1.はじめに
日本には110の活火山があり世界有数の火山国である。人間の一生か ら考えれば火山の寿命は桁違いに長く、数百年から数千年程度の休止期 間は束の間の休息でしかない。そのため、火山噴火予知連絡会によって
「概ね過去1万年以内に噴火した火山および現在活発な噴気活動のある 火山」を活火山と定義されている。鹿児島県には北から霧島山、米丸・
住吉池、若尊、桜島、池田・山川、開聞岳、薩摩硫黄島、口永良部島、
口之島、中之島、諏訪之瀬島と11の活火山があり、日本の活火山の1割 を有している。毎日のように噴火を繰り返している桜島や2011年に約 300年ぶりにマグマ噴火を行った霧島山(新燃岳)が活火山であること は多くの方に理解していただけるだろう。桜島、霧島以外にも若尊、薩 摩硫黄島、口永良部島、中之島、諏訪之瀬島は現在も噴火している、も しくはここ100年以内に噴火をした火山である。見事な円錐形の山容か ら薩摩富士とも呼ばれる開聞岳は西暦874年と885年に山頂付近を噴き飛 ばすほどの激しい噴火を行っており、その他の米丸・住吉池、池田・山 川、口之島は5千年~8千年前に噴火をしている火山である。このよう に鹿児島には多くの活火山が存在しているのである。
鹿児島県の活火山の中でも桜島と言えば鹿児島のシンボルと言っても 過言でないだろう。桜島は雄大な山体と間近で噴火が見られる観光地で あり、温泉、桜島小みかん、桜島大根など自然の豊かな恵みを与えてく れる重要な資源である。しかしながら、桜島は世界から見ても最も活動 的な火山の一つであり、過去にもたびたび甚大な被害を生じるような噴 火活動を繰り返している。近年、台風の大型化、ゲリラ豪雨、土砂崩れ、
地震などによって大きな被害をもたらす自然災害が多発しているが、
爲 栗 健
2014年9月に63名の死者・行方不明者が出た御嶽山の噴火のように火山 災害も忘れてはならない。11もの活火山を抱える鹿児島県では、安心安 全のまちづくりを考える上で、火山災害に対する取り組みは重要な課題 の一つと言えよう。その課題に取り組むためには火山噴火によって生じ る災害にはどのような物があるか理解を深めておく必要がある。本稿で は、大正大噴火から100年が経過した桜島について、過去の噴火活動、
噴火によって発生しうる火山災害、桜島の現状と今後の活動予測につい て述べる。
2.桜島の生い立ちと過去の大噴火
桜島は薩摩半島と大隅半島に挟まれた鹿児島湾の北部に位置してお り、その北側にはほぼ円形をした奇妙な形の湾がある。この円形の湾は 約3万年前に発生した巨大噴火で、マグマが大量に噴出したために地面 が陥没して生じたものである。このような地形のことをカルデラとい い、鹿児島市、姶良市、霧島市、垂水市に囲まれた錦江湾北部は姶良カ ルデラと呼ばれている。九州には大小様々なカルデラが存在し、有名な ものとして阿蘇カルデラが挙げられる。姶良カルデラを生じた約3万年 前の巨大噴火では、鹿児島県一帯はもとより、熊本・宮崎南部付近にま で高温の火山噴出物が覆い尽くした。その火山噴出物が堆積してシラス 台地が形成されている。姶良カルデラ噴火によって放出された大量の火 山噴出物は遠方にまで飛散していき、京都でも厚さ40cm の降灰をもた らした。桜島は姶良カルデラ噴火後にカルデラ南縁に生まれた火山であ る。桜島の山体は大きく分けて北岳と南岳の2つがある。北岳は約 2万6千年~2万4千年前に活動し古期北岳を形成した。休止期間を挟 み、1万3千年前から活動を再開し、5千年前に活動を停止した。その 後、噴火活動は南に移動し、現在の南岳を形成した。火山の一生は数 十万年とも考えられている。大雑把な話になるが、桜島が約3万年前の 姶良カルデラ形成後に生じた火山であることから、桜島の年齢は人間に 例えると10歳程度と言える。つまり、桜島はこれからも噴火を続ける元 気な若い火山なのである。
