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「19世紀後期のピアノ音楽への一考察 : イサーク・アルベニスの作品を中心として」

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(1)平成6年度 学位論文. 「19世紀後期のピアノ音楽への一考察 イサーク・アルベニスの作品を中心として一 」. 教科・領域教育専攻・芸術系音楽コース. M91653G植田栄子.

(2) 目次. 凡例 序章・・・・・・・・・・…. 1.「イベリア組曲第1集」より. 一一一一一一一一一一一一一 “エボカシオン”の分析…. ll.アルベニスの音楽形成…. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …. 皿.古典への回帰・・・・…. ・ ・ ・ ・ …. IV. 「イベリア組曲」の分析・・. ’’’” @・・・…. 結び・・・・・・・・・・…. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …. あとがき・・・・・・・・…. ’ ’ ’ ’ ’ ”. ・ …. 引用文献及び主要参考文献…. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …. 一 ・ ・ 52. 謝辞. 一 ・ ・ …. 7. 15. 34. 一・38. 一 ・46. 一 ・50. P.

(3) 凡例. 1.r』引用文献を示す場合に用いる。 2.「」引用文、曲名又は作品集を示す場合に用いる。 3. “”作品集の中の曲名を示す場合に用いる。. 4.〈〉特定の語句に対する強調を示す場合に用いる。. 5.[]日本語に対するカタカナ、あるいはアルファベットに対する日本語を示 す場合に用いる。 6. 〔〕引用文献の出典を示す場合に用いる。. 7.語、語句の例、説明、及び補足事項はOで示す。 8.舞曲名、曲種名、外来語に関しては、カタカナ表記の後にアルファベットで 表記する。但し、一般的に外来語として定着しているものに関しては、アルファ ベットのみの表記とする。. 9.外国人名は、カタカナ表記の後アルファベットの綴りと、Oにおいて生没 年あるいは在位期間を表記する。. 【註】2,3,6,8,9に関して、その語句の2回目以後の使用の場合は、力タカ ナのみで表記するものとする。.

(4) 序章. バルセロナ・オリンピックが開催された年、すなわち1992年を前後して、スペ インは、現在最も注目を浴びている国のひとつであると言えよう。この国では、. 次に示す二つの点から、文化、芸術面において、独自の民族芸術の発展が見られ るのであった。. まず、諸民族の流入という観点から見てみたい。先住民族であるイベロ族、フェ ニキア人、ローマ人、5世紀の始めには西ゴート族に代表されるゲルマン諸族の 大移動、あるいは8世紀から15世紀にかけてのアラビア(モーロ)人の侵入など、. イベリア半島に多数の民族が交錯したため、15世紀以前にはすでに多種多様の文 化・音楽が存在していたことになる。そして、これらの諸々の音楽を直接フラメ ンコ音楽に結び付ける役割を果たしたのは、ジプシー達であった。その傾向は、. 特にアンダルシア地方において顕著に見られる。次に、文化の伝播ということか ら見れば、険しいピレネー山脈が一種の障壁になり得る事からも分かるように、 スペインは、独特の地理的環境のためにヨーロッパ大陸とは一線を画する形で、. 独特の文化形成が行われたのであった。従って、このような地理的条件は、伝統 的なもの、例えばスペインの代名詞であるく民謡の宝庫〉としての側面を温存す ることに、極めて適した条件であると思われる。. 実際、これらの諸特徴が具現化された現実を、バルセロナ・オリンピックの開 会式で、目の当たりにすることになるのであった。. 選手入場の最初の行進曲として流れた音楽、それは、管弦楽用に編曲されたイ サーク・アルベニスIsaac Atbeniz(1860−1909)の「イベリア組曲」第1集であっ. たのである。この組曲との出会いは、個人的にはそれ以前にあったのだが、残念 なことにその当時は楽譜に追われるばかりで、具体的な事は、何も考える余裕が なかったのであった。その後少しの時間を経て、このような形で再び「イベリア …1一一.

(5) 組曲」に娼会い、管弦楽用に編曲された作品からも、原曲と同様のくスペイン的 なもの〉を漠然と感じることが出来た感動は、未だに忘れられない。. 20世紀初頭における音楽の世界は、アレクサンドル・スクリャビンAlexander Skriabin(1872−1915)の作品に代表されるように、先鋭的な音楽が胎動しよう. としていた時代であったと言える。しかしながら、その中にあって、アルベニス の音楽は、極めて伝統尊重主義的な特色が強く現れている。とは言え、彼の作品、 つまり1906年以後に発表された「イベリア組曲」の中にも、オリヴィエ・メシア ン01ivier Messiaen(1908−1992)を予見させるような部分を見いだす事が出来. るので、「イベリア組曲」での彼の作風を、全て19世紀的であると断言するのも. 問題があると考える。従って、本論では、アルベニスの主だった音楽形成を19世 紀後期、すなわち、初期・中期の作品を中心に考察してみたい。また、その当時、. 文化の中心地であったフランスでは、一般にスペイン趣味が流行していたと言わ れている。本論では、まず、このような社会背景の中で生まれた彼の傑作からい くつかの問題提起を行い、そして初期・中期の作品の中から、<スペイン的なも. の〉とく伝統主義的なもの〉について、作品分析を中軸に考察して行きたい。特 に後者については、アルベニスの楽曲における、一種独特とも呼べるく時間的概 念〉の変遷という観点から捉えることを目的とした。. 最後に、演奏の立場から作品を分析する、という作業の中で、西洋芸術音楽の 歴史上におけるアルベニスの位置付けを再確認してみたい。なぜならば、彼の業 績なしには、4世紀の西洋音楽の歴史的発展はあり得なかったと考えるからであ るQ. 西洋芸術音楽の歴史を振り返る時、それは、あるひとつの図式によって理解さ. れ得る。すなわち、ルネサンスRena i ssanceバロックBaroqueなど一般に利用 されている音楽上の時代区分の場合に、そこには中心的な役割を為す国家の存在 一2一.

(6) が明確となっていたり、その時代の音楽様式が顕著にしめされているのである。. それぞれの時代が、ある特定の国の作曲家によって統括、統合されていく、20世 紀以前の西洋芸術音楽における歴史とは、言わばそうした図式の繰り返しであっ たとも言えよう。例えば、中世 9世紀から14世紀末までの時代一において、 創作活動の中心地にあったのは、フランスとドイツであった。その一般的特性と. しては、単旋律聖歌を定旋律に持つ多声音楽polyphony様式の確立があげられ る。特に、アルス・アンティクワArs antiquaの時代として知られる12世紀中 頃から13世紀末までの約1世紀半、その地理的中心地であるパリにおいては、西 洋芸術音楽史上極めて重要な作曲家が多く輩出され、多声音楽は著しい発展を遂. げたのであった。(12世紀後期のレオナンLeonin、13世紀初頭のペロタン Perotinに代表されるノートル・ダム楽派の作曲家達は、オルガヌムOrganum、. ポリフォニック・コンドゥクトゥスPolyphonic conductus、モテトMotetを 作曲した。)一方、西洋芸術音楽史における14世紀の時代は、アルス・ノーヴァ Ars novaと称されている。この時代は、ルネサンスへの過渡期としての位置づ けがなされており、その中心的役割という意味においては、イタリアの作曲家の 台頭が重要視される。(例えば、フランチェスコ・ランディー二 Francesco La ndini(1325−1397)。彼の名前に由来した名称を持つ終止形、すなわち、ランディ. ー二終止Landini Cadenceは、14世紀および15世紀初頭までの西洋芸術音楽で は頻繁に現れている。)また、この時代における作曲の傾向としては、単旋律聖 歌などを音素材として用いるのではなく、楽曲全体を創作する方法が取られ始め るようになってきたことが指摘できよう。15世紀および16世紀は、いわゆるルネ サンス期である。15世紀において西洋芸術音楽の活動の中心地はイギリスに移り、. またネーデルランド地方出身の音楽家達が当時の西洋芸術音楽の指導的役割を担 うことになった。. また、これらの時代において先駆的役割を果たしたのは、スペインであった。 一3一.

