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医療化社会に臨んで

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(1)

医療化社会の思想 と行動 ( 倫理学)

医療化社会に臨んで

五十嵐 靖 彦

(2)

1 .は じめに‑ 「 医療化社会」 とは

「 高齢化社会 a gi ngs oc i e t y 」 ( 高齢化率 7‑14%) と 「 高齢社会 a ge ds oc i e t y 」 ( 高齢化率 14% 以上) と い う言い方がある。そ うす る と 「 医療化社会」 とは、英語では me di c a l i zi ngs oc i e t y とで も言 えばいい だ ろ うか。 もっともこの場合 には何% といった数字的規定はないが。そ もそ も 「 医療化社会」 とい う用語 自体必ず しも市民権 をえたポ ピュラーな言葉ではないか もしれない。ただ し、「 社会の医療化 Me di c a l i za t i onofs oc i e t y」 ない しは 「 医療の社会化 Soc i a l i za t i onofme di c i ne」 い う類語はかな り早 くに 提唱 されている ( 参考文献 1 、2) 。 この場合には、( 医療が市場原理 に委ね られて売 り手 ( 医療側)

と買い手 ( 患者側) との間の完結 した個人関係 として 自由主義的に行われ るのではな く、そ こに第 三者 としての社会が否応な く介在 して くる社会、従 って結果的には社会 自体 も医療によって深 く影 響 を受 け変容 して こざるをえない とい う関連が仕上が っている社会) といった意味のよ うである。

確かに、 特 にわが国ではその兆候は数多 くみ られ る。例 えば、国民皆保険制度の保障によってかか っ た医療費の過半以上が公費で賄われ る し、ある種の疾病 ( 伝染病 ・遺伝病 ・精神病な ど) にあって は患者個人の 自由が社会的に束縛 され る。 また、近年の世界一 となった平均寿命の伸びや少子高齢 化、国民医療費の増大による国家財政の圧迫、病気予防や健康増進 ・福祉増大等‑の医療 目標のシ フ トア ップ、それ に伴 う医療関連産業の発達、医療従事者の増加な どまさに医療の進歩による社会 的イ ンパ ク トその ものであろ う。 こ うして医療 とい う、限 られているはずの分野の社会的比重が大 き くなっている状態、それが 「 医療 の社会化」現象 とい うわ けである。

類語 としての 「 医療化社会」 も当然なが らこれを踏 まえた概念であ らざるをえないが、 もしこれ に微妙な種差 を加 える とすれば、社会化の現象を医療 を施す側か らではな く、医療 を受 ける一般国 民側か らみれば ど うなるか とい う視点か と思われ る。つ ま り、医療専門職 としてでな く、門外漢 と して 日常生活を送 っている市民が医療 とど うかかわ っているかを反省的に眺めた場合、上にみた現 象が どう見えて くるか、であろ う。す る と若干違 ったニュア ンスがでて くるのではないか。そ うし た視点か らみる と、以下の よ うな昨今の社会風潮がイ メージ として浮かんで くるO医療化社会 とは、

