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梁 嗣 模 、 支 那 資 本 並 に 貨 幣 特 殊 問 題

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(1)

梁嗣模︑支那資本並に貨幣特殊問題

重 藤 威 夫

, 1 x i S p c z i e l l e K a p i t a l

I u d

i r u n s p r o b l e m e i m Z u s a n

m e n h a n g m i t d e r l n d u s t r i a l i s i e r u n g C h i n a s v o n D r . S s u

M u L i a n g . ( W c l t w i r t s c h a f t l i c h e s A r c h i v . 4 5 B d . M a r z 1 9 3 7 ) L

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1 稿

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票酔並に資本の問題は工業化の問題と密接に庸聯する︒貨幣制度をよ‑統制することによってあらゆる産業部

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の単品り得るかといふことは少なからず貸本市場の状況如何に依存する︒それ故に︑貨幣並に信用政策は︑大

なる程度に於て︑産業投資の範園及び方向を決定する標準となる︒

金融及び貿本苗場諸現象と工業化過程との間の豊作用に柑しては抽象的理論的研究の良き封象となるのであ

るが∵︶ゝでは次章以下に於て支郷の典鰹的聞置と密接な閥聯を保ちつゝこの間越に就て解明の歩を進めて行が

んとす慰支部はヨーロ㌃貸本主義諸国家とは全く興った貨幣・資本及び産業諸問題を解決せねばならないの

訟嗣損︑支那栗本並に貨怖特殊問旗

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(2)

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であるが︑しかも今世紀の初頭から漸く産業革命の段階に入ったに過ぎないために︑ω現在に於ても街ヨi

パの欣勢に遁賂すべき過程の只中にある︒如何なる支那経清問題を研究せんとするじしても︑支那が現在向全く

過渡期にあり且その倖統いい拘束されてゐる農業方法は命長い間克服されないであらうことは常に顧慮さるべき事

柄である︒従って︑先づ第一に生産資本の快之と支那農業との本来の関係︑支那に於ける資本の生産力の乏しき

こと及び熔来の資本源泉の問題につき研究し︑然る後に幣制改革︑支那貨幣制度の賂来及び産業投資身指導する

ところの図家的信用攻策の問題に就て観察する︒

一︑農業経済と資本形成

現代に於ける資本並に工業化問題更には現代支那経済事情一般を理解せんがためには︑それん¥hの問題に感じ

て昔からの古き支那的生産方法を精密に研究することは根本的に必要である︒若し表面的諮現象並に傍系的事情

にのみ眼を向けるならば︑問題の核心の認識を訣るであらう︒それ故に︑現代支那坐・原資本快乏の問題そ明らか

にし且つ生産資本将来の護即応の問題を洞察せんが匁には︑古き支那農業経済に於ける投資方法を深く分析する

ことが要求せられな︒r E

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が正しくも指摘してゐるやうに︑E

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典型的な支那家族経済は大館に於て自足的家内経湾であり︑時々村の市で取引するに抱ぎないのであって︑土

Vgl. mcincn Aufsatz:  Die "¥Virtschaftsstruktnr  Chinas und die Politik der 

~ ankingregiernng.  C"¥VeltwichaftlichesArchiv.) 3¥)  Bd. (1¥)34:  1), S. 118 f.  λ. Marshall, Indnstry  ancl  Trade. Study of  industrial  technique  and  business  organization; and of their  inf1nences  on the conditions  of  variolls  c1asses  and natiollS.  3rd ed. LOl1dol1 Hl20. S.  5. 

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(2) 

(3)

地が経済生活のアルファでありオメが印ち全部である︒農民は出来る立け自ら坐J屈した財貨でその家族な養はん

と欲して︑その父組惇来の土地に永住せんとするのみならす︑商人並に手工業者も亦充分なる生討の資な符んが

府川に副業としで農業を管むのである︒叉︑官僚はその儒教的世界観よりして組先の家に蹄るべき義務を感じてゐ

るのであって︑その故に彼はその一族に於ける組先崇拝の観念を泌養し得るのである︒移住樫は殆んど行使され

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Z骨巳)の原則に類するが如きことは人々は知らぬといふ欣態に

ある︒人々が使ふところの総てのものは土地より資らされ叉人々が蓄へたところの総てのものは土地に投下され

る︒各家長山が多少共貸借額を集積し或は節約し得た場合に︑その理想とし叉義務とするところは突の貼に存す

る︒印ち︑その村の最も近い周囲に出来る︑にけ多くの地所を獲得することによってその家の名墜を高め且子孫の

ω一般的経法機構並に儒教的経波観念に制約されて︑大規模の商業或は工

業活動は起.り得歩叉それへの努力は迫求されないでゐる︒約言すれば︑ω

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地所獲得といふことは古くから支那経済愛展の上に︑就中支那経済に於ける資本形成並に農業生産力の問題を

