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無痛分娩における助産実践と助産観 [ PDF

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Academic year: 2021

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1 1.論文の構成 はじめに 1 問題の所在 2 先行研究 3 本研究の方法と研究の意義 4 本論文の理論枠組みと構成 第一章 助産師と陣痛の捉え方の背景(context) 第一節 助産師の歴史 第二節 助産師の歴史社会的な位置づけ 第三節 「陣痛」のとらえ方 第四節 「陣痛」への働きかけ 第五節 近代助産婦 Y さんの陣痛の捉え方 第一章の小括 第二章 無痛分娩の助産実践のエスノグラフィー 第一節 調査現場の概要 第二節 助産実践のエスノグラフィー 第二章の小括 第三章 無痛分娩における助産実践の分析 第一節 「気を遣う」実践の分析 第二節 助産師の陣痛の捉え方の考察 第三節 無痛分娩における葛藤と気持ちの揺れ 第四節 気を遣う実践の考察 〜米国との比較〜 第三章の小括 第四章 結論 第一節 助産師たちの意味世界 第二節 無痛分娩における複数の知識体系 第三節 助産師にとっての陣痛の意味 おわりに 1 本研究の限界と今後の課題 2.論文の概要 研究目的と意義 本研究では、無痛分娩の出産場面への参加観察をと おして、助産師たちの出産観や助産観を明らかにし、 助産師たちの意味世界の理解を試みる。無痛分娩の独 特な助産実践をとりあげ、その場の関係者たちの語り や振る舞いをとおして、助産実践に埋め込まれた知識、 知識の交渉過程、そして陣痛に対する助産師の捉え方 や葛藤を明らかにする。また、医学的管理下で行われ る無痛分娩では、産科医や麻酔科医の複数の医師たち の医学的知識が正当化され権威的な知識であると考 えられる。その中で、助産師たちの経験的知識はどの ように位置づき働いているのか、状況に中に埋め込ま れた助産師の知識の独自の様態を探ることを通して、 今後の助産師教育に示唆することを目的とする。 今回無痛分娩の助産実践を取り上げる研究上の意 義として、以下の3点をあげる。 まず、無痛分娩の助産実践や助産現場に関する研究 が皆無に等しいことである。今後、このような無痛分 娩は、日本でも増加することが予想され、その実態把 握は、研究としてだけでなく、助産師教育の現場でも ますます重要になってくると思われる。 次に、日本での無痛分娩による出産数は、欧米と比 較してまだ少なく、その背景には、技術の問題という よりも社会的、文化的な要因が横たわっていると考え られる。いまだ導入の過渡期にある無痛分娩の出産方 法の現場には、複数の価値観や知識体系の併存や葛藤 状況が予想されるため、出産観の変化や関係者たちの 間の知識の動態、あるいはそうした複雑な現場に身を 置く助産師たちの助産実践や葛藤を探る上で格好の 対象と考えられる。 さらに無痛分娩の場は、陣痛の文化的意味やその変 化を考える上でも最適の現場である。日本社会におい て自然なこと、母になるために必要な試練などと捉え られてきた陣痛の痛みを、比較文化や多様な出産の選 択という視点から相対化することで、これまでの陣痛 をめぐる「母性」言説だけでなく、出産の「医療化」 問題における平板な理解に対しても、批判的検討の機 会を提供できると考える。 本研究では、米国の人類学者、ジョーダン(2001) の出産の場の知識の様態を援用して、論を展開してい く。ジョーダン(2001)は、1980 年代にアメリカの出 産の助産実践の参加観察を行い、助産の人類学を記述 している。その中で、アメリカの分娩室には、複数の

