新型コロナウイルス感染症による混乱のなかでの
大学「在学契約」についての覚書
【研究ノート】
キーワード:在学契約,学費減額,新型コロナウイルス感染症,安全配慮義務
1.はじめに−問題意識
2020 年 2 月以降,新型コロナウイルス感 染症の影響で世界中が大混乱に陥った。大学 も例外ではない。世界中の大学で,対面講義 がストップし,オンラインでの講義展開を強 いられた。日本においても,ほとんどの大学 で,2020 年度 4 月からの講義開始が延期さ れ,オンラインでの講義の設備や環境が整い 次第,オンラインでの講義が開始された。本 学(北星学園大学)も 4 月下旬または 5 月 初旬から,2020 年度前期全ての講義がオン ラインでの展開となった(後期は,北海道の 感染状況が若干,落ち着いたこともあり,大 人数講義を除いて,対面で講義するか,オン ラインで講義するかは,教員の判断に任され ている。足立は,大人数講義を除いて,担当 する講義・ゼミナールを対面(大学に出てく ることに不安を感じている学生は,Zoom で の受講も可能)で実施している。もっとも, 2020 年 11 月現在,北海道の感染者状況が増 加傾向にあるので,予断を許さない状況であ る)。オンライン講義を展開するにあたり, 全世界の大学で、オンライン講義を効果的に 展開していくための創意工夫が行われ、国内 の多くの大学では,オンライン講義に対応す るための通信環境整備などのための支援金が 学生に支給された。オンライン講義が続く中足 立 清 人
目次 1.はじめに−問題意識 2. 大学「在学契約」の法的性質 とその内容について−最判 平成18年11月27日民集60巻9 号3732頁を素材に 3.若干の考察とまとめ新型コロナウイルス感染症による混乱のなかでの
大学「在学契約」についての覚書
研究ノートで,大学に入学・在学しているにもかかわら ず,大学(キャンパス)で講義が受けられず, 大学の施設や設備を使うことができない学生 から,授業料の減額を求める声があがり始め た1)。学生からは,教育・学びの質の低下も 主張されている。それに対して,多くの大学 で,学長声明のようなかたちで,学費(学納 金)の減額は行わない旨の考えが示された。 学費(学納金)は,原則 4 年間の教育に対し て必要とされる総額を年数で等分して納めて いるものであり,また,学費(学納金)など には,図書館,体育施設,実験・実習室など の大学付属の施設や設備を維持するための費 用にも充てられている,というような内容で ある。学生の主張も理解できるものだし,大 学の考えも(大学の一構成員として)理解す ることができる。 この問題をどう考えていくかについては, 学生と大学との間で交わされている在学契約 の法的性質とその内容を確認することが必要 である2) 。そこで,本稿では,大学の在学契 約について僅かばかりの検討と考察を行う。 2.では,学納金返還請求が争われた最判平 成 18 年 11 月 25 日を素材に,大学の在学契 約の法的性質とその内容を検討する。3.で は,2.で確認した在学契約の法的性質とそ の内容をもとに,上記の問題について簡単な 考察を行う。
2.大学「在学契約」の法的性質とその
内容について
− 最 判 平 成18 年11 月27 日民集60 巻9 号3732 頁を素材に (1)大学「在学契約」をめぐる学説と判例・ 裁判例の経緯−概観 大学には,国または地方自治体や独立行政 法人が設置する国公立大学と,学校法人が設 置する私立大学とが存在する。かつては,前 者と学生との法的関係をを,公法上の「特別 権力関係」とみる見解もあった。しかし,現 在では,国公立大学と私立大学に関わらず, 大学と学生との法的関係は,「在学契約」と して捉えられている。大学と学生との法的関 係を在学契約として理解したとしても,その 法的性質がいかなるものかについては,教育 法上の側面を重視するか,または,私法上の 側面を重視するか−委任契約や請負契約のよ うな典型契約(有名契約)に近づけて理解す るか,典型契約には分類できない非典型契約 (無名契約)として理解するか−によって, 様ざまな見解が主張されている3) 。 判例・裁判例は,在学契約の法的性質につ いて,有償双務の委任契約・準委任契約類似 の無名契約と解するもの,他方で,教育法の 原理や理念により規律されることが予定され た有償双務契約としての性質を有する私法上 の無名契約と判示するものがみられた4) 。そ の相違のポイントは,主に,委任契約の解除 に関わる民法 651 条 1 項「委任は,各当事 者がいつでもその解除をすることができる」 を準用できるかがどうか,という点にあった。 学説,判例・裁判例において,大学「在学 契約」の法的性質について見解の一致が見ら れないなかで,2006(平成 18)年 11 月 27 日に最高裁判所が学納金返還請求に関する五 つの判決を示した。 (2)最判平成 18 年 11 月 27 日民集 60 巻 9 号 3732 頁での大学「在学契約」 ここでは,その五つの判決のうち最判平成 18 年 11 月 27 日 民 集 60 巻 9 号 3732 頁( 学 納金返還請求事件)5)を取り上げる。本稿は, 本判決が示した,学納金の返還が認められる か,学納金の不返還特約が公序良俗に反する か否か,を考察するものではない。本稿は, 大学「在学契約」の性質とその内容の考察を 対象とするものである。したがって,本判決 が,在学契約の法的性質をどのように解して いるか,そして,在学契約の内容をどのよう に考えているのか,という観点から,本判決 を取り上げる。【事実】 X が,Y 大学への入学を辞退して,Y 大学 との間の在学契約を解除したなどとして,Y 大学に対して,不当利得返還請求権または準 委任契約の終了に基づく受取物引渡請求権に 基づいて,本件学生納付金相当額の返還を求 めた事件である。 【判旨】 在学契約の法的性質について,本判例は, 次のように捉える。すなわち,「大学(短期 大学を含む。以下同じ。)は,学術の中心と して,広く知識を授けるとともに,深く専門 の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用 的能力を展開させること等を目的とする(学 校教育法 52 条,69 条の 2 第 1 項6) )もので あり,大学を設置運営する学校法人等(以下 においては,大学を設置運営する学校法人等 も『大学』ということがある。)と当該大学 の学生(以下においては,在学契約又はその 予約を締結したがいまだ入学していない入学 試験合格者を含めて『学生』ということがあ る。)との間に締結される在学契約は,大学 が学生に対して,講義,実習及び実験等の教 育活動を実施するという方法で,上記の目的 にかなった教育役務を提供するとともに,こ れに必要な教育施設等を利用させる義務を負 い,他方,学生が大学に対して,これらに対 する対価を支払う義務を負うことを中核的な 要素とするものである。また,上記の教育役 務の提供等は,各大学の教育理念や教育方針 の下に,その人的物的教育設備を用いて,学 生との信頼関係を基礎として継続的,集団的 に行なわれるものであって,在学契約は,学 生が,部分社会を形成する組織体である大学 の構成員としての学生の身分,地位を取得, 保持し,大学の包括的な指導,規律に服する という要素も有している。