綴る上に︑特別に重要な怠義守有する︒我々は突の事柄を忠ひ浮べて見る︒官僚或は商人が多額の貨幣を持って

その故郷へ邸ること︑或は︑勤勉なる民民が年々比較的多くの貨幣額を節約し得るといふこと︑叉︑彼がその身

分相膝に︑近隣の者の地所を購入せんにめにあらゆる機合を待ってゐること︑等︒かhる事柄から如何なる経済

染問枝︑支那資本並に貨悠特殊問題

gl. meinen Aufsatz:  Bevo王eIlrungund Familienzusammensetzung in China.  (Ostasiatische RunaschatHamburg.XIV (1l;l33), S.  493. 

Vgl. meinen Aufsatz:  Vom Konfuzianismus bis zur neuen Kulturbcwe:;nng  in  China.  Ebenda, S.  513. 

A. :NIarshall, :Money, Credit and Commerce.  London 1923, S.  69. 

(1) 

(2)  (3) 

(4)

上の問題が生守るであらうか?先づ第一に支梯能力を有する買手の出現によって地債は多少共騰貴するであら

hこれほどの地所が頁却に供されてゐるか︑山町田該買手は如何ほどの金額を支梯ひ得るか︑叉購買力ある競

宇者が他に存在するや否やといふこと等に依ってその騰貴率に多少の相遣を生守るであらう︒その村の最も近︑品川︑

周回に︑比較的高き債絡を以てしでも街地所が得られぬ場合には︑近村の地所が鰐スさるべき順序になって来

る︒買手の活動範閣は︑場合によっては︑数粁以上に強大され得る︒かLる方法に依って支那に於ける大土地所

有制度が後生しにのである︒

hる大土地所有制度の成立は資本形成並に農業生産力に針して如何なる結果を鷲らしにであらうか?

の頁手印ち新しき購買力の受領者がその取得した貨幣を如何に使ふかといふことがこ﹄で問はるべきである︒こ

の場合通常確かに言ひ得ることは︑彼等はそれを生産上の目的に充用することは殆んE無く何等かの方法で消費

して了ふといふことである︒何となれば︑彼等が極めて高き愛者を持ってゐるその所有地申告手離す場合には︑自

然的災厄とか或は婚組・葬式・賭博とかの特殊な事情のためにかくすることを係儀なくされる場合に限るからで

hる所有の移轄によって従前よりも培加するhところか︑反って減少する︒大地主は一般に

粗放的に経営・しもその耕地に封して中・小農民の如き充分なる法窓・苦心を抑はないのである︒そして小作地と

して他に貸奥しに土地は小作人により自己の所有地に於ける如き細心なる注意を以て耕作されない︒かくて︑土

地集中は次の加き結果を招く︒印ち︑一方に於ては︑地債が騰貴するために︑中・小農民の地所獲得は困難とな

(5)

り︑他方に於て︑生産力減少は殆んど免れ得ないことになるo更にこの他に︑符一幣資本の喪失による不利盆な招

く︒この事は土地頁却といふことが主要なる原因ではないにしても︑それとは密接な関係を有するものである︒

大所有民地が種々なる事情によって責りに出される場合には時によって右に劣らぬ位の不利な結果を招くこと

がある︒多数の大山民地が同時に資りに出された場合にはそれ花け地債は低落する︒その事によって︑土地不足を

託ってゐる小・中農民は耕地な獲得し︑それに感じて経営の規模を大ならしめ叉農業生産力+倍増加し得る機舎が

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血えられる︒この場合にも右と同様資本消耗(同名一

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といふことは避け得られない︒中・小農民によっ

て蓄積され︑大地主に購入費として支排はれに貨幣額は︑大地主によって消費され資本市場から消失して了ふか

以上の事より突の加く結論し得る︒倖統に束縛されに支那経潰生活過程に於て︑その起伏は明らかに認められ

るのであって︑その標識にるべきものは地債の騰落及び貯蓄による寅買である︒貯蓄を以てしては何等﹃賢明な迂

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ω貯蓄は地所を買入るλに役立つに過ぎないのであって︑その地所は一代

或は敏代守経ると再び貸借に交換され︑消耗されることになる︒貯蓄は生産上の目的に利用されることはなく︑

工業経管に﹁結び付けられる﹄

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g去らことはない︒別の言葉で言へば︑私的貨幣資本から図民経済的生・産資

