• 検索結果がありません。

手形理論と手形抗弁〔三完〕

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "手形理論と手形抗弁〔三完〕"

Copied!
30
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

手形理論と手形抗弁〔三完〕

今泉恵子

一.序

二.新抗弁論(非包括説)の見解

(一)ヘーファーメール説

(二)カナリス説

(三)利益状況の評価の視点からの17条包括説批判

(四)小括(以上第68巻第4号)

三.17条包括説の見解および抗弁論争の検討

(一)抗弁制限(排除)の根拠について

(二)フーバーの手形抗弁論とその基礎

(三)有価証券論争−その検討と抗弁論争における意義

(四)抗弁の性質論とそこでのAbstraktionsprinzipの意義

(五)有効性抗弁事例をめぐる利益状況−17条包括説の評価視点

(六)手形抗弁論争の総合的評価(以上第69巻第4号)

四.我が国における非包括説(権利移転行為有国論)の検討

(一)問題状況の類似性

(二)鈴木二段階行為論を前提とする権利移転行為有因論

(三)理論の特異性とそれを形成する利益評価視点等に対する疑問 五.小括と展望(以上本号)

四.我が国における非包括説(権利移転行為有因論)の検討

(−)問題状況の類似性

[1] 我が国でも,手形行為者に一定の帰責事由がある限り,証券内容 への信頼が保護されるという結論については,ほぼ異論がないが,このこと

(2)

をどのように法律構成していくかに関しては,二つのアプローチ方法が対立 しているといわれている。この指摘によれば,第ーの方法とは,手形行為 概念を一般の法律行為概念からかけ離れたものとせず,かっそれにもかかわ らず望ましい結論を導くために,手形行為に対する民法の意思表示規定の適 用を個別的に修正・排除したり,あるいは,手形関係の設定・変更につき契 約説や単独行為説をとりながら,交付欠歓の場合には外観理論で補充して構 成していこうとする立場である。これに対して,第二の方法とは,手形行 為は,手形たることを認識し,または認識すべくして署名することにより有 効に成立すると考える形式行為説などのように,手形行為概念の外延を拡大

して,全体を手形行為論の中で処理していこうとする立場である,と。

そして,手形抗弁論としての「我が国の非包括説」というよりは,第二の アプローチ方法をとる手形行為論として位置づけられているのが,鈴木三段 階行為論を前提として有力に主張されている,権利移転行為有因論(以下,

本稿では単に有因論と呼ぶことにする)である。

有因論は,レヒツシャイン理論によらずに,手形行為論を『創造説と契約 説』との折衷により再構築しようと試みるものであり, しかも,伝統的無因 論に否定的でもある。この点だけに着目すると,我が国の有因論とドイツで 包括説と呼ばれるフーパ一説とは軌をーにしている, との見解に陥り易い。

[2 ]  しかし,我が国の有因論は,本稿冒頭で述べたように, 17条の適 用領域に含まれるべき相対的抗弁の範囲を, ドイツ新抗弁論(非包括説)に もまして狭く捉えている。ここで果たして,我が国の非包括説に与する論者 によっても,次の問題が意識されることになる。即ち, I新抗弁論は,伝統 的な無因性理論を前提に展開されており,その限りでは,我が国で争われて いる伝統的無因論と権利移転行為有因論その他の有因論との対立とは関わり がない。しかし,有因論をとる場合に,手形抗弁の分類や有効性抗弁の問題 がどのような影響を受けるのかは,それ自体検討すべき問題であるJ, と

そこで,本章では,まず,鈴木二段階行為論を前提として主張されている,

有因論を概観する。次いで,そこで採用されている有図的構成の「特異性」

を明らかにしつつ,その特異性を形成している,思考の連関および利益状況

(3)

の評価視点について,これまでのドイツ抗弁論争の評価を踏まえながら,若 干の検討を加えることにしよう。

(168)  浜田(道)注 (94)前掲論文←1328頁以下を参照。

(169)  たとえば,竹田「意思表示の寝庇と手形抗弁」商法の理論と解釈653‑671頁,伊沢

・手形法小切手法127‑135頁,大隅・改訂手形法小切手法講義31頁等がそうである。詳 しくは,菊池雄介「手形金額に関する錯誤」法学新報877.8.9合 併 号97頁以下を参照。

(170)  契約説としては,河本「有価証券におけるレヒツシャイン」神戸法学雑誌24725 頁,田辺(光)r手形債務の存在に対する人的抗弁」民商672188.202頁,蓮井・手 形法小切手法判例百選(新増)287頁等があり,発行説としては,石井・手形法小切手 法30頁,大隅注~o)前掲書89.100.175頁,今井注(94)前掲講座 110頁がある。

(171)  たとえば,鈴木注(2)前掲書138頁,平出「手形行為と意思表示の環庇」手形法小切 手法講座l96頁,服部「手形行為と民法」法学272148頁等がある。

(172)  福瀧注(7)前掲論文469頁注20は,我が国では,交付欠訣・寝庇等につき,それらを 抗弁排除の問題として観念すること自体,従来必ずしも一般的ではなかったとされる。