このように,在学 契約は,複合的な要素を有するものである上, 上記大学の目的や大学の公共性(教育基本法 6 条 1 項)等から,教育法規や教育の理念に よって規律されることが予定されており,取 引法の原理にはなじまない側面も少なからず 有している。以上の点にかんがみると,在学 契約は,有償双務契約としての性質を有する 私法上の無名契約と解するのが相当である」 とする。 学生が負担する納付金の性質については, 次のように判示する。すなわち,「大学が学 則や要項等において,入学手続の際に納付す べきものと定めている学生納付金には,一般 に,〔1〕入学金,〔2〕授業料(通常は初年 度の最初の学期分又は初年度分)のほか,〔3〕 実験実習費,施設設備費,教育充実費などの 費目の金員,更には,〔4〕学生自治会費,同 窓会費,父母会費,傷害保険料などの諸会費 等(以下「諸会費等」という。)が含まれる ところ,これらのうち〔2〕及び〔3〕(以下 併せて『授業料等』という。)は,その費目 の名称に照らしても,一般に,教育役務の提 供等,在学契約に基づく大学の学生に対する 給付の対価としての性質を有するものと解さ れ,〔4〕の諸会費等も,一般に,学生が大学 において教育を受け,あるいは学生の地位に あることに付随して必要となる費用として納 付されるものであって,その使途が具体的に 明示されているにすぎないものと解される。 これに対して,〔1〕の入学金は,入学時に のみ納付することとされていて,要項等にお いて,他の学生納付金と納付期限に差異が設 けられていることも多い上,一定の期限まで に入学辞退を申し出た場合に入学金以外の学 生納付金のみを返還する旨定められているこ とが多いなど,一般に他の学生納付金とは異 なる取扱いがされており,法令上も授業料と は別に位置付けられている(学校教育法施行 規則 4 条 1 項 7 号等)。〔改行〕また,我が 国においては,大学の入学の時期は,原則と して学年の初めすなわち 4 月 1 日とされ(学 校教育法施行規則 72 条,44 条及び各大学の
学則の定め),新入生を募集する時期も限定 されているが,各大学,学部あるいは入学試 験の種類等によって試験日が様々であるため に,同一年度に複数の大学,学部を併願受験 することが可能であることから,大学の入学 試験の受験者の相当数が複数の大学,学部を 併願受験し,合格した大学,学部の中から自 己の志望等を勘案して実際に入学する大学, 学部を選択している。そして,合否の発表日 や入学手続の期間も各大学,学部あるいは入 学試験の種類等によって様々に定められてい るため,受験した大学,学部の入学試験に合 格した者は,当該大学,学部への入学につい ての志望の強さ,併願受験した他大学,他学 部の入学試験の合否の結果あるいはその見通 し,入学についての志望の強さ等を勘案して, 当該合格した大学,学部について,入学金の 納付を含む入学手続の全部又は一部を行って 在学契約又はその予約(以下,これらを併せ て『在学契約等』という。)を締結するかど うかを決定することが通例である。入学試験 合格者においては,在学契約等を締結するこ とにより,在学契約等を締結した大学から正 当な理由なくこの在学契約等を解除されない 地位,すなわち当該大学に入学し得る地位を 確保した上で,併願受験した他大学,他学部 の入学試験の合否の結果を待って最終的に入 学する大学,学部を選択する(入学手続の全 部又は一部を行ったが入学しないこととした 大学,学部については,残余の入学手続を行 わず,あるいは入学辞退を申し出る。)こと とし,また,他大学,他学部の入学試験が不 合格となった場合でも,先に入学し得る地位 を確保しておいた大学,学部に入学して,い わゆる浪人生活を回避するということが広く 行われている。一方,大学としては,入学金 の納付を含む入学手続の全部又は一部を行っ て在学契約等を締結した学生については,当 該学生が現実に当該大学に入学するかどうか にかかわらず,入学予定者として扱い,当該 大学の学生として受け入れるための事務手続 等を行うことになる。〔改行〕以上の諸事情 及び入学金という名称に照らすと,入学金は, その額が不相当に高額であるなど他の性質を 有するものと認められる特段の事情のない限 り,学生が当該大学に入学し得る地位を取得 するための対価としての性質を有するもので あり,当該大学が合格した者を学生として受 け入れるための事務手続等に要する費用にも 充てられることが予定されているものという べきである。そして,在学契約等を締結する に当たってそのような入学金の納付を義務付 けていることが公序良俗に反するということ はできない」と判示した。 また,本稿の目的から若干外れるが,在学 契約の解除について,本判例は次のように判 示する。すなわち,「(ア)教育を受ける権利 を保障している憲法 26 条 1 項の趣旨や教育 の理念にかんがみると,大学との間で在学契 約等を締結した学生が,当該大学において教 育を受けるかどうかについては,当該学生の 意思が最大限尊重されるべきであるから,学 生は,原則として,いつでも任意に在学契約 等を将来に向かって解除することができる一 方,大学が正当な理由なく在学契約等を一方 的に解除することは許されないものと解する のが相当である。なお,学校教育法施行規則 67 条は,学生の退学は,教授会の議を経て 学長が定める旨規定し,各大学の学則におい て,学生の側からの退学(在学契約の解除) について学長等の許可を得ることなどと定め ている場合があるが,上記説示に照らすと, これらの定めをもって,学生による在学契約 の解除権の行使を制約し,あるいは在学契約 の解除の効力を妨げる趣旨のものと解すべき ものではない。〔改行〕(イ)入学手続を完了 して大学と在学契約を締結した学生が,併願 受験して合格した他大学に入学する意思を固 めたことやその他の理由で,先に在学契約を 締結した大学に入学する意思を失い,入学辞
退を申し出ることは,在学契約の解除の意思 表示と評価することができる。〔改行〕(ウ) 入学辞退(在学契約の解除)は,その学生の 身分,地位に重大な影響が生ずるものであり, また,大学は多数の学生に係る事務手続を取 り扱っているから,個別の学生の入学辞退の 意思は,書面等によりできるだけ明確かつ画 一的な方法によって確認できることが望まし いといえるけれども,入学辞退の方式を定め た法令はなく,入学辞退の申出が当該学生本 人の確定的な意思に基づくものであることが 表示されている以上は,口頭によるものであ っても,原則として有効な在学契約の解除の 意思表示と認めるのが相当である。そして, 上記のとおり,学生は原則としていつでも任 意に在学契約を解除することができることに かんがみると,要項等において,所定の期限 までに書面で入学辞退を申し出たときは入学 金以外の学生納付金を返還する旨を定めてい る場合や,入学辞退をするときは書面で申し 出る旨を定めている場合であっても,これら の定めが,書面によらなければ在学契約解除 の効力が生じないとする趣旨のものであると 解することはできない。