若く 見える母は派手な 暮しをしてい たが、 だまされて破産。 土地の赤新聞に、 鎌倉夫人の桃色行状記などとスキャンダルを. 書き立て. られ、 居たたまれなくなって 鎌倉の家からの 立退き、 成城学園に住む 事になった。 そこでは一転 して、 地味な生活が 始まった。 く 女が一心になると 男にはないような 一途さを示し 始めるという が、 京子の母のもそれで、 鎌倉時代の派手な 浮 ついた生活を 知っている人には、 鎌倉を去って か らの彼女の変化は 信じられないかも 知れない。 ノ (VD-225p) というほど細かな 生活設計を立て、 母と無だけの 生活を安定させていた。 こうして二人の 世界に生きていたのであ るが、 京子は女性 の支 社に勤めるようになってから、. それまでのそういう 母との空気に 少しずつ変化が 現われ、 母. に話さない事が 少しずつふえて 来た。 その一つは、 会社の同僚であ る金沢やその 友人であ る高倉. との交際であ り、 もう一つは、 高倉を通じての 父からのアプローチであ った。 まず後者の方から 見ておこう。. (2) 倉は M. あ. る日高倉は、 京子に父・笹川の 消息を伝え、 写真がほしいと 言っている、 と話す。 高. 大学の講師としても、 吉祥寺に住んでいるという 点でも 父 と接点を持っていたのであ る。. それによれば、 父はすでに妻と 娘を亡くし、 四年双から一人暮らしをしているという. 事であ った。. 京子は一人になると、 涙が流れてきた。 「何の涙だろう。 何が悲しいのだろう」、 父 なくして生き てきたのにくそこに 今頃 になって突然 父 が近づいて来ようとし、 現われて来ようとしたって 、 直 ぐそれを受けいれようとする 余地も場所も 彼女の心にはないのであ る。 出来上がっている 心組み を、 父の出現によって 壊されるという 事は、 彼女にはやりきれない 不安なのであ る。 ノ (W-. 251p) その 4 日後に、. 高倉から手紙が 届き、 京子の様子を 聞いた父の反応を 伝えてきた。 京子は、. カラメ手からの 攻撃は困ると 思いながらも 思わず涙をこぼす。 さらに高倉から 父が会いたいとい っていると連絡が 来る。 そして『八人』という 題の同人誌に 掲載された、 笹川の「トンネル」と いう作品を読む. 事になる。 この作品で笹川は、 京子の母を捨てた 時に、 自分の乗った 列車がトン. ネル際の踏み 切りで母娘を 礫いてしまうのではないか、. という恐怖に 駆られた事を 書いている。. これは、 実際に母 ッネ 子が京子を連れて、 件の踏み切りで 心中しょうとした 事があ り、 京子の幼 い 頃 の最も恐ろしい 記憶として残っている。 笹川はく「俺のような 人間には最悪な 事が来るので. はないか。 俺のような罪深い 人間は、 一番恐ろしい 復讐を受けるのではないか」 と 書きながらも、. 無事に踏み切りを 通り過ぎると、 「助かった. !. ノ (VD-286p). 」と、 そのまま遠ざかってしま. った事を書いている。 京子は割切れない 涙を流す。 京子はこれらの 事を母には話さないでいた。 それは母を庇う 積もりであ ったのであ る。 彼女はいつか 自分と母の位置が 逆転している 事に気づ いた。.