(173)  庄子「手形抗弁の四分類」法学476161

(ニ)鈴木ニ段階行為論を前提とする権利移転行為有国論

]  有因論の礎をなしているのは,周知のように,鈴木二段階行為論 であるが,これは, I有価証券が権利を表象する一個の財貨と認められるこ

とを徹底すれば,すでに証券の作成自体によって振出人の義務,即ち,自己 自身に対する権利が成立し,その成立した手形上の権利が手形証券に結合さ れると解すべきであるJ,との考え方が基調となっている。

鈴木理論によれば,まず,手形行為の第一段階をなし,それ自体で以て手 形上の権利を成立させる単独行為としての手形債務負担行為(署名行為)は,

いわゆる形式行為であって,それが有効であるためには, w手形たることを 認識しまたは認識すべくして署名する意思』があることで足りる。

この署名行為により既に存在するに至った権利は,次に,手形行為の第二 段階をなし,手形上の権利の移転を目的とする当事者間の交付契約(権利移

(4)

転行為)により移転され為。但し,権利の成立の場合とは異なり,権利の有 効な移転には,この交付契約が,一般私法上の意思表示規定等に照らして有 効なものであることが必要とされている。

しかも,以上の二段階行為論を前提とする有因論のもとでは,債務負担行 為によって成立する権利は,原因関係とは別個の無図的なものであるが,こ のような抽象性は,権利移動行為には妥当しないものと解されている)。

[2J  かかる有因論のもとでは,種々の手形抗弁は次のように取り扱わ れる。まず,物的抗弁とされるのは,

r

証券から明らかな抗弁』と,フーパ一 説における『署名の有効性に対する抗弁~ (これは,カナリス説では『帰責 可能性抗弁』に当たる)を生ぜしめる事由(無能力,偽造等)である。

なお,上述のように,

r

意思表示の最庇』は,手形債務負担行為の成立自 体には影響を与えないため,物的抗弁とはならない。

次に,人的抗弁は,無権利の抗弁と狭義の人的抗弁とに分けられている。

そして,いわゆる善意取得規定(162項)の適用により制限されるのが,

権利の「有効な存在」を前提として,純粋にその「所在」を問題とするとこ ろの, w無権利の抗弁』と呼ばれるものである。たとえば,意思表示に関す る規定の適用を受けると解されている,権利移転行為が欠ける場合は勿論,

さらに,これに意思表示の蔵庇がある場合のように,新抗弁論にいうところ の『有効性抗弁』グループに属する抗弁が,この類型に属する。

しかも,鈴木理論では,手形行為者が署名により債務を負担する側面と,

彼がそれにより有するに至った(自己自身に対する)権利を移転する側面と の「両面性」が,手形引受や手形保証であると,手形振出や手形裏書である

とを問わず,すべての子形仔為につき一律に想定されている。

つまり,そこでは,新抗弁論にいう暇庇ある手形債務負担(権利の存在に 関わる寝庇)の問題が,手形上の権利の寝庇ある処分・移転(権利の所在に 関わる寝庇)の問題に置換される結果,新抗弁論が指向していた,手形処分 における理庇と手形債務負担における同質のそれとの平等な取扱は,理論上 当然に実現されている。従って,新抗弁論によって, ドイツ17条包括適用説 に対する批判の論拠とされていた評価矛盾,即ち,包括説のもとでは,手形

(5)

行為の類型如何により,その質において等しき寝庇が等しからざる取扱を受 けてしまうという事態は,少なくとも鈴木理論では生じない。

但し, w無権利の抗弁』は,以上のものに留まらず, w手形債務の弁済等に よる消滅の抗弁j],さらには,原因関係の無効・消滅等, w原因関係上の抗弁』

に属する殆どの抗弁もまた,この類型に属せしめられている。

それ故,人的・相対的抗弁のうち, 17条の適用領域に留まるのは,手形外 の法律関係から生ずる『狭義の人的抗弁』だけである。この抗弁事例は,手 形行為自体については債務負担の面にも権利移転の面にも暇庇がなく, しか も,原因関係の存続を前提として,それに延期的抗弁(同時履行や支払猶予 の抗弁)が付着しているにすぎない場合等,極めて少ない場合に限られる。

(174)  鈴木注(8)前掲講座l1頁以下,特に69‑16頁。尚,鈴木注(2)前掲書142頁以下,

同「隠れた取立委任裏書と人的抗弁」鈴木=大隅商法演習1lI140頁をも参照。

(175)  但し,引受に関しては,権利は,手形を一方的に手放すことによって当然に所持人 に帰属し,譲渡契約は必要でないとされる(鈴木注(2)前掲書144頁)。なお,鈴木理論 に先立ち,エックハルト流の創造説により,第二段階の権利移転を債権譲渡契約ではな