一口に言 えば、「 医療が診療所 とか病院 とかの専門の医療施設 に限定 されず、広 く人々の 日常生活に

浸透 している社会」のことである。つま り、医療化社会では、人々は医療づいてお り、毎 日ジ ョギ

ング しよ うとか、 自然食品が どうの、賞味期限が ど うの と、なにか と健康に気遣い、 自分な りに病

気予防や悪化防止、健康増進に努めようとす る。 当然なが ら病院な どで診療を受 けた場合に も、 自

己に関す る医療情報 には大きな関心を抱 き、時に開示を求めた り、プライバシーの権利を主張 した

り、治療 に疑義があれば訴えた りす る機会 も多 くなるOいわゆる民度が高いわ けである。医療化社

会にあっては、国民の医療 に関す る関心や意識が高いか ら医療専門家たち もうかつな ことはできな

い。実験研究に しろ、臨床に しろ、十分患者の人権 を尊重 した進め方をす るよ う気をつけざるを得

ない。医療 ミスに至 っては、いつ内部告発によってマスコ ミに流 され るか も知れない。現に多 くの

医療 ミスが これ によって告発 されている。 こ ういった人権配慮 を担保す るために大きな医療機関で

は、院内に医療専門家以外の メンバーを加えた倫理委員会 を設置 し、新 しい実験な り治療法や研究

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な りに関 して審査 を受 けることによって、社会常識か ら遊離 しない よ うな体制を取 っている ところ が多い。 もっとも、だか らといって、専門医療人が考えている医療 と門外漢が考えている医療 とが 直ちに同 じもので、知識量での程度の違い しかない、等 とい った ことは意味 しない。む しろ逆に医 療人の考 える論理や常識 と専門外の一般人の受け とめるそれ とが、 しば しば食い違 うか らこそ、誤 解や医療不信が起 こることが多い。医療が 日進月歩に進歩す る医科学 と連動 しているが故に社会 と 医療 とが不断にぎ くしゃ くしたダイナ ミックな関係をな している。 この点は後 に触れ ることになる が、さし当た って医療化社会の大 ざっぱなイ メージとしては、「 国民の大多数が多かれ少なかれ医療 人化 している社会」 としておきたい。なお、今一つ断 ってお くと、 日常 自分な りに健康に気を配 っ ているか らといって、必ず しも羅病率や受診率が減少 した、 とい うわけではない。む しろその点で は逆に上が っているのである ( 図表 1 文献 3) 。なぜか と言えば、健康に気を使 うか らこそ心配や 予感が働 き医療機関を訪れ る機会 も多 くなる し発見率 も高まるわけだ し、また、常時ではないに し ろ一定期間をおいて定期的に受診 しなが ら薬剤 をもらった り、 自宅処置 を行 った りして 自分な りに 日常は管理 しているケース も多いか らである。

医療化社会は、聖俗 の峻別 を廃 し、普遍祭司主義 に立 ってカ トリックキ リス ト教を俗人宗教化 し たプ ロテスタン ト的世界にた とえ られ るか もしれない。勿論そ こにあって もそ うだが、最終的には 専 門職 の世 話 にな らざるをえな

いだ ろ う。そ うではあって も、そ うな る前 に素 人 な りにで き るだ け医療 にコ ミッ トし、用心を怠 ら ないわけである。

こ うした現 代 の 医療 化社 会 を 前に して、い くつか考えるべ きこ とがあるが、まずは、 ど うして こ うい う国民 総 医療 人 化 の社 会 に なったのか、である。

図表 1 年次別患者数 ( 全国推計 ・単位千人) 総数

昭和 5 9 年 7 6 9 8. 7 6 2 8 0 6 9. 5 平成 2 年 8 3 6 6. 3 5 8 4 0 2. 4 8 8 81 0. 3 1 1 8 31 8. 6

入院 外来

1 3 4 3. 8 6 3 5 4. 9 1 4 3 6. 0 6 6 3 3. 5 1 5 0 0. 9 6 8 6 5. 4 1 4 2 9. 5 6 97 3. 0 1 4 8 0. 5 7 3 2 9. 8 1 4 8 2. 6 6 8 3 5. 9 厚生労働省 「 患者調査」より抜粋 2. 医療化社会 を招 いた要因

これにはい くつか要因があるが、 さし当た って考 え られ るのは次の 6 点か と思 う。

( 1 ) 生活水準の向上

生活が貧 しければ、衣食住全般 に渡 って選択肢 は限 られて くる。病気になる、な らないの前に先 ず生きなければな らない。栄養が ど うの、不衛生だ等 と言 ってはい られない。その 日を凌 ぐのに精 いっぱいな らば、健康や病気に気遣 ってい られないだ ろ う。わが国で も戦後 の 1 0 年間 くらいはそれ に近い状態だ った し、今 日で も世界の中ではこ うい う状態の国がある0