(11) 裁判批判の論理と 思想 (/V. 11. さて、 追いかけるように、 高倉から 父 病気と伝えられる。 京子は , 悩む。 見舞いに行くべきであ. ろうか。 くこれが親と 子の絆というものなのであ. ろうか。 その生活にも 心にも何の関係もないと. 思っているのに、 親と手というだけの 事で、 こんなに 割 切れない オリ のようなものが 心に残ると いう事は 、 何と憂 鋒 な事であ ろう。 ノ (VD-33ip) 割 切れない、 不透明な、 人情とか本能とか 云 うもの、 盲目的な本能のようなものを. 感じる。 く母と二人の 巣から巣立ってまだ 僅かなのに、 父. の事、 ウメの事、 人間生活の暗く 複雑な事が、 彼女の眼に反映し 始めたのであ る。 ノ (W-332p) そうこうしているうちに、 高倉からの手紙で、 母が自分に内緒で、 鶏卵の贈り物をした 事を知り、 さらには父からの 手紙で、 見舞金まで贈っている 事を知る。 父は京子からの 贈り物だと思い 感激 しているのであ る。 京子は母から 裏 切られたような 気持ちになり、 母の心が分からなくなった。 あ の父の卑怯 さ 、. 冷酷さに対する 云いようのない 憎悪を京子は 忘れる事は出来ない、 結局は自己. 中心ではないのか、 年老いた父の 、 何にも望みがなく 孤独に陥っている 淋しさは解るが、 その感. 傷的な言葉には 面を背けたくなる。 く 心の底で父を 欲していた、 という気持は 確かに子供の 時分 彼女になかった 事はない。 ノく 併しいつしかそういう 気持ちはなくなって 来た。 ノく 併しそうな るまでにには、 子供ながらに 並々ならぬ鍛練を 経たわけであ る。 長い間かかってそうなって 来た ので、 自然になって 来たような気がしているが、. 振返って見れば、 そこには淋しさや 悲しさに 打. 克ってきた忍耐があ ったわけであ る。 ノ (vD-383p) 京子は「やっぱり イヤ だわ」と眩く。 母の 表情の裏 側が急に信じられなくなって. 来た 俘 しさを感じながら、 自分には父はいらないが、 ママ. にはやっぱりいるのであ ろう、 母も亦女の宿命から 逃れられないのだろうか、 既に父を許してしまっているのであ. と思う。 母はもう. る。. (3) 底抜けに快活な 京子も、 女性の友社で 仕事をして行くに 連れ、 次第に変化が 出てき た 。 く ‥‥. この都心に近 い 編集局に い ると、 世の中のいろいろな 現象の渦巻が 、 烈しい勢 いで. 流れ込んできた。 海綿体のように 柔らかな彼女の 感受性が、 それらの現象を 一つ一つ吸収して 行 くのであ る。 ノ (VN-280p) 京子の表,清に 、 時に複雑な色が 見え、 それが一種知的な 光を放っ. ょ. うになって来た。 京子は身の上相談の 手紙の中から、 小川ウ メ の手紙に心を 惹かれる。 先輩達か. らは月並みな 話だと一蹴されるが、 金沢は小川さんは 一人じやなくて 複数だとしながらも、 編集 長 に話を通してくれる。 編集長も「人生を 見る新鮮な眼を 君に期待して」、 その問題に取り 組む 事を認めてくれた。 談話料と取材 費 として 小 Jllウメ に金を渡すと、 ウメは感激して 泣く。 原稿を 読んだ先輩の 田島から、 「少女好み」だと 馬鹿にされ、 言い争いになる。 材料の見方・ 物の見方 が違うのだと、 京子は頑張る。 そんな事があ った後、 金沢は色々な 資料を京子に 読むように言い、 「何でもせっかちにならずに、 しずかにゆっくり 考えてみるんだよ」とアドヴァイ. ス する。 京子. はく物に知識を 持つという事が、 どんなに心を 暗くするものであ っても、 視野の拡がって 行くと い う事は、 一方では 又 心を広い世界へ 解放して行くものであ. った。 ノ (VD-351p) と思った。. ウメからお礼の 手紙が届き、 会って話をする 事になる。 ウメは新しい 働き口が見つかった 事を 伝える。 そして工場を 辞める時の退職金をめぐって、 事件が起った 事をはなす。 30 人くらいの 娘たちが一斉に 抗議に立上がったのであ る。 くそれは狼達自身にも. 思いがけない 結果であ った。. 併し一度爆発すると、 益々火の手を 揚げ、 娘たちは主人に 向かって、 無期限のストライキを 宣言 した。 それはその小さな 工場に突然として 起った労働争議であ ったが、 誰が指導者でもなく 自発 的に爆発したのであ る。 ノ (V@-386p) かんな熟練工だったので、. あ. こぎな工場主も 手を上げざ. るを得なかった。 くみんなが自分の 事で立ってくれたという 事が、 彼女には今まで 味わった事の.