く,物権契約と解する見解(田中(耕) ・手形法小切手法概論320頁以下)もあった。

(176)  鈴木同前139145

(177)  鈴木・商法研究1(昭和56,有斐閣)300頁,前田注(8)前掲論文887頁以下,同「手 形行為(2)一手形行為の性質」月刊法学教室931頁以下,竹内注(8)前掲演習156‑7 庄子「無権利の抗弁と抗弁制限」ロースクール1827頁以下,渋谷(光)注(8)前掲演 習商法(手形小切手)111頁以下,小西注(8)前掲論文18頁以下等を参照。

(178)  林注(2)前掲論文86頁参照。しかし,引受・保証について,権利移転行為の存在を否 定する見解(前田注(11)前掲書35372‑7頁)に対しては,新抗弁論の批判が妥当しよ

う(なお,本分中の手形抗弁の分類法は,前田同書183頁以下に従った)。

尤も,鈴木教授は,かつては,注(2)前掲書256頁注37において,所持人の意思によら ない占有喪失は,善意取得の問題であるが,これに対し,自らの意思に基づいて手形行 為をないその意味において債務者に責めある場合(預けておいた手形がその意に反し て処分されたような場合)は,通説は善意取得の問題と考えているが,人的抗弁の制限 の問題にすぎぬのではないか,と解されていた時期もある。

(179)  鈴木注(8)前掲講座1.14

(6)

(三)理論の特異性とそれを形成する利益評価視点等に対する疑問 ]  まず,有因論の前提となっている二段階行為論の適否に関しては,

周知のように見解が分かれている。一方で,信用の社会化手段たる手形の機 能を重視しそれに即応した形で,法律行為論的構成を機能的に構築してい くことこそが現代の法律学の課題である, とする立場からは,鈴木二段階行 為論は積極的に評価されている。即ち,手形法律関係を法律行為と善意取得 という伝統的概念のみで説明しうる同理論は,殊に,法理論を簡明化して通 常人に対する法の認識・伝達をも容易にしうるという点で,前述の第ーのア プローチ方法をとる理論構成に比べ,より積極的な意義を有する, と

しかしながら,もう一方では,鈴木理論の意義について懐疑的な見解も存 在する。たとえば, I交付欠歓の場合の法律関係を表見理論によって処理し ようとすれば, IF外観を信頼したものに対する,外観作出につき帰責事由あ る者の債務負担』というような,伝統的な法律行為論の枠の外にあり,その 具体的内容についても未だ十分な検討がなされていない,理論を導入しなけ ればならず,法理論は簡明なものとはいい難いものとなる。しかし,反面か らいえば, IF自己の自己に対する権利を成立させる法律行為』という法律構 成は,伝統的な定義が『権利』および『法律行為』とL、ぅ概念で捉えてきた ものとは実質的に異質のものを『権利』および『法律行為』の概念に包含さ せることによって概念の内包を不明確にし,法律論の体系的整理をあいまい にしているのではなかろうかJ,という論評もなされている。

後者の見解により疑問とされているところの,手形の作成・署名の段階で 生ずる,債務者が同時に自己に対する債権者でもあるような「主観的権利」

L、ぅ概念については,たとえば,次のような説明もありえよう。

.たとえ原始的には権利の積極厨と消極厨とに f一致・混同J があって,

将来においてしか,債務者と債権者とが一体ではない,いわゆる古典的‑伝 統的な形態をとる主観的権利が生じないとはいえ,この混同そのものは,自 己自身に対する現時の蒜求権が(証券の作成・署名により)すでに妥当する ごとを妨げ石理由とはなるわけではなL 2. しかも,このような形での手 形上の『権利』の発生は,たとえば,土地所有者に対し,自己の土地への仮

(7)

登記可能な地上権の設定のみならず,その地代の増額請求権をも認めるべき 場合や,一人会社の設立の場合と同様に,実務上も要請されているところで ある。 3.それ故,以上の場合のように.{O己白身との合意Jが詳容され るべき取引上の要蒜があ石ときには.r合意Jは必要ではなL、。ぞれに代え て,fE/己自身に対する契約類似の請求権を設定する旨の,一方的な決断の 表明 [Kundgabe]jj が序在すると認められるなら It'~ それで足りるf

しかし, w署名行為それ自体Jが,たとえ純然たる事実行為ではないとし ても,それを自己に対する権利を即座に成立させる『法律行為』として位置 づけていく,鈴木理論には, w私的自治概念の稀釈化』という,フーパ一説 におけるのと同質と危険性が見受けられる。(前述三局 [3J参照)。

むろん,このような危険性を重視することが,果たして,

r

単なるイデオ ロギー的な概念区別」の偏重ではない, といえるのかどうかを慎重に検討し てみることも,必要ではあろう。但し,少なくとも,鈴木理論の簡明性は,

それだけでは,同理論が,レヒツシャイン理論その他の有価証券理論よりも 適切であると判断するに十分な理由とはなりえまい。

しかも,たとえ,鈴木理論が最適な理論構成であると仮定するにしても,

それを基礎にして展開されている有因論は,円滑かっ確実な手形取引が阻害 される要因を極めて多く含んでいるが故に,妥当なものとはいえないのでは ないか,と考える。

まず,物権行為の無因性に親しんでいるところでさえ,手形行為 の無因性に批判的な見解があることに鑑みると,次のような趣旨の主張がな されるのは至極当然である, とも思われる。つまり,まして,物権および一 般債権譲渡につき無図的枠組みを設けていない我が国では当然に,物権行為 に準ずる手形債権の移転・譲渡行為について,その無因性を認めるべき根拠 はない。手形法は善意取得の規定を完備しているのであるから,むしろ,物 権および一般債権譲渡の場合以上に,有因性論が妥当である, と