桜島では歴史時代に4回の大噴火が発生し、それらはその時代の名前 が付けられ、「天平宝字」「文明」「安永」「大正」噴火と呼ばれている。
その4回の大噴火はすべて山の中腹から噴火が起こる山腹噴火であり、
大量の火山灰や噴石を噴出するプリニー式噴火で始まった。プリニー式 噴火の際には高温のガスや火山灰などが斜面を高速で流れ下る「火砕 流」が発生している。そして噴火口近傍から溶岩の流出が発生し、桜島 の地形を大きく変えている。西暦764年天平宝字の大噴火では桜島の東 側にある鍋山が出現し、長崎鼻溶岩が流出した。西暦1471~1476年文明 大噴火では桜島の南西側と北東側中腹から溶岩が流出し、両溶岩流とも 海岸にまで達した。南西側の溶岩は野尻地区の燃崎を形成している。西 暦1779~1782年にかけての安永大噴火では南岳の南南西中腹と北北東中 腹から噴火が発生し、溶岩を流出した。安永大噴火の際には桜島北東の 高免沖で海底噴火が発生し、津波が襲った。噴火によって海底が隆起し て新島など8つの小島が出現し、現在でも4島が残っている。安永大噴 火では噴火と津波で約150名が犠牲になった。1914年の大正大噴火につ いては次章で詳述するが、南岳を挟んだ東西の山腹から噴火が発生し、
東側から流出した溶岩が瀬戸海峡を埋め尽くして、桜島と大隅半島が陸 続きになった。これら4つの大噴火は多量のマグマが溶岩として流出 し、海にまで達した溶岩流が桜島の海岸線を大きく変えた。文明、安永、
大正大噴火の溶岩流出の特徴として、両山腹噴火が挙げられる。両山腹 の噴火位置は南西・北東(文明)、南南西・北北東(安永)、西・東(大 正)と桜島山頂を中心とした対称の位置から噴火をしている。大規模噴 火の際には大量のマグマが桜島の地下に板状に貫入し、山頂に達するま でに山腹斜面に突き当たって噴火が開始すると考えられている。そのた め山頂を挟んだ対称位置に噴火口が生じる。大規模噴火が発生した際に は、最初の噴火が始まった位置の反対側からも噴火が発生する可能性に 注意が必要である。
3.1914年大正大噴火
死者・行方不明者58名を出した大正大噴火は日本国内で20世紀最大の 噴火であった。まだ近代火山観測が発達していない当時では噴火予測は 困難であっただろう。しかしながら、噴火の前にはたくさんの前兆現象 が起きていた。大噴火の前年1913年には有村地区で火山ガスにより2名 が亡くなっている。さらに噴火の1~2ヶ月前から桜島島内の井戸水の
水位が低下していた。これは大量のマグマが桜島の地下に移動してきた ため、マグマ中のガスが地表近くにまで上昇してきていたのと、マグマ によって地面が押し上げられたために井戸水の水位が低下したと考えら れる。噴火の直前になると、1月10日から地震が増え始め、前日の1月 11日には鹿児島市内でも有感になる地震が多数発生した。当時、鹿児島 周辺の地震観測は鹿児島測候所に設置されていた1台の地震計しかな く、これらの地震が桜島の大噴火の前兆とは言い切れなかった。下から 突き上げるような地震が群発した後、1月12日10時ころ、桜島の西側中 腹から黒煙が上がった。そのわずか10分後、今度は東側山腹からも噴火 が始まった。火山灰は噴火開始30分後には上空8千~1万 m にまで達 したと言われている(写真1)。東西両山腹から大量の火山灰が噴出し 始めた際、高温の噴出物が斜面を流れ下る現象が起きた。その噴出物の 凄まじい衝撃で現在の桜島フェリー桜島港近くにある袴腰台地のミカン 畑では木が根こそぎ倒されている。大量の軽石と火山灰の噴出が続き、