(7) 例えば、ルネサンス期におけるスペインの音楽史的意義は、鍵盤楽器音楽最大の 大家、アントニオ・デ・カベソンAntonio de Cabez6n(1510−1566)に代表され. る鍵盤楽器の作曲家であった。彼らによってくディフェレンシアdiferencias> と呼ばれている変奏形式が生み出されたのである。このような音楽家たちが、 1554−1555年にイギリスを訪問したことは、ヴァージナル作曲家への影響という 点で、音楽様式の変遷を考察する場合に極めて重要な意味をもっている。 さて、バロック期において、ドメニコ・スカルラッティ Domenico Scarlatti (1685−1757)が多数のソナタを作曲している。その初期の作品としては、次の、. 2曲集が挙げられる。「グラヴィチェンバロのための練習曲集 Essercizi per gravicembalo」、及び「クラブサンのための組曲集Suite de pi6ces pour le. clavecien」。しかし、これらのソナタは、2部形式で書かれており、現代的意 味におけるくソナタ形式〉とは、異なった性質のものである。スカルラッティの 作品は、ソナタ形式の先駆けではなく、その作風に将来の打弦楽器を意識させる. 点が指摘される事に由来するものであった。しかし、スカルラッティがイタリア 出身の音楽家であったことを考慮するならば、やはり、バロック期の中心的な役 割を担ったのはイタリアであったと言った方が妥当であろう。音楽的な意味合い において、イタリアの勃興はスペインの西洋芸術音楽の歴史が静の状態に陥るこ とを示唆する。このように、バロック時代では、イタリアがその主導権を握って いたが、18世紀に入り、ピアノフォルテが出現した後は、ドイツの作曲家が、そ の指導的立場に立つようになったのであった。. 18世紀半ば頃、美術と文学の双方において新古典主義とロマン主義は同時に生 じてきた。それらは、19世紀を経て20世紀初頭にいたるまでのあいだ、並行して. 温存されたのであった。音楽においても、1750年以降の1世紀はこれら新古典主 義(音楽の場合は古典派を指す)とロマン主義の両方を特徴としていたのだが、. 両者は相並んで進行したわけではなく、ロマン主義の時代は古典派を経て19世紀 一4一.

(8) の初頭に開花したのである。ロマン主義は、フランツ・ペーター・シューベルト Franz Peter Shubert(1797−1828)、フレデリック・ショパンFr6d6ric Chopin (1810−1849)、フランツ・リストFranz Liszt(1811−1886)、リヒャルト・ヴァ. ーグナーRichard Wagner(1813−1883)などの大作曲家を輩出しその後20世紀初 頭まで音楽を支配し続けるのであった。. アーツは、新古典主義とロマン主義の時代を総称して、次のように結論づけて いる。「1750年から1830年までの期間、およびそれ以降には、諸芸術の本質にお いては共通点が存在するが、それらのタイミングは一致していない。」〔Artz/ 望月訳,1983:282〕. このような背景を持つ文化の伝播、発展が、殊に20世紀において、前述のよう なく画一的な図式〉のもとで明瞭な説明がされ得るとは言い難い。いつの時代も 真の歴史観、価値観と言ったものが一様ではないのだが、近代、現代においては、 そうしたものが、ことさら多様性を極めていくのであった。中軸となる現象、つ まり現代音楽を進める推進力となったものは、ドイツロマン主義音楽への反動で. あった。その反動は、地域によって異なった動きを見せていた。必然的に中心的 な役割は、他の国に移行される。再び台頭したのはフランスであった。. ピアノは、その楽器のもつ喚起的能力と楽器そのものの秀逸さのために19世紀 において大きな試練を受けることとなる。すなわち、アクションなど機構の発達 によって、演奏者には自由かつ個性的な演奏の確保が容易になった事が、作曲者 にも、より大胆で自由奔放な奏法の開発と、新たな音楽語法の発見を促したので ある。一方で、ロマン主義の時代は、民族意識の高まりをみせた時代と言うこと もできる。国民意識の成長が自国の伝統や文化的遺産を再認識させたのであり、 民族音楽は、それらの再認識を助長する役割を担っていた。19世紀後期の時代は、. 国民楽派の台頭が顕著になってくる。このように多種多様の背景を持つ歴史の変 一5一.

(9) 遷に対して、もはや同一の枠組みで捉えることが出来なくなっていくのであった。 こうした音楽上の変動は、特にスペインにおいてもその影響を見ることができる。. スペインは、音楽的には民族音楽の伝統が極めて豊かな国であるとして、一般に 知られている。. 西洋芸術音楽史の中では、一般に19世紀のスペインを、〈不毛の時代〉と呼ぶ。 しかし、19世紀後期の時代は主体性を求めた芸術家によって、〈地方主義〉とく. ロマン主義〉が開花し、再びく歴史の先駆的役割〉を担うこととなる。その代表 的な音楽家としては、フェリーベ・ペドレルFelipe Pedre11(184H922)が挙 げられる。彼の音楽家としての精神は、ギルバート・チェイスGiibert Chase の著書rスペイン音楽史』の中で、詳細に述べられている。「歴史的な研究と、 それに劣らぬ熱心さで研究し収集した民謡から着想を引き出していた彼は、創造 的な芸術家として、自分の作品の中で、これら芸術的伝統と民謡的要素を結びつ け、複雑ではあるが等質のものに融合させようとした。」〔Chase/館野訳,1974:. 105〕また、彼は「我々の音楽のために」という宣言書の中で、次のように主張 している。「“真に国民的な音楽の特徴は、民謡や原始的な本能にのみ求めるの. ではなく、各世紀における偉大な芸術家の才能と傑作の中にも見出すべきもので ある。”」〔Chase/館野訳,1974:106〕. このような、ペドレルの「深遠な民族主義」〔Chase/館野訳,1974:107〕を作品の. 中に受け継いだ作曲家としては、次の二人、すなわちイサーク・アルベニス Isaac Albeniz(1860−1909)とエンリケ・グラナドスEnrique Granados(1867− 1916)が挙げられる。当時のスペインでは音楽的な面でオルガンが中心であり、系. 統だった音楽教育が行われていたとは、言い難い。しかし、ここでは特に、アル ベニスを取り上げ、このような環境の下で作曲家がどのような軌跡を辿っていく のか、考察してみたい。また、当時ヨーロッパの作曲家たちがスペインに対して、. 強いあこがれを持っていた。では、このスペイン的なものは何なのか、また、そ 一6.

(10) れをスペイン人がどう考えてきたのか、という問題を取り上げてきた時にアルベ. ニスが極めて重要なポイントになってくる。彼の音楽的体験に関して言えば、文 化の先進国であるフランスの影響をかなり強く受けている。そして創作活動にお いては、フランス的なピアノ奏法を取り入れながら、スペイン的なものも取り入 れている。その点で、彼は特異な問題をはらんでいると言えよう。. アルベニスの音楽作品一ここではピアノ独奏曲に限定一は、極めてその数 が多く、初期のものは四散した状態であり、未だ完全で体系的な目録の作成も十. 分になされていない。しかし、その中で現在確認できる彼の作品を取り上げ、そ こにみられる特徴および才能の断片、あるいはその原形質について若干の考察を してみたい。. まず、最初に「イベリア組曲第1集」より第1曲目“エボカシオン”の分析を行う。. 一7一.

(11) 1 「イベリア組曲」第一集より“エボカシオン”の分析. “EVOCATION想い出魂の呼び寄せ魂の喚起” as−mo11 3/4 AIlegretto espressivo. アルベニスは、祖国に捧げる組曲の第1曲としてにファンダンギーリョの形式 を選択したのであった。ファンダンギーリョとは、ファンダンゴの縮小形の舞曲 である。J. S. Alvarez−Taladrizによれば、ファンダンゴは、次のように定義づ けられるという。. 「イスパニアを中心に行われる舞曲で、歌唱を伴う。概ね快速な3拍子系であり、. 特徴的なリズムパターンを有する。また、音楽と舞踊が、同時に停止するという 特異な表情を示す。伴奏には、常にギターが用いられ、カスタネットも欠かすこ とのできない要素である。但し、芸術音楽の世界では、この伴奏楽器に縛られな い。 」. 〔J.S. A、lvarez−Taladriz,1992:323〕. また、浜田は、彼の著書rフラメンコの歴史』において、ファンダンゴについて、 さらに詳細に言及しながら、次のように述べている。. 「フラメンコを形づくるレパートリーのうち、カンテ・アンダルースと呼ばれる ものの大部分はファンダシゴの系統を引いている」〔浜田,1983:184〕. ファンダンゴにおける構造上の共通点は、「歌は、ほとんど例外なく六つのフレ. ーズからできており、各フレーズは、一定のカデンツ(和声進行)をたどって進 む。」〔浜田,1983:185〕. 一8一一.