木が生守ることはない︒支那が今世紀初頭︑近代図民経済勃興期に至るまでに多くの生芦資本在蓄積してゐなか

梁制枝︑支那資本並に貨幣特妹問題

E. von Bδhm‑Bawerk, Positive theorie des Kapitales.  4 Aufl. Mit einem  Geleit vonF. ¥vieser. (Kapital und Kapitalzins. 2.  Abt.) Jena 1921. 1, 

s. 16, Anm. 1, S.  107 f f . ・

(1) 

(6)

二三四

ったことの根源は︑その蛍時に至るまで︑支那に於ては︑資本主義的企業が少しも存在してゐなかったといふ事

寅に存する︒何となれば︑土地は決して資本に客観化・具徳化され得ないのであって︑換言すれば︑生産過程に

時間的に結合され得ないからである︒土地は本源的生産財であり︑決して生・産されるものではない︒初から存在

してゐるものであるから︑資本の自然的基礎たり得ない

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土地があらゆる貯蓄な吸牧する限り︑繰返し形成さ

れ︑消費される種々なる大いさの私的資本が存在するに過ぎないのであって︑その私的資本は生産資本に時換さ

れないのである︒

以上︑古き俸統に束縛されてゐる支那経燐及び現代支那図民経演に見られる資本快乏の原因に就て説明し来つ

に誇である︒支那は漸ぐ今世紀の初頭から近代間民経済の段階に入り来ったのであり︑時換過担任の最中にある︒

それ故︑今日向︑古き経済様式に特有なる様相在呈するのであって︑それは特に良村に於て者るしき現象であ

hる基礎的事責に就て︑従来時々蛍らざる説明が下されてゐる︒・弐はその一例である︒﹃我々はこれまで︑

論争の後︑次の如く結論し得た︒俸統的支那は西欧的技術遁用のための資本設備を比較的住少にしか有しない︒

加之︑支那国民経済は︑生産設備を治るにめの︑或は外岡よりそれを買入る﹄ための︑係刺利潤及び貯蓄を少し

も持ってゐないといふことを言ひ得る︒それ故︑支那凶民経済は近代的生産方法に遁蛍して居らぬ︒この間の手

情は精密なる研究を伐って始めて明らかにされ得ることで︑容易に珠断するを詐されぬ︒::::::恐らくは︑支

那人口増加史に於てその問の事情守明らかにし得るであらう︒﹄ω否︑それは人口増加に於てゾはなくして︑右に

Vgl.  s. BgeLehre vom Geld.  (Grunc1szum Studinm der  National okonomie. 5, 2.  Bd.)  Jena 1933. 1, 2, S.  18正‑besonders S.  28. 

c. F.  Remer, Das Problem der  Kapitalbeschafmg in  dr chinesischen  Volkswichaft. (¥Veltwirtschaftliches Archiv). Bd.(HJ3II), S. 134. 

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(7)

述べ来った如く所有時換による資本減少(関与

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o支那では北口からの任かの生産資本しか椴承されてゐないのであり︑しかも今その急速なる増加

は牛一じ得ないから︑支那・産業革命に於ては日以初から障碍が存在する︒その障碍たるや徐々に努力に

依って除くことが出来る性質のものである︒

二︑支那資本の生産力

資本の生産力に就て問︒苦虫は尖の如く述べてゐる︒

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3のな味中也︑生産方法並に生産物に感じて幾化する可銭的且不定なる大さとして

理解する︒周知の如く︑資本の生産力は経法阜者が一般に典件として観察するところの技術的・人

的・経済的且枇合的要因に依存する︒換ム一目すれば現業停働者の能力及び数︑生産機構の種類及び規

枝︑技術の欣態︑競争の程度︑消設者の晴好及び悦習︑種々なる弊働強度の下に於ける限界牧盆︑経管

管理並に組織の設備︑枇合組織︑図民経憐的所得の配分ωに依存する︒かhる諸要因は図民経済並に

その原因系列を描き出す場合に﹁重要なる地位﹄(江口

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広三問︒虫色︒)を占むるものであるといふ

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ωにとへ︑他方に於て︑それらの要因は︑

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閃民生島昨日(出

梁嗣税︑支那資本並に貨幣特殊問題二三五

J.  M. 1eynesThe general  theory  of  employment, interest  and ll1oney.  London 1936.  S.  138.一 ー‑Vgl.aucl1  K. Diehl, Die Lehre von cler  Pro‑

duktivitat.  1n: Die ¥¥アirtschaftstheoriecler Gegenwart. Hrsg. von H. ::¥Iayer  in  Verb. mit F. A. Fetter und R. Reisch.  ¥Vien 1932. U, S.  258 ff.  Eζeynes, a.  a.  0., S.  245.一一‑Vgl.auch  ¥V.  Eucken, Kapitaltheoretische  Untersnchungen. l¥Iit  einer Einl. I1die Sammlung: ¥Vas leistet die na'~ional­

okol1omische Theorie?  (Probleme der theoretischen Nationalokonomic.  H. 