(83) 

ところが,特殊ドイツ的な「無図的所有権譲渡」という出損行為類型に親 しんでおらず,手形交付を有図的な法律行為と捉えている,オーストリアの オストハイムですら,原因関係の無効・消滅の抗弁が17条の規制領域に含ま

(8)

れることを当然視している(前述三帥[1 ]参照)。それ故,以上のような 主張は,我が国の有因論がこの種の抗弁に対し, 17条の適用を否定するため の理由づけとしては説得力をもたない,といえよう。

しかも,直接には,寝庇ある交付契約の抗弁に162項を援用する見解に 対する論評としてではあるが,オストハイムは次のように述べている。

1162項の手形返還請求権の基礎として,かりに所有権を放棄するとす れば,唯一残るのは不当利得返還請求権しかない。しかし,この請求権は,

最庇ある交付契約の事例に留まらず,明らかに,法律上の原因なき取得のす べての事例,なかんづく,原因行為に欠依・暇庇がある,すべての事例にす らも介入すべきことになろう。このどうしても避けがたい結論は, 17条の適 用領域を大部分において侵犯することになろうが,未だ何人たりとも,この 結論を引きだしてはこなかったのである J,と[下線は引用者による]。

オストハイムのように,手形所有権を手形法上の制度概念として認めるべ きか否かは暫くおくとしても,以上のような彼の叙述は,図らずも,有因論 の妥当性をではなく,むしろ,その結論における(前人未到ともいうべき) 特異性をこそ示唆した形となっている。

[3J  さらに, w手形供与の目的の不到達ないしはその条件の不発生』

に基づく抗弁の取扱につき,鈴木説とフーパ一説とを比較してみると,我が 国の有因論に固有の性格がより顕著なものとなる。一体に,両説は,先のオ ストハイム説とは違って,統一手形法は『手形所有権概念』を認めていない

と解する点においても,共通している。

まず,鈴木説によると,この種の抗弁は,フーパ一説にいう『実質的権限 の欠歓の抗弁』に当たり,これには17条の適用はない。即ち, 1権利移転行 為も,もちろん原因関係それ自体とは違うものであるが,原因関係上の目的 を達するために手形上の権利を移転するのであるから,その理由がなくなれ ば手形上の権利が復帰すると考えても何ら差しっかえない。手形上の権利は 手形の交付によって移転するのが手形証券の本質上当然だとされているが,

それは手形の交付を受けない限り積極的に権利を行使しえないだけのことで あって,消極的に権利を喪失するためには,必ずしも手形を交付しないでも

(9)

よい。所持人が手形上の権利を失うことと,他人が手形上の権利を取得する こととは,必ずしも相関関係でなければならぬものではない。 ・・・条件付 裏書は,債務負担の面では無条件のものと見倣されるが(手形法12条),権 利移転の面まではこれと同様に考える必要はない」)' と説かれている。

他方,手形受領者との関係では権利移転行為のみならず,債務負担行為ま でもが有図的なものと捉えられている,フーパ一説においても, r手形が担 保目的でのみ引受けられる場合,振出人および手形受取人は,担保を要する 事態が発生する場合にしか,手形に基づいて支払人に訴求し,または,手形 を流通に置く権限を有しない。 ・・・かかる条件は,交付契約に付加されう j, と説かれている。しかしながら,この叙述には,直ちに,新抗弁論に 対する次のような論評が続いている。「それ故,支配説によれば,四囲の事 情から当該手形が担保手形ではないかと割酌せざるをえない,手形の第三取 得者は,手形交付を左右しているところの条件が発生したのかどうかを引受 人に照会せねばなるま」い。「しかし,このような照会義務が手形取引を麻 薄させてしまうことを理由に連邦裁判所は, ・・・交付契約に付加された条 件が満たされていない旨の抗弁につき,この抗弁の第三取得者に対する対抗 を,妥当にも, 17条に定める要件ものとでしか認めなかったj,と。

このフーパーの論評は,手形交付の目的・原因との関連において合意され る『特約・条件に基づく抗弁』の制限に際して, 17条の適用領域を大幅に狭 める,有因論のような見解に対するものとしては的確であるといえるのでは なかろうか(但し,それは,新抗弁論評としては疑問の余地がある)。

]  以上に加えて,さらに,鈴木二段階行為論を前提とした有因論の もとで想定されている, r権利の帰属(所在)の変動」とL、う事象は,そも そも,手形権利移動行為を有図的なものと考える同理論とは異質のものでは ないのか,という趣旨の批評も既になされている。たとえば,手形の裏書人 Aから原因債務の弁済を受けたXが,手形を返還せずに振出人Yに手形金を 請求しているという事例は,裏書の権利移動行為に暇庇がある場合の典型で あるが,これとの関連において木内教授は,およそ次の点を指摘されていた。