(12) フアンダンゴの標準形. ’ tレースの ヘじめの和音. 津1フレーズ. 1 3. フレーズの. ィわりの和音. E. 一・. C. 2 〃. C. →. F. ・’. F. ・→. C. C. 一→. G. ”. G. ・→. C. 6 ”. F. 叫. 4 〃 ’5. E.. (鰍語鴨灘臨) 〔浜田,1883:186〕. 典型的な例としては、以下の曲があげられる。. Metagyeoca ( s g c・ 〉.A一,.Lpt一”.e,v−til!Ejil[itlTtwe. 韓董華華≡藤壷葎ヨ C 9. 3. C ●. ●. C ) E. ) 〔浜田,1983:186〕. ファンダンゴ系の曲は、スペイン音階(ミの旋法)を特徴とする。ただし、第1 小節目にG is音が用いられることなどを除けば、どちらかと言えば、曲全体は長. 調の性格が強く表れているので、これら一群を典型的なくミの旋法の様相〉と断 定するのは、問題がないわけではない。しかし、ファンダンゴ系の音楽は、〈歌 一9一.

(13) の部分〉のほか、ギターなどの伴奏楽器が奏する〈前奏および間奏〉の部分が、. 今日では極めて重要視されている。なぜならば、この部分においてミの旋法特有. なカデンッーAm−G−F−M 一を確立しているからであり、この音形に基づく バリアンテが、ギター・ソロの重要なレパートリーになっているからである。. 音楽創造の契機としてギターを選んだアルベニスの音楽においても、同様の特 徴が指摘できる。ただし、彼はポリフォニックな旋律線上に、建設的にそして有 機的にそれを内在させている。そこで、この隠された表現を譜例に頼りながら見 てみたい。〈ポリフォニックな〉、と言えば、この組曲は、アルベニス自身がオ ーケストラ用に編曲しようとして、若干のスケッチを行っている。しかしながら、 そうした試みを果たすことなく彼は、この世を去ってしまった。また、彼の死後、 夫人からドビュッシーに管弦楽への編曲依頼の申し出があったと言われているが、. 実際は編曲されなかった。ところが、彼の友人でバイオリニスト兼指揮者のエン リケ・フェルナンデス・アルボスEnrique Fernandez Arb6s(1863−1939)によっ. て、「イベリア組曲第1集」がオーケストラ用に編曲されている。彼は、1910年 から1927年にかけて、上記の3曲の外に、組曲中から“Trianaトリアーナ”と“El. Albaicinエルアルバイシン”、そして遺作の“NAVARRAナバーラ”も編曲した。 それらのスコアとの比較を行うという方法は、アルベニス自身の編曲ではないに しても、彼の音楽上の意図を追求する.ヒでとても重要であると思われる。 アルボスのスコアにおける調の配置は、順にa−moll,D−Dur, fis−mo11、すなわ. ち第3曲目を除いては原調での編曲は為されていない。前2曲の移調は、オーケス トラで用いられる楽器の特性を十分に活用するために、アルボスが作為的に行っ. たものであろうと推測できる。したがって、本論においては、このような相違点 まで言及はしない。譜面上に表れる直接的な比較、つまりスペイン的な響きを追 求した場合、彼らがどのような音の動きを求めたかという点においてのみ、考察 するものとする。. 一IO一.

(14) 3部形式におけるAの部分、アルボスのスコアと比較してみたい。非常に大胆 な試みが、冒頭でなされている。 (譜例1)ALBENIZ/ARBOS『IBERIA』“Evocation”より AUegreUo. 1,. espreslv・. ALBENIZ. s阻nscription pour @orcllestro paτE. F Arb63. @ ぎr一㍉ @ :. @ン. @ ♪. 2聖. P. 「 ,. 蜜 H&utboi巳輝ct. 2璽. ω』Oo●,. 一. c。r▲oε置ai6 ノ.. Clarinetto豊四6t (e隅助. 墨・. き. SOIO. 》’昭f靴ε脚. 浸.. ずニ=ニー一. 2璽. ノ. C㎏rinoUo b邸8e. o. (GO飢レ). ・. 一. ♂. 塾. 一. 一. _ ■. 一. 一. 厚. Ba800n51qret 2璽. 一 〃}一一 一. 重解. 罰. 亀Cor8(㎝ω. 39 4響. ●. 1. ず===謳一. ,ゲニ==一. 一 〉. ! 2Tro㎝ρd巳¢6(en‘。). F:. 一F墨. Qワρ’. 曹. 29 ノ. 興「. 鍵. 3Trombo“08 3q. ・. Timb・1・・環垂. P. !’. Triang1¢ 。,醐㎞書≠. 一 H盈rPO. :. ア. Anegretto espresi四 @ P 鼠. ●. ,. Vio置。悶娩匹 ,. V葦olo悶2り ,1認.. ‘「⑳. Alto5. ■. 7i隅、. Ce皇U. “. 「. 一. 4、器,. 一. 一. 一. 一. ‘「00 「. Contrcb鵬㈹5 ノ. C叩,riぢh亀1928 b7瓢儲SschicNCio. P財is・. 押≧墨. 一. 一. 辮4 へ. く. 誕.9.呈gge. 一. 一. 一 ♂===一. 一. (. ガ==コー. 一. 騨. −. 一. 一. 一. 臨8.. N零●4P●邑い4「啄鳳i“tUoa.‘6 Br醐腫Ct‘●馬‘●r■・. ,M陰6二二胸闘四‘巳,o”監。●●,嗣97eOtprls 吟唱墜●“oI邑NerTiCt o蟷監■D亀ge鵬rL. (EDITIONS MAX ESCHIG,1928:3). 本来、この作品を演奏する場合には、つねに2小節のアウフ・タクトがあるとい う感覚をもって演奏しなれけば、音楽としてのフレーズが完結しないと思われる。. 12小節間ではなく、10小節間にわたるAs音の保続、この小節数が2小節のアウフ・ タクトを意識させる直接の原因であると同時に、原題のイメージを啓発するかの 一11一.

(15) ような静かで曖昧な旋律線の動きをも期待させてくれる。静かで曖昧なな動き. 一それは、ひとつには低音部譜表にあらわれるEs音の発展に関わりがある。 この曲が、多声的な構造をとっていることは前にも述べたが、低音部譜表の記譜 の状態を見てみるとと、やはり、伴奏音形的特徴を持っているように思われる。. ここでは、Es音について二つの視点から捉えてみなければならない。まず、西 洋音楽の伝統的な創作方法に見られる伴奏音形の典型、すなわち、アルベルティ・. バスに置き換えて比較してみるとおもしろい。ここにいくつかのバリアンテも併 記しておく。. (譜例2)“エボカシオン”冒頭筆者自身による. 2拍目のCes音の衝突によって、響きとしては決して美しいものにはなっていない。. 高音部上のCes音は、その小節のなかで最も音価が長い故に、いかなる伴奏音形 を当てはめても、as−moll上の第3音を強調することは可能ではない。そこで、ア. ルベニスの選択は、極めて適切な処理であることがわかる。この曲は、Es音の 反復によって、高音部のメロディにあらわれるCes音の重複を免れている。メロディ の美しさを際立たせるには、伴奏部に3和音上の第3音を当てるべきではない。こ うした点から、アルベニスの音の選択は、西洋音楽の和声理論にかなっていると. 言えよう。したがって1小節目のAs音およびEs音によって構成されるシンコペ ーションの音形は、一種のアルベルティ・バスの変形だと断定できる。また、メ ロディーとその伴奏、といったような二元的な解釈ができるということは、彼が、 一12一.

