ドイツにおける監査報告制度の変革
─ 監査証明書の長文化に向けて
小 松 義 明
[抄録]
ドイツ監査報告制度においては,企業内部向け長文報告書と外部向けの監査証明書である確認
の付記という2つの報告書がある。本稿は,確認の付記を考察の対象として,EU規範と国際監
査基準(ISA)の最近の動向が確認の付記に与える影響を示す。その目的は,監査上の主要な検
討事項(KAM)の導入に関する対応状況から顕在化するドイツ監査報告制度の特質の解明にある。
監査報告制度のEU規範とISAへの適合は,ドイツ商法上の年度決算監査の現実化と国際化をも
たらした。一方,公共の利益にかかわる企業(PIE)の確認の付記に導入されるKAMの報告は,
Non-PIEには適用されなかった。Non-PIEの場合のKAMに関する情報は,内部用長文報告書に
おいて考慮すべきとされたのである。
以上から,確認の付記の長文化をもたらすKAM導入に関する考察において,現実化と国際化
を特質とする制度的対応がみられる一方で,コーポレート・ガバナンス構造を背景にした内部用
長文報告書の意義が確認される。ここにドイツ監査報告制度の顕著な特質を見出すことができる。
[キーワード]
確認の付記,Key Audit Matters(KAM),IDW PS 401,監査証明書の長文化,EU規範
Ⅰ ドイツにおける監査報告の制度
的前提と問題設定
ドイツにおける監査報告制度を考察するにあ
た っ て は, 企 業 内 部 向 け の「 監 査 報 告 書
(Prüfungsbericht)」と企業外部への「確認の
付記(Bestätigungsvermerk)」という異なる
特徴を有する報告制度を前提にする必要がある。
決算監査人たる経済監査士の監査結果は,まず
「監査報告書」として監査役会(Aufsichtsrat)
に提出される(商法典321条)
⑴。この報告書
は非公開であり,長文による監査結果の内容の
記述を特徴とする。その目的は特にコーポレー
ト・ガバナンスの中心に位置する監査役会によ
る取締役(Vorstand)の監督
⑵の支援にある。
一方,決算書とともに公表されるのが監査証明
書「確認の付記」である。確認の付記は,定型
文言を用いて簡潔に監査結果を伝達する。日本
をはじめとして一般に監査報告書という場合,
ドイツにおいてはこの確認の付記を指す。その
ため,ここではドイツの「監査報告書」につい
ては「内部用長文報告書」と表記する。
本稿は,対外的な監査証明書である「確認の
付記」を考察の対象とし,監査報告に関する
EU規範と国際監査基準(ISA)の最近の動向
が確認の付記に与える影響を示したうえで,
2016年末までのドイツの対応状況を示す。特に,
確認の付記の長文化をもたらす監査上の主要な
検討事項(Key Audit Matters,以下,KAM)
の導入をめぐる議論と対応を示す。したがって,
本稿の目的は,かかる対応状況から顕在化する
ドイツ監査報告制度の特質の解明に帰着する。
同時に,ドイツにおける制度変化のプロセスを
考察することは,現在進行中の日本の監査報告
制度の変革の方向性を見定めるうえで,意義が
あると考えられる。そのため,本稿は,関連す
るEU,国際監査・保証基準審議会(IAASB)
およびドイツにおいて公表された法律規定およ
び基準等を研究対象にすえ,変革の現状を忠実
に再現する手法を採用している。
Ⅱ 確認の付記に関する規制とその
変革の背景
1.確認の付記に関する規制
ドイツ商法典は,決算監査の対象と範囲を規
定するのみならず,確認の付記の記載内容等を
定 め て い る。 監 査 基 準(Prüfungsstandards,
PS)は法規定の内容をより具体的に規定している。
ド イ ツ 経 済 監 査 士 協 会(Institut der
Wirtschaftsprüfer,以下,IDW)により監査基準
(以下,IDW PS)は公表される。確認の付記の
記載内容等を定めているのは,商法典322条で
あり,実務指針たる監査基準はIDW PS 400で
ある。なお,本稿の検討対象ではないが,内部