即ち,原因債務が弁済等により消滅するという場合,少なくとも権利移転

(10)

行為の時点では原因関係は有効に存在し,従って,処分行為=権利移転行為 は原因を有し,有効に成立した権利移転行為によって権利は確定的にXに移 転し,後に原因関係が消滅したからといって, Xへの権利移転の効果はもは や覆らないのではないか。この場合に手形上の権利をXから Aに復帰せしめ るとすれば,それは,もはや権利移転行為が有図的であるからではなく,原 因関係上,事前あるいは事後的に,原因関係消滅の場合には手形を返還する 旨の特約がなされているときに,特に改めてXからAへの権利移転行為をな さなくともその効果が生ずる, ということに尽きるのではないか,と。

以上のコメントは,たとえば,原因債務が免除により消滅する場合につい ての,次のような前田教授の見解に鳴矢する。前田説においては,免除が,

IAに対して,単に手形債務を免除するに留まらず,手形上の権利を移転す る趣旨のものであるときは, Aが手形上の権利者となり,他方,単にAに対 して手形金の請求をしない趣旨に留まり, AXが有する手形上の権利を移 転する趣旨を含まないときは,手形上の権利はXに留まる」。

この見解からすれば,弁済や相殺についても,手形上の権利が復帰的に変 動するか否かは,当事者間の意思を解釈して決定されることになろう。

果たしてその通りならば,原因貸務の弁済‑危除により無図的手形債権の 所在が変動す石のは, I所期の」手形行為の目的を支えている特定の原因関 係の存否に対して,権利移転行為が有因であることの結果であるというより は,およそ権利の所在の変動をLて,子形授受の当事者向で,事前ないしは 事後的に取り決められた,手形約定(手形供与目的についての合意jの解釈 に係らLめるとLづ意味での,有国的梓成の結果である,と考えられる。

以上の,比較法的考祭や,有因的構成と手形債権変動との関連に ついての考察は,次のような我が国の有因論の『特異性』を示している。

.手形債権は,手形署名のみにより,直接当事者との間においても,証券 表示内容と完全に一致する,無図的な権利として発生する。

2.  しかし手形授受の直接当事者間において,その授受(手形権利移転行 為)の基礎をなしている実質関係に,無効,取消,事後的な消滅といった 事由が生じると,同理論の必然的な結果とLてであれ,あるいは,実際に

(11)

は前述Lたよラjご,当事者間の合,宮如何によるのであれ,そのいずれにせ よ,この手形債権の所在に復帰的な変動が生じる。

3.  しかも,手形債権の所在の復帰的変動という効果は,直接の当事者間の 関係を超えて第三者にも波及していくので,これにより影響を被るべき,

第三取得者や(たとえば主たる)手形債務者の利害は,専ら,形式的資格 に対する信頼の保護の枠内で調整される。それ故,これら第三者は,権利 の所在の変動を来すべき抗弁事由を知らないことにつき重過失があれば,

保護されなL

ところで,出指行為の個別的類型の枠組みを,有因・無因のいずれとして 構成するかということ自体は,たとえば,物権や一般債権の譲渡行為につい て,各国の法体系ごとにその構成が区々であることからも明らかなように,

いずれの構成が当事者の意思に合致するかによって根拠づけられるのではな く,むしろ法秩序の決定するところであるとの指摘がなされている。

但し,手形行為について各国の法秩序や学説に一致が見られないことを認 識しつつも, I手形流通の促進」を目指していた,統一手形法の立法者は,

17条の規定を設けることによって,逆に,手形取引の直接の当事者間におけ る手形関係をいかに構成すべきかという問題(と記lおよび2の特異性の是 非)に拘泥する危険の方を,避ける道を選んだ。

つまり,同法の立法過程において,少なくとも考慮されていたと考えられ るのは,直接の当事者間の手形関係が有因・無因のいずれとして構成される にもせよ,手形署名者は,当該手形関係に直接に関わった者との間で任意に 取り決められた,手形授受の意義・目的に関する合意(原因)の推移,およ び,この原因に起因する手形行為の暇庇に対しては責任がある, ということ である。換言すれば,当該の手形関係に直接に関与しない第三者は,前者間 での債権の返還請求権を認識していることを理由としては, 17条の定める要 件が満たされる限りで抗弁の対抗を受けることはありえても,債権の取得自 体を妨げられるという形での不利益を被るべきではないということ(上記3 の特異性の否定)である。さもなくば,手形債権を取得しようとする者は,

自己の関与しない前者間の実質関係の調査までもを強いられよう。

(12)

以上に鑑みると,ここで再び,オストハイム説およびフーパ一説を参照す るまでもなく,少なくとも,上記3の特異性をもっ有因性理論一一まさに17 条が規制対象に予定していた「原因関係に基づく抗弁」の殆どを, 162 の適用領域に含ませる理論構成ーは,明らかに統一手形法理念に惇る形で 手形流通を阻害するものである, との評価を免れえないのではなかろうか。