(16) ジャン・フィリップ・ラモーJean Philippe Ra皿eau(1683−1764)以来の、フラ. ンスの影響を強く受けたことを示唆していると思われる。 次に、ポリ』フォニックな動きとして捉えるならば、後に示すような音階が浮か. んでくる。すなわち、このEs音は小節を追うごとに次第に順次進行を重ね、第6 小節においてas−moll上の主音に解決する。また、上行するにしたがい、同音反. 復であった旋律の動きに別の動きが加わってきた。上行形の動きは、エネルギー の増加を伴う。第4小節目からは半音進行になっているが、そこには何らかの圧 力がかけられるかのごとく力が圧縮されていく。これは、音形上の別の動きを暗 示させてくれる。そしてその暗示は、すぐさま具現化されるのであった。第5小 節目に入ると・旋律線のなかに跳躍進行を伴いながら前の小節から受け継がれた 音がスケールを上り詰めようとしていることがうかがわれる。その動きは、呪縛 から解き放たれた鳥を連想させてくれる。視覚的にも捉えることのできる音の波 動、これは音響化された時、より幻想的な響きとなって聴かれる。この曲によっ. て示されるく寄せては返す波〉とは、単に海を象徴化したもの以上に、歴史的時 間的なものを想像させてくれるようだ。例えば、それは、〈2000年にも及ぶ人の 流れ〉の模倣なのかもしれない。. 一方で、左手で奏されるEs音は、右手に弾かれるEs音のエコーの働きを果た していると言えよう。筆者は原題を:最もよく具現しているものと考えている。ま. た、同音反復は、後に分析する後の2曲についても、いずれかの声部にあらわれ ている。アルベニスのモチーフは、ごく小さい単位ではないだろうか。つまり、 一音が基調となっているのではないかと考えられる。. ところで、10小節間にもおよぶAs音の保続は、西洋音楽の脈絡においては、 as− mo 11が支配していると考えられる。しかし、低音部には、 A s−bebe−C−Desが印. 象音的に共鳴しているので、Asをフィナリスとするヒポドリアンにもきこえてく 一13一.

(17) る。響きの上での調性感は、あまりはっきりと打ち出されない。. 尚、この第1集の調性感は、5度圏を下降した形で選択されている。それぞれの前 の曲がその曲のドミナント的な要素を示している、という点で極めて有機的な構 築がなされていると言えよう。アルベニスの作品においてドミナントの解釈は、. 個性の発見に有効な材料なのかもしれない。また、曲の開始感及び終止感という 点にも何らかの特徴を見いだすことができるものと思われる。このような諸問題 を考察するには、彼の初期・中期の作品分析が重要な役割を担っている。次にそ れらの数曲を取り上げ、彼の音楽形成について若干の考察を試みてみたい。. 一14一.

(18) ll アルベニスの音楽形成. 最初に、ごく初期の作品として有名な「ババーナ」(Pavana)を取り上げてみ たい。. 「ババーナ・カプリーチョPAVANA−CAPRICHO Op.12」(1883). この曲は、アルベニスが闘牛見物のために、ただの15ペセタで売ってしまったも のであると言い伝えられている。感性の赴くまま即興的に音の素描を行うという 才能が、作品への執着の希薄さにつながっているのであろう。 ABAの単純な3部形式、 e−moll 2/4、中間部Bの部分は、同主調であるE−Dur. へ転調している。題名にあるくババーナPavana>とは、16世紀初頭におこった スペイン起源の2拍子系の舞曲であり、当時の宮廷で盛んに踊られていた。この 宮廷舞踊は、くじゃく(pavo)をまねた威厳にみちた身振りでゆっくりと踊られ. る。しかし、この曲は、<カプリーチョCapricho>すなわちく愉快できまぐれ な性格〉をもっているので、速度記号は、幾分速めに指定されている。冒頭に目. を向けてみよう。そこにはくやや快速にAllegretto a piacer>と記されてい る。冒頭部分は、どのような効果をもっているでろうか。右手高音部H音(宰口). のトリルが3小節にわたって鳴り響く。それはまるで開会を告げるファンファー レのようにとても高らかである。一方左手は、高まる鼓動を半ば押さえるかのよ うに、おもむろに4分音符のH音がオクターブごとに下降している。 (譜例3)「PAVANA−CAPRICHO」よりT. 1・T.4. Pi:”t(1.. 一15一.

(19) (EDITIONS Salabert,1990:269). 小さな前奏とも呼べるようなこの最初の4小節において、アルベニスはe¶011 のドミナントを保続させることによって、この曲に一層の緊張感を与えている。 ドミナントには、トニカへの解決を志向して音楽を前へと進めようとする働きが あり、それが強い終止への期待感を生み出すのである。このことによって彼は、. 音楽的な緊張を高めている。言い換えるならば、彼は即興的な筆致のなかにも鋭 い感性に裏付けされたドラマティックな緊張感を措定しているという点で、例え. ば、多くのピアノ作品の中にそれを感じさせるポーランドの作曲家ショパンを思 わせるような作曲能力をすでに身につけていたと言えよう。しかし、このような 音の構成は、アルベニスの作品に限らず、他の著名な作曲者のそれにもしばしば 指摘できることである。それ故に、かれ独自の音楽構成というよりは、サロン的 な作品を好んで書いたロマン派の作曲家にしばしば見られる傾向と言えるか一もし れない。それを実証するために、ここにいくつかの譜例をあげておく。 (譜例4)F.R. Chopin「Grande Valse Brillante Op.18」よりT.1・T.5. FR.CHOPIN ,[g. (POLISH MUSIC PUBLICATIONS ,1950:7). 尚、ショパンのワルツ第5番における冒頭8小節の前奏にも同様のケースがみら れる。. (譜例5)F.R. Chopin「Grande Valse Op.42」よりT.1−T.8. 一16一.

(20) Op. 4:. か. ,IE. L I. 1 p. i. ノ. @ F E ↓陣 、・ !. i と. 亀 」5 も 輪. 15. (POLISH MUSIC PUBLICATIONS,1950:37). 一方、アルベニスが影響を受けたフランスの作曲家の作品においても、同様の 指摘ができる。例えばフランクの作品では、トリルではなくリズムの変化が、の どかで田園的な情景描写を行っているようである。 (言普4列6) C.Franck 「Eglogue(Pastoral)OP.3」よりT.1∼T.4. AlleDg. ,{gttor. qya,si “ndttntino :」:?f+. (Dover Pubiications, Inc.,1922,4). 次にアルベニスの場合に戻り、冒頭4小節目の第4拍以降についてである。アウ フ・タクトを含む魅力的で可愛いメロディーは、比較的高音部で軽やかに唄われ ている。その中でこの軽やかさを引き出しているのは、32分音符の3連音符中の. D音であろう。D音は一種の刺繍音である。この刺繍音を省いたかたちで楽曲を 見渡すと、左右どちらのパートも同じ音で構成され、1っの和音の形を刻明に告 げている。このフレーズにおいてアルベニスは、一種の問題提起を投げかけてい るのであった。すなわち、〈e−moll上のDis音の重複〉を、どのような解釈に立 ちどのように音響化されるべきなのか、という問いである。音素材そのものがど のようにして意識内的音響として意味付けられるのであろうか。こうした場合に 一17一.

(21) おいては、演奏者がどの観点にたって解釈するかに大きく依存しているのである。. 当然その解釈の相違によって、様々な演奏が可能になる。19世紀の伝統的な西洋 音楽の脈絡に従うか、あるいは、アルベニス独自の作品構成に留意するかによっ ても異なる。特に、〈Dis音の価値観〉がそこで問題となってくる。前者の場合、. Dis音はe−mo11上の導音なので、必要以上に強調されるべきではない。また、後 者の場合、これはポリフォニックな旋律線の一部を担った音であり、かつスペイ ン音階(ミの旋法)の旋律上転調の可能性を柔軟に志向する特徴的な音でもある。. それ故に、意識的に強調することも可能な音であるという解釈も成り立つ。いず れにしても、演奏する場合に、全体の音量のバランスを考慮に入れて個々の部分 に対処するべきである。なぜならば、全ての音が同じ音量で演奏されると、本質 的なメロディーが埋没してしまうおそれがあるからである。’ (譜例8)T.4・T。6. ⑤ 垣箆 一一 一冨r→ 一 噛. 練’. …. ナ 一申一一噸 ・●ト. ◆冒. (EDITIONS Salabert,1990,269). さて、この作品の中に見られるギター奏法のピアノ作品への転用は、今後のア. ルベニスの作品を分析するうえで、その音楽語法を見いだすためにもつとも留意 すべき事柄である。この曲に関して言えば、それが意識的に行われたのか否かを、. 楽譜から推定するのは難しい・しかし・彼は・ギターの滑らかなスラー・それに よって醸し出される一本の絃にはりつめられたような響きを見事にピアノに置き 換えている。 (譜例9)T.7−T.11. −18一.

