03-総合司会 小藤先生 Page 1 16/03/11 17:23 v2.10
. 変貌する日本の保険市場
日本保険学会平成27年度全国大会のシンポジウムとして グローバリゼー ションと保険業 を取り上げる。日本保険学会創立75周年を記念するメイン テーマであり,今日の保険業を取り巻く最も関心の高いテーマと思われる。
今回のシンポジウムではグローバル化が一段と進展する中でわが国の保険業 の現状を認識しながら,これからの方向性ならびに役割について様々な角度 から考えていきたい。
日本の保険市場は1990年代後半以降,かつてのような勢いが見られなくな った。バブル崩壊後の日本経済が長期にわたるデフレ化に陥る中で保険市場 もそれに伴って縮小化の方向に向かっていったからだ。政府や日銀による大 胆な財政金融政策が繰り広げられたにもかかわらず,日本経済はなかなか浮 上できないままにいる。国民の所得水準が伸び悩む中で保険料収入だけが増 えていくのは難しい。
戦後の長期にわたる GDP と全生損保・保険料収入のデータをそれぞれ並 べると,高度成長期では保険料収入も GDP の動きに応じるように上昇して いるが,デフレ経済に突入してからは目立った成長が見られないようである。
きっかけとなったのは1990年代後半から2000年にかけて連続的に発生した保 険会社の経営破綻であった。戦後の順風満帆な保険経営からでは考えられな い事態に直面し,保険料収入が落ち込んでいった。しかし,基本的には日本経
49
【日本保険学会創立75周年記念大会】シンポジウム グローバリゼーションと保険業
グローバリゼーションと保険業:はじめに
創立75周年記念大会シンポジウム
総合司会 小 藤 康 夫
*平成27年10月25日の日本保険学会全国大会(慶應義塾大学)報告による。
/ 平成27年11月17日原稿受領。
03-総合司会 小藤先生 Page 2 16/03/11 17:23 v2.10 済が低迷しているからこそ保険会社に成長が見られないのであって,保険会 社が本格的に復活するには日本経済そのものに活力が湧かなければならない。
ところが,日本経済の成長を抑えるファンダメンタルな要因は深刻な人口 減少と少子高齢化にある。これらは短期的に解決できない構造問題であり,
政府の取組みにも限界が生じている。それゆえ,日本経済の成長は押さえ込 まれるだけでなく,将来の明るい希望も持てなくなっている。それに伴い保 険市場も縮小化に向かいつつある。とりわけ,人口減少と少子高齢化は所得 水準の低迷をもたらすだけでなく,保険商品の販売に悪影響をもたらす直接 的な要因でもある。そのため,保険市場の拡大は望めず,今日では保険料収 入の低迷となって現れている。
その一方で,日本経済が成熟すれば新たなリスクも発生し,それに応じて 保険ニーズの高まりも考えられる。そこで保険市場の成長が日本経済と関わ りなく依然として発展途上の段階にあるのか,それとも飽和状態に突入した 成熟段階にあるのかどうかを探る必要がある。実際に保険料収入を GDP で 割った保険普及度(%)を求め,長期にわたって眺めていくと,損保会社は 右肩上がりの傾向がわずかながら感じられるうえ,先進諸国の数値と比べて も若干低い。それに対して生保会社の保険普及率は頭打ちの状態にあり,上 昇の余地がないようである。
生損保では保険普及度の動きに業態の違いが見られるが,それでも全体的 には日本の保険市場が成熟段階に向かっていることは確実であろう。こうし た困難な局面の打開策として打ち出されているのが保険会社のグローバル化 である。今日の保険会社は国内事業だけに専念するのではなく,海外事業に も積極的に進出している。アジアや欧米の現地会社を買収したり出資に応じ たりすることで,海外事業の収益を確実に増やしている。
最近では欧米での海外 M & A が勇猛果敢に繰り広げられ,資金規模も巨 額になっている。日本経済新聞の記事(2015年 月 日)から代表的な事例 を示すと,主要生保では住友生命による米シメトラ・ファイナンシャル
(4,650億円)の買収,明治安田生命の米スタンコープ・ファイナンシャル・
グローバリゼーションと保険業:はじめに
50