しかも,かかる評価を招くのであれば,信用の在会化手段と Lての子形の 疏通佐を確保するために「自己白身にJ本了する権利の即時的な寿生Jを認めて まで,手形貸務負担行為を以て「形式的・無図的行為Jと梓成すること(上 1の持異性の強調)に,結局のとごろ,一体いかほどの実益があQのか,

という疑問すらも否めまい。

だからこそ,第三取得者との関係で生じる以上のような結論の不都合さを 回避するために,論者により政策的な救済措置が施されることがあるにもか かわらず,かかる有因論の妥当性は,果たして,手形行為を二段階に分ける 考察方法自体には与する立場からも疑問視されているのである。

[6J  むろん,周知の通り,有因論が成立した背景には,たとえば,①.

約束手形が甲から乙に振出された後,乙から丙へと裏書譲渡された場合にお いて,丙が,ごの裏書の原因関係につき無効・消滅等の事由があるにもかか わらず,甲に手形金を請求することは不当であると考えられるときに,この 請求を,手形債権の復帰的な変動‑丙は主たる債務者甲との関係でも無権 利者であると構成する方法ーを通して否認しようとの狙いがあった。

もっとも,有因論のもとでも,原因関係における無効・取消事由の存否自 体が,手形債権の復帰的変動の有無の基準となっているわけではない。事例

①のような場合には, (1),取消権や解除権が,乙によって現実に行使され たのか否か, (2),丙が乙にすでに反対給付をしていた場合には,乙が丙に 対して原状回復義務を履行したのか否か, (3),丙による権利の譲渡・行使 が,免除,弁済等の趣旨に反するのか否か,という基準に照らして,丙の請 求の当否が判断されている。そして, (1)(3)の基準それ自体が,そのまま,

手形債権の復帰的変動の基準とされているようである。

それ故, I所期の」権利移転行為が有因であることと,有因論による上記

(13)

(1)"(3)の利益調整基準それ自体との間に,強いて因果関係を認めようとす れば,その前提として, (2)(3)にいう事情を, I所期の」権利移転行為の原因 が変更されたものとして捉えるか,あるいは, I新たな」権利移転行為が新 原因によって発生したものとして捉えることが,必要であろう。

[7 ]  以上の点はともかく,事例①のような場合を処理するために有因 論が提唱する, (1)(3)の判断基準に照らした「利益調整の適否」を吟味す るに当たっては,同様の事例状況に関する新抗弁論ならびにオストハイム説 の調整方法を,有因論のそれと対比してみることが啓発的であると思われる。

まず,対第三者関係における『手形の抽象性』という観念を通じて,丙を 原則として権利者と構成したうえで,上記①のような事例状況につき,被裏 書人の手形金請求の不当性を『権利濫用』の見地から例外的に是正する方策 を模索しているのが,新抗弁論である。その際,この抽象性には,暇庇ある 原因関係の利得調整を,最庇が直接に生じた当事者間の関係ごとに局限する ことを通じて,手形による円滑かっ確実な取引を促進し,延いては,即時的 な決済への接近に奉仕するという,積極的な機能があったわけである。

つまり,その機能とは,第一に,乙丙聞の原因関係の寝庇に基づく利得の 調整に際して,乙による手形返還請求に対して丙の有する抗弁を保障し,さ らには,乙の返還請求権を,それによって清算されるべき債務関係とは牽連 性のない反対債権で相殺する利益をも,丙に認容することである。第二に,

甲丙聞の訴訟において,丙が,甲による,乙の(丙に対する)抗弁の援用か ら保護されうるものとすること(第三者の権利に基づく抗弁の禁止)である。

第三に,甲の方が,原因関係上自らが相手方として選抜した乙の無資力・破 産のリスクを負担すべきものとすることである(前述三村[]参照)。

ところで,直接の当事者間における手形関係を有因的に構成していく立場 と,以上の新抗弁論の利益調整のあり方とは,対第三者関係に関する限り,

決して対立するものではない。このことを示すのが,交付行為の有因的理解 を前提とするにもかかわらず,新抗弁論と同様に,事例①と基本的には同質 の寝庇に関わる事例の処理につき,第三者の権利に基づく抗弁を禁止すると いう形での利益調整を妥当と解する,次のオストハイムの見解である。

(14)

因みに,オストハイムが想定した事例とは,製造業者Aの得意先Yにより 引受けられていた自己指図式為替手形が,将来の原料注文を見込んで,その 代金支払を担保する目的で, Aから通常の譲渡裏書の方法により製造原料の 供給業者Bへと譲渡された。ところが,その後, A B聞の取引は不成立に終 ABに対して手形の返還を請求していたにもかかわらず, Bは,該手 形を銀行Xに対してさらに裏書譲渡した,というものである。