(22) ⑦・溝塑纂蒐;;へ∼ 曇... 釜1二如、.窪覧. 。. ,一 多 鱒. 一. 曹. 2. ゐ尋魍 一. 、. 噸. ■_ qひ ∪ 鐸. (. 一.. (EDITION.S Salabert,1990,269). 右手のメロディーは大変流麗であるが、ピアノのハンマーを打ちかえるために、 どうしてもギターの爪弾きに比べて、一音一音が明瞭に発せられてしまう。滑ら. かなスラー、ギター奏法の模倣を、彼はどのように行っているのであろうか。そ れは、左手の2拍目減7度の音程をどのように演奏するかに依っていると思われる。. 元来この音程は、大変悩ましい(官能的な)響きをもっている。例えば、バッハ の。¶011の「インペンション」を演奏する場合、それがツェンバロであれピアノ. であれ、主題の中に現れる半音階を含む減音程に細心の注意が払われるのが一般 的な演奏である。それは、優雅な中にも多少感傷的な意味を含めたものを表現と して明確にするためである。(尚、調のもつ固有の性格について、それは音律と も大きな関係があるためここでは言及しない。). 次に、この左手のアルペジオの音形に対しては、親指の打鍵に注目し、音量バ ランスを考慮しながらその部分の音型的特徴を最大限に引き出すように演奏する ならば、そのうえに重ねられる順次進行の3連音符がまるでひとつの音節のよう. に折り重なって舞い降りてくるように響くと考えられる。つまり、実際に演奏し た場合、このフレーズはバス声部においては響きのなかに独特の緊張感をはらん ではいるものの、減和音がサブドミナントへ、すなわち緊張感と安定感の間の中 間的な響きに即座に解決するため、実際の鳴り響きとしては、ギターの絃をかき 鳴らしたような印象を与え、更に、このような和音進行によってもたらされた印 象はもう一方で、上記の主旋律における打鍵上のとつとつとした響き、言い換え 一19一.

(23) るならば、ハンマーが打ち変えられるときにもたらされる、ピアノ独自の輪郭の はっきりした音そのものの響きが聴かれるのである。つまり、ここで響きという. 点に着目していうならば、まさしく一種のギター奏法の模倣、それも極めて内在 的なギターの響きへの追求を思わせるものである。更に一方で、これは次に指摘 される点を考慮にいれるならば、大変偶発的に種々の効果を生んでいると言える。. それは、数小節間にわたる同じリズムの切迫感、主旋律部分に見られるH音の反 復および8分音符のタイなどによって、舞踊音楽としてのリズムを明確にさせる とともに、曲そのもののフレーズ感をも明確にさせるといった効果を上げている. のである。また、演奏の問題として、より多くの感情移入一より大らかな感情. 表現一を必要としているとも言えよう。感情移入一多くの演奏者は、こうし た場所に出会えば必ず、異国の土地にたいする憧憬と音楽に対する計り知れない 情熱等を昇華させるために、往々にして感情過多に陥りやすいのである。従って、. 演奏に際しては、私たちはある種の冷静さによって自らを律することが必要であ る。より具体的に言えば、右手は自由なメロディー・ラインの維持と、左手での 自制心のあるリズムと拍節による支持を保つことである。このことは、楽譜には 直接の指示がないのであるが、彼の作品はすべて、テンポ・ルバート奏法を根底 において演奏すべきであることを、暗示していると言えよう。その意味で、テン ポ感という面においても、ショパンの作品に比較されるべき点が数多く指摘でき るのである。. さて、ここでアルベニスに対するペドレルの影響について言及しておかなけれ ばならないであろう。アルベニスの作曲家としての学習過程に関して、まず、最 初に言われることは、1883年ペドレルへの師事である。しかし、ここで言うペド レルとの関係は、音楽的教育の問題として考える場合に、あまりに不明な点が多 く、また、一般的な意味での音楽的指導がアルベニスに成されたかどうかも疑問 である。それ故に、この1883年を厳密な意味でアルベニスの音楽的教育の出発点 一20一.

(24) にするには疑問が残る。そこでこのような問題を考えるためにも、若干の当時の アルベニスの状況に触れてみたいと考える。記録によれば、彼が4才の時に作曲. の試みが見られ、7才で公開演奏を行ったとされている。このように、演奏活動 がごく初期の段階で行われてきたことを念頭にいれるならば、彼の音楽性は、幼 少のころからすでに、醸成されて行ったと言えよう。言い換えれば、ペドレルに 出会う以前にすでに、音楽に対する直感的な感性が養われてきたと言っても過言. ではない。ペドレルの影響一国民音楽への方向づけ一は、アルベニスの音楽 体験の原点ではなく、後に、音楽活動に彩りを添えたに過ぎないのではないだろ うか。しかしながら、結果的にはペドレルの存在自体が、ショパンとの距離をよ り近くに結び付ける役割を果たしたと筆者は考えている。. 以上の点から、アルベニスとショパン、両者の間には創作面において相通じる ものが多く存在していることを指摘しなくてはなるまい。そこで、彼らを引き付. けて離さない共通点について、若干の考察を試みてみたい。それは1ピアノのヴィ ルトゥオーソであったこと、創作にあたっては生国の民族音楽を素材に選定した ことがあげられる。アルベニスの場合、スペインの独特な音楽的特徴が彼の創作 活動に与えた影響は大きい。 まず、スペインの音楽的特徴についてである。J. S. Alvarez−Taladrizは、彼の. 論文“イスパニア音楽の特徴”の中で、詳細に述べている。アブU一チの方法と. しては、大きく二つの側面一リズム的側面、および外国の音楽との関係一か らその特徴を明らかにしてゆくという方法がとられている。. 「1,リズム的側面 1、ヘミオラ的リズム感拍節感. 2、一拍の連鉤内でのディヴィジョンによるリズムのバリアンテ 3、8分の6拍子の持つ二義性 (イスパニアの8分の6拍子は、2拍子系にも3拍子系 にもなり得る)」〔J.S. Alvarez−taladriz,1987:155〕. 一21一.

(25) 以上の3点についての具体的な譜例などは、本論においては、アルベニスの作品 分析のなかで適宜示していくものとする。. 「2,外国の音楽との関係. 1,外来の音楽文化の吸収 2,諸外国の音楽文化に与えたイスパニアの影響の多さ」 (J. S. Alvarez−talad−riz, 1987:155). これらは、スペインの音楽的土壌の豊かさを端的にあらわしている。. アルベニスに限らず、19世紀後半から20世紀初頭にかけて台頭してきたスペイ ンの音楽家にとって、大変不幸であったことは、18世紀がスペイン音楽史におけ. る不毛時代であったことである。必然的に、スペインの音楽的教育者が存在しな かったということである。しかしながら、長い歴史のなかで培われた音楽的土壌 は、再び、スペインの音楽家に指導的役割を担わせたのであった。しかし、一般 に言われているアルベニスの存在の大きさ、つまり、彼が他国の作曲家、特にフ ランス印象派に属する芸術家に刺激を与えるのは、後のことであるので、ここで は言及しない。ここで問題となるのは、民族音楽的な創作が成されているか否か ということである。確かに、それは、現在分析している彼の曲「パバーヌ」にも 顕著に現れている。例えばこの曲の中間部、E−Durへの転調が行われた時に、フ ラメンコ・ギターの特徴の一つであるベース・ラインに見られるオルゲルプンク ト風の連続した音の動き(E音)があげられる。 (譜例10)T.77・T.80. (EDITIONS Salabert,1990:270). 一22一.