〔改行〕なお,要項 等に,『入学式を無断欠席した場合には入学 を辞退したものとみなす』,あるいは『入学 式を無断欠席した場合には入学を取り消す』 というような記載がある場合には,学生が入 学式を無断で欠席することは,特段の事情の ない限り,黙示の在学契約解除の意思表示を したものと解するのが相当である。〔改行〕 (エ)在学契約は,解除により将来に向かっ てその効力を失うから,少なくとも学生が 大学に入学する日(通常は入学年度の 4 月 1 日)よりも前に在学契約が解除される場合 には,学生は当該大学の学生としての身分を 取得することも,当該大学から教育役務の提 供等を受ける機会もないのであるから,特約 のない限り,在学契約に基づく給付の対価 としての授業料等を大学が取得する根拠を欠 くことになり,大学は学生にこれを返還する 義務を負うものというべきであるし,同日よ りも後に在学契約が解除された場合であって も,前納された授業料等に対応する学期又は 学年の中途で在学契約が解除されたものであ るときは,いまだ大学が在学契約に基づく給 付を提供していない部分に対応する授業料等 については,大学が当然にこれを取得し得る ものではないというべきである。また,諸会 費等についても,一般に前示のような費用と して大学に納付されるものであって,在学契 約の締結に当たって授業料等と併せて納付す べきものとされていることに照らすと,在学 契約が解除されて将来に向かって効力を失っ た場合,原則として,その返還に関して授業 料等と別異に解すべき理由はなく,諸会費等 の中には大学が別個の団体に交付すべきもの が含まれているとしても,それだけでは大学 には利得がないとして大学がその返還義務を 免れる理由にはならないというべきである。 これに対して,学生が大学に入学し得る地位 を取得する対価の性質を有する入学金につい ては,その納付をもって学生は上記地位を取 得するものであるから,その後に在学契約等 が解除され,あるいは失効しても,大学はそ の返還義務を負う理由はないというべきであ る」と判示した。 【解説】 本判決によれば,大学とは,「学術の中心 として,広く知識を授けるとともに,深く専 門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応 用的能力を展開させること等を目的とする (学校教育法 52 条,69 条の 2 第 1 項)」存 在である,とされる。大学の在学契約は,大 学と学生との間で締結されるものであり7) , その内容は,次のように解される。すなわち, 大学は,①「学生に対して,講義,実習及び 実験等の教育活動を実施するという方法で, 上記の目的にかなった教育役務を提供する」
とともに,②「これに必要な教育施設等を利 用させる義務を負い」,他方で,学生は,③「大 学に対して,これらに対する対価を支払う義 務を負う」ことを「中核的な要素」とするも のである。また,大学の義務の①,②の具体 的な内容は,「教育役務の提供等は,各大学 の教育理念や教育方針の下に,その人的物的 教育設備を用いて,学生との信頼関係を基礎 として継続的,集団的に行なわれるもの」で あり,「在学契約は,学生が,部分社会を形 成する組織体である大学の構成員としての学 生の身分,地位を取得,保持し,大学の包括 的な指導,規律に服するという要素も有して いる」とする。こうして,最高裁判所は,大 学「在学契約」の性質が,役務の提供とその 対価の支払いを「中核的な要素」としつつ, 学生が大学という「部分社会を形成する組織 体」に加わるという要素ももった「複合的な 要素を有するもの」であり,「大学の目的や 大学の公共性(教育基本法 6 条 1 項)等から, 教育法規や教育の理念によって規律されるこ とが予定されており,取引法の原理にはなじ まない側面も少なからず有している」ことか ら,在学契約は,「有償双務契約としての性 質を有する私法上の無名契約と解するのが相 当である」と認定した。 また,学生が大学に納付する納付金には, ⅰ.入学金,ⅱ.授業料,ⅲ.実験実習費, 施設設備費,教育実施費など,ⅳ.学生自治 会費,同窓会費,父母会費,傷害保険料など の諸会費などがあり,ⅱ.ⅲ.は,教育役務 の提供など,大学が学生に対して行う給付の 対価としての性質をもち,ⅳ.の諸会費は, 当該大学の学生の地位にあることに付随して 必要となる費用と認定する。ⅰ.は,ⅱ∼ⅳ. の「学生納付金とは異なる取扱いがされてお り,法令上も授業料とは別に位置付けられて いる(学校教育法施行規則 4 条 1 項 7 号等)」 として,入学金の性質・機能を詳しく分析す る。すなわち,学生は入学金を支払うことで 「当該大学に入学し得る地位を確保した上で, 併願受験した他大学,他学部の入学試験の合 否の結果を待って最終的に入学する大学,学 部を選択する…こととし,また,他大学,他 学部の入学試験が不合格となった場合でも, 先に入学し得る地位を確保しておいた大学, 学部に入学して,いわゆる浪人生活を回避す るということが広く行われて」おり,他方で, 大学側も「当該学生が現実に当該大学に入学 するかどうかにかかわらず,入学予定者とし て扱い,当該大学の学生として受け入れるた めの事務手続等を行うことになる」と。した がって,入学金は,「その額が不相当に高額 であるなど他の性質を有するものと認められ る特段の事情のない限り,学生が当該大学に 入学し得る地位を取得するための対価として の性質を有するものであり,当該大学が合格 した者を学生として受け入れるための事務手 続等に要する費用にも充てられることが予定 されているものというべきである」とし,「在 学契約等を締結するに当たってそのような入 学金の納付を義務付けていることが公序良俗 に反するということはできない」と判示した。 本判決により,大学の在学契約は,大学の 目的やその公共性から教育法規や教育の理 念,究極的には,教育を受ける権利を保障し ている憲法 26 条 1 項の趣旨によって規律さ れる「有償双務契約としての性質を有する私 法上の無名契約」である,と認定された。も っとも,私法上の無名契約であると性質決定 されたが,教育法規や教育の理念によって規 律されていることから,取引法の原理にはな じまない側面も「少なからず」有しているも のとされる。 (3)大学「在学契約」の法的性質とその内 容の若干の検討 本判決によれば,「在学契約」で,大学は, ①「学術の中心として,広く知識を授けると ともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,