オストハイム説によれば,手形債務者に対して所持人の形式的資格の調査 のみを要求するに留まる, 403項からのみならず 7条で規制されている

「手形債務の独立性の原則」からもまた,手形債務者には,他の手形債務者 が手形所持人に対して提起すべき抗弁までもを認識する義務はないものとさ れている。つまり, XY間の手形金請求訴訟において妥当な結論とされてい るのは, A B間の事情につき, Xが悪意であることをYが認識していたにせ Y自らが, A B聞の事情を認識していたにせよ, YXに対して支払を なすべきである, との結論である。即ち,所持人Xに対する関係においては 抗弁を認識する必要のないYが,第三者Aの権利に由来する抗弁を主張する ことは許されないのであって,たとえ, Aが抗弁を有しているとしても,そ の抗弁はYには帰属しない, と説かれている。

以上の新抗弁論やオストハイム説を全面的に支持しうるかについては,議 論の余地も多いが,有因論では,上記(1)(3)の評価基準でカバーできる部 分を除くと, ~手形関係の独自(個別)性』から生じる利益調整の機能はす べて否定されている。しかも,そこでは,手形権利移転行為に関する有因・

無因の枠組決定が,オストハイムの見解が示すように,暇庇ある権利移転の 復帰的巻戻しにのみならず,主たる債務者の地位にも関わる,利益衝量の帰 結であることが見落とされてはいないだろうか。

この観点から見ていくと,事案処理のあり方としては,基本的には, ~手 形関係の個別性』を前提としたうえで,場合によっては丙による当該の請求 権行使それ自体が『権利濫用』であることを理由として,甲が丙に対して直 接に抗弁することも許されると解する方が,より適切ではないかと考える。

蓋し,権利濫用論による処理には,有因論者が提唱する上記(1)(3)の評価

(15)

基準のみならず,事例①のような場合に無因性を貫くことによって支払をな す債務者の利益が害されるか否か,という点をも考慮にいれた,次のような,

より弾力的な利益衝量の可能性が開かれている,と考えられるからである。

まず,有因論によっても強調されているように,事例①において,甲の抗 弁の許容性を判断する場合の,第一義の評価視点は,一方の当事者である丙 が,いわゆ石 f後者の抗弁Jの対抗を危れ石につき,公序良俗、に反Lない,

正当な対抗利益を存Lて八、なLリ の かi!Fかである。この基準(権利濫用の 存在の有無)は,同時に,手形関係の抽象性の,上記第一ないし第三の機能 を重視するものでもある。従って,乙丙聞の裏書の原因関係における環庇を 理由として甲が丙の請求を拒む場合に往々にして見受けられる事例状況,即 ち,②甲乙聞の法律関係においても,甲が乙の手形金支払請求を拒みうる何 らかの事由を有している場合(いわゆる有因論の表現法では,二重無権の場 合)においても,まず,この基準こそが顧慮されるべきであろう。

しかし上述の観点からは,さらに,自己署名のある証券の内容に従って 丙に対し手形金を速やかに支払うという,他方の当事者たる甲にとっての利 益に鑑みたうえで,それにもかかわらず依然、として,この甲が,自ら直接に 丙に対し乙丙聞の原因関係の蔵庇を明らかにして『権利濫用の抗弁』を主 張していくことにつき固有の利益を有しているか否か,を問いうる。

そして,この第二の評価視点を顧慮しうることによって,オストハイムが 強調した通り,証券の形式的な調査義務だけを負い,請求者の実質的権限の 有無のそれまでは負わない,手形債務者甲の『訴訟土の立証責任の問題』に ついても,適切な解答が得られるのではないかと思われる。

因みに,有因論のように,丙を「無権利者」として取り扱う構成をとる場 合には,甲が,乙丙聞の原因関係上の事情について認識しており, しかも,

乙から証拠資料を与えられた結果,丙がし、わゆる無権利者であることを容易 に証明して丙の支払請求を拒みうるにもかかわらず,故意または重過失によ

り支払ったときには,甲は免責され得ないと解されている。

これに対して,甲の支払利益を顧慮する場合には,有因論のもとでは必然 的に出てくる, r振出人の抗弁義務および支払免責」の有無の問題とは一応

(16)

切り離して,事案を処理することも可能である。蓋し,甲自身ではなく,唯 一,乙にとってのみ利益となるような訴訟における甲は,次のI'"''illの条件 が満たされる限りでのみ,丙の請求が権利濫用に当たる旨の主張を,自己が 丙に対して直接に有する抗弁として『対抗することも詐される~,というこ とに留めることができるからである。この場合に,抗弁が許容されうる条件 とは 1.丙が権利を濫用しているという,現実に証明の容易な,現存の証 拠があり,かっ, ll.元来,丙との関係で抗弁を有している乙が,甲が丙と の訴訟において敗訴する危険に備えて担保を提供しており, しかも, ill. が敗訴によって自己の名声を侵害される恐れがないことである。