(12) 12. 木下. 英夫. なかった感激なのであ る。 それは自分というものの 存在が始めて 人から尊重されたと 云 う 喜びな のであ る。 ノ (VD-378p). 出来上がった 雑誌を持って、 京子は ウメ を訪ねる。 ウメは今まで 自分が弱かったと 述べ、 妹が 不幸な孤児 達 のために、 ささやかではあ るが、 心のこもった 韓 別を贈るために 内職をしている 事 を話す。 く 京子はさっき 電車の中で読んで 来たパンフレットの 中の記事を思い 出していた。 世界 中を吹きまくっている 政治の嵐の渦巻の 中では、 その政治がどんなイデオロギ 一の政治であ れ、 個人というものの 意志は踏みにじられている。 のけて行く。. 驚くべき残虐な 事をも、 政治は個人の 上にやって. 一 そういう嵐が 外に吹き荒んで. い る中で、 小さな貧しい 間借りの部屋では、 一人. の 少女がその友達であ る引揚げ孤児にチョコレートの. 能 別を送ろうと 思って、 内職の夜なべ 仕事. に余念がない。 ノ くそれは何という 頬笑ましい光景であ ろう。 かわいらしい 善意、 併し 又 何と悲 しげなか弱い 善意一風 が 来れば吹きとばされ、 押しっぶされてしま い そうな善意. !. 一. と京子. は考えた。 しかし吹きとばされ、 押しっぶされても、 人間の心はまたそういう 小さな善意の 積み 重ねで再建して 行かなければならないのであ. ろう。 ノく 懲りずに、 何度叩きつぶされても、 又五. 上がって 、 人と人とが善意を 持ち合う事によって、 何度でもやり 直して行かなければならな ぃ 。 ノ (VlI-395p). (4) 京子は金沢に 対して親しみを 感じ、 色々な問題について 問い、 率直な意見を 述べ る. 。 く 「クルりさん. [ 京子の愛称 ]. の一本気はそれで 好いんだよ。 それは大いにわれわれも 尊重. しているんだよ。 併し一本気で 物を見て行っても、 いつか壁にぶつかるよ。 沢は 言. う. 」. ノ (VD-337p) と金. 。 京子は、 自分は「右から 見たり、 左から見たり、 上から見たり、 下から見たりした 上. で 見方を決めようというようなそんな 大人にはなりたくない。 もっとむきのままで 行きたいⅡ. と言う。 金 、沢は、 自分がく学生運動の 先頭に立ったという 事も事実であ るが、 そういう運動が 分の気質に合わないために、. 自. そこから抜け 出してしまった 時分の事を思い 出していた。 彼は妙な. 虚無感や絶望感見たようなものに 囚われた。 暫くはアルコールばかり 飲むような期間もあ った。 併し生来本を 読む事の好きな 彼は、 自棄に陥るような 事はなかった。 彼はいろいろな 事を知る事 に興味があ ったし、 文 物を観察している 事にも興味があ った。 たしかにそれ 等が彼に生きる 興味 を 与えていた。. 併し京子の投げつけた 言葉は、 それが幼 稚 であ っても、 頭から軽蔑してしまうわ. けにも行かないのであ る。 ノ (VD-338p) 金沢は、 社会的諸問題に 目を開いてきた 京子に、 裁判と政治攻勢という 標題のパンフレットを 見せる。 そこには最近、 世界で評判だった 裁判事件が列挙してあ った。 ローゼンバーバ 事件や東 北 列車顛覆事件もそこに 列 んでいた。 そしてこう言った。 く 「僕はもう読んだから、 君 読んで 見 拾 え。 政治の横暴時代だよ。 横暴の裏 側にあ るものは、. あ べこべに被害妄想なんだ。. ために、 最も野蛮な残虐な 事を政治がするようになるんだよ。 拾 え。. 」. 被害妄想の. まあ 興奮しないで 冷静に読んで 見. ノ また流感で会社を 休んで い る金沢を下宿に 見舞った京子はく 無性に淋しくてやりきれ. なくなり、 真直ぐ家に帰る 気になれず、 金沢にあ って何か訴えたり 慰められたりしたい 気持ちが いっぱいあ って此処まで 来てしまった 筈 なのに ノ 、 政治要史を調べている 金沢がく「政治をやり たがる人間に 政治をやられたら、 いつだって民衆はかなわんよ。. それはイデオロギ 一の如何によ. らずだよ。 ノ (Vu-407p) と言うのに対して、 く 「政治悪を調べるだけで、 それと闘うために 部 」. 屋から何故飛出して 行く気がないのかってい. う. 意味 ょ. 」. ノ. (VII-408p)と食い下がる。 するとく学. 生時分に学生運動の 先登に立ったり 卓を叩いて熱弁をふるったりした. 時の事が、 金沢の頭に思い.