用長文報告書の記載内容等を定めているのは,
商法典321条であり,監査基準はIDW PS 450
である
⑶。
2.確認の付記の変革の背景
確認の付記の変革は,2つの観点から生じて
いる。第1に,EUが規則(Verordnung)お
よび指令(Richtlinie)によって,法定の決算
監査の改革を軌道に乗せたことである。本稿で
はこれらをEU規範という
⑷。「EU決算監査人
規則」
⑸は「公共の利益にかかわる企業(Public
Interest Entities, 以下,PIE)」に直接適用さ
れる。ここで,PIEとは「資本市場指向企業,
銀行,保険および加盟国が必要ならばPIEと定
義した企業」である
⑹。確認の付記に関係する
同規則の10条2項(c)において,「決算監査人
により最も重要と判断された虚偽表示のリスク」
を記述し,その対応および重要な確認事項につ
いての記載が求められている
⑺。また,「改訂
決算監査人指令」
⑻は,国内法に転換される必
要があるが,特に28条「確認の付記」(および
26条「監査基準」)において,確認の付記に記
載すべき事項を定めている
⑼。
第 2 に, 国 際 監 査・ 保 証 基 準 審 議 会
(IAASB)が2015年の初頭に監査報告に関する
監査基準の改訂(新設を含む)を終えたことで
ある
⑽。ISA 700以下によって,より高度な透
明性と改善された情報価値が獲得されるとい
う
⑾。特に,ISA 701 「独立監査人の監査報告
書における監査上の主要な事項のコミュニケー
ション」によれば,監査人は,上場企業の決算
に際して,KAMを独自に監査報告書において
記述し,KAMと判断した理由および監査に際
してどのように扱われたかを説明しなければな
らないのである(para.13)。
Ⅲ 確認の付記のEU規範とISAへの
対応状況
このような背景事情をもとにドイツはどのよ
うに対応したか。図1は2015年のIAASB の
ISA改 訂 作 業 完 了 か ら2016年12月 の ド イ ツ
IDW監査基準草案の公表までを示したもので
ある
⑿。以下,図1に示された順に,ドイツの
法律と監査基準の設定状況についてみていく。
1.決算監査改革法(AReG)の参事官草案
(2015年3月)
ドイツ連邦司法・消費者保護省(BMJV)は,
2015年 3 月 に 決 算 監 査 改 革 法
(Abschlussprüfungsreformgesetz − AReG)
の参事官草案を公表した。これは,改訂決算監
査人指令の監査関係規範の国内法への転換を内
容としている。確認の付記に関して注目すべき
は,商法典322a条の新設の提案である。すな
わち,確認の付記に関してAReGは,EU決算
監査人規則10条によりPIEのみに適用される諸
要求を,「公共の利益にかかわる企業ではない
企業」(以下,Non-PIE)にも適用する提案を
したのである。確認の付記の長文化をもたらす
同規則10条が規定する「最も重要であると評価
された重要な虚偽表示のリスクの記述,監査人
の対応および確認事項」等の規定が予定されて
いた(商法典322a条3項a〜c)
⒀。
2.IDWによるKAMの分析(2015年6月)
IDWは2013年度と2014年度に公表された英
国とオランダの新しいスタイルの「監査報告書
(auditor’s report)」を調査した。その結果は,
「英国およびオランダにおける監査上の主要な
検討事項に関する監査報告の分析 2015年6
月」と題する報告書にまとめられた(以下,
IDW報告書という)。
その結論は次の4点に集約することができ
る
⒁。第1は,選択されたすべての監査報告書は,
現在ドイツで発行されている確認の付記に比べ
大幅に長かったことである。表1は,適用の2
年目(2014年度)について,IDWが選択した
監査報告書の調査の結果を監査法人別に示した
ものである。たとえば,PwCによる7社の監
査報告書について,全体の頁数とそこに記載さ
れたKAMの頁数が示されている。全体をみる
と,監査報告書の最長のものは7頁,最短のも
のは2頁である。また,KAMの記述が監査報
