弘 前 市にお け る 住 宅 地 の 発展
野 呂 謙 一
Ⅰ はじめに
この論文 は、居住^ 口の郊外化 とい う現象 との関連カiら、弘前市 k劉 ‑)る現在ゐ宅地化 の進行 状 況 と特徴、 並びに住宅地拡大 の要因 について考察す る ことを目的 と した ものである. なお、.::方法 と
して弘前市 の昭和4 0年 と4 9年の鹿討 資料 を もJtに世帯増淑図 を作 成 し、 これか ら種 々の考察 杏 試みた。併せ て、宅地化 の現況 を実地調査 と空中写真 (昭和̲4芥牢 5月撮 影)に よって確認 した.
Ⅱ 費 口増加 と市街地 の拡大
弘前市の^ 口は (第1図 )、明治2 2年の市制施 行当時には 5万 を数えるにす ぎず中頃JIS:で停 滞 してい,たが、明治27年の果 羽本線 の開通、 5 01王の第8師団の設置 に よって、町は東方及び‑
東 南 に向か って発展 して行 った. しか し、^ ロは緩慢 を増加 で あ った。大正期に入 って もこの傾 向 は続 き、緩慢 を増加を続 けて 第 1図
弘前市 の人 口推移
全市人 口 市街地人 口 農村地区人 口
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I巴i 一′ 一一1‑‑‑I一●一̲J一′一̲一・・ /
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明 大 昭
治22正914 和5 10 15 20 25 50 55 40 45 49 年
1占 5万台 を維 持 した。昭芽口期 に入
‑る と、周辺部 の農村 の一部編入 が あ 9.昭和15年には5万 を 越えて第2次大戦前 におけ る最 高 を記録 した。第2次大戦後 、 い ち早 く駅 の南側が急速 に宅地 化 され、 さ らに昭和 27年の弘 南鉄道の開通等 に よb町 は南 部 へ 向か って発展 して行 った. ま た 、昭和5 0年か ら5 2年 にか けて1町1 1か村 を合併 したた め に、弘前市の市域 は著 しく拡 . 大 し、人 口は増加 の一途 をた ど
った。以後徐 々に人 口が増加 し て きているが、昭和4 0年頃か らは市街地 よDはむ しろ周辺部 の農村地区において苦 しい。す なわ ち、昭和4 0年か ら4 9年 にお け る地区別^ 口の増減 をみ る と (第2図 )、市街地 では減少 し、周辺部 に位置す る堀越 ・千年 ・清 水 ・豊 田 ・藤代 の5地区が増加 してい. これはい うTiで も浸 く市街地 の人 口が住み 良い生活環境 を 求 め職住分離の傾 向をた どb一なが ら周辺部 に移動 した結果 とみ られ、他都市 におけ ると同様 、弘前
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市 にも人 口の ドーナッツ現象、いわゆる人 口の郊外化現象が進行 しつつ あることを如実にみ ること が で きる。
巷2臥 人 口 増 滅 辛 (再か 404‑41羊)
と.7
53臥 市街 地 L=おLH tr和 書埠 才 (略如 04‑¢叩 )
Ⅷ 市街地におけ る宅地化 第 5図は、昭和4 0年か ら49 生までの9毎問におけ る世帯増 裁 率を統計区 ごとに表わ した も のであるが、 これに よると増加 してLへる地区は、昭和42左に 大規模住 宅団地 〝城西団鞠 が 完成 した5区をは じめ として、
5・ 4 ・占の各地区であb、逆 .一■l 忙中心 街 の大部分 を占める2区 が著 しく減少 していることがわ か る05区では国道7号藩沿V、
の堅 田宮川地区、4区では富士 見橋 田 地 を 中心 とした栄町地 区、一別亘では城西地区、 占区で は弘南鉄道沿いの寒沢町 と稽 梗 野水各地区内で特 に住宅地化 の 目立 っている地域 である. これ らの地域のほ とん どが宅地化 さ れ る以前 に水田地帯で あ ったわけであるが、 この理 由 と して第1は昭和4占隼に新都市計画法 に よ る帯衝化区域上市祷化調整区域 の線引 きが行 なわれ、同時に米の減反政策が本格化 した こと、第2 に水田地 帯では宅地化す るのに土盛 D、整地、排水溝設備 な どの費用がか夜 Dかか るため、土地造 成業者が介入す るまで放帯され ることが多い こと夜 どの理 由が考え られる。
Ⅳ 市布地周辺部 (農村地区)におけ る宅地化
第4図枚、市街地 周辺部 の農村地区をさ らに旧村単位 に表わ した もので あるが、 これに よれば農
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村 地区12地区の うち、昭和4 0年か ら49年 にかけて大偏在世帯痩加 をみせてい為のは、堀 越 ・ 千年 ・清水 ・豊 田 ・藤代 の市帯地 に隣接す る5放区 で、それ以外の7地区はいずれ も停滞 してい るO 大幅夜増加 を示 してい る5地区は、近年 とみに住宅地化 され、急速 に都市化が進行 しつつ ある地域
であも また、停滞 している7地区 の多 くは山間鞄 をかかえた農村地帯で、そ のため農家住宅率が 大変高 く、 しか も昭和5 0年以降継続 して狭少傾 向をた どっているいわゆる人 口流 出地域で ある.
