Cinthio
とShekespeare
一 〇thelloの場 合 一
今 井 早 夫
イ タ リヤ人 Giraldi Cinthioが Hecatommithiをベ ニ ス で出版し たの は 1566年の ことであっ た。 Hecatommithiは,そ の名の示 すと お り, 百 個の 物語を 集 め た 「物 語 集 」で あ る。 全体が十 編に分割され, 各編には, それ ぞれ 十 個の物 語 が 納め られて いる。
Hecatommithiの第三編は The Unfaithfulness Qf Hushands and Wives (夫と妻の不貞)
が テーマ とな っ て い て, その 第七番目の 物 語 (Novella VII) が 38年 後に, 即 ち 1604年に
Shakespeareに よっ て Othelloの名で発表された悲 劇の 原話で ある。
この原 話は, 原 語であるイタリヤ語に よ る と約4,700語の, 比 較 的短かい, 内 容 的}こもご く簡 単な物 語である1)。
Hecatommithi の英訳本は, 1566 年の直 後に 出版さ れ た が, 現在その 現物は見 当 らない。仏 訳 本は, パ リで 1584年に出版 された。
はっ き りし た形の英 訳 本 は 1753年に出版されたの で ある。
さて Shakespeareが ロ ン ドンで活 躍し て いたこ ろ,ヨ ーロ ッパ の五大 国一 イ ギ リス ・フ ラ
ンス ・ドイツ ・ス ペ イン ・ イ タ リヤー の うちで
, イ タ リ ヤ は第一級の 先 進 国で あっ たか ら,イ ギ リス で は, 多くの点でイ タ リ ヤ化 (ltalianith)が流 行と なっ ていた。 イタ リヤ風の紳士 (An Italianate Englishman)が肩で風切っ て 街を闊歩してい たの で ある。もっ と も, これ が度を 越 す とRichard U に出て く る よ うに, 非難の 声 もあがっ た よ うで あるが2)。
し か し,
一般 的ICは, イギ リス の文人 たちが, 踵 を接 して次々 と イ タ リヤ を訪 れたこ とは 事 実 で, 彼ら はイタ リヤか ら良いもの も, 悪いものも合わ せて吸 収 して イギ リス へ 持ち帰っ たので あ る3)。
ところ が Shakespeareは例外で, 生 涯 を 通 じて, 一度 もイ タ リヤを 訪 問し て い ない の で あ
る。 当時, 彼は座 付 作 者であっ たか ら, 一年を 通 じて多忙な生 活を 送っ てい た。 従っ て,劇 場の 仕事を放置して, 外 国へ 出 掛 けて い く時間的余裕もなけ れば, 心 理 的 余 裕もなか っ たこ と で あろ う。 ま た, 彼が イ タ リ ヤ 語を も 含めて , 外国語は余り得意でな か っ たこ と も, 彼が生 涯 を 通じて 英国か ら出な かっ た 理 由の一つ で あ
っ た かも知 れない。
しかし, Shakespeare が, た とえイ タ リヤ に 出 向か な くて も, 種々 の イ タ リ ヤ関 係の 翻 訳本
は出 版さ れ ていた し,ま たイ タ リヤ から渡来し たり, 定住 して い る イ タ リ ヤの学者や商人は多数 一 13 一
存 在 していた4)。 イ タ リ ヤ帰 りの英 国人 も Shakespeareの身辺に居た の で あ る。
従っ て Shakespeareがそ の気にな り さ えすれ ば, 自分の芝居の題材や 背景にな りそ う な 話 を 仕 入 れたり, ヒ ン トを 得るこ とは, い と た やすい ことであろた。
事 実, 彼の 37篇の作 品の うち, いわゆ る 「イ タ リ ヤもの」 (ltalian setting )は 5篇にのぼ る の で あるs)。
さて Othelloであるが, Shakespeareが Hecatommithiを, そ の英 訳本で は な く, イ タ リヤ 語で 書か れ た original source の まま,17世 紅の初頭に 読ん だで あ ろ うこ と が Othelloの一節
の検 討によっ て明 白になっ て い る6)。
とこ ろ が Shakespeareは前述の よ うに, 元来外国 語が得意 で な かっ た し, そ のうえ, 学 校 教 育 すら
vaMl
と受けて いない, 市 井の座付作家であっ た7)。彼は感 受 性の 豊 か な詩人で は あっ ても, 決して学者で はなか っ たこ とは事 実であるQ
’従っ て,
彼が Heeatommithiの原 話を イ タ リ ヤ語で読め た か ど う か は, 疑わ しい と思 えぱ, た し かに疑わ しい の で ある。
他方, 彼にはそれ ぐ らい のイタ リヤ語 読 解 力があっ たとする説 も あ り8),原 作 者 Cinthioの 提
の
供した 炭素にし かすぎ ない素材を, 永遠 め き ら め き を秘め た ダ イ ヤモ ン ドた る Othello lc仕 立て
直し たこ と は, ま ぎ れ も ない 事 実で あるか ら, こ の件につ い てはこれ 以上触 れないこ と にする。
さて, 論 を す すめ る必 要 上, Cinthioの原 話を, ご く簡単に述べ なけ れば な らない。
Disdemona は,両 親の 反 対 を 押し切 っ て Moor と結婚し た9)。 当時 Moor はベ ニ ス の 国 防 を ま か され, 厚遇 を受 けて い た。
さて Moor の ひきい る部 隊に一入の Ensign がい.