告書の総頁数の半分近くを占めるという傾向が
みられる。
第2は,KAMの数の範囲には大きなばらつ
きがあることである。これは特定の業界の複雑
さや個々の企業のおかれた状況による。表2も
適用の2年目(2014年度)についてIDWが選
択した監査報告書の調査の結果を監査法人別に
示したものである。KAMの数は3項目から8
項目の幅がある。また,KAMの記載方法は,
各監査法人によって異なっている。たとえば,
図1 IAASBのISA改訂作業終了からドイツIDW監査基準草案の公表まで 12月 IDW PS 400 番台シリーズ の草案を公表 6月 EUの規則と指 令の適用開始 3月 AReGの成立 6月 IDWがKAMを テーマにした シンポジウム を開催 3月 2016年 2015年 AReGの参事 官草案公表 1月 IAASBによる ISAの改訂作 業完了 出所:筆者作成。PwCとDeloitteの記載は全て序文を設けたうえ
で,各KAMの内容と監査人の対応を表形式に
して記載している。他は,文章のみの記述や
KAMの項目のみを列挙したうえで別の場所で
監査人の対応を簡潔に記述する方法等がみられ
る。
第3として,調査の対象として選択された監
査報告書において,監査法人に共通して記録さ
れ頻繁に登場するのは,無形資産の減損,収益
の認識,繰延税金(Deferred Taxation)等で
あることである
⒂。そして第4に,選択された
すべての監査報告書は,KAMとして報告され
た事項を挙げ,監査人の対応の概要を記載して
いることである。
結論の第3,第4の具体例として,表3にお
いてKAMを示しておこう。ここでは,IDW報
告書の中で紹介されているオランダ企業(ラン
ド ス タ ッ ド・ ホ ー ル デ ィ ン グ ス(Randstad
Holding nv))のDeloitteによる2015年度の監
査報告書に示されたKAMを示す。そこにおい
表1 英国の監査法人別の監査報告書とKAMの頁数 PwCの頁数 (KAM:2頁)4頁 (KAM:1.33頁)3頁 (KAM:2頁)5頁 (KAM:3.5頁)7頁 (KAM:1頁)4頁 (KAM:1.5頁)4頁 (KAM:3.5頁)7頁 KPMGの
頁数 (KAM:1.25頁)3頁 (KAM:3.25頁)5頁 (KAM:2頁)4頁 (KAM:4.5頁)6頁 (KAM:1.25頁)3頁 E&Yの
頁数 (KAM:1.3頁)4頁 (KAM:0.5頁)2頁 (KAM:1頁)2.5頁 (KAM:1.75頁)4頁 (KAM:2頁)5頁 (KAM:1頁)3頁 (KAM:0.5頁)2.25頁 Deloitteの
頁数 (KAM:1.75頁)5頁 (KAM:2頁)4頁 (KAM:2.5頁)5頁 (KAM:1頁)4頁 (KAM:1頁)6頁 (KAM:3頁)5頁 出所:IDW[2015a]p.47. 表2 英国の監査法人別のKAMの表示方法と数 PwC KAMの 表示方法 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 PwC KAMの数 6 6 6 5 8 5 7 KPMG KAMの 表示方法 文章 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 文章 文章 KPMG KAMの数 3 6 5 8 3 E&Y KAMの 表示方法 3列の 表形式 文章でのリ スクの説明 と別の箇所 で監査人の 対応の簡潔 な説明 文章でのリ スクの説明 と別の箇所 で監査人の 対応の簡潔 な説明 表形式 表形式 文章でのリ スクの説明 と別の箇所 で監査人の 対応の簡潔 な説明 文章でのリ スクの説明 と別の箇所 で監査人の 対応の簡潔 な説明 E&Y KAMの数 7 5 4 5 4 5 3 Deloitte KAMの 表示方法 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 KAM の 序文およ び表形式 Deloitte KAMの数 7 5 5 4 3 5 出所:IDW[2015a]p.49.