(13) 裁判批判の論理と 思想. 13. (八 ). 出されてきた。 若しあ のまま行ったら、 彼も政治に進んだであ ろうのに、 いつかそういう 道から 離れてしまった。 それは彼等の 運動に指導者として 働きかけて来た 人達の政治オールで 人生を割 り. 切ろうとしている 物の考え方に 疑惑を感じたのと、 物事を画一的に キメ てかかろうとするその. キメ方について 行けなくなって 来たからであ った。 それに物事に 当たって内省的になる 傾向が彼 自身の性質にあ り、 それも彼を立山らした 原因であ った。 戦後民主主義の 夜明けが一時来たかの ように感じたのに、 それの反対の 方に走って行きたがる 傾向が、 権 力を握っている 連中ばかりで はなく、 支配を受けているこの 国の民衆そのものの 中にも根強く 菜食っている 事を事毎に見せら れる度に 、 彼は懐疑的になった。. そして青年のヒューマニスティックな. 考え方で考えて 行くと、. 人生には底の 知れない暗愚と 邪悪とが支配している 領域があ るのを感じ、 それをどう突き 抜けて 行くかに戸惑いした。 ノ (VII-408 ∼ 9p) そして一時 憂諺 になり、 絶望的になった 事も、 それが 何 時とはなしになくなってきた 事も思い出し、 せっかちに結論を 求めるな、 と京子に言. う. 。 「こん. な顔をしていたって、 僕は人生は相当面白いと 思っているんだよ」と 言う金沢に、 京子は話し合 っているだけで 心が自然と温まって 行くのを感じる。 政治と金の問題とか 階級的の団結とか. 言う. 問題に入って 行くには、 われわれの神経は 違う。 今のところは 黙って観察しては 記録を取る事が 大切だ。 「時計の振り 子の中心なようなところにいて、. じっと物の動きを 見ている人間も 必要だ」 、. と金沢は言うのであ る。 さて京子は金沢の「笹間予言について」という. 講演を聴く。 く 金沢のしゃべり 方はその表情 同. 様 ぶっきら棒であ ったが、 そのぶっきら 棒の間に何か 論理のよくとおった 明快なものがあ. っ. た。 ノ (W-425p) 金沢は言う。 く 「僕は裁判に 政治の庄 力 が加わっているという 事は 、 認めな い 立場であ りますが、 併し余りに科学性を 無視した予断によって 行われる裁判というものは、. そ. の裏 側に政治の圧力があ るのではないかという 疑念を国民の 間に起こさせるようになる 事を 、 憂. うるものであ ります。 第二審判決後、 各新聞は裁判所を 支持し、 法治国であ る以上、 国民は判決 を信ずべきだと 書き立てていますが、 われわれは真の 法治国であ る事を希望するが 故に、 裁判の 暖昧 さほついては、. あ. くまで国民はそれを 追窮すべき義務があ ると思います。 僕は無実の人間が. われわれの目の 前で死刑に処せられるのを. 黙視する事は 出来ません。 どうか諸君も 判決書を検討. される事を希望します。 若し無実の人間を 絞首台に上せたら、 それは法の恥辱であ るばかりでな く、 同時代に生きるわれわれ 国民の恥辱でなければならないと. 思います」 ノ (VE-426D). 金沢との協力による 仕事で、 K 国立病院へ一緒に 行った時の会話は、 この作品のまとめであ. る. と同時に、 松川裁判に関わり 出した広津の 人生に対する 一つの結論を 示していると 言っても良い。. 金沢は言う。 く 兎に 角 善意に生きようとしている 事は 、 何といっても 一番根本的に 必要な事なん だよ。. 」. ノ (VD-434p) そして日本人の 意識・モラルに 触れ、 く 「何か日本人には 訓練がないね。. 本当の意味でのエチケットがなりね。 ノ 」. ( 同上 ). とし、 く 「それは唯の 偶然な現われじゃない. と思うんだ。」と金沢は双の 言葉を続けて、 「それは心がザラザラしている 現われなんだよ。 日本 人は本当の意味の 個人主義の洗礼を 受けていないとよくいわれるのはほんと なりから他人に 対するほんと 利 々々を発揮するんだよ。 うい. う. う. う. で、 個人の自覚が. の思いやりを 持っていない。 それだから実に 露骨に臆面もなく 我 こいつが当り 前の形に直るまでは、 なかなか大変だと 思 6 2 。. こ. ザラザラした 我利々々の何か、 民衆の中にあ るそういう何かが、 今の ょう な政治家を選挙. するんだよ。 だから今の 26 な 政治のいろいろな 現われは、 一方からいえば、 民衆の心持の 現わ れだとも云えるんだよ。. 」. ノ. ( 同上 ). それでは絶望するしかな い のかというと、 そ. う. ばかりとも.