道徳的及び応用的能力を展開させること等を 目的とする」教育役務(サービス)の提供と, ②それに必要な教育施設などの利用を提供し する義務を負い,それに対する対価として, 学生は,③(入学金を除く)授業料などを支 払う義務を負担する,とされた。教育サービ スの提供は,各大学の教育理念や教育方針の もとに,(1 年ごとの更新だが,)原則,4 年 間にわたって継続的かつ集団的に行われる。 これは,学生と大学との信頼関係を基礎とす る,とされた8)。①,②と③とが,在学契約 の中核的要素として,対価関係にあり,在学 契約が,私法上の有償双務契約としての性質 をもつことになる。それは,民法が規定する 有名契約(典型契約)に性質決定されるもの ではなく,無名契約(非典型契約)である, とされた。他方で,最高裁判所は,大学「在 学契約」により,学生が,「部分社会を形成 する組織体である大学の構成員としての学生 の身分,地位を取得,保持し,大学の包括的 な指導,規律に服するという要素も有してい る」とする。「部分社会」という言葉の意味 内容が不明確であるが9) ,在学契約により, 学生は,大学という組織体に属して,その大 学の学生という身分・地位を取得して,指 導・教育を受け,大学の学則に従うという要 素が示された。これは,在学契約により,学 生が,大学という組織体に所属する,という 在学契約の団体法的な側面10) が示されたも のということができる。もっとも,大学は, 教育機関であることから,「教育法規や教育 の理念」によって規律されることから,(在 学契約が私法上の契約である,といえども,) 取引法上の原理が適用できない側面も「少な からず」存在することが示された。 大学が負担する教育サービスは,科目の担 当教員によって提供される。担当教員は,大 学の債務の履行補助者または履行代行者11) としての地位にたつ12)。教員が提供する教 育サービスの内容は,各大学の教育理念や教 育方針13) のもと,それぞれの担当科目につ いて,学術の研究者として,「深く専門の学 芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能 力を展開させること」ができる内容である必 要がある,と考えられる。具体的には,教員 の担当科目のシラバスが教育サービスの内容 となる,と考える14) 。ただ,その教育サー ビスの性質・程度(品質)を判断・評価する ことは難しい15) 。教育サービスを提供する 債務は,「為す債務」に分類され,その程度(品 質)は,深く専門の学芸を研究した内容とな る(学校教育法 83 条,83 条の 2)が,どの ような・どの程度の内容が,深く専門の学芸 を研究した内容−専門的な研究に根ざした教 育とでもいうか16) −となるのかは判断・評 価が難しい17),18) 。教育サービスの提供に当 たっては,民法 644 条を類推適用して,在 学契約の本旨に従い,「善良な管理者の注意 をもって」,教育サービスを提供する義務を 負うことになろうか。もっとも,学生を一定 の水準(シラバスでいう「到達目標」)にま で到達させる,という結果の実現(結果債 務)までは要求されていない,と考えられる 19) 。大学(具体的には,講義を担当する教員) の教育サービスの提供には,幅広い裁量権が 認められている20)。 また,大学は,教育サービスの提供に必要 な教育施設などを利用させる義務を負う。大 学は,図書館,情報施設・設備,体育館やグ ランドその付属施設・設備,その他様ざまな 学習サポート施設・設備,留学や就職支援の ための施設・設備などを利用させる義務を負 担する。 大学の教育サービスなどの提供に対して, 学生は,対価を支払うことになる。本判決は, 学納金には,「〔1〕入学金,〔2〕授業料(通 常は初年度の最初の学期分又は初年度分)の ほか,〔3〕実験実習費,施設設備費,教育充 実費などの費目の金員,更には,〔4〕学生自 治会費,同窓会費,父母会費,傷害保険料な
どの諸会費等(以下「諸会費等」という。)」 が含まれる,としている。このうち,〔2〕の 授業料と〔3〕の実験実習費,施設設備費, 教育充実費などが,「一般に,教育役務の提 供等,在学契約に基づく大学の学生に対する 給付の対価としての性質を有するものと解さ れ」,〔4〕の諸会費も,「一般に,学生が大学 において教育を受け,あるいは学生の地位に あることに付随して必要となる費用として納 付されるもの」と解される,とする。この点 について,多くの学説が,大学の教育サービ スの提供などと,〔2〕授業料,〔3〕実験実習費, 施設設備費,教育充実費などが対価関係に立 つ,と解している。〔4〕の諸会費は,学生が, 「部分社会を形成する組織体である大学の構 成員としての学生の身分,地位を取得,保持 し,大学の包括的な指導,規律に服するとい う要素」の対価でもある,と考えられる。し たがって,学納金は,〔1〕の入学金を除いて, 大学の教育サービスなどの提供と,「部分社 会を形成する組織体である大学の構成員とし ての学生の身分,地位を保持し,大学の包括 的な指導,規律に服するという要素」の対価 である,と考える21),22) 。もっとも,大学の 教育サービスなどの提供は,学生の納付金だ けで賄われているわけではなく,国からの補 助金でも補われていることから,大学の教育 サービスなどの提供と,学納金とが完全な対 価関係にたっているわけでもない23) 。この 点からも,在学契約に,取引法上の原理を全 般的に適用することが適切でないことが理解 できる。 〔1〕の入学金については,本判決の「学生 が当該大学に入学し得る地位を取得するため の対価としての性質を有するものであり,当 該大学が合格した者を学生として受け入れる ための事務手続等に要する費用にも充てられ ることが予定されているもの」と解すること に賛同する。 本判決は,学生が大学に所属することにつ いて,「在学契約は,学生が,部分社会を形 成する組織体である大学の構成員としての学 生の身分,地位を取得,保持し,大学の包括 的な指導,規律に服するという要素も4有して いる」(傍点は足立)として,「部分社会を形 成する組織体である大学の構成員」となるこ とを,付随的な要素として捉えているように みえる。足立は,学生が大学の構成員となる 権利(,反対に,学生が大学に所属すること を認める大学の義務),言わば,大学「在学 契約」の団体法的な24)共同体的要素25)も重 視すべきである,と考える26),27)。学生が大 学という組織体に所属することも,在学契約 の付随的な要素ではなく,学生の学納金の支 払いとも対価関係にたつ中核的な要素であ る,と考える28) 。学生は大学という組織体 の構成員になることで,講義・ゼミなどを通 じて,大学教員(研究者)との関係を取り結 び(知的・人間的交流を深め),大学の様ざ まなサービスを受けることで大学職員との関 係を取り結び(教育の私事性が表れる部分で ある29) ),講義・ゼミナールや部・サークル 活動などを通じて,先輩・後輩に限らず,学 生同士の人間的関係(親友,恋人など)を構 築し,さらには,大学卒業後も,(在学契約 の余後効として)同窓会・後援会への参加資 格を得て,大学が提供する様ざまなサービス であったり,現役学生との交流の機会をもつ ことができる。学生は,大学に所属すること で,大学卒業後も,一生,大学との関わりを 持ち続けることができるのである。(新型コ ロナウイルス感染症による混乱を通じて,大 学の在学契約のこうした側面の重要性が改め て明らかになったように思われる。)学生は, 在学契約を通じて,大学の構成員となること で,事実上の利益だけではなくて,(卒業後 も含めて)多様な利益を享受することができ る。このような身分,地位を取得することも, 大学の在学契約の主要な法的効果である,と 考える。もっとも,このように考えると,学