1.) Jena 19B.!.  S.  57 65. 

G. Schmoller, Grundriss der Allgemeinen Volkswirtschaftslehre.  Unveriind.  Neudruck cler  erg. ll. verm. 2.  Au.Leipzig 1923. 1, S.  127. 

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すべて︑か︑ろ類の理論口︑経済呪象J伝説明すぺミマジステムた構成し得ざろものであろo

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者詑)に於ては︑何等研究の針象にり得ないといふことが強調されねばならないにしても︒ω

(持者註)己目閉め聞は素朴なろ貨幣理論島

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と総郁しておろ

o例へば︑(一)貨幣俄位品賞金属の畑山

位に師すろ類︑或は(二)致合法に於げろが如く貨幣使用の根涼島岡山本の命令に依ろものBとして︑貨幣低位在g‑RE

宮 田町 門

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(名目付興似値)とすろもの︑(三)類推の方法た用ひて︑生物車的表呪ら借リ︑貨幣島血液に堕一目へ︑以て貨幣理論島説明ぜんと

すろもの︑(問)法律の術諸島借リて︑貨幣た人よリ人へ宛

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土地の性質並に庚さは自然によって一定されたものであるから︑我らは支那資本の生産力弱きこと在論詮せん

がにめに︑之より以下に於て︑躍に弊働及び企業︑技術及び研究・賓験︑販頁及び枇合組織に就きそれらを生産

過程と関聯せしめつ﹄取り上けんとする︒

(1) 

(9)

工業化といふことは︑確かに︑人聞の欲望充足のにめに自然力な利用し︑支配することの謂で

ある︒そのにめには︑組織されたる軍隊が必要であって︑それは言葉の異なるい芯味に於て産業軍

と稲することが出来る︒この軍隊が強力であればあるむけ︑工業化いしい惑かに且強く進展して行

く︒換÷一目すれば︑賀行し指導する諸力が強ければ招きにけ︑持働者及び企業家は有能になるべき

である︒充分なる程度に於て教育され且訓練されたる持働者のみが強力なる人的組織を形成し

o模範的な且牧盆性ある企業在建設すべき法一識の後明家・商人・金融業者及び専門家がそこ

に存在することによって始めて︑ω司令部と軍隊とが凶滑にその機能守護掠する︒いろ

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究の結果︑支那に於ける弊働力は次の如き欣態にある︒印ち︑欧洲及び北米合衆図に於ける弊働

m単位蛍の生産高は支那に於けるそれの数倍︑時として以二十五倍に及ぶ︒ω大障に於て︑支

那人企業家には近代的の資本参加制度に就ての理解が快けてゐるにめに︑彼等は株式合祉よりも

家族合枇若くは組合の形式な搾ぶのである︒これに封する一つの例外は上海の繊維工業である︒

今日に於ても向︑大なる程度に於て︑

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引関係の基礎をなすすべて信義といふものが︑血縁関係若くは走れに類似しに純粋な人的関係に

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μは支那に安蛍する︒﹃あらゆる取

その基礎を泣く場合には︑それは極めて重要な経済上のな義守有する︒このことは支那に於て甚

五強く見受けらる﹄ところのものである︒﹄ω

梁嗣税︑支那資本並に貨併特妹問題二三七

Vgl.  "¥V.  Sombart, Das "¥Virtschaftsleben im Zeitalter des Hochkapitalismus.  (Der moderne Kapitalismt 3.Bd.)  Munchen u.  Leipzig 1928. 1. Halbbd.  S.  1庄一一一DerselbeDie voapitalistische "¥Virtschaft.  (Der  moderne  Kapitalismus.  1.  Bd.)  Munchen u.  Leipzig 1928.  1.  Halbbd., S.  s21.‑‑

erner H. R ichter‑Altschiiffer, olkswirtschaftliche Theorie der offentlichen  Investitionen.  Eine Untersuchung uber die theoretischen Stellung der offent lichen Investitionen in der Dynamik der modernen Volkswirtschaft.  Munchen  u.  Leipzig 1936. S.  13 f. 

J. L. Buck, Chinese Farm Economy.  A Study of 2866 farms in seventeel1 

localities  and sevel1 provinces  in  China.  Shal1ghai  1930.  S.  423.一一‑Vgl. auch Hu Schi, Gesammelte Anfsatze.3. Sammlul1g. Shal1ghai 1930. 1, S. 42.  M. "¥Veber, Die "¥Virtschaftsethik der  ¥Veltreligiol1en.  (Arcl furSozial

(1) 

(2) 

(3) 

参照

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