ては3つのKAMが示されているが,ここでは
その中の1つを選択して示している。Deloitte は,
KAMの記述への「序文」を設け,KAMの記
述を「表形式」にしている
⒃。
3.IDWの監査報告シンポジウム(2015年6月)
以上の分析を踏まえてIDWは,2015年6月
に金融機関,保険会社,同族企業,従業員,監
査役会員,アナリストおよび経済監査士の代表
者をシンポジウムに招き,KAMの導入に関し
て討論を行った。討論に先立つ講演において,
IDWはKAMが決算監査の信頼性に明らかに積
極的な影響を与えるとの見解を示した。また,
ドイツ連邦司法・消費者保護省(BMJV)の参
事官は,PIEであるか否かを問わず,「統一性
のある確認の付記」によってこそ法律関係
(Rechtsverkehr)において確認の付記が利用
可能となることを主張した
⒄。
続いてKAM導入をめぐりPIEとNon-PIEと
表3 オランダの連結財務諸表に対する監査報告書に含まれるKAMの例 我々の監査上の主要な検討事項 監査上の主要な検討事項は,我々の職業専門家の判断において,財務諸表の監査における最も重 要な事項である。我々は,監査上の主要な検討事項について監査役会とコミュニケーションを行っ た。監査上の主要な検討事項は,議論された全ての事項を包括的に反映するものではない。当該事 項は,全体としての財務諸表の監査の中で,またその上,我々の意見の形成の中で取り上げられた。 また,我々は当該事項に個別の意見を提供しない。 監査上の主要な検討事項 監査における監査上の主要な検討事項の取扱い のれんの評価 2015年12月31日,グループのの れん残高は24億9,480万ユーロと評 価 さ れ た。EU-IFRSに 基 づ い て, 会社はのれんの減損に関して毎年 テストを行うよう求められている。 評価プロセスは複雑であり,重要 な経営判断を含み,また期待され る将来の市場および経済状況によ って影響される仮定に基づいてい るため,この年次減損テストは, 我々の監査にとって重要であった。 年次減損テストに基づいて,取締役 会(Executive Board)は, の れ ん の減損が一切必要ないと結論付け た。重要な仮定と感応度は,財務 諸表の注記4.1に開示されている。 我々の監査手続は,とりわけ計算の数理的正確性の評価お よび取締役会によって承認された長期の予測に対する調整を 含んでいる。 我々は,会社によって用意された年次減損テ ストにおいて使われた仮定および方法を評価するに際して, 我々を手助けする評価専門家を利用した。我々は経営陣に対 して,主に,彼らによって適用された仮定について説明を求 めた。かかる仮定は,適用された場合に,減損テストの結果 が最も敏感に反応するのであり,例えば予想される収益増加, EBITAマージン,割引率および最大の成長を含む。さらに, 我々は,仮定を会社の過去の業績,地域経済の発展および業 界の展望に照らして経営者に説明を求めた。その際,それぞ れの仮定を変化させることによって,のれん残高がどのよう に反応するかを考慮に入れた。また,我々は,主要な仮定に 関する会社の開示の適切性に焦点を当てた。かかる開示は, 減損テストの結果が最も敏感に反応する主要な仮定に関係し ている。減損およびのれんに関する会社の開示は,連結財務 諸表の注記4.1に含まれている。 出所: ランドスタッド・ホールディングス株式会社「2015年年次報告書」163-164頁。に分けて討論が行われた。以下,2つの討論の
状況をみていこう。
⑴ PIEの確認の付記の場合
PIEの確認の付記におけるKAM導入に関し
て討論の概要を示したものが表4である。ここ
にみられるようにKAMの採用は,とりわけ監
査役会員と投資家にとって有用であり,導入を
前提にしたうえで,KAMの問題点・課題が指
摘されている。
討論において,KAMはこれまで行われてき
た決算監査人の監督機関(監査役会)への報告
の一部分であるとの認識が示されたことは注目
される
⒅。
⑵ Non-PIEの確認の付記の場合
Non-PIEの確認の付記にKAMを導入するこ
とについては強い反対論が展開された。表5は
