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“若きエルテルの悩み”におけるゲーテ文学の創造 の本質

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

若きエルテルの悩み におけるゲーテ文学の創造 の本質

著者 松本 隆義

雑誌名 文学研究

巻 1

ページ 26‑29

発行年 1955‑07‑21

URL http://hdl.handle.net/10105/8902

(2)

見る︑つまり︑文学は︑唯の抒情だけではいけないのだ

︑﹁専小屋﹂もその燈︑受取られない様に︑悪に対決し

てないもの︑薗いものを反省して行くべきであり人欄に

生きようとする精神の戊罠を保課しなければいけない・.

ここで一つ紹介しておきますが︑ノーマソが﹁忘れられ

た思想家﹂ 曾波臥薗︶の中で︑日本人は︑横倍は︑う

まいが︑創造的なる本当の人間らしい生活をした︑封建

時代の一人の創造的な思想家もあるとして安藤正益を上

げているのは︑重視されるべきものであり︑彼の著作の

中で︑封建の定圧にも︑めげず本当の事を番きしるした

のが偲ばれる︒最後に云いたい事は︑文学の主体は︑

国民全体の生活的︑文学的要求を発掘して行く方向に発

展して行くべきであると云う革である︒

◎ 次号原稿塵集

一︑日本文学︑国語学︑国翠教育に関する研究

一︑原稿用紙︑一行二十五字四百字詰十枚以内

− ︑ 応 募 原 稿 は 返 却 致 し ま せ ん

山︑〆切は十月二十五日

〝若きエルテルの悩み紗における

ゲーテ文学の創造の本質

松   本   隆   義

封建的ギルド生産様式を破壊したプヲyヌ大革命に先

きだつm年前︑ゲーテ告ルテル嘗発表し︑人間個性の

自由な全面的展開を意味する市民的︑革命的ヒューマニ

ズムをこの抒情的雰輝男の中にうたいあげた︒

ゲーテは決して革命的作家ではなかった︑しかし上昇

期プル汐ヨアジーの所有した啓嚢主義のワクの中で彼は

市民革命の粒本的理念と輝びついたのである︒大別して

ゲーテは三つの時期に別けられるが︑ユルテルを事いた

のは初期の疾風怒添の時代である︑人間欝歌をたくまし

くスローガンにかかげたこの期のロマ㌢主義遊動は︑う

すぐらい中世の壁をつきやぶって︑現実の世界に光を得

ようとする熱意にもえていた︒

ヴ土ルテル〜の一部においては︑封建時代に新らしい生

命を得たブルジョアの健康な姿を措き︑二部においては

封建組織の中でうめく近代自我−・きそれもやがて自らそ

一之占

(3)

の命をうしなわなければならないものの姿で!が審か

れている︒エルテルの挺出している問題は市民的な日常

生活の情感的な内面の生活を播き出し︑この内面の世界

のうちに封建社会と対立している新らしい人間像が成立

しっつある状態きっかぴあがらす事なのである︒

注意しなければならないのはすぐれたタアリスティッ

クな手法でもつて︑中世の膵を破って出て来た新らしい

人間が︑そのまま暗い激憤め歯車の中に落ちて行かねば

ならない人間の過程をえがき出した事である︒

ユルテルは常に無気力な上層身分の者に対して反逆の

炎をもやしていた︑そして︑そのよりどころが自然︑民

衆の中にあると云う事もよく知っていた︒二部にあらわ

れて来るエルテルは貴族社会の生命のない恥ずべき態

の商いたたまれず︑民衆のもとへ逃げだして行くのであ

る︑若きゲーテは健療な生命を求めて躍動する民衆の中

にあって︑そのリガリズム︑そして.生活の意欲を奮いた

民衆的な作家であった︒さて次に問題になって来るのは

ウェルテルとロッテとの恋愛についてであるが︑若きゲ

ーテはこの愛の事藤の中に個性の発展を求める斗かい︑

恋愛の熱情の火をあびて光警官発して灼熟する一つの統 一騎な集魂にとけあっている全情熱︑その若々しく苦悶 する精神の解放︑近代人問の鉄鎖をときはなたれた姿を 番く事を目的としている︒

彼は情熱的な恋愛を描きながら︑個性の発展と市民社

会との問のとけがたい矛盾を示している︒一例をあげる

ならば︑二部においてロッテはエルテルに愛をいだくよ

うになりながら︑典型的な市民的女性として世間的な地

位もあり将来有望な男と結賂することを本能的にねがう

女性として持かれている︒この矛盾は現代にも適応す屯

現代の恋愛において︑先ず問題にされるのは生活の問題

であり結婚適令においても青年は生活を安定さすだけの

収入はない︑要するに現代の青年は女性の生活意欲を満

足さすだけの社会的地位が与えられていないのである︒

エルテルにおいても︑愛し合いながら離れねばならぬ市

民的結線の内的矛盾をえぐりだしている︒

そこで問題となる二つの生活方針︑アルベルト型とユ

ルテル型について少しの検討を加えて見よう︑この間愚

については自殺論を斗かわした二人の意見が各々の性格

を代表しているように思われる︒

事なかれ的に善良な市民であるアルベル†ただ生きて

一27

(4)