上空高く上がった火山灰は桜島島内のみならず風下に当たる島外にも降 り注いだ。桜島黒神地区にある埋没鳥居が有名であるが、島内では厚さ 2~3m の軽石と火山灰が堆積した地域もあった(写真2)。噴出した 大量の火山灰は風に乗って、仙台から小笠原諸島にまで到達していた。
大噴火開始の翌夕には噴火口近くから溶岩の流出が始まった。西側山腹 から流出した溶岩流は海岸に到達した後、沖合の烏島まで覆ってしまっ た。東側山腹から噴出した溶岩は同じく桜島南東の海岸に達した後、瀬 戸海峡を埋め尽くして大隅半島にまで到達した。大正大噴火前まで、桜 島は周囲を海に囲まれた島であったが、溶岩流が大隅半島に着岸し、陸 続きとなった。噴火による噴出物の被害も大変なものであったが、大地 震が被害を拡大させた。噴火開始の8時間後に鹿児島市内を烈震が襲っ た。震源は桜島と鹿児島市を挟む錦江湾の下で M7.1の大地震が発生し たのだ。鹿児島市内の建物や石垣が崩壊し、土砂崩れが多発した。大正 大噴火による犠牲者の半数はこの大地震による被害者であった。大地震 の発生後、鹿児島市沿岸に最大2m の津波が襲ったことが記録されて いる。このように大正大噴火の際には、噴火に加えて、大地震と津波ま でも発生したことが被害を拡大させたと言える。
写真1 1914年大正大噴火の際の噴火状況。桜島の西側と東側の山腹から噴火が 発生している(鹿児島県立博物館)
4.南岳爆発期と昭和火口噴火
大正大噴火が収まった後、1935年と1938年に南岳山頂火口で小規模な 噴火が発生していたが、1939年から山頂の東側8合目付近で噴火が始 まった。南岳東斜面の火口から爆発と火山灰の放出を繰り返しつつ、
1946年3月に昭和溶岩の流出に至った。昭和溶岩の流出量は大正大噴火 の10分の1以下ではあるが、溶岩流は黒神地区と有村地区の海岸にまで 達した。現在、活発な噴火を繰り返している昭和火口の噴火は、この 1939年から続いた昭和噴火の噴火口で発生している。1948年には昭和噴 火は終息に向かうが、それもつかの間、1955年10月に南岳山頂火口から 大音響とともに爆発的噴火が発生した。1970~1980年代に鹿児島市内に たびたび「どか灰」を降らせた南岳爆発期の始まりであった。南岳山頂 噴火の特徴は爆発的噴火にある。図1に桜島で発生した年間爆発回数の グラフを示す。1955年に始まった南岳山頂火口の爆発的噴火活動は1960 年をピークに一度活動が低下する。しかし、1972年以降、爆発活動が再 活発化し、その後、2002年まで活発な噴火活動を続けた。その期間、年 間200回を超える爆発により噴石や火山レキ(数 cm の石)が麓に落ち、
写真2 黒神の埋没鳥居。軽石と火山灰が2~3m 堆積している
多量の火山灰が風下の街を襲った。2002年以降、南岳の山頂爆発回数が 年間10回を切るようになり、桜島の噴火活動が極端に低下した。しかし ながら、2006年6月に南岳山頂の東側斜面から静かに噴煙が上がった。
1948年以降、58年ぶりの昭和火口噴火の再開であった。2006年に始まっ た昭和火口の噴火は6月4日から6月20日の短期間で終了したが、翌 2007年5月に再び噴火が発生した。2007年の活動も1ヶ月程度で終了し た。しかし、2008年から昭和火口の噴火活動は一変する。2008年2月、
昭和火口において南岳山頂火口のように噴石を火口外に吹き飛ばし、多 量の火山灰を放出する爆発的噴火が始まったのだ。2009年以降、その爆 発的噴火は一気に増加し、年間1000回を超える年も出てくるようになる
(写真3)。1970~1980年代の火山灰が街を襲う噴火活動が再来し、2014 年現在も継続している。
図1 1955年以降の南岳および昭和火口の年間爆発回数
5.桜島の噴火で発生しうる火山災害