(26) 前述のとおり、元来、パバーヌとは、スペイン起源の舞踊曲である。スペイン の民族音楽を西洋芸術音楽の中に取り入れ、独自の価値を持たせたという意味に おいて、フレデリック・ショパンFrederick Chopin(1810−1849)との類似性が予. 見される。ショパンが、主な活動の拠点をパリにおいていたのと同様に、アルベ ニスにとってもパリは主要な音楽活動の中心地であった。 ショパンがパリへ赴いたのは、1831年の晩.夏であり、結果的に翌1832年2月26 日の演奏会での成功が、彼がパリに定住する直接のきっかけとなったのであった。. そして、終生をパリで過ごすことになったのである。パリは当時から、一流の文 人や芸術家の社交の場であった。主だった著名人をあげれば枚挙に暇がないが、 ショパンと交際の深かった音楽家としては、次のような人々が挙げられるだろう。. リスト、メンデルスゾーン、ベルリオーズ、パガニー二、ロッシーニ、ペリー二 文人や画家のなかでは、ド・ミュッセ、バルザック、ドラクロア、ハイネ、アダ ム・ミッキエヴィチ、ジュルジュ・サンドなどがあげられる。ショパンは、「当 時のもっとも進歩的な芸術の傾向を代表する一流の人々」〔Kirby/千蔵訳,1979:. 406〕と接触していた。一方アルベニスはパリに1894年に定住することになるので. あるが、ドビュッシー、ショーソン、ボルデ、デュカス、ダンディなどの20世紀 初頭の先進的な文化人とひろく親交を深めたのである。. このことから、〈文化の先進国フランス特にパリ〉が、19世紀ロマン主義芸術 の指導的役割を果たしていたことが解るであろう。その傾向は20世紀初頭におい ても継続され、ベル・エポックの時代を迎えることとなるのである。つまり、先 駆的な芸術創造の場にアルベニスも立ち会っていたことになる。. さて、先の「パバーヌ」の分析に戻る。124小節目で再びAの部分が現れるが、 これは初めのAの部分の完全な反復である。ただし、終止部分について、作曲者 自身によるテンポの指示が記されている・それ1ヰ・単にAの部分の反復ではなく・. 一つの楽曲を閉じる役割をここでのAの部分が担って要ることを明確に示すため 一23一.

(27) である。 (譜{列11) T.174∼T。177. (EDITIONS Salabert,1990:272). この曲においては、<accelerando>という速度表示からも察することができる ように、やはり、西洋音楽の影響が顕著に現れていると思われる。また、作曲者. 自身による終止部分でのテンポ表示が成されているという点で、この作品は、特 異である。なぜなら、他の作品のほとんどがそれを持っていないからである。 以上のことから、パバーヌは、次のような暗示を含んでいるように考えられる。 ピアノとギターという楽器間の奏法の模倣とは、譜面に現れる表面的なものだけ. でなく、内面的、心理的なものすべてにわたって緻密に研究されなければ満足の 行く結果を期待できない実験に終わってしまうものなのかもしれない。. チェイスは、彼の著書rスペイン音楽史』のなかで、作曲家アルベニスについ て次のように述べている。「彼は、演奏媒体としてギターを取り上げ、アンダル シアの民謡から着想を得て(民謡をそのままの形で主題に用いたのではない)、. スペインの伝統的な音楽を、様式化することに成功した。これは、充分に芸術的 であると同時に、内から次々と沸いてくる、素晴らしい即興性も示している。」 〔Chase/館野訳,1974:111〕. 「パバーヌ」で見たように、彼の初期の作品は、スペイン的な傾向を示しなが らも、西洋芸術音楽の語法によって創作されているものと思われる。つまり、ペ ドレルの示唆した民族音楽的な色彩を持った音楽創作は、ここでは、その原形質. 一24一.

(28) 的なもののみが認められるに過ぎないと言っても過言ではない。しかし、次に取 り上げるくスペイン組曲〉は、スペイン国民楽派アルベニスの個人様式が確立さ. れたという点で、極めて重要である。すなわち、この作品においては、彼の試み. 一完結したアイディンティティの具現化一に対する模索が、全面的に滲み出 ているのである。その試みは、ごく根本的な部分、すなわち、曲の構成自体にあ る種の意味合いを持たせることから始まったのであった。彼は、祖国スペインに. ついて、最も有機的に、かつ雄弁に語るため、性格的な小品をいくつか組み合わ せ、「音の絵模様」を記そうとしている。この「組曲」を「イベリア組曲」の伏 線と考え、それらの三曲を分析することによって、〈スペイン的なもの〉を抽出 してみたい。. 〈スペイン組曲SUITE ESPAGNOLE Op.47>(1886). 彼は、〈スペイン組曲〉と名付けられたピアノ曲集を2集、作曲している。すな わち1886年の第1集と1889年に作られた第2集がそれである。その中から、ここで は、全般的に内容の優れた8曲からなる第1集について取り上げる。ただし、アル ベニスの手稿譜は、このく作品47>と記された組曲のうちの半分しか仕上げられ ていなかったようである。残りの曲については題名のみが付されているに過ぎず、. 彼の死後(1918年頃)、出版社によって補完されたという経緯をたどった。それ は、彼が作曲した他の組曲から任意のものを転用することで隙間を埋めるという. 方法が取られたのである。実際にそれがどのように行われたゆは、以下に示すと おりである。(☆は補完された曲). 1,グラナダGranada セレナータ 2,カタルーニャCatqluna コランダ 3,セビーリアSevilla セビーリャ ☆4,カディスCadiz カンシオン〈セレナータ・エスパニョーラSerenata Espanola Op.181>と同一. 一25一.

(29) ☆5,アストゥリアスAsturias レイエンダ〈スペインの歌Cantos de Espana Op.232>第1曲く前奏曲〉と同一. ☆6,アラゴンAragon ファンタジア〈二つのスペイン舞曲2morceaux caracteristiques Spanish national songs Op.164>第1曲くアラゴン〉を転用 (アルベニス自身も予定していた可能性が大きい). ☆7,カスティーリアCastilla セギディーリャ<OP. 232 no.5セギディーリャ 〉と同一. 8,キューバCuba カプリーチョ このように、ほぼ中間から最後にかけてのものが、補完されている。. 1,グラナダABAの単純な3部形式F−Dur 3/8 グラナダについて、その風土と歴史的背景を端的に述べているのは、興津の著書 rファリャ』であろう。「グラナダは盆地である。高い山に囲まれた盆地の中央に. は沃野が横たわり、何十万という農業人口を惹つけてきた。この天然の要塞と富 とが、グラナダを15世紀末までモーロ人最後の拠点として回教勢力をもちこたえ させたのである。東から市中に突き出たアランブラの丘には歴代のモーロ王が栄 華を誇った有名な城と宮殿がある。」〔興津,1990:185〕また、チェイスによれば、. アルベニスは、「スペインの中で一番ほっとする場所は、アルハンブラである」〔C hase/館山訳,1974:108〕と明言していた。実際、彼はこの土地を「わがグラナダ. Mi Granada」と名付け七おり、この表現から、グラナダに対する彼の強い心情が. 伺われ、それは又、その他の作品の題名からも容易に察することができる。ここ に彼の作品のなかで、グラナダの情景描写を行っていることで有名な曲目をあげ ておく。. 〈エル・アルバイシンEl Albaicin(1907“イベリア組曲”第3集より)〉 〈ラ・ベガLa vega(1897パリにて出版)〉 一26一.

(30) 〈朱色の塔Torre bemeja(1888−188912のキャラクター・ピースop 92より)〉 〈サンプラZambra(op.92より)〉 (断りのない限りマドリードで出版). また、この曲集の冒頭に標題としてくグラナダ〉と記されていることも注目に値 する。A部分では全般にわたってト音部譜表にラスケァード奏法の模倣が認めら れる。. (譜例12)“GRANADA”よりT.1−T.5. P∫Xル’O. (EDITIONS Salabert,1990:168). A部分からB部分への移行でフェルマータが付されたC音のもつ意味合いは深い。 つまり、アルベニスはフラメンコにしばしば見られるギター・ソロと唄との交替 をこのC音によって表したのであった。すなわち、彼は、場面転換という音楽上 における視覚的に極めて重要な変化を、わずか一音に託して行ったと考えられる のである。そういった意味において、アルベニスの楽曲に現れるフェルマータ、 それによってもたらされるべき「響き」一一作曲者が求めた芸術上の効果 は、. 演奏者が時間的というよりは、むしろ空間的な広がりを意識しない限り、具現化 できないのではないかと思われる。また、この音は、A部分F−Dur上の属音であ ると同時に同主調に転調されるB部分の機能和声上の属音でもある。ここであえ て機能和声という言葉を使ったのは、右手に現れる旋律に長調とも短調とも言え ない音が連続しているためである。ギターの伴奏を思わせる低音部に、西洋芸術 一27一.