行きさえすれば自由も希望もあるとするアルベルトに対

してエルテルはヒューマニズムの問題に故後までつさま

とわれ︑人間を人間でない存在としてしまう封建絶対君

主に対する反抗と︑新らしい人間意識の柏にはさまれ︑

その解決が古い倫理的考察lこ反撥するものとなって曝発

するのである︑このエルテルの悩み︑生き方こそ︑yユ

もルム︑ウソを︑Fラング時代における民衆の意志であ

り悩みであった︑純粋な若さの力が封建梅力と対抗して

きずつきたおれるのである︒

この間題の解決の蛇足をつけ加えるが︑ヱルテル型と

アルベルト型の生き方についての結論は汐ユールム︑ケ

ン㌧ドふノソグの墜高峯フランス革命において示されて

い る

だが楽天的な︑雄大なオプティミズムを背負って生れ ︒

て来たはずのエルデルがなぜ死なねばならなかったか︑

この作品の最大の閃電はここにある︒この問題を解いた

時︑惑きダニルテルの悩み〃が単なる恋愛小説でないと

云う事が理解出来ると寧っ︒

ここで我々は時の社会状勢を見萌してはいけない︒エ

ルテルの階級は当時の上流社会には受けいれられないも のであった︒この社会構成に対して近代日揮をもって突 き当ったエル▼テルは必然的に個人と旧社会との梱勅に死 なねばならなくなるのである︒

ヴエルテルが自殺するのは新らしい意吹きが︑旧い秩

序に戦いをいとみ︑その新らしい生命力がヒユーマユズ

テイクな革命的理想を断じて放棄しなかったからであり︑

これらの問題に対して妥協を知らなかったからである︒

彼の悲劇のこ.のような濃緑的な︑非妥協的な性格が︑ヴ

エルテルの破滅に︑今日もまたこの賓の不滅の魅力をな

している︑あのまばゆい美くしきを与えているのである︒

この新き世代の意志が 若きヴエルテルの悩み をし

て世界文学の敬もすぐれた恋愛小説の一つであると規定

したのである︑ゲーテ自身その時代の生活全体を︑その

時代のあらゆる相剋と共にこの恋愛悲劇にもりこみ︑自

己の生活の救いとしたのであろう︑作品の上ではヴエル

テルは失恋のために死ぬ︑しかし芸術を形象する場合一

つの人間の行動∵!⁝それが特異なものであってはー を

写生してたのでは作品にならない1必ずそれは社会現象

の可能性の典型としてなされねばならない︑ここで我々

は現代なお非常なカを持って若者を引きつけているこの

疇28

(5)

作品の魅力の梶原をさぐつて見る必要がある︑それはゲ

ーテの生きた時代の特質︑そして現代我々の生きる時代

の特質の共通点を見いだした方が結論は早く由て来る︑

資本主義の興隆期においてもはや現代資本主義の矛盾は

内包されていた︑この事は先にロッテとヴエルテルとの

関係でのべたが︑この矛盾を︑ゲーテは作家の透視力と

そのヅアジステックな典型化への形象の中でえがき出し

ている︒ル若きヴエルテルの悩み〟の中の貴族とプル汐

ヨア汐Iの位置を︑現代の資本家と労仇者におきかえれ

ば事は簡単である︒この小説のプロツーが恋愛を中心と

している以上この作品は恋愛小瀧であるが︑恋愛の苦悩

が︑それだけ独立して他と何の関係もないと云う率はあ

り得ないし︑そんな物は永久に存在しない︑それは常に

社会との関連性のもとにおいてなされるべきはずのもの

である︑この中での恋愛的悲劇はすでに市民的ヒユーマ

ユズムが悲劇ででもあったのである︑要するに個性の自

由な発展が恋愛と事っ感情の自由な流露の型式でのぺら

ヴエルテルを見て行きたいむ

横光利一の〝機械㌫ついて

tlI

二 甲 三 ︶

た れ

ヽ   ヽ

それに対する社会の所詮はとげがたい︑相剋を示し

時代の転換期の魂の斗い考えがき︑新らしく生れて

来るものに大きくよぴかける人間の讃歌であると︑私は この作品に於いては︑彼の独自の心理描写を中心とし て外形の描写は︑彼のリアリズムに飴れるもののみしか ︑取入れなかった︒この点に︑現代の文学理論から非雉 される所以があるのではないだろうか︑でも︑ここでは ︑明らか芸術感の相違を示すものであり﹁文体﹂を露視 する新感覚派の﹁人として唯物論に引き込まれなかった 原因でもある︑だからとて︑一概に︑非狂せられる理由 は︑何処にもない︑伊藤登が︑﹁芸術はエゴと環境の調 和︑照応の美であり︑文学は言葉自体が生活の功利的用 具であるから論理の秩序としている︑文学に於ける芸術 は︑この論理の秩序の中に人間の感性の純粋な結晶を味 うことだ︒﹂ ︵文学の方法︶と云っている棟に︑必ずし も︑全ての人間の感性﹂ いや一人の人間の感性を時間を 越えて︑全て一つの方向に藤ると云う事は有り得ないし︑

−29

参照

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