( 2 ) 医療情報 の普及

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豊かにな って くれば当然 ライフスタイル 上の選択肢 も増 える し、教育水準 も上が る。健康や長生 きに関心を寄せ るよ うになる。マ スコ ミの発達 もあって、そ うした関心に応 える健康や医療に関す る情報が広 く出回るよ うになる。国民は 日常的に、健康に有害な食品や、不衛生な環境に目を光 ら せ るよ うにな り、また定期的に健康診断を受け、病気予防や早期発見に配慮す るよ うになる。

( 3) パターナ リズムか らイ ンフォーム ド・コンセン ト‑

「 医療化社会」化の大きな要因 として、特に 2 0 世紀後半における、医師 ・ 患者関係の新 しい倫理の 確立を指摘できるO これは、パターナ リズムか らインフォーム ド・コンセン ト‑の流れ、 とも表現 できよ う。従来は、生命に関与する高度専門職 としての医業は聖職祝 され、いわば上意下達的な医 師患者関係が一般的であった。医師には誠心誠意患者の利益 ( 病気予防 ・健康回復 ・生命延長 ・守 秘)に奉仕す る とい った高潔な倫理性が要求 され、だか らこそそれが尊崇の源泉 ともな っているの だが、 こ うしたパターナ リズムの常 として説明責任の免除 ・過誤の隠ぺい ・密室医療 ・患者の人権 無視 ・一方的な信頼の要求等の悪弊 と両立できないわけではない.第 2 次大戦 中のナチズムの非人 道的な人体実験の暴露 をきっか けにそ うしたパターナ リズムに潜むマイナス面が厳 しく断罪 され、

医患関係の新 しい倫理 としてイ ンフォーム ド・コンセン トが通例 とな った。医療側には、患者の人 権や 自己決定権の尊重 と説明責任、情報開示、 より厳 しいプライバ シーの尊重 とが求め られるよ う にな ったのである。 この精神は、ニュル ンベル ク綱領、 ジュネーブ宣言、‑ル シンキ宣言等多 くの 倫理 コー ドに表現 されている。以上の背景か ら患者側は何か と医療情報に触れ る機会が多 くな り、

いやで も医療づいて くる訳である。

( 4 ) 高齢社会化

医療が発達 し、生活が豊かにな って くる と、当然国民の平均寿命は伸びて くる。 これ また当然な が ら老齢化 して くる と怪我 を した り、感染 した り、身体のあちこちの結構や組織が痛んできた りす る。寄る年波 による心身の弱体化は自然の生命現象であ り、直ちに病気 とい うほどではない。仮に 病気だ として も病院での治療 によって ど うなるもので もない程度の病気 もある。弱体化のスピー ド をできるだけ遅 くした り、 自宅での病気管理 を行 った りする上で も、高齢社会に生きる多 くの国民 は医療づか ざるをえない。

( 5) 急性病か ら慢性病‑

現代医療の一つの特徴は、感染症な どの急性病か ら慢性的な生活習慣病に病態構造の力点移行が 見 られ ることである。かつての結核や レプラ、性病等は恐い病気ではな くな り、成人病 と言われ る 糖尿病、高血圧症、心臓病、脳 出血などが病気分布の上で大きな位置を占めるよ うになった。昭和 4 0 年代頃か ら 3 大死因は心臓病、脳血管障害、悪性新生物になっている。反面、エイズや医原病、

エボラ熟な ど新 しい難病 も出てきている。

( 6 ) 医療費の高騰

高齢社会では国民医療費は、鰻登 りに上が ってい く。 ちなみに、 GNP に占める医療費の割合は、

1 9 6 0 年度 3%、7 0 年度 4. 6 %、8 0 年度 6. 5 % と上昇の一途を辿 っている 。1 9 9 0 年度には、 7% で約 2 0

(5)