(31) 音楽的な音の配置がなされているのに対して、主旋律の音の動きは、作曲者の直 感的な半音の使用によって東洋的趣向を醸し出しているかのようである。 (譜例13)T.41−T.47. (EDITIONS Salabert,1990:169). 主旋律の調的性格の曖昧さは、伴奏部での転調を次々に生じさせている。 (律例14)T.48−T.52. (EDITIONS Salabert,1990:169) T. 59−T. 64. (EDITIONS Salabert,1990:170). このようにB部分すなわち同主調に転調した中間部は、さらに種々の転調をした 一28一.

(32) のちF−Durの推移部を経て、再び主要部であるA部分が再現される。 (譜例16)T.120∼T. 124. (EDITIONS Salabert,1990:172) 短いコーダでは、主和音のアルペジオが美しい余韻を残している。 (譜例17)T.161∼T. 165. (EDITIONS Salabert,1990:173). ここでは、この曲における終止感について若干の分析を行ってみたい。なぜなら ば、それは、前述の「パバーヌ」と.比較したとき、より一層スペインの民族音楽. 的な様子を呈しているためである。終わり6小節問に着目してみると、特徴のひ とつとして最初の2小節間のみに<ra11. molto>と指定されていることがあげら. れる。これは、終止感を予見させるための直接的な指示ではなく、2小節目の3拍 目に配置されているフェルマータを用意するために施された速度表示、あるいは. そのための音楽的な準備であると言える。再現されたA部分から、わずか4小節 しかないコーダへとフレーズが移り変わるときも、ここに現れるフェルマータを. 伴ったC音が、場面転換という意味において重要な役割を果たしているのであっ 一29一.

(33) た。時間的、空間的な広がり一ここでアルベニスが求めた場面転換とは、華や いだ夜会とその幕切れの予感と言ったような情景描写、もう少しその枠組みを広 げて考えるならば、スペインの民族音楽的なものから西洋芸術音楽的なものへの、. 移ろいであろうと考えている。しかしながら、奏法の面から言えば、アルペジオ 奏法は、ギターとピアノ両者に共通してみられる奏法であるため、どちらの影響 が強くでて終止しているか、という問題提起そのものが、あまり必要ではないこ とかもしれない。ここで、終わり4小節のフレーズ感、ペダリングの指示を見て. みたい。だんだん遅くと表示されたテンポは、この4小節間ではもはやその効力 は通用しない。スラーは、次の小節にまたがっており、ダイナミクスは<pp>で あるため、極めて淡々と主和音のアルペジオが流れて行くように感じられる。4 小節をひとつのフレーズとして見るならば、これらは、どちらかと言えば、スペ インの民族音楽的な音の動きとして捉えることができる。ところが、最後の小節 のトニカの和音を奏するとき、ペダルを踏み変えるよう指示してある。(最もこ の指示はアルベニス自身の指示ではないかもしれないが)また和音すべてにフェ ルマータが付されている。このフェルマータは、西洋芸術音楽においては、明ら かに終止を意味するものである。このようなことから、やはりこの曲においては 民族音楽的な響きが、西洋芸術音楽的な終止感に縁取りされているように思われ る。. 前出の「ババーナ・カプリーチョ」と、この曲集からは半数、つまりくセビー リャ、カディス、アラゴン、カスティーリャ〉の4曲が、作曲者自身によって、室. 内楽のなかでも、とりわけ美しいとされるピアノ・デュオ版への編曲がなされて. いるということは、次のような意味で重要である。すなわち、アルベニスがその 活動の初期に、卓越したピアニストであったことから、作曲家としてというより はむしろ演奏家という立場から、ピアノの音響的構造への注目によって、より一 一30一.

(34) 層その豊かさを追求した結果であったと考えられる。音響的場の拡大と表現とし ての色彩において、ピアノ・デュオが彼の傾向に適合したのであろう。. 「旅の思い出RECUERDOS DE VIAJE(Travel Impressions)Op.71」(1887). アルベニスの中期の作で、7曲からなるこの組曲は、サロン的な雰囲気をもつ曲 とアンダルシアの民族音楽的な要素をもつものとがバランスよくちりばめられて いる。前者は、1,2,3,7でありピアニスティックな調号で汎ヨーロッパ的な筆. 致を用いて書かれているのに対し、後者一4,5,6一は、スパニッシュ・ギ ターの模倣が行われている。. 1,<海にてEn El Mar> 6/8 As−Dur Con moto 2,<伝説一一舟歌Leyenda−Barcarole> 3/4 Es−Dur Andantino. 3,<朝の歌Alborada> 3/4 A−Dur Andantino non troppo. 4,<アランブラ宮殿にてEn la alhambra> 3/4 A−moll AIlegretto non troppo 5,<土の門Puerta de tierra> 3/4 D−Dur Allegro non troppo. (ボレロ〈アンダルシーア〉としても単独に出版されている) 6,<入り江のざわめきRumores de la caleta(マラゲーニャMalaguenas)> 3/4 D−moll Allegro rk. 7,<浜辺にてEn la playa> 3/4 As−Dur Andantino. 5に現れる儒のリズムは・スカルラ・テ・のソナタやラフマニノブのプレ リュードに特徴的である。. 6〈入り江のざわめき〉。調号からは、F−Durあるいは、 d−mollが予見さ. れるが、Aを主音とするブリギァ旋法が強く支配している。冒頭のカデンツー. A−Dur上の1の和音一は、西洋芸術音楽的な書法一機能和声の範疇において 一31一.

(35) 一に書き直すと、d−mo11上のV F−Dur上の皿の和音なのだが、このことから、. 〈ミの旋法〉の旋律に和音付けを行うと、近親調内のすべての和音進行が、五線 譜上にそれぞれ相互依存の形ではなく同時に共存していることに気づく。すなわ ち、この曲においては、中間部でF−dur的な色彩をもったコブラが配置されてお. り、その前後では、常にA音が鳴り響くことによって、常にd−mo11上のV一ド ミナント. が保持されるという結果をもたらす。このことは、全曲にわたって. 前向きなカが支配していると言い換えられるであろう。西洋芸術音楽的に言えば、. この曲は常にD音に依存しようと動いていることになる。聴覚的なとらえかたを すれば、D音(トニカ)への解決を常に期待させられてしまう。しかしながら、 この組曲においては、次の曲へのつながりにそのような機能和声的な平和な解決 はみられない。むしろ、全く遠い調(As−Dur)へと飛躍する。. 全体的な構成としては、次のようなことが考えられる。性格的小品を好んで書 いたロマン派の一作曲家が、より規模の大きい曲を創作するにあたり、組曲形式 を用いた。全体を包括的にとらえるとき、重要なのは、調性感である。したがっ て第1曲めと第7曲めをAs−Durで作曲した。西洋芸術音楽的な書法を用いて創作す る場合には、各曲のつながりにも機能和声的な関連性を意識するが、その楽曲の 性格がスペインの民族音楽的な色調が強い場合には、反対に遠隔調を配置する。 調性格は、題材とした媒体が何であるかを容易に連想させてくれる。すなわち、 ピアニスティックな曲には調号の多いもの、そしてギター奏法の転換が行われた. 曲においては、比較的調号の少ないものが選択されている。こうした調選択の背 景となる楽曲と音律の関係についても、少し考えてみなければならないものと思 われる。. 当時の一般的な西洋芸術音楽にみられる機能和声的な音楽語法は、ここでは支 配的ではなく、またスペイン独自の伝統的な語法においても十分に消化したかた 一32一.