議論の要約であり,その焦点は3つの観点にま
とめることができる。
ここにみられるように,Ⅰで述べた内部用長
文報告書の存在とその役割を背景にしたドイツ
特有の議論が展開されたということができる。
最後に討論の結果として,参加者の多数によ
りNon-PIEの場合のKAMに関する情報は,内
部用長文報告書に入れられるべきとの見解が共
有されたことは注目される
⒆。
表4 ドイツにおけるKAM導入をめぐる議論の状況─PIEの場合 KAM導入の利点 ・KAM報告は監査役会員のための重要な支援となる。 ・ 投資家の観点からは,決算監査人のノウハウを通して決算監査の情報が「予めろ過される」のは歓 迎される。 ・ KAMによる追加の洞察によって,決算監査は何を果たすのかという点に関する期待ギャップの現 象はある程度解消されるというチャンスがある。 KAM導入の問題点と課題 ・KAM報告は個別のケースの監査方法の記述をもたらすにすぎない。 ・監査方法に関する情報が,実際に意思決定に関連性を備えているかについては疑わしい。 ・KAM報告は,チャンスはテーマとされておらず,監督機関にとっての利用は制限される。 ・ これまでの定型文言の証明書は,決算監査を成し遂げることができたことを明瞭に表現しており, 確認の付記の内容についての統一的な理解が得られている。KAM報告は,不明瞭な状況をもたら す危険をはらんでいる。利用者の統一のとれた理解が生まれなければならない。 ・ KAMによって,企業の内部情報を確認の付記において,またその結果,連邦官報において広範囲 に公表することは,企業価値の毀損という結果になりかねない。 ・ 個性ある確認の付記の表現は,企業と監査人との間の追加の費用および調整の必要の原因となり, 決算監査の遅れをひき起こす。 出所:IDW[2015b]S.45-48に基づき筆者作成。表5 ドイツにおけるKAM導入をめぐる議論の状況─Non-PIEの場合 ⑴ Non-PIEのステークホルダーの情報入手(内部用長文報告書への接近可能性)の観点 KAM導入賛成 ・全てのNon-PIEの出資者が情報を自由に使えるようになっているわけではない。 ・ 株主,経営協議委員会(Betriebsrat)および納入業者は内部用長文報告書を入手できないため,確 認の付記は重要である。 KAM導入反対 ・ Non-PIEのステークホルダーの一部には,PIEの通常の株主より明らかに多くの情報がある。PIE の株主は,公表された確認の付記に頼らざるを得ないが,Non-PIEの出資者は,監査役会または顧 問会(Beirat)により情報を入手している。 ・ 監査役会における従業員代表者にとっては,内部用長文報告書を入手できるため,確認の付記は重 要ではない。 ・ Non-PIEの場合には,KAMの情報を公衆に明かすことは必要ない。監査委員会を設置し,決算監 査人が重要な情報について監査委員会と意見を交わすことが重要である。 ⑵ ステークホルダーの情報欲求の観点 KAM導入賛成 ・PIEとNon-PIEのステークホルダーの情報欲求はそれほど異ならない。 ・ ステークホルダーには,企業の監査に関する信頼できる情報が存在することが重要である。しかも, 企業は資本市場指向であるか否かには左右されない。確認の付記の統一性が何よりも重要である ・ Non-PIEの監査に関する確認の付記は,PIEの監査に関する確認の付記と等しい価値でなくてはな らない。第二のクラスの確認の付記は必要とされない。 KAM導入反対 ・ Non-PIEの確認の付記におけるKAMの報告は,PIEとはステークホルダーの情報欲求が異なるため 促進されない。その理由について以下3点を指摘できる。 ① 資本市場指向ではない企業の場合において,確認の付記の機能の中心は証明機能である。業務 執行に関与しない共同出資者,債権者,従業員,重要な顧客,納入業者といったNon-PIEの確認 の付記の利用者の情報欲求は,PIEの場合の情報欲求とは異なる。その情報欲求は,はっきりと した一義的な確認の付記によって満たされる。確認の付記は追加の情報により水増しされるべき ではない。 ② 確認の付記へのKAMの採り入れは,同族企業の場合には,同族企業の目的にふさわしいとみ なされない。