兆円、国民一人 当た り 1 8 万円、 うち 2 8%が老人医療費である。近年では3 0 兆円近 くに達 し、一人 当 た り 25 万円の負担 となっているよ うである。国民皆保険制度 を しくわが国で こんなに医療費がかか るよ うでは国家財政が破綻 しかねない とい うことで、 自己負担率を増や した り老人無料枠 を減 じた りす る政策を取 る一方、ク リティカルパス導入 によって入院期間の短縮化を図る等 している現状で ある。 これでは益々在宅ケアを励行せ ざるを得ない。

以上 「 医療化社会」化を招いた引き金 と思われる要因をい くつか列挙 したが、中には、原因 とい うよりもむ しろ結果 といえるもの もあるが、 しか しその結果がまた原因をなす とい う関係があるわ けである。

3. 医療化社会の逆行現象

ところが、逆説的な ことだが、病気が重 くなって最終的に病院な どの専門職のお世話 になる とい うの とは別に、 ことごとくプ ロまかせ とい う分野がある。い うまで もな くそれは、誕生 と死 とい う 生命の両端に関わる出来事である。本来誕生 も死 ( 病死や不慮の事故死、 自殺等の偶然死は別 とし て) も自然現象であって異常 とい うことではない。現に昔は助産婦の助 けで 自宅で出産す るケース や家族親族に見守 られた中での 自宅の畳の上での死が普通だ った。それが近年ではほ とん どの新生 児が病院 で誕 生 し、ほ とん どの老 人が病 院や施 設 で死 を迎 えるので あ る。 「 誕 生や 死 の医療 化 ( me d i c a l i z a t i o no fb i r t ha n dd e a t h) 」現象 と言 っていいか も知れない。 ここで も宗教 を引き合いに出 せば、葬式仏教化 した仏教 に死者を送 る儀式を一切お香せす る風潮にた とえ られ るか も知れない。

出生や死にいたるプ ロセスを専 ら医療施設に委ねるのである。その実体をデータ として少 し確認 し てみ よ う。

図表 2 ( 文献 3)は、わが国における医療施設内での誕生数の割合の推移を示 した ものだが、昭 和25 年に4. 6%であったのが年々増加 し、平成1 1 年度では99. 8%になっている。つま り市部、郡部を

図表 2 施設内 ( 病院、診療所、助産所)における出生割合 ( %)の年次比較 昭 和 2 5

年 (1

9 5

0)

30 (

5

5) 35 (

6

0) 40 (

6

5)

4 5

(

7

0) 50 (

7

5) 55 (

8

0) 60 (

8

5)

平 成 2

(

9

0)

7

(

9

5)

1

1 (

9

9)

郡 部 1. 1 6. 6 2 7. 0 6 7. 8 91. 2 9 7. 4 9 9. 1 9 9. 6 9 9. 8 9 9. 9 9 9. 8

厚生労働省 「 人口動態統計」

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問わず ほ とん どの出生が病院や診療所、助産所で行われているのである。

では、 もう一方の死については どうか。 当然なが ら、死は予測不能な ことが多いか ら誕生 と同率 とはい くまい。図表 3 ( 文献 4) は筆者が ヨー ロッパで行われたあるセ ミナーで入手 した資料だが、

どこで死 を迎えたかについての英国 とオ ランダ とのある年次の比較 を示 している。

図表 3 死をどこで迎えたかについての英国、オランダ両国の比較

. 英国 オランダ

家で 23 26

ナーシングホームで 1 3 1 3

どこか他の場所で 6 4 A

( 1 9 90 年) I ma g eo fDe a t h,Wi nDe kk e r s , Th e7 ‑ t hEu r o pe a nBi o e t h i c sSe m ina r ,

Ni j me g e n , n eNe t he r l a nd s ,Au g u s t7,1 9 9 8 よ り。

病院やナーシングホーム、ホスピス等は医療施設 といっていいだ ろ うが、 この図か らみ る と自宅 死は両国 ともほぼ 4 分の 1 を占めるか ら、施設死が圧倒的に多い とは言えないか もしれない。 とは いって も 4 分の 3 とい うのはかな りな高率ではある。なお、 どこか他の場所で、 とい うのは不慮の 事故や 自殺な どで、場所 としては一定 しない、 とい う意味である。