生の学納金は,在学期間中受けるサービスに 対しての対価だけではなく,在学期間後に受 けることができる(大学構成員(卒業生)と しての)様ざまなサービスとも考えられるし, 将来の学生教育ための拠出金でもあると考え られる30)。 また,学生は,在学契約によって大学の構 成員となることで,大学の学則などのルール に服することになる。在学契約の附合契約と しての性質である31) 。大学の提供する教育 サービスの定型性や機会の均等(公平性)を 考えるに32),33),首肯できる性質である。
3.若干の考察とまとめ
最判平成 18 年 11 月 27 日が判示した大学 「在学契約」の法的性質−「在学契約は,複 合的な要素を有するものである上,…大学の 目的や大学の公共性(教育基本法 6 条 1 項) 等から,教育法規や教育の理念によって規律 されることが予定されており,取引法の原理 にはなじまない側面も少なからず有してい る。以上の点にかんがみると,在学契約は, 有償双務契約としての性質を有する私法上の 無名契約と解する」−は,その内容の具体化 が必要であるとはいえ,大学と学生との法的 関係を規律する基準として受け入れることが できる,と考える34) 。 新型コロナウイルス感染症の影響による大 学教育の混乱で,改めて,在学契約の内容や 大学のあり方が注目を浴びた。ここで,1. はじめに,でも挙げた授業料の減額の問題に ついて簡単にコメントをしておきたい。 対面講義の機会が奪われ,オンラインでの 講義となり,キャンパスの教育施設や設備な どの利用が禁止,制限され,大学の構成員と して教職員や学生同士の人的交流が制約され た学生が,授業料などの学納金の返還を求め ることは理解できる。在学契約は,取引法の 原理にはなじまない側面も有するが,「有償 双務契約としての性質を有する私法上の無名 契約」である。在学契約のそうした性質から, 学生の主張(・大学の主張)を考えてみよう。 在学契約は有償双務契約である以上,教育法 規や教育の理念が考慮されなければならない 側面を除いては,有償契約に関わる規定が準 用される(民法 559 条)。 対面講義の機会が奪われたこと,キャンパ スの教育施設や設備などの利用が禁止,制限 されたこと,大学の構成員として構成員同士 の人的な交流が制約されたこと,反対に,大 学が,それらの教育サービスなどを提供でき なかったこと,制限的にしか提供できなかっ たこと,これらは,大学に帰責事由があった わけではなく,新型コロナウイルス感染症の 流行という,言わば,不可抗力に基づくもの である。危険負担制度(民法 536 条)の問 題とも言えそうである。もっとも,教育サー ビスの提供は,対面講義で行わなければなら ない,というものでもない(学校教育法 84 条は,大学は,通信による教育を行うことが できる,としている)。先述のように,教育 サービスの提供には,大きな裁量性が認めら れている35) 。確かに,キャンパスの教育施 設や設備などの利用が禁止,制限され,大学 構成員同士の人的交流が制約されたことは, 学生の学納金の支払いとの対価関係を損なう ものであるように思われる。ただ,難しいの が,それらのサービスの提供ができない,制 約されていることの原因が,新型コロナウイ ルス感染症の感染予防にある,という点にあ る。大学は,大学構成員に対して安全配慮義 務を負担している。「安全配慮義務」とは, 「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触 の関係に入つた当事者間において,当該法律 関係の付随義務として当事者の一方又は双方 が相手方に対して信義則上負う義務として一 般的に認められるべきもの」とされる(最判 昭和 50 年 2 月 25 日民集 29 巻 2 号 143 頁)。 在学契約において,学校(大学も含む)が,号152頁以下(同『教育私法論 私法研究著作集 第12巻』(信山社,2000年)45頁以下所収), 同「在学契約の特質」NBL943号64頁以下,同 「在学契約の非典型契約性」(椿寿夫・伊藤進 編『別冊 NBL No.142 非典型契約の総合的検討』 (商事法務,2013年))159頁以下,内田貴「民 営化(privatization)と契約 (5) −制度的契約 論の試み」ジュリ1309号46頁以下(同『制度 的契約論−民営化と契約』(羽鳥書店,2010年) 72頁以下所収),織田博子「在学契約と安全配 慮義務」(「伊藤進教授還暦記念論文集」編集委 員会編『民法における「責任」の横断的考察 伊藤進教授還暦記念論文集』(第一法規,1997 年))253頁以下,平野裕之「在学契約の成立, 法的性質及び入学金をめぐる判例総合研究−学 児童・生徒・学生に対して安全配慮義務を負 担する36) ことは,学校事故に関する裁判例 の積み重ねで認められている37),38) 。大学の 安全配慮義務に基づく,キャンパスの教育施 設や設備などの利用の禁止・制限,大学構成 員同士の人的交流の制約(,さらには,対面 授業の代替としてのオンライン講義)で生じ た対価リスクを,大学と学生のどちらが負担 するか,という問題である39),40) 。さらには, 先述のように,大学の教育サービスの提供な どには,国からの補助金で賄われている面も あるので,学生の学納金と完全な対価関係に ある,ということもできない。しかし,(新 型コロナウイルス感染症による影響と言えど も,)在学契約で予定されていたサービスな どが完全には提供できていないことは事実で ある。学生には,憲法 26 条 1 項により,教 育を受ける権利が保障されており,それに基 づいて,在学契約を解除することも可能であ る41)。(学納金の返還請求が問題となるが,) それによって,学生の教育を受ける権利(憲 法 26 条 1 項)が保障されるわけではなく, 何の解決にも至らない。在学契約は、学生の 教育を受ける権利を保障するものでなければ ならない。したがって、学生は,大学に対し て在学契約に基づき、教育サービスの履行 請求や、契約(内容)不適合責任(民法 562 条以下の準用)を求めていくことが可能であ る42) 。オンライン講義の充実(講義のやり 方や内容・質の向上、など。「もっと学ばせ て欲しい。」)であったり,対面講義や教育設 備や施設の利用のための感染予防対策の徹底 であったり(安全配慮義務の徹底)43) ,(オ ンラインや感染予防を徹底したうえでの)大 学構成員との人的交流の機会の設置であった り,などである。 在学契約を私法上の有償双務契約としての 性質を有する私法上の無名契約と解すること により,大学・学生双方の義務の内容を明確 にしていくことが必要となった44) 。そして, 新型コロナウイルス感染症の影響による混乱 から,大学が提供する教育サービスの内容, さらには,そのあり方,究極的には,大学の 存在意義を,改めて考えることも必要となっ た45)。2020 年 11 月現在,新型コロナウイル ス感染症の流行の終息が見えないが,不幸中 の幸いとなるように,在学契約の内容の明確 化,さらには,大学教育のあり方についても 考えていきたい46),47) 。 以上 1) たとえば,「負担強いられる弱者たち 学費が 支払えず中途退学も… 学生アルバイトの生活 難」週刊東洋経済6931号(2020年6月27日号) 58・59頁などを参照。 2) 新型コロナウイルス感染症の混乱が法律関 係や法的問題に対して与えた影響について,主 要な法律雑誌でも連載や特集が組まれている。 たとえば,「新連載 / パンデミックと法実務」 ジュリスト1547号44頁以下,「新型コロナと法 【リレー連載】」法セ65巻7号4頁以下,「小特 集 感染症対策の正義と法」法時92巻9号61頁以 下など。 3) 在学契約の法的性質については,兼子仁『教 育法〔新版〕』(有斐閣,1978年)400頁以下, 伊藤進「在学契約と契約理論」季刊教育法30
