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地域マネジメント論の構想

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Academic year: 2021

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地域マネジメント論の構想

野 中 和 孝

はじめに

わたしが考える「地域」とは子供からお年寄りまでの人々が自由なスペー スに行き交い、対話し、笑顔がこぼれる空間を醸している場です。そこには 文化施設のスペースが確保され、歴史を感じさせる道や町並みが保たれてい ます。観光客も訪れますが、むしろ住民がまちづくりに積極的に参加しなが ら、子育てを行っている雰囲気があります。

地域マネジメントを学ぶためには、まず「都市とはなにか。」を学ぶ必要が あります。次に「市民とはどうあるべきか。」を知ることも必須です。そして これらの条件が歴史の中でどのように培われてきたかを知ることも重要です。

さらには1970年代からアメリカ合衆国を中心にその活動が盛んになってい る、サービス・ラーニングの考えを紹介して、大学生が「地域」と連携する 仕方の一例を示したいと思います。

1、都市論の構想

「都市とはなにか。」―それを考えるとき、古代ギリシア時代の哲学者によ暫 暫 暫 暫 暫統治国家暫 暫 暫 暫が参考になります。もちろんこれは実現していませんが、そこに は国づくりの最初に必要なものとして、子供の教育として音楽・文芸・体育 を挙げています。これらはバランスのとれた環境を優先するという考えが根 底にあるからです。したがって、都市に求められるものは歴史文化や伝統に めぐまれた環境となりますが、すでにそこには物の流通システムが形成され ていて、そのための貨幣も使用されています。人はそこで職業を手にいれ労 働にいそしみ、分かち合いの心を育てながら、歴史文化と伝統に触れること ができます。

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B.C.492―B.C.449に起こったペルシア戦争に勝利して海上交易の支配 権を得た古代ギリシア最大の都市アテナイは、政治・経済と文化の中心とい う形容がなされますが、デロス同盟による外国からの資金流入も見逃すこと はできません。その資金の流れがあって、パルテノン神殿などの建造物を建 設したのですから。

一方、現代都市に目を転じると、ライフラインといわれる電気・通信網が 整備され、公的な建物をはじめ、交通網や文化施設が整っていることが都市 の条件とされます。最近ではこれらに加えて病院やリハビリテーションなど の福祉施設の整備も要請されるようになりました。

このように都市には歴史文化と伝統という概念と流通経済の概念とが矛盾 しないで存立していますし、むしろ共有しているといえます。そこではさま ざまな人が生活し、笑い、涙する空間でなければなりません。住む人が特定 されるような空間は許されないといえます。現代社会に見られる、ビジネス 街のみに特化した都心とか、鉄格子に囲まれた公園とか、そうした空間は意 味がないといえます。

次に問題となるのが、そこに住む人、すなわち市民の概念です。「市民とは どうあるべきか。」―それを考えるとき、やはり古代ギリシア時代の共和制都 市国家が参考になります。古代ギリシアの都市では男子自由民が選挙権を 持っていて、また、兵役も課せられていました。街中では政治・経済の議論 が自由になされ、一人一人の生活意識は高かったと思われます。

これが中世ヨーロッパの都市になると少し様相が変わります。城壁(ブー ル)に住む住民、すなわちブルジョワが政治において身分を獲得していまし たが、身分を排除された者がシトワイアンと呼ばれて区別されていました。

身分差を克服することは困難であったともいえます。

そしてカントが提唱した世界政府の理念には、これも実現してはいません が、世界市民が相互の国の訪問権が認められるというものでした。そのため に、いわば他国の問題まで議論できるということになります。このように見 てくると、どの時代にもその時代特有の偏りがあることは否めませんが、政 治・経済の流れを敏感に摂取し、自主的に意見を議論し合える権利または能

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力をもつ者が市民たるべきということができます。

現代社会で問題となっているのが、こうした市民の権利または能力が政治 に無関心をよそおい、そのために政治・経済が一部の人の思うままに運営さ れているということでしょう。その意味では現代の人々はこの権利または能 力を放棄しているといえます。

次章では日本の歴史をひも解き、日本ではどのような都市が形成され、ま た、市民がうごめいていたかを考察します。

2、史料にみられる日本都市の条件

日本の京の歴史としては最大のものとして奈良、京都、東京を挙げなけれ ばなりませんが、ここでは日本中世に書かれた著名な『徒然草』の記述を参 考にして、本稿でいう都市論およびその市民の姿をイメージしてみたいと思 います。

『徒然草』第五十四段には、次のような文があります。全文を引用します。

御室にいみじき児のありけるを、いかでさそひ出して遊ばんとたくむ法おむろ ちご 師ども有りて、能あるあそび法師どもなどかたらひて、風流の破子やう のもの、ねんごろにいとなみいでて、箱風情の物にしたゝめ入れて、双 の岡の便よき所に埋みおきて、紅葉散らしかけなど、思ひよらぬさまに して、御所へ参りて、児をそゝのかし出でにけり。うれしと思ひて、