(14) Ⅰ. 木下. 4. 英夫. いえない。 多少鈍感に、 のんびりと構える 必要があ る。 く 「せっかちに 考えると、 こんな事で仝 の逆コースをどう 戻せるかというような 気がして来るが、 やっぱりそうじゃないんだよ。 つの成果が直ぐに 現われて来なくっても、. 一つ一. こうした事の 積み重ねは 、 長い間には役に 立って行く. んだよ。 ノ (VI-435p) そして療養者であ りながら、 療養者の諸条件を 改善するために 努力を続 」. けている人々に 思いを馳せながらく「長い. 間、 生活と生命とのぎりぎりの 瀬戸際に追いつめられ. ているという 事が 、 何か真剣な強いものを 生むんじゃないかな」. ノ (Vn-439p) と言う。 何かい. びつに歪んだ、 一方に片寄ったこの 国のあ り方の全貌を 感じ取りながら、 京子もく「でも、 わた しそんなものではない 何かが、 この国にもあ るような気がするわ。 もっと違った 物を求める気持. 一- 今の安藤さんにしても、. 病気と生活とにあ んな. に い じめられながら、 何か求めているわ。 そういう気持ちがわたしはこの. 国の人達の心の 底に流. ちが、 この国の人達の 心にあ るような気が。. れているのを 信じられる気がするわ。. ノ (VD-441p) 京子は金沢から「薮から 棒 」にプロポーズ. 」. をうける。 「唐突な」求婚に 戸惑いながら、 京子にはイエスの 返事をする予感があ った。 そして 父へのこだわりに 対して、 金沢は、 お父さんに対しても 少し寛大になるよう 言い、 く 「寛大にと いうと語弊があ 。. 」. るが、 もう少し客観的にだね。 少し即き過ぎて 物を考え過ぎているんじゃない. ノ (VD-444p). と. 話すのであ った。. 昭和 30 年代には、 14. 眼をそらさぬ 娘 もあ. ( Ⅱ、説 公園』. 530.4)、 15. 女竹 桃. ( Ⅱ、説 新潮』. 530.7). るが、 特にコメントするべき 事は無い。. 16. 海の色. ( 『オール読み 物』. 530 . 11). この短文では、 高田 保 のことについてく 何かニヒリストのようでもあ り、 いたずら気もあ り. その 癖 凡そ意地悪さを 持たず、 悪意に人を解釈する 事の出来ない 彼は「人情馬鹿」などという. 言. 葉で自分を潮っていた。 ノ (DI-316p) と書いているが、 自分自身についても、 くそれからつい に 太平洋戦争の 勃発、 空襲、 疎開、 後は唯何とかして 食って生きのびる 事だけに、 誰も彼も汲々 としていた。. 一 併し、 後になって考えると、. った 。 戦争は無駄でなかったとは. あ の戦争の間に 苦労したという 事は無駄ではなか. -- 何. 云えないが、 戦争中の苦労や 忍耐は無駄ではなかった。. 故かというと、 これは私自身について 云. う. 事になるが、 戦争前に持っていたニヒリズムや. 夏 穆が、. 戦争が終わった 後に気がついて 見ると、 著しく私の心から 消えていたからであ る。 ノ (fTT-321p) と 述べている。. 広津の自己のニヒリズムとの「闘争. さらに昭和 32 年から 36 年にかけて. 史 」を見る上で、 重要な発言であ る。. (松川裁判の高潮. 期 ) に、 17. 総長の温情. ( 『 Bu冊 文芸春秋口. 532.4L、 18. 堤防と少年 ( Ⅱ、説 新潮 J 533.5)、 19. あ さみどり ( Ⅱ、説 新潮 J 535.9)、 20 .腕の 噛みあ と ( 『小説新潮 536.1) の小品があ るが、 中にはすでに 他の作品で触れられている 話もあ コ. り、 特に注意を要すると 言った事も無い。 ただ、 兄の死に関して、. く 父も死に母も. 死に、 兄も死. んでしまった 今は、 両親およびその 母胎から出たものは、 自分を除き、 かんな死んでしまったの だ。 しかし父や母と 違い、 兄の仙 蔵 は 、 自分の心に何も 残していない 気がする。 唯 自分のそばを. 擦過して行ってしまった 人に過ぎない 気がする。 ノ (fTT-386p)と述べている 点は、 記 ,潰 してお かなければならない。.