納金返還請求訴訟判決を契機として−」慶応ロ ー 1号336・337頁を参照。 在学契約全般の最近の問題状況については, 織田博子「役務契約 (3) 就学契約」(内田貴・ 大村敦志編ジュリ増刊『民法の争点』(有斐閣, 2007年))256・257頁を参照。 在学契約と民法改正の関係については,星野 豊「教育と法(第101回)『在学契約』と民法改正」 月刊高校教育50巻9号90頁以下,同「在学契約 の特徴と問題点―『在学契約』概念は必要か」(安 永正昭他監『債権法改正と民法学Ⅲ 契約⑵』(商 事法務,2018年))397頁以下を参照。星野は, 学校と生徒などとの関係を「在学契約」として 捉えることに慎重である。 なお,大学の在学契約と,小学校・中学校・ 高等学校の在学契約は,同じ在学契約と言って も,その内容は異なる。後者は,前者と比べて, 教育法的な要素の比重が大きくなり,前者は, もちろん教育法的な要素も含まれるが,私法・ 契約法的な要素の比重が大きくなる,と考える。 4) 加藤正男「判解」最高裁判所判例解説民事篇 平成18年度1203・1204頁,潮見佳男「『学納金 返還請求』最高裁判決の問題点 ( 下 ) −民法法 理の迷走」NBL852号55頁など。 なお,在学契約の法的性質やその効果が問題 となった判例・裁判例のカタログは,兼子仁・ 市川須美子「教育判例の概観−教育法学の見地 から」(兼子仁編『教育判例百選〔第3版〕』別 冊ジュリ118号(有斐閣,1992年))2頁以下, 内田「民営化(privatization)と契約 (5)」ジ ュリ1309号46・47頁,平野「在学契約の成立, 法的性質及び入学金をめぐる判例総合研究」慶 応ロー 1号331頁以下を参照。 5) 本判決を含め,同日付に判示された5つの判 決についての評釈として,「〈特集〉『学納金返 還請求』最高裁判決を読んで」NBL849号8頁 以下のコメント,潮見佳男「『学納金返還請求』 最高裁判決の問題点 ( 上 )・( 下 )−民法法理 の迷走」NBL851号74頁・852号55頁,笠井修 「判批」ひろば60巻6号54頁,後藤巻則「判批」 民商136巻4・5号611頁,今西康人「判批」判 評586号(判時1981号)179頁,加藤「判解」 最高裁判所判例解説民事篇平成18年度1259頁, 同「判解」ジュリ1341号155頁などを参照。松 丸正「【大学の常識を覆す】私立大学前納学納 金返還訴訟」法セ626号38頁は,学納金返還請 求訴訟に携わった弁護士が事件の経緯について 語ったものである。 6) 改正前の条文であり,現在は,学校教育法 83条となる。 7) 大学の在学契約の場合,在学契約の当事者 は,大学と学生だろうが,小学校・中学校・高 等学校の在学契約の当事者は誰か,について は議論がある。伊藤進「在学契約」(稲本洋之 助他著『民法講義5 契約』(有斐閣,1978年)) 346頁,織田「在学契約と安全配慮義務」270 頁以下を参照。 8) この意味での信頼関係とは異なるが,講義・ ゼミナールにおいても,学生との信頼関係の構 築が重要である,と考える(教育の私事性)。 それが,学生が大学に属することの一つのメリ ットでもある,と考える。 9) 大学における授業科目の単位授与(認定)行 為と司法審査が問題になった最判昭和52年3月 15日民集31巻2号234頁によれば,「大学は,国 公立であると私立であるとを問わず,学生の教 育と学術の研究とを目的とする教育研究施設で あつて,その設置目的を達成するために必要な 諸事項については,法令に格別の規定がない場 合でも,学則等によりこれを規定し,実施する ことのできる自律的,包括的な権能を有し,一 般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成し ている」とされる。在学契約の性質決定をめぐ る学説においても,部分契約的在学契約という 説も主張されている。もっとも,本判決の「部 分社会」という表現は,大学という組織体につ いての憲法的・行政法的な問題意識に引っ張ら れての表現で,特別な意味があるわけではない, と考える(兼子『教育法〔新版〕』401・402頁, 笠井「判批」ひろば60巻5号57頁も参照)。 10 ) 伊藤「在学契約の非典型契約性」161頁は,「組 織型」契約と呼ぶが,足立の「団体法的な側面」 もほぼそれと同旨である,と思われる。 11 ) 中田裕康『債権総論 第三版』(有斐閣,2013 年)139頁以下を参照。 12 ) 平野裕之「教育サービスの債務不履行とその 救済−『自由裁量論』及び『客観的評価の困難 性』―」慶応ロー 3号154頁。 13 ) 各大学・学部・学科で,その教育方針が「入 学者受入の方針」(アドミッション・ポリシー), 「教育課程編成・実施の方針」(カリキュラム・ ポリシー),「卒業認定・学位授与の方針」(デ ィプロマ・ポリシー)として掲げられている。 14 ) 苅谷剛彦・吉見俊哉『大学はもう死んでい る? トップユニバーシティからの問題提起』 (集英社新書,2020年)57頁以下,特に60頁
によれば,ハーバード大学では,「シラバスは 学生との契約書」と言われる,とされる。もっ とも,経験上,「シラバス」に記載した講義目 的・概要,講義計画,成績評価などは,学生の 理解度,さらには,教員側の事情で変更される こともあり,日本では(自分だけかもしれない が,)教育サービスの内容が,「シラバス」に拘 束されるとは言い難いところである。平野「教 育サービスの債務不履行とその救済」慶応ロー 3号153頁以下を参照。 15 ) 平野「教育サービスの債務不履行とその救済」 慶応ロー 3号162頁を参照。平野は,松本恒男 「サービス契約」(山本敬三他『別冊 NBL51号 債権法改正の課題と方向−民法100周年を契機 として−』(商事法務,1998年))210・211頁 で示されるサービス契約の特徴が参考となる, とする。すなわち,松本は,サービス取引の特 徴として,①視認困難性,②品質の客観的評価 の困難性,③復元返還の困難性,④貯蔵不可能 性,⑤提供態様の多様性,⑥信用供与的性格(先 履行性,同時履行に適しないこと)を挙げてお り,確かに,⑤の先履行性を除いては,教育サ ービスにも当てはまる特徴である。 16 ) もっとも,この点は,大学の教育と,それ以 外の学校(塾,予備校や専門学校)の教育とを 区別する一つの基準となりうる,と考えている。 大学教員は,それぞれの専門分野について研究 し,それを発表する義務がある,と考える。