わが国は ど うなっているか。寡聞に してわが国での この種の統計があることを知 らない。間接的 に推知す るほかない。図表 4 は、厚生労働省 「 人 口統計動態」にある 「 死亡数 ・死亡率 ( 人 口 1 0 万 対) 主要死 因 ・年次別」か ら必要箇所を摘記 して再構成 した ものである ( 文献 3 ) 。

図表 4 死亡率 ( 人口 1 0 万対)主要死因 ・年次別 総 数 結 核 悪性新生物

6 91. 4 1 5. 4 1 1 6. 3 6 31. 2 9. 5

6 21. 4 5. 5 6 25. 5 3. 9 66 8. 4 3. 0 7 41. 9 2. 6

1 2 2. 6 1 39. 1 1 5 6. 1 1 7 7. 2 21 7. 5

心疾患 脳血管疾患 老 衰

8 6. 7 1 7 5. 8 8 9. 2 1 . 5 6. 7 1 0 6. 2 1 3 9. 5 11 7. 3 11 2. 2 1 34. 8 99. 4 1 1 2. 0 1 1 7. 9

3 8. 1 26. 9 27. 6 23. 1 1 9. 7 1 7. 3 厚生労働省 「 人口動態統計」

この統計か ら2つのことが分かる。一つは、死因が結核等の感染症か ら、悪性新生物 ( 癌)・ 心疾

患 ・脳血管疾患の 3 大成人病‑ とその中心が移 ってきた こと、及び、老衰死が年々減少 してきた こ

ととであるOつま り、静かに寿命がきて枯れ るよ うに在宅で死ぬ老人が少な くな り、医療施設で加

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療 されなが ら何 らかの病名の もとに、死を迎えるお年寄 りが増 えてきた ことが推察 され るのである。

も う一つのデー タは、これ よ りは直接的である ( 図表 5 文献 5) 。 この表では、自殺や事故 によ る不慮の死等が入 っていないので、細かな点で不明な ところがあるが、在宅死が年々減少 してきて いることは明 らかにみて とれ る。

図表 5 病院死と自宅死の割令

病 院 死 在 宅 死

注記 ( 1)1 97 7 年にこの比率が運転 し、病院死が多くなった (2)2 00 1 年 6 月現在では、在宅死は 20% 以下となっている

柏木哲夫著 『ター ミナル ケア とホス ピス』

( 阪大出版会 2 001 、p. 5)より

4. 誕生 と死の医療化の理 由

自分の健康や持病 の管理な どにそれな りの見識 を持 って 日常を送 っている、医療化社会に生きる 我々が、それ にも拘 らず誕生や死の ことになる と、おたおた しなが らす ぐさま医療機関に駆 けつけ るのは何故なのだ ろ うか。 これにはい くつかの理由が考え られ る。誕生 と死の両方 に共通 した理 由 とそれぞれ に特有の理 由 とが考え られ るが、区別せずに列挙 してみる0

( 1 ) 全体の背景 にあるのは、なん とい って も医療技術の発達である。生殖医学は、特 に不妊治療、

出生前診断の分野で生殖革命の言葉がある くらい飛躍的に発達 している。 また、集 中治療室では高 度な延命治療が行われ るよ うにな っている。

以前は、なす術のなか った先天性の障害や難病で も手を尽 くせば助かる見込み も出てきた。そ う した可能性が生 じた ことが客観的条件であろ う。つま り、昔は死産 と届け られたはずの障害新生児 や、 ご臨終です と言い渡 されたはずの重症患者で もい くらかで も助 け られる見込みがある とい う状 況では、 ともあれ念のためおまかせ しよ う、 となるわ けである。