確認の付記は同質である必要はない。 ③ 債権者である信用機関にとっては,KAMによる追加の利益はない。より深い分析のためには, アクセス可能である限り,内部用長文報告書が利用される。 ⑶ 企業の競争に関係する情報の観点 KAM導入賛成 ・KAMの報告が実際に競争に関係しているか否かは評価できない。 KAM導入反対 ・ KAMの導入は,とりわけ中小企業にとって,競争の観点から熟慮すべきことである。これまで企 業情報の公開を理由に多くの企業が新規株式公開を思いとどまってきたことを考えるべきである。 出所:IDW[2015b]S.49-51に基づき筆者作成。
4.成立したAReG(2016年3月)
AReGによる改訂決算監査人指令28条(およ
び26条)の転換により改訂された商法典322条
は,すべての確認の付記を想定して,書面によ
る作成,ISAの適用の明文化および共同監査の
任命に関する規定を新設している。確認の付記
がEU規範の水準に達していることを示している。
一方,成立したAReGにおいては,参事官草
案で提案された商法典322a条は採用されなか
った。すなわち,「統一性のある確認の付記」
の貫徹は断念されたのである。AReGの理由書
は,KAMの導入等により拡大されたPIEの確
認の付記による経験を観察した後,すべての企
業に拡張する可能性が調査されるべきであると
し,EU決算監査人規則10条に規制されている
PIEの確認の付記に関する諸要求のすべての企
業への適用は見合せると述べている
⒇。
5.IDW PS 400番台の構想(2016年12月)
IDWは,ISA 700番台に対応する,新しい
IDW PS 400番台シリーズの構想を発表した
。
包括的な基準であるIDW PS 400は,決算監査
の結果たる無限定の確認の付記の形式と内容を
取り扱う。それに続くIDW PS 401は,KAMに
関する決算監査人の義務を規制する。ドイツに
おいてはKAMに相当するものは,„besonders
wichtige Prüfungssachverhalte“( 特 に 重 要 な
監査上の事実関係)と表現される。以下では,
IDW PS 401の概要を示す。
本基準は,ISA 701を転換するものであり,
PIEの一般目的のための(完全な)決算書に対
する法定監査に適用される。本基準は,2017年
12月15日以降に終了する報告年度に関する決算
の監査に適用される(7項)。PIEの決算の法
定監査に関しては,2016年6月16日後に始まる
報告期間に適用される。
「特に重要な監査上の事実関係」とは,決算
監査人の義務に従った判断により,現在の報告
期間に関する決算書の監査において,最も重要
であった事実関係であり,監督機関と議論され
た事実関係から選択される。ここで,EU 決算
監査人規則10条 2項(c)に準拠して,「最も
重要であると評価された重要な虚偽表示のリス
ク」はこれに当てはまることが規定されている
図2 特に重要な事実関係の特定および選択と確認の付記における報告との関係 監督機関と議論された全ての事実関係 (IDW PS 401,12項1文前段) ステップ1 決算書の監査の際に特別な取り組みが必要とされた事実関係の決定 (IDW PS 401,12項1文後段および2文) ステップ2 最も重要な事実関係の決定 (IDW PS 401,13項) 出所:IDW PS 401 第11項。 特に重要な監査上の 事実関係 ステップ3 確認の付記の報告 a)「特に重要な監査上の事実関係」であると決定された事実関係であることから利用者指向の記述 b)決算書に含まれている記載事項には当該記載への参照指示 c)実施した監査手続の要約 d)場合によっては監査判断を裏付けるための重要な確認事項(key observation)(9項)。図2は特に重要な監査上の事実関係の
特定・選択と確認の付記における報告との関係
を示したものである。図2においてみられるよ
うに,特に重要な監査上の事実関係の決定は3
段階から成る
。
本基準において,各規定の配列および内容は
ISA 701と整合的なものとなっている。特に重
要な監査上の事実関係の報告の目的は,実施し