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第4匠l.市街 地 周姓 軒 にB・H tf帯 娼 誠 孝 (喝1.,40キ〜卵子)
第 1表 弘前市‑ の進 出企業
企 業 名 工場所在地 操 年月 日
北 越 ヒ エ ‑ ム 管 掬 浜 の町酉 1 54. 7 ニ ッ カ ウ イ ス キ ー 掬 栄町2 55. 7 日 魯 漁 業 蹄 清 水2 56.10 山 田 ‑ ツ チ 製 軸 蹄 堀越 57. a 共 和 コ ン ク リ ‑ ト ㈱ 石川 59, 7
明 治 乳 業 掬 大久保 59. 8
東 対] 電 気 工 業 蹄 ′ト沢 40. 2 泰 成 光 学 工 業 ㈹ 清水5 45. 4 大 和 屋 叔 器 工 業 掬 外崎 4ま 7 三 伸 電 子 I 業 椀 大清水 44. 9 弘 前 堀 田 産 業 掬 一 船水 4& 4 弘 前 ス トッ キ ン グ 掬 独狐 46. 5
ホ ク ト 産 業 掬 石渡 47. 2
日 本 青 春 機 器 由 船水 47. 10 東 北 1) ス 輪 」、沢 48. 4 弘 前 精 機 掬 石渡5 48 5 三 協 プ ラス チ ッ クス 輪 石渡,5 48. i
弘 前 縫 製 聯う 浜 の町東5 49. 1 島田点 .弘前クロージング 輔 I堅 田宮川 49. 4 J
.. 荏 )49年末現在
堀越地区 では国道 7号頼沿 いの 取上地 区 と南部 の松原地区、千 年地区では弘南鉄道沿いの城南 地区 と千 年駅付近、清水地区 で は緑 ヶ丘及 び′」、沢地区、豊 田地 区では城東団地 の造成が行 卑わ れ てい る城東地区、藤代地区 で は浜 の町 と石渡地区が各地区内 で特 に宅地化 の 目立 ってい る地 域 で あるb
v 住宅地鋲太 の要因\ (1)誘致企業鎗 出 工業は広 くて比敏 的安価 を土 地 と労働力を確保 す る必要が あ れ このため都市 の周辺部 に位 置 し、 しか も次第 に外方へ発展 す る傾 向を持 っているO弘前市 が農工並進をね らい と して、無 公害の内陸型企業の誘致に乗9 出 したのが昭和5 4年で、以後 北 越 ヒユ ーム管 を第1号 と して 現在全部 で19社が進 出 してい る (第 1表 )。 これを見る と、
工場 の所在地はほ とん どが市街 地周辺部 であ D、中で も石渡工 業 団地 を含む藤代地区 (7二丁場 )I
と倉罵工業団地 を含む清水地区
ヽI
( 4工場)に集 中 しているO
この ようを工場 の進 出に よって、社 宅や嚢 の建設 さ らに一般住宅の増加がみ られ、交通 の面 で もバ ス路 線 の発達 を促 した。
(2)公営住宅の建設
最近の地価 の上昇 は、立地条 件の良いま とま った住 宅用地の取得 を困難 に し、その用地 を次第に
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市街地か ら市街地周辺部 に求 めるように在 った (第2表 )。 まず市営住宅についてみる と、昭和40 年頃までは大部分が市街地 と緑 ヶ丘団地 に建設されたが、次第 に市街地 に も住宅用地 を求め られな