前章まで桜島の噴火活動について紹介したが、その噴火時にどのよう な災害が発生したか、その要因は何かを紹介する。まず、歴史時代の4 回の大噴火に伴う火山災害である。大噴火では多量の火山物質が一気に 噴出される。火口周辺では直径数 m の噴石が無数に落ち、高温のマグ マやガスが斜面を流れ下る火砕流が発生する。大量の軽石や火山灰が降 り注ぎ、風によって遠方にまで達する。これらの現象は大噴火前に大量 のマグマが地下に溜まり、それを短時間で放出するために発生する。火 砕流は火山現象の中で最も危険なものの一つであり、43名の死者・行方 不明者を出した1991年雲仙普賢岳の火砕流が有名である。大量の軽石や 火山灰の堆積は風下側に集中する。1914年大正大噴火は1月に発生し、
冬の季節風によって桜島の南東~東方向に大量の降灰をもたらした。桜 島島内では両噴火口の東側に位置する黒神地区で軽石と火山灰が2~3 m も堆積した。島外では桜島から10km の旧牛根村付近で60cm ~1m、
桜島から20km の旧百引村でも45~60cm もの火山灰が堆積した。この ように噴火開始と同時に噴石、火砕流、大量の軽石と火山灰が降り注ぎ
写真3 昭和火口で発生する爆発的噴火
始める大噴火では、噴火が始まってから避難を開始することは困難であ り、噴火前の早期避難が必須であると言える。また、桜島から20km 離 れた場所でも50cm 近くもの降灰に襲われることを知っておく必要があ る。軽い火山灰は風に流されるため、降灰に関しては完全に風向きと風 速に左右される。大噴火の際、風下側にいる方は直ちにその方向から避 難する必要がある。風が強い場合はより遠方にまで大量の火山灰が降灰 する危険が高くなる。
次に、南岳爆発期や現在の昭和火口における噴火活動に伴う火山災害 を紹介する。1955年以降の桜島の噴火活動は爆発的噴火と火山灰放出が 主である。爆発的噴火とは、マグマやガスが火口直下で蓄積するため高 圧になり、やがて限界に達し爆発することを言う。シャンパンをよく 振った後に栓を開けた時をイメージしてもらいたい。シャンパンの栓は 瓶の中の圧力によって勢いよく飛んでいく。爆発によって大きな噴石が 火口外に噴出するのはそれと同じである。1980年代の南岳の爆発期には 写真4のような噴石が麓にまで飛んでいた。1986年には噴石が古里温泉 街に落ち、ホテルに直径3m の穴が開いた。幸い死者は出なかったが、
6名が負傷した。桜島では南岳山頂と昭和火口から半径2km 以内が立 ち入り禁止になっているのは、爆発の際に人命に関わるような噴石が 降ってくる可能性があるためである。シャンパンの栓が開いた後は多量 の泡が瓶から溢れ出る。これが火山爆発では大量の火山灰の放出に当た る。シャンパンでは大小さまざまな泡が噴き出すが、爆発でも同じ現象 が起こる。灰のように細かい粒子から直径数 cm の石(火山レキ)まで 噴き出す。これらのレキや灰は風に乗って流れていき、風下に降り注ぐ。
火山レキは鋭く尖った形状をしており、時には車のガラスを割る被害を 生じる(写真5)。桜島近傍で噴火に遭遇した場合は、まず噴煙の流れ る方向を確認し、風下には絶対に行かないようにしてもらいたい。特に 車の走行中には注意が必要である。走行中の車が噴煙の中に侵入する と、車のスピードも加わり、火山レキによってフロントガラスが割れる 可能性が高くなる。また、火山灰が降り積もった道路は非常に滑りやす くなっている。過去にも火山灰が降った後には車のスリップ事故が発生 し、降雨時には路面状態がさらに悪くなっていることもあり、事故が増 加する。爆発時に注意することをもう一つ紹介する。空気振動によるガ
写真4 南岳山頂火口の爆発で飛来した噴石
写真5 レインボー桜島の駐車場で火山レキによって割れた車のガラス