た決算監査に関するより高い透明性をもたらす
確認の付記の言明能力(Aussagekraft)を高
めることにある(2項)。
Ⅳ むすび
監査報告に関するEU規範とISAの最近の動
向を踏まえ,ドイツの対応状況を特にKAMの
導入をめぐるこれまでの考察を示したものが図
3である。
ドイツ監査報告制度の対応状況からみられる
のは,確認の付記の「現実化」と「国際化」と
いう特質である。すなわち,商法典レベルにお
いては,AReGによる改訂決算監査人指令28条
の転換により改訂された商法典322条は,すべ
ての確認の付記をEU規範の水準に適合させる
という意味での現実化への対応が図られている。
監査基準レベルでは,IDWがISA 700番台の基
準をKAMの報告を含むIDW PSに転換して,
国際的に比較可能な基準に従い作成された確認
の付記が付与されるという意味でのドイツ商法
上の年度決算監査の国際化への対応が確認され
る。
一方,現実化と国際化の達成は,確認の付記
の規定の分裂をもたらした。すなわち,PIEの
確認の付記に関する諸要求(特にKAMの報
図3 EU規範およびISAの影響を踏まえた確認の付記に関するドイツの法律と監査基準の設定状況 EU 規範 PIE の確認の付記 全ての確認の付記 ドイツの法律 ドイツの監査基準 改訂決算監査人指令28条 (および26条) 決算監査改革法(AReG) 商法典332条 IDW PS 400 IDW PS 401 転換 転換 EU 決算監査人規則 10条を加味 転換 直接適用 EU 決算監査人規則10条 国際監査基準(ISA) ISA 700 ISA 701
出所:筆者作成。 商 法 典322a条(EU決 算監査人規則10条を基 にした「統一的な確認 の付記」の構想)は規 定化されなかった。
告)について,Non-PIEへの適用は見送られた。
立法者は,確認の付記の法律関係における利用
を重視し,確認の付記の「統一性」の貫徹を目
指したが断念したのである。Non-PIEの場合の
KAMに関する情報は,内部用長文報告書にお
いて考慮すべきとの認識が共有されたことは注
目される。
以上の考察から,確認の付記の長文化をもた
らすKAM導入の議論においても,コーポレー
ト・ガバナンス構造を背景にした内部用長文報
告書の意義が確認される。ここに,ドイツ監査
報告制度の顕著な特質を見出すことができる。
[注]
⑴ ドイツにおいて,小資本会社ではない資本会社 の年度決算書および状況報告書は,決算監査人に よって監査されなければならない(商法典316条1 項1文)。資本会社は株式会社,株式合資会社およ び有限会社である。 ⑵ 株式法111条1項,171条1項。 ⑶ IDW PS 450は内部用長文報告書の記載事項とし て次の8項目を規定している。1.監査委任契約, 2.基礎的確認事項(企業の状況,不正),3.監 査の対象,方法および範囲,4.会計報告に関す る確認事項と説明(会計報告の正規性,年度決算 書の総合的言明),5.リスク早期認識システムに 関する確認事項,6.監査委任契約の拡大に関す る確認事項,7.確認の付記,8.付録(年度決 算書等)(小松[2014]24頁以下)。 ⑷ EUの規則および指令による監査に関する規制の 動向は林(2014)において詳細に検討されている。 ⑸ EU-AbschlussprüferverordnungまたはEU-APrVO と略称される。 ⑹ 改訂決算監査人指令2条13項,内藤[2014]45 頁,林[2014]57頁。ドイツにおけるPIEは,資 本市場指向企業(商法典264d条),CRR信用機関 (信用制度法1条3d項1文,なお同法2条1項1号 および2号に例外あり)および保険企業(商法典 341条)である(商法典319a条)。これらの企業の 決算監査には,EU決算監査規則が適用されるよう 商法典に規定されている(商法典317条3a項,340k条 1項4文および341k条1項4文)(AReG[2016]S.52-53)。ケーラーによれば,ドイツにおいてPIEは約1,600 社になるという(Köhler[2015]S.110)。 ⑺ ドイツにおいて,EU決算監査人規則10条が規定 する「最も重要であると評価された重要な虚偽表 示のリスクの記述,監査人の対応および確認事項」 は,確認の付記の長文化をもたらすものとして, いわゆるKAMと認識されている(IDW[2015a] S.2, IDW[2015b]S.46)。なお,同規則10条はその 他に,「決算監査人を任命した者および機関」,「任 命期間」,「禁止されている非監査業務を実施しな かった旨」,「独立性の保持の表明の記載」等を求 めている。 ⑻ ここで用いる名称は,AReGの理由書の„überarbeitete Abschlussprüferrichtlinie“に依拠している(AReG [2016]S.44)。 ⑼ 改訂決算監査人指令28条は,確認の付記は書面 により作成され,「企業,監査対象および適用され た会計報告の諸原則」,「決算監査の範囲および監 査の諸原則」,「監査判断あるいは監査判断の付与 をしない旨」等の項目を含むよう規定している。 また,同指令26条は,決算監査は国際的な監査基 準に準拠して行われるものとし(1項),国際的な 監査基準はIAASBによるISA等を指すとしている (2項)。 ⑽ IAASBは,2006年にAICPAとジョイントによ り監査報告の改革に関する研究に着手し,2011年 にコンサルテーションペーパーおよびプロジェク ト提案を公表した後,2013年に「監査された財務 諸表の報告:提案された新・改訂国際監査基準 (ISA)」についての公開草案を成立させ,2015年1 月に最終的なISA 700番台を中心とする監査基準を 公 表 し て い る( 詳 細 は 岸[2014] お よ びKöhler [2015]S.15を参照されたい)。かかる改革が2016年 12月に公表されたIDW PS 400番台の新シリーズ (草案)の開発に影響を与えたのである(図表1を参照)。 ⑾ Skirk[2017]S.1. ⑿ 2014年までの欧州連合における決算書改革提案 に対するドイツの対応は,内藤[2014]において 詳細に検討されている。また2017年以降の展開に ついては,小松[2018]を参照されたい。 ⒀ AReG[2015]S.7-8. ⒁ IDW[2015a]p.3. ⒂ さらに2年目の分析では「複雑な税務引当金 (Complex Taxation Provisions)」が指摘されてい
る(IDW[2015a]p.50)。 ⒃ なお,IDW報告書[2015a]で紹介された2014年 度の同社の財務諸表に対する監査報告書は,小松 [2016]に収録されているため,ここでは監査報告 書(2016年2月16日発行)を示している。また, 英国におけるKAMの実例は,IDW[2015a]およ び小松[2016]を参照されたい。 ⒄ IDW[2015b]S.41-44. ⒅ IDW[2015b]S.46. ⒆ IDW[2015b]S.47. ⒇ AReG[2016]S.45. IDW PS 400番台の各基準シリーズは,2106年末 において草案(Entwurf)の段階であり,EPSと表 記されていたが,2017年11月30日にIDWの中央専 門委員会(HFA)によりPSとして成立したため, 本稿においては各基準をPSと表記している。 ステップ2において,考慮されるべき事項は次 のとおりである(IDW EPS 401,12項1文後段お よび2文)。 a)より高いと判断された重要な虚偽表示のリス クを伴う領域 b)見積りに高い不確実性が識別される見積額を 含む,経営者に重要な判断を課す決算書の領域 に関する監査人の重要な判断 c)監査の対象となった期間において生じた重要 な事件または事業上の出来事が決算監査に与え る影響
[参考文献]
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Web ページ
Randstad Holding nv.https://www.ir.randstad. com/~/media/Files/R/Randstad-IR/annual-reports/annual_report_randstad_2015_interactive. pdf(最終確認日:2018年2月10日).