くを9、4 0年以降は主 として城西及び小沢両住宅団地に建設され る ようにな った。次に県営住宅 につ いてみ ると昭和48年以前は全 く建設されず、 これ も同様に 4 0年以降両住宅 団地 に建設され る よ うに浸 ったO この ようを公営住 宅の建設は、2次的 に公共施設の整備、バス路線 の新設及 び運 行 回数の増加 を伴 ったために住宅適地 としての地位 を高めたO この ようを ことか ら、48年以後主 に市街地南部 の千 年 ・清水地区 に一般住宅の建設が多 くを って きている,,
(5)学園の進 出
市街地か ら郊 外に進 出す る際 には、住宅地の発展 に先 だ って田園の地 に広い敷地 を取 れ これ を 中心に して学園町 を形成する場合が あ れ む しろ学園の建設が動機 とそ って住宅地の発展 を促 した ことも多い. この ようを学園町の例 と して、弘前大学薮育学部附罵小 ,中学校の進 出が ある。そ れ Tiで公園の中に位置 し、戦争中軍隊の兵舎 であ った附罵′」、,中学校 は、老朽化 た どのため昭和40
年 に取上地区の水 田地帯 に進 出 したOそ の後4 5年頃までに学生寮、職員住宅が建設され、 ここに
学園町団地が形成された。 この よう75学園町の進 出が き っかけ とそれ 次第 に周辺部 に一般住宅や 民営住宅が増加 し、環境の良い住宅地 と して発展す る ようにを った.
Ⅵ むすび
住宅地 の拡大 は、誘致企業 の進 出、公営住宅の建設、学園 の進 出な どか ら、次第 に周辺部 の農村 地 区に進行 してい ることが 明 らかに在 った.市街地 内で特 に宅地化 の 目立 っている地境は、いずれ も市街地周辺部 に近 く、 しか も宅地化が進む以前はほ とん どが水 田地帯で あった ところであるo こ のため、土地造成業者を媒介 とした面的を宅地化が行 75われているoまた、市 内の住宅密集地区 で は道 路網の整備をは じめ、都市改造事業が進め られていて、秩序 ある町づ くDを 目指 している.
一方、市街地周辺部の農村地区では、市街地に隣接 した5地区、特 に堀越地区の宅地化が著 しく、
以下千年 ・清水 ・豊 田 ・藤代 の各地区のJIBと75ってい る.堀越地区は、平坦地が広 く続いていて交 通 の優が艮いため、さ らに宅地化が進行す る と思われ るが、それ とともに現在城東団地 の造成が行 をわれてい る豊田地区が これか らの宅地化 の中心 と浸ることが予想される.
第2表 弘前市 の公営住宅の年次別建設状況
畝
l昭和25‑ 29年 50‑ 54年 55〜 59毎 Il40‑ 44年 !l 45‑ 49年1 15戸 5戸 ‑ ‑ ‑
5 占0 24 ‑ ‑ ‑
4 77 55 57戸 ‑ 1占
5 ‑ 20 ‑ 597 ‑
占 10 20 1占4 ‑ ‑
8 ‑ 4 ‑ ‑ 20
堀 越 5 20 ‑ ‑ ‑
千年 ‑ 84 12 ‑ 4
参考文献
(1) 古川史 郎 (1967) 「釧路市 周辺部 におけ る住宅地 の発展」
東北地理19‑ 5 (2)奥平忠志(1975) 「室蘭市の市街地 の拡大」
東北地理2̲5‑ 4
(5) 山鹿証次 (19占口) 「大都市近郊の都市化 ‑東京西郊を例 として ‑」
(4) 佐 々木和 典
(5)工藤 崇
(占)市企画課
地学雑誌719号
「青森市 における住 宅地 の考察」
弘大地理 vol. 9
「市街地 の拡大 と人 口移動 の関係 ‑弘 前市 の場合 ‑」
弘大地理 vol・ 8
「弘前市 の統計資料」
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