では、<1>において各強拍に位置する楽曲の出だしは、どのような特徴を持っ ているであろうか。ここで、若干の考察を試みてみたい。
①は、 Evocation 一般に[想い出]と訳されることが多いが、本来は[魂 の喚起] [霊の呼び寄せ]を意味する。アルベニスは、祖国に賛歌を捧げるに あたり、その冒頭で、「まず懐かしいスペインの魂を招び、忘れえぬ面影に触れ よう」〔浜田,1983:288〕としたのであった。その部分のバス進行は、as−ges−fes
−esで、短2度低く移調して調号のない状態で記譜すれば、ギターの独特のカデ ンツーAm−G−F−E一であることがわかる。
次に、④の場合であるが、 ロンデーニャ の第1フレーズにおいて、いち早く 聞こえてくるのは6/8−3/4によってもたらされるヘミオラ的なリズムである。
この切迫感もまた、スペイン音楽にはなくてはならない特徴であることは、以前 にも述べた。
また、⑦の エル・アルバイシン とは、アルハンブラに面して丘の上に立つ ジプシー居住地の名前を示しているのだが、この曲の冒頭の主題では、アンダル 一39一
シア民謡には欠かすことのできないギター・ソロの前奏を長期にわたって模倣す ることで、ジプシーが持っている神秘な趣をかもしだした様子がうかがわれる。
ギルバート・チェイスは、この曲について、ドビュッシーの言葉を引用しながら 称賛している。その部分を、ここに記しておく。「ドビュッシイは、とくにこの エル・アルバイシン を賞め、これと比肩しうる曲はほとんどないと言明した。
たしかに、あらゆるピアノ曲をみても、このような曲は、他に類をみない。」
〔Chase/館野訳,1974:114〕
⑨は、 ラバピエス この曲の名前は、首都マドリードの下町に由来する。
彼は、とても技巧的な書法一すなわち複雑な和音、左右の手が絡み合うような 困難極まる運指法一を用いて、下町の料亭で陽気に戯れる人々の開放的な様子 を、フランス的なシャンソン風の音の選択によって雄弁に書き上げている。アル ベニスの作品は、全般的に心のふるさとであるアンダルシアの情景を描いている ものが多いが、この曲だけは、スペインの首都の情景描写を行っているという点 で、趣を異にしていると言えよう。民衆的で明るい雰囲気が随所に表されたこの 曲を、チェイスは、「和音が複雑で、細部まで極端に技巧がこらされているので、
かえって混乱した印象を与え、あまり成功したものとはいえない。」〔Chase/館 野訳,1974:114〕と、述べている。しかし、「ヨーロッパにおけるアヴァン=ギャ
ルドの生みの親」〔Salzman/松前・秋岡共訳,1993:250〕であるオリヴィエ・メシ ァン01ivier Messiaen(1908−1992)は、その晩年、特にこの作品を好んで演奏
したと言われている。また、演奏に関して言えば、アリシア・デ・ラローチャ Alicia De Larrochaの卓越した技巧が、西洋芸術音楽的な教養によって建設的
に構築されているこの曲の中の随所に、アルベニスのボヘミアン的な遊び心を彷 彿とさせる要素を付加させているのであった。それは、聴く者に一層のゆとりを 与え、より華やいだ心地にさせてくれるようである。彼女のきらびやかで残響の 長い音、輪郭のはっきりした音色が、晩年、特にこの曲を好んだと言うメシアン 一40一
の面影をも連想させてくれるように思われる。筆者は、 ラバピエス では、ア ルベニスが作曲家として、多大な影響をうけた当時のフランスの作曲家、特にド ビュッシー的な全音階的響きと音色が強調されているのではないだろうかと考え ている。当時系統だった音楽教育がなされていたフランスは、アルベニスの音楽 教育に重要な経験を与えた。おそらく彼は、楽しく仲間と語り合ったフランスで の日々を、独自の音楽語法で書き留めておきたかったのではないだろうか。一方 で、この曲における規模の大きさと無心の明るさは、かえって命のはかなさを予 感させるようであり胸のつまる思いがする。第3者には運命の無情さが感じられ
る曲だと言えよう。
⑪は、 ヘレス 。ヘレスとは港町カディスの内陸部に入った所、ブドウ酒の 産地であり、同時にフラメンコのふるさととしても有名である。この曲は、調号 を持たないのであるが、安易にC−Durだとは考えにくい調性格である。なぜなら ば、冒頭においてバス声部に鳴り響く<E音のオクターブ〉が、ブリギア調にお ける主音を意味しているためである。ダイナミクスは<pp>と記譜され、全て の声部にフェルマータが付されている。この曲で、アルベニスは再び遠い昔への 思慕をつのらせたのであろうか。