た。 こ の男は, 容 貌はすこぶ る美しく整っ
て いたが, そ の性 格た る や, こ の世で もっ と も邪悪で あっ た。
ところ で Disdemona は Captain of the ・troop に 目 を かけてお り, MoQr も彼女 同 様に,
彼 を と り立て て いた。
あ る 日, こ の Captain of the troop が, 守 備兵の一人 を 剣で傷つ け る とい う事件が もち あ がっ た。 Disdemona は これ を 深 く悲 しみ, 夫の Moor に とりな そうと し た。
ところが, 心の邪 悪な Ensignは, 自分の妻へ の (結婚の 時の)誓い や , MOQr 夫妻へ の信 義 や友情を忘れて , こ と も あ ろ うに, 実は Disdemona に 横 恋 慕してい たの で あ る。 その程 度は 判 然 と し ないが, 彼 は か なり熱を あげて いたもの と思われる。
ところ が, 当の Disdemona の方は, 一向に Ensign の こと な ど 心 に 留め なかっ た た め に,
こ の世の常 と して, 彼 女に対 する愛は,間 も な く激 しい憎しみに変 化して しまっ た。 そ して, 彼 女の 心 が自分の 方へ 靡か ない の は, 彼 女が Captain of the trQop の こ とを思 っ て い るた め に相 違ない と, こ の心 よ こ しまな Ensign は勘ち がいを したの で ある。
そ して, 自分 と 彼 女と が不 義の 快楽を たの しむた めに, まず第一に Moor と彼女の 仲を破壊 する。 第二 に CaPtain(}f the troop を殺害して し まう 算 段 を.はじ めた。 こ の悪 人は Disde−
mona の腰の 帯か らハ ンカ チ を 盗 み とっ て, これ を 悪用 して,彼 女と Captain of the trQop
− 14 一
今井 :Cinthioと Shakespeare とが姦通 して い るとMoor に信じこま せ た。
Moor は 激 怒して, この不 義の 二人を 死に追い や る決心 を した。
Moor の 依頼を うけた Ensign は Captain of the troop を殺 害し よう と 計っ た が, 勇 敢で あ り, 戦 場の経験多い彼の抵 抗にあっ て, 右 脚を 切 りお とすことがで きた だ けであっ た。
その後, Moor とEnsign は協 力して Disdemona の 背中と 頭 と を 砂の詰っ た袋で殴っ て,
つ い に彼女 を死に到 ら しめ るこ とに成功した。
始めの うち は共 同作 業 を していた二人 は, 些細なこ とか ら仲た がいを し, Moor はベ ニ ス共和
国当局に よっ て裁判にかけ られ, 国 外 追 放 となっ たもの の, 最 後に は Disdemona の親 戚の手に か か っ て殺さ れ る。
一方 Ensign は,ほかの 罪で激 しく鞭 うたれ, とう と う無惨な死を とげた。
これが Cinthioの原 話の概 略で ある10)。 こ の原 話は, plot を た どっ て行 くか ぎ り,当然の こ と な が らShakespeare の Othelloと か なり 類 似 して い る。 しか し,そ れ は, あ くまで筋書き
の うえのこ とで あっ て, 前 述の ように, 炭 素がダイ ヤモ ン ドに変 化 したもの であっ て みれ ば, 詳 細に比 較 して い く と, 時に は な か な か大 胆で大 幅な, また, ある時は大 変デ リケートな変 化 ・改 造 ・創作 ・添 加 加 筆が な されて い るの であ る。
本論 文では, これ か ら原 話 とOthelloとの相 違 点を 調べ て い くの である が, こ の劇 中で Iago11)
な る悪 漢の占め る位 置がすこぶ る 重 要であるこ と か らみて , Cinthioと Shakespeareが , こ の 悪漢を どの よ うに扱っ た か は, 次の機 会に ま とめるこ とに し たい と 思 う。
というのは, こ の Iago に か か わ る テーマ は, か な り尨 大な論証 を要し, かつ 「悪」自身にか
ら ま るテーマ だけに, 多 種 多 様な 立論 が 可 能で ある か らであ る。
今 回は, こ の Iagoを 除 外した うえで, Othelloの 主 要人物, 重 要な 事 件につ い て,原作者と
Shakespeare と が, い か な る扱い の違いを とっ た か を 論 述 し, それ を通 じて, 時代の 違いや思 想の 流 れ を………そして何より も まず二 人の作 者の相 異 をみ ていき たい12)
。
1