( 2 ) 誕生や死はなん とい って も個体 としての生命その ものの始 ま りと終わ りの両端であって、まさ に滅多にない珍 しい出来事である。特 に豊かで平和な社会にあっては死は決 して 日常的ではない。

い くら健康 に関 して一応の知識がある といって も死や誕生に関 しては必ず しもそ うではない。 ど う 対処 した らいいか途方 に暮れ るの ももっともである。プ ロにお願い したい とい う気にもなる。

( 3) 加えて、わが国 も核家族化が進んで老人同居の家族が少な くなってお り、 自宅で肉親の死 を 目 の当た りにす る機会が極端 に少な くな っている。若夫婦は当然出産について も身近なベテ ランの指 導を仰げずズブの素人に近い。一切病院 まかせにな らざるを得ない。出産時の衛生問題や万一の異 常出産の心配を考 えれば設備の整 ったプ ロに任せ るに しくはない、 と考えるのは当然であろ う。

( 4) 今 日の少子化傾向 も誕生の医療化に大き く作用 しているのではないか。昔のよ うに 5人、 6人

と多産であれば、またか とい うことで 慣れ も出て来てわざわ ざ高額の医療費 を払って病院で出産す

(8)

るよ りも、手近かな産婆 さんに取 りあげて もらう気になろ うとい うものである。 ところが 1 人や 2 人の大事な子供 となる と経験不足に加え、万一の事故 を考える とつい奮発 して専門医の門を くぐる

ことになるだ ろ う。手不足な核家族化の時代 とあってはなお さらである。

( 5) 死は厳粛な出来事であ り、簡単 に寿命だ といって諦める訳には行かない。先に も見たよ うに近 年では老衰死は少な くな ってお り、何 らかの病名の もとに死 を迎 える率が高 くな っている。医療の 発達 した豊かな国になったか らと言えばそ うなのだが、最善 を尽 くして命の終わ りを迎 えさせたい し、またその余裕 もある、 とい う遺族の心情が大きいのではないかO当然なが ら、 こ うい う心情が 生 じるのは( 1 ) で述べた客観的条件があるか らである。

( 6 ) 慢性病 の在宅での管理 とか、 日常の健康配慮 とかいって もそれは文字通 り病状が悪化 しないで 安定 した状態にある とい うことが前提であって、処置や手段 も素人のできる簡便な方法に限 られて いる。無論高度で複雑な器具は、 自宅にはない。死や誕生 といった非 日常的なプ ロセスの管理は在 宅ではできに くくなっているのである。

( 7) それに何 と言 って も、死や老化は非生産的で忌避 され るべ きまがまが しい出来事であ り、でき ることな ら遠 ざか っていたい。「 死の隠ペい」が、一貫 した工業化社会のエー トス となっている。 こ れ については多 くの人が語 っている。

フィ リップ ・ア リエスに代表 させ よ う ( 文献 6) 。ア リエスは、『 死 を前 に した人間』で、古代以 来現代 までの死 の在 り方 を、 「 飼い慣 らされた死」、 「 個人化 した己の死」、 「 遠 くて近い死」、 「 汝の 死」、 「 倒立 した死」の 5 類型 に分かっている。 これは歴史的順序で もある。 さし当た って ここでは、