こゝかしこ遊びめぐりて、ありつる苔のむしろに並みゐて、「いたうこそ 困じにたれ。あはれ紅葉をたかん人もがな。験あらん僧達祈り試みられげん よ」などいひしろひて、埋みつる木のもとにむきて数珠おしすり、印こ とことしく結び出でなどして、いらなくふるまひて、木の葉をかきのけ たれど、つやつや物も見えず。所の違ひたるにやとて、掘らぬ所もなく 山をあされども、なかりけり。埋みけるを人の見おきて、御所へ參りた る間に、盗めるなりけり。師ども言の葉なくて、聞きにくゝいさかひ、

腹立ちて帰りにけり。あまりに興あらんとする事は、必ずあいなきもの なり。

ここには京郊外の仁和寺の僧たちの「をこ話」として紹介されているので

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すが、注目したいのは、仁和寺という御所よりさほど遠くない場所が、この ような話の出所になっているということです。この時代の京町にはすでに道 が整備され、物の流通も海上交通を中心に盛んに行われていました。「年中 行事絵巻」などを見てもそのことが明らかです。最近指摘されるのは、一般 市民だけでなく、罪人や乞食(注1)などの人々の行動までも、生き生きと した姿で描かれていることです。これらのことはまさしく都市と市民の関係 を十分に補い合っている証左として捕らえておくべきことではないでしょう か。

また、第八十九段には次のような文があります。同じく全文引用します。

「奥山に、猫またといふものありて、人を食ふなる」と、人のいひける に、「山ならねども、これらにも猫の経上りて、猫またになりて、人とるへ あが 事はあなるものを」と言ふ者有りけるを、何阿弥陀仏とかや、連歌しけ る法師の行願寺の辺にありけるが聞きて、ひとり歩かん身は心すべき事 にこそと思ひける比しも、或所にて夜更くるまで連歌して、たゞひとり 帰りけるに、小川のはたにて、音に聞きし猫また、あやまたず足許へふ と寄りきて、やがてかきつくまゝに、頸のほどを食はんとす。肝心も失きもごゝろ せて、防がんとするに力もなく、足も立たず、小川へ転び入りて、「たす けよや、猫また、よやよや」と叫べば、家々より、松どもともして走り 寄りて見れば、このわたりに見知れる僧なり。「こは如何に」とて、川の 中より抱き起したれば、連歌のかけもの取りて、扇、小箱など懷に持ち たりけるも、水に入りぬ。希有にして助りたるさまにて、はふはふ家に 入りにけり。飼ひける犬の、暗けれど主を知りて、飛付きたりけるとぞ。

これもある僧の「をこ話」としてもよいと思いますが、注目したいのはそ の僧が賭物をして連歌遊びに興じたということです。もちろん連歌という文 芸が作者の意識の中ではこの程度にしか認識されていなかったことは注意を 要しますが、身分として保障されていたともいえる僧がこのような遊びに興 じていたというのも、熟成しむしろ退廃した都市の特徴の一端を示している といえます。

最後にもう一段紹介して、本章のまとめを行いたいと思います。それは第

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― 19 ― 四十四段です。やはり全文引用します。

あやしの竹のあみ戸のうちより、いと若き男の、月影に色あひさだか ならねど、つやゝかなる狩衣に濃き指貫、いと故づきたるさまにて、さしぬき さゝやかなる童ひとりを具して、遙なる田の中の細道を、稲葉の露にそ ぼちつゝ分け行くほど、笛をえならず吹きすさびたる、あはれと聞き知 るべき人もあらじと思ふに、ゆかん方知らまほしくて、見送りつゝ行け ば、笛を吹きやみて、山のきはに惣門のあるうちに入りぬ。榻にたてたしぢ る車の見ゆるも、都よりは目とまる心地して、下人に問へば、「しかしか の宮のおはします比にて、御仏事などさふらふにや」といふ。御堂の方 に法師ども参りたり。夜寒の風にさそはれ来るそらだき物のにほひも、

身にしむ心地す。寝殿より御堂の廊に通ふ女房の追風用意など、人目な き山里ともいはず心遣ひしたり。心のまゝに茂れる秋の野らは、置き余 る露にうづもれて、虫の音かごとがましく、遣水の音のどやかなり。都 の空よりは雲の往来もはやき心地して、月の晴れ曇る事定めがたし。

これは身分のある男が使いをつれてある方の法事に参列するという場面で すが、その行き先は京より離れた山里とあり、これも京からさほど離れてい なくて、都市の仲間に入れてよいと思っています。したがって、先の引用と 合わせると、政治・経済などの情報が共有され、文化的にも文壇の情報も知 れ渡るシステムが、京やその周辺には形成されていたといえるのではないで しょうか。こうしたことがこれらの史料から読み取れると思います。

次章ではいよいよ地域マネジメント論の具体的な方法を提示します。

3、サービス・ラーニング論の展開

サービス・ラーニング(Service-Learning)は1970年代にアメリカで社会活 動 と し て 盛 ん に な っ て い た と さ れ ま す が、具 体 化 し た の は1982年 の International Partnership for Service-Learning [略号:IPSL]の設立です。ア ジアでも2002年の Service Learning Asia Netw ork [略号:SL A N ]の設立や IC U や筑波大学などの大学でのボランテイア教育の一環として普及していま す。