一 主 人 公 夫 妻の間の愛を め ぐ
っ て 一
1,男 女の愛の 芽生 え につ い て ,
原 話で は, 貞 淑で美しい Disdemona が Moor を愛す る ようになっ たのは, 彼 女が 彼の武 勇 に感 動し た か らであ り, Moor の方は彼 女の美し さ と気 高い性 格に 心打た れて彼 女を愛 する よ う になっ た と, ただそれ だ け しか記 述 されていない。
彼女の両 親は Disdemona に, 他の しか るべ き 夫 を みつ けて 結 婚さ せ ようと骨 折っ た が,無 駄であっ た こ とが, 添え て述べ てある13)。
一 15 一
こ の記述か ら推 察できる こ と は, 二 人の 闔に芽 生え た愛 情は,人 間の 心の 深い とこ ろに根 ざし たもの で あっ て, 世 間にあ りが ち な軽 薄な男 女 間の 愛では ない 一 とい うこ と ぐ らい であ ろ う
。
原 話はス タ イル も平板で, また簡 単に記 述 されているにす ぎないか ら, 二人の愛の発 生につ い ては さ だ かでない。
一方, Shakespeareはこ の件を どう 扱っ て い るであろうか。彼は, 原話 に 出て く る主 人 公二 人の男 女 関係を, 基本 的には その ま ま Othelloにとり入 れ た。 しか し, い くつ かの点で, 添 加や 強調 が な さ れてい る。
添 加された 点 といえば, Shakespeareは二 人 が結ばれるまで に, 原話には な かっ た新しい要 素を もちこ んで い る。 即 ち Desdemona の父Brabantioの ロを通 じてム ーア人の身辺に た だ よ う mysterious な雰 囲気につ い て 言及 して いる。いく らす すめ ても,その 候 補 者が立 派な貴 公 子であっ て も, 結 婚 を 拒みつ づけて来た娘が, こ と も あろうにム ーア人の どす 黒い胸の内 (SQoty
bosom)に とびこん だの は, ム ーア奴が
, か弱い娘心 に魔 薬 をし か けた に相 異ないと, 娘 を奪わ れた父 親は言い張るの で ある。 ム ーアは
, 何か神 秘 的なカで, 娘を たぶ らか し た と, あ わ れな父 親は 信 じて い るの で ある。
これは, 娘 を 突 然 失っ た父親の , 単な る 思い すごしであっ た ともと れ る が, しか しハ ンカ チに こ め られた magic power を 信 じこんで 疑 わ ない Othelloの態 度 を 思い合 わぜる と, Shake−
speare は, こ のム ーア人の将 軍に
, 何か超人的なム ードを付 加し たもの と思われ る。
従っ て, 二人の 愛の 芽 生えには,原話 に は な かっ た mysterious な何 物か が 添 加されたの で あ る。
2.二人の男 女の年 令 差の設 定につ いて
Desdemona が若 く美しい ベ ニ ス 娘で あ るこ と は, 原 話 も Othelloも同様であ る が, Othello
の 年令につ い ては, Shakespeare原話と 違っ た 扱いを し た。 Cinthioの 原 話 に はMoor の 年令
につ い て明 瞭な 記 述はな さ れて い な い。
し か し物語全体か ら割り出してみ る と, Disdemona よりは幾 分 年 うえの 青 年のように考え ら れる。
とこ ろ が Shakespeaireの Othelloは,か なりの 年 うえ,それ も中 年 男 とい う設 定で あ る。 Othelloは, 自分は 「も う血気には や る年 令で も ない」 (1. ii.264.) と も言い, また 「自分の 年令がも う 傾い て来た 」(III. iii.265−266,) と も言っ て い る。 これ は あ き らか}こ Shakespeare
の創 作である。 Shakespeareは な ぜ このように中 年の黒 人 とい う設 定 をし たの で あろうか。
こ れ が, た と え ば童 話の世 界で あ れば, 野獣とお 姫 さ ま が結 ばれて,お姫さ まの 愛に よっ て , 野 獣は魔法が と け, 若 く美しい 王子さまに, 生 まれ か わ るという幻 想 的 場 面 も期 待できよ うが,
Othelloは, 少く ともム ーア人のま まである
。
美し く若い ベ ニ ス 娘とム ーア とが結 婚 する こと をみた だ け で も
, 芝居 小屋 の観 客は お ど ろ くで あ ろ うの に, その 黒人 が中 年 男というこ と に なれば, その観 客の受け るシ ョ ッ ク は相 当の もの で
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