無痛分娩における助産実践と助産観

キーワード:助産観,気を遣う実践,知識間の交渉,陣痛,身体的知識, 教育システム専攻 水尾 智佐子

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2 知 識 体 系 が 存 在 し て い た こ と を 記 述 し て い る (2001:201)。ジョーダンは、米国の分娩室には、医 師の持つ専門的な医学的知識と、出産する女性の持つ 身体的知識、医師に従属し器械だけをみる看護師の知 識があり、そこで最も重要とされ、正当化された出産 の構造上の優位な知識は、医師の医学的知識であった ことを論じる。米国の分娩室では、常に医学的知識が 構造上優位な権威的知識とされていた。 このジョーダンの示した出産の場における知識の 在り方を踏まえ、日本の出産に立ち会う関係者が持つ 知識を整理してみると、医師の科学的で医学的知識、 産婆・助産師の経験的知識、産婦の身体的知識、共同 体の宗教的知識、または共同体での伝統的慣習的知識 として示すことができると考える。出産の場をめぐる 知識は、出産の場所や出産の介助者によって、複雑に 関連し変動してきたと考えられる。産婆の資格の法律 化により、産婆は、経験的・慣習的知識に対して、教 育からの科学的で医学的知識を持つようになった。そ のなかで妊産婦の身体的知識を拠り所にしながら、助 産実践の経験的な知識も獲得していく。このように、 助産師の持つ知識自体も、妊産婦と医師との中間に位 置しながら流動し、現在も複雑に継続して持ち得てい ることが考えられる。特に、医療的介入の無痛分娩で は、助産師だけでなく、産科医と麻酔科医など出産を 取り巻く様々な人々との間でさらに複雑な関係性が 生じ、相互作用や関係性から生じる知識という関係論 的な知識が実践の状況に埋め込まれていると考え、こ の知識に着目し様態を探る。 研究方法とデータ分析 本研究では、参加観察とインタビューによるエスノ グラフィーの研究方法を用いた。臨床において展開さ れる実践は、状況に埋め込まれており、実践者と状況 を切り離して考えることはできないため、助産師が助 産実践をどのように実践しているかを捉えるには、研 究者がその実践の場に身をおいて状況を理解する必 要があると考えたからである。研究の対象者は、無痛 分娩に関わる助産師である。研究者は助産実践の場面 に「観察者として参加」し、参加観察から人と人との 相互作用、道具と人との関係性などについて、言語的、 非言語的なやり取りを観察した。インタビューの内容 は、観察したデータへの解釈の確認と、無痛分娩の助 産実践への考えについての助産師の語りである。デー タ収集期間は 2013 年 11 月から 2014 年 3 月である。 分析に関しては、描写から浮き上がった気を遣う実践 を分析していった。気を遣う実践の特徴的な場面を抽 出し、助産師の人やモノとのやりとりを中心に分析し、 状況の複雑な関係性を探り、出産の捉え方である出産 観、助産の捉え方である助産観を明らかにしていった。 第一章 助産師と陣痛の捉え方の背景 一章では、助産師と陣痛の捉え方の背景を述べた。 まず助産師の地位の歴史的変遷と社会的な位置づけ を論じた。助産師は正常産の専門家とされ、産科医の 持つ科学的な医学的知識を教育され、異常産の専門家 の産科医と役割が分業された歴史的な過程があった。 陣痛の捉え方に関しては、捉え方と働きかけ方から 述べた。陣痛の捉え方として、主観的で想像的な痛み としての捉え方、陣痛の言説を通した社会的捉え方、 陣痛の歴史的な解釈、出産の試練としての文化的捉え 方から整理して述べた。日本では、歴史的、文化的に も陣痛の痛みは、当然あるものとして捉えられ、出産 の試練として耐える痛みとされてきた。 また、陣痛への働きかけに関しては、取り除かれる 陣痛、緩和される陣痛、人工的に誘発される陣痛に分 けて整理した。特に日本では、陣痛の痛みを取り除く ことは、医療的にもなじみにくい。それは、陣痛の痛 みは、生理的機序であり、生理的機序に逆らうことは リスクを伴うことになり、陣痛の痛みは、呼吸法等の 方法で緩和するものとして扱われる。しかし一方、予 定日超過や前期破水など母児の安全のためや病院の 組織体制の理由で、人工的に陣痛を誘発されることは ある。日本の医療システムでは、陣痛を人工的に促進 することは行われても、痛みを取り除くことは積極的 には行われていないことを医療現場での陣痛の捉え 方として述べた。 さらに、助産師は陣痛をどのように捉えてきたのか、 という疑問から、長年の助産実践の経験のある 88 歳 の近代助産婦の語りを記述し、陣痛の捉え方を分析し、 陣痛をめぐる出産観と助産観として明らかにした。現 在 88 才の助産婦 Y さんは、出産に痛みはあるもので、 陣痛の痛みは病気でなく、陣痛をのりこえることが喜 びに変わるという出産観と、陣痛の痛みがあるから和 らげる助産観を持っていたことがわかった。 第二章 無痛分娩の助産実践のエスノグラフィー 二章では無痛分娩の場面において、助産師たちがどの ように助産実践を行っているのかという疑問から、5 人 の助産師の助産実践をエスノグラフィックに描写し語り を記した。