(36) ちで用いられていない。つまり、スペイン的なものは、響きの点で模倣的にしか あっかわれていないのである。このように初期にみられたアルベニスの音楽は、. 確かに、西洋音楽一般の特性とスペイン的響きの追求が表面的なものになってお り、それらが真に融合されるには、彼の「イベリア組曲」を待たねばならない。. 一33一.

(37) 皿 古典への回帰. アルベニスの中期を代表する作品「スペイン組曲」の第2曲目は、“カタルー ニャ”. キなわち、生まれ故郷の土地を題材に扱っているのであった。彼の音楽的. 素材は、ほとんどアンダルシア地方の民謡から発想を得ているのだが、この曲は 生まれ育った地方の民衆の音楽に基づいて書かれているという点で、組曲中の他 の曲と趣を異にしている。この曲に関しては、楽譜に基づく分析ではなく、“生 まれ故郷カタロニア”と、 “こころのふるさとアンダルシア”という彼の心情的 側面を中心に、若干の考察を試みてみたい。. カタロニアとは、スペインという独立国家の中に位置する特定の地域、樺山は ここを「アイディンティティをもった、ひとつの主体である」〔樺山,1990:30〕. と述べている。彼によれば、そのアイディンティティのより所は、次の3つの点 に整理できるとしている。. 第一に自然の条件である。カタロニアは、ヘロナ、バルセロナ、レリダ、タラ ゴナの4県からなり、その面積は約32000平方キロメートル、日本の関東地方程の 大きさで、地図を見れば、はっきりとした三角形の土地であることがうかがえる。. 〈三角形〉へのこだわりは、中世まで逆上ることができ(ある錬金術師は、カタ ロニアを「三角形」と表現した)、〈三〉という数字は、随所に見受けられる。. 例えば、三つの戦争、三つの共和国、三つの侵略拡張戦争をおこなった国、国旗 はオレンジ色と黄色のストライプ九条からなっている。九という文字は、〈3× 3>からもたらされるわけで、ここにも一種の数字の魔術が存在するといえよう。. ちなみに<CATALUNYA>という表記も9文字である。まさに「数の魔性 をこのんで論じた錬金術師たちの中世的伝統をひいて、カタロニアはその国土に ついても、いかにも神秘的アイディンティティをわがものとしている」〔樺山, 1990:31〕のであった。気候条件はどうであろうか。地中海沿岸の国々は、一般. 一34一.

(38) 的には、次に述べるような独特の気候が、共通してみられる。すなわち、秋から 冬にかけては雨が降るが、そのほかの季節は空が青く、乾燥度が高いのでカラッ とした気候である。しかし、カタロニアのそれは、他と異にしている。端的にい. えば、〈気候温暖で降雨ある土地〉なのだが、年間雨量の違いを境界線に選ぶな らば、カタロニアを、南北ふたつの土地に分けることも可能である。北半分は湿っ たカタロニア、対するもう一方は乾いたカタロニア、と呼ぶこともできる。ここ で一般的に用いられる境界線は、〈年間雨量500ミリの線〉であるが、これは、 自然的生態相の境界線をも同時にあらわしている。一般にこの土地に住む人々の 特徴として、挙動の機敏さ、表情の柔和さが強調されることがしばしばである。 このような気候が、カタロニアの人々の気性に影響を与えていたことは、当然で. ある。あるいは逆に、長い間の歴史と文化の蓄積が、このような自然的人種的特 徴を決定づけたのかもしれない。いずれにしても、先住イベロ人を母体とした度 重なる混血によって生み出されたカタロニア人の、〈完結した主体〉としての根 拠は、自然の条件に重心がおかれていることに間違いはないであろうと考えられ る。なぜならば、イベリア半島への民族の流入も、その独特の自然環境によって 引き起こされた当然の結果である言えるからである。. 第二に空間への境界についてである。カタロニアは、アラゴン地方に隣接して おり、1137年以降連合王国を築いていた。その後、この連合王国は15世紀末にカ. スティリャとの統合により、スペイン王国をつくる。こうした歴史的背景を考慮 に入れるならば、アラゴンとカタロニアは同じ枠組みのもとで語られることが多 い、ということも納得できよう。ところが、近世初頭になってこれらの地域の分 離性、相違性が明らかにされるようになってきたため、両者は別個の主体として 存在するようになった。具体的にいえば、言語の違い、自然的な条件の相違が、 カタロニアの地中海志向を刺激し、内陸志向を希薄にさせたのである。このこと. は、内陸からの遠心力を台頭させる要因を誘発したため、カタロニアは空間への 一35一.

(39) 境界区分をアイディンティティの直接の要件とするようになったのであった。. 第三に、歴史の起点があげられる。カタロニアを語る場合、その歴史的起点は 「新しい中世の出発点、つまりスペイン辺境伯領の成立と、またとりわけて十世 紀のころにあきらかになるバルセロナ伯領の自立と伸長」〔樺山,1990:45〕であ. ると言われている。それ以前、すなわち中世以前のカタロニアが、全く“無”の 状態であったはずもない。前述の通り、カタロニア人は、イベロ人を母体として 後、ギリシア人、ローマ人、アラブ人などいくつもの重層が蓄積されている。こ うした史実は、言わば彼らにとっては、拭うことのできない原形質であると言え. よう。それでもなお、歴史の起点を中世に合わせるのは、「カタロニアの歴史的 アイディンティティが多くの場合、その時代を起点」〔樺山,1990:45〕として論 じられるからにほかならない。. 一般に、「現在の自己同一性の根拠、つまりアイディンティティを、中世の歴 史のなかにもとめる考えかた」〔樺山,1990:45〕は、ロマン主義歴史観と言われ. ている。19世紀初頭において、中世賛美が広く行われるようになった。ここに言 う中世とは、「たんに古い時代のことを指すのではなく、古典古代の澄明さと、. 近代世界の機械的合理性との、そのいずれからも免れた、特異な世界のことが含 有されている。」〔樺山,1990=47〕. 樺山の著書rカタロニアへの眼』におけるアルベニス論は、大変興味深いものが ある。まずここに関係する記述を引用してみる。「アルベニスは、はやくパリの 楽壇にデビューし、徹底したボヘミアンとして、ヨーロッパ中を放浪してあるい た。カタロニア人としての原体験は否めないとしても、その後まったく、この故 国とのふかいっきあいを断ってしまっていた。それでもかれを、スペイン国民楽 派の雄とよぶのは、不適当かもしれない。しかし、晩年にむかうアルベニスは、. やにわカタロニアへの郷愁をおぼえはじめる。「カタロニア組曲」をつくり、ピ 一36一.

(40) レネーの民謡に耳・かたむける老作曲家に変身してゆく。抗っても、また妨げられ. ても、かれらは結局カタロニアにつなぎとめられ、それへの帯を切り裂くことは できない。」 〔樺i山,1990:371〕 (ここでいう〈かれら〉とは、カタロニア・ル. ネサンス期の芸術家の総称、つまりガウディ、ピカソ、ミロ、ダリ、カザルスな どの“美の巨人”を指す。). 最後に、ここに、その他の、カタロニアに関係のある彼のピアノ作品をあげて おく。. BARCAROLLE CATALANE CAPRICHO CATALAN (SUITE “ESPANA”op.165 no.5). アルベニスにとって、〈こころのふるさと〉であるアンダルシアとく生まれ育っ. た故郷〉であるカタロニア、そのいずれも彼の音楽に接する上で重要な意味をもっ ていると思われる。ここで仮に、近代のスペイン音楽に寄与したべドレルとアル ベニスを比較するならば、音楽的思考に国際舞台のパスポートであるアンダルシ アの音楽に着目した、という点で、アルベニスの作品の方がより普遍性を持って いると考えられる。また、アルベニスにおけるくスペイン的なもの〉は、カタロ ニアとアンダルシアで、そのどちらのく地理的風土的要素〉が欠けても、彼の音 楽を特徴づけることができないと言える。作曲技法の面、彼のスペイン人として の歴史的背景、そのいずれをとってみても、〈古典への回帰〉が起点であろう。 彼がく自分はムーア(モーロ)人だ〉と主張していたことも納得できる。 アルベニスが求めたく真にスペイン的なもの〉を共有するために、第4章では、 「イベリア組曲」の分析を行いたい。. 一37一.

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