ラスの損壊被害である。シャンパンの開栓時における“ポンッ”という 音が火山爆発では強大な威力となる。桜島が爆発した際に、窓や扉がガ タンと音を立てるのを聞いたことがあるだろうか。これは爆発の際に高 圧の火山ガスが瞬時に解放されて衝撃波が発生し、その衝撃波が空中を 伝播していき、窓や扉を揺らすのである。大きな爆発では衝撃波によっ てガラスを割ることがある。衝撃波による空気の揺れが到達すると、圧 力変化によって窓や扉が急に閉まり、身体や指が挟まれる事故が起こ る。中途半端に窓や扉を開けたままにせず、止め具でしっかりと固定し ておくことが重要である。
自然災害には様々なものがある。例えば、2011年東日本大震災では大 地震の後に巨大な津波が沿岸を襲った。局地的豪雨、ゲリラ豪雨という 言葉をよく聞くようになったが、鹿児島でも1993年の8.6水害により土 石流、洪水が発生している。温暖化による台風の巨大化も豪雨や洪水の 原因となりうるだろうし、強風と気圧低下で大きな被害をもたらす高潮 災害が発生する。さて、この地震、津波、土石流、洪水、高潮という災 害であるが、実はこれらは火山噴火に伴って発生することがあることを ご存じだろうか。地震、津波に関しては前述のとおり、大正大噴火の際 に大きな被害をもたらしている。噴火の際には人が感じないような微小 地震から被害を生じるような大地震まで大小さまざまに発生する。それ らはすべて地下のマグマが原因である。噴火前には地下浅部にマグマが 上昇してくる。その時に固い岩盤を割り進み地震が発生する。大噴火の 前に多くの方が地震を感じるのはマグマが浅い部分に移動してきている からである。そして、噴火が始まり大量のマグマが地表に噴出すると、
地面の中の圧力が下がって不安定になり、大地震が発生する可能性が高 くなる。このような地震は浅い部分で発生することが多く、震源が海底 で規模の大きな地震の場合には津波が発生する。津波の要因は地震によ るものだけではなく、噴火によって直接発生する場合がある。1779~
1782年の安永大噴火では、桜島北東沖で海底噴火が発生し、海底を盛り 上げて津波が発生している。さらに、海から来る脅威の一つに高潮が挙 げられる。図2に1890年以降の桜島周辺の地面の高さ変動を示す。1914 年の大正大噴火の前後で桜島周辺の地面が1m 近くも沈降した。この 原因は多量に蓄積していたマグマが噴火によって放出されて地面が下
がったからである。噴火により地面が下がると、相対的に海面が上昇す る。大正大噴火の際には鹿児島市の沿岸地域、姶良、加治木で満潮のた びに浸水被害が生じたことが報告されている。このように大噴火の際に は津波や高潮による被害にも警戒が必要となってくる。次に土石流、洪 水について説明する。噴火により軽石や火山灰が数十 cm から数 m も 堆積すると、家屋や田畑が被害をこうむるのはたやすく想像できるであ ろう。そこに雨が降ると被害が何倍にも拡大する。大量の軽石や火山灰 が堆積した状態で降雨があると、堆積物は雨水とともに河川に一気に集 積されることになる。急峻な斜面では土石流となって流れ下り、軽石や 火山灰で埋め尽くされた河川では土砂が簡単に堤防から溢れ出てしまう だろう。大正大噴火の後、多量の降灰に襲われた百引村や垂水周辺では、
降雨のたびに土石流や洪水が発生し、犠牲者が出ていた。南岳爆発期で も桜島島内ではたびたび土石流が発生し、家屋の流失、道路の寸断など の被害が出た。火山災害は他の自然災害とは違い、噴火が収まった後で も長い時間影響を受け続けるという特徴がある。
6.桜島の現状と今後の活動予測