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3 第三章 無痛分娩における助産実践の分析 三章では、無痛分娩における助産実践をエスノグラ フィックに描写した中から浮かびあがった助産師た ちの「気を遣う」の実践を分析した。 助産師たちは、産婦、医師、器械とのやり取りを通 して、陣痛をめぐる様々な気を遣う実践をおこなって いた。助産師は、陣痛の主観的痛みを常に産婦にうか がい、器械から陣痛の強さを読み取り、陣痛を調整す る。そして陣痛の痛みが無いように産婦の持つ陣痛の 感覚である身体的知識と医師たちの医学的知識との 間に立ち、助産師自らの経験的知識に基づき複数の知 識間の交渉を行っていることがわかった。無痛分娩は、 高度な医療化した出産であるが、助産師たちは医師た ちの医学的知識だけに従属することなく、痛みのない 出産になるように、常に産婦にとって何が最も重要か を見極め知識の交渉を行う。そこには、産婦の持つ陣 痛を常にうかがい、陣痛の調整が必要となり陣痛をめ ぐる「気を遣う」実践があることがわかった。 この陣痛の調整とは、陣痛の痛みを麻酔薬で除去し つつ娩出力は誘発剤で促進いていくことで、つまり陣 痛の痛みと娩出力を分化させて調整していく方法で あった。だからこそ、陣痛をめぐる痛みと娩出力を分 化した複雑な陣痛の関係性の無痛分娩では、特に、気 を遣う助産実践が必要となる。それは、助産師たちは、 陣痛の痛みは出産には必要不可欠であるという出産 観と、痛みがあるからこそ和らげるという助産観をも っていたからである。その上、助産師たちは、陣痛の 痛みが強い方が出産になるといった陣痛の痛みと娩 出力の強さを一体化して捉えていたために、陣痛を痛 みと娩出力に分化して調整していく無痛分娩では、気 を遣うことになることがわかった。 以上から、助産師たちの気を遣う実践の根底には陣 痛をめぐる出産観と助産観があることがわかった。こ の出産観と助産観は、第一章の近代助産婦 Y さんの出 産観と助産観と共通性があり、伝承性があった。この ことを伝統的出産観、伝統的助産観として明らかにし た。そして、助産師たちは、無痛分娩における助産実 践の場では、この出産観と助産観を持つがゆえに「戸 惑い」ながら、「物足りない」、それでも「しょうがな い」、と気持ちの揺れがあり、そして葛藤しながらも、 「認めよう」としていたことがわかった。つまり、助 産師たちには、陣痛をめぐる伝統的出産観を内包した 伝統的助産観を持ち、無痛分娩の助産実践では、それ ゆえに、気持ちが揺れ、また葛藤しながらも、選択し た女性の出産観を包摂していこうとする形の葛藤の 過程があることが明らかになった。 同じく第三章では、助産師たちの気を遣う実践から、 陣痛をめぐる複雑な関係性を解く知識の交渉につい て考察した。無痛分娩という高度な医療化された出産 の中で、助産師たちは、医師たちの医学的知識に従属 しながらも、医学的知識を出産の場の権威的知識にす るだけではなく、常に産婦の身体的知識を拠り所とし、 産婦にとって何が最優先であるかを自らの経験的知 識に基づいて探り、医学的知識と身体的知識と間の知 識の交渉を行っていた。これは、状況に埋め込まれた 助産師たちの知識であり、無痛分娩における助産実践 を支える重要な知識であることがわかった。 そして、人類学者のジョーダンの 1980 年の米国の 分娩室の報告(2001:198)をふまえて、日本の無痛分 娩における「気を遣う」助産実践の考察を行った。ジ ョーダンの報告では、米国では産婦が物象化され、産 婦の意思決定がない分娩室であった。日本の助産師た ちは、痛みのない無痛分娩であるからこそ、陣痛の主 観的な身体的知識を産婦に常にうかがい、その産婦の 身体的知識を最も優先にしようと知識の交渉を行っ ていた。ここには、助産師たちが気を遣うと語りなが らも、産婦への寄り添う形があったことを見出し、日 本と米国の相違として考察した。 第四章 結論 四章(結論)では、無痛分娩における助産実践と助 産観から、助産師たちの意味世界を整理し述べた。そ の助産実践と助産観を踏まえて、助産師たちの知識体 系を整理し、そして最後に、助産師たちにとっての陣 痛の意味を再考し述べた。 まず、助産師たちの無痛分娩における助産実践につ いて述べる。無痛分娩における助産実践は、陣痛をめ ぐる助産実践であり、陣痛の調整と複数の知識間の交 渉を行い、気を遣う実践であった。それは、陣痛をめ ぐり陣痛の痛みは麻酔薬で排除し、娩出力は誘発剤で 加えるという陣痛自体が痛みと娩出力に分化されて 扱われることとなり、助産師たちは、その陣痛の痛み と娩出力の調整を行うことと、産婦の持つ身体的知識 と医師たちの医学的知識との仲立ちとして交渉をす る新しい助産実践として立ち現れていた。助産師たち は、基本的に、陣痛の痛みと娩出力を一体化した出産 観を持つゆえに、陣痛の痛みと娩出力が分化された無 痛分娩の助産実践では、これまでにない気の遣い方を 強いられることとなる。助産師たちは、陣痛をめぐる