むろん,支払免責を定めた手形法403項における『悪意』の趣旨に関し ては,私見では至当と思われる次のような見解もある。即ち,たとえ,引受 Yが,勝訴する確実な証明手段を有していたとしても, yが,真の権利者 Aに,その事情を告げると共に, A自らがその権利を防御しなければ,所持 Bに支払う旨を通知したにもかかわらず, Aが,自らの労を惜しんで訴訟 参加してこない場合には, yは,このようなAのために争わなくても悪意で はない,と。但し前述のように,いわゆる後者の抗弁の対抗につき,有因 論がこのような解釈をとっているわけではない, と解せられる。

いずれにせよ,有因論の理論構成それ自体には,以上のような手形債務者 の支払利益という評価視点が欠落している, といえるのではなかろうか。

[8J  結局,これまでに得られた抗弁論争の評価を踏まえると,我が国 の有因論には,論旨一貫性についてのみならず,実際の適用レベルにおける 利益評価の視点についても,新抗弁論にもまして再考されるべき点が少なく ないと思われる。特に,手形の第三取得者にとってのみならず,とりわけ手 形により信用を受けようと欲する手形債務者にとっても最優先課題である,

「手形取引の円滑‑確実化」に逆行するような手形抗弁の取扱がなされてい ることは,否定し難い。

(17)

(180)  浜田(道)注~4)前掲論文(ー) 336頁参照。同350頁では,振出により受取人に対し て債務を負担するという通常人の素朴な意思を,署名によって自己自身に対し債務を負 担するという権利存在面における意思と,このようにして発生した債権を交付により受 取人に移転するという権利所在面における意思との二方向に分解することは,意思の過 度の擬制にあたらず,このような考察方法の必要があって伝統的単一的な法律行為論的 構成では分析し得ない状況もある, と説かれる。さらに,同352326‑7頁,同「手形 行為論に関する覚え書(二完)J名大法政論集89301頁では,第二段階の行為を発行説 と結びつけると共に,そこにも形式行為性・無因性を徹底する構成が提唱されている。

(181)  上柳「手形の無因性についての覚え書」手形法小切手法論集394

(182)  直接に有価証券理論のレベルにおいてではないが, 1urgen Kohler, Die anfangliche  Einheit von Glaubiger und Schuldner, 1Z. 1983, SS. 1318.がこのような構成の可能 性を示唆する。

(183)  小西勝「原因関係の消滅・無効」判例タイムズ15026頁以下,前田注(8)前掲論文901 頁を参照。

(184)  Ostheim, a.  a.  0., S.  36lf. 

(185)  鈴木「手形金の請求と権利濫用」手形小切手判例百選三版69頁。但し,同注(2)前掲 220頁では, r原因債務者が原因関係の欠飲または寝庇を証明しても,手形上の権利自 体の効力はこれによって何等の影響を受けなL、」と述べるだけで,権利移転・所在につ いては言及されておらず,隠れた取立委任裏書に関しでも,裏書人は委任契約を解除し でも, r一旦権利が移転した以上,手形を取り戻さない限り,手形上の権利自体を再取 得しえなL、」として,手形上の権利の当然復帰を否定されていた(同271頁)。しかしそ の後,この場合に手形の受戻しをやかましく云わずとも,権利は当然復帰するとの発言 (同「ジュリスト銀行取引セミナー商業手形(第4回)Jジュリスト26390頁)をされ るに至った。

(186)  Huber, a.  a.  0., S.  122 

(187)  Vgl. z.  B., Baumbach‑Hefermehl, Wechselgesetz und Scheckgesetz, 16. Aufl., W G   Art.  17, Rdn. 87.尚,前注 (18)をも参照のこと。

(188)  鈴木・旧説(注(2)前掲書271頁)では,まさにそう説かれていた。

(189)  木内注(7)前掲講義147‑8 (190)  前田注(8)前掲有国論909

(191)  木内注(7)前掲講義148頁における, rこの問題は,有因論の是非にではなく,裏書あ るいは証券の交付なしに,手形上の権利を移転せしめることができるかどうかに関わる」

との指摘は,前注 (85)における鈴木旧説に照らせば正当であろう。蓋し,権利移転

参照

関連したドキュメント

C−1)以上,文法では文・句・語の形態(形  態論)構成要素とその配列並びに相互関係

1 モデル検査ツール UPPAAL の概要 モデル検査ツール UPPAAL [19] はクライアント サーバアーキテクチャで実装されており,様々なプ ラットフォーム (Linux, windows,

2.1で指摘した通り、過去形の導入に当たって は「過去の出来事」における「過去」の概念は

 私は,2 ,3 ,5 ,1 ,4 の順で手をつけたいと思った。私には立体図形を脳内で描くことが難

修正 Taylor-Wiles 系を適用する際, Galois 表現を局所体の Galois 群に 制限すると絶対既約でないことも起こり, その時には普遍変形環は存在しないので普遍枠

• ネット:0個以上のセルのポートをワイヤーを使って結んだも

また、私の前掲拙稿では、契約書式において、将来債権の譲渡について は、 債権者 (譲受人) 、債務者 (譲渡人)

その仕上げが図式形成なのである[ Heidegger 1961 : 訳132 - 133頁]。.