03-総合司会 小藤先生 Page 3 16/03/11 17:23 v2.10 グループ(5,250億円)買収,第一生命の米プロテクティブ(5,800億円)買 収が挙げられる。一方,主要損保では三井住友海上による英アムリン(6,420 億円)の買収,東京海上 HD の米 HCC インシュアランス HD(9,400億円)
買収,損保ジャパン(当時)の英キャノピアス (1,000億円)買収がある。
. グローバル化を促す諸要因
大規模な海外買収が次々と発表されるたびに保険会社のグローバル化が確 実に進行していることがわかる。こうした動きを促す直接の要因はやはり人 口減少や少子高齢化を背景にした長期にわたる国内経済の低迷状態にあろう。
その困難な状況から逃れるための抜本的な解決策がグローバル化である。だ が,保険会社を取り巻く経営環境の変化といった間接的要因も無視できない。
例えばリスクとリターンを十分に認識し管理する ERM 経営の浸透や外国人 株主の存在,そして国際的な保険会計基準や保険監督規制などである。
保険会社は資本の効率性を高めながら健全性についても十分に配慮しなけ ればならない。これにより成長の持続性が達成され,最終的に企業価値の最 大化が得られる。そのためには保険会社が抱える全てのリスクを認識しなが らリターンの獲得に向かっていかなければならない。ERM 経営はまさにリ スクとリターンのバランスを取りながら着実な経営を展開する手法である。
国内市場が狭まる中で従来の経営を踏襲し続ければリスクが高まり,リタ ーンの上昇も期待できない。海外事業への進出はそうした歪みの是正につな がる。ERM 経営が浸透しているからこそグローバル化の動きが促されてい るものと考えられる。
その中で主要な保険会社の株主構成に占める外国法人の割合が上昇傾向に あり,いまでは主要生損保において40%台に至っている。一般的に外人株主 は邦人株主に比べて短期的に高いリターンを求めがちである。保険会社に高 い ROE を要求するため国内業務に留まれない状況に追い込まれる。それゆ え,リターンの高さから海外事業に向かって行かざるを得ないことになる。
先進諸国の保険会社はかなり以前からグローバル化に取り組んできたが,
保険学雑誌 第 632 号
51
03-総合司会 小藤先生 Page 4 16/03/11 17:23 v2.10 わが国ではようやく世界の流れに乗ろうとしている。グローバル化は高いリ ターンの獲得といったプラスの側面を持っているが,それとは裏腹に大規模 なリスクが顕在化した時のマイナスの側面も合わせ持っている。その場合,
保険システムを一気に不安定化させる恐れも生じる。今日では保険 IFRS
(国際財務報告基準)や IAIS(保険監督者国際機構),あるいは EU でのソ ルベンシーⅡに見られるように国際的な保険会計基準や保険監督規制が強め られている。これにより時価評価した資産と負債の差額に相当する純資産が リスク総量をどれだけ上回っているかを確認できる仕組みが整いつつある。
今回のシンポジウムではグローバリゼーションと保険業というテーマを取 り上げたが,保険会社をめぐる経済背景を十分に認識しなければ正しい理解 に結びつかないであろう。しかも関連する要因は複雑であり,ここで指摘し た以上にさまざまな要因が絡み合っている。このシンポジウムでは 人の専 門家の方々に独自の立場から保険会社のグローバル化について語ってもらう ことにしたい。
まず,中浜隆氏(小樽商科大学)には議論の出発点として保険業をめぐる グローバリゼーションの背景と動向について総論のような形で説明して頂く。
次に個別の問題として,木下孝治氏(同志社大学)に国際保険監督規制の現 状と課題について,また,岡田太志氏(関西学院大学)には保険業のドメス テイック性とグローバル性について論じていただく。それに続いて保険業務 に携わっている実務家の方から,野口直秀氏(第一生命)に生命保険業のグ ローバル化への対応と課題について,そして鈴木衆吾氏(三井住友海上)に は損害保険業のグローバル化への対応と課題について説明して頂く。
保険会社のグローバル化は見る角度によってさまざまな話題を提供する興 味深いテーマである。 人の方々の報告により新たな話題が生み出されるこ とを期待している。このことは単なる議論として終わるのではなく,今後の 保険会社の方向性を認識するうえでも好ましい材料になると思っている。
(筆者は専修大学商学部教授) グローバリゼーションと保険業:はじめに
52