そ れは,大学との契約上,当然のことでもあるし, 在学契約からも,学生への義務である,と考え る。さらにマクロな視点から言えば,社会に対 しての責任でもある。 17 ) 平野「教育サービスの債務不履行とその救済」 慶応ロー 3号155頁以下,246頁以下,特に246 頁,249・250頁。同『債権総論』(日本評論社, 2017年)22頁は,民法401条1項を類推適用して, 大学教育のサービス内容に応じた,中等な品質 のサービスが必要である,という。 18 ) 教育サービスをめぐる判例・裁判例について は,平野「教育サービスの不履行とその救済」 慶応ロー 3号170頁以下を参照。たとえば,松 本「サービス契約」215頁が挙げる浦和地判平 成2年6月29日判時1371号125頁では,「憲法に より保障されている学問の自由には大学におけ る『教授』,すなわち教育の自由も含まれており, 講義内容の当否には批判能力を有することが期 待されている学生や同僚の批判に専ら委ねられ るべき」である,とする。 19 ) 平野「在学契約の成立,法的性質及び入学金 をめぐる判例総合研究」慶応ロー 1号334頁, 同「教育サービスの債務不履行とその救済」慶 応ロー 3号152頁を参照。平野も指摘するよう に,この点,大学の教育は,試験対策に特化し た予備校や専門学校の教育とは異なる点であ る,と考えられる。 20 ) 加藤永一「学校教育契約」(遠藤浩他監修『現 代契約法大系 第7巻 サービス・労務供給契約』 (有斐閣,1984年))270頁,平野「教育サー ビスの債務不履行とその救済」慶応ロー 3号 153頁以下,梶山玉香「学校教育の内容に対す る親の権利について−在学契約論からのアプロ ーチ−」同法64巻7号656頁を参照。 21) 伊藤「在学契約の性質」NBL943号66頁は, 「『有償』在学契約では,授業料などの学納金は, 単なる,学校の『教育役務の提供・施設利用』 に対する対価ではない。形式的には『学校部分 社会身分取得』の対価のようにもみえるが,実 質的には,『学校教育』を遂行する『特殊部分 的社会である学校』への拠出的性格を持ったも のとみるべきである」とする。 学納金は,大学の教育サービスなどの提供の 対価であるとしても、教育サービスを受けてか ら支払うものではなく―この点が,委任(・準 委任)契約や請負契約と異なる点である―,教 育サービスを受ける前に支払うものである―そ れゆえに,授業料の減額(返還請求)を求める 主張がなされた。学納金のこうした性格から, 伊藤は,学納金が拠出的性格をもつものであり, 「特殊部分的社会である学校」に加入するため の対価でもある,とする。同感である。 22) 平野「在学契約の成立,法的性質及び入学金 をめぐる判例総合研究」慶応ロー 1号338頁は, 「学生たる地位を取得することに対価関係があ るわけではなく,契約内容から切り離してよい 問題」である,とする。 23) 平野「在学契約の成立,法的性質及び入学金 をめぐる総合判例研究」慶応ロー 1号334頁, 同「教育サービスの債務不履行とその救済」慶 応ロー 3号152頁を参照。 24) 笠井「判批」ひろば60巻6号57頁は,「組織 体の構成員となる契約であれば,団体に関する 法理になじむ面があることになり,任意脱退を 認めることの合理性(その現われとして,たと えば〔民法〕678条参照)が在学契約にもあて はまる可能性が出て」くる,とする。在学契約 が団体法的な側面も含む契約である,と解する
のであれば,この方向での検討も必要になって くる。 25) 伊藤「在学契約の性質」NBL943号65頁は, これを,学生が「学校に加入し,身分地位を取 得して特殊部分的社会の構成員になるという 『組織型』契約要素」と呼ぶ。この「『組織型』 契約要素については,学校があらかじめ組織し た組織体に加わるという意味において,典型契 約としては組合契約とも異なる。それは,営利 性を抜きしてたとえていえば,事業方針に従っ て経営を行っている株式会社と,その社員とし て主体的に加入する株主の関係にも似た要素を 持った『組織型』契約に近似するものとみるべ きである」とするが,学生と株式会社の社員と の対比には違和感をもつ。 26) 伊藤「在学契約の性質」NBL943号64・65頁。 27) 個人的には,大学の起源は,プラトンが開い た学園アカデメイア(,あるいは,ソクラテ スが人生や徳について対話したアテナイの公共 広場や体育場)にあったのではないか,と考え る(納富信留『プラトンとの哲学 対話編をよ む』(岩波新書,2015年)2頁以下を参照)が, 大学が組織化・制度化される以前の教授契約 (societas,学生と教師は socius(socii)となる) 的な要素は,いまだ存在すると考える(もちろ ん,初期の教授契約のように,主従関係や保護 者・被保護者的関係をもつものではない)。児 玉善仁「『教育関係』の契約論的考察−その法 社会学的・哲学的基盤−」甲南大学教職教育セ ンター年報・研究報告書2012年度15頁,18・ 19頁などを参照。なお,大学が組織化・制度 化された以降の発展については,勝田有恒・森 征一・山内進編著『概説 西洋法制史』(ミネル ヴァ,2004年)121頁以下を参照。初期大学では, 学生は,出身地を同じくする者が集まって,相 互扶助のための同郷会(natio)を組織してい たが,イタリアの商人や職人が利権と自営のた めに結成していた同業者組合(universitas)に ならって,大学団を結成した。他方で,教師も, 教師団体(collegium)を結成していた。学生 と教師の関係は,私的な契約であり,知識の売 買契約であった,とされる。 28) 平野「在学契約の成立,法的性質及び入学金 をめぐる判例総合研究」慶応ロー 1号338頁は, 「学校社会への加入ということを在学契約の中 身として考えるべきではない」とする。 29) 北澤純一「教育関係の契約」(内田貴・門口 正人編集代表『講座 現代の契約法 各論2』(青 林書院,2019年)62頁によれば,「教育関係は, 被教育者が教育者から教えを受けて学ぶという 享受的精神活動と,教育者が被教育者を教える ことで自らも成長するという互恵的精神活動か らなる営みであり,学ぶ者と教える者の関係性 に即して密度が定まるという(私事性)を有す るのである」。このことは,大学教育において も当てはまる,と考える。 30) 伊藤「在学契約の特質」NBL943号66頁は, 授業料などの学納金は,「実質的には,『学校教 育』を遂行する『特殊部分的社会である学校』 への拠出的性格をもったものとみるべきであ る」とする。伊藤には,足立のように,将来の 学生教育のための拠出金的な意図はないようで ある。 31) 学則などの効力については,伊藤進「在学契 約」(稲本洋之助他著『民法講義5 契約』(有斐閣, 1978年))347頁,織田「在学契約と安全配慮 義務」269頁を参照。もっとも,学則も,教育 法規や教育の理念などに服することになる。 他方で,「入学要項など」は,民法548条の2 以下の「定型約款」のルールに服することにな る(北澤「教育関係の契約」66頁を参照)。 