最後に、活発な活動を続ける桜島の今後の火山活動について予測す る。図2にある桜島周辺の地面の高さ変動から桜島の現状を説明しよ 図2 桜島周辺の地面の高さ変動(BM2469を基準とした BM2474の高さ変動)
う。1914年大正大噴火により1m 近く地面が沈降した後、すぐに地面 の隆起が再開している。1946年の昭和溶岩の流出で一時的に地面が沈降 したが、直後に再隆起に転じている。桜島周辺では噴火活動が低調な時 期には、地面が高くなっていくのである。1970年代、1980年代の南岳爆 発期には噴火により大量の火山灰が放出され、地面の隆起が停滞してい る。だが、1990年代になり噴火活動が徐々に低下してくると、地面が再 度隆起していっている。桜島の噴火活動と地面の高さ変動に密接な関係 があるのは明確である。実はこの地面の高さ変動を及ぼしているのは、
マグマの蓄積によるものである。近年、正確な地面の高さの測定や GPS 観測によって、桜島の噴火の源になっているマグマは姶良カルデ ラの深さ10km 付近に蓄積されていることが明らかになった。桜島が噴 火をすると蓄積しているマグマが放出されて地面が下がり、噴火が低調 になるとマグマの蓄積が進行して地面が上がるということである。それ では現在の地面の高さはどのような位置になるかと言うと、すでに大正 大噴火前とほぼ同じ高さになっている。大正大噴火で放出したマグマの 9割近くがすでに姶良カルデラの直下に溜まっているのだ。このマグマ の蓄積が大正大噴火前と同じ100%になったからと言ってすぐに大噴火 が始まるとは言えない。今後何十年に渡ってマグマ蓄積を続け、大正大 噴火以上の噴火になる可能性もある。しかしながら、現在の桜島は大正 大噴火と同規模の噴火を起こすエネルギーをすでに蓄積していることは 間違いない。それでは、桜島の今後の火山活動について考えてみる。考 えられるシナリオは20世紀に発生した3つの噴火活動である。一つは 1914年の大正大噴火級である。天平宝字、文明、安永、大正の4回の大 噴火は764年から約700年後、1471年から約300年後、1779年から約130年 後と大噴火のたびに発生間隔を縮めている。現在、大正大噴火から100 年が経過しており、地面の変動観測からほぼ大正大噴火前と同じマグマ の蓄積が進んでいることが明らかになっている。今後、4つの大噴火と 同規模の噴火が発生する可能性は高いと考えられる。次に1946年の昭和 溶岩を流出した中規模噴火の可能性である。現在の昭和火口の噴火活動 の推移は1946年の昭和噴火と非常に類似している。昭和火口では1946年 の溶岩流出以前に1939年から7年間、爆発や火山灰放出が続いていた。
現在の昭和火口の噴火は2006年から開始し、2014年で8年になる。2009
年以降、年々爆発回数の増加や噴火規模が拡大しており、この点も1946 年の昭和噴火前と似ている。今後は昭和火口からの溶岩流出に至る可能 性も注意が必要である。3つ目のシナリオは、南岳や昭和火口における 爆発活動の激化である。前述の2つのシナリオは蓄積したマグマを短時 間で放出するものであるが、爆発活動激化は蓄積したマグマを長期間か けて放出するものである。1970~1980年代の南岳爆発の最盛期には地面 の高さの変動が停滞か若干沈降している。これは姶良カルデラ直下に供 給されるマグマの量と爆発や火山灰で放出されるマグマの量が釣り合っ ている状態を示す。今後、昭和火口や南岳での爆発が激化し、蓄積した マグマを何十年とかけて放出する可能性もある。3つのシナリオのどれ になるかは分からないが、桜島は活動活発化に向けて着々と準備をして いる段階であることは間違いない。来るべき大規模噴火に対して備えを する時間的余裕はあまりないと考えておくべきだろう。
(国立大学法人京都大学防災研究所火山活動研究センター助教)