(15) 裁判批判の論理と 思想. 21. 春の落葉. ( 口 、 説新潮』. これは心打っ 文章であ. 15. (八 ). 537.10). る。 ここに広津の 生身の姿がさらけ 出されている。 広津はく人間は 死ぬ. ものだ。 それは解り切っている。 人間の毎日生きている 心持に死はない。 即ち人間は不死なの だ。. 私はこんなことを 言ったことがあ る。 これは私の中に 対する考え方なのであ る。 私は死. の 不条理感を誇張して、 仝回生きている 気持ちの障害になるような、. そういう考え 方になること. を、 意味がないと 思うので、 右のようなことを 言ったのであ る。 ノく 死は死にぶっつかった 時に 、 その意味を考えればよい。. 私の楽天主義が 私にそう教えたのであ. 今決して崩れたわけではない。 る. る。. その私の楽天主義が、. が、 それにしても、 近頃 、 親しいものの 死に余りにぶつかり 過ぎ. 。 ノ (DI-390一 lp) 短い年月の間に、 西村 貞 ・青野季吉・ 宇野浩二を失い、 さらに室井属星を. 失うことになるのだが、 何といっても 最大の打撃は 老妻はまの死であ った。 昭和 33 年、 はまは 心臓の肥大と 弁膜症の疑いで 二週間の精密検査後退院したが、. 全身衰弱状態になってしまった。. 広津はく人間の 身体を総合的に 見ずに、 部分々々に切りはなして、 専門々々だけの 検査をしてい る. 間に、 全身の比例が 崩されてしまったのではないか。. 一つの有機体として、 欠点を自身で 補い. ながら今まで 生きて来たのに、 その自己調和の 作用をこわされてしまったのではないか。. ノ. (fmm-395p)と悔やむ。 それから三年半の 病床生活が始まった。 時折、 ひどい発作が 起るので、 万 一の時を考えた 対策を立てなければならないほどであ で 弁論が開かれていたので、. った。 くその頃 、 例の松川事件は、 最高裁. 私は毎日傍聴のために 熱海から出て 行かなければならなかった。. そ. してその弁論が 終わると、 今度は全国各地へ、 この裁判事件の 真相を訴えるために、 講演に出か けなければならなかった。. この問題では 何と言っても 世論の支持を 得ることが必要であ ったし、. それに被告や 弁護団の裁判闘争には 驚くほどの費用が 要る。 金のない被告団はそれを 国民の カン パに侯 つより外に道がない。 そのためにも 真相を全国に 訴えて歩くことが 必要であ った。 そこで 私は病妻を残して、 各地に出かけて 行ったが、 夜の十二時過ぎの、 屡々彼女が発作を 起こす時刻. になると、 旅先の宿屋で、 急に不安になり、. 「どうか今夜も 無事であ ってくれ」と 何ものかに 向. かって祈りたいような 気持ちになったものであ った。 ノ (ID-396p) その後病気は 一進一退しな がら、 次第に悪化して 行ったようであ るが、 昭和 38 年正月、 元気を取り戻していたかに 見えた は. まが、 発作を起こしそのまま 帰らぬ人になってしまった。. くそれから下山さんと 二人で、 湯を. 沸かしたりして、 はまの死体を 清め始めたらしいが、 私は甲斐甲斐しくそうして 働いている桃子 の 気持ちの複雑さを 考えて、 彼女に感謝していた。 