32) 教育内容および方法の定型化については,最 大判昭和51年5月21日刑集30巻5号615頁〔旭川 学力テスト事件〕を参照。 33) 内田「民営化(privatization)と契約 (5)」48頁, 50頁,梶山「学校教育の内容に対する親の権 利について」同法64巻7号656・657頁も参照。 34) 潮見「『学納金返還請求』最高裁判決の問題 点 ( 下 )」NBL852号55・56頁は,本判決の在 学契約の性質決定にあたって,判決文中で言及 されている「学生の大学選択の自由・教育を受 ける権利・教育を受ける自由,ひいては学生の 意思の尊重という観点」が考慮されなかったこ とに疑問を呈している。笠井「判批」ひろば57 頁も,在学契約の特質である複合性と公共性が, 「『有償双務契約としての性質を有する私法上 の無名契約』というきわめて抽象的な性質決定」 と,どのように結び付いたのかは分かりづらい, とする。また,本判決の「部分社会」という用 語にも疑問が残る,とされる 35) 知識の提供という点に着目すれば,(録画を するなどして)再現可能なオンライン講義には, メリットがあるが,知的,道徳的および応用的 能力の展開を含んだ人格的な教育を施していく という点を(大学教育にも,そういう面も多分 に含まれていると考える)について,オンライ
ン講義で展開していくためには,工夫が必要で ある。 もっとも,大学の講義のオンライン化が進み 過ぎると,講義がコース(パッケージ)化され て,コースごとに対価が設定される(講義の商 品化),ということにもなりかねない。講義の 商品化が進むと,講義(・研究)の内容,質や スキルが問われ,大学教員の淘汰が生じるかも しれない。北澤「教育関係の契約」77・78頁は, 「教育を受ける権利」の重要性から,このよう な危険性についての警鐘を鳴らしている。 36) 大学の教職員に対しては,雇用契約に基づい て,大学の安全配慮義務が認められる。中田『契 約法』495頁を参照。 37) 伊藤浩「判批(東京地判平成2年6月25日)」 ジュリ984号187頁,滝沢聿代「安全配慮義務 の位置づけ」(星野英一・森島昭夫『現代社会 と民法学の動向 上 不法行為』(有斐閣,1992 年))304頁,織田博子「在学契約と安全配慮 義務」273頁以下,特に,274・275頁,高橋眞「学 校事故と安全配慮義務―安全配慮義務の構造に 関する準備的考察―」法雑55巻3・4号270-272 頁,280・281頁,梶山玉香「在学契約上の配 慮義務と履行請求権−特別支援教育からの示唆 −」同法60巻7号233頁以下,同「学校教育の 内容に対する親の権利について」同法64巻7号 653頁,北澤「教育関係の契約」78頁以下を参照。 織田「在学契約と安全配慮義務」273頁以下 は,学校の安全配慮義務の内容として,安全配 慮義務の履行請求権,説明義務,事故報告義務, 顛末報告義務がある,とする。また,梶山「在 学契約上の配慮義務と履行請求権」同法60巻7 号234・235頁は,「学校が児童生徒の『生命及 び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義 務』は,時として,在学契約における本質的な 要素を構成する」とする。 38) 新型コロナウイルス感染症による大学(・学 校)の安全配慮義務を考えるにあたっては,東 日本大震災による津波被害で学校の安全配慮義 務が問題になった裁判例が参考になる,と考 えている。たとえば,仙台地判平成25年9月17 日判時2204号57頁(幼稚園の在園契約),仙台 高判平成30年4月26日判時2387号31頁(大川小 学校事件),学校が被告となった事件ではない が,仙台高判平成27年4月22日判時2258号68頁 (七十七銀行事件)などである。学者の論考と しては,米村滋人「判批(大川小学校事件)」 リマークス59号58頁,板垣勝彦「リスク社会 と行為規範の設定―大川小学校の惨劇が遺した もの」ジュリ1542号98頁,高橋眞「自然災害 と使用者の安全配慮義務―七十七銀行事件の遺 したもの―」法雑62巻3・4号366頁以下,同「安 全配慮義務の組織性・科学性・目的性―大川小 学校津波事件控訴審判決について―」法雑65 巻3・4号392頁以下を参照。 39) 教育サービスのオンライン化にともない,多 くの大学が,学生に対して,通信環境整備など のための支援金を支給した。この支援金の性質 は,ある意味,大学からの教育施設・設備提供 のための給付と考えることもできそうだし(学 納金の一部返還に当たるとも言えようか),チ ャリティとして支給されたものとも考えられる (難問である)。 支援金は,大学の構成員である学生に支給さ れたものである。このことは,大学「在学契約」 の団体法的な共同体的要素の表れでもある,と 考えられる。 40) 私見だが,このリスクは,大学・学生のどち らが負担するか,という問題ではなく,また, 大学が学納金の返還に応じるか,学生に金銭的 支援を与えるか,で解決する問題でもなく,教 育部門への公的資金の注入で解決すべき問題で ある,と考える。教育は,将来の社会を担って いく人材を育成する場である。 41) 在学契約の解除については,差し当たり,後 藤「判批」民商136巻4・5号188頁以下,同「学 納金返還請求訴訟」法教322号9・10頁を参照。 在学契約の解除という点から考えるに,学 生の退学・除籍という処分についても,その取 扱いの合理性・妥当性を改めて考えてみる必要 があるように思われる(が,その問題は,本稿 の問題意識からは外れるため,ここでは扱わな い)。加藤正男「判解(最判平成18年11月27日 民集60巻9号3437頁)」最高裁判所判例解説民 事篇1209・1210頁,1233頁(注20)も参照。 42) 平野「教育サービスの債務不履行とその救済」 慶応ロー 3号250-252頁を参照,梶山「学校教 育の内容に対する親の権利について」同法64 巻7号659頁を参照。 43) 安全配慮義務の履行請求については,差し当 たり,鎌田耕一「安全配慮義務の履行請求」(水 野勝先生古稀記念論集編集委員会編『労働保護 法の再生─水野勝先生古稀記念論集』(信山社, 2005年))359頁以下,宮本健蔵「安全配慮義 務の履行請求権と裁判上の抽象的履行請求」志 林118巻1号9頁以下を参照。
44) 「在学契約」論の可能性について,梶山「学 校教育の内容に対する親の権利について」同法 64巻7号660・661頁を参照。 45) 個人的にも,大学,そして,自らの教育のあ り方を見直すきっかけとなった。 46) 本稿のトピックである在学契約,役務提供契 約,安全配慮義務などに関わる文献・資料を網 羅的に参照し検討することができなかったが, 2020年11月現在での自分の考えとして,論考 として甚だ不十分であることを承知のうえで, 発表させていただいた。 47) 学生にも,これを機会に,大学で学ぶ意味, 学問を修める意義を考えて欲しいと思う。単位 を取ること,良い就職をすることだけが,大学 で学ぶ意義,学問を修める意義ではないだろう。 我われ大学教員も,その意義を考え,考えた ことを学生に伝えていかないとならない。先行 きが不透明な時代・社会であるからこそ,学問 の意義や可能性,学ぶことの意義を改めて考え る必要がある。