最古の昔か ら中世 までの 「 飼い慣 らされた死」 と今 日の野生化 した 「 倒立 した死」 との対比が問題

である。古来、死 に行 く者に とって死は野生のもので も、突然訪れ るもので もなか った。そ うであ

る死は恥ずべき醜い死であった。死の準備を整 えるに十分な時間を与え られてお り、一族や友人に

看取 られての公開の ものだ った。人生を回顧 し、許 しを乞い、い とまごいを し、残 された者達へ の

加護 を祈 るのに十分な時間的余裕が与 え られていた。そ して手を十字 に組み、足 を東に頭 を西 に

( エルサ レムの方向を見やれ るよ うに)仰臥 し、静かにその ときを迎えた。身近で親密で公開的な

行事だ った と言 える。 こ うした死の在 り方をア リエスは 「 飼い慣 らされた死」 と呼ぶ。 これ に対 し

て 、1 9 世紀以降の現代における死は、汚 らしく、恐 ろ しく、醜 く、野蛮で、否定 し、忌避 し、隠ペ

いすべき対象である。「 タブー視 され る野生化 した死」とも語 られ る。医療 に とっては死は敗北であ

り、いかなる犠牲 を払 って も戦わねばな らない災いであ り、延命治療に全力を尽 くす。従容 として

死 を迎える余裕 も、家族 との別れの ときも与え られない。 どうして こんなにタブー視 され るかにつ

いてア リエ スは、歴史的流れが背景 にあるが、衛生思想の発達 によ り死臭を嫌 うよ うにな った こと

を強調 している。無論、それ以外にも生産性や効率を重ん じる資本主義社会の経済原則や、感染症

中心の近代医学思想の発達 を抜きには考え られないであろ う。

(9)

5. 医療化社会での留意点

これまで見てきた よ うに、民度の高い国家にあっては多かれ少なかれ医療化社会 となっているが、

このことはだか らといって、医療専門職 と一般社会の門外漢 との違いがな くなった、 とい うことを 直ちに意味す るわけではない。その運営や実施の仕方において垣根が低 くな った とは言 えるか も知 れないが、その内容においてはやは り歴然たるギャ ップがある。それは 2 つの点か ら確認できる と 思われるO

( 1 ) まず、疾病や病気の原因や治療法についての具体的な知識 内容の点であるO卑近なた とえでい うと、今 日の社会 は、テ レビ、 自動車、携帯電話、 コンピュータ等があ りふれた 日常機器 となって いる高度テクノロジー社会であ り、我々は何の苦 もな くそれ らを自由に駆使 しているわ けだが、だ か らといって必ず しもそれ らのメカニズムや製造法 を熟知 しているわ けではない。不具合になる と 途端に困 って しまい専門家に修理 を願わ ざるを得ない。そ うい う人がほ とん どではなかろ うかO医 療において もこれ と類似の現象が起 こっているわ けである。我々は、 自身の心身の状況について何 らかの異常を感 じるわけだがその原因や治療法については とん と解 らない場合が通例である。専門 家 としての医療人はそれ らをきちん と説 明 し対処できるのである。時にその説明は、患者か らすれ ば 自分の 自覚症状 とズ レている場合 もあ りうる。病的 自覚のない疾病 もあれば、疾病でない病的 自 覚 もあ りうる。そ うであれば専門家のみ る異常 ( 疾病) と門外漢の感 じている異常 ( 病気) とはや は り質差がある と言わねばな らないだ ろ う。

( 2 ) 今一つは、医療の専門分野 としての主導性 とで も言 えよ うか。簡単に言 うと、医療は一方では 社会 を基盤 とし、そ こか らの逆影響を受けなが ら実践 され るが、他方では、む しろ本質的には、医 科学を土壌 とし、それ を根拠 として行われ る。特 に近年では、エ ビデンス ・ベイス ド・メディスン が標語 とされ、科学的根拠 のない医療行為は排除 され る傾 向にあるOそ うであれば、科学一般 に通 例であるよ うに、医科学の進歩に連動 し、医療 もまたそれ独 自の発達の歩み を持 って どん どん進歩

してい くとい うことである。そ してその進歩のテンポは、一般社会の常識や定見か ら絶 えず先行 し、

遊離 してい く傾 向をは らむ ことになる。従 って医療化社会 においては、パー トナーシップを築いて いるはずの相手か らもしか して裏切 られたのではないか とい う疑心を一般社会側が もっ こともある わけである。物理学の進歩、例 えば天動説か ら地動説‑の転換 にあっては、教会関係者は別 として 一般人に とっては別に大きな衝撃ではないであろ うが、医学や 医療 とい う、我々の生命に直結 した 特殊な分野 においてはそ うい うことが起 こ り得 るのである ( 文献 8) 0