以上5曲は、組曲の中でもとりわけ〈スペイン音楽の特徴〉を強調して作曲さ れているように見受けられる。諸特徴を組曲の骨格部分に配置して、この組曲全 体を〈一つの大曲〉に見立てられるように仕立て上げたという点では、彼の中期 の作品である「旅の思い出」より一層有機的だということが言える。旋律線に、
より一層くスペインの民族音楽的〉な縁取りを喚起させる効果を齎らしたのは、
ピタゴラス音律を含む調選択のバランスのよい配置が功を奏した結果であろうと 思われる。
次に、前記と同様の方法でくソレアのリズム〉に対応させてみると、そこには、
fis−mo11およびf−mo11の曲が選択されていることが伺えるのであった。 (Hは 一41一
〈ソレアのリズム〉を表す。)
イベリア組曲
u
123456789 10 ll 12
12 (3) 45 (6) 7@9 qlQl ;D 11 12
ただし、⑩について実際の鳴り響きの面に関してのみ着目するならば、冒頭に おいて鳴り響く和音はあたかも〈F−mollの主和音〉であるかのごとく理解され得 るが、実際には、調号からもわかるとおり、この和音は〈b−mo11のドミナント〉
として機能しており、F音の持つ固有の性格と相侯って、このフレーズは、極め て前向きな力が支配しているように聞こえてくる。この曲はくマラゲーニャ〉の 趣を持っているのであった。従って、本来の調子はF音を主音とするブリギア調 であり、「旅の思い出」の中の第6曲目 入り江のざわめきRumores de la Cale ta と同じ特徴を備えている。ここに挙げられた曲は全般的にみて、<スペイン の光〉が表されているものと思われる。しかしながら、⑩以外の曲は、全てく裏 の拍〉に相当する場所に配置されている。実際に演奏する場合には、この点も考 慮に入れた曲の組み立てが為されるべきであろう。また、⑩に関して補足するな らば、音の動きそのものに、より緻密さが増したため、「旅の思い出」における くマラゲーニャ〉よりも、舞曲のもつ活発さが評価されやすくなったことが指摘 できる。このようなアルベaスの作曲技法上の個性的なアイディアが、このく組 曲〉に一層の緊張感を与えている事、そしてそれが、〈有機的な組曲の構成〉に 極めて有効に作用している事が、「イベリア組曲」の重要なポイントであると言
えよう。
前述の通り、アルベニスはピアノの特徴、とくにく調性格〉をよく知った上で 楽曲の構築を行っている。やはり、このく組曲〉は平均律ではなく、古典調律で 演奏されるとその響きの差異がはっきりとわかるのかもしれない。純正3度とピ 一42一
タゴラス3度、この二つの音程の幅の微妙な違いが、〈スペインのエキゾティシ ズム〉を助長しているものと考えられるからである。〈ピアノの詩人〉と称され るショパンも美しいメロディー・ラインを歌わせる場合には、ピタゴラス音律を 含むような調を選択して作曲を行っている。例えば、彼の「ノクターン」は、全 般的に調号の多い調で書かれているのであった。しかし、ポーランドの民族舞曲 である「マズルカ」を作曲する場合には、比較的調号の少ない曲も数多く存在し ている。このことは、アルベニスの中期の作品である「旅の思い出」の調選択と 何らかの共通点を見いだす事が出来るかもしれないが、この件に関しては、以後
の研究課題にと考えている。
また、第1曲目は、4分音符1単位ではなく、16分音符1単位の細かいリズムが中 心となって構成されている。なぜならば、この曲における和音の機能は、各拍子
の表ではなく裏の拍子で移ろっていくからである。彼の音楽では、音価の小さい 音符にも、重要な意味合いが込められているのであろうか。アルベニスは、ギタ
ー奏法をピアノ奏法へと模倣させることで、個人のアイディンティティを確立し た。では、その逆を試みるならば、どのような結果が得られるのであろうか。そ れを エボカシオゾの冒頭で行ってみたい。以前にも述べたとおり、左手の伴 奏音形は、アルベルティ・バスの変形ではないかと考えてるのだが、これは、ギ ター奏法をそのままピアノに転換したのではなく、アルベニスがギターの雰囲気 を演出するために考察した結果、その音形に落ち着いたものと解釈している。加 えて、楽器そのものの発達、殊にペダルの改良と音量の増大化が進んだために、
第1音の長期にわたる保続と第5音の連続で十分だったのだろう。最もピアノ伴奏 的な音形は、最もギター伴奏的な音形に転用されるべきである。従って、仮に筆 者がこの曲をギター用に編曲するのであれば、短2度高く移調して、<トレモロ 奏法〉を全般に用いた伴奏音形を伴った楽曲に書き改めてみたい。なせならば、
トレモロ奏法は、ギター奏法のなかでも特にくスペイン的〉だと言われているか 一43一