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しかしながら、わたしはサービス・ラーニングが大学教育の中に取り入れ られて単位化していくことは好ましく思っていない一人です。このことはと ても大事なことだといえます。なぜなら、本来ボランテイア(volunteer)に は自発性、無償性、利他性に基づく活動の意味が付与されているはずですか ら、単位で還元されることもあってはならない暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫 暫

と考えるからです。

サービス・ラーニングの基本理念を示すと、全くの自発性、全くの無償性、

全くの利他性ということです。そのことが保障されてはじめて、参加した大 学生の学ぶものが最大限大きくなるのではないでしょうか。‘心から遊べて、

心から楽しめて、心から尽くす’という人間の奉仕行動の原則にもかなって いると考えます。

次 に サ ー ビ ス・ラ ー ニ ン グ の 方 法 に 関 し て で す が、導 入 教 育 ― 活 動

(action)―熟考(reflection)―更なる行動(further action)というパターンを もっています。とりわけ、熟考(reflection)という過程が重要であり、この 部分にラーニング(learning)の真骨頂があるといっても過言ではありません。

次章ではこの考えに基づき、「地域」へと行動を起こす一例を考えておきた いと思います。

4、地域と連携するコミュニテイ

あるイベントの紹介のために、わたしは小学校を訪れたとき、校長先生か ら「ホームルームの時間を提供しますから、大学生が子どもと一緒に遊んで ください。」と言われたことがありました。そのときは他事に追われて実行 できませんでしたが、教育現場の実験的な取り組みの緊急性を強く感じたも のです。

そこで2009年4月から、サービス・ラーニングの考えを基本とした活動の 一例として、地域の小学校のホームルームの時間を活用させていただいて実 施したいと考えます。具体的なテーマとしては、「絵本を読み聞かせる」・「楽 しく遊ぶ」・「おもしろく学ぶ」などを考えています。大学生にはこれらの教 材を徹底的に研究してもらい、これらをいかに理解させるかをくり返し熟慮 してもらいたいと思います。

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学生は大学の講義の空き時間を使ってこれらの準備をします。小学校との 連絡にははじめはわたしの方で行いますが、あとはすべて学生が行います。

週1回から2回のホームルームを担当させていただければ、学生にはそう負 担にはならないと思います。

この活動はいたずらに効果を期待するものではありませんが、大学生の教 育力を養うということはいうまでもなく、子どもと大学生の、異世代間のコ ミュニケーションを育てる力を養います。さらになによりも、これらの体験 を通しての大学生の想像力(夢といってもよい)を豊かにするということが 大きいと考えます。

これらの活動を行う母体として、「活水地域コミュニテイ」(問合わせは事 務局の活水女子大学本館4階野中研究室まで)を起動させたいと思います。

これは2006年4月27日に内閣府管轄「大学地域連携まちづくりネットワー ク」(注2)に登録したものです。ここに「活水地域コミュニテイ」の3つの ポリシーおよび具体的な活動方針を示しておきます。

【三つのポリシー】

Ⅰこころの育成支援

文化を共有する場を提供します。子どもの遊ぶ能力、大人の技術能力、

大学生・留学生の教育能力など、それぞれの得意分野の能力を育てます。

Ⅱコミュニテイ支援

市民の教養や大人の生きがい捜しをサポートし、また、地元の小学校・

企業の発展やまちづくりのために手助けに出向きます。

Ⅲ大学生・留学生の総合力養成支援

学生・教員・市民が一緒になり、さまざまなイベントを供給します。ま た、地域文化の発展に寄与しまちづくりに参画します。

【具体的な活動方針】

Ⅰ地域コミュニテイ理論の体系づくり

講演会・対談会・シンポジウム、ボランテイア活動報告会(活水女子大 学ボランテイア活動支援委員会と協賛)などを開催します。

Ⅱ出向サポート

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まちづくり(長崎市浜の町・新大工町など)、長崎市内小学校のHRサ ポートなどを行います。

Ⅲ遊びこころでの交わり

茶話会形式による日本語・外国語レッスン、趣味・園芸の交わりなどを 実施します。

おわりに

本稿は2009年度開講の「地域マネジメント論」科目の内容の概略をお伝え することを目的としています。実際には各章の詳細な論述なり、実践の報告 なりが今後なされていくと思われます。

この活動がさまざまな方面の方々のご協力を仰がなければならないことを 承知していますので、その方々への挨拶文になればと思っています。

注記

茨 「こつじき」と読み、本来は仏教用語です。現代では公には使用してはなりません。

芋 2006年6月、内閣総理大臣を長とする内閣府に設置された「都市再生本部」に、

「大学地域連携まちづくりネットワーク」が発足しました。平成19年6月26日現在で 374団体(146地方公共団体、198大学・高等専門学校)がネーミングリストに登録さ

れています。

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