余分な議論ではあるが、学問 としての医学や医療 の特殊性に少 し触れてみ る。医学を辞書的に定

義すれば、「 人が病気にかか った ときは ど うすれば再び健康体にかえるか、あるいは死 を免れ ること

ができるか、また病気にかか らぬ よ うにす るには どんな生活がいちばん よいか、 とい うよ うな問題

を扱 う学問であ り、病気の予防や治療を主 とした応用生物学 とい うことができる」( 文献 7) となる

だろ うが、生物学一般 の通例 として、医学は数学や物理学 と比べれば、普遍妥当性 の点で見劣 りす

る (とはいって も、歴史科学や文化科学の比ではないが) Oつま り、個体妥当性 を常に考慮にいれな

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ければな らない点で不確実性がつきま とうのである。だか らこそ多 くの人体に対す る医療実験が不 可欠で もあるわけである。ま して医療 となれば、個体妥 当性は増幅 され る。 とい うのは、医療は確 かに医学の応用実践だが、 科学的知見以外にも様々な能力、 技術、 配慮が必要 とされ るか らである。医 療 とは、病気の予防や治療、健康の増進を図るためにな され る様々な施術であ り、その施術者を医 師 といい、当の対象 となる病人を患者 とい う。医療はいつの時代で も人間社会で行われたが ( 呪術 や信仰等 も含む)、医科学が発達 した近代以降は医学知識が医療を支える主源泉 となった。 といって、

単なる医学知識だ けで行われ るものではない。例 えばある病気にある薬剤 の投与が有効そ うだ と 解 っている として も、効き目に個体差がある し、またそれを注射や経 口で吸収 させる巧みな技 も必 要である。また患者は、モルモ ッ トではないか ら人権的配慮 も不可欠である。つま り、医学が科学 の一種 として理論的知識で組み立て られ るのに対 し、医療は一般理論の個体毎の適用の当否の知識、

実施技術の習熟、被実施者個々人の人間性に対する繊細な識別等,の総合 力を駆使するべき高度の テクノ ロジーなのである。

以上か ら、医療は、一方では科学 としての医学の要請か ら強 く前方に牽引されなが ら、他方では 実践対象である社会の側か ら制動 され るとい う、バランスシー トの上に成 り立っていることが解る。

今 日の医療化社会においてはその制動 力は以前 よ り増大 している とはいえ、例 えば、臓器移植、遺 伝子解析、クローン技術、再生医療等の近年の先端テクノロジーに見るように、医科学側の牽引力 もなかなかの ものであるo これ らは、社会的必要か ら全面的に要請 された とい うわけではない し、

社会の側の常識や価値観 と折 り合っている、 とも言い切れない技術である。そ うであれば、医療化 社会にあっては、専門分野か らみる医療 と門外漢側か らみ る医療 とが平準化 した、 とい う側面 よ り は緊張化 した とい う側面の方に注視の眼を向けるべきではなかろ うか0

参考 文献

1.品川信良 「 社会の医療化と医療の社会化」、『青森県医師会報』 、1 984. 9 2. 品川信良 『より良い医療を求めて』 、津軽書房 、2002

3. 厚生統計協会 『国民衛生の動向』 、20 01 年第 48 巻第 9 号 、2 001. 8

4. Wi mDe kke r s , I ma geo fDe a t h , n e7‑ t hEu r op ea nBi oe t hi c sSe mi na r ,Augu s t7 , 1 9 98,Ni j me ge n , 刀l eNe t h e r l a nd s 5. 柏木哲夫 『ターミナルケアとホスピス』、大阪大学出版会 、2001

6. フィリップ ・ア リエス 『 死を前にした人間』 、成瀬駒男訳、みすず書房 、1990 7. 平凡社 『世界大百科事典』 、1980 年版

8. 五十嵐靖彦 「 科学技術と倫理性」 、弘前大学人文学部紀要『人文社会論叢 人文科学編』 、第 5 号 、2001. 3

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参照

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