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4 痛みと娩出力を一体化した出産観を伝統性として持 ち、この伝統的出産観を内包した助産観をもって助産 実践を行い、助産師たちの内面では気持ちが揺れ、葛 藤しながらも、知識の交渉という新しい助産実践を習 合した助産実践を行っていたことが明らかになった。 また、助産師たちは、医学的知識と産婦の身体的知 識の両方を読み取る知識をもっているがゆえに、相互 の知識の交渉が可能となる。その両方の知識をもって 助産師たちは、産婦と医師たちの間に立ち、陣痛を調 整し、知識を交渉できるのである。無痛分娩の助産実 践で、助産師が重要に介在するのは、身体的知識と医 学的知識の両方を持って交渉ができるからである。 今回明らかになった、状況に埋め込まれた知識間の 交渉は、産婦の状況により変動する身体的知識があり、 知識の交渉も常に一定でなく形にしにくい知識であ る。産婦を取り巻く状況に応じた助産師たちの振る舞 い方の知識であり、生の状況に応じ転換されていく知 識といえる。状況は、常に変動していくので、不確実 で可視化しにくい知識なのである。 陣痛をめぐる無痛分娩における気を遣う助産実践 の複数の知識の体系を図1に示しまとめた。助産師は、 陣痛をめぐり痛みと娩出力を調整し、陣痛を持つ産婦 の身体的知識と医師たちの医学的知識との間で、自ら の経験的知識を使って知識の交渉という新たな知識 で、痛みのない出産の助産実践を繰り広げる。知識の 交渉という助産師の知識は、無痛分娩だからこその新 しい知識の創造であり、無痛分娩において重要な助産 師たちの知識で、理解されながらも説明されていない 暗黙知である。 本研究の限界と今後の課題 最後に本研究の限界と残された課題を3点に整理 した。一つ目は、助産師の語りからのデータが助産実 践に限定されていることである。今後、出産観や助産 観につながる助産師たちの語りを幅広く聞き、より幅 広いデータの蓄積が課題となる。 二つ目は、硬膜外麻酔分娩による無痛分娩には、2 種類ある。陣痛が発来しない時点で、陣痛誘発剤を使 用しながら同時に麻酔薬を使用する計画的誘発的無 痛分娩と、陣痛が発来してその痛みに耐えられない場 合に麻酔薬を使用する転向型無痛分娩である。今回の 調査対象は前者であったが、後者の場合も存在するた め、フィールドを拡大した事例の検討も必要である。 三つ目は、助産師たちの実践の中の知に関しては、 哲学や認知心理学など幅広い背景があると考えられ、 知識論に関するさらに幅広い探求が必要であると痛 感する。また、今回明らになった知識の教育の可能性 については、詳しく言及する余裕がなかった。このこ とも含め、今後の課題としたい。 3.主要参考文献 ・杉山公造,永田晃也,下嶋篤他,梅本勝博,本多卓也 (2008).ナレッジサイエンス,近代科学社 ・福島真人(2010).学習の生態学,東京大学出版社 ・ブリジッド・ジョーダン,宮崎清孝 滝沢美津子 訳 (2001).助産の文化人類学,日本看護協会出版会. ・Flick,小田博志監訳(2013).質的研究入門,春秋社 ・マイケル・ポラニー,高橋勇夫訳(2003).暗黙知の 次元,ちくま学芸文庫 ・松岡悦子(1985).出産の文化人類学 儀礼と産婆, 海鳴社 (図1 複数の知識体系)【気を遣の知識の交渉】 うかがう 指示 助産師 暗黙知 経験的知識 助産観 痛い訴え 産婦の身体的知識 陣痛 痛み 娩出力 報告 痛みの排除 陣痛の調整 医学的知識 産科医 麻酔科医 娩出力は加える 知識の交渉

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