日本人は古くから自然を愛し,自然と共に生きてきた.日本庭園に代表されるように,日本人は 自らが存在している場所を自然と区別するのではなく,自然の一部となることを享受してきた.万 物に神が宿るという自然観を人々はもち,人々の生活空間である村は,里山を挟んで自然へと続い ていた.ところが,江戸末期に,産業革命以来発展を続けた欧米諸国が開国を求めて現れ,新しい 科学技術や軍事力を見せつけられた日本は,富国強兵国家としての転身を目指し,西洋式の産業や 生活様式を急速に取り入れていった.その結果,自然と共に生きるのではなく自然を利用すること に没頭し,自然破壊を重ねながら,大量の資源とエネルギーを消費し続ける社会を作り上げてしま ったのだ.こうして出来上がった社会によって,われわれは豊かで快適な生活を享受している.し かし,大量の資源とエネルギーを消費し続ける社会が持続可能なものでないことは自明であろう. ところが,人は一度享受した利便性の高い生活様式を手放すことはできず,人口も経済も成長する ことが不可欠であると考え,さらに大量の資源とエネルギーを欲している.文明社会が大量消費の 末に悲劇的な末路を迎えないためには,利便性の質は落とさずに,自然破壊をせずに成長できる産 業構造を生み出すことが望ましい.自然と共に生きることが幸せであると感じることのできる自然 観をもつ日本人にはそれができるのではないだろうか.そのためにも,自然を知り,日本人らしい 自然観をいっそう研ぎ澄ますことが大切になるだろう. かつては,動物と共に過ごすことで自然を学ぶという機会がふんだんにあった.虫かごに入れた 虫たちの声に耳を澄ますだけでなく,田んぼや小川でカエルやザリガニを捕まえ,川でフナを釣り, 山でウサギを追った時代があったのだ.それらの遊びを通し,生き物がもつ生命の淡さと逞しさを 知り,生き物の仕組みを体感し,物理学と化学の上に成り立った生物の不思議さと生命の尊さも実 感できていたのだ.ところが,自然に棲んでいる動物を手に取り,日常の生活の中に連れてくると いう行為が失われてしまった.スーパーでは切り身になった魚がトレイの中に入っていて,もとも との水の中の姿を想像すらできない.骨のついている豚肉や牛肉を見ることができるのはまれで, ほとんどのものが薄くスライスされている.夏になると一時的にペット用のスズムシやカブトムシ などがデパートで売られ,飼育キットまでセットになっている.図鑑を楽しむ子どもたちがいるこ とは救いだが,動物がちょっとしたことで傷ついたり死んでしまったりすることを本から学ぶこと はできない.このように自然の中で生きている動物と隔離させられてしまった今,どのように自然 観を取り戻せばよいのだろうか. 本シリーズは,生物研究にどっぷりと浸かり,生命の仕組みについての研究を続けている研究者 が動物の飼育法を語る.114名の著者が95に上る動物の飼育法について語り,そこに書ききれな かったトピックスなどをコラムとして折り込んでいる.多様な動物の生きる仕組みを研究している 日本比較生理生化学会の会員を中心に執筆を願ったが,不足な動物種については会員外の研究者に
は じ め に
vも執筆をいただいた.すべての原稿に対して編集者全員で査読を行い,読者がより読みやすくなる ように執筆者に改訂をお願いした.単細胞生物から哺乳類までを一同に集めた飼育法である.行間 にあふれる著者たちの生命に対する畏敬の念を,読者は本書を手に取ったときに感じていただける ものと思う.研究者というプロが作り上げた飼育のノウハウを,自ら試してみてもらいたい.飼育 し続けることの楽しさと難しさを実感してほしい.本書に記載された方法で動物を飼育すると,い かにプロの研究者たちが生命を大切にしているかを実感できるはずだ.そして「飼育を通してのみ 見える生命」があることを体験していただきたい.生きとし生けるものが,人々の日常の中に入り 込んでいくことを望んでいる. 本書を手に取り飼育を実践された方々は,日本人としての自然観と,科学的生命感を学ぶことが できるに違いない.生命を学び,生命を知り,生命に畏敬の念をもつ者が社会を作り産業を興せば, 次の世代に何を残さなくてはならないか,何をしてはならないかをわかって行動できるようになる. 今,本書が出版されることは,自然感が薄らぐ現代においてタイムリーなものである.日本人が良 き自然観を取り戻し,よりいっそう世界に誇れる国になれることを祈りつつこの本を世に送り出す. 2012年 4 月 日本比較生理生化学会 「研究者が教える動物飼育」