ノ (ID-401p)桃子は、 はまを「小母さん」 と呼んで い たのであ る。 く 私ははきと桃子との 間の感情の動きには、 何の干渉もしないで、 その なり行きにまかせていた。. 二人が年と共に 親しみを持ち 合って行くことに 喜びは感じていたが、. しかしそうなればそうなるで、 桃子には 文 一方で複雑なものが 感じられつつあ るに違いないこと は 解っていた。. 私は桃子のその. 処理して行くであ ろう。 告別式が終わった. 一一. 気持ちには触れないようにしていた。. それは桃子が 桃子で自分で. ノ (ID-402p). 夜、 広津は亡き妻の. 手帳 のなかに「よき 人に逢いよき 思い出のみのこりたり. わが生涯は幸なり‥‥.」という 二行を発見する。 広津はふと「わが 生涯もこれで 終ったか」と 思う。 くもし四十年の 彼女との生活に、 彼女に. ょき. 思い出をのこせたなら、 そして彼女をほんと. うに幸福に思わせたなら、 若し一人の人間に、 一人の女にほんとうにそ 一つの仕事をやり 遂げたと言っていい。. う. 思わせたなら、 それは. 私は決して貞節な 良人とは言えなかった。 彼女に隠. していたことが 一つや二つではない。 一体全世界の 誰に知られても、 彼女だけには 知られたくな.

(16) Ⅰ. 木下. 6. 英夫. いこと。 一男はそんな 事の幾つかを 持っているものだが、 それは決して. 嘘をつくと言うような. ものとは凡そ 違う。 欺 すということなどとは 全然違う。 一だが、 そういうことは 仝はもうそう こだわらなくても 好いであ ろう。 彼女にとって 私が生きていたことがよかったとすれば、. そして. 彼女が幸福だと 思って死んで 行ったとすれば、 とにかくそれは 一つの仕事の 完成だ。 私は一体 他 に 誰にそ. う. 思わせたろ. う. 。 父か 。 たしかに父は 私を子供に持ったことを 喜んでくれたろ. はま位だ。 それに桃子、 しかし桃子は 私 2. 0. う. 。 又. と. 生きのびてくれなければ 困る。‥‥.私がセ 十年も. 生きていて何かに 役立ったとすれば、 その位のことであ ろう。 他のことは空だと 思えば、 みんな 空になる。 ノ (DI-403∼ 4p) 広津はさらに 続けてく人間の 結びつきというものは 大変なものだ。 これは実際、 何もはにかんだり、 鼻じ ろんだりしないで、 真正面から見つめて 好いことだ。. 一一. 彼女は四十年の 間、 一つの不快な 思い出も私に 残さなかった。 私は平生は感じなかったが、 空気 や 水のように彼女は 私を生かしていたのだ。 ノ (ID-404p). 以上、 広津和郎の昭和 20 年以後の作品を 概観した。 これにより、 広津和郎のほぼ 全作品につ いて、 見てきたことになる。 「裁判批判の 論理と思想」. (一 ). から数えると、 既に 20 年を越えて. しまった。 私の怠慢のなせる 業であ るが、 この間に約 10 年のブランクがあ った。 この期間につ. いてはいずれ 何かに書く機会があ ろう。 私なりに、 様々に考えていた 時期であ り、 変化もあ った 時期であ った。 したがって、 当初の計画からはかなり、 ずれたものになってしまった。. しかも、. 本格的な検討は 全てこれからであ る。 しかし、 これで少しは 安心して広津論を 書き始めることが. 出来る気がしている。 勿論、 当初め計画では、. 「裁判批判の 論理と思想」という 標題を見ても 分. かる通り、 広津論だけでは 終われない。 前途多難と言わざるをえない。 2000.5.Ⅰ 0.

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